みみのこ・アップ・ライジング 作:紅茶オレを
「しっかし広い屋敷のどこを探したもんかね」
「……」
「マイクル?」
駆けて走って足を回して屋敷の二階まで辿りついたものの、どこにもテスタ・フレッチャの姿は見えない。
闘技場を中心とする街中であれば雑多に揺れ動く大きなお耳の色である程度アタリは付けられるけれるんだど、こう屋根と壁のある屋内じゃそうもいかねぇ。
我がレフトアームのマイクルと手分けしてと言いたいが、襲撃されてるって状況でんな訳にもいかんし。
やはり頼れるのは自らの足。
回り道こそ正解に近付くって言うじゃん? どこで聞いたかは覚えてないが。
つまり、プロジェクト虱プレスこそ正義。
「……」
「どしたマイクル。いつもの元気は」
「……あ、いえ……」
わざとらしくおちゃらけてみたってマイクルの顔色は優れない。
まぁ、それもそうだろうな。転生をした記憶がはっきりと存在するマイクルは、その前世でお嬢を救いきれず志半ばで耳を落とした。
屋敷が襲撃されているこの状況、落ち着いてもいられないか。
とはいえお嬢も歴戦の猛者(検証なし)。
こんな探してどこにもいないなら、自力で襲撃者を撥ね退け脱出を完遂しているかもと考えた方がいいね。
「あの」
「どした?」
「あまりにも、酷似してるんです」
「なんが」
「デジャブどころじゃなくって、この、状況が……」
きぃと小さな音を立てて扉を開くと、コシアの部屋とは真逆に何もない室内が顔を覗かせた。使ってない部屋が多すぎる。
「……以前の屋敷の襲撃も99の爆発が始まりで、お嬢を探すのに手間取って脱出が遅れました」
「それで99の対処を覚えた訳ね。で、その時も今と同じように探して駆け回ったと?」
「はい。あの、もし──」
もしこの状況が、屋敷強襲からお嬢捜索までのドタバタが、全部敵側の仕組んだものだとしたら?
「イストティートの頭たるテスタ・フレッチャと合流しようとするのは自然な流れだし、偶然だろとは言いたいが、言いたいが相手が相手だしなぁ」
「見せる先のない“盛り上がり”の為に、どれだけ命を……!」
ミニゲーム感覚なのかもな。崩壊する屋敷から制限時間内にお嬢を見つけ出せるかって感じの。
「……この屋敷すら、遊ばれてる……」
「分からん点は多いけど、裏切り耳がいるのは確かだろ」
敵側は床下のような秘密空間を認識できない。だからそこを通ってのみ辿り着ける屋敷は完全な秘密エリアとなり、絶対安心ゾーンのはずだった。そういう話だった。
認識できる耳なら無益な争いに反し我々へ絶対協力するだろうというのはあくまでそういう期待的思考というだけで、そういうの裏切る存在がいるんならそんな論理簡単に吹き飛ぶ。
やはり戻ってくるのは誰が敵かという話。
カメラドローンは見えんがどっかで観察しているハズ。
やつらの台本通りにってのは癪だし、ふむ。流れを乱して出かたを伺ってみるか。
「は、早くまずはお嬢を見つけないと……!」
おっとここに丁度いい耳がいるじゃねぇか。
「やけに急かすねぇボウヤ」
「だって!」
記憶持ちはお嬢も同じ。ならば自力で脱出しているものと可能性を残しておくべきだ。
それをさっきからずっと探せ探せと、まるで台本通りへ軌道修正しているみたいじゃないかー。
「まさか、僕を疑ってるんですか?」
「野良耳に紛れて行動できるって利点を改変で潰す必要はなかったろぉー」
で、どうなんだぁー? おーん?
「……お洒落は基本ですよ」
マイクルは小さく呟くと半身に構え、片足を軸に力が込めつつ腰を落とす。
初手回避に重きを置いた分かりやすい構えだ。めっちゃやる気じゃん。
「僕はね、思い出したんですよ」
「なにを?」
「子供の頃めちゃくちゃオシャレ魔女ラヴandベリーで遊びたかった事をね……!」
知らねぇよその別件! 今持ち出すんじゃあない!
「虫王よりもッ! その横にあったラヴベリの方がやりたかったッ!」
「うわっ」
マイクルの身体が大きく沈み、地を滑るように半円を描き数mを一瞬で詰めてくる。
長い耳が軌跡を残さなければ追えなかった。構えから始動の次には死角へ入り込んでるとかこいつ、やるやんけ!
