みみのこ・アップ・ライジング 作:紅茶オレを
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時間は進む。カウントは減る。つまり死期が近づく。
嫌だと言って待ってくれるわけもなく、歩く爆弾が登場してからあっという間に10秒経過した。
すぐ逃げにゃならんというのに足は動かない。
もちろんすくんでとかじゃなくって、なんかこう足が痛くて重たくって。
持ち上げようと力入れると重力に負けてもげそうになる感覚っつうか、いざって時なら傷みも無視してがむしゃらに動けるだろって思ったんだけどさ、どうもなんか無理らしい。
爆し所が悪かったか。爆し所ってなに?
爆死したのは向こうやろ。俺は未遂だ。
爆死未遂ってなんだよ。
『ナデナデシテ-』
現実逃避してないで落ち着け。そして考えろ、ここから助かる方法を。
目線の先、俺と撫でくり懇願BOTちゃん2号が歩いている真ん中には闘技場の裏口がある。
もし足が動くのならばっと走って飛び込んで、あの鋼鉄の扉をばっちり閉めて一安心とできたもんだが。
『ナデナイン』
「そのネタさっきもやったよ」
『エイト』
両目の数字を妖しく煌めかせながら扉の前を通り過ぎて、壁にもたれ掛かったままの俺の目の前で立ち止まった。
無慈悲なカウントは順調だし、このままじゃさっきと同じでドカーンだ。
わざわざ爆発するタイミング教えてくれるんだしその瞬間で何とかしてやろうなんていう甘い考えは、さっきそうしてズタボロにされた身体を見りゃどうなるか分かるもの。
残り数秒でここから助かるプランは? どうしたらいい? 詰みっぽいが、本当になんとかならんのか?
『セブン』
「やいお前、せめて誰が造って差し向けたのか教えろよ」
『シックス』
「教えてくれたら好きなだけ撫でてやるから」
『ファイブ』
うんうん。言葉を繰り返しているのを見れば分かる通り、こいつと対話は無理そうだ。
冥途の土産に教えてやるなんてそういうお約束的なアレはないんだ?
残り5秒と相成り、さっきと同じで抱き着こうと手を伸ばしてくる。
重力に身を任せ膝をついて両腕をいなし、動かせる全ての四肢で離脱を計る。
しかし、べちゃっと地面へ顔面を打ち付けただけであんまり前へは進まなかった。
なるほど。どうも両足がやられただけだと思ってたけども、実は腕含めて全身ズタボロだったと。
確かに足だけが駄目になるだなんて都合の良さはないよな。
となると、これ以上二の矢を防ぐ手立てはない。
「何とかならず、か」
『フォー』
──がちゃ!
諦めかけたその時。
撫でくり懇願後自爆BOTちゃん2号の肩越し、妬ましく睨んでいた裏口の扉が勢いよく開いた。
続いて頬にsampleの文字がついているみみのこが顔を出し、きょろきょろと見渡して──
『スリ……』
「う、うわー、なにがおきてるんだー」
「棒読みっ!」
めっちゃ棒読みな叫びと共にsample耳が駆け、掴みかかろうと手を伸ばしていた自爆BOTちゃんを跳ね飛ばした。
起き上がろうとするその頭を抑え、俺へ早く行けと視線を差し向ける。
『ナデナデー』
「くっ、そぉ……!」
穴の開いた水風船のように、踏み込んだ先から力が抜けて踏ん張りがきかない。
なんでか自爆が止まってるチャンスだってのに!
動けない俺に気が付いたのか、ナデナデーと言ってる頭から手を離し俺を抱えてsample耳は踵を返す。
同体格にも関わらずどこからそんな力が出てくるのか。あっという間に半開きの扉を越え、ぶん投げるように俺を捨て、がちゃがちゃと扉の施錠をしたと同時。
壁越しに爆ぜる音が響いた。
再度かったい地面へ叩きつけられてめちゃんこ痛かったけども、そんな泣き言わめいてる場合でもないし助かった事実に変わりない。
爆死直前から助けてくれただけでもありがたく思う。
このsample耳が何者なのかは分からないけども。
「え。あの、僕ですよ。マイクル」
あっ! マイクルお前かぁ!
