Mercs' Frontline   作:発伝記

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すっげえ細かいことですけども、作中の方角関係で明らかに矛盾した表現を微修正しました。(イエローエリア西端→削除、一方で新ソ連本土寄りの箇所は、イエローエリア東端と表現)







第16話 3月17日

二週間が過ぎていた。

日付で数えれば短いが、イエローエリアでは十分に“風向き”が変わる時間でもある。

 

その間に、野盗絡みの依頼は確実に増えた。

集落の周縁、補給路の分岐、かつては問題にならなかった場所で、小規模な襲撃や略奪が散発するようになっている。

 

そうした状況の中でも、Victorはこれまで通り、Seleneと組んで依頼をこなしていた。

内容そのものも、常と大して変わらない。

 

輸送なら経路と退路を先に切り、掃討なら長居をしない。

集落の支援では、問題を増やさないことを優先する。

依頼の種類に応じて手持ちの情報を並べ、状況に合う手順を選び、当てはめる――それを繰り返すだけだ。

 

ただ、依頼をこなしながら気付くことがあった。

対峙する度に、野盗側の動きが少しずつ良くなっている。

 

以前までは、身の丈に合わない戦術を振り回し、自分たちで足を取られているような連中だった。

配置もまだ甘く、照準も定まらず、結局は数だけを頼りに前に出てくる。

 

だが、最近は違う。

未だに粗さは残しているものの、動きそのものが身体に馴染み始めていた。

位置取りは整い、無駄撃ちも、無意味な突貫も減った。

 

経験を積んだだけとも言える。

しかし先の一件以来、その背後にいる“何か”の影がちらつき、思考の端から離れずにいた。

 

Victorはそこまで考えて、評価を止める。

少しばかりの危機感はあったが、やるべきことは変わらない。

待ち伏せを警戒し、無理をせず、割に合わなければ身を引く。

 

その日の依頼も、そうした基準で選んだものだった。

 

 

 

 

 

依頼地点に到着した時点で、違和感はあった。

 

Victorは装甲車を止め、Seleneと視線を交わす。

彼女もすでに察していたらしく、小さく頷いた。

 

車を降り、少し進んだ先で車列が見える。

展開している人員の数も、装備の統一感も、野盗のそれではない。

 

無駄な私物がなく、弾帯もポーチも位置と高さが同じ。

立ち位置の間隔も均一で、誰一人として不用意に前へ出ていない。

全員が、銃口の向きまで同じ角度で揃えていた。

 

依頼主に事情を聞くと、要領を得ない返答が返ってくる。

言葉を重ねるうちに、状況はすぐに見えた。

 

単純な手違いだ。

組合端末の履歴に、同一案件が二重発注で流れた痕跡があった。

依頼主は“来た方に払えばいい”程度の認識で、管理が追いついていない。

 

Victorは嘆息し、すぐに思考を切り替える。

面倒になる前に、退く。

この場で揉める意味はない。

 

「今回は、向こうに譲る。」

 

依頼主にそう告げ、続けて条件を出す。

 

「ここまでの移動と、帰路分の燃料代。それだけ請求する。」

 

依頼主が慌てて何か言いかけたが、Victorはそれ以上聞かなかった。

Seleneも何も言わず、周囲の状況を静かに観測している。

 

その時だった。

 

「待て。」

 

低く、よく通る声。

振り返ると、相手集団の男が一人、近づいてきていた。

 

年の頃は壮年。

髪には白いものが混じっているが、老けた印象はなく、疲労も表に出していなかった。

背筋は自然に伸びている。

力んだ様子はないのに、男が一歩前に出るだけで、周囲の隊員の姿勢が揃った。

 

指揮を執る立場の人間だと、一目で分かった。

 

「マグニ・セキュリティで副司令を務めている、Sergei Voroninだ。事態は把握した。」

 

副司令は依頼主を一瞥し、それ以上責める様子もなく、視線をVictorに戻す。

目つきは鋭いが、威圧するためのものではなかった。

 

「無意味な衝突は避けたいのだろう。」

「……そうだ。」

 

副司令は一瞬考え込むように顎に手をやり、それから口を開いた。

 

「それなら一つ、提案がある。」

 

Victorは返事をしなかった。

提案という言葉の裏に、何が続くかを測っている。

 

「こちらが依頼を上乗せで買おう。その代わりに、助力を願いたい。」

「雇う気か?」

「いや。」

 

副司令は首を振った。

 

「現地を走っている人間の目が欲しい。生憎、我々はグリーンエリアからこちらに赴いてから、まだ間もないのでな。」

 

