荒地を抜ける砂埃の帯が、後方へ長く引き伸ばされていた。
装甲車は荒地を滑るように進む。
車内にはエンジンの唸りと、路面の振動だけが続いていた。
Victorは後部に身を置きつつ、揺れる車体の中で常に背後の気配を追っていた。
地面を叩く音の変化、風の流れ、砂埃の立ち方――景色を直接見なくても、後方の“動き”が徐々に形を取っていく。
やがて、砂利を巻く音にわずかな混じりが生まれた。
後方の空気が乱れ、重いものが砂を噛む気配が増える。
「……追って来ているな。」
「決まってんだろ。あいつらからすりゃ俺は口封じの対象だ。逃がす理由がねぇ。」
「で、このあとの計画は?」
Rezoは口の端をわずかに上げた。
「まず、追手は絶対に諦めない。取引相手を殺しかけて逃がしたって話は、向こうの面子が許さねぇ。だから――そこにつけ込む。」
車体が軋み、タイヤが荒地を跳ね回る。
荒れた路面を越える衝撃が、車内の空気をわずかに震わせた。
「このまま俺たちを追わせながら、あいつらを“こっちの領域”に引きずり込む。」
「領域……?」
「ああ。あいつらが鼻で笑ってた“俺の動線”だよ。」
Rezoはハンドルを切りながら、獰猛な笑みを浮かべる。
「あの野郎がどれだけ吠えようが、土地の癖は覆せねぇ。ここらに散ってる“ルートの通し方”を、嫌でもわからせてやる。」
淡々と手順書でも読むように続ける。
「地の利を使う。追ってくる車を散らして、孤立したやつから落とす。まとまって来られたら勝ち筋はねぇが……バラけさせりゃ、あとはあんたの仕事になる。」
Victorは否定も肯定もせず聞いていた。
Rezoは間を置かず続ける。
「で、チャンスができたら――元締めだけ引っこ抜く。」
「残りの護衛はどうする。」
「あいつらは元締めの金で動いてるだけだ。ボスが消えりゃ、勝負が決まった時点で散り散りになる。」
Victorは後方に目を向けたまま言った。
「……護衛の数は多いぞ。俺一人で押し切れる前提の話じゃない。」
Rezoは笑いも怒りも混ぜず、ただ平然と言う。
「できると思ってなきゃ、“最初”からあんたに声なんざ掛けてねぇよ。」
その言い草に、Victorの視線がわずかに沈む。
どういう意味か、すぐに理解した。
「初めの出会いすら仕組んでいたわけか。」
「この辺りで生きてりゃな、腕の立つ奴の噂くらい耳に入る。単独で動く猛い奴なんざ猶更だ。俺の庭でそんな話を聞き逃すわけねぇだろ。」
Victorはしばらく黙ったあと、低くぼやいた。
「……俺は商人が嫌いだ。」
「お褒めに預かるよ。」
Rezoは悪びれずにハンドルを切り、車体を瓦礫の斜面へ滑らせていく。
状況自体は最悪ではない。
だが、どこかRezoの計算に乗せられているような手触りが、Victorの癪に障る。
――つくづく気に食わない。
とはいえ、不快感を抱えたまま動きを鈍らせるほど甘くはない。
仕事は仕事だ。
切り替えるべき時は迷いなく切り替える。
後方の覗き窓に再び視線を移すと、追跡車両の影がいくつも跳ねて見えた。
二、三ではない。六台前後――護衛の規模からすれば妥当な数だ。
やるべきことは一つだった。
Victorは無言で側方の小窓を開き、銃口だけを外へ覗かせる。
荒地を跳ねる砂利が風に乗って車内へ入り込み、射線をわずかに揺らす。
後続車列は蛇のように連なり、荒地の起伏を縫って迫ってくる。
先頭車両の銃手が身を乗り出し、こちらへ銃口を向けかけていた。
Victorは照準を定める時間すら惜しまず、車体の揺れを一瞬読む。
狙うのは銃手ではない。
もっと早く、確実に止まる箇所だ。
フロント右下、続けてタイヤの付け根。
三点射。
先頭車両の右前が沈み込み、運転手が制御を失った車体が斜面へ流れる。
後続の二台が反射的にブレーキを踏み、列が一瞬だけ詰まった。
バックミラー越しに、Rezoが口笛を鳴らす。
「いいねぇ。まずは一台。」
Victorは応じず、次の車列へ銃口を移し、必要最低限の弾だけで後続を牽制した。
