Mercs' Frontline   作:発伝記

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第12話 2月18日

補給集積所の空気は、朝にしては妙に重かった。

往来を遮る柵の内側では、まだ冷え切らない夜の気配に、油と鉄の匂いが入り混じっている。

時折、遠くでは甲高い金属音が響いた。

 

フォークリフトが走り、兵士と作業員が指示を交わしながら行き交っている。

どこも忙しなく動いているが、慣れているのだろう。

騒がしい中で、動きは秩序立っていた。

 

柵の内側には、色褪せたコンテナが幾段にも積み上がり、その隙間を埋めるように仮設バラックと燃料タンクが窮屈そうに押し込められている。

夜通し焚かれていたらしい簡易照明がまだ落とされず、白い光が湿り気を残した地面に鈍く滲んでいた。

 

Victorは受領台の端末に電子署名を済ませると、短く確認の言葉を受け取り、そのまま荷役区画へ歩いた。

 

積み荷はすでに台車に積まれ、封印シールごと管理番号が貼られている。

医療品と精密機器――いずれも、落として無事に済む類のものではない。

 

作業員が台車を押してくるのを見て、Victorは軽く顎を引いた。

 

「そっちを先に積め。重いほうを奥、軽いほうを後だ。固定は二重に。」

 

作業員は一瞬だけ彼を見たが、何も言わず素直に従い、順に固定具を掛けていく。

金属の締め具が軋む音が数度、静かに積み荷へ噛みつく。

 

Seleneは、その様子を黙って見ていた。

視線は荷の位置から固定具のテンション、揺れやすい箇所を順に走査していく。

無機質な瞳が、その間じゅう一点も揺れなかった。

 

やがて最後のベルトが固定され、作業員が手袋を払う。

 

「積み込み完了。固定確認済み。外装破損なし――シールも生きてる。……あとは無事に届けてくれさえすれば、それでいい。」

「ああ。」

 

短い応答だけ残し、Victorは運転席側へ回る。

Seleneもそれに従い、助手席に向かった。

 

Seleneが座るのを横目に確認して、Victorは口を開いた。

 

「出発前に一点、方針を明確にしておく。」

 

Seleneは即座に姿勢を正す。

 

「交戦時の判断は全部俺が下す。お前は俺の指示を優先しろ。」

 

少しの間をおいて続ける。

 

「ただし、状況に齟齬を感じたら“提案”はしていい。戦闘前なら全部聞く。戦闘中なら要点だけ言え。そのうえで採用するかは、俺が決める。」

 

Seleneの瞳が一瞬だけ微細に揺れ、すぐに固定される。

答えは短く、淀みがなかった。

 

「了解しました。戦闘時、最優先は隊長命令。必要時のみ、要点のみの提案を行います。」

 

Victorは軽く頷く。

 

「それでいい。俺の指示で動く限り、責任は俺が持つ。」

 

余計な言葉はなかった。

命令と受諾、それだけが整然と並ぶ。

 

ゲートの警備兵が手を上げ、柵が動き始める。

鉄骨が擦れる音が、淡く朝の空気へ溶けていった。

 

「出るぞ。」

「了解。」

 

シートベルトの金具が鳴り、エンジンが低く唸る。

輸送車はゆっくりと動き出す。

 

補給拠点の敷地を離れた瞬間、荒野の風が車体を叩いた。

 

輸送車が砕けた路面を踏みしめるたび、鉄板の内側に鈍い振動が広がる。

振動はすぐには消えず、車内の骨格を何度か往復してからようやく溶ける。

それが一定の間隔で繰り返され、鼓動の代わりのように車内へ染み込んでいた。

 

砂を巻き込んだ風が窓を叩く。

だが、その音さえ単調で、次第に音というよりもただの圧に近くなっていく。

窓の外は灰色に揺れ続けるが、その揺れすらも同じ波形をなぞっているようだった。

 

Victorは前方だけを見据え、速度をぶらさない。

ハンドルを握る掌に伝わる振動は、常に同じ強さで続き、

そこにわずかな変化が混じるたび、意識が自動的に拾い上げる。

 

助手席のSeleneも、同じように正面を向いている。

だが、見ているものは同じではない。

虹彩の奥で微細な収束と開放が繰り返され、そのたびに視覚センサーのレンジが切り替わる。

外では砂が流れ、内では演算が静かに巡っていた。

 

「……前方八百メートル圏内、熱源反応なし。遠距離感知、砂塵の影響で確度低下――現在、七割未満。」

「続けろ。」

 

