【完結済み、第二部連載中】新皇帝陛下の蛮族平定の御親征において第八軍団アウグスタ及び第二十軍団ティベリウスが合流予定時刻を過ぎ未着の議   作:お話を聞かせて

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ローマ財界にシティってルビ降るのかっこよすぎるだろ……


第七話 証拠を得ず

 宿営地の東に位置する糧食保存用の天幕、エンヴィルはそこに身を隠しているとのことだった。目立たぬように親衛隊がその天幕を遠巻きに監視している。

 

「囲め」

 

 アルビウスが指示すると彼らは物音を立てず天幕を取り囲んだ。貴族が抱える親衛隊の任務は多岐にわたる、甲冑のこすれ合う響きを消す術を知っている彼らも、表ざたに出来ないような役割を存分に果たしてきたのだろう。

 

果たして天幕にいるエンヴィルは自分を取り巻く状況に気づいているだろうか。

 

「少佐、ドルスス、あと五名ついてこい」

 

 アルビウスは大跨ぎに天幕に足を踏み入れた、その背中を追う。

 

「やあ、中佐。おまえに内通の嫌疑がかかっている。同行してもらおう」

 

 アルビウスは寄りかかっていた木箱から立ち上がるエンヴィルに冷酷に宣言した。

 

 暗がりの中のエンヴィルの立ち姿からは何の動揺も感じられなかった、その表情いつも通り冷静で、目には冷たい炎が灯っているようだ。彼女はアルビウスから一瞬視線を外して俺を睨んだ。その瞳に不思議な色を見る、失望でもなく、諦念でもない、彼女が語りかけるところが分からず俺は立ち尽くした。

 

「ふっ」

 

 エンヴィルは鋭い呼気と共に軍刀を抜いた、いや抜こうとした、柄を掴んだエンヴィルの手を、飛び込んだアルビウスの軍靴が砕く、鈍い音とともに血が飛び散って木箱を地に染めた。アルビウスが足を引けば、エンヴィルの手は骨が突き出すほどに粉砕されていて、二度と用には立たないことは明らかだった。

 

 アルビウスはエンヴィルの繰り出す逆の拳を避けながら、背後に回ると首に腕を巻き付ける。

 

「寝るがいい」

 

エンヴィルは腕を掴んで藻掻いたがやがて気を失う、アルビウスが拘束を緩めると、アンヴィルの体はどうと伏した。

 

捕獲劇は静かなものだった。俺は自分が呼吸を止めていたことに気づき、深く息を吐いた。熱気が籠る天幕の中なのに手足が寒かった。

 

 足元のエンヴィルを眺めるアルビウスの表情は透き通るように透明で、どこか遠くの風景を見つめるような視線をしていた。アルビウスはエンヴィルとすっかり心理的な距離を取っているらしい。

 

 俺はそこまでにはなれない。エンヴィルは、恐ろしいが、しかし尊敬すべき能力を持った上官だった、横たわって目をつぶった彼女の姿を見ていると何かが胸に迫り苦しくなる。

 

「軍団付きの魔術師を呼べ、自白魔術を掛ける」

 

 やはりか、俺は天井を見つめ自分が巻き込まれたことを後悔した。

 

「閣下、それはおやめになった方が……」

 

 ドルススが臣下の義務として具申する。

 

「対尋問訓練を受けた参謀将校に付き合う時間は我々にはない、それぐらいのことが分からないか?」

 

 確かにエンヴィルに尋問、あるいは拷問したとして素直に情報を吐くとは思えない、徒に時間を消費するだけで何も聞き出せない恐れがある。だが、自白魔術の使用は、ドルススが進言した通り大いに問題がある。

 

 主な問題点は二つ。一つは、自白魔術の致死性だ、この魔術は相手の脳に作用し情報を口述させる術式だが、脳髄に不可逆的な損害があり被術者は確実に死亡する。斥候隊の生き残りの証言の解釈に何か間違いがあり、エンヴィルの関与が誤解なら、無実の人間を一人殺したことになる。それも参謀本部の将校を。

 

 もう一つの問題点は証拠価値の欠如だ。脳に作用する魔術は複数あるがその機序はほとんど同一で、術を掛けた者以外の魔術師が被術者を鑑定したとしても自白の魔術がかけられたのか他の魔術を掛けられたのかは分からない、証人が洗脳魔術の類を掛けられて偽証している恐れもあるために、公的な裁判では自白魔術による証言は証拠として認められないと法律で定められている。

 

 アルビウスももちろんそのことを承知しているはずだ。

 

 彼女は我々の危惧を振り払うように言った。

 

