Mercs' Frontline   作:発伝記

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第15話 3月2日〈後編〉

夜が、荒野に降りていた。

昼の照り返しを抱えたまま、砂と岩が熱を手放していく。

 

谷の縁、岩盤が折れ込むように口を開けた洞穴は、外からはただの影と見分けがつかない。

入口は一段折れ、奥へ行くほど天井が低くなっている。

 

焚き火は組まれているが、炎そのものは外からは見えない。

橙色の明滅だけが、岩肌を淡く脈打たせる。

 

Rezoは背を岩に預け、片膝を立てて座っていた。

外気に晒された身体は正直で、時折、指先を擦り合わせている。

 

一方、Seleneは入口側の死角に位置を取っていた。

焚き火からは距離を置き、洞口と外気の変化を拾っている。

 

しばらく、二人の間に会話はなかった。

風の音も届かない。

聞こえるのは、薪が微かに鳴る音のみ。

 

無線はいまだ、沈黙したままだった。

 

「……なあ。」

 

不意に、Rezoが火を見たまま口を開いた。

 

「あいつのことが心配か?」

 

焚き火がぱちりと音を立てる。

 

Seleneは視線を洞口から外さずに、抑揚のない声で返す。

 

「現状における隊長の生存確率は、先ほどの交戦後に上方修正されています。……無線断絶時間、通常許容範囲を超過していますが、致命的兆候はありません。」

 

Rezoの口元が緩む。

 

「そうやってあいつのために数字を追いかけるのも、世間一般じゃ“心配”って言うんだぜ。」

 

間。

 

「……そのような分類は、私にはありません。」

「へえ。」

 

Rezoは、わざとらしく眉を上げた。

 

「擬似感情モジュールってやつ。戦術人形にもあるって、聞いたことがあるけどな。」

 

返答はない。

炎の揺らぎがSeleneの横顔を一瞬照らし、すぐに影に落とす。

 

Rezoは肩をすくめた。

 

「なんでそこまで認めたがらないのかは知らねえけど……まあ、いいか。」

 

肩を落として続ける。

 

「心配はいらねえよ。ああいうのは、前にもあった。」

「……前にも?」

 

Seleneが、ようやく顔を向けた。

 

「ああ。あいつは時々とんでもねえ無茶をやらかすんだ。しかもな、その無茶が自分のためじゃなく、案外他人のためだったりする。……だから、なおさらタチが悪い。」

 

Rezoは、洞内の暗がりに視線を投げる。

 

「あいつが俺の輸送に護衛で付いた時の話だ。荷は大したもんでもないし、予定通りなら日帰りで終わる、よくある“ぬるい”短距離便だった。」

 

焚き火の明かりが、岩肌に歪んだ影を作る。

 

「だけどあいつ、途中で勝手に別ルートを押さえに行きやがってな。そっから連絡はぷつりと途絶えた。俺はもう、敵にやられたと覚悟したね。」

 

言葉を飲んでから、Rezoは苦く笑った。

 

「で、戻ってきた時には、敵の補給車両を丸ごと引っ提げてた。儲けは倍だ。だけど、俺の白髪も倍になった。……あん時の胃痛は、一生忘れねえ。」

 

最後に短くまとめる。

 

「……とにかく、あいつは昔からそういう奴なんだ。そう簡単にくたばったりはしねえよ。」

 

Seleneは少し考えるようにしてから、言葉を選んで尋ねる。

 

「質問しても、よろしいでしょうか。」

「ん?」

「あなたと隊長は、どのような関係ですか。」

「お、気になる?」 

 

Rezoの口角が、ゆっくりと上がる。

 

「それなりの付き合いだからなぁ。話せば長くなるなあ。」

 

楽しそうに、わざとらしく引き延ばす。

人によっては拳が出る類の勿体つけ方だ。

 

「そうだな、あえて一言で表すなら――」

『腐れ縁だ。』

 

Seleneの視線が、無線機へと一瞬で吸い寄せられた。

空気が切り替わる。

 

「なんだよ、生きてたのかよ。」

『場所と状況。』

 

Seleneが条件反射のように返す。

 