先頭を潰された車両群は勢いを殺しきれず、砂利を跳ね上げながら左右に散りはじめる。
一台は段差を避けて大きく蛇行し、エンジンを荒く唸らせながら再加速。
別の一台は距離を詰めきれず、遠間から断続的に弾をばらまいてきた。
銃声と砂利の衝突音が混ざり合い、荒地の空気が熱と金属臭で満ちていく。
Victorは揺れる車体に合わせて、窓越しに最小限の射撃を返した。
無理に倒し切らない。
牽制で十分だ。
先頭は潰し、二列目以降は「追いつけそうで追いつけない」距離に縛り付ける。
それだけで隊列全体の判断は遅れる。
車体が跳ねるたび、銃口が震える。
それでも発砲には一切の無駄がなかった。
走行不能にまでは至らずとも、敵の前進を削ぎ、散らし、ペースを奪う。
Rezoは運転席で表情ひとつ変えず、ただ路面を読み続けていた。
追手との間隔、地形の角度、踏み込みのタイミング。
その全てを把握しているかのように、アクセルとハンドルを滑らかに操る。
車体が大きく右へ傾き、瓦礫を避けるように進路を変えたところで、Rezoが言った。
「——よし。そろそろ“俺んち”にご案内だ。」
声と同時に、装甲車は瓦礫の斜面を一気に下った。
砂利が跳ね、衝撃が車体を底から突き上げる。
それでもRezoの手元は揺れず、寸分の狂いなく進路を切り替えていく。
周囲の景色が変わる。
荒地の広がりは途切れ、使われなくなった貯水路の跡、廃壕のように口を開けた崩落溝、細い高低差の連続が複雑に絡み合う。
「……ここは?」
「“迂回路”だよ。何年も前に潰れた工業区画の残骸だ。俺が荷を通すときに使ってる抜け道が、この先に山ほどある。」
声音には、さきほどまでよりもわずかな余裕が滲んでいた。
Rezoはハンドルを切りながら続ける。
「地図にゃ載っちゃいねぇし、地元の癖を知らなきゃ踏み込めない。段差の深さ、崩落箇所、抜けられる隙間……全部俺が生きて拾ったルートだ。」
後続の一台が深い窪みに片輪を落とし、車体が大きく跳ねた。
無理に立て直そうとした運転手が逆にハンドルを切り過ぎ、車体は斜面へ流れ、列が間延びする。
「ほらな。」
Rezoがミラーを見て得意気に言った。
直後、二台目の護衛車が無理に加速して段差へ突っ込み、フロントが跳ね上がる。
運転手が体勢を立て直そうとした瞬間、Victorは揺れる車内で身体をずらし、ドライバー席へ狙いを定めた。
照準を絞り切る前に、車体が段差で沈む。
その後の硬直を利用して弾丸を放つ。
運転席のガラスが砕け、車体が惰性のまま左へ折れ、廃材の山に突っ込む形で停まった。
「はい二台目。いい具合に散ったな。」
Rezoが満足気に笑う。
だがVictorは、その様子を見ながら別の感触を抱いていた。
……くどい。
Rezoの“数を散らして各個撃破”という方針は、たしかに理にかなっている。
しかし、このまま一台ずつ削っていけば、本命である元締め車両がいずれは状況を察し、先に逃げ切る可能性が高い。
少なくとも今はまだ、敵が“追跡しているつもり”でいる。
その認識が続いているうちに、決め切らねばならない。
……最後尾が異常に離れている。
揺れる視界の隙間で、一瞬だけ違和感を捉えた。
ナンバリングの違う車体。
他よりも厚い装甲。
後部座席側だけ、不自然なほど強固に守られたガラス。
追手の隊列の中で、あの車両だけが“安全圏”に置かれていた。
だが――まだ確証が足りない。
Victorは後方から視線を外さずに言う。
「元締めの車はどれだ。」
Rezoは即答した。
「最後尾だ。装甲が厚くて黒いやつがあるだろ。」
もともと掴んでいた違和感とRezoの情報が、完全に重なる。
同時に、このままの“地道な削り”では追いつけないことも確かだった。
Victorは息をひとつ落とし、静かに告げる。
「次の急カーブで一瞬速度を落とせ。」
Rezoがチラと横目で見て、眉を上げる。
「……なんだよ、急に。」
