Mercs' Frontline   作:発伝記

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・第5話後編のブルート戦前の作戦会議の内容の透明性を修正しました(結局何を基準に判断したの? とか)。
・補話での廃集落の日記に11月22日の項目を追加しました(日記に一日の空白があるのが不自然だったので)。
・同話にて、資料の発見過程や顛末を修正しました。








第11話 2月17日

輸送車が瓦礫帯を抜け切るころには、空はすでに明るくなっていた。

夜の冷えは地表に薄く残っているが、荒野は日中の顔を取り戻しつつある。

遠くの構造物の影がはっきりと地面に落ち、砂と埃は光の下で輪郭を帯びていた。

 

Victorは速度を落とし、目立たない支道へ車体を滑り込ませる。

 

数分後、半ば崩れたコンクリートのアーチが地表に現れた。

旧地下鉄の入口だ。

 

車両をさらに減速させ、暗いアーチの影へと進入する。

照明もない内部は、昼の光を背にしてなお深い穴のように口を開けていたが、Victorは迷うことなくハンドルを切った。

 

車体が完全に陰へ沈むと、余韻の振動がフレームを震わせ、やがて音はすっと消えた。

外気より一段低い冷気が車内へ流れ込み、鉄錆と湿気を含んだ匂いが肌に触れる。

 

Victorはドアを開けた。

 

「降りるぞ。」

 

少女は一瞬、反応遅延を思わせる間を置いてから、既定動作に従うようにドアへ手を伸ばし、音を立てずに車外へ降り立った。

 

階段は砂で埋まり、標識は文字が判別できないほど錆びている。

崩れた段差を降りて内部へ進むにつれ、空気はさらに冷え、砂埃と古い機械油の匂いが混ざり合っていった。

天井の一部は崩落し、露出した梁の隙間から、地上の風が湿った流れとなって地下へ落ちてくる。

 

薄暗い構内を進むうち、少女の動作に小さな変化が生じた。

光量の不足に反応し、視覚センサーが自動調整に入る。

瞳の奥で明度が引き上げられ、微かな発光が彼女の輪郭を淡く縁取った。

 

Victorは構内の奥へと足を進める。

壁際の配電盤に手を伸ばし、スイッチを入れた。

一拍の間ののち、蛍光灯が瞬き、点灯する。

 

廃駅の内部が、静かに姿を現した。

 

油汚れのついた整備机。

壁際に設えられた武器ラック。

わずかに残された資材ケース。

 

必要最低限。

生き延びるためだけに整えられた空間だった。

 

少女は数歩進み、空間を区画ごとに切り分けるように視線を走らせる。

物資、遮蔽、動線。

視線は順序立てて空間をなぞっていた。

 

その動きが、一点で止まる。

 

武器ラックの下段。

擦れた銃床と無骨な形状を持つアサルトライフル――戻るなり、Victorが何も言わずに掛けておいたものだ。

 

少女は一歩、距離を詰めた。

銃には明らかに軍規格外の“調整”が施されている。

 

「……触れるな。」

 

背後から届いた声は低く、抑えられていた。

だが、その奥には冷たい刃のような硬さが潜んでいる。

 

少女は即座に立ち止まり、小さく頷いて視線を外した。

 

振り返ると、Victorが端末と工具箱を抱えて立っていた。

工具箱を床に置くと、鈍い金属音が構内に広がり、すぐに空気へ溶けていった。

 

Victorは端末を操作しながら、少女へ視線を向ける。

 

「立ったままでいい。まず、状態を申告しろ。」

 

命令は簡潔だった。

 

少女は銃を下ろし、姿勢を正す。

視線を正面へ固定した。

 

「自己診断を開始します。」

 

声は均一で抑揚がない。

だが、語句の切り替えにはごく短い遅延があった。

 

「主要駆動系――正常。演算モジュール――高負荷履歴あり。冷却系――一時的な限界超過を確認。現在は安定域に復帰しています。」

 

淡々とした報告が続く。

 

「外装人工皮膚――肩部および腰部に熱劣化。内部フレームーー微小な歪みを検出。稼働率は――」

「いい。」

 