「洞穴内で野営継続。遮光完了、外部反応なし。焚き火は煙処理済み。座標送信します。」

『了解。』

 

Rezoが舌を鳴らす。

 

「にしてもよ、ちょうど良いところだったのに水差しやがって。」

 

言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな声音が混ざっていた。

 

『……Rezo。』

「あん?」

『無線を開けっぱなしにするな。傍受の危険がある状況を、最初に忘れるな。』

「ああ、それか。」

 

Rezoは片手をひらひらと振る。

 

「最初から適当な話を垂れ流して混乱させるつもりだったんだよ。……けど、あんたがわざわざ割り込んできたってことは、その心配も杞憂だったってことだろ?」

 

しばしの間を置き、本題を切り出す。

 

「それで? 何がわかった?」

 

赤い火の粉がひとつ上がった。

 

『――野盗の背後に、軍か、それに準ずる経験を持った人間がいる。』

 

Rezoが、一瞬黙る。

 

「……根拠は?」

『段取りだ。』

 

Victorが続ける。

 

『伏兵の置き方、追撃の噛ませ方、撤退の切り方。……妙に既視感があった。』

「でもよ、動きはそこらの野盗と対して変わらなかったろ。」

『ああ。まずそこが厄介だった。』

 

声が、わずかに低くなる。

 

『実行しているのは、あくまで野盗だ。素人で、詰めも甘い。だから、最初は断定できなかった。だが、現場を見て確信した。』

「……何があった?」

『まず、野盗の亡骸だ。』

 

順に拾い上げるように、言葉を置く。

 

『銃は寄せ集めなのに、弾は全てが同じ規格。弾倉には曳光弾が混ぜられていて、詰め方まで揃っていた。』

 

一拍。

 

『それだけなら、“かじった奴”が一人いただけとも言える。――決め手は、撒菱だった。』

「あれか? 途中で俺らが轢き潰しただけのやつ。」

『実際に効いたかどうかは関係ない。加速点、詰まりやすい曲がり、逃げに向く分岐。要所だけに置いてあった。足を止めるためじゃない。“動きを決める”ための撒き方だ。』

 

薪が、ひときわ大きく爆ぜる。

 

『野盗の思いつきだけでは、こうはならない。"経験者"の入れ知恵によるものだ。』

 

言葉が落ちた途端、洞窟内の空気が、暖を押し退けて一段冷めた。

 

「教えた人間がいる、ね。しかもそれが軍人……冗談にしちゃ、笑えねぇな。」

 

軽口の皮が、一枚だけ剥がれた声音だった。

 

「んで、それが分かったとして、俺たちはどうなる?」

 

Victorは返事を保留する。

無線の向こうで、砂を踏む音が一定のリズムで遠い距離を伝える。

 

『この輸送は、まだ道半ばだ。』

「分かってるよ。だからこそ、最短で行ける道を選んでたんだけどな。」

『奴ら、撤退への切り替えがやけに潔かった。つまり、次がある。……輸送の都合上、不可避で、かつ襲撃に適した地形は他にあるか。』

「まあ、そうなるよな。」

 

Rezoは頭の中で地図をなぞるように目を落とし、嫌そうに笑った。

 

「……あるさ、残念ながらな。――荒野の谷間の旧市街。両脇に商店街の骨が並んでて、上に高架が一本、横断してる。」

 

言葉が続くほど、空気が重くなる。

 

「距離は一番短いし、舗装もまだ残ってる。他の道は全部どっかしらの縄張りに噛むが、そこはまだ、誰の“旨味”にもなってなかった。割に合わねえから誰も使わない。だから安全だった。……少なくとも、今まではな。」

 

そこで、投げるように付け足す。

 

「ただな。襲撃される前提なら話は別だ。一本道だ。谷底で逃げ場がねえ。上からも撃ち下ろされるとなると、かなり厳しいぜ。」

『迂回路を教えろ。高架があるなら、上へ上がる道があるはずだ。』

 

Rezoが一度だけ黙った。

そして、渋々という音を声に混ぜる。

 

「……あるにはあるが、輸送は無理の悪路だぞ。車体が保たねぇ。」

『座標を送れ。俺が先行する。』

 