Victorは答えない。
ただ前方に迫る地形の落ち込みと、瓦礫の影をじっと見据えていた。
カーブの警告標識が視界をよぎる。
路面のえぐれが深くなり、斜面が近づく。
その直前で、Victorが言った。
「しくじっても振り返らずに走れ。」
「は? どういう――」
言い終えるよりも先に助手席に移動し、Victorはドアを半ば強引に押し開けた。
砂利と風が一気に車内へ流れ込み、Rezoが素で声を荒げる。
「ちょっ――待て、飛ぶ気かお前!? スピード出てんだぞ!」
Rezoの叫びは届かない。
もう遅い。
装甲車がカーブで遠心力に傾ききった刹那、Victorの身体は風に吸い出されるように外へ跳んだ。
落下。
荒れた斜面が、凶器のような速度で迫る。
普通なら骨が砕ける。
それどころか、当たりどころ次第では転がる前に脳を打って終わる。
だがVictorは、接地の一瞬だけを切り取った。
地面へ片足を叩きつけ、その反動を横転の初速に変える。
肩が地面をえぐり、背へ、腰へと衝撃が移動する。
砂利が皮膚へ喰い込み、斜面の岩肌が熱を奪っていく。
痛みではなく、内臓が一瞬だけ位置をずらされたような鈍い衝撃。
しかしその衝撃すら次への推進力に換えていく。
二度、三度と地面を叩きつけられ、横回転の勢いがまだ残っているうちに、片足を地面へかける。
そのまま前傾姿勢で駆け出しに移行した。
呼吸が乱れるも、止まらない。
ただ速度だけが、地形へ流れ込んでいく。
崩れた建物跡の階段へ即座に走り込む。
踏み抜けば落ちそうな薄い段差を、重心をずらしながら駆け上がった。
視界が一段上がり、追跡車列が俯瞰の構図へ変わる。
瓦礫の縁から、追手の配置が手に取るように分かった。
Rezoのすぐ後ろを追う先頭車は、いまだ必死に速度を保っている。
その少し後ろでは、荒れた路面に足を取られて減速した影。
さらに後方では、深い窪みに片輪を落とした車が揺れを引きずり、距離を空けていた。
そして最後尾。
装甲の厚い黒い車両だけが、周囲を警戒するように大きな間隔を取り、慎重に走っている。
――いた。
だが、狙うのは最後尾ではない。
その一つ前だ。
一見すると“遅れた一台”だが、よく見れば前後の距離を正確に保ち、揺れを抑えるように機械的な速度調整を繰り返している。
元締めの「安全圏」を確保するための“盾”。
ここを剥がせば、前列との繋がりが断たれ、隊列の“背骨”が折れる。
それだけで状況はひっくり返る。
Victorは瓦礫の縁に片足をかけ、列の速度差を読む。
風向き、地形の起伏、車体の挙動。
失敗すれば、そのままタイヤ下へ吸い込まれて終わりだ。
跳び移れる“穴”は一瞬だけ。
段差で車体が浮き、次いで沈む――その落ち込みが唯一の機会だ。
Victorは半身を岩壁に沿わせ、呼吸を浅くする。
二台の車が足元を走り抜けるのを黙って見送り、タイミングを計った。
やがて三台目が段差に差し掛かる。
その瞬間、Victorは迷いなく身を投げた。
着地の衝撃を膝で殺す。
反動で外側へ飛ばされないように指先と靴底で金属の縁を噛み、身体を吸いつかせる。
屋根がたわみ、その音が車内へ響いた。
「……今の、上か?」
後部座席の護衛が反射で頭上を見上げたその時、側面窓の上端に、不自然な黒い影が覗いた。
拳銃の銃口。
あり得ない位置からの侵入に、男の表情が凍る。
引き金が落ちる。
銃声。
頭蓋が割れ、男は声も出せずに座席へ崩れた。
車内に一拍遅れて混乱が広がる。
「なんだ!? 横からか!?」
動揺で視線が散り、誰も正しい方向を向いていない。
混乱を上書きするように、亀裂の走った側面窓へVictorの両脚が突き込まれる。
蹴り込みでガラスを粉砕し、そのまま身体をねじ込みながら車内へ侵入した。
「なっ、うわ――!?」
残った後部の護衛が反射的に腕で顔を庇う。
その一瞬、Victorはすでに助手席へ向いていた。
振り向きかける助手席の護衛――だが、Victorの指はすでに引き金を押し込んでいた。