Victorが短く遮った。

 

「数字は後だ。要点だけ言え。」

 

少女は一瞬だけ沈黙し、処理を切り替える。

 

「……戦闘継続は可能です。ただし、同規模の火力行使を再度行った場合、次は自律停止の可能性が高いと推定されます。」

 

Victorは端末の操作を止め、少女を観察した。

 

立ち姿は安定している。

しかし、重心がやや後ろへ逃げている。

 

「原因はオーバーヒートだな。」

 

事実確認のように言う。

 

「はい。」

 

即答だった。

 

「榴弾連続使用と、近接での制圧射撃を同時に行いました。想定外の負荷が――」

「想定外じゃない。」

 

Victorは工具箱を開け、奥から小型の診断器を取り出す。

銃や車両の電装を診るための、ありふれた汎用品だ。

 

「“可能だからやった”。違うか?」

 

少女は否定しなかった。

 

「当該状況下では、あの行動が最適解でした。」

「結果論だ。」

 

Victorは診断器を少女の肩口へ近づける。

熱は引いているが、表面にはわずかな歪みが残っている。

 

診断器を下げ、少女を一瞥した。

 

「最適解でも壊れたら終わりだ。次はない。」

 

少女は、わずかに視線を下げた

 

「……理解しています。」

 

Victorは工具箱を閉じた。

 

「型番を言え。」

「SST-05A2。」

「通称。」

「XM29 OICW。」

 

Victorは一瞬だけ眉を動かす。

 

「……それが名前か?」

 

少女は即座に否定も肯定もしない。

 

「厳密には、私に紐づけられた主武装の名称です。ただし、識別上は同一のコードとして扱われています。」

 

Victorは短く鼻を鳴らす。

 

「紛らわしいな。」

「便宜上の呼称です。」

「……まあいい。」

 

間を置かず、声の調子が変わる。

 

「昨日、なぜ自主的に動いた。拘束は解除していなかったはずだ。」

 

少女はわずかな静止ののち、淡々と言葉を選ぶ。

 

「はい。私は廃棄処分を前提とした資産です。ただし、処分完了までの間、“不要な損耗を回避する行動”のみが許可されています。」

 

視線がほんのわずかに落ちる。

 

「輸送車停止時の襲撃、包囲の成立、外敵由来の衝撃――あの時点で、私は“回収不能な破壊”に至る確率が高いと判断しました。そのため、自律的な戦闘介入を選択しました。」

 

Victorは少女を見据えたまま、問いを投げる。

 

「その判断権は、俺の所有になった今でも有効か?」

 

数秒の沈黙。

内部処理の切り替えが、視線の揺れとして表に出る。

 

「……再定義が必要です。」

「どういう意味だ。」

「自己保存アルゴリズムは、管理主体に紐づいています。現在の管理主体は――あなたです。」

 

Victorは端末を操作しながら、視線だけを向ける。

 

「俺が“壊れろ”と命じれば?」

「その場合、自己保存は無効化されます。」

「抵抗は?」

「ありません。」

 

虚勢も悲壮もない。

ただ、仕様を読み上げるような平坦さだった。

 

Victorは端末へ視線を戻し、数秒だけ操作を続ける。

沈黙は責めるためのものではなく、判断を組み立てる時間だった。

 

「今ここで厳密な制限は決めない。実戦で状況を見てからだ。」

 

稼働ログ、排熱履歴、弾薬消費量。

簡易だが、判断に足る情報は揃っている。

 

「長所は明確だ。火力、精度、演算速度。正面戦闘なら、俺一人より遥かに強い。」

 

少女は何も言わない。

 

「弱点もはっきりしている。継戦能力が低い。過負荷時の自己制御が甘い。それと――判断が常に“最大効率”に寄り過ぎている。」

 

少女の指先が、わずかに動いた。

 

「損耗よりもその場での結果を優先する。今までの管理体系なら、それは最適だったかもしれん――だが、これからは違う。」

 

Victorは一歩距離を取って続ける。

 

「これからの運用方針だ。原則は一つ。オーバーヒートは許容しない。継戦能力が低い以上、温存が前提だ。」

 

