みみのこ・アップ・ライジング   作:にせのすけ

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10 耳騎士

 

 

 轟音と閃光。すなわち大爆発。

 なんの対策もないままぽけーっとテスタ・フレッチャの放つ一撃を見届けてしまったせいで、隕石が衝突したんかって勢いの余波を受けくらくらする。

 あー耳いて、目ぇいて。……隕石ってなんだっけ。コシアの遺してた資料に書いてあったような気がする。

 

 ──いずれにせよ闘技場による全てを粉砕せんとする暴力の侵攻はうち止められた。

 自爆がトレードマークの99ちゃんよりエネルギッシュでパワフルな攻撃。みみのことして生きてきて、みみのことして戦ってきて、こんな無法なパワーを見ることになるとは思わんかったよ。

 ブチかまされる当耳にならなくてよかった。

 

「生きとるかーい?」

「くらくらする……」

「お嬢の一撃、しかと見届けたぜ……」

 

 ちょっと休んで落ち着いて、改めて見ると闘技場はもう半壊状態。

 闘技場のドタマから胴までぶっ潰され、紺に近い灰色をした内壁までここから見えてしまっている。

 瓦礫も辺り一面に散らばっているし、これはもう俺達の勝ちって事でいいんじゃないかな。

 

「まだや」

 

 ぷすぷすと煙を上げる鋸を捨て、軽トラの荷台から降りて横に並んだお嬢がそう呟く。

 

「まだ終わってない」

 

 まぁ、そんな簡単に話は終わらんか。

 あの闘技場を動かしていた首謀者つか、俺達の敵それそのものを倒さん事にはよ。

 

「巻き込まれて耳もげたりしてないですかね」

「そんなつまらねえヘマ、今まで散々盛り上げようと頑張ってたやつがする訳ないだろ」

「ですよねぇ」

 

 すたっと闘技場の比較的天辺に何者かが降り立つ。

 

「お嬢、やつは?」

「……知らんな。あんなやつは」

 

 無数の足を兼ね備えたみみのこのような存在。

 そいつが深淵のような瞳孔でこちらを見ている。

 

「なんですか、アレは」

 

 いいや、見てはいない。こっちを見ているように感じるだけで、あれからは何の感情も感じられない。

 みみdog、という単語が脳裏に浮かび上がった。

 犬にしては足が多いんじゃないかとか、みみのこ風のツートンカラーな耳は犬には絶対ないだろとか、そもそも犬って何だよとか、色々思い浮かぶ事はあるけど呼ぶならみみdogとしか出てこねぇ。

 

 そして、本題はそのみみdogにまたがっているヤツ。

 仮面で目元を隠してマントをたなびかせた、いかにもネームドって風貌のみみのこだ。

 

 お嬢はあいつを知らないと言っていたけど、あの黄緑色の髪に俺はどこか覚えを感じる。

 色は似ているが古老アミーチの変装とかじゃない。つかあいつ死んだし。じゃあ誰だって言われても、誰なんだろうな。

 

「僕らの車を追ってきてたの、あれです。ミラーで見ました」

「車に追いつけんのか。あのみみdogちゃんは」

「何者なんでしょう」

 

 そいつは大仰なマントを闇夜にたなびかせながら、まるで嗜めるように静かに俺達へ語り掛けてきた。

 

「どうしても我々の理想と平穏なる世界を壊そうというのか」

 

 ふーんだ。薄暗ぇ地下にみんな閉じ込めて作んのが理想の世界かぁ? 

 日夜耳もがせてどんどん死耳を出して遊ぶ世界が平穏だって? 

 んな押し付けがましい抑えつけの世界をぶっ壊す為に旅してきたんだぞ俺達。

 

 ま、そんなトコで高尚に説教垂れようとしてるお偉いさんに下々の事は分からんだろうね。

 来る日も来る日も同族の死体を運んで捨てて、もう沢山なんだよこっちは。

 地下へ連れ戻そうったってそうはいかねぇぞてめぇ。やろうってんならぶっ倒してやる。

 

「ここは地上などではない」

「あぁん?」

 

 星空さんさん照り付けるここが地上じゃないだあ? 