「我々が座しているのは法廷ではなく戦場、差し迫った軍事的な判断をするために材料が得られるのなら……時には非常な手段を用いる必要もある、今がその時だ。全ての責任は私が負うからお前たちは心配しなくていい」アルビウスは部下を睨む「……さっさと魔術師を呼べ。三度は言わない」

 

 親衛隊の一人が天幕の外に駆け出していく。

 

「ヒデノリ少佐は私についてこい、カトに報告をする。副官、エンヴィルの処置は任せた」

 

 俺とアルビウス、その従卒のドルススはカトの大天幕に向かった。

 

 アルビウスを先頭に俺たちが姿を現すと、天幕に残っていた第四軍団の将校たちの視線が突き刺さる。カトは不思議そうにこちらを見ている。

 

「随分早かったようだが、中隊長はどこかね」

 

「結論から言うが、斥候隊の全滅を確認した」将校たちがどよめいた。アルビウスは手で制して言う「かろうじて生き残っていた兵士からエンヴィルが敵性蛮族に情報を流した現場を目撃したため口封じにあった旨報告を受けた」エンヴィルは天幕内を見回す「ゆえに私の権限で彼女を捉え、自白魔術を施している最中だよ、カト中将」

 

 天幕のどよめきは綺麗に収まっていた。耳に痛いぐらいの沈黙の中、信じられない物を見るような視線がアルビウスに注がれている。

 

 カトは一瞬呆気にとられた顔をしたが、徐々に額に血管が浮かぶ。

 

「そのようなことを、私に相談なく自分一人で判断したのか」

 

「火急の事態ゆえ相談する暇もなかった、申し訳ない。でもね」アルビウスは挑発的に言う「これは貴方にとっても悪い話じゃないよ。自白魔術行使に関わる責任から逃れられるのだから」

 

「もし、生き残りの証言に誤りがあったのならどうするのだ」

 

 怒声が大天幕を揺らした、弱気な者なら正視できないまでにカトの形相が一変している、膨張した血管が激しく脈を打っている。自らの主の憤激を受けて第四軍団の将校は顔を青ざめさせた。そして、恐らく俺も似たような顔をしているだろう。カトの怒りは凄まじく、そして正当だ。

 

「私は」アルビウスは揺るがない「私の部下が命懸けで残した報告を信じる。彼の献身を無駄にする気はない」

 

 カトは怒りの形相でアルビウスを睨んでいたが、一つ荒い気を吐くとたちまちその怒りを沈下させた。数瞬の間にいつも通りの落ち着いた軍人の顔つきを取り戻している。俺はその感情の激しい変化に眩暈を起こしそうになった。

 

「もし、中佐が無実なら、自分がどうなるのか分かっているかね」

 

「昇格はなくなるだろうね」

 

「そんな次元の話ではあるまい。軍法会議で死刑を宣告される恐れもある」

 

「無論、分かっているとも」

 

 アルビウスは流石に真剣な声音で答えた。

 

「私の副官が自白魔術を施されたエンヴィルをこの天幕に連れてくるはずだ。将校を招集してもらいたい」

 

「……よかろう」カトは頷いて傍らの副官に笑いかけた「まったくこれは見物だな」

 

 副官の顔は凍り付いていた。

 

 緊急の招集がかかり、大天幕に各軍団の将校が戻ってくる。皆が判決を待つ囚人のような表情をしていた。

 

 カトは落ち着いている、エンヴィルから何か情報を得られるなら良し、そうでなくても政敵を抹殺できる、この場で彼に負けの目はない。エンヴィルが無実ならアルビウスは拘束されて、二軍団の指揮権はカトの手中に入るだろう。

 

 アルビウスも瞑目し一見平静を保っているが、時折瞼が痙攣している。勢いに流されてアルビウスの行動を黙認していたが、彼女はよくこんな分の悪い賭けをする気になったものだ。部下の死に動揺し、手段を誤ったのではないか。

 

 二人を観察する俺だが、俺も天幕の将校に観察されている。上官が裏切り者として自白魔術を施されているのだ、裏切りが真実ならこの場で唯一の参謀本部の将校として、人選の誤りの責任を追及されるだろうし、無実なら上官を庇わなかった責任を参謀本部に追及される、なんだ、俺には負けの目しかないではないか。緊張と恐怖から発作的に笑みを浮かべそうになるのを抑える。俺はどこから間違ったのだろう、それとも俺がどう動いたかなど関係なく、こうなる定めだったのか。

 

 アルビウスの副官が入り口に姿を現した。

 

「中将の御命令通り」彼はアルビウスの命令であること強調する「ナジェ・エンヴィルに自白魔術を施しました……連れてこい」

 