それきり会話は途切れた。

言葉を挟まなくても成立している“役割”だけが、車内を満たし続ける。

 

時間の感覚はすぐに曖昧になる。

数十秒か、数分か――判断すら無意味に感じられるほど、車内の空気は均一なままで、どこにも揺らぎを作らせない。

 

ただ任務だけが前へ進み、車両だけが灰色の地平を削り続けていた。

 

 

 

 

 

風が一段荒くなり、砂塵が斜めに流れ始めた頃だった。

静寂を断ち切るように、Seleneが口を開いた。

 

「……前方、距離八百二十。熱源、複数。稼働兆候、低。」

 

Victorは視線を前から外さない。

 

「規模は。」

「五から七。遮蔽物重複により確定不可。」

 

結論に迷う余地はなかった。

 

「……迂回する。」

「了解。」

 

輸送車は路面から外れ、斜面沿いへ進路を移す。

砂を噛んだタイヤがわずかに跳ね、車体が鈍く揺れたが、速度は崩れない。

 

「熱源、こちらの進路に追従なし。監視行動の可能性、低。」

 

少なくとも、こちらを誘導してくる気配はない。

ならば、わざわざ踏み込む理由もなかった。

 

やがて熱源は検知圏から外れた。

風の音だけが残る。

 

荒野は何事もなかった顔で横たわり、走行音と砂の擦れる音だけが流れていく。

ただ緊張だけが、薄い膜のように車内に残り続けた。

 

それでも時間は進む。

数百メートル、あるいはそれ以上。

体感では判断のつかない距離を、輸送車が削っていく。

 

風はやや落ち着いたが、視界は相変わらず灰色の揺らぎに濁っている。

鉄板を伝う微振動と風圧だけが、淡々と任務の現在地を刻み続けていた。

 

 

 

 

 

それからまたしばらくして。

Seleneの虹彩が、再び細く絞られた。

 

「――前方、距離六百。熱源、複数。交差路付近の窪地に集中。」

「数。」

「八前後。位置は固定傾向。……待ち伏せの確度、高。」

 

Seleneの報告を受けて、Victorは視線だけで荒野を切り分ける。

 

地形はわずかに沈み込み、進路は自然と窪地へと収束する。

左右の高地は崩落が進み、大きく外すには負担が大きい。

通れる道は、事実上そこしかなかった。

 

さらに追い討ちをかけるように、さきほどの迂回で、行程には既に余裕がなくなっていた。

来た道を戻ろうにも遠回りは避けられず、確実に遅延する。

 

――今度は避けられない。

 

「……他に反応は。」

「周辺六百メートル圏内、熱源なし。移動反応も確認できず。」

 

報告が落ちる。

 

Victorは言葉を挟まなかった。

舵を保ったまま、前方の地形と進路を頭の中で組み替えていく。

即座に残すべき選択肢だけを拾い上げ、不要なものを切り捨てる。

 

数秒にも満たない間に結論は固まった。

 

「一旦あそこで止める。」

 

遮蔽にできる地形の縁を選び、車体を滑り込ませる。

角度を細かく調整し、正面と側面の射線を最小限に切る。

ブレーキが踏み込まれ、車体が止まった。

 

Seleneが顔を向ける。

 

「交戦に移行しますか?」

 

Victorは簡潔に応じる。

 

「ああ。だがまずは、待ち伏せの前提を潰す。向こうの土俵に付き合う道理はない。」

「……指示を。」

「はじめに位置を取る。」

 

言葉と同時にドアが開いた。

遮蔽にできる岩塊の陰まで、最短距離で移動する。

輸送車は彼のすぐ背後に残しつつ、射線の延長線上からは意図的に外してある。

 

Seleneも遅れずに車外へ降り立つ。

足音は最小限。風の音に紛れる程度。

 

Victorの半歩後方へ自然に位置し、遮蔽の角度だけを微調整して視界を確保した。

 

「敵位置、維持しています。反応に変化なし。」

 

Victorは短く息を吐き、前方を指で示した。

 

「榴弾だ。頭上で炸裂させて炙り出せ。出てきたやつは俺が落とす。準備が出来次第始めろ。」

「了解。」

 

Seleneが銃口を持ち上げる。

瞳の奥で演算が起こり、距離と風の変動、炸裂高度を瞬時に算出する。

 

「射撃、開始します。」

 

発射音は短く鋭い。

直後、荒野の空気がはじけた。

 