Seleneが、間髪入れずに口を挟む。

 

「隊長。単独行動は合理性を欠きます。相手が軍務経験者ならば、戦力は寄せるべきです。」

『むしろ逆だ。』

 

Victorは、迷いなく断言した。

 

『一本道で待たれている以上、相手はこちらが来る方向を把握している。準備は万全だと考えるべきだ。そこに戦力が一人増えたところで、状況は好転しない。――だから、別の切り口が要る。』

 

Rezoが頭を掻く。

 

「そうは言ってもよ、勝算はあるのかよ。」

『ある。』

 

被せるように、Victorが続ける。

 

『殿をやった時点で、奴らの陣形がはっきり崩れた。あれは偶然じゃない。おそらく、向こうにとっては予定外の動きだったんだろう。』

 

Seleneが即座に推論を組み立てる。

 

「……敵指揮官が現場に不在である可能性が高い、という理解でよろしいですか。」

『ああ。現場にいれば、すぐにでも立て直しが利いたはずだ。だが、そうはならなかった。つまり、奴らは“事前に与えられた手順”でしか動けない。』

 

無線の向こうで、Victorの足音が止まった気配がした。

砂を踏む音が消え、代わりに風の唸りが乗る。

 

Rezoは小さく息を吐き、焚き火に視線を落とす。

 

「……要するにだ。正面で殴り合う前に、“向こうが用意してる舞台”をぶっ壊すために、一回全部覗いてこようって魂胆か。」

 

言葉のあと、空白が落ちた。

肯定も、否定もない。

無線の向こうでは風の音が、その隙間を埋めるように鳴っている。

 

無線が、遅れて息を吹き返した。

 

『まず、周辺の構造と配置を確認する。伏兵がいるかどうかも含めてだ。』

 

平坦な声だった。

感情を削ぎ落とした報告調で、決意を語る様子もない。

 

『三十分おきに定時連絡を入れる。状況が動けば、その都度だ。夜明け前になっても連絡がなければ、Seleneと引き返せ。この輸送は諦めろ。』

 

Seleneの身体が、ほんの一瞬強張る。

焚き火の光が揺れ、無機質な瞳に影を落とした。

表情は変わらない。

だが、呼吸の周期が、ごく僅かに乱れた。

 

Rezoはその変化に気づいたが、口には出さない。

代わりに短く息を整え、いつもの軽口を投げた。

 

「じゃあ、せいぜいそうならねえように祈ってやるよ。」

 

返事はない。

直後、無線は静かに切れた。

 

炭が火の粉を吐き出す。

洞窟に残ったのは、炎の揺らぎと、取り消しのきかない決定の余韻だけだった。

 

 

 

 

 

洞窟の時間は、ゆっくりと削れていった。

 

定刻。

 

無線が短く鳴り、定型の報告が入る。

 

『俺だ。異常なし。周辺に動きなし。』

 

無線が鳴るまでの間、Seleneは一度も姿勢を崩さなかった。

洞窟の天井、焚き火、入口。

視線は移るが、必ず最後に無線機へ戻る。

 

それを横目に、Rezoが薪を一本足す。

 

さらに、三十分。

 

『引き続き異常なし。』

 

言葉の内容も、声の調子も変わらない。

それが、かえって緊張を引き延ばした。

 

それから焚き火が二度、小さく組み直されるほどの時間が過ぎた。

 

『……俺だ。』

 

無線越しの声が、低く擦れる。

 

『――現場は“当たり”だ。』

 

余計な前置きはない。

 

『正面。旧市街の入口で、即席のバリケードを組んでいる最中だ。……左右の建物内にも伏兵。数は掴めないが、配置は多くない。』

 

必要な情報だけが続く。

 

『高架上にも配置を確認した。遮蔽になりそうな廃車が多い。下よりも人数が割かれていると考えるのが妥当だ。

それと、さらに奥――高架を越えた先に、下道へ降りる合流路がある。そこだけ廃車が除けられて開いている。おそらく追撃車両用だろう。』

 

沈黙が挟まる。

 