少女は黙したままだ。

だがその直後、ごく短い遅延ののちに、口を開いた。

 

「当該制限は、敵の無力化速度を低下させます。結果として、戦闘時間の延伸が予測されますが……」

 

あくまで“事実の提示”であって、反論の色はない。

Victorは一拍置いてから、完全に少女へ向き直った。

 

「時間が伸びるのは問題じゃない。途中で止まる方が問題だ。止まった時点で、お前の火力はゼロになる。」

 

少女は再び沈黙した。

内部で処理が走っているのが、視線の揺れで分かる。

 

「お前の役割は、“単独で”前線を擦り潰すことじゃない。“俺と”押し上げるための余地を作ることと、射線の空白を補うことだ。」

 

言葉を区切る。

 

「火力は、戦線をひっくり返すための切り札になる。例外はあるが、最初から均しに使うな。」

 

少女は遅れて、処理を終えたように首を縦に動かした。

 

「命令優先度を再設定しました。」

「よし。」

 

Victorは端末に要点を打ち込むと、少女を見据える。

 

「行動に当たって、識別名が必要だ。」

「新規コードですか。」

「呼び名だ。」

 

短く訂正する。

 

「指定を。」

 

数秒の沈黙。

 

Victorの脳裏に、昨夜の光景がよぎった。

月明かりの下、闇を裂いて立っていた輪郭。

 

「……Selene。」

 

少女はその音を、内側で反芻するように黙した。

 

「……承知しました。新たな識別コード――『Selene』。以後はこれに従い応答します。」

 

Victorは端末に名前を登録した。

 

「質問は。」

「一点あります。」

「言ってみろ。」

「貴方を何と呼べばよろしいですか?」

 

Victorはすぐには答えず、肩をすくめる。

 

「好きに呼べ。」

 

しばしの演算の間を置いて、Seleneが口を開いた。

 

「では――隊長、と。」

 

Victorは一瞬黙った。

かつて別の声で呼ばれた同じ呼称が、耳の奥で反響する。

 

「ご不満でしたか?」

 

首を小さく傾げてこちらをうかがうSeleneに、ふと我に返る。

 

「……いや、それでいい。」

「承知しました。以後、隊長と呼称します。」

 

Victorはそれ以上触れず、話を切り替えた。

 

「装備と整備具は外で揃える。要求はあるか?」

「要求は三点あります。」

「言え。」

「第一に、専用メンテナンスツール一式。現行の汎用診断器では、冷却系再調整および演算統制部の精査が不十分です。」

 

Victorは端末に入力を始める。

 

「第二に、榴弾弾薬の規格確認。現状で使用可能なのは、旧軍規格の20mm低初速榴弾のみ。流通品との互換性は限定的です。」

 

顎で続きを促す。

 

「第三に、予備バッテリーに冷却モジュール、または外部放熱補助。現状のままでは、連続稼働時間に明確な上限があります。」

 

一通り入力を終えると、端末を操作しながら短く言った。

 

「了解した。全部揃えるには時間が要る。」

 

Victorは端末の通信欄を開き、短い文面を打ち込む。

 

添付されたのは、必要な部品リストと弾薬規格。

加えて整備用ツール一式――流通品で代替できそうなものと、そうでないもの。

 

個人装備欄には、防弾ベストと軽量プレート。

サイズ指定と可動域の優先条件。

耐弾性能は過信しない前提で、重量と熱籠りを抑えた構成。

 

現在地周辺の座標だけを示し、送信する。

 

既読が付くかどうかは確認せず、端末を閉じた。

 

「しばらくここで待機だ。」

「了解しました。」

 

Seleneはその場で直立したまま待機に入る。

銃は安全装置がかかった状態で保持。

視線は構内全体を緩やかにカバーしつつ、Victorの動線だけを外さない。

 

Victorは一瞥だけでそれを確認すると、構内奥へ歩く。

整備机の脇に腰を下ろし、端末の記録欄を開いた。

 

日付、依頼内容、区分、結果。

いつもの要領で淡々と入力していく。

 

 

[2065-02-17-08:45]