一発目。

瓦礫の陰、その“すぐ上”で白い衝撃が弾ける。

砂が吹き飛び、破片が降る。

遮蔽に潜んでいた影が反射的に身を伏せ、姿勢を崩した。

 

続けて二発、三発。

今度はわずかに横へずれた位置。

炸裂した衝撃が、窪地の形そのものを叩き起こすように上下へ広がる。

窪地全体が、もはや“隠れる場所”ではなくなった。

 

耐え切れずに影が飛び出す。

Victorの指は、既に引き金へ触れていた。

 

一人、砂へ沈む。

もう一人、足を取られて転げ出るところを胸元ごと撃ち抜かれる。

 

間髪入れずに四発、五発。

炸裂の度に影が遮蔽から追い出され、続く短い連射で一人、また一人と刈り取られていった。

 

しかし、それでも完全には崩れなかった。

依然としていくつかの影は、遮蔽の奥にしがみついている。

榴弾の直撃圏を避け、最低限だけ姿勢を低く保ち、飛び出すでもなく、無闇に撃ち返すでもなく、反撃の機会を待っていた。

 

「……反応、半数以下に減少。ですが、残存個体の退避行動、見られません。尚も遮蔽を維持。」

 

Victorが息を整えながら告げる。

 

「ここからは詰める。」

 

Seleneは視線だけでVictorに確認を求めた。

 

「援護に移行しますか?」

「ああ。射撃モードを通常に戻せ。射線を維持しつつ、退路になりそうな位置も押さえろ。……俺の動線には被せるな。」

 

Seleneが一瞬だけ演算を切り替える。

 

「推奨接近ルート、右三十度。地形の陰、射線遮断率七割――接近に有利です。」

「……採用する。」

 

返答と同時にVictorは遮蔽から離れた。

姿勢を低く保ち、砂を踏み締めながら距離を詰めていく。

 

背後で銃声がひとつ落ちた。

間を置いて、もう一発。

 

連射ではない。

それでも、その静かな間合いまでもが射撃の一部として整っており、それ自体が容赦のない規律として貼りついた。

 

弾丸は遮蔽の縁だけを正確にえぐる。

石片と砂が細かく弾かれ、顔を上げるという行為そのものが“許可されていない”ことを思い知らされる。

 

退路へ繋がる外周にも、必要な位置だけに弾が落ちていく。

無駄撃ちはない。

それだけで、逃走の可能性は失われていく。

それは射撃というより、残せる行動を一つずつ削り落としていく作業に近かった。

 

そして――限界に触れた影が、砂を蹴って飛び出す。

 

Victorは前進を止めない。

視界の端でその動きを捉えつつも、役割の優先順位を変えなかった。

 

代わりに、Seleneの射線が一瞬でそこへ吸い寄せられる。

ほんの半拍、鋭い発砲音。

影が跳ねるように崩れ落ちた。

 

あらかじめ決まっていた結末が、ただ再生されただけのような手際だった。

 

「一名、無力化。」

 

淡々とした報告が、砂に溶けるように消える。

 

Victorは息を荒らげることもなく、静かに距離を詰めていく。

遮蔽の輪郭が近づき、伏兵の位置がより具体的な“点”として脳内に置き換えられる。

 

遮蔽まで、あと数歩。

 

足取りは変えない。

必要な速度だけを維持する。

 

外縁へ滑り込む直前、少しばかり歩幅をずらした。

地形の“影”の内側――敵の視界の外側へ。

銃口の角度だけを最小限に保ち、岩陰の死角へ身を沈める。

 

そこで、ひとつの背中が視界に入った。

伏せたまま、必死にSeleneの射線だけを気にしている。

 

――こちらに気づいていない。

 

Victorは銃口を上げる。

無駄な振りはない。

照準が滑らかに胸郭へ吸い付く。

 

引き金を絞る。

 

至近距離の発砲音が、遮蔽の内側で跳ねた。

一人目が崩れ落ちる。

 

近すぎる銃声。

“安全圏”だと信じていた空間を踏み荒らす音だった。

 

奥の影が、反射的に顔を上げる。

 

銃声。

 

額を貫いた弾が後頭部を突き破り、砂煙が跳ねる。

二人目が沈む。

 

残った影が立ち上がる。

反応は早い。

銃口がVictorへ向きかけ――それより早く、Victorの照準が既に乗っていた。

 

引き金に力がこもる。

狙いは完全に固まり、あと“わずか”で落ちる――。

 

その寸前に、荒野の空気を裂く、鋭い一発。

 

