紅椿を見たい。
その申し出が祖父のところにあったらしく、しかし祖父は足が悪くとてもじゃないがその相手の下に行けないと私のもとに連絡があった。
紅椿を見せ物のように扱う事に抵抗があるが無断で持ち出している手前私も強くは出れない。そのため骨董コレクターの丸 伝次郎のもとへ向かうことになった。
……さて、紅椿を譲れなんて言われたらどうすればいいか。面倒ごとはごめん被りたいと思いながら約束の時間を待つ。
『どうやら貴女の心配は取越苦労になりそうよ』
屋敷に近づくと何やら女衆が揉めている。大方この屋敷のお手伝いといったところだろう。そして血の香りがその屋敷の奥から漂ってきている事を把握する。
ああ、死臭だ。この出血量ならおそらくは助かりはしない。
ヒクつく頬を押さえつけるように努めながら私が門につくと中に居た奥方らしき人、蘭、コナン君、小五郎さんが私の姿に驚く。
「雪「雪ねーちゃん」」
「蘭のダチかぁ?なんでこんな所にいる」
「丸氏と祖父がある約束をしていてね。しかし祖父は足が悪いからその代理だな」
そのような問答をしていると先に入った家政婦だろう人の叫び声が響き渡った。私への追及はそこそこに皆が悲鳴のもとに走っていく。私はそれについて行きながら死体の有り様に思いをはせた。
屋敷の離れ、乱雑に付けられた刀傷が部屋中に拡がる中に刀を構えた丸 伝次郎氏がこと切れていた。
なんだコレ?
「美しくないな……」
私のその言い草が気に入らないのか小五郎さんは私の胸倉を掴む。彼の憤怒の表情におそらく私は気に障る物言いをしたのだろう。人が死んでるんだぞとも言いたげである。そんな空気感を払拭させようとコナン君は私に発言の真意を聞いてくる。
私が美しくない理由を述べると小五郎さんはある程度の納得はしたのか私の胸倉からは手を放す。蘭に警察を呼ぶように指示を飛ばすと現場から私たちを遠ざけた。
警察が来ると私の見解通りこの無造作な刀傷や伝次郎氏の遺体の状態は偽装だという線で進んでいた。そして伝次郎氏の手帳から今日会う予定の人物が犯人であると告げられた。
「毛利小五郎、諏訪雄二、波多野幾也、阿久津誠、冷泉巌」
「その冷泉巌は私の祖父です。代理で参りました冷泉 雪です」
ほうと帽子の警部、目暮警部が私を見る。同時に小五郎さんも私に怪訝なまなざしを向ける。やはり祖父の代理として女子高生の来訪は不自然に映るのだろう。
「失礼だが雪君はお爺様のどのような要件の代理なのだろうか」
「ガキになんの代理ができんだガキに」
「⋯⋯我が家に収められていた刀剣を見せてほしいとのことで。一応祖父の刀剣登録はあります」
そう言って私はしぶしぶ紅椿を背負った竹刀袋から出し祖父から預かっている登録証書も提示する。スっと紅椿を抜いて見せそれが本物であることも二人に確認してもらう。
抜いた瞬間殺気が漏れそうになるがそれはやってきた一人の声によって抑えられる。その人は凛とした剣気を纏っており剣の道に生きる人種だと直感した。そしてその人が濃い血の匂いを漂わせていることから確信する。
「つい見惚れてしまいました。とても立派な刀ですね。美しい刀身をしている」
「あんたが諏訪雄二?」
⋯⋯犯人はこの人であると。
◆◆◆◆◆◆
「美しくないな……」
そう呟いた冷泉はおっちゃんに襟元を掴まれていた。おっちゃんは怒りの形相で冷泉を見つめ、冷泉はそんなおっちゃんに対して冷ややかな視線を向けていた。
「雪ねーちゃん、今の言葉、どういう意味?」
「一言でいうと無駄が多い、かな。こんなに部屋を刀傷だらけにするなんて刀を扱う人間として考えづらい」
冷静な冷泉の発言に頭に血が上っていたおっちゃんも冷泉を下ろしその言葉に耳を傾ける。剣道部としての彼女は空手部の蘭に匹敵する実力者だ。刀についての造詣も深いだろう。
