Mercs' Frontline   作:発伝記

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卒論から逃げたくて息抜きに書いたやつです。
今までの本編をちょこっとだけ味付けする程度の話四つになります。
本編と関わりはあるけど、読まなくても全く問題ないくらいの内容です。






補話/短編集 1

2064年10月7日 ある負傷兵の走り書き

 

 

救護テントは静かじゃない。

呻き声と金属音が、息の合わない拍子で交互に聞こえる。

落ち着かないから医官に渡された紙に書いてる。

今日のことは頭の中がぐちゃぐちゃで、どこから手を付ければいいのか分からない。

だから、とりあえず見たことだけここに残す。

 

正直に言えば、俺はあの人のやり方に納得できない時もあった。

ああいう“勝手なアレンジ”は、本来ならやらない方がいい。

状況が良くなることもあるかもしれないけど、普通は不確定要素が増えるだけだし、上からすれば「余計なこと」だ。

 

それに、毎回上手くやれる人間なんてこの世には存在しない。

あの人もいつかは失敗して、その皺寄せがこっちに回ってくるんじゃないかと、ずっと肝が冷えてた。

 

でも、今日のあの状況で迷わない奴なんていなかった。

俺も迷ったし、誰だってそうだ。

本部は「前進しろ」の一点張り。

射線は増え続けて、崩れそうな遮蔽物の陰で、隣の奴の鼓動が肩越しに伝わるほどだった。

 

そんな中で隊長はため息ひとつ吐いて、淡々と指示を組み替えた。

それが正しかったかどうかは、今でも分からない。

結果として任務は達成できなかったし、被害も出た。

でも、あそこで“命令通りに”前進していたら、被害はもっと増えていた――少なくとも俺はそう思う。

 

建物が光った瞬間、全員が動けなくなった。

本当に、一瞬のことだった。

その後のことで覚えているのは、粉塵の向こうで隊長が血塗れで誰かの腕を掴んで引っ張ってた姿だけだ。

 

英雄みたいだったとは思わない。

むしろ必死だった。

焦ってたし、怒ってるようにも見えた。

多分、俺たちと同じだ。

怖くて、それでもどうにかしたくて、誰かを失いたくなかったんだと思う。

 

人を担いで走るのは立派だし、勇気もいる。

だけど、それで全てが解決するわけじゃない。

助けられなかった奴もいた。

それが現実だ。

 

救護所の外では、士官たちが淡々と書類を作ってる。

「損耗」「遅滞」「命令不適合」

そんな言葉が断片的に聞こえる。

 

腹が立つかと言えば……正直、よく分からない。

あのときは怒鳴ったけど、あいつらはあいつらで仕事してるだけだ。

俺たちのことを知らないし、現場がどうだったかなんて分かるはずもない。

 

ただ、もし隊長の判断が完全に間違っていたとしても、あれ以上の正解があったとも思えない。

それだけは、机の上じゃなくて、泥の中にいた俺たちだけが知っている。

 

現に、俺はこうして生きてる。

 

隊長にあたったのは悪かったと思う。

でもあの時の俺には、他に言葉がなかった。

怖かったし、死ぬのは嫌だったし、誰がどうとかじゃなくてただ状況が最悪で、心が壊れそうだった。

 

隊長がそれをどう思ったかは知らない。

気にも留めてないかもしれない。

それならそれでいい。

 

ただ――動けるようになったら、一度ちゃんと謝ろうと思う。

そんな機会があるのなら。

 

 

(記録ここまで/後年、私物整理の際に発見)

 

 

 

 

 

2064年11月4日(制御室戦闘終了直後/依頼人の部屋に向かう前)

 

 

倒れた補強柱を背に、俺はなんとか息を整えようとしていた。

脚はもう動かず、腹の止血帯も限界だ。

 

隣に転がる相棒はもっとひどい。

胸が上下するたびに空気が漏れ、肺のどこかが破けているのが分かった。

それでもまだ生きているのが不思議なくらいだ。

 

遠くで銃撃が途切れ、代わりに足音が近づいてくる。

やっと片が付いて、回収に来たのか――一瞬だけそう思った。

 

だが、聞こえてきた足音はひとつだけだった。

静かでゆっくり、それでも一歩一歩踏みしめるような、迷いのない歩調。

 