三人目の側頭部が、横へ弾かれるように砕けた。

 

Victorの指がそこで止まる。

引き金は、落ちなかった。

 

遅れてSeleneの報告が届く。

 

「残存一名、無力化。」

 

Victorは銃口をわずかに下ろし、遮蔽内を視線だけで確認する。

動く影はない。

 

「他に動きは。」

「ありません。」

 

風の音が戻る。

砂が擦れる乾いた音だけが、荒野の空気を満たしていた。

 

Victorは銃口を完全に下げ、一度だけ息を吐く。

 

「……安全確認に移る。周囲の索敵を続けろ。」

「了解。」

 

Victorは遮蔽の内側を慎重に踏み込み、倒れた影の位置を確認していく。

脈を取る仕草すらない。

判断は視認だけで十分だった。

 

砂に沈んだ銃。

割れた光学照準器。

壊れかけた防具。

 

一つひとつ視界に入れ、それ以上意味を持たせることなく切り捨てる。

 

「……全員、停止確認。終わりだ。」

 

Victorは遮蔽物の外へ視線を戻した。

 

「周囲は。」

「索敵継続――変化なし。増援の兆候もありません。」

 

Seleneの声は、先ほどまでと何も変わらない。

抑揚もなく、“状況”だけが淡々と告げられる。

 

Victorはしばし沈黙し、親指で静かに安全装置を掛けた。

 

「戻るぞ。」

「了解。」

 

輸送車へ戻る途中、Victorは歩調を崩さぬまま横目でSeleneを見た。

 

肩口の人工皮膚が、ごくわずかに熱を帯びている。

白い排気も、汗も浮かばない。

ただ、布地越しの温度が、さきほどより一段高かった。

 

「冷却状態。」

「コア温度、上昇域ですが許容範囲内。戦闘継続に支障はありません。」

 

Victorは軽く頷き、それで区切りをつけた。

 

輸送車へ戻ると、まず積荷へ目を走らせる。

封印シール、固定ベルト、緩衝材――いずれも異常なし。

 

続けて車体外装、タイヤ、ガラス。

被弾の痕跡はない。

 

背後でSeleneが警戒を緩めないまま報告を重ねる。

 

「索敵継続中。半径八百メートル圏内、熱源ゼロ。周囲の微細反応、砂塵由来と判断。」

 

Victorは頷きもせず、運転席のドアを開けた。

 

「……輸送を再開する。」

「了解。警戒継続で同乗します。」

 

Seleneが助手席へ滑り込み、シートベルトを固定する。

 

エンジンが低く唸る。

砂を噛むタイヤが回転し、車体がゆっくりと動き出した。

 

Victorは前だけを見据え、Seleneは視線を外に、周囲の警戒を続ける。

 

任務はまだ終わっていない。

ただ一つの障害を踏み越えただけだ。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

荒野の風が、すべてをかき消すように流れていった。

 

 

 

 

 

砕石路が整地へと変わり、荒野の揺れが徐々に落ち着いていく。

やがて前方に灰色の壁が姿を現した。

 

イエローエリア東端、拠点外縁。

灰色の壁には爆痕と補修跡が斑に残り、その上から無理やり塗り直した迷彩がまだら模様のまま乾ききっていない。

壁際には土嚢と即席の防砂壁が積み増しされ、余剰パレットや歪んだ装甲板までもが遮蔽物として押し込まれていた。

 

監視塔の影が地表に伸び、銃口がこちらへ傾く。

警戒はしているが、過剰ではない。

 

Victorは速度を自然に落とし、ゲート前で車両を停止させた。

 

兵士が近づく。

表情は事務的だが、微かに緊張が混じっている。

 

「指定番号、一二七三。……予定どおりの到着だ。最近じゃ珍しい。道中、問題はあったか?」

 

Victorは無駄なく応じる。

 

「処理済みだ。積荷に支障はない。」

 

兵士は一瞬だけVictorへ視線を留め、納得したように小さく頷いた。

 

「なら結構だ。……通せ。」

 

ゲートが開く。

金属の擦れる音が、乾いた空気を割った。

 

車両が敷地へ入り、搬入口のそばで止まる。

 

内側には小型車両やトラックがぎっしりと押し込まれ、片側では整備班がパネルを外した装甲車の腹に潜り込んでいる。

負傷兵を乗せてきたらしい別の搬送車が、救護テントの前で埃っぽい排気を吐きながら待機していた。

 

車両を認めるなり作業員と兵士が寄り、受領作業が始まった。

 