「刀という武器は間合いを大切にするものだ。己の武器の間合い、敵の間合い。こんな自分の得物の長さが分からないで刀を振るうのは刀が可哀想だ」
「それに伝次郎氏は居合をやっておられたのだろう?なら持ち手が不自然だ」
だから美しくないと冷泉は告げる。俺もよくよく見れば違和感に気づくが普段から刀や剣に近しい冷泉ならではの素早い気づきだった。
冷泉の助言を目暮警部に告げると斬り合ったという線は薄いだろうと捜査は進んでいく。被害者の手帳から今日アポイントがある人間が怪しいという事で確認すれば5人の名前。そこには冷泉の祖父の名前もあり、冷泉が持参した刀と登録証書を提出し冷泉の訪問理由も明らかになった。
「という事は私もれっきとした容疑者というわけだね」
「雪の無実はお父さんが証明してくれるから安心してね」
刀を抜いた瞬間、冷泉の様子がおかしかったのは気がかりではあるが容疑者となったことに不安なのだろう。蘭も友人の冷泉の事を元気づけている。
そして冷泉が刀を抜いている間に刀を見ながら声をかけてきた諏訪 雄二さんがやってきて容疑者が揃った。
「気づいたら⋯⋯私は床の間に飾ってあった彼の刀を手に取り、背中から一太刀に⋯⋯そう、こんな風に、ね!!」
冷泉が刀傷の不審点を述べてから気になった箪笥の刀傷から犯人は分かった。警察が阿久津さんを犯人と連れて行ってしまうのに待ったをかける。麻酔銃でおっちゃんを眠らせてから推理を披露していると犯人である諏訪さんが目暮警部の持っていた刀を抜いておっちゃんに切りかかってくる。
まずいと思ったが諏訪さんは刀をおっちゃんの上で寸止めしていた。それより驚いたのが
俯き、表情のうかがえない冷泉が彼女の刀を諏訪さんの頸元に突き付けていたことだった。
「冷泉さん、もし貴女がその刀を取り上げられ、あまつさえ売られてしまったらどうしますか」
冷泉はその問いには答えなかった。
◆◆◆◆◆
少し冷泉さんと二人にしてくれますかと諏訪さんに呼ばれる。
用件は理解している。先ほどの事だろう。私は抜刀の事について警察から注意は受けたがそんな事はどうでもよかった。
諏訪さんは小五郎さんを殺す気はなかったし、私も諏訪さんを殺す気はなかった。それは間違いなく互いに理解していた。
「冷泉さん、貴女は私を殺す気がなかった」
剣道において寸止めは基本である。なぜなら力任せにたたくのは刀の本質ではなく、浅くしかし相手の推進力などを利用して確実に引き切るのが刀の斬り方だからだ。だから目標地点で刃を止めるのは基本技術と言っていい。
だけれど私の剣は私の意図した軌道より深く、諏訪さんの頸を切り裂こうとしていた。手元の手関節の動き程度の分、私の身体は確かに諏訪さんを殺そうとした。
その事実に震える手は恐怖心なのか、高揚感なのか自分の事なのに全く分からなかった。
「しかしあなたの刀から私を殺す意思を感じた」
諏訪さんが死ななかったのは彼が居合の師範になるレベルの凄腕の剣士であり私の剣の軌道を察しとっさに身体をさばいたからに過ぎない。結果小五郎さんの頭に若干の傷を作る結果になってしまった。
「冷泉さん。どうか私のようにはならないで」
「諏訪さん。先ほどの答えです。私はこの刀が奪われるなら諏訪さんと同じことをしたでしょう」
私はきっとこの刀や悪霊の三寸の気でいつでも人斬りに堕ちてしまうのだろう。
だからと言って私はもうコレから離れられないし、これを喪うことに耐えられない。
『そんな清楚ぶる必要はないわよ雪』
『だって貴女の悔いは三寸刀を伸ばして命を奪いかけた事じゃなくて』
『三寸この子に勝手をされた事、生殺与奪を奪われた事なのでしょう』