Mercs' Frontline   作:発伝記

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・ログの造りを全体通して改修しました。
・過去話含め、無線越しのセリフを『』で統一しました。
・「序」のクソ長指示構文を修正しました。







第17話 3月25日~4月5日

輸送は何事もなく終わりを迎えようとしていた。

Victorは車速を落とし、前方に広がる集落を眺める。

 

日差しは強く、風は軽い。

見慣れた景色だ。

 

それがかえって引っかかった。

 

事前情報では、この一帯は荒れているはずだった。

野盗の動きが活発化し、補給路の分岐や集落の周縁で小競り合いが増えている、と。

 

それを前提に、経路も停車位置も組んだ。

輸送後に追加依頼が入る可能性も織り込んでいた。

 

けれども、今ここにある空気は違う。

 

入口に立つ見張りは、過度に力んでいなかった。

銃は構えているが、引き金には余裕がある。

 

内側で荷を降ろすと、担当の男がほっと息を吐いた。

息の抜き方が、慣れたものだった――昨日まで怯えていた顔ではない。

 

「助かりました。最近は来てくれるだけで有難いですから。」

「野盗が多いと聞いていたが。」

 

男は一瞬、言葉を選ぶように黙り込む。

 

「……少し前までは、ええ。」

 

そう言って、集落の内側をちらりと見た。

 

「ここ数日で、だいぶ静かになりまして。」

 

理由を問う前に、男が続ける。

 

「巡回に来ていた連中に、見張りの立ち位置を少し変えるように言われたんです。高い所に一人置くより、交代しやすい場所に二人。」

 

入口付近を指差す。

 

「それから、柵です。倒れかけていた所を、一緒に直しました。大したもんじゃありませんが……隙間が減っただけで、ずいぶん違います。」

 

男は一度、言葉を切る。

 

「その後も巡回が来るようになってから、野盗の方も分かってきたんでしょう。“割に合わない”って。」

 

そこで、ようやく名前が出た。

 

「マグニ、でしたか。最近入ってきたPMCだそうです。」

 

Victorの瞼が、ぴくりと動いた。

その名には、余計な言葉がまとわりつく。

 

「最初は、正直言って信用してませんでした。イエローエリアに“秩序を持ち込む”だなんて、胡散臭い話じゃないですか。」

 

男は苦笑する。

 

「……だろうな。」

「でも、実際に動いているのを見たら、考えが変わりましてね。」

 

賛辞は続かない。

代わりに、変わった事実が要点として並べられる。

 

そのあいだ、Victorの頭にいくつか言葉が浮かびかけて、消えた。

肯定にも否定にもならないまま、棚に押し込まれる。

 

荷の受領が終わり、端末が鳴る。

表示されたのは、完了通知だけだった。

追加の案件はない。

 

Seleneが周囲を一巡してから告げた。

 

「外縁部の警戒線に、明確な破綻は確認されません。再発要因も限定的です。」

「……そうか。」

 

輸送車に戻り、Victorは計器を確かめ、次の行き先を設定した。

エンジンがかかり、車体がゆっくり向きを変える。

 

集落は背後へ遠ざかっていく。

 

ミラー越しに、入口の見張りが持ち場に戻るのが見えた。

道の縁に二人。

互いに斜めへ視線を割り、重なる範囲を減らしている。

 

一人が動けば、もう一人が半歩で埋める。

交代が速い。

 

Victorはそれを一瞥して、視線を前に戻した。

 

車体は路面を噛み、エンジン音が一定になる。

前方の景色は、見慣れたままだった。

 

 

 

 

 

[2065-03-25-15:40]

区分:任務

状況:依頼任務「物資輸送」完了

依頼人:交易組合下請(物流部門)

経過:2065-03-25

09:50 集配地点到着、積荷確認

09:58 輸送開始

14:48 対象集落到着

15:02 引き渡し完了、現地離脱

結果:報酬受領済

損耗:なし

備考:対象集落周辺において、事前情報と比較して治安状況の改善を確認。周辺における野盗活動は沈静化傾向にあり、追加依頼の発生なし。

 

 

 

 

 

路面の状態を拾いながら進むうち、補給路は緩やかに湾曲し、視界がいったん地形の向こうに落ちる。

先が見えない区間だ。

 

Victorは装甲車の速度を落とし、死角を意識に入れた。

起伏が多い。

見通しが削られる。

 

「前方、砂塵。移動体反応」

 