区分:任務

状況:依頼任務「軍用品輸送」完了

依頼人:交易組合員

経過:2065-02-16~2065-02-17

11:50 指定倉庫到着、仲介人と接触。軍用品木箱群および試作戦術人形を積荷として確認

12:05 積み込み完了、輸送開始

17:40 廃鉱山補給所跡に到達。野営地点として使用を決定。周囲偵察および防御配置開始

18:30 配置完了、野営開始

19:10 食事・武装点検ののち待機

01:15 東側より不審接近を感知

01:18 北側にて音罠作動。複数方向からの接近を確認

01:25 傭兵残党(10余名)と推定、交戦に移行

01:40 敵勢撤退への移行を確認直後、南側信号筒作動

01:43 E.L.I.Ds群(中~大規模)の流入を確認。遮蔽内での潜伏を選択

01:49 積荷であった試作戦術人形が自律的に戦闘行動を開始

01:54 戦術人形、高負荷による熱限界で一時行動停止。当方が回収・防護に移行、再交戦

01:57 当方および戦術人形による連携戦闘を再開

02:01 主戦闘終結、敵対勢力の統制崩壊を確認

02:11 周辺巡回ののち、残存勢力およびE.L.I.Ds残党を排除

02:20 積荷・車両の健全性を確認、現地離脱

06:30 集配施設到着

06:45 引き渡しおよび端末署名完了

結果:報酬受領済み(報酬一部代替として試作戦術人形を譲渡取得)

損耗:軽度

車両:外板歪形(側面:小)

弾薬消費:中

備考:戦術人形「Selene(主武装:XM29 OICW)」加入。所見:当該戦術人形は短時間で高い制圧力を発揮するが、高負荷時に冷却限界による行動停止を確認。以後、長時間連続運用は避け、即応・局所制圧用途として行動指針を調整する。要経過観察。

 

 

――保存。

 

端末を閉じると、再び構内は静かになった。

蛍光灯の安定器の低い唸りと、遠くで崩れた梁が鳴る乾いた音だけが響く。

 

時間が、ゆっくりと過ぎる。

 

Victorは最低限の装備確認と弾倉の入れ替えを済ませ、それでもまだわずかに余った時間を無言でやり過ごした。

 

Seleneは一度も姿勢を崩さなかった。

姿勢制御は完璧で、呼吸の必要もないその存在だけが、この空間に“停止”という概念を固定しているようだった。

 

やがて、端末が短く震える。

Victorは画面を確認し、立ち上がる。

 

「……行くぞ。」

 

Seleneが即座に応じる。

 

「了解。随伴行動に移行します。」

 

姿勢を崩さないまま歩き出し、Victorの半歩後方へぴたりとつく。

整備机の灯りが切られ、蛍光灯が一瞬だけ明滅する。

地下駅の空気が揺れ、二人分の足音だけが静かに響いた。

 

暗いアーチを抜け、地上の光が広がる。

 

Victorは運転席に乗り込み、エンジンをかける。

Seleneは助手席へ座り、静かに前方を見据えた。

 

輸送車は砂を巻き上げ、静かな隠れ家を後にした。

 

 

 

 

 

イエローエリア南端、高架下の倉庫街。

 

Victorは輸送車を倉庫群の端に停めると、そのままSeleneを伴い、影の多い通路へと歩を進めた。

 

錆び付いた鉄骨が縦横に走る高架の下は、昼でもなお薄暗く、陽光は鈍い灰色に濁って届くだけだった。

 

ひとたび足を踏み入れれば、空気の質そのものが変わる。

油と埃が入り混じった匂いが重く沈み、呼吸のたび、肺の奥へざらつきが張りつく。

風が吹けば、鉄粉を含んだ細かな粒が舞い上がって肌に触れる。

 

倉庫群の奥へ進むにつれ、低い金属音が響き始めた。

 

鉄骨を叩く規則的な衝撃音。

どこかで唸る粗悪な発電機の低い振動。

それらが混ざり合い、都市の死骸の奥底から鳴り続ける心臓の鼓動のように、くぐもった律動を空間全体に漂わせていた。

 

Victorの歩調は一糸も乱れず、その半歩後方に続くSeleneもまた、誤差のない足取りで同じテンポをなぞる。

 