封印シールの確認。

固定状態のチェック。

番号照合。

端末への記録。

 

すべてが慣れた手順で進んでいく。

 

Victorはわざわざ口を出さない。

 

Seleneは助手席を離れ、荷の横に立って外部接触を監視している。

視線だけを動かし、誰よりも正確に周囲を測っていた。

 

そこへ、階級章を付けた男が歩いてきた。

兵士より少し年長、背筋を伸ばしたまま歩く。

表情には僅かな疲労が滲んでいた。

 

「輸送車両、一二七三か。……無事に来てくれて助かる。」

 

Victorが視線を向ける。

 

「最近、野盗の動きが活発でな。補給線を狙うケースが増えている。」

 

男は軽く吐息を混ぜる。

 

「元々、この辺りは散発的な襲撃くらいしかなかったんだが……ここ数ヶ月で、妙に狙いが定まってきた。拠点や輸送ルートの要所をきっちり押さえに来る。」

 

それがただの愚痴のようでもあり、報告書から零れた本音のようでもあった。

 

「……まあ、詳しいことは俺の管轄じゃない。上の連中が頭を抱えてるのは確かだがな。途中で消息が途切れる車両があるたび、こっちも胃が荒れる。」

 

Victorは短く応じる。

 

「俺は自分の仕事をするだけだ。」

 

男は頷いた。

 

「ああ、それが一番だ。今後もよろしく頼む。」

 

ほどなくして、受領端末が差し出される。

署名、確認。

 

「受領完了。……ご苦労だった。」

 

それを合図に、積荷が倉庫へ運ばれていく。

任務は、その瞬間で区切られた。

 

VictorはSeleneのもとに歩み寄り、様子を確認する。

人工皮膚の温度は、既に落ち着きを取り戻していた。

 

「……初任務にしては、悪くなかった。」

 

Seleneはすぐには返答しなかった。

ほんの一瞬だけ視線が固定される。

演算の切り替わる気配――それは、彼女なりの“逡巡”にも見えた。

 

そして、静かに問う。

 

「――及第点、ということでしょうか?」

 

Victorは淡々と答えた。

 

「俺の基準で及第なら、上出来だ。」

 

それきり、言葉は続かなかった。

 

「……了解。」

 

余計な感情も、感傷もない。

ただ、同じ任務を終えた二人がそこに立っている。

 

拠点の喧噪が戻り、兵士たちの声と金属音が再び日常の音を取り戻す。

 

Victorは踵を返す。

Seleneもその半歩後へ自然に続いた。

 

二人は無言のまま輸送車へと戻り、それぞれの席へ乗り込む。

 

エンジンがかかる。

鉄板越しの振動が、再び一定のリズムを刻み始める。

 

輸送車は音もなく動き出し、拠点を背後へ置いていった。

 

 

 

 

 

[2065-02-18-14:20]

区分:任務

状況:依頼任務「医薬品・精密機器輸送」完了

依頼人:臨時補給中継拠点・運用管理部(組合経由)

経過:2065-02-18

07:10 補給集積所にて受領・積み込み、固定確認

07:18 ゲート通過、輸送開始

09:02 前方熱源(5~7)を遠距離検知、迂回を選択(追従なし)

10:19 前方窪地に熱源(約8)を検知

10:21 遮蔽位置で一時停止、戦闘準備・配置

10:23 交戦に移行

10:32 戦闘終了、排除確認。周囲索敵継続

10:35 積荷・車体の健全性確認、輸送再開

13:30 イエローエリア東端・中継拠点到着

13:42 受領確認・端末署名完了

結果:報酬受領済

損耗:なし

所見:Selene、出力抑制下でも運用及び命令系統に支障なし。継戦能力と排熱管理を優先し、榴弾運用は短時間・局所用途に限定して継続。

 

 

 

 

 




12話です。
あと3話ぐらいはSeleneとの話が続きます。

今日から休みに入りました。おかげで趣味に没頭できます。やったぜ。
イベントにもボイスが付いたぞ。やったね。

そういえば、記録の燃料の項目って要るかな?というのが最近の小さな悩みだったりするんですよね。弾薬の残量の方が良かったかも。
大きな悩みとしては、結構早い段階でXM29にSeleneという呼称を付けたわけですけど、それでよかったんだろうかという。
まあタイミングは置いといて、コードを無印みたいに一貫して銃の名称にしておくべきだったのかが、名前を考えた今でも悩ましい。多分一生迷ってますね。
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