制御室で“片付けられる”段取りだった以上、あそこから“あいつ”が戻ってくるなんて本来ありえない。

それでも俺は、理解してしまった。

 

通路の角を曲がって現れた影――Victor Rowen。

 

全身が血と粉塵にまみれ、そこに立つ姿は人よりも死そのものに近かった。

目だけが空ろで、何かを“見る”ためではなく、ただ命を刈り取る先をなぞるために開いているようだった。

 

「……あんたがこっちに来たってことは、リーダーは?」

 

Victorは俺の前で立ち止まり、簡潔に答えた。

 

「死んだ。」

「だよな。」

 

思わず納得して笑ってしまった。

胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなる。

 

そんな気の緩みのまま、口が勝手に動いた。

 

「ちなみに、俺たちだけでも見逃してもらうってのは?」

「ないな。」

「……交渉の余地は?」

 

わずかな間――Victorの視線が静かに落ちる。

俺の腰のあたりへ。

 

「銃に手を伸ばしながら言うことか?」

 

背中の拳銃に触れかけていた指が、ぴたりと止まった。

 

「あれ、バレてたか。」

 

乾いた笑いが漏れる。

もう誤魔化す必要もなくなった。

 

短い見つめ合い。

たった数拍で、お互いに何をするか分かった。

 

俺は賭けに出た。

肩をわずかにずらし、素早く拳銃を――。

 

向こうの引き金の音が、先に来た。

 

世界が横に滑る。

視界がぶれ、白く跳ね、音が遠のいた。

 

弾は額の端を抉り、脳を揺さぶったらしい。

即死ではないが、“死に向かう途中”だとすぐ分かった。

 

その数秒間に、声が聞こえた。

相棒が、必死に叫ぶ。

 

「頼む……俺はもう戦えない……見ての通りだ、助けてくれ……!」

 

Victorの影が相棒の前に立つ。

 

「無理だ。」

 

乾いた銃声。

一度だけ。

その音は、水の底を叩くように遠かった。

 

胸に沈むようなその響きを最後に、視界はゆっくりと暗く閉じていった。

 

 

 

 

 

ある集落の住民の日記

 

 

〔2064年11月21日〕

 

夜が明け切らないうちに、また咳の音がした。

今日で四人目。

村の外れでひっそり暮らしてた老人が倒れた。

 

誰も口には出さなくなったけれど、みんな分かってる。

E.L.I.Dだ。

 

末期も間期も混ざってて、もう何がどの段階か誰も判断できない。

みんな布で隠して、見なかったことにしてるだけだ。

 

家の隅で寝かせてるMishaの体も、また熱が上がってきた。

あざは昨日より濃い紫で、目を閉じるたびに痛みに小さく震えてる。

撫でてやるしかできない自分が情けない。

 

生き残っているのは、もう十数人しかいない。

ここはもう“村”じゃない。

ただゆっくり死んでいくのを、皆で待ってるだけの場所だ。

 

医薬品はとっくに底をついた。

野盗が二度も三度も押し寄せて、何もかも持っていった。

E.L.I.D患者の家だけは避けて、物だけきれいにさらっていく。

臆病で、卑怯で、残酷だ。

 

でも、私たちでは守れない。

追い払う力も、助けを求めるお金も残ってない。

 

それでもただ死を待つだけなんて嫌で、村長は組合に“ほとんど形だけの依頼”を出した。

どうせ誰も来ない、と皆思ってたけど、何もしないよりはマシだった。

 

 

〔11月22日〕

 

朝から咳は続いてる。

でも、昨日ほどひどくはない。

それとも、皆が慣れてしまっただけかもしれない。

 

Mishaは目を開けなかった。

熱は下がらず、唇が乾いて白くなっている。

水を含ませた布で口元を拭くと、かすかに眉が動いた。

生きている、と思いたかった。

 

村の外には何もない。

野盗が来ないか、皆で交代して見張ったけれど、

遠くの砂丘に影は動かなかった。

 

昼過ぎ、村長がみんなを広場に集めた。

組合に出した依頼の話だった。

「返事はない。でも、まだ期限は切れていない」と。

 

誰かが疲れたみたいに笑った。

誰かが俯いた。

誰も期待してなかった。

 

それでも依頼は取り下げなかった。

それが唯一、まだ“生きることを諦めてない”証みたいだったから。

 

