あれから十日ほどが過ぎた。
廃工場での一件は、表向き「取引中の事故」として片づけられた。
元締めは表舞台から姿を消し、残された連中はそれぞれ別の看板に吸収されて散った。
だが――裏で“どこに繋がった”のかを知る者は、ごく少数だ。
そのうちの一人がVictorで、もう一人がRezoだった。
二人の取引は、あの日以来も変わらず続いている。
変わったのは、その“条件”の方だった。
補修部品の質は目に見えて良くなり、弾薬のロットも安定している。
さらに最近は――保存食や医療パック、季節物の衣類や防寒用の下着まで“おまけ”のように付いてくることが増えた。
どれも新品同然で、しかも相場より安い。
帳簿を見れば、Rezo側の取り分が削れているのは明らかだ。
――“利子”の一環というわけか。
装甲車の横で受領書に目を通しながら、Victorは思う。
数字は正直だ。
ここ十日の取引は、どれも破格と言っていい。
「ほい、いつも通り。」
手渡された書類に署名し、クリップを戻す。
荷台には部品の木箱、整備オイル、規格外の弾薬箱が整然と収まっていた。
検品も済み、数に狂いはない。
少し離れたところで、Rezoは煙草を指先で転がしながら立っていた。
Victorが書類を返すと、Rezoはざっと目を走らせ、問題がないことを確認して帳簿に挟む。
「よし。じゃ、今年はこれで締めだな。」
「年末ぎりぎりまで引っ張ったな。」
「”例の件”を今年のうちに清算したかったのさ。おかげでこの十日、そっちにも早く“恩恵”が回ったろ?」
Victorは何も返さず、受領書を閉じた。
たしかに、この十日で片づいたものは多い。
補給の滞りは大きく改善し、必要な物資は待ち時間なく揃う。
その意味では、Rezoの言うとおり“恩恵”を受けていると言えた。
――だからといって、信用度が増すわけではないが。
書類を鞄へしまおうとした時、Rezoがぽん、と手を叩いた。
「ところでVictor。」
「断る。」
即答だった。
「は? まだ何も言ってねえだろ。」
「前のことを忘れたのか。お前の“儲け話”に付き合った結果がなんだったか、思い出してから口を開け。」
Victorは手を止めずに言う。
ラベルをもう一度確認し、荷台の端を軽く叩いた。
Rezoは肩をすくめた。
「あれはまあ、悪かったよ。認める。あん時はちょっと、情報共有が足りなかった。」
「情報共有、ね。」
Victorの皮肉をよそに、Rezoは煙草を耳に挟み、両手を広げて見せた。
「ただよ、結果としてあんたも今は甘い蜜を啜ってるわけだろ。利子が足りないってんならまだ考えてやるが……今回はただ、飲みに誘おうとしただけだ。」
「……飲み?」
Victorが手を止め、Rezoの方に向き直る。
「どんな風の吹き回しだ。」
「どうしたもこうしたもねえよ。単に――」
Rezoは言葉を探すように視線を泳がせ、それからあっさりと口にした。
「あんたに興味があって、だ。」
その一言で、Victorは無言のまま真顔で二歩、物理的に後ろへ下がった。
砂利が靴底を擦って音を立てる。
Rezoは慌てて手を振った。
「待て待て待て誤解だって!俺だってこんなむさいおっさんと二人っきりで年越しなんかしたかねえよ!」
Victorはしばらく黙ったまま睨みつけていたが、やがて顎で「続けろ」と促した。
Rezoは胸を押さえ、大袈裟に咳払いする。
「ちゃんとビジネスの話もある。軽い擦り合わせをするだけだ。体を張るようなことは何もない、保証する。」
Victorは短く息を吐く。
十日前のと似た言葉の並びもあったが、今回は弾薬の残量も、敵の布陣も絡まない。
しばし考え――。
「……お前の奢りな。」
「もちろん。」
その返事だけは妙に迷いがなかった。
酒場は、組合の事務所から少し離れた通りの角にあった。
看板は色あせ、外壁にはひびが入り、見た目だけなら廃墟に近い。
それでも夜になると、ぼんやりした灯りがともる。
ドアを開けると、酒の匂いが混ざった熱気が押し寄せた。
粗末な電飾がカウンターの上で瞬き、壁際には「2064 LAST NIGHT」と手書きの紙がいい加減に貼られている。
「お、案外繁盛してるじゃねぇか。」