その言葉に、Victorは目を細める。

 

「俺が都合の良い嘘を吹き込むだけかもしれんぞ。」

 

探るような言い方だった。

 

一拍置いて、副司令はほんの笑みともつかない表情を浮かべる。

 

「面倒を避けようとする人間が、わざわざ火種を増やすようなことをするとは思えんな。」

 

VictorはSeleneに視線を投げる。

 

彼女はもう一度だけ周囲をなぞると、すぐに視線を戻し、控えめに頷いた。

否定材料は見当たらない、という合図だった。

 

それを受けて、Victorは副司令に向き直る。

 

「先に、条件を提示しておく。」

「聞こう。」

 

副司令の返事は短い。

条件が出ることを、はじめから待っていたようだった。

 

「俺たちは下には付かない。提案はともかくとして、命令には応じない。こちらの動きに口を出すなら、その時点で関与をやめる。」

「無論だ。こちらとしても、指揮系統を混ぜる気はない。」

 

即答。

拒む理由がないというより、前提として理解していた口ぶりだ。

 

「もう一つ。」

 

副司令はわずかに眉を動かしたが、すぐに続きを促した。

 

「作戦の主導権はそちらにある。助言はするが、結果の責任は契約外だ。」

 

空気が締まる。

だが、拒絶の色はない。

 

「それについても異論はない。欲しいのは、この土地に慣れた人間の視点だけだ。判断は、こちらで引き受けよう。」

 

副司令はそう言って頷いた。

 

それ以上、条件を詰めることはなかった。

この場で確認すべきことは、もう残っていない。

 

「では行こう。ここで立ち話をしていても、時間が減るだけだ。」

 

副司令が踵を返すと、それを合図に周囲の隊員たちが動き出す。

 

誰かが号令をかけたわけではない。

だが装備確認の手つき、移動の動線、間の取り方――そのどれもが、現場を知っている連中の動きだった。

 

Victorは一歩引いた位置から、その様子を眺める。

 

「……慣れているな。」

 

小さく呟くと、Seleneが頷いた。

 

「役割分担が明確です。判断に滞りがありません。」

 

新参とは言っていたが、軽んじていい相手ではない。

少なくとも、イエローエリアを甘く見ている連中ではなかった。

 

副司令が振り返る。

 

「進路はこちらで想定している。途中で気になる点があれば、遠慮なく言ってくれ。」

「分かった。」

 

VictorはSeleneと視線を交わし、装甲車に戻る。

エンジンをかける音が重なり、車列がゆっくりと動き出した。

 

依頼は譲るつもりだった。

だが結果として、別の形で関わることになった。

その経緯の良し悪しは、現時点では分からない。

かといって、判断を急ぐ理由もなかった。

 

Victorは前方の地形に視線を向ける。

この土地の癖は知っている。

それだけで、十分だ。

 

だからこそ、余計なことは言わない。

必要になった時に、必要な分だけ口を出す。

今は、それで足りていた。

 

 

 

 

 

薄暮が近づくにつれ、地表の輪郭が緩み始めた。

昼と夜の境目は、イエローエリアでは特に曖昧だ。

光量が落ちるより先に、影のほうが増えていく。

 

事前情報を踏まえ、副司令は野盗の野営地として目星をつけていた地点から、十分に距離を取った場所を停車位置として選んだ。

低い丘陵が連なり、ところどころに岩盤が露出している。

見通しは利くが、影になる箇所も多い。

 

車両が順に減速し、間隔を保ったまま止まる。

エンジンは落とさない。

音は残るが、動き出しは早い。

完全な隠蔽よりも、即応性が優先された。

 

副司令は車外に出ると、簡易端末を確認した。

 

「ここからは斥候を出す。映像優先、接触は回避しろ。」

「了解。」

 

指名をするまでもなく、すでに二人の隊員が前に出ていた。

装備は軽い。

余計なものを削ぎ落とした姿で、それぞれが異なる方向へ散っていく。

合図も声もなく、ものの十数秒で姿が地形に溶けた。

 

副司令は腕時計に目を落とすと、周囲を一瞥する。

 

「十五分。報告がなければ別案に移る。」

 

言葉と同時に、残された隊員たちは散開し、各自の持ち場で待機に入った。

警戒線が張られ、各々の視線が外へ向く。

 

Victorは装甲車の陰から、双眼鏡越しに前方の地形に目を走らせた。

 

「……あの辺りか。」

 

Seleneが、低い声で応じる。

 