Seleneの瞳は、左右の影に潜む微細な動きまで拾い上げるように巡り、Victorはただ前だけを見据える。

互いの視線は交わらない。

だが、鉄屑を踏む二人の足音だけが、奇妙なほど正確に重なっていた。

 

やがて、奥の倉庫の入口――錆びたシャッターの影に背を預けていた人影が、彼らを認めて口笛を吹いた。

高架に反響する軽薄なその音が、湿った空気を裂いて響く。

 

「おいおい……」

 

人影――Rezoが大げさに両手を広げる。

口角を上げた顔には、いつものように悪びれのない笑み。

余裕と虚勢の境界で器用に均衡を取った、商人特有の面構えだった。

 

「仲間を作れとは言ったがよ……まさかお前が女を連れてくるとはな。荒地に花が咲く日が来るとは、こりゃ天変地異の前触れか?」

 

Victorは足を止め、無駄な間を作らずに返す。


 

「戦術人形だ。」

 

短くも断ち切るような声音に、Rezoは肩をすくめて笑った。


 

「そう来たか。まったく、お前らしいぜ。弾薬の発注量がバカみてぇに増えたのも、そういうわけだな。」

 

彼の視線は、自然な流れでSeleneへと移る。

しかしそこに宿るのは純粋な興味ではない。

商売人が“価値”を測るときの目だった。

とはいえ、必要以上には踏み込まなかった。

 

Seleneは視線を返さない。

ただ周囲警戒の片輪でRezoの存在を認識するだけだ。

 

Victorは視線だけを倉庫内へ向け、床に積まれたパレットへ目を落とす。

整然と積まれた木箱の列。

封は固く固定され、番号札と管理票が丁寧に括り付けられている。

 

弾薬、防具、補修部品。

見慣れた代物だが、整然と積まれたそれらは、雑多な裏市場の品とは明らかに違う“仕事”をしていた。

 

Rezoが指を鳴らすと、物陰に控えていた部下たちが前へ出てくる。

封を切る工具が鳴り、木箱の固定が順に外されていった。

 

「しっかしな……いきなり“榴弾”まで山ほど注文しやがって。最初にリスト見たときは、てっきりどっかで戦争でもおっ始める気になったのかと思ったぜ。」

 

その声音には半分冗談、半分本気の警戒が滲んでいる。

指でリストの欄を軽く弾く。

 

「俺の倉庫の在庫、きれ~いに赤字ラインまで削ってくれたからな? 前借りまでして補充に走り回った俺の苦労、多少は労ってくれよ。」

 

Victorは淡々と返す。

 

「必要だった。」

「へいへい。それもそこの嬢ちゃん関連だろ。名前は?」

「Selene。」

 

Rezoが片眉を上げる。

 

「……あんたが付けたのか?」

「……そうだが。」

 

ほんの半拍の間。

次の瞬間、Rezoの口角が、あからさまに釣り上がった。

 

「へえ?」

 

露骨に面白がる声色。

期待していた以上の玩具を見つけた子供のような顔で、Victorを覗き込む。

 

「ま、あんたにしては上出来だな。随分洒落た名前じゃねぇか、月の女神様とはよ。」

 

ニヤついたまま片方の眉だけ上げる。

 

「なのに注文内容がこれだ。花束どころか、最初のプレゼントが“爆薬”ってのはなかなかの趣味だぜ。」

 

Seleneは無表情のまま立っている。

 

「必要だった。」

「はいはい。どうせ“必要だった”で大体片付くのはわかってるよ。」

 

Rezoは片手をひらひらと振ると、一度話を区切った。

 

「――で、ロマンチックな名付け親さんよ。実際のところ、どんな“娘”なんだ? 見た目は上々だが、注文内容だけ見ると……相当“癖が強ぇ”ぞ。」

 

Victorは簡潔に答える。

 

「癖はある。だが、その分だけ強い。」

「具体的に。」

「企業秘密だ。」

「つまり、これから“試験運用”ってわけだな。いつまで使うつもりだ?」

 

Victorがわずかに眉を寄せる。

 