Rezoは慣れた様子で奥の席へ歩く。
Victorはカウンター横を通りながら、店内を素早く一瞥した。
作業員、傭兵、事務屋……火種になりそうな連中はいない。
「こっちだ。」
二人掛けのテーブル。
壁を背にし、入口とカウンターの両方が視界に入る位置だった。
「場所選びだけは悪くない。」
Victorはそう評しつつ席に着く。
周囲の喧騒を聞きながら、ぽつりと言った。
「……意外だな。イエローエリアにもこういった行事はあるのか。」
「どこだって同じさ。むしろ、ここはそうでもなきゃやってらんねぇ。」
店主が二人の前にグラスを置く。
「一年を区切ったところで、ここらがマシになるわけでもない。」
「そりゃそうだ。」
Rezoはグラスを持ち上げ、軽く掲げた。
「……まあ、何だ。去年よりマシかどうかを測る日くらいはあっていいだろ。」
Victorは一瞬だけ考え、グラスを軽くぶつけた。
澄んだ小さな音が触れ合う。
一口含む。
強い刺激が舌を痺れさせ、喉を焼き、胃まで落ちる頃には全身の芯がじんわりと熱を帯びていく。
「……酒なんて、いつ以来だ。」
「だろうよ。あんた、金の使い方が堅すぎる。」
酒は嗜好品だ。
イエローエリアへ入ってからというもの、生活の切り詰めが続き、買うなど選択肢にすら上がらなかった。
飲む余裕があるというだけで、少しだけ奇妙な気分だった。
「ま、今日は年末だし、俺の奢りなんだ。少しは肩の力抜けよ。」
Victorはグラスを置き、ふと呟く。
「年末こそ稼ぎ時じゃないのか。こんなところで呑んでいていいのか。」
Rezoは一瞬きょとんとし、それから得意げに胸を張った。
「真の商人は、時も場所も選ばねぇもんさ。」
Victorの眼差しが冷える。
どう聞いても、ただそれっぽいだけの戯言だ。
Rezoはその視線に気づいたのか、頭をかいてバツの悪い笑みを浮かべた。
「あー……まあ、実際はだな。あの元締めがいただろ?――」
Victorが顔を顰める。
「――店番を、させている?」
「そういうこった。」
Rezoは悪びれるどころか、むしろ誇らしげだ。
「今は俺の統合ルートの“入口”を任せてる。扱い慣れた現場だし、下手な駒を置くより効率が良い。」
Victorは露骨な疑念を隠さない。
「……正気か。やつは一度お前を殺そうとした相手だぞ。」
「ああ、知ってる。」
Rezoは平然と笑う。
「だがな、一回地べたに叩き落とした奴は扱いやすい。金を握って、それなりに仕事を回してやりゃ、見違えるほど忠実になるもんだ。」
Victorは吐き捨てるように言う。
「俺には到底理解できん。」
「だろうな。」
Rezoは鼻で笑い、片手をひらりと振った。
「あんたはそれでいい。この上商才まで身につけられたら、俺の立つ瀬がねぇよ。」
Victorは何も返さず、淡々と酒を口に運んだ。
「で。」
グラスをテーブルに戻す。
「“ビジネスの擦り合わせ”とやらは、どこからだ。」
「仕事熱心だねぇ。」
Rezoは静かに笑みを漏らし、机の上で両手を重ねる。
「簡単な話だよ。元締めの件で、こっちのルートの重心がちょいと変わった。東側に新しい枠ができた分、北にも余裕が出た。」
「つまり。」
「大物を通しやすくなったってことさ。前までは“リスク込みの小口”しか回せなかったのが、今ならもう少しまともな条件で組める。」
Rezoは指を一本立てて、Victorを指した。
「あんたみたいな“無茶のできる護衛つき”なら、なおさらだ。」
Victorは目を細める。
「……また俺を勝手に計画に組み込む気か。」
「違う違う。」
Rezoは即座に首を振った。
「今回は“そういう案件が増える”ってだけ。あんたが乗るかどうかは別だ。依頼が来たら、ちゃんと条件を提示して“組合経由で”出すさ。」
「最初からそうしろ。」
「そうしてたら、あの元締めは今もあそこでふんぞり返ってたろ。」
反論の余地はない。
正規の枠に乗せた時点で、元締めがRezoを潰しに動く理由も機会も生まれず、あれだけのぼろを出すこともなかった。
結局のところあの混乱は、あの無茶なやり方でしか成り立たなかったのだ。
