みみのこ・アップ・ライジング   作:紅茶オレを

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6 コシアの宇宙

 

 

 ごうんごうんという巨大な機械の駆動する重低音が遠くから聞こえる。

 多分昨日乗った斜行エレベーターが動いているんだろう。

 

「……おはよぅ」

 

 んんー、なんかすっげぇよく寝たって感じ。数か月振りにオハヨ! ってくらいの休息感。

 けど思い返してみりゃしょうがないか。

 直前まで全くそんなことになるなんて考えていなかったのに、段ボールバッジを拾ってマイクルと喋ってさ? んで本当は違うんだろうが、事実上の初ファイトからの飯も食えずに逃走──。

 

 目的地だった謎組織、イストティートへ到着し転生だの闘技場の成り立ちだの世界のルールだのを知ったり色々とあった。

 たった昨日の、たった数時間の内に。

 

 そしてそんな短い時間でこれからが決まった。

 きっとそれ以外にない、儚く散りゆる両耳を捧げるにふさわしい目標。

 

 それは、闘技場を運営する支配者の打倒。

 

「具体的にどうしたもんかね」

 

 これからも襲い掛かってくる連中を紙一重でいなし続けたとして、それは連中の言う()()()()()に加担するだけで掲げた目標の足掛かりにはならない。俺やマイクルがその茶番で絶対に死なず勝ち残るとも断言できないし。

 エンターテイメントの舐めプで生かされているだけで、向こうがその気になったらいつだってもぎ倒されるだろう。下手に自信をつけて無策に突っ込んでも駄目だ。

 とにかく情報が欲しいな。その上で敵が本気にならない塩梅の攻め方をして、気が付いた頃にはそのデケェ耳をがっちり握っちまいたい。

 

 枕と布団をぐちゃぐちゃにしながら悶々と唸り転がっていると、カーテン越しの遠くでぱっと太陽灯が点いたのが分かった。時計を見るまでもなく朝になっちゃったのが分かる。

 ちゃんと寝れたからいいんだけど、まだ寝れた時間があったのにって思うと途端に勿体なく感じるね。特段言伝もないし、ここで気の済むまでだらだらしてたって良いんだろうけどさ。

 

 ……イストティートという組織に属してこのお屋敷へ留まる限り身の安全は保障されているのだから、もっとゆっくりしてたってええか。

 やる気に満ち溢れてるマイクルには悪いけど俺だってみみのこだ。頑張った後はご褒美が欲しい。みみのこは傲慢不遜であるべき。たぶん。

 

「よっこいせっと、なんだこれ」

 

 水でも飲むかとベッドから起き上がり、間借りさせてもらった部屋を見て息を飲む的な感じになる。

 

「なにこの部屋」

 

 昨日は暗いし眠いしでよく見てなかったけど、壁一面に大量の丸い絵、丸い模型、分厚い本。

 さらに本。

 もういっちょ本。

 さらにさらにおまけに本。

 

 どうもお借りした部屋には勉強大好きなお耳がいたらしいな。

 立ち上がってなんとなしに一冊手に取ってみる。

 ええっと? “最も観測しやすい星 地球について”? 

 

「地球。……響きに覚えはあるんだけどな」

 

 ぱらぱらと捲れば黒い背景に青くて丸い物の写真があった。

 これが地球か。うん。見覚えもある。きっと俺の過去に接点のあった事なんだろう。

 ただここに書かれてるほど、これを見る風景が日常であったかは疑問だけど。マイクルみたく過去の記憶がはっきりしてるなら転生も嬉しかろうが、俺はあんまり思い出せないタイプだしもどかしいだけだな。

 

「そちらはこの居室を利用していたコシア様の私物にございます」

 

 驚いて扉を見れば、音もなく訪れていた。メイド耳さんが。

 昨日もそうだけどさ、気配を消すのお上手よねキミ。

 

「宇宙や惑星と言うモノにご興味のあった様子でして、この地下空間の外──地上なる場へ出る夢が叶えばとよく語られておりました」

 

 コシアは全てのきっかけとなった段ボールバッジの所有者だが……。

 資金調達か腕試しなのかは分からないが、残念ながらその者はもういない。

 

「お屋敷の部屋にも限りがございまして。個室が譲渡されるのは、特段珍しい事ではございません」

 

 メイド耳の顔色は変わらない。本当にいつもの事で、本当に珍しくないことなんだろう。

 寂しい事だ。それに慣れてしまうのはあまり喜ばしくない。いったいいつから、どれほどイストティートは戦ってきてるんだか。

 

「それは誰にも分かりません。……恐らくテスタお嬢様にも」

 

 テスタ・フレッチャが主導で戦ってるのに、その本人がいつから戦ってるのかも分からないのか? 