 俺の疑問は、左右後ろからみーみーと野良耳達の抗議が鳴り響いて潰された。

 

「……イストティートとは耳を交えたくはなかったが……」

 

 イストティートの屋敷にいた野良耳の面々も続々と追いつき集まってきていたらしい。

 お嬢が来てるんだもんな、そりゃくるか。タイミングは悪いが文句は言えねぇ。

 

「我は耳騎士。皆の平穏がため、今ここに立ちふさがろう」

 

 君達はこれを乗り越えられるカナ? のチャレンジコーナーじゃなく、今回ばかりは完全に止めに来てる。

 こりゃもう最終決戦、全面戦争ってやつだな。俺とマイクルにイストティートはオールインしたし、ならもう今日ここでケリをつける他あるまい。湧き上がる地上云々の疑問はその後で考えよう。

 

「ですね。……アンミラー・リオの従業員も出てきたようです」

「相も変わらず同じ顔ばかりよく揃えたもんだ」

「みみのこなんかみんな同じ顔ですよ」

「それは流石に暴論じゃね?」

 

 こっちはほっぺたのsample文字を引っぺがしたりジャケット脱いだりしたりくらいな軽量改変が大半のお手軽みみのこ軍団。

 それに対して耳騎士と従業員はしっかり金掛けて髪弄ったり小道具揃えたりしてる。資金力はちげぇだろうが、改変がそのまま強さに直結する訳じゃねぇのがみみのこファイトよ。

 

「改変は値段の問題じゃねぇぜ!」

「なんの張り合いですか」

「行くぞ!」

「えっ」

 

 拳を振り上げ号令を掛けたのは俺じゃない。

 みみdogにまたがったいけ好かねぇ耳騎士だ。あいつ勝手に始めやがった! 

 

「やりますかー」「おっけーでーす」

「わー!」「みー!」

 

 駆け出した耳騎士を先頭にわらわらと従業員が闘技場内部より飛び出し、それに反応しイストティートの面々もみーみー言いながら勢いよく駆け出す。

 耳騎士野郎と一騎打ちだの闘技場内部へ侵入だのしたかったのに、これじゃチーム分けしただけのバトロワルールじゃねぇか。こうなっちまったらどう叫ぼうが止められねぇ。

 従業員連中が同じ顔と恰好で統一されてるお陰で同士討ちの心配はなさそうだが、これじゃ消耗戦になっちまう。余計な耳死にが多く出るぞ。

 

「ど、どうするんですか!?」

 

 襲い掛かってきた従業員の攻撃を紙一重でマイクルは回避し、姿勢の崩れたその敵耳を俺が狩る。

 ひと耳ふた耳同時に来てもやる事は同じだ。俺と敵の間にマイクルが割り込み、耳を見せて攻撃を誘い避けて俺が叩く。

 それでも四方八方から襲い掛かる数全員を相手にするのは流石に厳しい。だがそこで支援してくれるのがイストティートの面々だった。

 

 軽トラの屋根から扇子を振ってお嬢が指揮を飛ばし、俺達の道を切り開こうとしてくれている。

 俺とマイクルが少しでも前へ進めるよう支援してくれている。

 

「センキューお嬢!」「ありがとうございます!」

「がんばれぇー」

 

 流石は複雑な立場にありながらもイストティートをまとめてきた頭だ。ナイス! 