やっぱsample耳の見分けなんかつかないって。それなのになんでお前さんは毎回俺のこと分かるんだよ。
仕事中に声かけて来たときもそうだけどさ。
「目で追うのは得意なんです」
「そんだけで? まぁ、ありがとな。お陰で助かった」
「いえいえ。それに、背中に耳インクをべったり付けたみみのこを探すのは簡単ですよ」
えっ! 嘘っ!? そんなマーキングいつの間に!?
「退勤前にはもうついてました。僕じゃないですよ?」
……ま、まぁ、いいや、この際は。お陰様で助かったのは事実。
闘技場の舞台裏、うっすら光る非常灯に照らされる中ふたりで息をつく。
俺を運んでぶん投げた反動でマイクルも息が切れているものの、とりあえず危機は去った。
ひとまずチルタイムといこう。
「それで、これどういう状況なんですか? 君がヘンな動きしてたからこっそり追いかけてみたら、99ちゃんがいるし、狙われてるし」
そりゃあ俺だって知りたいよ。急に命狙われてびっくりだよ。
心当たりあるとすりゃ仕事中に拾ったこの段ボールバッジだろうけどさ、それにしたって何でそんなすぐって感じだし。
つか、そうにしてもあんなやり方ありえねぇだろ。バッジ持ちや色付きの耳雇ってシンプルに襲わせりゃこんな派手な真似せんでも済むだろうに。んだ爆殺ってまわりくどい。
んんー、わからん。なんにも。
ん?
って、待て。
99ちゃんって、なに?
もしかして知ってるの?
「……あれは“99”と言って、撫でて両目のカウントを増やさないと自爆するんです」
「はた迷惑な……」
「最大で99秒、0になったらドカン。撫でて時間を延ばす事が出来ても、爆発を中断させる事はできません」
そっか、ひとまず撫でときゃ済む話だったんだな……。
知ってりゃこんなぼろぼろにならずに済んだかぁ。
「無理もないですよ。耳が無ければどうしようもないって思っちゃいますし」
「お前はなんで知ってたんだ?」
「……色々経緯がありまして。近所で爆発事件とか」
物騒だねぇ。
ところでマイクル。
話を聞く限り99ちゃんってのは勝手に起動して勝手に爆発するんだろ?
そんな危ないものが騒ぎを起こさず耳通りの多い中央抜けて闘技場の懐まで潜り込めるのか?
てかさっき俺が狙われてるって言ってたけど、野良99の可能性を排除できる何かが?
「あ、ああ。いたんです」
いたって、なにが。
「直前まで99ちゃんの頭を触ってたみみのこが」
「わぁお、そいつは……確実だなぁ。そのみみのこはどこ行った?」
「わかりません。一瞬ちらっと見えて、それっきり」
残り30秒に留め、リリースした犯人がいると。
マイクルは一回目の爆発でそれを見て、俺が狙われてるって動いて、回り込んでこの扉を開けて飛び出したって流れか。
てか、あれか。さっきのシラ切るような棒読みはそいつ警戒してのことなのね。味方じゃないですよー偶然居合せただけですよーってアピールの。意味あるか分からんが。
「わざわざ99を差し向けるなんて目立つことする理由。なんか思い付くか?」
「事故に見せかける、とか」
なるほどね。それで野良みみのこが一匹死んだって知らんぷりできると。
「……それより今は移動しましょう。追って来たら次は逃げ切れません」
「だな」
ああ。それなんだけどさ、この板ボールバッジの裏に書いてある場所へ向かいたいんだ。
これに書いてある組織がどんなもんなのかは未知数だけども、今頼れる先はここしかない。
「ああ、仕事中に隠そうとしてたのってこれなんですね」
くすねた俺も悪いけど、これのせいで狙われてるんなら詫びのひとつでもさせにゃあな。
「歩けます?」
「休んだらちょっとはマシに」
人差し指を立て、しっと合図。マイクルも意図を組んで静かにしてくれた。
暗闇の中に静寂が戻り中央繁華街の雑音が微かに聴こえてくる。
俺達の息遣いを除いて近くからは誰の気配も感じない。
いやね、今一瞬ちょっとそこの換気口から漏れる光が揺らいだ気したのよ。
影が差したって感じじゃなくって、こう、本当にこう、ゆらっともやみたいな。
「手ひどくやられましたね……」
いやそういう訳じゃなくって!
そんな目で見るなよぉ!