 

「この世界に歴史は確かにあります。時系列も存在します。しかし、明確な年数というものは存在しません」

 

 むむ。また気になる情報だが、あり得ないとも理解できないともいえない。

 なんせ相手は無意識までを自由にできるからな。その辺まで弄られてたってどうしょうもない。

 

 言われて思い返せば、俺が今何歳でいつから野良耳として生活していたのかの記憶すら怪しい。

 どんだけ相手は強大なんだか。ますますどう立ち向かったもんかと悩ましいぞ。

 

「ですが。それはきっかけにもなります」

「と、言いますと?」

「我々生きとし生きる者が違和感なく生活するに記憶は大切なものです。もちろん時間も」

「……なるほどな」

 

 相手は洗脳する。してくる。だがそれは完璧なものではなく、些細なきっかけで気が付かれてしまうという綻びがある。

 メイド耳さんが提示してくれたのは、ありとあらゆる理由付けでその洗脳を強固なものにしているのにも関わらず、時間という誤魔化しようがない部分まで干渉するリスクを払う必要が連中にあるのだろうかという疑問だ。

 物事には理由がある。理由があるということは、そこに隠したい何かがあるということ。

 

 歴史と時系列は許す。

 だが明確な時間は知られてはいけない──。

 

「──出生に秘密が? みみのこの誕生、死と再生。転生について?」

「そこまではなんとも。古老のアミーチ様に……いえ、あの方は」

 

 名前出されて引き下がれるわけなかろう。

 

「マイクルも呼んで一緒に聞きにいきたい。案内頼めるか?」

「……かしこまりました」

 

 長い耳を不満げに揺らし、メイド耳が下がる。

 

「それではこちらへどうぞ」

 

 一応案内はしてくれるようだ。

 

 

 

♪ 

 

 

 

「おはようマイク──誰だお前はッ!」

「ふっふっふっ」

 

 まずはマイクルと合流しようとメイド耳さんの後ろを歩いていたら、そこにいたのはマイクルの名を語るサンプル耳じゃない誰かだった。

 俺はこんな姿を知らない。長い耳は知ってる。みみのこだから。でもその改変は知らない。

 誰だお前はッ! 

 

「僕もしたんですよ、改変をねっ!」

 

 なるほどッ! 

 

「いやあの、もうちょっとなんかありません?」

 

 死ぬぜッ! 

 

「なんでですか!?」

 

 羨ましくて。

 

「うわぁっ! いきなり落ち着かないでください!」

 

 さて、おふざけもこの辺にしておいてだ。

 昨日の今日のでどうしたマイクル、おめかしなんかしちゃって。

 俺達サンプルお耳ぶらざーずじゃなかったのか。お嬢マネーか? ん? 羨ましいなこのこのぉ~。

 

「いえいえ。だって、そもそもサンプル耳ってなんですか」

 

 はぁ? 

 

「ですから。sampleってシールほっぺたに張り付けて剥がせないって、なんなんですか?」

「そりゃあだって、みみのこはサンプルだと改変できないじゃん……」

「というか君なんかジャケット脱いでバッジ付けてるじゃないですか、しかも2つ」

「あー……」

 

 ジャケットは昨日寝る前に引っぺがされて、シャツも変えて。バッジは手放すわけないし。

 

 こういったのも改変になるのか。

 髪や耳の色に服装云々じゃなくって、上着脱ぐとかワンポイント追加するだけも立派な改変か。

 こういうのも常識に刷り込まれたアレだよな。すげぇなおい。

 

「というわけで、えいっ」

「いてっ」

 

 俺の頬からsampleの文字がひっぺがされ、マイクルが悪戯っぽく笑う。

 お嬢と再会してからこいつ、ちょっと心休まったか? そいつぁいいことだ。

 

「髪色とか変えます? 衣装とかは? 簡単にできますよ」

「んにゃ、しばらくはコレでいい」

 

 みみのこデフォルトの長い後ろ髪を一つに結わき、ジャケット脱いだシャツ1枚。 胸元輝くバッジは2つ! 