Victorは斜面を転げ落ちた衝撃と砂利の感触を一瞬だけ思い出し、眉をわずかに寄せる。
気分を損ねたように、手元の酒をひと息であおった。
少し間を置いて、Rezoが付け加える。
「……それともう一つ。」
「まだあるのか。」
「こっちは完全にビジネスとは言えねぇ。」
そう言ってRezoは視線をテーブルへ落とした。
液面に映る電飾の揺れを眺め、言葉を慎重に選ぶように舌を動かす。
「さっき言った“興味”ってやつだ。」
Victorの視線が鋭くなる。
Rezoは慌てて両手を振る。
「だからそういう意味じゃねぇって! ……ええとだな。」
苦笑を押し殺し、言い直した。
「あんたさ、こっち来てまだ二か月ちょいだろ。」
「……それがどうした。」
「歴だけ見りゃルーキーだってのに、その辺の古株より仕事が整ってきてる。」
Rezoは指を折りながら挙げていく。
「依頼は組合一本で毎回完遂、補給も安定。戦闘は無駄がなくて、撤退判断も早い。普通ならどっかで一回は派手にしくじってるもんだ。」
「幸運だっただけだ。」
Victorはきっぱりと言う。
「あんたみたいな奴は、“幸運を前提に動かない”タイプに見えるがね。」
Rezoはグラスを傾け、喉を湿らせた。
「で、こう思ったわけだ。……こいつ、前はどこで何をしてたんだろうなって。」
Victorはしばらく黙していた。
店内のざわめきが波のように増えたり減ったりしている。
カウンター上のモニターには、どこかの都市のカウントダウン映像が映っていたが、真面目に見ている者はいない。
やがてVictorは、グラスの底を見つめたまま口を開いた。
「この程度の酒で、俺の口を割れるとでも?」
Rezoが吹き出す。
「へいへい、わかったよ。好きなだけ頼め。俺の奢りなんだからな。こんな機会、滅多にないぜ?」
店主に手を挙げ、さらに強い酒を指で示す。
注がれた酒を一口。
舌が痺れるほど強いが、Victorの表情はほとんど動かない。
「あまり、面白い話ではない。」
「別に面白さは期待してねえよ。……ただ、次にまた命を預ける羽目になるなら、あんたの“クセ”ぐらいは知っておきたい。今じゃ俺の秤も、だいぶあんたに寄っかかってるからな。」
言葉は軽く聞こえるが、その裏にある切実さをVictorは感じ取った。
一呼吸置き、グラスの縁を指でなぞる。
「……軍にいた。」
「それは知ってる。」
Rezoは即答した。
茶化しもせず、その続きを待つ。
Victorはすぐには口を開かなかった。
数秒――いや、もっと長い沈黙が落ちたのち、ようやく重い蓋をこじ開けるように、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
軍での階級や所属。
作戦の空気。
そこで求められた「判断」という名の冷酷さ。
実績を積み、尉官まで上りつめたが、肩書より先に体が覚えたのは、前線の泥の匂いだった。
だからこそ、机上の作戦を現場へ落とすだけの上層部とは噛み合うはずもなかった。
兵の消耗を「予定値」と呼ぶ連中。
会議のたびに飛び交う火花。
「いっそあいつを前線から外してしまえ」という空気。
――そんなものは、とうに理解していた。
それでも抜けなかった。
自分が退けば、もっと無謀な誰かが指揮を取り、仲間を使い潰す。
そう思って反発を飲み込み、現場に立ち続けた。
そして――その判断が裏目に出る日が来た。
最後の任務。
KCCO蜂起の余波で暴れ出した反乱勢力の鎮圧。
相手は敵国でも侵略者でもない。
同じ国の、同じ言葉を話す人間たちだった。
作戦は最初から歪んでいた。
無茶な目標に、乏しい情報。
進言は聞き流され、撤退を促しても握りつぶされた。
結果、想定を超える損耗が積み重なり、救えたはずの命が砂に沈んだ。
その中には、Victorが残り続けた理由だった仲間たちも含まれていた。
そして“責任”だけが、まるで綺麗に導線を引いたように、Victor一人へ突き付けられた。
降格。
次いで、「任意除隊」という名の事実上の追放。
筋書きは、最初から用意されていたのだと疑う余地もないほど整っていた。
最後に仲間と顔を合わせる間もなく、Victorは軍を去ることになった。