「事前情報と一致します。野営地として使うには、視界と退路の条件が揃っています。」

 

野盗にとっても、悪くない場所だ。

だからこそ、候補に挙がっていた。

 

副司令は、二人のやり取りに割り込まない。

ただ、周囲の配置と時間を確認している。

 

待機の時間は、短くも長くも感じられた。

やがて、通信が入る。

 

『こちら、斥候一。野営地発見。接触なし。映像、送る。』

「受信。」

 

副司令の返答は即座だった。

周囲に集まった隊員たちが、自然と半円を作った。

 

映像には、低い起伏に囲まれた窪地が映っている。

 

外周には即席の見張り台が二箇所。

粗末な天幕が点在し、風下には焚き火跡。

窪地の一角には、隠匿された車両が見えた。

 

人数は、二十前後。

装備は雑多だが、以前よりも揃っている。

 

副司令は映像を止め、拡大し、いくつかの点を確認する。

 

「出入口は三つ。見張りの動きはどうだ。」

『巡回、二人一組。間隔は不規則。死角は限定的です。』

 

副司令はしばらく黙っていた。

周囲にいる隊員たちも、口を挟まない。

誰かの合図を待つような空気はなく、ただ判断が下りるのを待っているだけだった。

 

「斥候はこのまま監視を続けろ。合流は不要だ。異変があれば、映像だけ送れ。」

『了解。』

 

通信が切れる。

 

副司令は映像を閉じ、周囲を見回した。

 

「外周の見張りを先に落とす。音は抑え、逃げ道を塞いでから内側を潰す。」

 

端末に指を走らせ、簡単な配置図を表示する。

 

「突入は二方向。一分差で、まずは隠匿車両が近い南から一班、続いて東から二班だ。北西側は三班、退路に先立って配置する。」

 

一通り説明し終えると、それから初めてVictorを見た。

 

「以上がこちらの案だ。現地の人間として、違和感はあるか。」

 

押し付ける響きはなかった。

決定権が向こうにあるという前提も、揺らいでいない。

 

Victorは映像を思い返し、地形と時間帯を重ねる。

 

動線に無駄がない。

正面から踏み込まず、先に“出口”を押さえている。

 

今の条件で考え得る限り、かなり手堅い。

少なくとも、今ここで否定できる穴は見当たらなかった。

 

「大筋に問題はない。あくまで補足として……」

 

Victorは前置きしてから続けた。

 

「南側は踏み固められていない。進入の際は、最後の十メートルだけ速度を落とした方がいい。急ぐと足音が出る。」

 

副司令は視線を端末に落とし、素直に頷く。

 

「了解した。一班、最終進入は歩調を落とせ。」

「了解。」

 

Victorが続ける。

 

「もう一つ。東側の岩盤だ。今は見通しが利くが、薄暮を越えると影が落ちる。巡回がいても、交代の直後は足元が甘くなる。」

「時間は?」

「十分から十五分。日が完全に沈む前後だ。」

 

一拍。

 

「ならば、突入の時間を合わせよう。」

 

Victorは一度、言葉を選んだ。

 

今の案でも、十分勝てる。

それは分かっている。

 

それでもあえて、口を開いた。

 

「徹底するなら、火を入れる手もある。煙を回せば、北西側に追い込みやすい。」

 

効率だけを見れば、悪くない。

野盗を相手にするなら、なおさらだ。

 

副司令は否定しなかった。

だが、即座に採用する様子もない。

 

「理には適っている。」

 

一拍の間が置かれる。

 

「だが、今回は使わない。」

「……理由は?」

 

副司令は視線を上げずに言った。

 

「我々は、ここで“看板”を背負う側の人間だ。」

 

言葉を切り、静かに続ける。

 

「今後に亘って規範を示す立場にある以上、用いる手段そのものが体面に直結する。逃げた者を追い立てるのはいい。だが、焼き出すやり方は採らない。」

 

正しさの話ではない。

役割の話だ。

だからこそ、Victorとしても食い下がる理由はなかった。

 

「分かった。」

 

続けて、副司令が退路を指す。

 

「それと、貴様らには北西側の抑えに加わってもらいたい。討ち漏らしだけを拾ってくれ。深入りは不要だ。――可能か?」

 

仮に失敗しても、全体で破綻の起きない箇所だ。

信用し過ぎず、疑い過ぎず。

初対面として、妥当な采配だった。

 

「いいだろう。」

 

それから短い指示が交わされ、車両の位置が静かにずれていく。

準備は、話し合いではなく動きで進んだ。

 