至近距離の一発が胸を貫き、男はシートへ沈む。
銃声と同時にVictorは体勢をひねり、後部へ踏み込む。
ガラス片から身を守っていた護衛は、まだ戦う姿勢にない。
掴んだ手首をひねり、座席へ叩きつけ、肘で顎を打ち抜く。
制圧には三秒もかからない。
抵抗は一度として成立しなかった。
残るは一人。
運転手だけだ。
速度を落とさず、ハンドルを握りしめて必死に前を向いている。
止まれば死ぬと理解しているのだろう。
肩は震え、呼吸は乱れていた。
Victorは助手席の男を除けて滑り込み、銃口を向けた。
「妙な真似をして死に急ぐな。」
運転手の瞳が、怯えと絶望の狭間で揺れる。
汗が滝のように顔を伝っていた。
前方には短い直線が続いている。
今なら暴走させずに奪える。
Victorは短く命じた。
「ハンドルから手を離せ。」
運転手は一瞬だけ躊躇したが、銃口を見て悟り、両手をゆっくり上げた。
車体は惰性で進む。
揺れはあるが、転覆するほどではない。
Victorは次に足元の砂を一瞥した。
この一帯は砂が深く、転がっても致命傷にはならない。
「次だ。ドアを開けろ。」
喉が鳴る。
恐怖に潰れた声が漏れた。
「ま、待て……頼む、俺はっ……!」
「死にはしない。」
Victorの声音に抑揚はなかった。
ただの事務処理のように告げる。
運転手は震える指でドアを押し開ける。
風が一気に吹き込み、車内が揺れる。
Victorは胸倉を掴み、男を躊躇いなく蹴り落とした。
砂利の上で転がる影を視界の端で確認するだけで、振り返りもしない。
すぐに運転席へ身体を滑り込ませ、ハンドルを奪った。
バックミラーに黒い車両が映る。
最後尾で距離を保っていた元締め車両だ。
後部座席の陰から、元締めがこちらを凝視していた。
鏡越しに視線が絡んだ瞬間、男の顔はみるみる色を失っていく。
無線を掴み、喉を裂くような叫びを叩きつけた。
『前列! 今すぐ戻れ! 後ろ、後ろだ!!』
『はぁ? 後ろ? 今目の前に――』
『いいから戻れッ!! 早くしろ!!』
怒声が、奪った車両のスピーカーから耳障りなほど響く。
「……随分取り乱しているな。」
前方では、Rezoを追っていた護衛車が揃って蛇行し出す。
追撃を続けるべきか、元締めを守るために戻るべきか判断できず、挙動だけが乱れていく。
前へ出かけた車が急減速し、もう一台は戻ろうとして路面に足を取られる。
“追うべき敵”と“守るべきボス”が突然入れ替わり、隊列がたった数秒で瓦解しはじめていた。
Victorが一切の逡巡なくハンドルを切る。
奪取した車両が横へ滑り、砂利を巻き上げながら即座に転回する。
そのままアクセルを踏み抜き、黒い車両へ向けて車体を加速させた。
その様子を眼前に捉えた元締めが、さらに錯乱して声を張り上げる。
『お、おい! 避けろ! 避けろ避けろ避けろ!! あいつ突っ込んでくるぞ!!』
無線越しに運転手の焦りがかぶさる。
『ま、待て! この角度じゃ無理だ! 地面が……! 滑るッ!』
黒い車両の動きが大きく乱れた。
元締めの叫びに押されるように、運転手が慌ててハンドルを切る。
しかし、悪路にタイヤが取られ、中途半端な角度のまま側面を晒す。
逃げようとした舵が裏目に出て、重心が揺れ、車体が一拍だけ“止まった”。
――そこだ。
Victorは加速の“溜め”を一切無駄にせず、その隙に車体をねじ込むように突っ込んだ。
衝突。
鋼板が歪む鈍い爆音。
元締め車両は切りかけた舵を逆手に取られ、そのまま横へ弾き飛ばされる。
前輪が瓦礫に噛みつき、重心が持ち上がる。
ぐるり、と半回転。
横倒しになった車体が砂利を滑り、廃材を巻き込みながらようやく止まった。
Victorは制動をかけ、自車を横転した車両の脇へ滑り込ませる。
……終わりだ。
車を降りると、黒い車両はまだひしゃげた金属音を吐き、小刻みに揺れていた。
側面の割れた窓から覗くと、運転手はシートベルトに絡まれ、半ば宙吊りになったまま必死にもがいている。