Seleneの声が端的に入る。

 

Victorは減速を保った。

砂塵が一定の間隔で立ち、すぐに収まる。

 

前方に車列が現れる。

二両。

車間は揃い、速度も乱れない。

 

装甲は軽い。

車体の汚れ方から、常駐ではなく回している部隊だと読めた。

 

武装は必要最小限。

銃口は上がっていないが、視線は互いに外へ向き、死角を作っていない。

 

距離が詰まる。

双方とも自然に減速し、中央を空ける形になった。

 

先頭車両の窓が、ほんの少しだけ下がる。

中の人間が、視線だけで挨拶を済ませた。

 

Victorも同じように応じる。

 

すれ違いざま、無意識に数を数えていた。

四人。

後方車両に、さらに三人。

 

配置に無駄がない。

前後の死角を補い合い、誰一人として内側を振り返らない。

 

Victorの視線が、車列全体からその中の一箇所にだけ寄りかけ――止まる。

呼吸がひとつ、浅くなった。

 

意味はない。

そう判断するより先に、視線はもう離れていた。

 

すれ違った後も車列は止まらない。

砂塵が薄く舞い、ほどなく視界から消えた。

 

エンジン音だけが残り、路面を噛む感触が戻ってくる。

 

「マグニ、ですね。」

「ああ。」

 

Victorは速度を戻し、進路を端末に映す。

次の目的地は、もう少し先だ。

 

 

 

 

 

依頼地点は、補給路から少し外れた集落だった。

建物の配置と規模は、端末に載っていた情報と大きく違わない。

 

ただ、近づくにつれて違和感が濃くなった。

 

騒ぎがあった痕跡は残っている。

倒れた柵、地面に残る足跡、慌てて片付けられた形跡。

 

しかし、“火”はすでに消えていた。

 

入口で待っていた男が、車両を見るなり軽く手を上げる。

 

「一足遅かったな。」

「時間通りだが。」

 

Victorは端末を示す。

受付時刻と現在時刻にズレはない。

 

男は首を振った。

 

「いや、そういう意味じゃねえ。」

 

短く息を吐き、言い直す。

 

「さっきまで巡回の連中が来ててな。揉め事だの何だの、大きいところはもう片付いちまった。」

 

Victorは、少し前にすれ違った車列を思い返す。

 

「依頼を出していたことは伝えたのか。」

「ああ。」

 

男は即答した。

 

「そしたら、仕事を奪うつもりはないってよ。後始末は依頼で来た人間に任せる。報酬もそっちに回せ、って。」

 

一拍置いて付け足す。

 

「次に来た人間に、これを伝えろとも言われた。」

 

Victorは何も言わず、続きを待った。

 

「揉めてたのは、倉庫番と運び屋だ。今は離れに分けてある。顔を合わせねえ場所にな。」

「拘束は。」

「してねえ。見張りは付けてるがな。」

 

男は集落の内側を顎で示す。

 

「動かされた荷は、中でまとめてある。」

 

間を取って、さらに続ける。

 

「決め事や裁定は、土地のわかる人間に頼みたい、とも言ってた。」

 

その言い回しを、男は正確に覚えていたらしい。

 

「だから、残ってるのは確認と片付けぐらいだ。見ての通り、刃物を振り回す段階はもう終わってる。」

 

Victorは集落を俯瞰する。

人の動きは落ち着いている。

警戒は残るが、緊張が張り付いていなかった。

 

「案内しろ。」

「分かった。」

 

男に導かれ、集落の内側へ入る。

 

問題の場所は、入口近くの広場だった。

倉庫が二つ、簡易的な天幕が一張り。

 

周辺には割れた木箱、引きずられた跡。

どれも途中で止められている。

 

血の痕はない。

 

倉庫の中では、動かされた箱だけが一箇所に寄せられていた。

元の位置は空けられ、不足分も一目で把握できる。

 

Seleneが内部を一通り見て、平坦に述べる。

 

「争点は、物資の分配と優先順位である可能性が高いです。不足は、食料と燃料に集中しています。」

「……外で話を聞く。」

 

Victorは倉庫を出て、広場の端に立つ男へ視線を戻した。

 

「補給は最近どうだ。」

「良くはねえ。来るには来るが、間が空く。」

「次がいつかは。」

「分からん。」

 

吐き捨てるような口調だった。

 

「前にも、似たような揉め事はあったか。」

「あったさ。」

 

男は頷く。

 