「なぜそこまで知りたがる。お前には関係ないだろう。」

 

その問いに、Rezoは即座に返さなかった。

代わりに、煙草でも挟むような仕草で片手を宙に掲げる。

 

「関係なくはねぇさ。」

 

軽口の調子はそのままだが、声色だけが一段落ちる。

 

「弾薬の継続供給。整備ツールの手配。場合によっちゃ、冷却系の代替品探しや改修用の部材も“継続案件”になる。」

 

靴先で木箱を軽く叩く。

乾いた音が倉庫の空気に溶けた。

 

「一度っきりの道楽で終わるなら、こっちも無理に在庫を削る必要はない。けど――」

 

視線がSeleneへと流れ、またVictorへ戻る。

 

「これからもしばらく一緒にやる気があるなら、話は違う。商売ってのはな、客の“明日の顔”まで見ておかねぇと立ち行かねぇんだわ。」

 

Rezoの言葉が倉庫の空気に沈む。

 

しばしの沈黙。

 

Victorはほんのわずかに視線を落とし、それから答えた。

 

「……長期的な運用も、視野に入れている。」

 

言葉は淡白だが、曖昧さは残していない。

 

「必要だから拾った。必要だから使う。必要が続く限り一緒にいる。あとはこいつ次第だ。」

 

Rezoはわずかに目を細める。

 

「“必要が続く限り”、か。」

 

顎を掻きながら笑う。

 

「ま、今はそれぐらいで勘弁してやるよ。」

 

そう言うと、今度ははっきりと“商売人”の目に切り替える。

 

「それならなおさらだな。継続運用する気があるんなら、最初にハッキリさせとく必要がある。弾、補給、整備。どれも“普通の人形”基準じゃ済まねぇ。」

 

Rezoはリストを軽く掲げ、肩を竦める。

 

「榴弾に関しちゃ、規格は古いし数は少ねぇ。戦場にばら撒いて拾える代物でもない。撃てば撃つほど先細りだ。」

 

次に別の箱をつま先で叩く。

 

「整備ツールの方も面倒だぞ。互換品で騙し騙しやれるのは最初だけだ。専用ツール、コア部品、冷却系の代用品――どれも探さなきゃ出てこない物ばっかりだ。」

 

半笑いのまま、わざと軽い調子で吐き出す。

 

「つまりだ、“強い娘”のお世話には、金も手間も骨も折れるって話だ。」

 

Seleneは黙って立っていた。

 

自分の身体についての話であることは理解している。

だが、その評価権限は“管理主体”に属すると、彼女は認識していた。

それは“自分が判断すべき事項ではない”と言わんばかりに、何の反応も示さなかった。

 

「想定内だ。」

「そりゃ結構。」

 

Rezoは満足そうに手を叩いた。

 

「で、だ。一回嬢ちゃん借りてくぞ。」

 

悪戯を企む子供のような表情で、口の端を釣り上げる。

 

「初デートのために、めかし込まなきゃな。」

 

Seleneはわずかに瞬きをしただけだった。

意味を計算してはいるが、情緒としての理解は伴っていない。

 

「何をするつもりだ。」

「安心しな。“バラし”はしねぇよ。」

 

Rezoは肩をすくめ、軽口を保ったまま言う。

 

「現状把握だ。“机上の注文”だけで商売なんざできねぇ。可動域の最終確認に装備の合わせ。本当に必要なもんと、“お前がまだ気づいてねぇ不足”を洗う。」

 

Seleneが振り返る。

表情は変わらないが、視線だけがVictorへと向けられた。

許可を求めている。

 

Victorは短く息を吐き、わずかに顎を引く。

 

「……行け。」

 

Seleneは一拍の処理を挟んで応じた。

 

「了解。」

 

Rezoに連れられ、Seleneは倉庫のさらに奥へと姿を消した。

残されたVictorは倉庫の外周へ視線を巡らせたのち、壁にもたれて静かに待った。

 

時間だけが過ぎていく。

 

遠くの発電機が低く唸り、鉄骨が軋む音が規則的に響く。

男たちの足音、箱を運ぶ音、何か金属を調整する乾いた音。

そのどれもが、彼には背景音にすぎなかった。

 