「せいやー!」
低い姿勢の曲げた膝からタックルで、同体格にも関わらず持ち上げられた。
実戦を持ち出してきっとこの接近した瞬間を逃がさず両耳もぎ取れば勝ちなんだろうけど、不意打ちに近いしあまりにも早すぎるしで対応できない。無理無理。
そこまでやるとは思わんかった。こっから避けるの無理だしつかもう懐だしぶっ飛ばされてるし、不意打ちとか卑怯だなー、あははー。
「へぶぅ!」
ふわっと浮いて地面へ叩きつけられたその時、俺が立っていた場が切り裂かれていた。
文字通りだ。ずばっとそこが縦一文字に。急に。
それと同時に狭い室内はあっという間に粉塵で包まれ、数m先すら見えない状況になっている。
「無事ですか!」
「な、なんだぁ!?」
「襲撃です。君の後ろ、窓から」
振り返れば粉塵の向こうにちょびっと耳の先が見えている。色は分からない。シルエットが揺らめいている。
みみのこってば小柄な癖して、とりあえずそこにおるなって分かりやすくていいね。
「って、窓ぉ!? 二階だぞここ!」
「反応遅いと死にますよ」
「身に染みた」
すっと立ち上がったマイクルへ今度は俺がタックルをかます。
一瞬後、それなりの質量が飛んできて砕け散る。車輪が目の前を転がっていき、力なく倒れた。
これはまさか、古老アミーチが座っていた車椅子……?
「もしかして裏切りもんを探す手間省けた?」
「仲間割れを演じただけの価値ありましたね。……お嬢、どうかご無事で……」
俺へ対するマイクルの信頼が厚すぎる。なんというか「あんさんがこのタイミングで喧嘩吹っ掛けるわけないですやん!」って今にも言ってきそう。
いやま、実際のところ俺も疑わしきは全て即裁判とするほど短絡的じゃないし、するにしたって情報とタイミングを計るし。つまりその信頼は全然ばっちりな訳なんだケド。
口には出さず一応心の内で謝っておくと、あの吹っ掛けは半分くらい鎌をかけてました。
一応、一応ね。ちょっと確認程度の。相手には洗脳マンもいるし。
さっきはマイクルの言動を軌道修正みたいだとはしたが、今度こそお嬢を守らねばとして視野が狭まっている状態ならば納得できる範囲だろうし、きちっと改変している件についても、それは俺が嫉妬して難癖付けてるだけで自由にしていただいてだし。
……虫王だのラヴベリだのはガチでなんの話か分からん。なんかあったんだろうね。そっとしておこう。
「君の狙い通りにいきました?」
「そりゃあもう」
相手の出方を伺ってどうなるかなって試みは大成功よ。こんな大物が釣れるとは思わなかった。
「で、こっからどうしようか」
ボスバトルスタートなんだが粉塵の目隠しは晴れない。でも耳っ先は見えてる。
さっきのマイクルを思い出せ。見て対応しようとすれば死角を突かれる。
だが視覚という感覚を一つ失った所でみみのこには第六感まであるのだし、つまりはマイナスいちで五感大満足なんじゃないか?
戦うに不足は一切ないって事だな。よぅしみみのこファイトばっちこい。
「……」
見てる。
じとっと。
何言ってるんですかって目で。
マイクルが。
横で。
ばっきゃろお前、気合で負けたらそこで終了だろ。
こういうのは強がり魂が大事なんだよ。
「えっと、二撃目来そうですけど」
「まぢ?」
どんっと突き飛ばされ、勢いそのままそれぞれ左右に分かれて壁沿いを走る。
三度目となるが、今まで俺達の居た場は切り裂かれた。
「遠距離切り裂くって何してるんだパーンチ!」
「危ないからやめてくださいストーップ!」
跳んで壁を蹴って耳掴んだれと接近しかけたが、マイクルの静止を聞き無理やり地面を転がるように進路変更。
あっつ。は? 熱い? 腕が重っ。
「わお、マイ左腕がまっかっか。ありがとう
「ご無事ですか!? うわぁっ!」
マイクル側も攻撃を受けたようで悲鳴が聞こえる。
あの時突っ込んでたらこう、真っ二つになってたかもね。縦に。
「みみのこなら耳もいで倒しにこいやゴルルァ!」
「そうですよ! そんな戦い方でいいんですかアミーチ老!」
「そうだそうだアミ──え、アミーチ?」
何度も斬撃が部屋を切り裂き窓も割れているお陰か、数m先さえ見えなかった粉塵は晴れてその姿が見えていた。
そこに立っていたのは、マイクルの言う通りのさっき見た耳だった。
古老のアミーチ、ついさっき裏庭でたわ言を繰り返していたあの老耳。
それが二階のここへ窓からやってきて、車椅子をぶん投げて、両手に持ってるのは……のこぎりぃ?
