みみのこ・アップ・ライジング   作:紅茶オレを

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3 なら堂々と行こう

 

 

 

「冥土の土産にってやつしてくれよ。なんでこうも堂々ともぎに来てくれるのに、最初は99だったんだ?」

「そう命令されたからだ」

 

 さっきからずっと命令命令ってさ、一体誰によ。

 

「知る必要はない」

 

 隣のマイクルを見る。何の前触れもなく片耳をあっけなくもがれ、死の一歩手前まで……それこそいつ殺されるか分からない状況に置かれ、恐慌に震えまだ動く事ができなさそうだ。

 俺一人でここを突破するのは困難、というより不可能。

 マイクルと協力して動かなければ二耳揃って死んで終わりだ。

 

 正直俺だって怖い。ガラスボディは呆れつつ内心たぶん怒りつつ、だが少なくとも会話を阻んだりしない冷静さはまだ持っている。

 だから、マイクルが落ち着くまで喋って時間を稼がにゃならん。

 

 俺の武器はこの口だ。

 喋って喋り倒して、隙を伺って、仲間と共に何とかするしかない。

 

「ああそうだひとつ大事な事を聞いてなかった。お前、名前は」

「ヴェトロ」

 

 ガラスボディもといヴェトロは短く名乗ると同時。廊下の電灯がちかちかと暗転したその瞬間。

 身体が一瞬の暗闇に溶け込んだ次にはもう、その姿は消えていた。

 徐々にとか透明になったとかじゃなくってパッと消えた、だ。

 ……時間稼ぎはバレたみたい。

 

「来るぞマイクル」

「うそっ」

 

 一歩二歩と少しずつ揃って下がり、元居た位置から動く。

 やつがいかなる手で耳をもぎに来ているのかは全く分からない。

 少しはマイクルも落ち着いたみたいだけど、まだまだ分析する時間が欲しい。

 

 ヴェトロはどこからくる? 

 もいでくるからには物理的に触れるはずだ。

 なら実体がある。一瞬で消えはするけど、それは透明になっただけの話で間違いない。

 

 なぜ、どう透明になったか? 

 あいつの身体はスケスケのガラスだ。

 

「っ!」

 

 マイクルを突き飛ばす。

 俺とマイクルの頭の隙間を風が通り抜けた。

 これは偶然だ。偶然、そろそろ襲われるだろうなってタイミングからマイクルをどかしたら、たまたまそこを相手の手が通り抜けただけ。

 

 ……圧を感じた、か。

 なら、近くにいる! 

 

「ぅおら!」

 

 正面タックル! 

 が、だめ! 

 

「何してるんですか!」

「ぜってー今目の前にいたろゴルァ!」

「無理ですよ! あの耳、どうやったって!」

 

 顔面を打ち付けながら、タックルが失敗したフリをして前へ飛び出して地面を転がったのには理由がある。

 こうでもしないと更なる不意をつけないから。やつを倒す手立てがなく、ヴェトロを無敵のもげるわけないみみのこだと思い込んでしまっているマイクルを奮い立たせるには、この一手に賭けるしかないからだ。

 

「片や片耳、片や疲労で動けず。お前たちにこれ以上の勝機はない」

 

 部屋のどこからか声がする。余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)なヴェトロの居場所は不思議と音じゃ分からない。

 姿は見えないけど、物理なら通じる。

 

「なら……」

「まだ何かあるのか? もう盛り上がりどころは──」

 

 手には、さっきもげたマイクルの片耳。

 まだまだ新鮮で、インクが染み出ている。

 俺達掃除が専門“耳拾い”。みみのこの身体の重さも、耳の軽さも、()()()()()()()()()()()()()()()のかも知っている! 

 

「くらえオラァ!」

「なっ」

 

 綿毛だのポンポンだのポップコーンだの言われる耳のその部分を強く握り、全身全霊インクをぶちまける。

 この空間、この部屋全て、簡単にゃ落ちないインク汚れをその身に浴びるがいい! 

 

「あ、ああ! くそ、私の美しいガラスの身体が!」

 

 廊下へ繋がる部屋の入口とは真反対。

 俺やマイクルがいる場所より奥の壁際。仰々しい片袖机の向こうにやつはいた。

 耳インクをべったりと体中に浴びた変な恰好のガラス野郎が、芸術性の欠片もないマーブル模様になってご登場だ。

 

「くっ」

 

 唸りながらヴェトロの姿が揺らぎ、ぶれて次には二体へ増える。

 全く同じように見えたが、その分身体をよく観察しなくったってすぐに違いは分かる。

 元からいたヴェトロのマーブル部分、耳インクの付いた部分だけくっきりと、増えた方からは姿が抜け落ちて不格好になってしまっていた。

 つまりこいつは! 