夕方、北の丘の方から銃声が聞こえた気がした。

一発だけ。

でも、誰も確認には行かなかった。

 

今日は誰も死ななかった。

それだけで、奇跡みたいな一日だ。

だからこそ、明日が来るのが怖い。

 

 

〔11月23日〕

 

昼間、外からエンジン音が聞こえた。

空耳だと思った。

でも、すぐに子どもが駆けてきた。

「変な人が来た」と。

 

外に出ると、本当にひとり、男の人が歩いてきてた。

砂を払う動きが静かで、旅慣れた人間の匂いがしたけれど、どこか“人間じゃない何か”にも見えた。

 

その人は「組合の依頼で来た」とだけ言うと、名乗りもせずに村の様子を一通り聞いて、そのまま外周を歩き始めた。

崩れた屋根も、踏み荒らされた地面も、野盗の足跡も、一つずつ確かめるみたいに眺めてた。

 

私は思わず声をかけた。

「……本当に来てくださったんですか? 報酬なんて、ほとんどないのに……」って。

 

彼は振り返りもしなかった。

「仕事をしに来た。」

それだけ。

 

しばらくして、野盗がどこにいるか聞くと、すぐにそっちに向かっていった。

誰も止めなかった。

止められる雰囲気じゃなかった。

 

そのあと銃声が五回響いて、すぐに静かになった。

北の丘に目を向けたけれど、煙も光も見えなかった。

ただ、風向きが変わったのか、血の匂いだけ向こうからした。

 

彼は何事もなかったように戻ってきた。

 

「野盗はもう来ない。物資の一部は取り返した。返せる分だけ返す。」

 

それだけ言って倒れた柵を直して、壊れた扉を釘で打ちつけて、Mishaの父親に薬を渡して「しばらくは絶対安静」と告げてた。

 

手つきは不思議と手慣れてた。

こんな地獄を何度も見てきたみたいだった。

 

みんなでなんとか出し合って、村長が報酬を追加で渡そうとしたけど、「次の仕事がある」と言って彼は背を向けた。

私もお礼を言いたかったけれど、声をかけようとしてやめた。

彼がこっちを一瞬だけ見たからだ。

 

その目が、空っぽだった。

何かを見ているようで、何も見ていない。

怒りでも悲しみでもなく、生きることすらどこか遠くに置き忘れたような、そんな目だった。

 

誰かが名前を聞いた気がする。

でも覚えてない。

名乗り方が、まるで自分の名にすら興味がないようだったから。

 

彼が去ったあと、祖母が言った。

 

「あの人……先は長くないね。」

 

誰も否定しなかった。

 

善意で来たんじゃない。

それに意味を見出してすらいない。

こんな灰の集落に現れたのも、きっと歩き続ける旅の途中に、たまたま落ちてるのを見かけたからというだけだ。

 

それでも今日は、その足に救われた。

せめてそれだけは、忘れないでいよう。

 

 

(以後、紙面破損により判読不能/廃集落内瓦礫群、遺体の傍らより発見)

 

 

 

 

 

2065年1月5日

 

 

年が明けてもイエローエリアの景色は何も変わらない。

砂、埃、くぐもった空の色。

唯一変わったのは、組合の掲示板に貼られた「2065」の紙切れくらいだ。

 

「で……なんだこの鉄の棺桶は。」

 

形ばかりの新年の中、Victorがうちの裏手に停めた車を見て開口一番に言ったことだ。

 

待ってましたとばかりに、俺は肩をすくめて返す。

 

「新品同然のお買い得品だぜ?」

「新品同然の棺桶か。」

 

まあ、想定通りの反応だ。

 

「在庫で余ってたんだよ。今後も俺の輸送に付き合うんなら、足が多いに越したことねぇだろ?」

 

Victorは車体を一周して眺めながら、淡々と問いを投げる。

 

「在庫で余るほどの曰くが?」

「大したもんじゃねぇよ。訓練中に運転手が上官の車列に突っ込んでな。で、その上官の妹がなんと――」

「要点を言え。」

 

ちぇっ、話の腰を折りやがる。

 

「……要するに、だ。誰も責任取りたくなくて民間落ち。しばらく使い回されてガタが来たってだけよ。」

「それを俺に使えと?」

「まあまあ。ガタって言っても俺が直した。俺を誰だと思ってんだ。」

 