 

「前から来るで!」

 

 露払いに先行していた野良耳が宙を舞い、耳がもげたまま星空の一部となる。

 巻き上がった砂埃の向こうのシルエットが正面から迫り、そして。

 

「はぁーっ!」

「任せた!」「はい!」

 

 俺が先に大きく逃げて、マイクルはぎりぎりまで残り迫りくるその手を引き付けた。

 

「その命もらい受ける!」

 

 頭頂に生えた耳をもぎ取って勝敗を決めるみみのこファイトにとって、高さとは圧倒的な有利だ。

 相手からの手は自身の耳に届かず、逆に自分の手は相手の耳へと伸ばしやすいので。

 この状況、近くで改めてみると意外とデカいみみdogへと跨った耳騎士が優位的状況なのは言うまでもあるまい。

 

 マイクルの腰が心配になるくらい大きく逸れ、滑るように動き、耳騎士の手は大きく外れる。

 ふぅん、なるほどな。

 

「──なるほど」 

 

 俺と同じ結論にマイクルも思い至ったようだ。

 

「降りて戦った方があなたのためにもなりますよ」

「……」

「跨ったままじゃ僕には勝てません」

 

 高さは確かに有利となる。

 だが、高すぎるとそれはそれで問題らしい。

 

「回避に専念した僕をもげる耳はいませんよ」

 

 マイクルはつい大きく上体を逸らして回避したものの、耳騎士の手は耳をもげるぎりぎりの高さにあった。

 みみdogに騎乗していることで得られる利点は機動力と高さの二つあるが、しかしそのぶん欠点もまた存在している。

 

「あなたは乱戦時の奇襲が得意なだけで、正面からそのまま戦うには向いていない」

 

 この戦いは双方のみみのこが入り乱れ混戦となっていた。

 というより、タイマンに持ち込まれる前に耳騎士が突撃をかけそうなるよう導いた。

 混戦の最中に自身へ注意を向けていない相手を狙えば容易に捥ぎ取れただろう。だがそれは逆に、注意されてしまえば誰でも避けられるということでもある。

 露払いの名も無き野良耳達が犠牲となってくれたお陰で俺達はこうして正面に立つ事ができたんだ。

 

 もし耳を引っこ抜ける武器でも手にしてみみdog乗ってりゃ最強無敵だったろうにな。

 フェアプレイを捨ててる癖に徹しきれないとは、残念なやつだ。

 

「もしかして自信ないんですか?」

 

 おーおー、煽る煽る。

 双陣営が睨み合って膠着状態となった今ここで望まれているのは大将同士の一騎打ち。

 群衆の騒めきが正しくその期待を示していた。こうなったら勝負には降りず、みみdogは降りるしかあるまいだろうなぁ。

 

「……君の挑発に乗った訳ではないが、仕方があるまい」

 

 弱点を指摘され、通用しないと見るや耳騎士は素直にみみdogを降りた。

 ヘンに意地になって粘ったりしない辺り男らしいねぇ。

 あれ、今の時代こういう表現って問題になるかな。まぁええか。みみのこに性別ないし。

 ない世界なのに性別って項目を認識してるのおかしいけど。あれ? 

 

「僕はマイクルです。さぁ、()()()戦いを始めましょうか」

 

 俺がよく分からんこと考えてる隙に戦いはもう始まっていた。

 じりじりと見えない点を中心に双方距離を保って旋回している。

 

「この耳騎士、理想の世界のためならば幾らでも身を捧げる覚悟はある」

 

 双方の背中がそれぞれの敵陣へ向けられるほど旋回を続けるものの、膠着したまま状況は変わらず。

 後ろから耳を抜かれるかもなんていう焦りで攻撃を仕掛けに行くほど、この中心で戦う二名が弱いわけがない。

 だんだんと耳騎士の背中が俺の前へ近づいてきた。全く無警戒な背中だぁ。

 

「──マイクル。ヴェトロとの戦いでの君の活躍は知っているぞ。良き“回避”の使い手らしい」

「褒めて貰えるのは嬉しいですね」

「そしてその相棒たる者の居合の腕も」

「凄い速いですよね。僕でもいなせるかどうか」

 