副司令の指示に従い、三班が北西側へ回る。

VictorとSeleneは、その少し後に続いた。

 

 

 

 

 

北西側の抑えは、低い起伏の影に沿って展開された。

三班の隊員たちは、指示を待つことなく、互いの間隔を測りながら散っていく。

配置が終わる頃には、全員が“ここだ”という場所に収まっていた。

 

丘陵の陰、岩盤に寄せて位置を取りながら、Victorは周囲を一瞥する。

 

足元の土は乾いている。

車両の通行痕は、最近のものではない。

ここを抜けるつもりなら、徒歩だ。

 

時間だけが、粛々と流れる。

動くべき時が来れば、必ず分かる。

そんな前提が、場に共有されていた。

 

やがて、耳元の通信が短く鳴った。

 

『外周、無力化完了。』

 

無線に乗った声は短い。

余計な情報はなかった。

 

ほどなく、南側から銃声が上がった。

 

乾いた音が、断続的に続く。

数は多くない。

だが間が一定で、無駄がなかった。

 

撃っているのは一方向だけだ。

音は動かない。

 

Victorは、反射的にそれを理解する。

 

――抑制射だ。

 

南側の銃声は、一定の距離を保ったまま続いた。

敵に考える余地を与えず、だが逃走を促すほど近づきもしない。

 

Seleneが傍らで、懐中時計に視線を落とす。

 

秒針が進む。

五十。

五十五。

 

――一分。

 

東側から、別の銃声が重なった。

こちらは連続音ではない。

確実に区切られた、点のような発砲。

 

Seleneが、Victorに囁き掛ける。

 

「抑制下にある目標を、側面から処理しています。」

「……そうだな。」

 

直後に怒号が上がる。

しかし、長くは続かない。

声が“伸びる前”に消えていった。

 

南側の銃声が、間を詰める。

東側の音が、それに呼応するように重なる。

 

どちらも徐々に近づいてくる。

包囲が、狭まっている。

 

無駄な撃ち合いはない。

押し込むごとに、音の数が減っていく。

抵抗が削られているのが、耳だけで分かった。

 

Victorたちと三班は、指定された位置から動かない。

射線を保ち、退路だけを見ている。

逃げ道として使える地形は、すでに限られていた。

 

その時――視界に動きがあった。

野盗だ。

肩から下げた銃を持て余し、後ろを振り返りながら走ってくる。

 

反応は同時だった。

三班の隊員が一斉に身を固める。

Victorも、ほぼ同じ瞬間に銃を構えた。

 

だがその時には、Seleneが既に一歩前に出ていた。

 

発砲は一度。

 

弾は逃走者の胸に届き、前のめりに倒れさせた。

地面に伏したまま、一度だけ痙攣して動かなくなる。

土に、濃い色が滲んだ。

 

「北西側、接触あり。処理完了。」

 

Seleneの確認に、三班の報告が重なる。

 

それきり、北側に動きはなかった。

南と東の銃声が次第に途切れ、静寂が落ちる。

 

通信が入る。

 

『掃討完了。合流準備。』

 

Victorは、しばらくその場を動かなかった。

音が完全に戻らないのを待ってから、ようやく銃を下ろした。

 

 

 

 

 

丘陵を下り、指定された地点へ向かう。

道中、血の匂いが薄く漂っていた。

乾いた地面に吸われ、長く残るほどの量ではない。

 

合流地点では、すでに南側と東側の班が集まり始めていた。

負傷者は見当たらなかった。

装備の確認と人数の点呼が、淡々と進められている。

 

副司令は、その少し外れに立っていた。

端末を操作しながら、全体を視界に収めている。

 

「北西側はどうだった。」

 

短い問いかけだった。

 

「一名。逃走を試みたところを処理した。」

「了解した。」

 

それ以上、掘り下げることはなかった。

誰が撃ったかも、どの距離だったかも問われない。

必要なのは、結果だけだ。

 

副司令は端末を閉じ、全体に向けて声を上げる。

 

「任務は完了だ。報告に戻る。回収は最小限でいい。不要な物には手を出すな。」

「了解。」

 

隊員たちはそれぞれ動き出す。

 

負傷者の有無を確認する者。

弾薬の残量を確かめ、足りない分を融通し合う者。

車両の配置を見直し、撤収時の動線を整える者。

 

野営地の内側に踏み込む者は少ない。

必要な情報だけを拾い、あとは視線を向けない。

 

