雪に椿   作:罠ビー

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過去改変あり


あの日殺せなかった男と死ななかった男

 

 

 バスジャック事件の時の不審者と出会ったのは中学生の時。そしてレールからとうに外れかけていた私の人生が取り返しのつかない逸れ方をした日だ。

 

 その日は祖父、冷泉 巌のもとを訪れていた。この時点で私の悪童ぶりに嫌気がさしていた父母とはすでに折り合いが悪かった。一応今も家族として屋根の下で生活をしているが今の関係は冷え切っている。それでも不自由ないのは父母が私に完全に委縮、恐れているからであろう。私も表面では優等生であり結果、目に見えた家庭崩壊には至っていない。

 ⋯⋯まあ父母が逃げだすか、私が破滅するかのどちらかでこの家族ごっこは終わるだろう。

 

 その為このころは祖父のもとにいることが多かった。祖父は厳しいながら私の異常性を理解しながら愛してはくれていた、と思う。そんな祖父の家の蔵に入った時だ。祖父もこのころには杖なしで歩くことが困難であり、その日は蔵の中身の整理を手伝っていた。遺産の相続というものは面倒らしくしゃっきりしてるうちにやっとけと方々から言われたらしい。

 しぶしぶという形で冷泉家の蔵の整理が始まった。縁側に祖父は待機し私が蔵から荷物を運び出していた。どれくらいたっただろうか。日が傾き始めたころ私はその中から桐箱を見つけた。祖父から札の張られた桐箱には触れるなと言われていたが、それには札は張られていなかった。

 

 

「雪!!お前それに触れるなと。そんな禍々しい箱に」

 

「巌爺。いや、札もない新品の桐箱だ⋯⋯ろ」

 

 

 手にした桐箱を私は無造作に開けていた。まるで誘導されたかのように私は中の刀を手にしていた。そしてそれを抜こうとするところで

 

 

「喝っ!!」

 

「正気に戻りおったか雪。とりあえずそれはワシが預かる」

 

 

 ⋯⋯今考えるとおかしな話だ。そもそもこれは厳重にしまわれ札が張られていたらしいが私の認識ではそんなものもなかった。匂いもぞんざいな保管体制による埃とカビの匂いしかしていなかった。しかし箱を開けてから私にソレは牙をむいた。

 濃密過ぎる血の匂いが一滴も血汚れのない刀から漂っていた。それは私に途方もない殺意を向けていた。そしてその殺意に圧倒されながらまるで反射的に私は無機物である刀に対して殺意を向けた。

 

 その日はそこでいったん中断となり、夕食を取り、軽く稽古をし、風呂に入った。その最中ずっとあの時の事に頭を支配されていた。

 

 そして就寝前。巌爺が管理すると言っていたがそこまで異常な刀なら、道理など総て取っ払って私室の真ん中に置かれているという事に不思議とは思わなかった。

 コレに魅入られてる以上おそらくどんな対策も無駄で、コレは私を持主と定めた。そう自然と解釈してしまうのはコレに誘導されてるのか、もう私がコレを好いているのか。自分の感情の筈なのに全くといっていいほど解らなかった。

 

 白木で作られた柄に鞘。いわゆる白鞘と呼ばれるそれはその妖艶さに反してとても簡素なモノだ。しかし簡素だからこそそこに納められた刀身がどんなものなのかと強く想像をかき立てられる。

 

 

 ドクンっ……ドクン

 

 

 目の前にあるソレから眼を離せない。心臓の鼓動に同期してそれが蠢いてさえ見える。喉が渇き生唾を飲み込む。どこも怪我をしてないのに血の味がした。

 

 

 

 ――見ているだけで、本当にいいのかしら

 

 

 

 すーっと柄を握り刃を抜く。私はその刀身に一目奪われた。そしてそれは衝動を押さえつけようとしていた私には劇物で、私の5年間ほどのちっぽけな努力はこの刀が与えてくる魔悦の前には何の役にも立たず一瞬で決壊した。

 

 

 

 ――素直になりなさい、宿主様♥

 

 

 

 

 人を斬りたい。それも美しく、効率的に。

 

 

 頸を落としたい。

 

 

 

 私は寝巻の上にコートだけ乱雑に羽織れば祖父の家を、紅椿片手で飛び出す。

 

 それでも表通りで無差別にやってはまずいと、かろうじて私の制御のきいた部分が私の足を裏通りに向けさせる。暗い夜闇だが私の目は爛々と輝いてかっぴらいていた。唾液を飲み込むことも忘れて走りながら拭う。耳は表通りの喧騒を離れ息を潜めながら走る男たちを捉えていた。

 

 口角が上がる。その方向から殺気がする。

 

 

 私は殺気を隠すことなどせず駄々洩れに垂れ流しながら、夜闇に紛れる男の頸を落とそうと斬りかかる。

 

 

 

  ――ガキイイン

 

 

 

「お前は、組織の追手――」

 

 

 

「あっはあ!!こんばんわだ、お兄さん!!早速で悪いんだが頸をくれ」

 

 

 

 

 

 

 組織に同僚のスコッチがNOCであることが漏洩した。

 俺は追手としてスコッチを追っていたが別にスコッチを殺すつもりは無い。なぜなら俺もNOCとして組織に潜入しているからである。その為俺は他の構成員より早くスコッチに接触するのが目的となる。アイツはまだ死ぬべき奴じゃない。