『……懸念として、高架下の影だけは確認できない。反射も拾えず、これ以上は踏み込めない。伏兵がいる前提で考えた方がいい。』

 

一通り聞いて、Rezoは嘆息した。

 

「……ほぼフルコースじゃねぇか。」

 

Victorは応じない。

代わりに短く断ずる。

 

『以上を踏まえると、追撃も含め、主力火点は高架上だ。下の商店街は射線の持続性が低い。遅延と牽制が主目的だろう。』

 

続けて、もう一つ。

 

『現場に指揮官らしき人間はいない。統率の気配も、俯瞰して指示を飛ばしている様子もない。配置が急に変わることはないはずだ。』

 

Rezoが腕を組む。

 

「……で、やるならどうする?」

 

答えは早かった。

 

『決行は夜明けだ。』

 

無線の向こうで、風の音が一度、強まった。

 

『上の伏兵と、追撃車両は俺が受け持つ。高架上で混乱を起こす。それが進行開始の合図だ。正面のバリケードは――』

「私の榴弾で対処、ですね。」

 

言葉は即座に出た。

声音は、すでに決定された事項を確認するものに近い。

 

『そうだ。それと、下の射線は任せる。』

「了解。」

 

一言で持ち場が確定する。

 

『高架真下まで差し掛かったら、俺は合流路から降りる。以降は背後を見ながら突破だ。』

 

Rezoがしばし黙ってから笑う。

 

「相変わらず分かりやすくて助かるぜ。」

『決行までは、こっちで監視を継続する。状況が変わり次第、連絡する。』

 

それだけ言って、無線は閉じられた。

 

洞窟に、再び静寂が戻る。

焚き火の音と、遠くの風の気配だけが残った。

 

Rezoは地図を思い浮かべたまま、しばらく動かなかった。

線をなぞるように、頭の中で何度も同じ道を通す。

 

「……夜明けまで、あと少しだな。」

 

独り言のように呟き、焚き火にもう一本、薪をくべる。

 

Seleneは答えない。

ただ、無線機の横に手を置いたまま、指先を動かさなかった。

 

三十分後に、また鳴る。

それまでに、世界が変わらなければいい。

 

洞窟の外では、夜が少しずつ失われていた。

 

 

 

 

 

夜明けは、音もなく訪れた。

谷の縁が灰色にほどける。

闇が後退していくというより、光が慎重に踏み込んでくるようだった。

 

Rezoはハンドルに両手を置いたまま、呼吸を整えていた。

エンジンはかけてある。

振動は一定。

いつでも踏み込める状態だった。

 

助手席側で、Seleneが装備を最終確認している。

弾薬の装填。

安全装置。

照準器。

一つひとつ、無駄のない動きだった。

 

無線が鳴る。

 

『――移動を開始しろ。』

「あいよ。」

 

Rezoはアクセルを踏み、車両を走らせた。

唸りを殺し、舗装を拾って進む。

 

次第に地形の輪郭が、頭の中の地図と一致し始めた。

高架の影が見える。

 

まだ距離はある。

旧市街まで、あと数分。

 

谷底の空気は冷たく、音がよく通る。

だからこそ、最初の異変は視界より先に来た。

 

遠くで、鈍い衝突音。

一度。

二度。

 

次に、ばらけた銃声が混じる。

規則性がない。

間隔も、方向も、揃っていない。

混乱が先に立ち上がっている。

 

――撃ってるのは“向こう”だ。

 

さらに近づく。

音が重なる。

金属が擦れ、何かが弾かれる音。

エンジンの唸りが、断続的に反響している。

 

高架の影が、ようやく視界に入った、そのときだった。

黒い影が柵ごと割って、高架の縁から弾き飛ばされた。

宙を舞い、谷底へと吸い込まれる。

次の瞬間地面に叩きつけられ、ひしゃげた金属音が谷に反響した。

 

車両だ。

後に追撃用に使われるであろうものを、丸ごと。

 

「……マジかよ。」

 

Rezoは思わず吐き捨てた。

 

無線が鳴る。

ノイズ混じりで、向こうの音が割り込む。

銃声、衝突音、悲鳴。

その向こうで、Victorの声だけが、はっきり届いた。

 