 

「つまり! ……どういうトリックなのか俺まだよく分かんないから誰か説明してくれよぉ!」

「ここまでやっておいて!? 分身出して、自分は透明になってたんですよ!」

 

 マイクルの悲痛な叫びが耳に痛いけどさ、だってどういう理屈だかわかんないんだもん。

 屈折の具合で完全な透明化は分かる。でも自身の姿を投影するってどうやってぇ? 

 プロジェクターじゃないんだから難しいんじゃないかなぁ、そういうギミック。

 

「今いいでしょそんなこと!」

 

 ヴェトロは自身の姿が汚された事か、それとも策が敗れた事がショックなのか、インクを拭う事に必死過ぎてその場から動けていない。

 叫びながら勇気を出し、片袖机に並んだ筆記具をなぎ倒しながらマイクルが飛ぶ。そしてヴェトロへタックルを成功させて引き倒し、ペンやらメモ紙やらに塗れながら綺麗に両膝でその腕をホールドした。

 がごんと鈍い音。ヴェトロから呻く声。もうあいつにはどうすることもできない。

 

「どうだ参ったか透明野郎、これが野良耳の意地と勢いとあれとかそれとかだ」

「ぜんぜんしまらない……」

 

 だってしょうがないじゃん。戦うのも勝つのも初めてなんだし。

 

「つか、俺達のこと卑怯だって怒る割にお前も言えねぇだろこれ」

「……それは、詫びよう」

 

 観念したっぽいな。

 

「しかしこれもまた、盛り上がりか」

 

 やいヴェトロ、さっきからなんだ盛り上がり盛り上がりって。

 命令だのなんだのと合わせてこっちは意味が分からんぞ。

 

 のそのそ起き上がって拘束されたヴェトロへ問い詰めるが、意味深な笑みを浮かべるだけで明確な答えを得られない。

 いつだってもいで殺せるんだぞ。どこからそんな余裕というか、お前の所属してる? 組織? に忠誠? を誓えるんだ。

 

「スポンサーのためさ」

「うわっ」

 

 いうが早いかマイクルが跳ね飛ばされ、ヴェトロが起き上がる。

 こいつ、まだ動けたのか! 

 

「……いえ、この耳……」

 

 地面へ投げ出されたマイクルは警戒の声も薄く、ヴェトロを見るだけで動かない。

 いや、動く必要もなかったのか。

 

 立ち上がって光へ身を晒したヴェトロの身は、全身白んでいた。

 耳インクで出来た模様を除いた元の透明部分。そこがひび割れて真っ白くなっていたのだ。

 たぶんさっきのもみ合いの時だろう。もうこいつは長くない。

 本来のみみのこなら至近距離の爆発にも一発は耐えられるくらい丈夫(体験談)なのに、ガラスの身体が故に特殊能力やお洒落と引き換えでこうもあっさりと。

 

 ヴェトロがゆっくりと姿勢を整える。

 それを見た俺は机を避けて対面へ寄り、少々身体の動きが悪いものの姿勢を正す。

 せめて最期はみみのこらしく散りたい。──なんとなくこいつからはそんな気概を感じたからだ。

 

「ひとつ覚えておくといい。お前たちがそう動けるのには理由がある。それは我々が()()()からだ」

「深く聞いたってどうせお前が喋る以上のこと教えてくれないんだろ」

「その通りだ。私にその権限や台本はない。一つ言えるのは、お前たちが考えて動き、そうするだけでいい」

 

 ったく一切何にも分かんねぇっつの! 

 マイクル、レフェリー! 

 

「え、あ、えっと……」

「“礼”、“構え”、“はじめ”。順番を間違えず、はっきりと告げればいい」

 

 だそうだマイクル。

 

「分かりました。……では、礼」

 

 節々に残る痛みに耐えながら頭を下げると、お互いの耳が触れあった。

 顔を上げ、視線を交わす。

 元から辺りは静けさに包まれていたのに、今この瞬間に部屋の温度が下がったかのように改めてしんとした空気を肌で感じた。

 

 最初の不意打ちをかますような、相手もこっちも誉れなき戦い方をするような、そういうものではない。

 これが本当のみみのこファイト。レフェリーがいて、お互いが死力を尽くすこの空間。

 

「構え」

 

 俺は野良耳。戦い方も、戦った事もない。町角の家電屋に置いてあるテレビが名勝負のワンシーンを切り取ったのをちらっと見たくらい。だから構え方も重心のかけ方もよく分からない。

 だが、直感で身体は動かせる気がする。こうしてみよう、こう出よう、そういう肌感覚が染み付いている。

 

「……ふふ」

 

 そんな俺を見てヴェトロが小さく笑った。

 

 

「はじめ!」

 

 

 先に動いたのは向こう。

 膝を曲げて潜り込むように、ぐいっと俺の左脇を抉るように飛び出してくる。

 

 完全に出遅れた。回避が間に合わない。

 居合に対して有利は回避というが、しかし回避するにはもう遅く、今からしゃがんで避けようとバタついたって、向こうは重力に沿って耳へ伸ばした手を動かすだけで済んでしまう。