 兵士に両脇を抱えられて、エンヴィルが天幕に姿を現す、俺はその痛ましさに一瞬目線をそらした。だが、俺は作戦参謀少佐として、事の真相を確かめなくてはならない。視線をエンヴィルに戻す。

 

 彼女の目は中空に投げかけられどこにも焦点は合ってない。鼻水をたらし、半開きの口からはよだれが流れている。鉄のように理知的であった彼女の面影はほとんど見受けられない。ただ刺青だけが以前の彼女の勢威をわずかに感じさせる。

 

「急いで魔術を施したため、被術者は不安定な状況にあります。心理的に抵抗の多き質問をすると脳への損傷が大きく死亡する恐れがあることをご了承ください」

 

 施術した魔術師が汗をかきながら説明した。

 

「ご苦労」アルビウスが立ち上がる「では、お前に問う。まず名前は、生まれはどこだ?」

 

「……ナジェ・エンヴィル、アナトリア属州、アンカラの出身」

 

 エンヴィルは意志を感じさせぬ口調で言葉を漏らす。

 

「家族はいるのか?」

 

「両親と弟がいる」

 

「恋人はいるか?」

 

「ほう、作らないのか」

 

「私に相応しい人間がいない」

 

 アルビウスは自白魔術の掛かり具合に満足すると、本題に入った。

 

「お前はなぜ蛮族と接触した?」

 

「情報を交換するため」

 

「なんの情報だ。この陣の情報と第八軍団アウグスタ及び第二十軍団ティベリウスの情報」

 

「……第八軍団アウグスタ及び第二十軍団ティベリウスの情報とは、何を聞き出した」

 

「蛮族……蛮族連合は私が教えていた両軍団の進軍ルートで待ち伏せを行い、奇襲によりこれを全滅させたことを確認した」

 

 陣幕を静かさが領した。誰も何も言わない、何か言えばそれで全てが決壊してしまうのではないかと恐れているようだった。

 

 両軍団長だけが、顔色一つ変えずエンヴィルを見つめている。

 

「……続けよう。この陣の情報とは?」

 

「二つの軍団が合流地点にて待機していること、軍団長が面子争いをし意見が食い違っていること。いま奇襲をかければ優勢に戦えること」

 

「蛮族は何と言っていた」

 

「予定通り、明朝、合流地点を襲撃する」

 

「敵の詳細は?」

 

「ウェイイ族、ケルスキ族、シカンブリ族、カッティ族の連合軍、数は約三万」

 

 アルビウスは黙り込んだ。エンヴィルからもたらされている情報を咀嚼し、状況を整理している。そしてあの質問をするか悩んでいるのだろう。

 

 だが、アルビウスが質問するまでもなかった。

 

「裏切り者め」

 

 一人の少佐がエンヴィルを見つめながら、憎悪を込めて呟く。それを質問と誤解して、エンヴィルは口を開く。

 

「私は裏切ってはいない。真の皇帝陛下のために働いている」

 

 その瞬間、皆の視線が少佐に集中した。少佐の顔面は一瞬にして青ざめた。自分の不注意な一言が、本来引き出すべきではない証言を引き出そうとしている……。

 

 アルビウスは何も言わない。代わりにカトが聞いた。

 

「真の皇帝とは?」

 

 エンヴィルの体が激しく痙攣する。白目を剥き、口から泡を吹く。心理限界が近い。しかしカトは容赦しない。

 

「真の皇帝とはだれか、答えろ」

 

 エンヴィルは血を吐いて、答えた。

 

「ア、ア、アフリカヌス・サヴィア・ユリウス・カエサル、正当な血統にあるお方……」

 

 エンヴィルの頭が落ちる。魔術師が通って彼女の体を確かめた。魔術は感情を押し殺して言う。

 

「心理限界を超えました。死亡を確認」

 

 天幕に気まずい沈黙が降りる。けして聞きたくない名前が、エンヴィルの口から出てしまったのだから。

 

 アフリカヌス・サヴィア・ユリウス・カエサル、先帝の養子、新皇帝の義兄、エジプトとカルタゴを領するアフリカ属州の総督であり、三つの軍団の総司令官、アフリカ征服戦争の英雄であり民衆からの人気も厚い、帝国有数の、いや率直に言えば第二位の実力者。

 

 両軍団長がいま何を思っているか、俺には想像できた。彼、彼女は、もう一人の軍団長がアフリカヌスが背後にいると聞いてどのような行動を起こすか不安に思っている。

 

 アフリカヌスは軍部での評価を二分する人物だ。それは彼が帝国の現基本政策である拡張政策を批判する縮小主義者だから。

 