『――始めろ。』

 

Rezoは、歯を見せて笑った。

 

「……こっちも負けてらんねぇな。なあ、嬢ちゃん。」

 

背後のルーフハッチは、すでに開いている。

Seleneは上半身を乗り出し、車体の揺れも計算に入れた姿勢で、照準を固定していた。

 

「準備、完了しています。」

 

ギアを入れ直し、アクセルを踏み込む。

 

――進行開始だ。

 

谷底の路面が、視界の中で一気に近づく。

 

Rezoは、車体の挙動を感じ取っていた。

跳ねる。

沈む。

その周期が、Seleneの照準と噛み合っている。

 

「撃てるぞ。」

 

言葉は確認にすぎなかった。

次の瞬間、引き金が切られる。

 

短く、重い衝撃。

弾道は低く、一直線。

榴弾がバリケードの中央へ吸い込まれ、炸裂の閃光が、着弾点を一瞬だけ昼に変えた。

破片が散り、積み上げられた瓦礫の隙間を叩く。

 

間を置かず、二発目。

位置をずらして、同じ線上へ。

爆ぜる音が連なり、遮蔽物として組まれていた車体の外板がめくれ、内部が露出する。

 

さらに、三発目。

今度は、バリケードの裏側。

隠れていた影が、弾かれるように崩れた。

 

「こっちも派手なもんだ。」

 

Seleneはすでに次弾を送り込んでいる。

動作は途切れない。

破壊ではなく、通路を“削る”射撃だった。

 

粉塵が通りに溜まり、視界が濁る。

だがSeleneを前に、遮蔽としての意味はない。

 

モードを切り替え、建物の陰へ断続的に撃ち込み始める。

命中は狙わない。

顔を上げさせないための制圧射撃だ。

ばらけた発砲音が減っていく。

 

呼応するように高架上での騒ぎも増し、射線が目に見えて鈍る。

影がたじろぎ、身を伏せる動きが増えた。

 

Rezoは減速しない。

むしろ、徐々に速度を上げた。

 

粉塵の向こう、通路は確かに開いていた。

バリケードは吹き飛び、射線は細り、もはや足止めとしては成立していない。

高架上の射線は、もう散発だった。

追撃の気配もない。

 

“予定していた抵抗”が、予定通りに崩れている。

 

――抜けられる。

 

Rezoがアクセルを踏み込んだまま、無線を入れる。

 

「Victor、そろそろ合流の準備――」

 

言葉は最後まで続かなかった。

 

破裂音が、他の銃声を押し潰しながら割り込んだ。

これまでのものと、明らかに質が違う。

ひときわ低く、重い銃声が束になって谷底に反響する。

 

次の瞬間、目前の舗装が抉れ、砕けた破片が跳ね上がった。

 

「――うおっ!?」

 

Rezoがハンドルを取られ、慌てて切り戻す。

 

射撃は止まらない。

重い音が、途切れず続く。

弾着が、削り取るように路面を追ってくる。

 

『どうした。』

 

Victorの声。

向こうでも異変を察している。

 

Seleneは瞬時に状況を切り取った。

 

「重機関銃。高架の真下――右手の瓦礫奥。銃身のみ露出。直接対処は困難です……!」

 

続く銃声。

今度は、車体の真横でコンクリ片が跳ねた。

 

『くそ。』

 

Victorの声が、明確に焦りを帯びる。

 

『合流を早める。――Selene。』

「っ……了解……!」

 

Seleneは榴弾を撃ち続ける。

瓦礫の縁、射線の起点。

炸裂の度に、射線が一瞬だけ乱れる。

だが、止まりはしない。

 

「やばいやばいやばいヤバい!!」

 

Rezoは叫びながら、アクセルを床まで踏み抜いた。

ハンドルを小刻みに切り、車体を揺らす。

弾着が左右に散る。

 

榴弾を撃ち切ったSeleneは、迷わずモードを切り替える。

連射、連射、連射。

狙いを少しでも狂わせ、一秒でも多く稼ぐために。

 

それでも弾着は徐々に近づく。

助手席側のサイドミラーが弾け飛び、直後には側面の装甲まで削られる。

次弾でフロントガラスが砕けた。

風と破片が、車内に叩き込まれる。

 