ボンネットを叩くと、鈍い音が返る。

溶接も補強も配線換装も全部自分でやった。

見た目はくたびれてるが、中身はそこまで死んでない。

 

Victorは無言で運転席を覗き込み、ペダルの戻りやメーターの癖を確かめていた。

 

「……性能と設備は?」

「直進は強い。荷はたっぷり積める。サスは硬ぇが荒地で底打ちはしない。装甲は“軽”だから過信はすんなよ。でもまあ、撃たれねぇ走り方を覚えりゃ長生きする車だ。」

 

Victorは車体を軽く叩きながら言う。

 

「試した方が早い。」

 

俺が頷く間もなく、Victorはキーを抜いて勝手に乗り込みやがった。

とはいえ、もう慣れたことだ。

 

エンジンが唸り、新年にしては疲れた排気が空に流れる。

裏路地を一周して戻ってきたVictorは、無表情のまま降りてきた。

 

「……で、どうだった?」

「値は。」

 

来た来た。

俺は口の端を釣り上げた。

 

「そっちの言い値で良いぜ。年始の贈り物ってことでよ。なんなら今のお前の俺への評価で色付けて――」

 

数秒後、容赦なく買い叩かれた。

 

「どうせそうなるとは思ったよ……」

「言い値だと言ったお前が悪い。」

「商売人の夢ってやつを知らねぇのかよ。」

「知らなくていい夢だ。」

 

……まあ、これだ。

こういう突き放した言い方ができるあたり、Victorの“調子が戻ってきた”証拠でもある。

 

電子契約を交わし、金額を確定させる。

 

「そういえば今日はこのあと積み込みがあってな。初仕事にちょうどいい荷が――」

「それは別契約だ。」

 

にべもない。

 

「わかってるって。言ってみただけだよ。」

 

契約も済み、Victorは一度車内を見渡す。

運転席の手前に広がる、まだ誰も座っていない助手席。

 

俺はその横顔を眺めながら、ふと思う。

 

(……ここに、いつか誰かが座る日が来りゃいいんだがな。)

 

言葉にはしない。

 

俺は商人だ。

Victorと同じ場所に肩を並べる立場じゃない。

あいつが命を張る場所には踏み込めないし、踏み込むつもりもない。

 

取引だって線引きはする。

情けで物は渡さない。

 

だが、商人としての“最低限の後押し”くらいはしてやっても構わない。

 

荒野で生き残るための足一本。

荷を積めるスペース。

無茶をせずに済む選択肢。

 

それだけでも、この男の未来は少し変わる。

その“少し”の先で、こっちにも少しばかりの利益が回ってくるなら――商人としては悪くない投資だろう。

 

「じゃあまたな、Victor。その棺桶、大事に使えよ。」

 

俺が軽口を投げると、Victorは無言でエンジンをかけた。

車体が砂を巻き上げ、ゆっくりと組合の路地へ消えていく。

 

商人と傭兵。

交わるところは少ないが、離れすぎてもいない。

そのくらいの距離感で十分だ。

 

ただ――“あの無愛想な能面野郎のために、隣に座ってくれるヤツが現れますように”ぐらいは、心の隅っこで願ってやる。

 

それが商人としての限界で、そして俺なりの精一杯だ。

 

 

 

 

 




はい。逃げてます。やるべきことから逃げてます。
多分今日は徹夜コースですね。
さすがに今日中に進めるところは進めないとなんで、覚悟決めます。

前々からどこかのタイミングで、主人公の解像度を上げるために設定資料的なのやろうかなみたいなのは考えました。
ただ、第一に誰得だよという、第二にわざわざそれを設定資料にしてまで必要とするなら、それはこれまでの話が描写不足なだけでは?となったので踏み止まりました。
代わりに上記のような話を作りました。
これが英断かやらかしかは読者のみぞ知る。

ただ、一点だけ。
これは今後もイメージをするために必要を感じたので、車両のモデルだけここで明記しておきます。

まず、装甲車はGAZ-2330 ティーグルです。
これの銃座はなしで、また作中では装甲が嵩増しされてます。

輸送車はタイフーン URALです。
これは今のところは特に変更ないかな。

以上。それじゃ、今やるべきことに戻ります。とほほ。



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