第16話のKCCO関連描写がタカ派の強硬保守になるように調整しました。(正義だの改革だのを掲げ→かつての新ソ連を取り戻す・大戦従事者の~)
「こんな辺境に呼び出しやがって。俺のルート真反対じゃねぇか。」
廃集落の外れ、崩れかけた廃屋の影に、二台の車両が並んでいた。
風が抜け、砂が壁の穴から室内へ流れ込む。
床には瓦礫と、古い生活の名残の破片。
天井の一角は落ち、斜めに差し込む光が埃を浮かせていた。
Victorは窓枠越しに周囲を測った。
遮蔽は乏しいが、その分動くものは見逃しにくい。
Seleneは車両の陰に位置を取り、監視を続ける。
廃屋の周囲に、人の痕跡はほとんど残っていなかった。
「物は。」
「当然あるよ。誰かさんのせいで、余計な手間まで食わされたけどな。こちとら車が泣いてんだぞ。」
積み荷を並べながら毒づく。
「いやマジでさ。なんでこんなとこにいんだよ。前の辺りでも依頼が切れたわけじゃねぇだろ。わざわざきつい仕事選んで回ってんのか?」
軽口の形はしているが、探る響きが混じっている。
Victorは応じず、同じ調子で返した。
「そっちはどうだ。」
「俺か? ……まあ、相変わらずの景気だな。波も大して変わらねえよ。荷は動くし、金も動く。」
Rezoは煙草を取り出し、風を見て火をつけるのをやめた。
一本を指で弄ぶ。
「ただまあ、環境は少し変わってきたな。」
Victorは反応を示さず、積み荷を検めながら耳だけを向ける。
「昔はよ、揉め事ってのは最後に血を見てやっと終わってた。最近は、その前で止まることが多い。間に入る連中がいるんだよ。」
「マグニか。」
Victorの顔が、ようやく持ち上がる。
「……どう見る。」
Rezoの口元がわずかに崩れ、すぐ締まる。
「俺は基本、中立だ。カネの流れが主食なもんでね。商売の種になるなら何でもいい。……ただ、“現状の事実だけ”で言うなら、肯定寄りになるな。」
指を折りながら続ける。
「巡回は増えた。補給路の変な小競り合いは減った。それに、古株の仕事を奪ってる感じでもねえ。残った分を他に回したり、報酬の筋を通したりもしてる。」
煙草を指で転がす。
「そういえば、俺も何度か巡回の車列を見たぜ。あと、一回だけ、”上官らしい奴”もな。」
Victorの表情は硬い。
「現地の連中に慕われてたよ。媚びてる感じでもなくて、向こうが勝手に寄ってってる。ああいうのは、演出できるもんじゃねえ。」
RezoはVictorを見る。
答えはもう出ていた。
「――で。何が気に入らない?」
「そう見えるか。」
口の端を上げる。
「見えるね。顔に出さないのが余計に分かりやすい。」
「………」
Victorは言葉を探し、やがてゆっくりと組み立て始めた。
「“秩序を持ち込む”という言い方は、あまりにも都合が良すぎる。」
Rezoは口を挟まない。
それを見て、Victorは続ける。
「俺の知る“秩序”とやらは、中身の正否にかかわらず、結果だけが“正しい”顔をする。」
理屈が並べられていく。
「線引きが曖昧でも、仕組みだけは回る。異物を弾くんじゃない。弾かれた者が、異物になる。それでも結果が積み上がれば、歪みは歪んだまま正当な形になる。」
天井の割れ目から落ちた砂が、すでに小さな山を作っていた。
「火種を潰して回る。巡回で抑える。依頼の形を整える。それ自体は有効だ。だが、問題はそこじゃない。“火種を定義する側”が誰かで、あとはどうにでもなる。」
差し込む光が、瓦礫の影を分ける。
その縁が、不自然に輪郭を保っていた。
Rezoが鼻を鳴らす。
「正論だな。」
言葉は整っている。
けれど、Rezoはその奥に残る揺らぎを見逃さなかった。
「ただ、それだけには見えないがね。」
Victorの瞬きがずれた。
二人の視線が交わる。
廃屋の隙間から風が入り、砂を転がした。
「まあ、いいさ。」
そう言って、Rezoは空箱を持ち上げた。
話を畳む時の声だった。
「俺が聞けるのは、ここまで。あんたが答えねぇなら、それで終いだ。」
車に向かいながら、背中越しに落とす。
「ただよ――見失うなよ。」