「アミーチ老、いつから僕らを騙してたんですか!」
こいつが裏切りとか内通者であったなら、車椅子生活を送りながら前回の襲撃を生き残った説得力にもなる。
普段の様子は誤魔化し。狸親父って訳だ。その手の
「よくも騙してくれましたね」
「そうだそうだこの阿保鳥! おたんちんべらぼう畜生のこん野郎まざふぁっ!」
「……」
「ちょっと泣いてません?」
やべ言い過ぎた?
ぎぎぎ、と首が回って伏した目がこっちを向いた。ごめんて。
「ラップバトルできるほどの語彙を持ち合わせていないことの歯痒さよ。思考の次元が低すぎる。今のままでは追いつかないようだ。叡智を探さねば、どこにある? 君達に力を示す前にこうもしてやられるとは。続けてよいか? おおそうか、ふむ」
ゆらり、とアミーチの左腕が振られると鋸の先が目の前で床を切り裂いた。
言葉はおかしいままだけど、戦う意志は変わらないらしい。
んじゃあ言動共にいつも通りっちゃいつも通りってことでひとつ。
「流石にこんな行動パターン知りませんよ僕は」
「てかあの鋸なんだよ。手ノコならぎこぎこして切れよ」
「しないタイプなんじゃないですか? すーって」
「電ノコじゃないんだからさ」
すっと右腕が動くと触れただけで鋸が壁を破壊し、ばちばちという音と共に部屋の明かりが消滅した。
薄暗闇の中、アミーチの持つ両手の鋸だけが薄ぼんやりと光り出している。かっけぇ。
「電気を取り込んだ鋸らしいですよ」
「ほな電ノコか」
「やばくないです?」
「逃げよか」
マイクルと共に部屋を駆けて飛び出る──窓からッ!
「窓からァ!?」
「二階くらい気合でいけらぁ!」
だってあのまま室内戦したら距離を取ろうにも壁ごとぶった切られて終わりよ!
どうせ壁無視で攻撃してくるなら遮蔽物の少ない開けた視界が理想!
それに別の狙いももちろんあるけどな!
「ぅぉおお! 着地っ!」
「ぅゎああ! 失敗っ!」
さて、到着いたしましたは裏庭。あの雑多な品々の並ぶ広場だ。
マイクルが着地失敗して埋まってしまったため、ここから先は俺ひとみみで戦うしかあるまい。
「ね、狙いって僕の謀殺……?」
「何でこの高さでそんななんの?」
みみのこならばどんな高さからでもご無事でしょうに。
「え、じゃあアミーチ老を落下で倒すとかって狙いは……?」
最初からそんな狙いないけど。
「じゃあ僕、ただの落下損──」
がくっと気絶した。耳ついてるし死んだ訳じゃないよな。
……室内戦でぶった切られてわけわからん内に惨死よかマシと言い訳しておこう。
「重力。重力は枷だ。月面に基地を作ったというのにわざわざ枷を生み出す必要性は、人類には必要であったかも知れない。しかし……そうかそうか。月の兎はモチなどついていなかったのか。なら君達は地上へ戻るべきだろう。季節は変えられるものではないとはいえ、寒ければ着込めばよい。雪かきに戻れという警鐘だ」
ぶつくさ言いながら垂直に落ちてきたアミーチは、膝を折ることなくガシャンと音を立て床のタイルを粉砕し着地した。
幾ら着地は簡単とはいえそんなノーリアクションでの着地はどうなんだ。盛り上がり至上主義じゃなかったのか? そっちの組織は。もっとかっこつけりゃいいのに。
まぁいいやご老体。正々堂々のラウンド2といこう。
ここでばちこりばっちし決着つけようぜ。もちろん命乞いなら今の内だぞ。
「決着とはここでつけるものではない。それは君達が自身で決めるものだ。いつまでも──」
「先手必勝!」
マイクルは回避に重点を置いているが、俺はもちろんこまけぇこたぁさておいた居合!
みみのこで言う居合とは、とにかく速度! 直線で一気に距離を詰め、
「危!」
カウンターがコワァイ!