「わかってます。……あのみみのこ、一瞬で消えますから油断できませんよ」
肩を借りて立ち上がり、調子を確かめつつ足を動かす。
それにしても一瞬で消えるみみのこねぇ……。まるで幽霊みたいなことをいう。
けど直前まで99ちゃんに触って30秒で止めてたんなら、少なくとも物理的な攻撃は通じるだろ。
問題は、非戦闘員の野良耳かつ片や負傷している我々で戦えるかってとこだが。
おとなしく撤退しかないよなぁ。
追いつかれそうなもんだけどもぉ。
「表から出て耳通りの多い所を進めば安全なはずです」
「不意を打たれなきゃいいけど」
「ここにいるよりかはマシ──」
薄暗闇の中を進んで進んで、試合の終わって無人となっているエントランスまで来て。
角から顔を出したマイクルが足を止めた。
どうかしたのかと言う声は出さず目線だけを向けると、小さく首を横へ振る。
つまり、追手がいるということ。
「本気なら無理だ」
小さくマイクルの嘆きが漏れる。
ここで俺まで声を出せば二耳居る事がバレてしまうし、その言葉に返事をすることはできない。
マイクルのジャケットを引き、来た道を戻るよう促す。
闘技場は中央のメインステージを取り囲むように廊下と小部屋が連なり、シンプルな作りではあるものの身を隠す場所自体は沢山ある。
一度引き、ここは策を練る時間を稼ぐべきだろう。
なんなら明日の耳が増える時間まで籠城したっていい。
お腹ぐーぐーちゃんだけど死ぬかマシだ。
「
急いで去る背中へエントランスにいるらしいみみのこの大声が響く。
堂々としていて、自信に満ち溢れた物言いだ。
何が警告だ。あいつは間違ってるね。
野良耳のことを、のらんちゅなんて言わない!
絶対そんな言い方しない! 絶対にそんな言葉は、ない!
「ぷはっ。……今どうでもいいでしょそんなこと……!」
「だよなぁ」
ぱたんと小部屋へ逃げ込んで、扉を背に一息入れつつ小芝居。緊張がちょっとでも解ければいいなって思いまして。いや俺もあえてふざけないと心臓がもたないというか。
ちなみにここはエントランスからたいして離れてない、休憩室か応接間かって装いの普通な個室だ。
客席へ続く長い廊下手前。つまりちょっと声を出せばってどころか、虱潰しのワンチャンでバレるすげぇ怪しい位置。
「繰り返す! おとなしく耳を差し出すならば悪いようにはせぬ!」
遠くから警告だとのお声が聴こえる。あんなこと言っているが、事故死に見せかけようと99を差し向けたのならどういう結果になるかわかるというもの。
あまり大騒ぎになっても困るから爆発はあれくらいにしておき、直で俺を狙い始めたというのが筋か。
「ところでなんで俺達が玄関へ向かったのが分かったんだ?」
「……シンプルに読み勝ったという所でしょうか」
裏口へ逃げ込んで、しばらく待っても出てこなかったからこっち来たと。
あるいは換気口から様子を探られたってことは?
「それもありそうですね。僕の存在、バレたかな……」
「sampleとはいえ声は違うからな……」
いずれにせよ諦めるまで隠れるしかない。
俺の言葉に頷き、立ち上がったマイクルが小さく声を漏らした。
そして震える手で俺の背中を指差す。
「ジャケットのこのインク……」
インクぅ? お前が俺の識別に使ったっていう背中のあれ?
あれが今どうしたってんだ。
俺もお前も周り全員sample耳の中、俺だけを綺麗に狙えた理由がそれってなら今言ったってしょうがないぞ。
ここにいるみみのこは俺達だけなんだからな。
「これ見てください」
マイクルが俺を動かし、扉を指差す。
ずっと背中を預けていたからなのか、べったりとインクがうつっていた。
みみのこの耳に詰まっている謎のインクは一部では耳ペンとして重宝されるほど、しっかりとした粘度と濃さをしている。
乾いたら落ちにくく、垂れない
「……ん?」
速乾性はないとはいえ、仕事中にジャケットにしみ込んだインクがこんなべったり扉にくっ付くか?