何を、とは言わない。
ものごとの本質か。
それとも、自分自身か。
Rezoの車が砂煙を巻き、視界から消える。
残ったのは乾いた風と、埃の匂いだけだった。
車両に戻り、Victorは運転席に収まる。
端末を起動し、依頼一覧を表示する。
危険度、距離、報酬、条件。
どれも悪くない。
むしろ、今の場所なら“ちょうどいい”。
画面を閉じ、エンジンをかける。
Seleneは、その指が画面に触れなかったことに気づいていた。
道中は静かだった。
荒野は広く、起伏も少ない。
ほどなく、隠れ家が見えてくる。
地形の陰に沈むように建つ、廃棄された貯水施設。
外から見れば、ただの崩れかけたコンクリートの塊だ。
装甲車が止まり、エンジンが切れる。
周囲に音は戻らない。
Victorは車両を降り、周囲を確認してから内部へ入る。
Seleneもそれに続いた。
内部は簡素だ。
照明、簡易発電機、物資箱、整備机。
必要最低限のものが、必要な位置に置かれている。
装備を降ろし、整備を済ませる。
Seleneも手順を省かず、点検を進めた。
やがて、動きが止まる。
待機に入った。
Victorは作業椅子に腰を下ろし、端末を再び起動する。
表示されるのは、先ほど閉じたはずの依頼一覧。
数値は整っている。
指標は揃っている。
迷う理由が見当たらない。
それでも、指は動かなかった。
画面の光が、視界に貼り付いたままになる。
「隊長。」
不意に、背後から声がかかる。
Victorは振り返らない。
「どうした。」
「依頼条件に問題はありません。」
「......分かっている。」
言葉を切る。
発電機の回転音が、室内を満たす。
しばらくしても、背後は静止したままだ。
「言いたいことがあるなら言え。」
返答は遅れた。
「隊長の最近の行動パターンは、統計的に逸脱しています。」
Victorの視線は、画面から外れない。
行がスクロールもされずに並んでいた。
「続けろ。」
「これまで隊長は、危険度、距離、報酬効率の最適解に基づいて依頼を選択していました。現在の選択は、その意思決定モデルと一致しません。」
Victorは息を吐いた。
「お前は、どう思う。」
回転音が、段を落とす。
「……隊長の行動は、合理性から逸脱しています。」
「それはさっき聞いた。」
言葉の間に、時間が落ちる。
「私は、現在の隊長の状態を定義できません。変化の方向性も、目的も、既存の行動モデルに当てはまりません。」
「それも聞いた。結論は。」
Victorの声は、相変わらず平坦だった。
室内の輪郭が締まる。
「原因は未特定ですが、この傾向が継続した場合、作戦行動に影響を及ぼす可能性があります。したがって、私はこの変化を無視すべき対象ではないと判断します。」
「......以上か。」
「はい。」
温度が、微かに下がった気がした。
しばらくして、再び声が落ちる。
「補足があります。」
Victorは、まだ画面を見ている。
「私にとって、この状態は望ましくありません。」
言葉の意味を、すぐには測りかねた。
「……これを表現するのに、適切な語彙が見つかりません。」
数秒。
「ですが――」
足音が一歩寄る。
「一般的な語に置き換えるならば――“心配”と、呼ばれる分類に近いと、推定されます……」
その語が画面からVictorの視線を引き剥がす。
振り返ると、Seleneはそこに立っていた。
その顔にVictorは、一瞬目を見開き――抑える。
「……了解した。」
Victorは机に向き直り、端末を閉じた。
画面が暗転する瞬間、残像が滲む。
それが何だったのかを確かめる前に、天井を見上げた。
「今日はここまでだ。休め。」
「了解しました。」
Seleneがスリープに入ったことを確認すると、Victorは手袋を投げ捨て、額に手を当てた。
息が、落ちる。
深くはない。
溜まっていたものを逃がすような、短い吐息だった。
……もはや、誤魔化しようがない。
見ないふりは、見ていないことにはならない。
目を逸らした分だけ、脳裏で輪郭が尖る。
頭の奥に、声が落ちる。
――何が気に入らない?