「その時は、倉庫番が我慢した。」

「運び屋は。」

「危ない道を通ってきた分、回すって話になった。」

「今回は、その逆か。」

「……ああ。」

 

Victorはそこで切った。

材料はもう、揃っている。

 

「分配の基準は、その場限りの口約束か。決め切れてなかったんだな。」

「決めるたびに、揉めるからな。」

 

男が苦そうに言う。

 

「ここじゃ、誰かが損を飲まなきゃ回らねえ。」

 

Victorは広場を見渡した。

倉庫は中央、天幕はその外側に張られている。

人の視線が交差しやすい。

 

「分配のやり方を変えろ。」

 

男が顔を上げる。

 

「必要な者が取りに来る形にしろ。一度に受け取れる量や回数の上限だけ決めて、下限は決めるな。」

 

男は眉を顰めた。

 

「それだと、差が出ないか?」

「出る。」

 

即答だった。

 

「だが、欲張ればそれだけ目立ち、後々自分の首を絞める。逆に遠慮をすれば、周りが他で融通する余地ができる。だから、量は自ずと調整される。」

 

男は黙り、考え込む。

 

「揉め事が起きたらどうする。」

「起こした奴の物資の一部を、住民全体に回せ。あるいは、受け取れる上限を下げろ。」

「誰が決める。」

「決めなくていい。紙にまとめて貼り出せ。もう“決まっていた”ことにする。」

 

Victorは先を続けなかった。

 

ここで必要なのは、決定ではなく余地だ。

揉め事そのものを裁く気はない。

延焼さえ止められれば、あとは向こうの都合で回る。

 

「残りを片付ける。」

 

それだけ言って、作業に入った。

 

倒れた柵を起こし、歪んだ支柱を立て直す。

割れた木箱は使えるものと使えないものとに分け、通路を塞いでいた荷を動線の外へ寄せる。

 

どれも大した仕事ではない。

力も時間も要らなかった。

 

Seleneは黙って動線を見ていた。

人が立ち止まりやすい場所、視線が交差する角度。

必要があればその都度伝えるが、指示は増やさない。

 

釘を打ち終え、Victorは立ち上がる。

広場を一巡し、最後に倉庫の前で足を止めた。

 

人の視線は集まりやすい。

物資を動かせば、必ず誰かに見られる。

ここでは、それが抑止になる。

 

「……今はこれでいい。」

 

男が報酬袋を差し出す。

 

「約束の分だ。」

「全部は要らない。」

 

男が一瞬、戸惑う。

 

「仕事が減っていた。それに、取り決めが働く保証もない。ひとまず、やった分だけでいい。」

 

自分たちは、残った灰を踏み固めただけだ。

 

「残りはどうすればいい?」

「次の巡回に回すなり、ここに使うなり、好きにしろ。」

「……そう言うなら、分かった。」

 

男は頷き、袋を取り換えた。

 

報酬を受け取って車両へ戻り、Victorはシートに身を沈める。

燃料計を見ている間、隣でSeleneが静かに口を開く。

 

「巡回部隊の初動は、適切でした。」

 

Victorは端末を操作し、依頼一覧を表示する。

 

「当事者の分離、物資状況の整理、裁定の保留。いずれも、被害拡大を避ける選択です。」

 

指を滑らせ、次の行き先を選ぶ。

 

「過度な介入を避け、後続の引き継ぎを前提とした配置も確認されました。この地域の事情を把握していない段階としては、合理的です。」

 

依頼一覧の中に“マグニ”の文字が混じっていたが、見なかったことにした。

 

「……次だ。」

 

Victorは端末を閉じ、エンジンをかける。

 

集落が遠ざかっていく。

 

背後では、入口の見張りが持ち場を交代していた。

道の縁に二人。

互いに斜めへ視線を割り、一人が前へ――Victorはそこで視線を戻した。

 

ハンドルを握り直し、前方へ意識を置く。

速度を一定に保ち、路面の感触だけを拾う。

 

前を見ていればいい。

今は、それで足りる。

 

 

 

 

 

[2065-03-29-16:10]

区分:任務

状況:依頼任務「集落内事態収拾」完了

依頼人:現地集落代表(組合経由)

経過:2065-03-29

12:30 対象集落到着

12:32 依頼主より、直前に巡回部隊が介入済みとの報告を受領

12:36 集落内状況確認および関係者からの聴取開始

12:45 物資状況および争点を整理。分配基準の不明確化を主因と判断し、分配方法見直しに関する助言を提示

12:52 倒壊柵および動線障害物の整理・復旧作業を実施

13:26 現地作業終了

13:32 現地離脱

結果:報酬受領済(減額受領)