そこから先は語らない。
Victorが述べたのは、要点だけを拾った簡潔な事実だけだった。
それでも、言葉の端々には、あの時こうすべきだったという悔いが微かに滲んでいた。
電飾の揺れる光が、二人の間に薄い影を落としていた。
語り終えたVictorは視線を落とし、短く締める。
「……結局のところ、俺は“あそこ”には向いていなかった。あの任務で、それを嫌というほど思い知らされた。……代償は、あまりにも多すぎたが。」
こんな話をするつもりはなかった。
そう思ったが、口にした事実はもう戻らない。
酒場のざわめきが再び耳まで戻ってくるまでに、しばらく時間がかかった。
Rezoはグラスを指で転がしながら、言うべきか迷うような間を挟む。
やがて、溜め息に似た息を、ひとつ吐いた。
「……で、あれか。」
いつもの軽い声音に戻りつつも、どこか慎重な響きがあった。
「そんな目に遭って、あんたはイエローエリアに来た――ってわけか?」
Victorはすぐには答えず、グラスの中を見つめる。
「どうだろうな。」
曖昧というより、“答えを持っていない”声音だった。
――ただ、追い立てられてきただけなのかもしれない。
軍から。
任務から。
仲間の死の記憶から。
何かを求めたのではなく、“そこには居られなくなった”から、流れ着いた。
その真実を、今さら認めるのも虚しいだけだ。
Rezoは慰めも強がりも挟まず、事実として呑み込むように頷く。
「……まあ、理由なんざ後からついてくるもんだ。」
グラスを持ち直し、視線だけをVictorへ向ける。
「居たい場所で生きられる奴なんて、ここには一人もいねぇ。たどり着いた場所で、どうにかやるしかないだけだ。」
軽いようでいて、妙に実感のこもった口調だった。
Victorは返事をしない。
否定も肯定もしない沈黙。
Rezoは苦笑し、酒を一口あおる。
「ま、あんたがここに来てくれたおかげで、俺もこうして命拾いしてるわけだしな。理由なんてそんなもんで十分だろ。」
そして、軽く肩をすくめた。
「それに、安心しな。腹に一物抱えてるのは俺も同じだ。墓場まで持ってく話のひとつや二つ……商人だって持ってるもんさ。」
Victorは目を閉じ、わずかに息を吐く。
そのとき、店内の空気が変わった。
スピーカーがノイズを上げ、ひときわ大きな歓声が漏れる。
「お、もうそんな時間か。」
誰かが叫び、別の誰かが空になったグラスを掲げる。
モニターの中ではどこかの都市の群衆がカウントダウンを始めていた。
「10! 9! 8!――」
店の中でも、それに合わせるように何人かが口を動かす。
本気で数えている者もいれば、適当に数字を飛ばしている者もいた。
Victorはその光景を斜めに見ながら、ぽつりと言う。
「年が変わる瞬間に、何かが変わるわけでもない。」
「それでも人は、区切りを付けたがる。」
Rezoは新しい酒を頼みながら軽く言った。
「“ここからやり直せる”とか、“前とは違う自分になろう”とか……そういうきっかけが欲しいんだろ。俺だってそうだ。」
店主が新しいボトルを置く。
RezoはVictorのグラスに注ぎ足し、自分のグラスも満たした。
「ほら、せっかくだ。何か願掛けでもしとくか?」
「願い事などない。」
「生意気言うなよ。」
Rezoは笑い、グラスを持ち上げる。
「じゃあ、こっちで勝手に決めるぜ。――“俺たちの新しい未来に。”」
Victorは少し考え、それから渋々とグラスを掲げた。
「……“同じ過ちを繰り返さぬ年に。”」
ふたつのグラスが、静かに触れ合う。
その数秒後、モニターの中の群衆が新しい年の到来を叫び、店内でも何人かが声を上げた。
外から、遠く銃声のような音が響く。
誰かが「花火か?」と笑い、別の誰かが「弾の無駄だ」とぼやく。
Victorは耳だけでそれを受け流し、視線をグラスの中へ戻した。
「……なあ、Victor。」
Rezoが不意に真面目な声で話しかける。
「さっき言ってた“過ち”ってのは、軍のときの話か? それとも、こっちに来てからの話か?」
Victorは答えない。
代わりに、黙ってグラスを傾ける。
琥珀色の液体が、喉を通って腹へ落ちていく。