背中に手を回してみると、その手にぺたっとついた。
いやいくら何でも汚れ過ぎじゃね? もっとこう、軽く跳ねたのが付いてたって思ってたんだけど。
「違います。ちょっと待ってください」
背中をまさぐったマイクルが、一つ何かを見つけて取り出す。
「こんなもんいつの間に……」
「……手練れですよこんな事できるの」
見つかったそれは、耳の根元だった。
みみのこの耳、綿毛みたいなよく分からない部分とペン先に見えなくないとがった部分。耳ペンとなる主要部だけが、何故か俺のジャケットの中に仕込まれていた。
退勤前にはインク汚れが付いてたって聞いたけど、明確にいつやられたのか皆目見当つかない。
今問題なのは、この耳ペンからインクが垂れ続けていること。
今まであちこち動き回って、ずっとその軌跡を追えるようなラインが引かれているなら。
相手は幾らのんびりしたって追いつける。袋小路の個室へ逃げ込んでくれたのなら、全然焦る必要もない。
そりゃ警告なんてわざわざ言うはずだ。
「動けますか? すぐにでも敵が来ます。ここでやるしかありません」
「一発飛び出すびっくりナイフならできら」
マイクルが俺を真っ直ぐに見て頷く。
こいつ、中々覚悟決まってるじゃないの。
お互いジャケットを脱いで渡す。
相手は警告の通りちょっと猶予を与えてくれているらしいが、すぐにでも床へ染みたインクを辿ってここへ来るだろう。
この部屋は行き止まり。ジャケットを脱ぎ捨て隠れ逃げるには遅すぎた。
「僕は動けないフリからの“回避”」
「俺は息を整え飛び出す“居合”」
「攻撃を誘います」
「しくるなよ」
みみのこファイトにおける回避と居合。
構え始めの号令で火蓋を切る闘技場において、その二つは基本の型として知られる動きだ。
開始と同時に飛び出し最速で耳をもぎ勝負を決めるのが居合。それに対するカウンターとして初手に攻撃をいなすのが回避。
時間がない中で言葉少なく俺達が指し示したのは、合同によるその二つ同時進行だ。
お互いsample、同じ顔に同じ体格。ジャケットを入れ替えれば誰だって替え玉に気が付けない。
初手爆殺を選ぶ相手がどういう性格であれ、姿を表したというその時とは違う状況の今。
警告なんて声を出すくらい余裕のある人物ならば──
「探したぞ」
きいと軽い音と共に扉が開き、一拍置いて件の相手がついに姿を現す。
常に明るい廊下の光を室内に招き入れながら現れたみみのこは、もちろん俺達sampleとは違う姿をしている。お金持ちみみのこなら当然の、自己改変を済ませたお洒落さんだ。
みみのこデフォルト衣装であるジャケットなんか着ておらず、手足に……なにこれ。どういう衣装?
なんか……バニー衣装の余った部分みたいな恰好……。
珍妙な装いに一瞬気を引かれたものの、それ以上に目を引くのはその身体だ。
ガラスのように、比喩ではなく文字通り透け通った身体をしている。
顔も、耳も、何もかも透明だ。改変済のみみのこは色付きと呼んでいるけど、色ないじゃん。
幾ら稼いだらあんな状態になれるんだ?
しかし分かったぞ。99ちゃんを撫でる物理的な手を持ち、目の前で一瞬にして姿を消すみみのこ。
なるほど、ガラスみたいな身体なら可能な力業トリックだったのか。
「諦めたか」
ガラスボディ(仮称)は歩みを進め、部屋の中央で背中を向け座り込んでいるマイクルへ近づく。敵へ背中を向けたままなのは少々怖いが、ジャケットのインク汚れをアピールするにはこうしかなかった。
相手が堂々とした立ち振る舞いから読めた通りの、先を急ぐ性格じゃなくてしめしめって所だ。
一方で俺は開いた扉の影に隠れる形で待機中。超静かにしてる。
「インク付き。恨みはないが、上からの命令だ」
「……」
相手はこの場にsample耳が二体いる事に気が付いてないのか、目線は俺のフリをしたマイクルへ向けられたまま。
替え玉は大成功。ジャケットにインクべったりが俺だと確信しているのか、全く入れ替わりに気が付いておらず一切目線を外さない。
ちょろっとでも首を回せば俺を見つけることは容易いだろうに、こういうの視線誘導って言うのか?
順調順調。上手く行ってる。
「せめて、みみのこらしく決着つけよう、ぜ」
「……ほう?」
ぐ、しまった! マイクルは演技力ゼロだった!