損耗:なし

備考:本件は対象集落到着直前に巡回部隊(マグニ・セキュリティ)が介入し、当事者分離・物資整理・裁定保留・後続引き継ぎを含む初動対応を実施済み。当方の介入は事態拡大防止および再発抑制を目的とした整理・助言に限定した。

 

 

 

 

 

その日も依頼を終え、Victorたちは町中を歩いていた。

用事は済んでいる。

あとは端末の更新を待つだけだ。

 

通りは混み合っていた。

荷を抱えた人間が行き交い、足元では木箱が擦れる音が絶えない。

呼び声、値段交渉、荷を引きずる音。

風に混じって、油と埃の匂いが流れてくる。

 

Victorは歩調を一定に保ち、人の流れに逆らわない。

視線は前方に置いたまま、余計なものを追わずにいた。

 

傍らではSeleneが半歩遅れ、自然に位置をずらしながら進む。

周囲は見ているが、視線の動きは最小限だった。

 

すれ違いざま、言葉の断片が耳に触れる。

 

「最近、よく見かけるようになったよな。」

「この前、うちにも来たぞ。詮索もなくてやりやすかった。」

「良心的だが、無償じゃねえ。そこが逆に楽だ。」

 

誰かが笑い、別の誰かが短く相槌を打つ。

Seleneの視線が一瞬だけ横に流れ、すぐに前へ戻った。

 

Victorは反応しない。

何の話かは、分かり切っている。

雑音として受け流し、通り過ぎる。

 

通りを抜けかけたところで、空気が変わった。

人の流れが詰まり、言葉の調子が荒くなる。

 

怒鳴り声。

続いて、何かが倒れる音。

 

揉め事だと判断するまでに時間は要らなかった。

 

Victorは足を止めず、踵を返す。

仕事ではない。

関わる理由もない。

 

背を向けた瞬間、別の声が重なった。

 

「まずは双方、落ち着いてくれ。互いの主張を整理するところから始めよう。」

 

低いが、通りの雑音に埋もれない声量。

荒さはなく、区切りがはっきりしている。

 

――聞き覚えがある気がした。

 

Victorは、そこで初めて歩みを止める。

振り返らないまま数秒、動かずに立つ。

 

隣でSeleneが後方へ視線を送り、状況を測っているのが分かる。

 

「……行くぞ。」

 

Victorは声音を抑えて言い、再び足早に歩き出した。

Seleneが遅れて追いつく。

 

背後では、仲裁の声が続いている。

内容までは拾えない。

けれど、周囲の声の数が減り、次第に調子が落ちていくのは分かった。

 

通りを抜け、建物の影に入る頃には、喧騒は町の音に溶けていた。

 

 

 

 

 

車両に戻り、Victorは運転席に収まる。

扉が閉まり、外の音が遮断される。

 

計器を見る。

端末を起動し、依頼一覧を開く。

隣に腰を下ろしたSeleneも、黙って画面を覗き込んだ。

 

件数は変わっていない。

だが、上から順に目を追うにつれ、並ぶ語が以前とは違っていることが明確になる。

 

『巡回経路確認』

『補給路安全度再評価』

『夜間警戒支援』

『集落内トラブル調停立会』

『倉庫配置見直し・助言のみ』

 

「掃討」や「制圧」といった直接的な案件は、一覧の下へ押しやられていた。

 

火事場に駆けつける仕事は減り、代わりに火種を拾って捨てる仕事が増えている。

 

危険度は抑えられ、報酬も適正だ。

不利な条件はない。

むしろ、良くなっている。

 

依頼人の欄に目を走らせる。

その多くに、同じ名義が添えられていた。

 

マグニ・セキュリティ。

 

Victorは画面を閉じた。

 

――ここはもう、当面いい。

 

理由は組み立てる気にもならなかった。

そう判断しただけだ。

ただ、その判断に自分の手触りがなかった。

 

端末を操作し、別の地域を指定する。

南西へ。

距離はあるが、問題ない。

 

Seleneは選択された経路を確認し、わずかに首を傾げる。

それでも最後には何も言わず、頷いた。

 

エンジンをかける。

車体が静かに震え、町を離れ始めた。

 

バックミラーに、遠ざかる街並みが残る。

人影が小さくなり、埃の帯が揺れている。

 