 

 しかしスコッチも漏洩を察したのか思いの外動き出しが早く、夜の街の中を追いかけっこする羽目になっていた。アイツを救いたいのにままならない。

 

 そんな事を続けていると横っ腹をぶん殴られるように別方向から強い殺意の奔流を向けられる。咄嗟に応えるようにそちらに殺気を飛ばしたのがマズかったか。その殺意の主は真っすぐコチラに向かってきた。

 

 組織の追手だろうか?それにしては殺気の向け方がお粗末過ぎる。そう思うとネームドとは考えにくい。応戦の構えを取ろうとする俺に対して煌めく白刃が振り下ろされる。

 

 

 ――ガキイイン

 

 

 刀とライフルの銃口があたり嫌な金属音が響く。この音で俺を追ってきていた奴は俺が戦闘に入ったと気づくだろう。よし、お前はそのままスコッチを追え。

 

 

 

 

「お前は、組織の追手――」

 

 

 

「あっはあ!!こんばんわだお兄さん!!早速で悪いんだが頸をくれ」

 

 

 

 

 凶刃を振るうのは中学生程度の少女だった。コートこそ羽織っているがその中は外行きとは言い難い格好に瞳孔が大きく開いて若干血走っている瞳、口元には涎のあとがついており、凶刃を片手にケタケタと笑いながら俺に異常な殺気を向けていた。

 

 中毒者か?そんな想像が自分の頭をよぎる。明らかに異常行動ともとれる行動。そんな彼女を取り抑えるべく戦闘を継続する。

 ただのジャンキー、しかも少女とあればいくら相手が日本刀を持っていようと体格、膂力ともに圧倒している。その為組み伏せてしまおうと思うも彼女は不利を悟り間合いをとる。

 

 いくら凶刃を振るう中毒者だろうと流石に子供に銃を向けるのは憚られる。このまま徒手で戦おうとするが意外にも相手の刀の扱いが上手い。徹底して自分の間合いを保持しながら、大振りはせずしっかりと最低限の軌道で扱っている。

 

 

「ぐっ……、はぁはぁ」

 

「それは子供が振るには過ぎた代物だ。しかもその火遊びは未来永劫たたるぞ」

 

 

 しかしそれまでだ。彼女はその状態に見合わず理性的な剣を振ってきているが、故に読みやすい。俺が刀剣の類に精通していないといってもそれが教科書的なものなのは感じられた。研鑽は感じ取れるし、年齢で考えればその道で有望なのは感じられる。そんな子がこのありさまとは

 

 

「おいたが過ぎるぞ。こってり絞られたほうがいいな」

 

「⋯⋯っかっは」

 

 

 彼女が振りかぶった刀を態勢を低くしてかわし鳩尾に掌底を入れる。少女は息を詰まらせながら路地裏に倒れ伏すはずだった。まるで倒れましたみたいな軌道であるが明らかにそうではない速さの蹴りが顎下に迫っていた。顎下から脳を揺らされるのは危険なため左手でかばう。

 

 少女は尻もちをつきながら項垂れている。しかし油断はしない。今の蹴りは毛色が違う行儀の良くない技。

 

 

「下手な芝居が過ぎるぞ」

 

「⋯⋯ふふ、雪に処女めてを経験してほしかったのだけれど、あなたの相手はまだあの娘には重いみたい」

「あんなにやさしくしてくれたのにあの娘は気をやってしまったわ」

 

 

 空気が明らかに変わる。先ほどの中毒者のような表情ではなく歳の割に妖艶な色香のある視線。しかし殺気は先ほどよりも鋭く真っすぐ俺の一点、頸に突き刺さっていた。それが喉の動きを鈍くする。息の詰まりそうな窒息感を感じる。

 

 少女が刀を構える。正中、それは先ほどとは変わらないが剣筋が予測できない。

 

 

「激しくイキましょう色男さん♥」

 

 

 正中から頸に突いてくる。早い。横にかわすより屈む選択をした俺の顔面に膝が迫る。それを左手で抑えるが右側に打ちこむ場所がない。ボディにフックを打ち込もうとすればそこに左肘を差し込まれる。刀は右手もちで⋯⋯頭上。それを下がり回避すればそこで左手に持ち替え前に出てくる。

 さっきまでと違い足が出たり刀を持ち換えたり、時には拳が飛んできたりと刀の軌道以外に注意を払う必要のあるものが増えている。こちらも拳銃を抜こうとも考えたがこのレンジで今の相手には向かなそうである。

 

 

 ――パアン

 

 

 何合か打ち合ったのちスコッチが逃げた方から銃声が聞こえる。きっとうまくいったであろう。

 

 であるならば俺はこれ以上遊ぶ必要がない。

 

 

「色男さんのいけず」

 

「俺はお前たちみたく遊びじゃないんでね」

 

 

 

 そう捨て台詞を吐いて俺は離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 あの日結局俺はゼロのおかげで生き延びた。

 途中ライが追ってきていたがライは喧嘩に巻き込まれて追跡を断念。ゼロが追いついたおかげでスコッチの死を偽装工作し今は名前を変えて生活している。

 

 

「おはよう、緑川さん」

 

 

 そんな俺に挨拶してくるのが俺の二軒隣の家族の長女。冷泉 雪ちゃん。

 彼女は俺の命の恩人で、

 

 

 そして俺の監視対象だ。

 

 

 

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