「それで工藤君は帰ってきてないということね蘭。ジェットコースターで殺人事件があってその事件を解決後行方不明になったと」
「うん。雪は何か聞いていない?」
『聞いた話だときれいに頸を跳ねたらしいわ』
その話題をしながら友人の失踪より、傷心の友人の精神状態より、殺女の話すバラバラ殺人事件の情景の方に思いを馳せてしまうのは私が最悪たる所以なのだろう。隣の悪霊の話では奇麗に首が飛んだらしい。見たかったという思いと見たら抑えられなくなりそうで怖いなという感覚がある。
「蘭が知らないことを私が知る由はないよ。残念ながらね」
「まあ工藤君なら大丈夫だろう。蘭を置き去りにくたばるタマではないよ」
私の言葉に蘭はがっかりしたような反応をする。まあ不安だろうし藁にもすがりたいんだろうな。一応共通の友人ではあるのだし。一応のフォローをすると隣で悪霊はケタケタと嗤っていた。その後蘭が預かっている子供を迎えに行くいうので別れると私は帰路を引き返して電車に乗った。
電車を降りた私は伊達眼鏡をかけて目つきの印象を薄くし姿勢をあえて猫背気味にし繁華街から暗がりに向かって歩いていく。少々わざとらしいがいわゆる誘っているのだ。顔も若干蕩けており下衆な欲情を掻き立てられるだろう。
そう、これは定期的に行っている私の衝動の発散である。保護観察期間は行えなかったし、観察が終わっても刑事と遭遇したりとうまく発散できない時が多いのだ。そんな邪な考えを持つ私には邪な輩がやって来るのだろう。
ちょっとやんちゃしてそうな男と肩がぶつかる。すいませんと小声で言って横を通り過ぎようとすると肩を掴まれる。相手は5人、複数人でアルコールの香りもすることから気が大きくなっているのだろう。そのまま私の身体はグルリと向きを変えさせられる。私の肢体に下卑た視線で舐めあげられる。
いくらでも嘗め回せばいい。同じ穴の貉だ。規律の外の世界の⋯⋯つまり、バーリトゥードという事だ。腕を無造作に掴まれ物陰に連れて行こうとされる。
もう少し、もう少し。後ろずさりながら腰が抜けたように座り込む。相手は怯えて声が出せないと感じるだろう。息が荒くなり顔がにやけてくる。一目では見つかりづらい場所、私から手を出したといいづらい状況。
バキィ
『「アハッ♥」』
背中から引き抜いた木刀で一番近い相手の側頭部を横なぎに叩きつける。今まで怯えていたように見えた私がユラリと立ち上がる。にへらとした口元はだらしなく上擦った声と湿った吐息を漏らす。
空気が硬直する。仲間が一刀に殴り伏せられたこと、まだ人数優位と、若干酔いの冷めた頭と混乱が支配する。引こうとする相手とまだ強気の相手の間に入り引こうとする相手の腕を下からかち上げるようにぶったたく。
二人目が痛みに悶えると三人目は突っ込んでくるので振り上げている木刀を肩口に振り下ろす。完全に酔いがさめた集団に対して暴力の酔いが回っている私は、二人目を四人目と五人目が連れ出すところを追い打ちをかけようと出ていく。
バキっと響く音が、その怯えるような瞳が、痛みにゆがむ顔が、木刀の風切り音が、夜の冷えた気温が肌に触れる度、上がった口角がひくひくとする。体中が歓喜に震えてケタケタと笑いが漏れる。体の芯が熱くなり昂りに身を任せる。
『残念ながらここまでみたいよ。それとも抜いちゃう?』
「警察だ!!そこで何をしている!!」
「アハぁ。デザートぉ?」
茂みから出てきた私たちはライトに照らされる。そちらをぼんやりと眺めるとそれは自分が以前出会った刑事さんだった。昂りに支配されアドレナリンをドクドクと出す頭を無理やり押さえつけるため身体を両腕でギュッと抱き抑える。騒ぎを聞きつけるにはいやに早いなという気もするが見つかったなら今日はここまでだろう。手早く荷物をまとめ離脱が可能な状態にしておく。
「ハァハァ、伊達刑事⋯⋯」
「お前、冷泉か⋯⋯っておい逃げるな!!お前も今度は逃げるな」