Victorは右手を伸ばし、バックミラーの角度を変えた。

街並みが枠から外れ、灰色の路面だけが映る。

 

手を戻す。

 

前を見ろ。

そう自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

[2065-04-03-16:18]

区分:任務

状況:依頼任務「交易随伴護衛」完了

依頼人:個人交易商(組合経由)

経過:2065-04-03

13:50 現地到着

13:52 依頼人と合流。商談内容および移動経路を確認

14:01 移動開始

14:42 交易立会い開始

15:11 交易終了

15:18 任務完了確認

15:20 依頼人と分離

結果:依頼人側損失なし。報酬受領済

損耗:なし

備考:依頼人および取引相手双方に不審行動なし。周辺環境は比較的落ち着いており、市街地における小規模取引の安全度は上昇傾向。以後、行動地域を南西へ更新。

 

 

 

 

 

次に選んだ地域は、端末の評価通りだった。

補給路は寸断され、集落同士の距離も開いている。

巡回線は引かれておらず、依頼内容も従来型だ。

 

区分:掃討

対象:集落南方、野盗野営地

想定人数:十数名

周辺被害:補給路遮断、略奪

 

Victorは端末の条件を一通り見終えると、それ以上は読まなかった。

指を滑らせる必要もない。

 

余計なことを考える余地の少ない仕事の方が、今は都合が良い。

 

現地での顔合わせは手早く終わった。

集落側の代表からも、必要以上の説明はない。

 

Victorたちは情報をまとめ、夜闇の中を出発した。

 

 

 

 

 

日付が変わって間もない頃、指定地点に到着する。

 

車両を降り、距離を取って全体を捉える。

 

岩壁に囲まれた、閉じた地形だった。

外周は切り立った岩で囲まれ、外側から内部を直接見通せる場所はない。

 

出入りできるのは、岩壁の切れ目に作られた三か所の通路のみ。

いずれも通路が折れ、内部は見えない。

 

事前情報では、この内側に野営地があるとされていた。

 

Victorは視線を落とし、通路の足元を追う。

踏み固められた地面。

交差する足跡の数と向き。

 

人の出入りが継続している痕跡は明確だった。

 

短期の潜伏ではない。

ここを拠点として使っている。

 

隣で痕跡を追っていたSeleneも、同じ結論に行き着いていた。

 

「……間違いありませんね。」

 

Victorは外周に視線を巡らせ、岩壁の縁をなぞる。

角度を変えても、内部を拾える場所は見つからない。

 

普通なら、ここまでだ。

入口の配置と見張りの動きだけを前提に予測し、手を打つ。

それ以上を求めれば、手間と時間が増える。

 

Victorは縁から視線を切り、岩壁を見上げた。

高低差はあるが、登れない角度ではない。

岩肌は荒れているが風化は浅く、欠けも少ない。

 

上に立てば、内部を一望できる可能性がある。

転落や手間のリスクと、情報を欠いたまま動くリスク。

Victorは一瞬で後者を重く見積もった。

 

「登るぞ。」

 

Victorは背負っていた装備を降ろし、必要なものだけを選び直す。

武装は軽く、通信と索敵に必要な分だけ。

 

Seleneはそのまま岩壁へ向かった。

彼女にとって重量は問題にならない。

手足を替えながら、途切れなく高度を稼ぐ。

 

Victorは一拍遅れて続いた。

岩肌に手を掛け、体重を預ける場所を選ぶ。

無理はしない。

落ちれば、そこで終わりだ。

 

呼吸が乱れ始めた頃、ようやく縁に手が届いた。

体を起こすには、あと少し足場が足りない。

 

上から手が出る。

Seleneの掌が、そこにあった。

 

Victorは躊躇を挟まず掴む。

引き上げられ、縁の上へ体が収まる。

一度呼吸を整えてから、歩を進めた。

 

上から見る内部は、外で想像していたよりも整っていた。

 

岩と倒木を利用し、視線を切る配置。

遮蔽物は必要な位置にだけ置かれ、余分がない。

直線的な射線を避ける角度で揃えられている。

 

火は低く、数も抑えられていた。

風向きを読んだ位置に置かれ、煙は岩壁に沿って流れる。

外へ漏れにくい。

 

物資は一箇所に寄せられ、用途ごとにまとめられている。

箱の向きや間隔に癖はなく、同じ基準が全体に行き渡っていた。

 