Rezoは反射的に顔を伏せる。

飛び込んできた破片が、頬をかすめる。

だがすぐに役割を思い出し、視線を上げた。

 

直後。

瓦礫の隙間。

暗がりの銃身が、こちらを捉える。

 

銃口と、“目が合った”。

 

(ああ、これはさすがに死――)

 

――刹那。

瓦礫の背後から、大きな影が覆いかぶさった。

 

次の瞬間、鈍い衝撃。

発砲音が唐突に途切れ、瓦礫と金属の噛み砕かれる音が間を埋める。

粉塵の立ち上がる間際、機銃の銃身が無理な角度で折れるのが映った。

 

やがて土煙が落ち着き、向こうで影の輪郭が浮かび上がる。

 

Victorだった。

瓦礫ごと機銃の据え付け位置を轢き潰し、そのまま前へと抜けていく。

 

「……はは………」

 

Rezoは運転席にもたれながら、喉の奥で笑い損ねる。

ハンドルを握ったままの手が震えていることに、ようやく気づく。

 

無線が入る。

 

『そのまま進め。最後まで気を抜くな。』

 

簡潔な指示だった。

労いも、余裕もない。

 

「……りょうかい。」

 

Rezoは深く息を吸い込み、前を見据える。

 

突破はまだ終わっていない。

Victorが合流を早めたことで、高架上の抑えは外れた。

上に残っている影が、完全に無力化されたわけではない。

 

事実、高架をくぐった直後には、発砲音が再び上から落ちてくる。

数は少ない。

だが、今度は狙いが定まっている。

 

「――チッ!」

 

震える指に力を入れ直す。

アクセルは戻さない。

速度を落とせば、今度こそ詰む。

 

Seleneはすでに照準を上へ切り替えていた。

短く、間隔を切った射撃。

高架上で、影が身を引く。

 

しかし、完全には引かない。

撃ち返してくる弾が装甲を叩き、火花が降ってくる。

弾道の密度が、先ほどより明らかに増えていた。

 

Victorの判断は正しい。

しかし、代償もあった。

 

「高架上、まだ生きています。」

『分かっている。』

 

無線越しの声は近い。

すでに背後についている証拠だった。

 

『抜けるまで、俺が後ろを切る。前だけ見ていろ。』

 

Victorの車両が未舗装の箇所を往復し、瓦礫と土砂を弾き飛ばす。

砂煙が瞬く間に巻き上がり、背後の視界が潰れる。

 

同時に、射線を拾うように、車体が一歩踏み込むように弾道上へ差し込まれた。

狙いすました弾は車体に遮られ、逸れたものだけがコンクリートを叩く。

 

「抜けるぞ。今度こそだ。」

 

Rezoが言い聞かせるように呟き、谷底を駆け抜けた。

 

ほどなくして、谷を抜け、地形がなだらかになる。

背後の気配は、距離に変わりつつある。

発砲音はもう、聞こえなくなっていた。

 

――遂に、完全に。

突破した。

 

Rezoは、やっとのことでアクセルを緩めた。

ハンドルから指を離そうとして、力が抜けていないことに気づく。

 

「……さすがに、次はねえよな。」

 

確信ではなく、願望に寄せた確認だった。

 

無線がすぐに返す。

 

『あれだけの切り札を切った。連中が同じ手を、続けて出せるとは思わない。ただ、警戒は続けておけ。』

 

ふと、横を見る。

そこにあるはずの助手席が、“なくなっていた”。

破断したフレームと、剥き出しになった配線。

朝の光が、そこから容赦なく差し込んでいた。

 

「……嬢ちゃん。」

 

少し間を置いて、言葉を選ぶ。

 

「悪ぃな。座るとこ、なくなっちまったわ。」

 

返事は、後部ハッチから来た。

 

「作戦継続に、支障ありません。」

 

平坦な返答。

いつもと変わらない。

 

Rezoは、ようやく気が抜けたように笑った。

今日の分の命は、確かにここにあった。

 

 

 

 

 