「や、やめ――」
短い発砲で声は途切れた。
助手席にはもう一人が、衝撃で意識を混濁させたままシートに沈んでいた。
目だけが焦点を失って揺れている。
「……。」
一発。
反応はなくなった。
車内が静かになる。
Victorは銃を下ろし、車体後方へ視線を動かす。
元締めがいた。
歪んだドアから這い出し、砂利の上で膝と掌を滑らせながら必死に逃げようとしている。
血の気は引き切り、靴が砂利に飲まれて何度も転びかける。
あと数メートルで瓦礫陰の死角に入れる。
その一心で逃げようとしていたその背に、Victorの手が落ちた。
首根っこを捕まれた男の体が後ろへ跳ねる。
「ひっ……! ま、待て……頼む、待ってくれ……!」
Victorは返事もしない。
片手で脇を固め、無駄な抵抗を封じたまま立ち上がらせる。
遠くの無線から護衛らの声が断片的に届く。
「ボスがやられた!」
「嘘だろ……もう無理だ、逃げるぞ!」
「巻き添えはごめんだ、俺も降りる!」
車両が荒地の向こうへ散り、Rezoを追っていた影も消える。
Victorはそれを気にも留めず、元締めの襟を掴んだまま、無言で銃口を静かに上げた。
「ま、待て……話せば……金ならいくらでも――」
引き金へ指が触れた、その瞬間。
背後から砂利が跳ねる音が近づき、荒いブレーキ音とともに、灰色の装甲車が横へ滑り込んだ。
「待て! Victor、殺すな!!」
Rezoの声だった。
ほとんど飛び降りる勢いで駆け寄り、肩で息をしながら叫ぶ。
Victorはちらりとだけ振り返る。
「生かす理由があるのか。」
声はいつもと変わらぬ平坦さだった。
感情が読めない分、余計に冷たい。
Rezoは一歩踏み出し、確信のこもった調子で返す。
「ある。こいつは“俺たちの動線”を押さえるための鍵だ。あんたに“利子”を返すにも必要なんだよ。」
Victorの銃口は揺れない。
「裏切った奴はまた裏切る。そいつは今日、お前を殺そうとしたんだぞ。」
「だからこそだよ。」
Rezoは元締めを見下ろし、声を低くした。
「その上で、こいつは“自分の組をたった二人に潰された”って現実が骨まで染みてる。勝てねぇと悟った人間ほど、従順になるもんだ。それにさっきのあいつの部下の声、聞こえただろ。ああいうのは耳に残るんだよ。一番上にいる奴ほどな。」
そして、ほんの一拍置いて静かに言い放つ。
「どんなに腐っても、値が付くうちは“商品”だ。それが商売人の論理さ。死体じゃ何も残せねえ。ここからは――俺の仕事だ。」
その言葉が決定打だった。
VictorはしばしRezoを見据え、銃口を下げると、元締めを突き放した。
「……上手く使え。」
苛立ちを隠そうともせずに、装甲車へと踵を返す。
Rezoはその背を見送ると、元締めの襟首を掴んで無理やり立たせた。
男の足は力が抜け、砂利に引きずられるようにして立つことしかできない。
Rezoは、ふっと疲労も怒りもまったく感じさせない、柔らかい笑みを浮かべた。
友好的にも見えるその表情は、しかし元締めの背筋を確実に凍らせた。
死の気配とは違う。
暴力でも脅しでもない。
底が見えない、どこを読んでも手がかりが掴めない、“商売人としての本性”のようなものが、静かに滲み出ていた。
声は穏やかだが、逃げ場がない。
「さて――ここからは俺とあんたの“商談”だ。」
元締めは喉を鳴らす。
声にならないその音は、自分でも気づけないほど弱々しかった。
数分後。
装甲車の助手席のドアが軽く開き、Rezoが戻ってくる。
表情は妙に晴れやかだ。
「よぉ、お待たせ。上手くまとまったぜ。」
Victorは視線を向けただけで、何も言わない。
Rezoはシートに腰を落ち着け、エンジン音に身を預けながら、ふっと口の端を上げた。
「おいおい、そんな顔すんなよ。仕事は上々だ。」
Victorは鼻を鳴らすだけだ。
Rezoは、一瞬だけ言葉を探すように視線を泳がせた。