めちゃくちゃ棒読みの、あとそれ俺の口調真似してる感じなの!?
あかん、一気に不安になって来た。大丈夫かこれ。
マイクルは棒読み演技に気が付いてないのかゴリ押しするつもりなのか、わざとらしくのっそり立ち上がり、動けないアピールをしながらガラスボディへと向き直る。
そして咳払いと共に構えた。
いやもうここまで来たら貫き通すしかない。勢いで押し切れ。
「このバッジが落ちたら、開始、だぜ」
俺ってそんなだぜだぜ言ってる?
「よかろう」
ガラスボディは偽俺の棒読みな申し出を怪しむそぶりを見せることなく、一歩引いて礼をした。
マイクルの眼前へ油断したように透明な耳が垂れるものの、今両手を伸ばした所で簡単に届く距離じゃない。しっかりと間合いを把握している。
当然ここで釣られて作戦外の無鉄砲なバカをするほどマイクルも愚かじゃない。
息を潜めた俺と、戦い前に息を整える二耳。
いつもは舞台袖に控えながら遠くで行われているみみのこファイトが、非公式とはいえこの場で行われようとしている。
正々堂々とした闘技場で修羅場を潜って賞金を稼ぎ、自身の身体があんな状態になるまでつぎ込み、強耳がゆえこういう裏仕事に引き抜かれたといった感じの来歴だろうか。
間合いの把握といい、試合前の礼といい、やはりあいつはかなりの手練れと見受けられる。
相手が死にかけ(のフリ)とはいえ、全く油断したい立ち振る舞いがその証拠だ。
ま、今はいいか。
もうやる事は変えられない。
「……」
「……」
向き合った二耳。
マイクルが手に持った段ボールバッジを、ついに真上へ放り投げた。
「……」
「……」
段ボールバッジは宙が恋しいのか意外にも空気に乗って、すとんとは落ちず二耳の間をゆっくりと滑る。
いいや違う、ゆっくりに見えているだけだ。
それが地面へついた瞬間に動かんとする俺達は、その刹那を逃がさないよう集中している。
相手よりも早く動くために、相手より先に耳をもぐために。
「……ッ」
「ふっ」
訪れたその一瞬、ガラスボディが地面を蹴って飛び掛かる。
マイクルはそれに対し、これまでの緩慢な動作から打って変わって俊敏な回避。
飛び出た俺からは、マイクルが初撃を上手くいなしたのが見えた。
そう、あいつには咄嗟のパワーがある。瞬発力がある。
スタミナは無さそうだが、この際そこはどうだっていい。
「まさかお前」
後は俺の両手でやつの耳を──
「──あ、れぇ!?」
もぐことはなかった。
にやりと笑った透明な顔と、マイクルの驚いた顔。
どんがらがっしゃんともみくちゃになって倒れた俺達は、お互いに青ざめた顔を合わせる。
手がすり抜けた。やつの耳をもぐどころか、触る事すらできなかった。
一瞬で消えるみみのこって透明な身体だからって事じゃなくって、やっぱ本当に消えてたの?
99ちゃんには触れるのに俺の手だけすり抜けるってどういうこと?
もぎそこねたとかじゃなくって、そもそも触れなかったって?
疑問と困惑。むしろ未知のみみのこに対する恐怖の方がデカい。
「れ、レギュレーション違反マンだろお前……」
「二体一かつ誉れ無しはいいと?」
マイクルに引っ張って貰って立ち上がり、ガラスボディのため息を浴びる。
呆れかえってはいるが、怒りに任せて俺らをもぎ倒すみたいにならないだけ救いか。
「付き合う気はなくなったぞ」
「あぁっ!?」
俺の横で悲鳴が上がる。
同時に、顔に耳インクがかかった。
「マイクル!」
「一本だけです、ですけど……!」
「避けられなかったのか!?」
「じゃあ君は見えたんですか!」
ガラスボディが動いたようには見えなかった。
腕も足も、顔すら動かしてないはず。
なのに、マイクルの片耳があっさりともぎ取られていた。
「ふむ……」
値踏みするような声。
「インクの付いたsampleを倒せと言われたが、これではどちらを倒せばいいのか分からないな」
おいおいおいおい……。
これ、内心ちょーぶちぎれてるやつだ……。