臨時の受け渡し地点は、荒野に残された小さな舗装地だった。

検問所の跡だ。

色の抜けた標識と、半壊した遮蔽物が、風に晒されている。

 

車列が止まると、数人の人影が近づいてきた。

依頼主――正確には、Rezoの商売相手だ。

 

荷の確認は手早かった。

封緘、数量、識別タグ。

どれも問題なし。

 

「……いや、これは……」

 

男が、言葉を失ったように助手席の側を見る。

いや、正確には、そこにあったはずの“空間”を見た。

 

「遅れて来たからには文句の一つでも言ってやろうと思っていたが……むしろ、よく無傷で届けてくれたもんだ。」

 

驚きよりも、感心の色が強い。

少なくとも、相手を値踏みするような目ではなかった。

 

それ以上、細かい話はなかった。

Rezoは少し離れた場所へ呼ばれ、そのまま商談に入る。

 

Victorは車列の外れで、Seleneと並んで立っていた。

 

「……損傷は。」

 

視線は車体ではなく、Seleneに向いている。

 

「軽微です。被弾はありません。」

「そうか。」

 

しばらくして、商談を終えたRezoが、帳面を仕舞いながら戻ってくる。

表情は、ひと仕事を終えたときのそれだ。

 

「あー、やっと終わった終わった。」

 

誰にともなく言って、肩をすくめる。

 

「依頼も取引も成立、次の話も来るらしい。色を付けてな。……これなら、撃たれた甲斐もあったってもんだぜ。」

 

助手席のない車体を見る。

外側から改めて見ると、事態の凄惨さが嫌というほど思い知らされた。

 

「……さすがに二度目は御免だけどな。」

 

それから、遅れて思い当たったようにVictorへ向き直る。

 

「そうだ。あんたの分。」

 

ポケットから薄い端末を取り出し、短く操作する。

 

「取り分はもう送った。契約どおりだ。……それと、もう一つ。例の“追加報酬”ってやつだな。」

 

そう言って、今度は別のものを差し出した。

小さな包み。

布で丁寧に巻かれている。

 

Victorは受け取り、言葉なく包みを解く。

金属が、朝の光を返した。

 

懐中時計だった。

 

その瞬間、Seleneの目が釘付けになる。

 

「……それは…………」

 

言葉が、途中で切れる。

発せられないまま、理解だけが先に追いついた。

 

Rezoは、肩をすくめて笑う。

 

「昨夜に納品されたらしい。――にしてもよ、一日で直せなんて無茶な要望通させやがって。こっちの身にもなれっての。」

 

愚痴りながらも、声音に険はない。

 

「頼んでた職人が言ってたぜ。“持ち主が日頃から丁寧に手入れしてたおかげで、中の状態は良かった。手間がだいぶ省けた”ってな。」

 

Rezoの言葉の行き先が、Seleneに刺さった。

 

反応に遅延が生じる。

瞬きが、普段より一つ遅れた。

 

Victorは手にした懐中時計を、Seleneへ差し出す。

Seleneは一瞬だけ躊躇いを見せ、両手で丁重に受け取った。

布の感触。

金属の冷たさ。

 

静かに、蓋を開く。

かちり、と小さな音。

針は乱れなく、時を刻んでいる。

 

「……確認……しました。」

 

声音は平坦に見せている。

しかしその間は、ほんの少しだけ長かった。

 

Rezoはその様子を見て、満足そうに鼻を鳴らした。

 

「ま、そういうわけだ。」

 

それ以上は踏み込まない。

踏み込む必要がないことを、分かっている顔だった。

 

「じゃあ、俺はここまでだ。」

 

煙草を取り出しながら、踵を返す。

 

「あとは二人で、よろしくやっててくれや。」

 

輸送車へと歩くその背はもう、いつものRezoになっていた。

 

残されたのは、風の音と、朝の光。

そして、二人分の静けさのみ。

 

「……悪かったな。黙って持ち出して。」

 

Victorが、視線を逸らしたまま言った。

 

Seleneはすぐには口を開かなかった。

懐中時計を胸元に抱えたまま、時間が先に進む。

 

「……問題、ありません。」

 