「正直なところ、あんたがあそこまでやるとは思ってなかった。飛び出した瞬間は“終わったか?”って一瞬よぎったくらいだ。」
どこか呆れと感心を半々に混ぜた声音で続ける。
「でもまあ、結果見りゃ文句なしだ。元締めもきっちり黙らせたし、追手も散り散り。釣りがあっても足りないくらいの働きだったよ。」
声の調子は軽いが、嘘はない。
本気で称賛しているのがわかる。
Victorはしばらく黙っていたが、やがて低く、抑えた声で言った。
「――ひとつだけ覚えておけ。」
Rezoが横目でこちらを見る。
「俺を“駒”として数えるな。人を手札みたいに扱えば、いつかその手を噛まれると思え。」
声色は淡々としていたが、その底には氷のような硬さがあった。
「俺は、お前の思い通りに動く道具じゃない。」
「……ああ。肝に銘じとくよ。」
どこか苦笑を含んだ声だったが、その裏には、Victorを“容易に扱える相手ではない”と認めた色が確かにあった。
エンジンが低く唸り、装甲車はゆっくりと動き出す。
瓦礫を踏む重い音が遠ざかるにつれ、横倒しになった元締め車両の影が暗闇に沈んでいった。
日はすでに地平線の向こうへ落ち、荒野の色はひどく薄い。
空気は砂の匂いと、戦闘の残り香を静かに溶かしていく。
車内で、しばらく言葉はなかった。
Rezoは助手席に座り、片肘を窓枠につきながら息を吐く。
表情は軽いが、視線の奥にだけわずかな高揚が残っていた。
Victorは正面を見据えたまま、微動だにしない。
暗い窓に映る横顔は、疲れでも達成感でもなく、ただ静かな陰影だけを湛えていた。
それぞれの思惑が交差し、ぶつかり、またすれ違った一日。
そして今、装甲車はもう後ろを振り返らない。
外には砂塵が立ち、夜風が吹き始める。
Rezoがふと、少しだけ柔らかい声で言った。
「……ま、なんだ。あんたに声かけて間違いじゃなかったって話だ。」
Victorは返事をしない。
代わりに深く、息を吐いた。
やがて荒野の闇が車体を包み、灯りの乏しいイエローエリアの帳が完全に落ち切る。
装甲車はその黒い地平の中へ溶けるように走り続けた。
道は粗く、風は冷たい。
それでも、進行方向だけはかすかに明るかった。
[2064-12-20-20:27]
区分:任務
状況:随伴任務「商談護衛」完了
依頼人:Rezo
経過:2064-12-20
11:22 取引終了後、Rezoの商談随伴を受諾(監視目的を含む)
15:59 目的地手前にて、商談地点の警備過剰を確認。撤退提案→Rezo拒否(取引継続を主張)。方針転換:依頼人を正面交渉に投入、当方は死角より接近
16:40 倉庫内にて依頼人拘束を確認、依頼人救出
16:50 離脱中、追跡車両(6台、推定20余名)と再交戦
17:41 地形誘導により車列を分断、各個に走行不能化
18:29 元締め搭乗車を転覆させ、元締め確保。敵勢は指揮系統混乱ののち撤退・離散を確認
18:37 依頼人交渉ののち、その場を離脱
結果:依頼人側損失なし
損耗:軽度
人員:打撲、擦過傷複数
備考:車両1台鹵獲→機動維持および追跡回避を優先し現地放棄。交渉は誘引であり、当初より排除前提の布陣を確認。依頼人は事前に状況を織り込んだ上で当方を誘導。利益は成立したが、行動原理は不透明。元締めは依頼人要請により処分保留。以後、Rezoの動向を監視対象として継続評価する。
はい。約束通り後編です。
ここからは若干戦闘描写からは離れるかなって感じです。スローペースな展開になります。
そろそろ主人公の解像度的に一旦キャラのプロフィールみたいなのをまとめた方がいいんじゃないかと思ったりしてるんですが、どうなんでしょうね。
できるだけはやく投稿したいとは思いつつ、12月17日まではこんな調子が続きそうです。
卒論もおんなじ要領で済めばいいのに。
イベントも駆け足でやらないとだよ。急がなきゃ。
そんなこんなで続けていこうと思います。今後もよろしくお願いします。