 覚えておけぇ、雄々しき戦うこの姿、この俺の名前は──ッ! 

 

「──ではおふた方、ご案内しますね」

「おねがいしまーす」「え、あ、はい」

 

 どうしたマイクル。そんな変な顔して。

 このシャツの柄が気になるか? これね、ファイティングかたつむり。

 俺もよく知らねぇから突っ込まれたらどうにも分からぬ。

 

「いえ、いいです。君を指す言葉は、これ一つですから」

 

 何が言いたいんだこやつ。

 

「ところでこれどこに向かってるんですか?」

「知識役に話を聞こうと思ってね。古老と言われるからには役立つでしょ」

「古老?」

 

 室外へ出て、屋敷の外周をぐるっと。ちらっと見えた斜行エレベーターは稼働しているもののまだ帰ってきていないようだ。

 向かう先は言うなれば裏庭か。そんな所に何でいるんだと思ったが、そこには珍妙な世界観が広がっていた。

 間借りさせていただいたコシアの部屋に勝る収集物の数々。

 あの部屋と違う所をあげるとすれば、そこに何の法則性も見いだせないという事だ。

 

「……ガラクタ置き場と言った方がいいですよ、それ」

 

 メイド服を着たマネキンが笑顔で電柱にしがみついている。

 巨大なタマゴになぜか耳が生やされている。

 文字の書かれた段ボール。角ばったサングラス。目玉みたいな機械。ピンクのジャージ──。

 

 ありとあらゆる乱雑なそれが乱雑に置かれて山となっている。

 ここが太陽灯の影になっているせいで、夜のような薄暗さが相まってとても不気味だ。

 特にマネキンだの耳だのは一瞬誰かいるのかと見間違えるからやめて欲しい。

 

 そんな摩訶不思議な空間の中心にひとつ車椅子が置いてあり、誰かが腰かけている。

 誰か、というのは言うまでもない。あれが古老アミーチか。

 

「やっぱり」

 

 マイクルは知ってたのか。

 ということは、お嬢と死に別れる以前からの生き残り? そりゃあ古老なんて呼ばれる訳だな。

 ただこの耳……。

 

「……」

 

 回り込んで挨拶しても、瞼を閉じたままで動かない。

 もしもーし。本当に生きてるんだよな? 

 

「アミーチ老、お久しぶりです。僕です、マイクルです」

「……ん、ぅう……。あぁ、()か。また会えたね、寒くはないかい?」

「僕は元気です。アミーチ老もご健在でなにより」

「おおそれは良かった。そろそろ夏は終わるかな? いいや冬も結構なのだが、みみのこならば桜吹雪をみたいだろう。みみのこを創った者も桜を愛する心を持っていたはずだ。あれはとても綺麗だからねぇ」

「……アミーチ老……?」

 

 車椅子の老耳はマイクルの言葉に反応しているが、反応はしているが、全く話が噛み合っていない。

 夏だの冬だの一体何を言ってるんだ。

 まさかと思うが、メイド耳さんや。

 

「ええ。アミーチ様はもう、とうの前からずっとこの様子です」

「そうか」

 

 マイクルが驚いたように振り向く。

 

「で、でもこの方は!」

「どうしたのかね。君が慌てるなんて、よっぽど大変なことなんだろう。あれ以上のことはないと思うが」

「アミーチ老……」

 

 車椅子から着ぶくれした両手が伸びる。マイクルはそれを振り払う事もできない。

 嫌な反応にはなってしまうが、現実として思ったような知識役としては頼れないか。

 

「あの、違うんです!」

「マイクル」

「アミーチ老は、最初からこんな感じです!」

 

 えちょっ。

 め、メイド耳さん? 

 

「ええ。以前からずっとこの様子です」

 

 それって最初からあんまり言ってる意味分かんないってコト!? 