倒れた野盗の装備にも、過度な関心は払われなかった。

作業は静かで、手際がいい。

勝利を誇示するような声もなく、終わった仕事を片付けているだけだった。

 

副司令は、次いでVictorに視線を送る。

 

「協力に感謝する。大いに参考になった。」

「軽く口添えしただけだ。」

「それでも十分だ。」

 

一拍置いて、続ける。

 

「野盗の動きについてだが……想定よりも良かった。ここでは普通の事なのか?」

「……いや。」

 

Victorは少しだけ間を取った。

 

「最近になってからの話だ。原因に心当たりはあるが、確証はない。」

「そうか。」

 

副司令はそれ以上追及しなかった。

不確かな情報を、無理に形にする気はないらしい。

 

「いずれにせよ、今日のところは問題ない。依頼主への報告は、こちらでまとめる。約束通り、報酬は既に振り込み済みだ。」

「確認した。」

 

そこで話は終わりかと思ったが、副司令は踵を返さなかった。

 

「……少し、時間はあるか。」

「手短になら。」

「それでいい。」

 

副司令は歩き出す。

 

焚き火の跡が残る場所まで、数歩分の距離だった。

誰も近づかない。

意図的に空間が空けられていた。

 

隊員たちから距離を取ったところで副司令は立ち止まり、Victorを真っ直ぐ見据えた。

 

「貴様、軍にいたな。」

「……ああ。」

 

隠す理由はなかった。

ここまで来て、誤魔化す意味もない。

 

「どこの所属だった。」

「第四五機械化歩兵連隊……第三小隊だ。」

 

それだけ答える。

 

副司令は一瞬、視線を逸らした。

過去を探るというより、記憶を辿っているような間だった。

 

「そうか。」

 

短い沈黙。

遠くで、誰かが工具を落とした音が響く。

 

「私は、正規軍特殊作戦司令部にいた。」

 

その言葉が落ちた瞬間、目の前の男は「協力者」ではなくなった。

 

――KCCO。

 

同じ軍服を着ながら、一つの思想だけで、本土を内側から引き裂いた連中。

 

「かつての新ソ連を取り戻す」

 

そこに至る理由は、後からいくらでも足される。

 

戦争で死んだ連中を無駄にしないために。

国を弱くしないために。

かつての敵国と手を組むぐらいなら、いっそ――結果として残ったのは、瓦礫と、数え切れない死体だけだった。

 

理屈がどうあれ、Victorの目から見れば同じだ。

内乱を引き起こした反乱軍の筆頭。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

銃の位置を確かめる指が、無意識に動く。

Seleneもその変化を拾い、半歩だけ間合いを変えた。

 

副司令が気付かないはずはなかったが、それについて触れることはなかった。

 

「嫌な戦いだった。同じ国の人間が、別の正義を掲げて殺し合った。今でも、夢に見ることがある。」

 

Victorは内心で吐き捨てる。

 

――夢で済む話なものか。

こちらに引き渡されたのは、鉄錆を含んだ混乱の残滓と、拾い切れなかった名前の重さだ。

 

だが、その言葉を口には出さない。

ここで必要なのは断罪ではなく、事実の整理だ。

 

「水に流そうとは言わん。これからも、背負っていくつもりだ。」

 

背負えば中和されるものでもない。

犠牲になった側にとっては、今も終わっていない。

 

副司令は小さく息を吐く。

 

「今は、マグニ・セキュリティにいる。イエローエリアに、秩序を持ち込むためだ。」

 

秩序。

その言葉は、Victorの中で空回りする。

あまりに抽象的で、あまりに都合のいい響きだった。

 

しかし、言い放つ副司令の顔に迷いはない。

胡散臭さを自覚した上で、それでも引き受けている顔だった。

 

「同じ志を持った隊員にも恵まれた。今は、この仕事に誇りを持っている。」

「………そうか。」

 

誇り、という言葉にも同じ違和感はあった。

それでも、虚勢でないことだけは分かる。

 

Victorは、そこでようやく遅れて理解した。

 

怒りは、確かにあった。

だがそれは、持ち続けていたから湧いたものではない。

 

名前も、顔も、正確には浮かんでいない。

それでも、銃に手がかかり、身体が先に反応していた。

 

――怒りだけが残っている。

 

その事実が、今になって胸に落ちる。

 

忘れかけていたはずなのに、仲間の記憶を差し置いて感情が先回りした自分自身が、何よりも腹立たしかった。

 

覚えていないことを、悔いているわけではない。

イエローエリアでは、それが生き延びるための形だ。

 