男たちは社会的にまずいとの判断か何とか逃げていく。伊達刑事もどちらかというと私の方に意識を向けている。強引に離脱もできなくはないだろうがここは従っておく。
「お久しぶりですね、伊達刑事」
「お前もまたこんな時間に出歩いてるのな、冷泉」
◆◆◆◆◆◆
こんな時間に女子高生が暗がりに歩いていく。そんな姿を見た俺はおよそ一年前の日を思い出していた。
その日は後輩の高木と一緒で、仕事終わりの今よりも遅い時間に女子高生が歩いていて不審に思った。少し様子を見ていれば彼女はなにやら酔っ払いと諍いになり、まずいと思っている間に彼女は物陰に連れ込まれた。
何をやっていると声をかけライトを向ければ彼女が酔っ払いを殴り飛ばしているところだった。そしてやけににやけた顔で追撃を入れようとしている所に立ちふさがった。
酔っ払いは高木に確保させて俺はそいつに向きなおれば三発目を叩き込もうとして来ていた。それを押さえつけ一喝する。するとまるで今気づきましたみたいな感じで腕を収めた。
嘘をつけ。明らかに相手などどうでもよく殴ろうとしていた。それはやけに淀んだ瞳が雄弁に語っていた。といってもそれは状況証拠でしかなく俺の主観だ。
だから俺の主観で語るならコイツは危ない。
こいつは暴力がすぐ選択肢に上がる、いや、思えばこの状況も意図していたのではないだろうか。暴力が主体になっている。
「高木、そっちは大丈夫か」
「はい、先輩」
酔っ払いの方は高木に任せて目の前の少女の事情聴取をする。名前は冷泉 雪というらしい。高校一年生で図書館での自習の帰りだという。若干苦しい言い訳だが100%の否定はできない。そして歩いていたら酔っ払いに絡まれた。絡まれようとしていなかったかと言えばそんなことはないですと言う。
殴りかかってきた姿勢と、事情聴取になってからの姿勢が違いすぎる。俺に委縮しているかと言えばそんな様子はない。しおらしくしているがおそらく演技であり淀んだ瞳がギラついている。
ふざけるなと一喝しようとしたところドカーンと大きな音が響いた。どうやら近くで事故があったようだった。そちらに気を取られていれば一瞬で冷泉は逃走し走り去ってしまった。
その後は事故の処理などがあって冷泉を探すことはできなかったが⋯⋯
まるであの日の再現のように猫背の少女が物陰に連れていかれれば男たちが物陰から逃げるように出てくる。
ライトを当てれば木刀を片手に火照った顔と淀んだ目で俺を見つめる少女。間違いなくあの日遭遇した冷泉だった。声をかけると男たちは逃げ去るが冷泉の保護を優先する。以前より深くなった眼の淀みに目を逸らしたくなるが目を離さない。
「お久しぶりですね、伊達刑事」
「お前もまたこんな時間に出歩いているのか、冷泉」
「それで、補導ですか。これ」
服を整えている冷泉がおもむろにいう。こいつ分かってて言ってるだろう
「まだ深夜じゃねえから補導ではないが、それの説明はどうすんだ」
冷泉が持っている木刀に目を向ける。鼻血がついており明らかに暴行に使用した凶器だ
「向こうが襲おうとしてきたので防衛しました。被害届が出ればの話ですが」
あっけらかんとする様子に手が出そうになるのを抑える。それはコイツにはおそらく逆効果だ。即座に木刀を振ってくる。
「お前こんな事続けているといずれ親御さんが悲しむぞ」
「⋯⋯悲しむ人なんていませんよ。私は悪い子なので」
淀んだ瞳と諦めと愁いを含んだ声に再び声をかけそうになる。なんで非行少女とはいえ普通の女子校生であろう彼女がこんな目をするのだろうか。
「心配されずとももう帰ります。ご迷惑をおかけしました、伊達刑事」
立ち上がり有無を言わさない彼女を追いかけようとするが足が止まる。踏み込んではいけない、死地がその先に広がっているようだった。彼女は背負っていた竹刀袋を抜きやすい腰に携えていた。
「おい冷泉。お前⋯⋯それ以上行くなよ」
へらっと嗤う彼女が去るのをただ見てるしかなかった。俺はお前を人殺しとして逮捕したくはないぞ。