「以前よりも統制があります。」

 

Seleneの声は低く、抑揚がない。

評価というより、観測結果の報告だった。

 

Victorは双眼鏡を下ろさず、動線を追う。

 

入口付近では見張りが二重に置かれている。

位置は固定されておらず、時間ごとに入れ替わっていた。

交代の間隔にも乱れはない。

 

野営地の中央でも、動きは似通っていた。

火の周りに集まる人数は一定で、長居する者はいない。

物資を扱う手つきに迷いはなく、持ち場を離れれば必ず誰かが代わりに入る。

 

休んでいる者と起きている者の区別はつくが、動作の速度や周囲への目配りに差がない。

誰が見張りで、誰が補助なのか。

もはや動きだけでは判別しづらくなっていた。

 

「……練度が、均一化され始めている。」

 

腕が上がった、という単純な話ではない。

 

突出した人間を叩けば崩れる――そういう形ではなくなっている。

誰を欠いても動きは鈍らず、空いた位置はすぐ埋まる。

判断の遅れも反応の差も、個人ごとに目立たない。

 

一点突破が効かない。

それだけで厄介さは説明できた。

 

Victorは視線を巡らせ、三つの通路を順に見る。

 

東。

天井が低く張り出し、岩肌に古い剥離跡。

足元には細かな瓦礫が溜まり、負荷が集中しやすい。

 

南。

壁面は滑らかで、天井も健全。

入口付近に遮蔽物が寄せられ、内部から外は見えにくい。

 

西。

他より通路が広く、折れ方は緩やか。

地面は均され、足跡の重なり方も一定。

遮蔽物の配置も、人が自然に流れる向きに揃えられている。

 

Victorは双眼鏡を下ろし、配置を頭の中で組み直した。

 

「……ここなら、全体が見渡せる。」

「射線も確保できます。」

 

視線が再び東へ戻る。

 

「この形なら、落とせるか。」

「はい。東側通路なら、崩落の誘発が可能です。」

「西は後から俺が塞ぐとして……南はどうだ。」

 

Seleneは西側通路を見据えたまま答える。

 

「構造的な崩落は見込めません。ただし、天井と遮蔽付近に撃ち込めば――」

「粉塵で誤魔化しが利く、か。」

「はい。」

 

Victorは思考を切り、頷いた。

 

「誘導には十分だ。」

 

この高さで、装備を抱えて再度上がるのは現実的ではない。

だから、役割を分ける。

 

「お前はここに残れ。」

「了解。」

 

Seleneは位置を調整し、身体を低くする。

視線は既に、入口の動きへ向いていた。

 

Victorは岩壁に手をかけ、来た道から慎重に降りる。

地面に足が着く頃には、呼吸も落ち着いていた。

 

作戦は決まった。

実際に塞ぐのは二か所。

残りは、塞がったと思わせればいい。

あとは、上から一方的に撃ち下ろす。

 

Victorは一度確認すると、残していた装備を回収し、装甲車へ戻った。

運転席に身を沈め、無線を開く。

 

「動きは。」

『変化なし。入口三か所とも配置は維持。交代の兆候もありません。』

 

計器に目を走らせ、片側の側面窓をやや開ける。

 

「――始めろ。」

『了解。』

 

直後、東側通路の奥から鈍い破裂音が響いた。

岩壁を伝って、低い振動が車体に届く。

 

一度。

間を置かず、もう一度。

続いて、岩が“ずれる”音。

 

崩落そのものは見えずとも、音の質で分かった。

通路はもう、使えない。

 

内部がざわつき始める。

 

『動きました。西と南に分散。』

「次だ。」

 

エンジンをかける。

低い回転数で、装甲車が息を吹き返す。

音は消せないが、騒ぎが上書きしていた。

 

続けて、南。

乾いた破裂音。

 

崩れはしない。

だが、ざわめきが一段大きくなった。

 

次に来るものを、誰もが想像する。

――落ちる。

 

その想像が、動きに表れ始める。

 

『南、停止。西へ集約。』

 

東が塞がれ、南も危うい。

残るは――西。

 

Victorはアクセルに足をかける。

 

「確認した。」

 

装甲車を動かす。

西側通路の脇へ、車体を寄せる。

 

岩壁の陰。

通路からは見えない位置だ。

 

回転数を落とし、エンジン音を抑えて待つ。

 

通路の奥で、足音が重なる。

炸裂に追い立てられるように、近づいてくる。

 

距離が縮まる。

 