だが、今さら引きずり出されて、正義の顔をした怒りを向けている自分を、到底信用する気にはなれなかった。

 

だから、ここで線を引く。

 

――正しいとは思わない。

許す気もない。

だが少なくとも、こいつは自分とは違って、自身のやり方で現実に折り合いを付けようとしている。

 

そうでなければ、話はもっと簡単だった。

 

「まだ、名を聞いていなかったな。」

「……Victor Rowen。」

 

副司令は一歩下がり、手を差し出す。

 

「Rowen、話せて良かった。」

 

Victorは一瞬迷い、それから必要最小限の力で手を取った。

 

手に温度はあった。

人間のそれだ――それが余計に厄介だった。

 

握手は合意ではない。

和解でも、肯定でもない。

 

ただ、ここで引き金を引かなかったという事実だけが、その場に残る。

 

Victorは何も言わずに踵を返した。

風が乾いた地面を撫で、消えかけた血の匂いを薄く引いた。

 

車内に戻ると、Seleneが隣で口を開いた。

 

「対象に、敵意は確認されませんでした。」

「敵意がないのと、無害なのは別だ。」

 

Victorは言い捨て、ハンドルを握った。

指先に残る温度がまだ消えない。

眉間に力が入る。

 

エンジン音が重なり、隊の車列が動き出す。

間隔を保ったまま、同じ方向へと列を成していく。

Victorはそれを一度だけ横目に捉え、それ以上は見なかった。

 

アクセルを踏み込むと、装甲車は小さく揺れ、進路を変える。

前方では、夜に向かう荒野が口を開けていた。

 

二つの影が、互いに交わることなく、それぞれの選んだ方向へと伸びていく。

 

世界は、その選択を記録することなく続いていた。

 

 

 

 

 

[2065-03-17-19:52]

区分:任務

状況:依頼任務「野盗掃討(共同)」完了

依頼人:現地集落代表(組合経由)

共同実施:PMC部隊「マグニ・セキュリティ」(副司令 Sergei Voronin 指揮)

経過:2065-03-17

15:58 現地到着。依頼地点にて先着部隊(マグニ・セキュリティ)を確認

16:06 依頼主から聴取の結果、同一案件の二重発注を確認。当方は任務譲渡を提示

16:10 マグニ副司令(Sergei Voronin)より臨時協力の提案。条件確認ののちこれを受諾

16:26 車列編成ののち移動開始

17:36 副司令判断により、目標野営地から距離を取った丘陵帯で停車。斥候2名を分進

17:51 斥候より報告受領。作戦決定

18:04 当方・Seleneは北西側抑え(三班)へ移動開始

18:34 北西側抑え(三班)に合流・展開完了。退路監視に移行

18:44 外周見張り無力化完了を受信

18:46 突入開始(南→抑制射を確認)

18:47 突入開始(東→側面処理を確認)

18:50 全体掃討完了を受信。合流準備

18:58 合流地点到着。現地離脱手順へ移行。点呼・装備確認ののち撤収開始

19:07 現地離脱

結果:報酬受領済(上乗せ分含む)

損耗:なし

備考:依頼重複(組合端末上の二重発注)により、現地到着部隊と臨時共同作戦を実施。当該部隊との関係は限定的協力に留める。副司令 Sergei Voronin は統率・判断ともに高水準。理念と手段の乖離は未評価につき、個人的感情を交えた判断を避ける。要継続監視対象。野盗側の練度は上昇傾向を継続。装備統一および巡回行動の改善が見られるため、背景要因の存在を引き続き注視。

 

 

 

 

 




16話です。
遂に出ちゃいました。2から表舞台に登場してきたPMCです。
一応前段階から原作で存在自体は示唆されていたらしいので、今回2で進出するまでの下地として使わせてもらおうと考えました。

いやね、ここから先の畳みとしての構想は練ってあるんですけども、予想される文量の偏り的に、明確な話数分けが出来てないんですよね。
ここからは難産がデフォルトのガチな茨の道になりそうです。

投稿ペースはまあ、頑張ります............

ちなみに方角関連の件ですが、修正したとはいえ位置関係の推移を逐一記述してるわけでもないので、意識は必要ないです。
あくまで今後の構想のために脳内マップを作ったときに、ちょっと気になったからイメージしやすいように矯正しただけです。
作品自体に対する影響はすんごい微々たるものですので悪しからず。
いずれにしてもまだ正しく脳内で描けてる気がしないのでまたすぐ修正しそう......地理は苦手なんですよ。
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