やがて、倉庫の奥から雑踏が薄くざわめく。

複数人の声が動き、何かを見て感嘆する気配。

次いで、

 

「――さあ、お披露目だ。」

 

Rezoの声。

 

Victorは壁から身を離し、視線を向ける。

暗がりを抜けて、二つの影が現れた。

 

最初に照明を受けたのはSeleneだった。

昨日までの「拾われたまま」の姿ではない。

細部が整い、余分な埃や損耗の痕跡は取り除かれている。

軽量の耐弾プレートを仕込んだジャケットが体幹を守り、過剰ではない範囲で機能性を纏わせている。

 

しかし、同時にただの軍装には落とされていなかった。

色味のバランス、ラインの取り方、わずかな装飾の選択。

それらは明確に、「戦術人形」という枠に留めず、「少女」という像へ、ほんの少し重心を寄せていた。

 

髪は整えられ、わずかに光沢を取り戻している。

首元には過度ではない布地の柔らかさが加えられ、

腰回りのラインは“装備”でありながら“衣服”として成立するよう整えられている。

 

実用一点張りではない。

だが、飾りすぎてもいない。

 

Seleneは静かに立っていた。

 

姿勢は変わらない。

表情も基本は無機質のまま。

だが、どこか存在として整理され、輪郭を与えられた印象があった。

 

Rezoが大げさな仕草で手を広げる。

 

「で、感想は?」

 

Victorは数秒黙り、眉をわずかに寄せる。

 

「……無駄が多い。」

 

それが、最初に出た言葉だった。

 

「防護としては基準を満たしている。必要な箇所は守っているが、装飾、色味、ライン――全部余計だ。」

 

淡々と切り捨てる声。

 

Seleneは無言。

ただその横顔を、静かに向けるだけだ。

 

Rezoは左右に指を揺らしながら、舌打ちを三度、軽く鳴らす。

半ば呆れ、しかし楽しげな目のままVictorを見据えた。

 

「わかってねぇなぁ、お前。」

 

笑い混じりの声音の奥に、商売人の冷静さが混じる。

 

「戦術人形を“ただの兵器”として連れ歩く気なら、それでもいい。だけどな――お前が隣に歩かせる“意味”がそれで済むのか?」

 

一歩近づき、顎でSeleneを示す。

 

「この子は銃でも盾でもねぇ。“人型の戦力”だ。“人”の形で存在してるってことに、コストが払われてるんだ。 」

 

言葉に棘はない。

だが、確かな実感があった。

 

「見た目は情報だ。態度はメッセージだ。“どんな風に扱われてるか”ってのは、場面次第で信頼も警戒も、それに取引条件さえも左右する。それは戦力の見栄えじゃない。“持ち主としての信用”の話だよ。」

 

Rezoは最後に指を鳴らす。

 

「それに――」

 

悪戯めいた笑みを戻す。

 

「“女の子”は、ちゃんと“女の子”として扱ってやれ。戦場だろうが荒野だろうが、それは変わらねぇよ。」

 

Seleneは、ただその会話を聞いていた。

 

だが、ほんの少し。

ほんの、ほんのわずかだけ。

視線がVictorの顔へと流れる。

 

Victorはしばらく黙っていた。

否定しない。

肯定もしない。

ただ、一度だけ深く息を吐いた。

 

そして、短く結論を出す。

 

「……耐用は削るな。」

 

Rezoは笑った。

 

「もちろんそこは妥協してねぇよ。実用を保ったうえで“見た目を与えた”だけだ。安心しな。」

 

Seleneが静かに口を開く。

 

「機能性に重大な欠損はありません。可動域も維持されています。」

 

間を置いて――。

 

「……外装評価については、判断を保留します。」

 

Victorは思わず息を詰め、Rezoが吹き出した。

 

「ほらな。ここから“育てる”んだよ、隊長さん。」

 

倉庫の空気が、少しだけ柔らいだ。

 

Rezoが手を叩く。

 

「――さて、本題に戻ろうか。」

 

その合図ひとつで、倉庫内の空気が再び“仕事”のそれに切り替わった。

物陰に控えていた男たちが動き出す。

 