Victorは、音だけを測った。

 

――今。

 

アクセルを踏み込む。

装甲車が岩壁の陰から滑り出る。

斜めに差し込むように、通路へ突っ込んだ。

 

衝撃。

 

鈍い音が車体に伝わる。

壁と車体の隙間から、人影がひとつ消えた。

 

「封鎖完了。」

『了解。』

 

悲鳴。

怒鳴り声。

金属が触れ合う音。

 

Victorは車内に留まったまま、通路を見やった。

 

奥では炸裂音が跳ね返り、圧が車体を叩く。

衝撃は一度で終わらず、何度も折り返していた。

 

装甲車越しに、変化を待つ。

 

ここからはSeleneの仕事――のはずだった。

 

間髪入れずに通路の奥で、野盗の動きがまとまりを戻す。

 

次の瞬間、銃口から一斉に閃光が散った。

散発ではない。

無駄のない間隔で、狙いは一点。

銃口は上、岩壁の縁を向いていた。

 

炸裂音が途切れ、銃声に塗り潰される。

 

『抵抗、激化……射線、抑えられています。』

 

Victorは舌打ちを一つ、喉の奥で噛み殺した。

 

「……切り替えが早い。」

 

ドアを開け、反対側から回る。

装甲車の影に身体を寄せ、姿勢を低く、照準を落とす。

 

車体の下。

微かな隙間の向こうに、脚が見えた。

 

引き金を引く。

短い反動。

影が崩れ、地面に倒れる。

 

続けて、もう一発。

通路の奥で、銃声のリズムが乱れた。

 

位置を変える。

 

脚。

倒れたところで、頭。

確認に、もう一発。

 

次の影。

 

銃声が途切れ、再び響く。

だが、もはや同じ動きにはならない。

 

『射線、回復。』

 

通路の奥で、射撃の流れが上書きされた。

炸裂音が、今度は意図を持って響く。

 

逃げ場を失った集団は、散開できない。

動きが似通っている分、同じ導線に殺到する。

均一化された練度が、ここでは仇になった。

 

ほどなく炸裂音は止まり、乾いた銃声に切り替わった。

リズムは均一。

処理の工程に入った射撃だ。

 

二人の射撃が交互に重なる。

短く、正確な音だけが上下で続いた。

 

やがて、その音も止んだ。

 

『動体反応、消失。』

 

Seleneの報告は淡々としていた。

 

「周辺に動きは。」

『確認されません。』

「……分かった。降りてこい。」

『了解。』

 

Victorは装甲車を後退させ、通路から距離を取った。

車両を降り、陰で待つ。

 

しばらくして、岩壁の縁から小さな音が落ちてきた。

砂利が転がる音。

次いで、足が地面を踏む音。

 

Seleneが装甲車の影に現れる。

呼吸は平常のまま。

 

装備に目立った損耗もない――ただ、肩口に、爪で引いたような浅い筋が一本だけあった。

その縁は、熱で変色していた。

 

「合流完了。」

 

Victorはその筋に視線を落とし、すぐに逸らした。

 

「……次からは、射撃位置を一歩下げろ。」

「はい。」

「中を見て回る。」

「了解。」

 

二人で野営地へ入る。

 

入口付近に、最初の死体があった。

形状は、意識に上げない。

 

少し進むと、同じような位置に、また一つ。

さらに奥にも、似た間合いで倒れている。

 

倒れ方のばらつきは少ない。

逃げようとして辿り着いた場所が、そのまま終点になっていた。

 

Victorは足を止めず、視線だけで周囲を拾う。

使われた遮蔽物は、その場で役目を終えていた。

 

弾痕。

砕けた岩片。

踏み荒らされた地面。

 

奥へ進むにつれ、人影は途切れる。

中央に死体は残っていなかった。

あるのは散らばった装備と、持ち主を失った荷だ。

 

Victorは使えるものと、そうでないものを切り分ける。

銃。

弾薬。

簡易な防具。

 

破損のないものだけを回収し、残りには触れない。

そこに意味を持たせる必要はなかった。

 

ただ、雑多なはずの“残り”に、妙な揃いが混じっている。

 

足元に転がっていた弾倉の一つを、Victorは拾い上げた。

指先で弾を押し出す。

 

弾頭は金属色。

次も、その次も――四発目で、赤。

 

曳光弾。

 

同じ周期が続く。

そして、最後の数発は赤で埋められていた。

 

