今日はいつもの3人で米花図書館で課題をしていた。主に私が学業成績がいまいちなので二人の手を借りているのが実情である。しかし女子高生が3人も集まれば姦しいといった所だろうか。園子がヒソヒソと言葉をかけてくる。
「それで雪、服部君とはどうだったの?」
「私も気になる。服部君を連れてきた雪、明らかにおかしかったもん」
「残念ながら別に何もないぞ」
二人して嘘だーと言ってくる。何も無かった事に不服なのは私も同じである。あんなにアピールしたのに何故私と殺し合ってくれないのか?
「こっちはアンタが服部君を押し倒して熱烈な告白をしたのを聞いてるよ。ハートを射抜くではなく首を落としたいっていうセンスは無いと思うけど」
「あはは、でも雪にそういう人が出来て良かった。以前にも増して雪がどうにかなっちゃう気がしてたから」
……これ以上ない殺し文句だったが不評である事に遺憾の意を表したい。それにしてもメアドくらいは交換したかった。試合なんかでは足りない。殺し合って貪りあいたい。あんなおままごとじゃなくて、命のやりとりをしたかった。
結局あのあと服部君で刺激された昂りを鎮めるのは大変だった。というかあんな極上のやりとりの後の欲求不満が簡単に解消出来るはずもない。
「蘭ねーちゃん達も課題やりに来たの?」
「あっコナン君」
「雪がどうしてもっていうからね」
「そこまでは言っていないが?」
課題を中断して雑談に興じていれば図書館に来ていたコナン君が声をかけてくる。後ろからは子供たちが近づいてくる。きっとコナン君の友達だろう。少年探偵団を名乗る彼らはみんな感情豊かで元気そうだ。その無邪気な様子に微笑ましく思う。
そういえば私が小学生の時は周囲と自分の違いに思い悩んでいた頃だった。子供ながらにその違いに恐怖しおぞましさを感じていた私は一人になろうとしていた。今でもあの時に死んで居たらよかったのではないかと思うことはある。しかしそんな悩みは自分の中で肥大化していく暴力性や殺意、そして何より紅椿の美しさに塗りつぶされてしまった。
子供たちと触れ合った時、私の邪な部分が頭の中で最低の想像を掻き立てなかったのは服部君のおかげかもしれない。そう考えるとなかなかにゾッコンであると言える。
「雪おねーさん、一人で笑ってなんか楽しい事でもあったの」
「ん、ああ、思い出し笑いという奴だよ」
探偵団の一人、歩ちゃんの言葉にそう答えると園子はやっぱり服部君となんかあったんだといい恋愛脳の勘の鋭さに驚愕する。コナン君はそんな私に呆れたような顔を向けていた。
子供たちも読書感想文をしに来たようでそんな話をしていればこの閑静な図書館はにわかに騒がしくなる。談笑をしていた私たちが言える義理ではないが図書館は静かにするものである。騒動の方に目を向けると外にはパトカーが止まっており、似つかわしくない人たちがやってくる。それは丸 伝次郎氏の事件で出会った帽子の警部こと目暮警部と伊達刑事であった。
とっさに私は顔を伏せるが刑事さんと面識が強いコナン君が声をかければ自然と蘭たちも目に留まる。となれば私のささやかな反抗など無意味に等しい。目暮警部、伊達刑事ともに捕捉されるのも時間の問題なので観念して挨拶する。
「目暮警部、先日はお世話になりました。伊達刑事もこんにちわ」
「ああ、冷泉 雪君かね。あんな危ないことは二度としてはいかんぞ。それに伊達君とも知り合いなのか」
「そうですね。何度か夜間に声をかける機会がありまして」