あの鋸はどう考えたって危険だ。近付いて、頭の耳へ両手を伸ばした瞬間を狙われたら即死する。なんなら刃先を置かれるだけでもデンジャラス。
みみもぎ以外でみみのこを殺せるのか否かはさておき、物理的に胴体が離れたら色々問題だろ。息してたって意識があったって動けないなら事実上の死だ。耳をもがれてしまうので。
「だがご老体、こいつらを見な。お前の大切なコレクションだろ?」
「ぉお、そうだとも。思い出は大切だ。そう思ってここへ来てくれたのだろう?」
「もっと攻撃してきな。ただし、真っ二つだぞぅ?」
ずばっと電柱が真っ二つになり、ずどんと地面へと落ちた。
電柱にしがみついていたメイド服のマネキンも心なしか悲しそうな顔してる。
「すーっ……」
えっと、お構い無しですか?
「
「相変わらずの長文だがご老体。目の前で起きた事に則した反応をするってこたぁ無理してねぇか?」
「……ブラックウィンターそのものを回避する方法について議論すら起きる事はなかった。これほどまでにあの物語は賞賛していたのにも関わらずだ。メリディアンループの存在がためにか? あるいは個人製作が星々を動かすに至らなかったからだろうか。月面に基地を作り、兎を発見した時点でみな悟るべきだったのだろうに」
煽ってみたら露骨に話題を逸らされた。
古老アミーチは両目を伏したまま、重要なのかそれとも妄言なのかよく分からない事をぺらっぺら続けている。
その間は攻撃が止むし時間稼ぎには丁度いいな。
「危!」
もちろん長文が過ぎれば鋸は振られてしまうけど。
「すまねぇタマゴマン……」
耳の生えたでかいタマゴが胴から真っ二つ。無残なり。
あの何でも切り裂く鋸の攻撃は線で射程も長い。当たれば即死。確かに危険だが、だからといって最強無敵かと言えばそうではなく、それを操るアミーチ自体には多大な隙がある。
最小の動きで刃を置く接近でのカウンターが最も恐ろしいだけで、腕の振り自体は落ち着いて見切れば全然恐れるものではないのだ。
この裏庭へ来たのは何もコレクションを盾にしたかったからでも、あるいは距離を取ったとき目隠しになる遮蔽物を失くしたかったわけでもない。
それらはあくまでついで。戦いの助けになれば嬉しいなってだけだ。
本当の狙いがちゃんとあるし、そしてもう達成している。
「なあご老体」
「んぅ? ぉお、どうかしたのかね」
「あんたの弱点見切ったぜ」
鋸を持ったその姿を正面から見据え、腰から折って頭を下げる。
レフェリーはいないが礼節は必要だ。スポーツマンたるみみのこらしいファイト前の挨拶をするのは当然のこと。
なんで今やったかって? 当然その理由は一つ。これから俺は、奴を討つ!
「ひとつ、あんたはスタミナがない!」
鋸を振ったしばらくは腕が動かせないし、激しく動いた後は逃げた俺達をすぐ追う事すらできていなかった。
普段怠けて車椅子に座ってばっかなせいだな。たぶん。
「ふたつ、その鋸もスタミナがない!」
馬鹿正直に真正面から駆けて突っ込んだって、今は全く恐ろしさを感じない。
それはもちろん、鋸が光っていない──電気を発していないから。もうあの斬撃を飛ばせる訳じゃないから。
さっき壁をぶっ壊して給電していたのバッチリ見てたぜ。
そう。建物内で戦い続ける限りアミーチは鋸の給電ができる。
だからこうして給電元のない裏庭へ誘い出し、電力切れを狙って時間稼ぎをしたってワケ。
「みっつ! ……は、言ってみたけどすまん思いつかなかった!」
「やっぱかっこつかないですよね君……」
床からマイクルの声がしたけどしょうがないじゃん。勢いだけで基本喋ってるんだから。
「ほう」
その手にしている鋸がやべーからって一点のみで攻めあぐねてたんだ。
じゃあその身を守る鋸が力を失っているならば?
「その耳、もらい受ける!」
肩に刃は刺さるが痛いだけで済む。多少の手傷は上等!
右耳をぶちぎって、肘で顎をごすっとオラァ!
「こ゜」
「制圧完了」
地面へ倒れ伏したアミーチの両手から鋸を奪い取り、コレクション広場に放り投げて加えてやる。
え、両耳をもいで終わりにしないのかって? みみのこファイトならそれで終わりだろうが、俺達の戦いはこの老耳を倒しただけじゃ終わらんからな。
聞きたい事が沢山ある。
「おめぇが裏切りもんって事でいいんだよな?」
「……」
「だんまりか」
「顎殴っといてすぐは無理なんじゃないですかね」
お、マイクルが復活した。まだよろよろしてるけど。
そんでさすがに肘はまずかった?