 彼はカルタゴとエジプトを征服したあとも快進撃でアフリカ中部まで帝国の支配領域を進めたが、敵勢力に打撃を与えると、大河などの自然国境まで軍を引いてしまった。先帝に召還されてこの措置を詰問された彼は、むやみな進撃など愚策、敵から侵攻能力を奪えたのなら軍を引き、貿易などの交流により経済的な結びつきを作り、互恵的な共存関係を築けばいいと主張した。

 

 先帝は彼の処置に激怒したが結局は彼を許し、アフリカ総督に任命した。その背後にあったものは俺には分からない、アフリカヌスの主張を認めたのか、処分するには彼が功績を立て過ぎたのか、それとも我が子への愛情か。

 

 しかし、アフリカヌスが帝国の後継者に選ばれなかったのは、この帝国の軍事政策の違いが大きかったというのは衆目の一致するところだ。新皇帝は先帝の基本政策を引き継ぎ、未平定の地方に軍隊を送り帝国の伸張を狙っている。

 

 軍の高官の間において、アフリカヌスの政策に関する話題は避けられている。帝国縮小政策は戦争を減らし、将校から昇進の機会を奪うという観点からすると受け入れがたいものだが、軍事的はある種の正当性がある。合計41個もの軍団が帝国の財政に深刻な影響を与えているのも確かだ。

 

 アフリカヌスを是とするか非とするか。将校たちの内心は様々だろう。

 

 俺はエンヴィルを瞥見した、彼女は最後にとんでもないものを残して逝ってしまった。できるのならば、なぜ彼女がアフリカヌスに与したのかも知りたかった。しかし、彼女はもう何も答えない、俺にとって彼女は永遠の未知になった。

 

 参謀本部を、両軍団長を、そして俺を騙していた彼女に憎しみを覚えるべきなのかもしれないが、暗い感情は湧いてこなかった。俺は彼女の能力に感服している。魂が屈服してしまったのかもしれない。

 

 彼女、あるいはアフリカヌス派の狙いは分かる、親征で合計四個もの軍団を失えば新皇帝の権威は地に落ちる。新皇帝の資質は疑われアフリカヌスの即位を望む意見が堂々と語られるようになるだろう。内戦を起こさず帝冠の交換を謀るなら、忌々しいがこれは実にいい手だ。

 

「この天幕にいる将校に言っておこう」カトが口を開く「アフリカヌス様が関与していたということは外部に漏らさないように。それに、自白魔術は証拠として採用されない。アフリカヌス様は今のところ潔白だ」

 

 その口調の軽さに驚く、彼はなんでもない世間話をしているようだった。俺の天幕に訪れた時のように。

 

「さて、諸君、どうするべきだと思う、率直に言ってくれ」

 

 この状況で口火を切りたい者など居ない。アルビウスは観念した様子で溜息を吐き切り出した。

 

「撤退しかあるまい。いま我らがいるのは複数の軍団が合流できる開けた場所として選ばれた城障のない原野だ、敵を迎い打つには不向き、兵数も向こうが上回っている、合流予定の2軍団はすでにこの世にない。早急に皇帝陛下に伝令を送り、総軍、城塞都市に引き上げねば」

 

 反論はなかった、誰もがその意見が正しいことを知っている。アルビウスがそれを言ってくれたことにむしろ安堵しているだろう。

 

 アルビウスの言にカトは黙っていた。腕を組んで天井を見つめている。

 

「カト中将? 貴方も同意するだろう?」

 

 アルビウスは疲れたように言う。

 

「すまないが、少し黙っててくれんか、今考えとる」

 

 その声には怒気はなかった、いたって平らな口調。しかしなぜか、その声を聞いた俺は心臓を掴まれた気になった。何か名状しがたい威圧感が彼の声音に備わっている……激していた時より数倍恐ろしいものをいまのカトは内包していた。それをアルビウスも感じたのか珍しく顔をこわばらせた。

 

 カトは何事か呟いている。この老将の脳髄が猛烈な勢いで回転していることは傍から見ていても分かった。彼は軍人として得た知識と経験でなにか別の答えを出そうとしている。俺、そしてアルビウスとも隔絶した軍歴の彼でしか出せない答えを。

 

「分かった」

 

 大声ともにカトは拳を机の天板に叩きつけた、打ち付けられた箇所を中心に大理石全体に罅が走る。

 

「我々はここで殿となり、皇帝陛下の撤退を支援する。これが最上の策だ」

 

 またしても意見は割れた……再び俺は選択を迫られる。

 

 この選択を誤れば俺は政治的、あるいは肉体的に死ぬ。それぐらいは分かる。

 

 この合流地点の、あるいは最後かもしれない軍議が始まった。

 

 

 

 

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