 ならどうするか。耳を守るには何があるか。

 

「らっ!」

「やはり!」

 

 白んだヴェトロの手が衝撃で粉々に砕け散る。

 おでこだ。頭突きだ。耳へ手を伸ばしている途中なら、あえて頭を突っ込んでもぐタイミングをずらしちまえばいい。

 片腕を破壊する気はなかったが、これはしょうがないだろう。

 

「……っ」

 

 ただ、砕け散ったガラスを避けて両目を瞑っている今は相手の次の手が読めない。

 なら気配だ。気配と勘と、あとなんか色々で踏み出す。後ろに引く回避は、今は悪手だ。

 

「回り込んだ!」

 

 マイクルの実況が決め手となり、俺の位置が分かった。

 あいつは俺を応援してくれてる筈だし、ならもし相手が俺の背後に来たのならそんな言い方はしない。

 

 振り被って目を開けて、姿勢を正そうと半身になっているヴェトロと目が合う。

 最期まで戦うみみのこの、闘争心に溢れた目。

 

 俺がみみのこファイトをした記憶はない。

 なのに、この情景に、デジャブを感じていた。

 情熱と信念で挑むみみのこと戦う喜びを、知ったというよりは思い出したという感覚に近い。

 

 手を伸ばし、耳を掴む。

 耳をもぐにあたって避けるべき、もげる適切な位置ではない通称“偽耳”を避けてだ。

 ……なんで俺は、戦い方を知っているんだ……? 

 

「さらばだ。優秀なみみのこよ」

 

 ヴェトロの耳をもいだ瞬間。彼がガラス片となって全身バラバラになるその瞬間、穏やかな声が届く。

 それは命令だのなんだのっていう何かに縛られたようなものではなく、彼が初めて自分の声で俺達へ向けたメッセージだったのかも知れない。

 

 はじめの合図からたった数秒にも満たない一瞬。

 一つのみみのこファイトに無数のドラマがあるとかいった広告を見たことあるけど、あながち誇張じゃないのかも。

 謎を残したままヴェトロは散ったが、なんというか、それに対する悪態が出ることはないな。

 

「か、勝った! 勝ちましたよ!」

「ああ、勝ったな……」

「えと、えっと、とりあえずバッジですか!?」

「落ち着け公式戦じゃない」

 

 マイクルは興奮して抱き着いてくるけど、一方で勝った俺はそんな「いよっしゃ勝ったぁあああ!」みたいな雰囲気にはなれない。

 なんだろうなこの感覚。かつてみみもぎをしていた疑惑のそれとかじゃなくって、友を失った喪失感……。

 

 そうか、友か。

 姿を知って名を知って、死力を尽くしてもぎあった友。

 ライバルとかそういうの? 

 この一発勝負で失ったから、そういうあれなのかな。

 

「あ、これ……」

「ん?」

 

 何かに気が付いたマイクルが床に散らばったガラス片の中からから小さなものを拾い上げた。

 無造作に割れたにしては整った形のガラス。模様も付いてるし、これってもしかして。

 

「個人バッジ、じゃないでしょうか。一部のみみのこが個人で発行している……」

「……生きた証か」

 

 マイクルの言った通り、一部の強耳は公式戦優勝のバッジとは異なる非公式のバッジを持っている。

 いくら強くたってただ一つの命。それが散って後に残るは名声の面影だけとなるには寂しい。だがこれを引き継ぎ持つ者がいれば、自身が生き抜いた証となる訳だ。

 

 そうか。透明分身の使い手とは言え、その身体になるまでに通常戦闘もこなしてきたはず。

 なら個人バッジを所有するようなみみのこでも、なにも不思議じゃなかった。

 

「けど俺sampleだぜ? 付けらんねぇよ」

「……なら段ボールバッジだって持っていられませんよ」

 

 ガラス片の中から同じく段ボールバッジを取り出し、手渡される。

 これの元の持ち主は、そういえば状況から見てスポンサーからの出資でsampleから抜け出たんじゃないかって話だったっけ。

 マイクルにそういう細かい事まだ言ってないけど、少なくともこう言いたい訳だ。組織に取り入ってお金貰おうと。

 ちょっと強引な解釈か? まぁ。

 

「まだ先は分かんねぇけど──」

「──とにかく前へ進むしかない、でしょ?」

「だな」

 

 俺達に元から選択肢はない。

 細かく言えばマイクルは俺を見捨てる選択肢があった訳だが、まぁ、向こうは世界の秘密を知りたい訳だから俺とは協力関係というか。

 つか、協力関係なんて優しい感じじゃないな。一蓮托生だ。協力して追手であるヴェトロ倒した訳だし。

 

「歩けるか」

「君こそ」

 

 この部屋を掃除する耳にはごめんだけど、後にする。

 段ボールバッジに記された地点へはこの足でも何とか辿り着けそうだ。

 

 

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