 

「んん? おお、彼の付けているそれはコシアのバッジか。宇宙に関心を持ち、ロケットを愛していたね。もう少し地球へ関心を向けてくれていたのなら、そうしたら月にはウサギがいるものだと気が付けたものを。いやしかし、今からでも遅くない。あとで彼に会えたなら聞いてみると良い、ハレー彗星の軌道計算を齧っているなら他の天体予測もきっとできるだろう」

「ええー……」

 

 じゃあなに。こう謎を垂れ流し続ける老耳から使えそうな単語抜き出せってか。

 確かに常識にとらわれないとかそういうのきっかけで疑問を抱けるとかあるけどさ、けど、知識役を探してっていう点のみを言えば、その。

 申し訳ございませんがご縁が無かったという事で。

 

「ご満足いただけましたか?」

 

 メイド耳さんがぼそっと呟く。最初からこうなるのは分かってたんだね、ごめんね。

 

「何か聞きたい事でもあったんですか?」

「んにゃ、大したことじゃない」

 

 疑問に思った事を問おうとしただけで、決して必須なものではない。

 ただ残念ではある。両耳もげたら即死するみみのこ界において長生きはそれだけで貴重である、その分だけ。

 しゃーなし切り替えてけ。戻って戦いに備えよう。

 とりまテスタんところでも行くけ? 

 

「ですね。お嬢も戦力が整いつつあるとの事で策を練っているようですし」

「かしこまりました。それではこちらへ──」

 

 ──どごん、と遠くから一発の爆発音。

 

「な、なにが」

 

 あのメイド耳さんですら狼狽え固まる中、俺とマイクルは連なる爆音に顔を合わせ頷き合った。

 俺達はこの爆発を知っている。あの時はもっと近く、もっと間近だったが間違えようはずがない。

 撫でねば爆ぜる、自爆兵器99。忘れる訳がない。昨日は散々な目にあわされた。

 

 しかしなぜ? 俺達がここへ逃げ込んだことを知ったからそうした? 

 いや。敵対している連中が認識できない道を通ったから、絶対に追跡を逃れたはず……。

 

『ナデナデシテー』

「あぶねっ!」「ぎゃっ!」

 

 急いで現場へ向かおうとした矢先、角を曲がったそこから出てきた99ちゃんが爆ぜて俺達を吹き飛ばす。

 俺とマイクルは咄嗟に被弾を避けられたが、ついてきていたメイド耳さんは直撃してしまったようだ。

 耳は無事だし死にはしないだろうが……気絶したまま放置せざる負えないのが心苦しい。 

 

「──やっぱりか!」

 

 まさかと思い斜行エレベーターを見れば、そこから続々と自爆兵器99ちゃんがよちよち歩き出している。

 連中がエレベーターを使うなど、秘密の裏空間を使えるなんて、昨日の話を考えればあり得ない事なのに。

 それなのに。

 

「まさか、分かってて加担している耳がいるとか……」

「裏切りか」

『ナデナデシテー』

 

 撫でれば爆発しないとはいえ、数が数だ。屋敷の連中を総動員させればどうにでもなるだろうが、説明している暇も近付かせる余裕もなかろう。

 それに誰が裏切り者なのか分からない。部下がやられる展開すら“盛り上がり”で済ませる奴らが撫でたフリだけして自爆しないとも限らん。

 

「99の対処について共有はしてないのか?」

「していますけど、ここの殆どは非戦闘員です。こう奇襲をされては……っ!」

 

 急な実戦で全員パニック。訓練通りにはいかないと。

 

「……ここは引きましょう!」

「だな。まずはテスタと合流するしかない」

 

 駆け抜ける傍ら、あちこちで爆音と悲鳴が響く。

 大声を張り上げて撫でてさしあげろと伝えても、こんな状況じゃでっかいお耳でも聞こえやしない。

 

「くそっ」

 

 屋敷玄関を潜り抜け、大きな扉をしっかり閉じる。時間稼ぎにはなるだろう。

 ホールには怯えた様子のみみのこが大きな団子を作っていた。

 

「テスタ・フレッチャはいるか!」

「お嬢を知りませんか!」

 

 ざわざわと喧騒だけが戻ってくる。

 誰も把握してないのか、それとも混乱中で答える余裕がないのか。

 いずれにせよここにいないのなら、どこだ? 

 

 99だけが来るとは思えない。ヴェトロがそうしていたように、99を監督している誰かもいる筈だ。

 誰か、となればこの場合は裏切り者。爆発の混乱で現場を散らしている間に、ここの頭であるテスタへ襲撃をかけていても不思議じゃない。

 

「探しましょう」

 

 震えて固まるみみのこ達へ99の対処法を今一度伝え、広い屋敷を走る。

 テスタ・フレッチャ、合流するまでどうか無事でいて欲しいが……。

 

 

 

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