ゼロによってスコッチの死を偽装し約2年の潜伏生活の後、緑川 楓と名を変える事で生きながらえた俺に次に与えられた任務はある少女の監視であった。
その少女はあの日俺を追いかけるライに喧嘩をふっかける……正しく言うと日本刀で斬り掛かり、その事にライは足を止める事になった。言うなれば命の恩人に当たる少女なのだ。
彼女は組織と敵対するように接触してしまっている。保護や組織からの接触をかんがみての監視かと思っていたがゼロから見せられた資料によるとどうやら違うらしい。
問題は彼女がライとの戦いで抜いていた刀、紅椿にあった。
製作年、製作者不明。白木の簡素な作りの刀。それが歴史の表舞台にはじめて出たのは江戸時代。名前は失伝しているが当時江戸を震撼させた人斬りが使っていたとの記述がある。
しかしこれ以降同様の白木の刀による殺傷沙汰は幾度となく発生している。そして人斬りになるのは遊女から公家、介錯人など様々だ。
極めつけはある程度記録の信頼性がある昭和年代〜平成前期にあっても度々殺人事件の現場で発見され、その度に証拠品として押収されるも毎回遺失してる点だ。最後に所在が確認されたのが18年前の殺人だ。そして捕まった犯人はいずれも現場か獄中で死亡している。
今回の件で今の所有者は冷泉 雪であると解った。刀剣登録こそ祖父の巌の名前になっているがこの登録も2年前のあの日の日付になっている。
これまでの経緯から冷泉 雪から紅椿を押収しても再び遺失するのが関の山であり、冷泉 雪を微罪で引っ張ったとして彼女が死亡しまた紅椿が闇に潜るだけである。
その為冷泉 雪が紅椿を所持しているという状態を維持しながら、冷泉 雪の一般人の殺害の阻止、そして組織などの危険な団体に冷泉 雪及び紅椿が渡るのを防ぐのが主な役割となる。
思わずゼロになんの冗談だと聞いてしまった俺は悪くないはずだ。ゼロも冗談ならよかったのにと言って出してきたのはいくつもの殺人事件のファイルと異常としか言えなかった証拠品の管理記録だった。
そういうわけで彼女、雪ちゃんの家の近所に住み着いて半年程度。それなりに良好かつ適当に距離感を保って接触できていると思う。
観察している彼女の印象は昼間はやや個性的ではあるものの普通の女子高生という印象だ。剣道に打ち込む少女で友人関係もそれなりに良好。
しかし問題行動も散見されている。それが夜間外出と過剰防衛による暴行だ。度々夜間外出をしては気弱な女子高生を演出し因縁をつけられたところで木刀で暴行を加えるといった事を行っている。
その時の表情はとても昼間とは違っていて正直同一人物なのか疑わしかった。昼間は淀んだ色の瞳こそしているがクールな優等生といった感じだが、夜の彼女は殺人鬼と言っても否定はできないくらい暴力的でそのことに酔っている様子すらある。おそらく俺の命の恩人なのはこの笑いながら暴行を働く彼女の方だと思うと正直とても複雑だった。
無論良くないことではあるが、俺は任務の経験上積極的にそれを咎めることはできない。せいぜい夜間外出はよくないよと言ったりする程度だ。
家族関係は良くないらしい。以前親御さんが悲しむよと言った時は両親が私の事で悲しむなんてありえないよと言われてしまった。確かに娘の度重なる夜間外出にもおとがめなしだもんなあ。
緊張が走ったのはここ最近だ。夜間外出は比較的落ち着いてきたが劇的に彼女が事件に遭遇することが増えた。紅椿を見たいというコレクターの家で起きた殺人事件の際は刀を抜いて斬り掛かったと聞いて肝が冷えた。
そして彼女が大阪に行っている間に逃亡中の死刑囚、沼淵に接触したと聞かされた時はこの作戦の終了を悟り、彼女を拘束するために覚悟を決めなければならないかと思った。
しかし彼女が沼淵に何故接触したのか、どういうやりとりをしたのか、それは分からず仕舞いだった。再度確保された沼淵も少女との接触こそ認めたが互いに顔は見ていないとのことだった。しかし、
「アイツは俺と同類や。マトモな奴の纏う空気やない」
と言っていたらしいので信じたくはないが雪ちゃんであろう。結局その後に問題行動もないので現状維持である。
「おはよう緑川さん。……今度また大阪に行くんだがお土産は何がいいかい?」
「は、え?大阪?また急だね……僕も大阪に行く用事があるんだけど一緒に行く?」
バスジャック事件の時、灰原は組織の人間の影に怯えていた。あの時彼女が怯えだしたタイミングでバスに乗ってきたのは犯人を除くとジョディ先生、新出先生、マスクの男、補聴器のお爺さん、冷泉である。
しかし灰原も誰から組織の匂いがしたかは分からないらしい。しかしもっとも怪しいマスクの男以外、俺は何度も遭遇している。
誰が奴らの仲間なのかと疑っていたところである事件がおこった。
光彦が行方不明になり、消息を追っていくとある森にたどり着いた。光彦は森に蛍を探しに行っただけだったんだがそこで逃亡した死刑囚、沼淵と遭遇してしまう。
結局光彦は無事で沼淵は再び捕まった。灰原がやけに沼淵の事について詳しかったと話を聞けば彼は一時期組織に所属していたらしい。組織は彼の高い身体能力に目をつけ殺人の手解きをし、殺し屋にするつもりだったようだが、組織の求める水準には至らなかったらしい。そして灰原のもとに人体実験要員として送られてくる直前に逃亡。複数件の殺人事件を起こし死刑判決。2度の逃亡の末収監されている。
「灰原、そういえば冷泉は以前大阪で沼淵に会ってる」
「それ、あなたたちと一緒に、偶然でしょ」
「いや、アイツは坂田刑事に沼淵の場所を問いただし沼淵に会いに行ったらしい。アイツに俺がそのことを聞くのも不自然だし理由は分かんねえけど」
俺は冷泉の事をあまり知らない。中学時代は蘭の友人で暴力の噂のあるおっかねえ女だったし、高校に入って剣道部の王子様となっても俺の中での印象は変わっていない。むしろ骨董コレクター事件で刀を抜いた時は以前より危険さが増してると思った。
そのうえで先日の沼淵に対する不可解な動き。怪しくないと言ったらそれは嘘になる。しかし彼女はこの前のバスジャックの際は灰原を助けようとする俺を援護するような動きを見せた。それに俺や園子、そして特に蘭には紳士的に接している。子供たちも最初は目つきの悪さに怖がっていたがある程度は打ち解けている。
「⋯⋯あの人は工藤君の同級生なんでしょ?以前との違いとかないの?」
「つってもなー、蘭ほどアイツと親しいわけでもないしな」
冷泉、お前は俺たちの味方なのか?
「ウェンディゴ⋯⋯あんなのがエンジェルの近くにいるなんて、死にしか愛されていない哀れで邪悪なウェンディゴ」
写真にダーツを刺す。淀んだレッドアイのハイスクールガール。その写真にはマニキュアで頸に線が引かれていた。