木箱が次々と外の台車へ積まれ、そのまま外で停車しているVictorの輸送車へと運ばれていく。

鉄が擦れる音、木箱が積まれる鈍い衝撃音が、倉庫群に重く響いた。

 

Rezoは歩きながら指先で箱を叩いていく。

 

「発注分。弾薬――通常弾、増加装薬、非正規流通の旧規格榴弾。合計、目ぼしい量は全部かき集めた。」

 

箱の表記に貼られたマークを軽く叩く。

 

「欠品はねぇ。ただし数は約束できねぇジャンルだ。補充は運次第。まあ、その辺はあんたもわかってるよな?」

 

Victorは無言で頷く。

 

別の箱が前に突き出される。

 

「次、ツール一式。代替可能なのは流通品、必要最低限は押さえた。ただし“本来の専用品”は、まだ探す必要がある。」

 

言い終わる前に、もうひとつ。

 

「外部放熱補助モジュール。再生品だが、状態は悪くねぇ。無いよりは遥かにマシってやつだ。」

 

最後に、少しだけ声を軽くした。

 

「――それと、服。」

 

Seleneの肩口をひょいと指先で示す。

 

「見た目に金を出すってのは、案外“贅沢”じゃなくて“投資”なんだよ。覚えとけ。」

「………ああ。」

「――で。」

 

空気がわずかに引き締まる。

 

「金の話だ。」

 

男たちの視線が一瞬だけこちらを見る。

だが手は止めない。

商売の場に付き物の緊張だ。

 

「弾薬、流通困難、プレミア扱い。ツール一部特注、手配コスト込み。モジュール、整備済み保証付き。装備、サイズ調整、人件費。合算で――」

 

Victorに帳面を手渡して見せる。

 

「――相場より少し上。ただ、“利子込み”でかなり抑えたつもりだ。」

 

Victorは少しだけ沈黙し、帳面に目を通す。

 

「まあ、それでも安くはねぇわな。でも、“安物じゃねぇ”ことは保証する。」

 

Victorは一瞬だけRezoを見据え、端末を掲げて送金の承認を通す。

Rezoがニヤリと笑って受領書を差し出した。

 

「取引成立だ。」

 

Victorは受領書を折り畳み、無言でポケットに仕舞う。

それが彼にとって唯一の反応であり、会話を締めくくる仕草だった。

 

「じゃあな。また来いよ。」

 

Rezoは帳面を脇に押しやり、笑みをさらに深めて手をひらひらと振った。

 

「次は天変地異の続きでも聞かせてもらうさ。」

 

Victorは軽く顎を引くだけで別れを済ませ、そのまま踵を返した。

 

SeleneはVictorの後に続く前に、Rezoに向き直って控えめに一礼する。

Rezoは目を丸くし、それからくつくつと笑った。

 

「……ったく、律儀なお嬢ちゃんだ。」

 

二人の背を見送りながら、ほんの少しだけ肩を竦める。

 

「イエローエリアは、今までよりちょっとだけ――いや、だいぶ楽しくなるかもな。」

 

誰に聞かせるでもない独り言が、倉庫の陰へ溶けていった。

 

ほどなくして。

高架の影に停められていた輸送車のドアが閉まる音が響き、間もなくエンジンが静かに目を覚ます。

 

鉄骨に低い唸りが反響し、やがてその音だけを残して、車は倉庫街から遠ざかっていった。

 

 

 

 

 




はい。無事に戻ってくることができました。11話です。
できれば卒論はもう二度と書きたくないです。クソイベです。
でもまあ、今は心なしか体が軽い軽い。あとは単位を取るだけですね。気は抜けませんが。

さて、ようやく物語が進み始めました。とはいえしばらくは二人の話になります。
草案の時点では、加入→運用方針決定→初任務→Rezoとの取引→~、という流れだったんですけど、装備も整えずにいきなり初任務ってどうなん? となったので急遽入れ替えになりました。
その影響で初任務内容や今後の展開運びにも調整を加える必要が出てきたのですが、そこはまた頭を抱えつつ慎重に進めていこうと思います。
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