言葉そのものは、いつもと同じだった。

だがその返答は、Selene自身が思っていたよりも柔らかく響いた。

 

懐中時計の針が、ひとつ進んだ。

 

「隊長。」

 

呼ばれて、Victorが視線を向ける。

Seleneは、その視線を正面から受け止める。

 

それから、はっきりと告げた。

 

「ありがとうございます。」

 

今度は、間を置かなかった。

言葉は、考える前に出ていた。

 

表情は大きくは変わらない。

それでもその奥にあったものは、はっきりと違っていた。

 

Victorは、その違いに名前を付けなかった。

 

「帰るぞ。」

「はい。」

 

二人は歩き出す。

Victorが前を、Seleneがその半歩後ろを。

 

掌の中では、懐中時計の針が、小さく音を刻み続けていた。

 

 

 

 

 

[2065-03-03-09:20]

区分:任務

状況:依頼任務「物資輸送護衛」完了

依頼人:Rezo(組合経由)

経過:2065-03-02~2065-03-03

12:20 集合地点到着、Rezoおよび別口護衛と合流

12:30 輸送開始

15:36 伏兵事前警戒ののち、交戦開始

15:39 追撃車両(最大9台)出現

15:55 計画に基づきダミー車両および護衛が分離・囮離脱。追撃車両のうち5台が囮を追尾

16:02 SeleneがRezo車両へ移乗。当方が殿に移行

16:24 Rezo車両離脱完了。追撃側が撤退行動へ移行

16:40 単独で追撃側残骸および装備状況を確認

19:40 無線にてRezo・Seleneと再接続。状況共有(Rezo・Selene:洞穴にて野営/当方:調査結果報告)

20:03 旧市街(高架・商店街)方面へ単独先行。以後、30分毎の定時連絡を継続

00:30 偵察結果を共有。突破作戦を決定ののち監視継続

05:42 作戦決行

06:37 旧市街突破完了、追撃完全停止

07:40 臨時受け渡し地点到着

08:18 物資引き渡し完了

結果:報酬受領済(追加報酬含む)

損耗:中度

弾薬消費:中

Rezo車両:助手席部損壊(走行・戦闘機能維持)

備考:野盗側装備・弾薬・路面工作に統一性あり。軍務またはそれに準ずる経験者による事前指導・計画介入の可能性が高い。敵は事前手順依存であり、現場指揮官不在と推定。当該地域は継続監視対象。現場判断による隊列分離および単独先行偵察を実施。なお、同条件下での再現性は低い。任務終了後、過去受領品(懐中時計)の修復完了を確認、保持継続。

 

 

 

 

 




後編です。はい。
次話の制作に気持ちを切り替えたかったので、ちょっとだけ投稿を早めました。
すでに展開の温度差で風邪引きそうですが、次話はちょっとした組織絡みの話になります。
組織が絡んでくる以上は、今まで以上に原作設定に細心の注意を払わねばとなるわけなんですが、大丈夫だろうか。不安だ。
これを機に読める資料はすべて精読しなくては。

最近、いずれは書く必要があるなという上に自分としても書きたいけど
、テンポ的に今の大筋の中には挿入しづらいな、という話が幾らか思い浮かんできていてなかなかに堪えるんですよね。
補話ともまた違う、本編の流れに絶妙に関係する話にもなるので尚のこと難しい......閑話、だろうか?
後はログのフォーマット微改修とか、やりたいことがとにかく多いです。
そこら辺はまあ、また頭を抱えながらやりくりしていこうと思います。

余談です。
言ってるそばからの話なんですが、ちょうど演習発表の日が、ドルフロのイベント終了日だったんですよね。
とりあえず発表が一段落してから一気にシナリオ駆け抜けるかってなって、蓋を開けてみたら......あれ? 多くない?
およそ3倍近く。これ、間に合わなくね?
いや、嬉しいよ? すごく嬉しいんだけどね?
結果として、泣く泣くシナリオを飛ばしてステージだけ全部やることになりました。
あとでアーカイブになるのを気長に待つことにします。
本当に、期限間際になるまで中身を確認しないのは良くない。直すべき悪癖です。お前それでも学生か?
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