「大抵の格闘技で禁止されてますよ。肘は」
と言われましても、かくとうぎって知りませんし。
「……いたい……」
「おはようご老体。調子はどう?」
「とても、ひどいねぇ……」
「アミーチ老。聞きたい事があります」
改めてマイクルが問いただすが、答えはなく沈黙。
もっかい顎いったろかな。膝で。
「膝も駄目です。──怒っている訳じゃありませんよ。ただ、事実の確認がしたいだけです」
「……語れる事が無いのだ。
悪びれ無し、口も割らない。
ただでさえ洗脳野郎とかいう未だどこから仕掛けてくるか分からない敵耳を警戒すべくな状況だし、悪いがこれ以上害を及ぼす前にサヨナラといこうか。介錯してやる。
「待ってください」
っとと、ストップ入った。
「アミーチ老。あなたはどうして、僕の事を
おいおいマイクルちゃんよ。二耳称にまで食って掛かったらキリないぞー。
「以前は僕の事をしっかりマイクルと言ってくれていたのに、今は一貫してそう呼ぶのには理由がありますよね?」
「君がそのような事を気にするとは、夢にも思わなかった。ここが夢のような世界であるにも関わらず」
んじゃもういいか?
「マイクルはあのメイドであろう?」
「え?」
……ん?
あのメイドって、俺の面倒見てくれてたあのメイド耳さん?
「君は自身をマイクルと思っているようだが、以前の主役たる“君”であろう。しかし初めてな話だ。次の“君”と前の“君”が同時に存在しているなど。記憶の混濁が故システムをすり抜けたのか? 一種のバグやグリッチだと言えるものか? 興味深いが、この身にこれ以上の時間は残されていないらしい」
君、君って、君さ……。
以前の主役? じゃこの俺達が戦ってる流れは、偶発の特別番組なんかじゃなくって、頭っから仕組まれたチャレンジコーナーだってか?
俺が自分で気が付いたあれこれも全部、そう調整されて転生させられて、戦うよう誘導されて、んじゃタイミングよく助けに車を出してくれたテスタ・フレッチャもそっち側の耳か!?
イストティート自体が、この屋敷全部もお前達のスタジオ内ってことなのか!?
「お、落ち着いてください! ア、アミーチ老、知ってること全部──わっ」
アミーチは自身の頭から銀色の髪飾りを取ると、マイクルへ向かって投げ渡す。
「みみのこファイトクラブを訪れたまえ」
そしてそう呟くと、自身で残った左耳をもぎ落としてしまった。
……だいぶヒントは出してくれたが、いや、ここまで喋ってくれたならよしか。
最期は分かり合えたような気がするヴェトロさえちゃんとしたヒントを残してくれたかったのに比べたら、一歩前進どころじゃない。
転生のシステムには未だ呼び名の定まらない敵連中が介入している。
そして俺達がこうして立ち向かうのは今回が初めてではなく、幾度となく繰り返されてきたこと。
時系列があっても明確な時間を把握できないって話は、細かい粗を誤魔化せるためか。だが完璧なものじゃない。
うーん。お嬢までもが敵側濃厚なのは痛い。イストティートに長いするのもまずいなぁ。だからといってどこへ向かったものか。
「……“みみのこファイトクラブを訪れたまえ”……」
マイクルがアミーチの遺した言葉を反芻する。
「次はそこへ向かえって事ですかね」
「それだ」
ぱちんと指を鳴らしてグッジョブ。言いなりってのは癪だしまた闘技場行きかとはなるけど、他に思いつかねぇしな。
信じてたモン全部裏切りって知りゃもっとショック受けるかと思ったが、意外にも冷静じゃないの
「君呼びはやめてくださいっ。僕は、マイクルです」
「んじゃそれでいこう」
じゃあなアミーチ。
……ん?
「どうかしました?」
「もげた左耳がない」
「本当だ」
もげた耳がすぅっと消えるなんて事はあり得ない。そんなことがあったらホラーだ。
……ん?
「どうかしました?」
「飛んでる左耳がある」
「本当だ」
アミーチのちょっと枯れかけの草みたいな色の耳が宙を飛んでる。
「こっち向かってきてません?」
「本当だ」
え、ちょ、すぅって消える以上のホラーなんだけどそれ。
しゅごーいいながら飛んできてる、すごい勢いで、おわぁーっ!
「に、逃げましょう!」
「もう逃げてる!」
だーもう!
一難去ってまた一難なこういうドタバタした状況、もはや嬉しくなっちゃうなあッ!