その熱だけが、過去と現在の境目をかろうじて繋ぎ止めているようだった。
Rezoはそれ以上踏み込まず、淡く笑う。
「ま、どっちにしろ――俺としては、“あんたが死なない年”ならそれで十分だ。」
「お前の補給計画のためか。」
「それもある。」
Rezoは笑い、グラスを空けた。
「それと……俺が賭けた“手札”の価値が、ちゃんと上がっていくところを見たいんでね。」
「だから、人を手札扱いするなと言っている。」
「おっと、失敬。」
どこか楽しげな表情だ。
外では、いつの間にか風が強くなっていた。
砂埃が通りをなで、看板の鎖がかすかに鳴る。
薄いガラス越しに、その音はほとんど掠れて聞こえなかった。
酒と笑い声と、時折混ざる愚痴の空気が店内を満たしている。
Victorは椅子の背にもたれ、静かに息を吐いた。
Rezoはカウンターの時計をちらりと見て、まだ夜は長いとばかりに次のボトルへ視線を送る。
イエローエリアの年越しは荒く、雑で、どこまでも不恰好だ。
本来なら、こんな夜も“流れの中の一点”にすぎない。
どこを切り取ろうと、自分の歩いてきた線の延長でしかないはずだ。
……それでも、この酒の席だけは、その延長をわずかに曲げる“兆し”があった。
朝の冷たい空気が、酒場の裏通りに薄く漂っている。
Rezoは、装甲車のタイヤにもたれかかったまま目を覚ました。
最初に気づいたのは――頭痛だった。
「……っづ……あー……」
声にすらならない呻きが漏れる。
こめかみを刺すような痛みが脳の奥でせり上がり、砂埃とアルコールの残り香の混ざった空気がさらに追い打ちをかけた。
喉は砂を詰めたように乾き、舌は思うように動かない。
膝を押さえて立ち上がった瞬間、装甲車の扉が軽く開いた。
「起きたか。」
Victorだった。
昨夜の飲みっぷりからは想像できないほど、整った表情をしている。
「……お前……なんでそんな普通なんだ……」
Rezoは目元を押さえながら呻く。
「悪酔いは滅多にしない体質だ。」
悪気も誇りもない淡々とした返答が、余計に腹立たしい。
そこへ、酒場の扉が軋んだ音を立て、店主が姿を現した。
手には分厚い紙束――請求明細がある。
「昨日のお会計、ちゃんと通しときましたんで。こちら明細です。」
その一言で、Rezoの表情が固まった。
「……通した? え、いや待て……そんなに頼んだ覚えは……?」
震える指で紙束を受け取り、めくる。
見覚えのない銘柄がいくつも並び、ページをめくるほど血の気が引いていく。
横には、淡々とした文字で、
【同席のお客様のご注文を含め、すべて前払い分より精算済みです。】
とだけ添えられていた。
「……は……?」
Rezoは明細を握ったまま、ぎこちなくVictorへ顔を向ける。
「……お前、昨日……どれだけ飲んだ……?」
Victorは少し考え、それからあっさりと言った。
「覚えていない。」
Rezoは天を仰ぎ、両手で顔を覆った。
「ちくしょう……お前と飲むのは……これで最後だからな……」
「賢明だな。」
あまりに温度のない返しだった。
Rezoは泣きそうな顔のまま装甲車へ向かう。
明細を握る手がまだ震えている。
Victorは運転席に座り、ふと窓の外を見る。
風に舞い上がった砂が、朝の薄い光の中できらめいて散っていった。
「……頼むから今日は……静かにしてくれよ……」
Rezoの弱々しい声に、Victorはエンジンに手をかけながら短く返す。
「考えておく。」
エンジンが鳴り、装甲車が小さく震える。
新しい年の始まりにしては、それこそ不恰好で、どこか締まりのない朝だった。
それでも、窓に映ったVictorの横顔には――夜よりわずかに柔らいだ気配が宿っていた。
その微細な影の変化とともに、装甲車は荒野へと滑り出していった。
はい。
もともとはまったく存在しない話だったのに、今までで一番すんなり書けました。なんでや。
ドルフロ2も一周年になりますね。
いろいろ盛り込まれててイベントも忙しくなりそうです。
クルーデッキもっと先だと思ってたんですけどね。まじで有り難すぎる。泣いた。
そしてリンケージやば過ぎだろい!なんやあれ!
感謝しても仕切れませんよ本当に。ドルフロよ永遠に。