以前、別の場所で見た配列と一致している。

 

偶然ではない。

――いや、まだ断定はできない。

 

Victorは弾倉を元に戻し、地面に置いた。

 

物資の集積点まで進み、足を止める。

箱はまとめられたまま残っていた。

数は多くないが、補給が続いていた形跡はある。

 

箱の裏。

布で覆われた、小さな機材。

Victorは布をめくった。

 

簡易通信機だった。

出力は弱いが、調整はされている。

短距離用ではない。

 

Seleneが横から覗き込む。

 

「外部と繋がっています。」

「ああ。」

 

Victorは布を戻し、視線を切る。

その先は追わなかった。

今の仕事では、そこまで要らない。

 

入口へ戻る。

回収は終わった。

残ったものに用はない。

 

Victorは内部をもう一度だけ見回し、踵を返した。

 

火点は消えた。

燃え尽きたわけではない。

それでも、ここでやれることは終わった――そう扱えばよかった。

 

 

 

 

 

帰投後、依頼主に状況を伝える。

 

「野営地は壊滅した。ただし、組織的な動きがあった。周辺と連絡を取っていた可能性がある。これで終わりとは思わない方がいい。今のうちに防備を固めておけ。」

 

依頼主は渋い顔で頷いた。

 

「……分かった。」

 

報酬が支払われ、依頼は完了する。

感謝も、安堵も、過剰には返ってこない――それでいい。

 

用事を終え、荷をまとめていると、背後で世間話が始まった。

 

「そういや、東の地域じゃ新しいPMCが入ってきたらしいな。」

「野盗を追っ払ってくれたって?」

「ああ。揉め事も片付けてくれるとかでさ。」

 

誰かが軽く笑う。

 

「うちにも来てくれないかな。その方が安上がりで安心だ。」

 

期待とも、愚痴ともつかない。

 

Victorは無言で車両へ向かう。

足取りは変わらない。

心拍も呼吸も、いつも通りだ。

 

装甲車に乗り込み、計器も端末も見ずにエンジンをかける。

アクセルを踏み、集落を離れた。

 

ふと、隣でわずかな動きがあった。

視線が向けられたのを感じる。

 

Victorは確かめなかった。

 

前だけを見る。

いつの間にか、それしか残っていなかったような気がした。

 

 

 

 

 

[2065-04-05-06:12]

区分:任務

状況:依頼任務「野盗野営地掃討」完了

依頼人:現地集落代表(組合経由)

経過:2065-04-04~2065-04-05

22:58 現地到着

23:04 移動開始

00:40 現場到着、外周一巡

01:21 登攀を経た高所偵察を実施

02:13 作戦立案

02:53 各自展開ののち作戦開始

03:16 動体反応消失を確認

03:44 野営地内部突入・確認。装備・物資の一部回収

04:22 現場離脱

06:05 帰投後報告完了、現地離脱

結果:報酬受領済

損耗:軽度

人員:Selene、右肩表層部に熱変性を伴う微細損傷

装備:被服外装に擦過(岩壁接触による軽度摩耗)

弾薬消費:中

備考:当該野盗集団は、従来よりも統制された行動を確認。個人練度の突出は見られず、組織的指導の可能性を示唆。簡易通信機の存在より、周辺地域との情報連携が行われていた可能性あり。指揮系統の特定には至らず。なお、弾薬構成において、一定間隔で曳光弾が混入している例を確認。他集団において過去に確認された弾薬配列との類似が認められるが、偶発的事象の可能性を排除できず、現時点では参考情報として扱う。高所射撃時、被弾リスク低減の余地あり。次回以降、縁端からの射撃距離と遮蔽選定を要最適化。

 

 

 

 

 




はい。お待たせしました。17話です。
今回の話は個人的にかなりクセモノでした。
めっっっっちゃ難産。気づけば一週間が経っていました。
こう、なんというか、絶妙な内面の差異とかを説明し過ぎないで滲ませるのがどうにも難しくてきつかったんですよ......
全体として内面回前編にするつもりだったのに、存在しなかった戦闘パートが加わるし(野盗側もちょっと進んだから結果オーライだけども)。
次話ではもっと上手く整理したいですね。

ログって便利ね。日付ごと場面が切り替わったことを後付けだとしても示せるので、頻繁に日を跨いだ場面転換もやりやすくなりました。
字数稼ぎをしようだなんてそんな、勿論考えてませんとも。ええ。

次回:もっと難産、内面回後編!
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