 確実に捥げる射程距離まであと10歩。

 俺の見た目はジャケットを脱いだシャツ一枚に少々バッジが加わっている程度のもので、名も無き野良耳達の群衆に紛れてしまうのに充分な改変をしている。イストティート陣営が最小限の改変勢なのが功を成していた。

 初撃から逃げる一手目で紛れ込んだまま様子を伺っていたが、回避の専門家はそれに目をつけどうやら不意打ちをと申しているらしい。攻撃はお前の仕事だろと。

 あと5歩。

 

「ヴェトロとの戦いは見事であったが、だが褒められない点がひとつ」

 

 耳騎士の足が止まった。

 

「タッグマッチであれば、そう申さねばなるまい?」

「ッ! えっと──!」

 

 マイクルが叫びかけ、しかし言葉は続かない。

 それはなぜか。それは、俺へ注意を促そうと名を呼びかけたかったのに名を持たぬゆえどう言えばいいのかと戸惑ってしまったから。

 ──それを理解できたのは、俺の身体が宙を舞ってからだった。

 

「がっ」

 

 耳をもがれた感覚はない。単に何かに轢かれてぶっ飛ばされただけ。

 空中で身体を捻り姿勢を整え地面を見下ろした時には、眼前へそいつは迫ってきていた。

 

「みみdog!?」

 

 三つの黒い点。かろうじて顔面と認識できる深遠と虚無を内包したそれがどう俺を捥ぎ取ろうとしているのか、全く想像できない。

 足はいっぱいあるけど指はないし掴んで引き抜くアクションできないよな、じゃあ口か? この黒い点々全部がお口ってこたぁねぇよな。それは流石にキモいし。

 

 迫りくるこいつを不自由な空中でどう対処する。

 あの耳っぽい部位をワンチャンで捥ぎに行くか? それとも賭けずに降りて蹴っ飛ばすか? 

 一瞬の逡巡の内、眼下で耳騎士からの猛攻を回避し続けるマイクルを見て決断を下す。

 マイクルはなんだかんだ俺を信用してくれているだろ。ついさっき従業員を蹴散らした流れを思い出せ。

 

 回避の隙を突いて離脱も容易だろうにそうせず俺へ手を貸さないって事は、助けが必要ないってことじゃあねぇのかい?

 

「居合ってのはなぁ!」

 

 やるって決めたその時、胸元のダンボールバッジが熱く燃えるように感じた。

 その瞬間、身体がぐいっと見えない何かに押し出されたように動く。もし地に足つけて戦っていたならそう動いていただろうと想像する通りに。

 いいや、それ以上の速度で。

 

「緩急が大事なのよぉ!」

 

 通常重力に従って落下するだけの所、急に俺自身も理解できない不自然な加速を果たしたのだ。

 知性を感じられないみみdogとは言えそれが異常な事くらい理解できたのだろう。

 驚きか嘆きか、それとも偶然空気が漏れた音なのか。

 

「オォ……」

 

 嗚咽のような声と共に、ぶっとい大根のようなみみdogの耳があっさりと、簡単に捥げてしまった。

 

「ぅぉおっ! 着地ッ!」

 

 落下速度は違えど俺はみみのこ。どう落っこちようが無傷の民。

 ったくビビらせやがって。みみdogが結局どういう生物なのかは知らねぇが、俺ちゃんに敵うと思うなよ。

 遅れてどすっと目の前へあの虚無顔が降ってくる。うわびっくりした、こわこいつ。

 

「邪魔だぞぅお前」

「避けてっ!」

 

 どっこいせっとみみdogの亡骸をどけると同時、マイクルの悲鳴のような声が響いた。

 避けろって、

 

「──お前がヴェトロにしたのは、こういうことだ」

 

 ヴェトロとの戦いをやたら主張するな、と思いながら顔を上げたその時。目の前にあったのは。

 みみdogをどけた影から現れたのは。

 

 耳騎士の、両手だった。

 

「まずひとり」

 

 

 

 俺の身体から、両耳が捥げたのを見てしまった。

 

 

 

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