目暮警部の言葉に隣にいた伊達刑事が反応し冷たい空気が流れる。そしてそれは女子高生組にも伝播していく。特に伊達刑事の発言に蘭は私に怒ったような瞳を向ける。伊達刑事も目暮警部に伝次郎氏事件の時の最後の顛末を聞いている。
面倒ごとになったと顔を逸らせば蘭が私の顔をぐっと自分の方に向ける。
「そーそーぐ。貴女まだ夜間外出してたのね」
「蘭、そんな怖い顔をするな」
「心配なのよ。中学の時も事件に巻き込まれたし、それに昔雪は言っていたよね。私は一人でいるべきなんだって。その時みたいに遠くに行っちゃいそうで⋯⋯それに」
「すまない、蘭。心配をかけた」
蘭が感情的になっている。そう感じた私はすぐに謝ることにした。これが上辺だけであろうことはそれなりに付き合いの長い蘭は分かっている。だからこの発言は周りに蘭をなだめてもらう事こそが狙いだ。初めての友人である蘭は私の心に巣くう衝動を完全ではないが知っている。普段の蘭はむやみにそれを喧伝することはないし、それを知られたところで私は態度を変えないだろう。
ただ関係性は変わる。それを恐れているのかと心の奥底で私は私を嘲笑する。蘭にそれ以上は言ってくれるなと目で訴えていると私の頭にトンと軽く手刀が下ろされる。伊達刑事のものだ。
「冷泉、目暮警部に今聞いたぞ。お前殺人犯に刀を抜いて止めようとしたんじゃないか。友達にも心配かけて⋯⋯悲しむ人がいないなんて嘘じゃねえか」
「そうですね」
以前伊達刑事に言った悲しむ人はいないという言葉に蘭はさらにお冠になった。⋯⋯が私が当時人を遠ざけてた理由から話題は逸らせた。蘭は私の腕を掴み私を連れていく。
エレベーターの脇、少し陰になっているところまで蘭は私を連れてくると私に詰め寄る。
「伊達刑事の言った事は本当なの?雪」
「⋯⋯本当だよ。夜間外出も悲しむ人がいないと言ったことも」
瞬間ほほに痛みが走る。はたかれたのは分かるし蘭がはたく理由もわかる。だから私はあの頃より淀んだ瞳を蘭に向ける。
「私が悲しいよ」
「私は君と会った時から変わっていないしむしろ悪化している。それは伝次郎氏の屋敷で蘭も気づいただろう」
「それでも、私は雪と友達だもん。それに昼間私や園子と仲良くしてくれるのは、すべて嘘ってことなの?」
そんなことはない。でもそうなったとしてそれをしょうがない事だと受け入れるんだろうなとは思う。優先順位の問題だ。中毒者はいずれ対象行動をなすことがすべてになるだろうが進んで切り捨てるわけではない。しかし私はもう最上位に暴力や殺意がある。
「⋯⋯そんなことはない。だが、私はとっくに」
「なら私たちが雪をつなぎとめるよ。友達だもん」
涙がほほを伝う。蘭の優しさに、懐の広さに、友情に感動して涙を流す冷泉 雪がいる一方で私を信じる蘭の頸を墜としたいと思う冷泉 雪もいる。ぐちゃぐちゃになりそうな頭の中で蘭を見る私はどんな目をしているのだろうか。
そんな私を知っている蘭はいつでも私を相手どれるように構えているのもわかる。それを当然だと思う私と、若干残念に思う私と、冷静に冷酷に殺害できる方法を探る私。
蘭が私を肯定する度、私は自分が人の皮をかぶったバケモノなんだと再確認させられる
互いの間に流れる空気はチンと隣でエレベーターが1階につく音、そしてそこからする死臭によって引き戻される。互いに若干気まずい様子で戻れば昼の時間が返ってくる。私のバケモノが私を食い破るまでそんなに時間はないのだろう。
「伊達刑事」
「なんだ。少しは反省したか」
「何かをお探しなら⋯⋯エレベーターに探し物はあるかもしれません」
ほんの少し伊達刑事に恩を売って、私は友人たちのもとに帰っていく。『心地よくそれが惰性だとわかっていても』