気に入らないものなら、いくらでも並べられる。
“秩序”。
その言葉ひとつで、どんな行為も正当化される。
決めた側の手は汚れない。
汚されるのは、常に当事者。
そんな言葉を信じろと言う方が、無理な話だ。
“KCCO”。
同じ国の人間を撃つ理由を、綺麗な言葉で飾った連中。
あのとき見たものは、正義じゃない。
選別された殺戮だ。
だから、あの副司令も信用できない。
“マグニ・セキュリティ”。
信用できない言葉を、信用できない人間が運用している。
それだけで、行き着く先は見えている。
いずれはどこかで破綻する、そう思っていた。
――正論だな。
鼻で笑うような声が、重なる。
褒めているわけじゃない。
整った言葉に逃げていることを、見抜かれた声だ。
――それだけには見えないがね。
胸の奥が軋む。
不快とも嫌悪とも言い切れない。
整合の取れていない要素が、無理に同じ枠に押し込められているような感覚だ。
指先に、あの温度が蘇る。
握った掌の熱が、血の巡りまで連れてくる。
引き金に触れなかった事実が、剥がれない。
気持ち悪い。
なのに、目の前で状況だけが良くなっていく。
嫌いな言葉と、嫌いな過去の延長の上で。
世界が、認めたくない側の手で回っている。
“正解”が続く。
積み上がる結果が、こちらの理屈を殴ってくる。
いっそどこかで失敗してくれと、よぎったことさえあった。
だから離れた。
いや、逃げた。
南西へ。
統制の薄い場所へ。
誰の看板も届かない辺境へ。
そう認めるのは、難しくなかった。
前だけ見ていればいいと思った。
問題は、その先だった。
逃げた先でも、同じ名前が聞こえる。
同じ話が出る。
同じ結果が積み上がる。
その度にまたか、と喉の奥で呟く。
放っておいてくれ。
そうも思った。
だが現実は、逃げ場を残さない。
“心配”。
背もたれから身を起こす。
乾いた空気が肺を擦る。
言葉選びが不器用だった。
だからこそ、なおさら重く突き刺さる。
こんなことをしている場合か。
自分一人なら、どうでもいい。
このまま逃げ続け、最後にどこかで弾が当たれば、それで終わり。
代償は自分だけで済む。
だが今は、Seleneがいる。
同じ車両に乗り、同じ依頼を選び、同じ戦場に立っている。
連れてきたのは自分だ。
巻き込んでいるのも自分だ。
こちらが揺れれば、彼女の判断にも影が落ちる。
一歩ずれた判断が、次の一発を呼ぶ。
自分一人の気の迷いは、もう自分だけの問題ではない。
目を閉じ、拳を握りしめる。
爪が食い込むが、痛みは鈍い。
そもそも何様なんだ、俺は。
現場で現実を動かしている連中を遠目に眺め、気に入らないという感情だけで否定材料を探す。
否定しようがなければ、見ないふりをする。
顧みようともしない。
それでも、まだ批判する側に立っているつもりでいる。
唇が歪む。
自分のやっていることは小さく、ごく限定的だ。
結局は「目の前」しか片付けていない。
何も変えていない。
何も背負っていない。
それなのに。
偉そうに。
正しい顔をして。
軍の上層部と、どこが違う。
現場にいない。
責任を取らない。
机上から血の抜けた数字だけを見て、正しさを語る。
都合の良い事実だけ抱え、合わないものは異物だと言って、切り捨てる。
――見失うなよ。
Rezoの言葉が、別の意味で響く。
あの言葉は、説教じゃない。
釘を刺しただけだ。
自分が、どこに立っているのか。
否定する側。
外から見る側。
……安全な距離にいる側。
それを――見失うな。
意地を張るな。
仲間を巻き込むな。
現実から、目を逸らすな。
否定したければ、向き合ってから否定しろ。
自分の立ち位置を棚に上げるな。
瞼を上げる。
天井は、先ほどと何も変わっていない。
ふと掌を見ると、血が滲んでいた。
逃げ続けるのは簡単だ。
理由はいくらでも作れる。
だが、それは“選んだ”ことにはならない。
椅子の背に、もう一度身体を預ける。
天井のひび割れを数える。
数え終わっても、答えは出てこない。
それでもひとつだけ、確かなことがある。
――このまま走り続ければ、いずれはSeleneの方に代償が回る。
それだけは、許せない。
発電機の音が遠くなる。
その代わりに、耳の奥で自分の血流がうるさい。
Victorは再び目を閉じ、背もたれに意識を預けた。
周囲はまだ薄暗い。
Victorはすでに起きていた。
いつもの順序で装備を検め、工具を元の位置に戻す。
通信端末の状態だけを照合して、外へ出た。
外には、夜の冷気がまだ残っている。
Victorは車両の側面に触れ、表面温度を確かめた。
異常なし。
運転席に乗り込む。
少し遅れて、助手席側のドアが開いた。
Seleneが座る。
シートベルトのロック音が小さく鳴った。
しばらく、何も言葉はない。
Victorは端末を起動する。
依頼一覧が表示される。
危険度。
距離。
報酬。
補給条件。
周辺勢力の活動傾向。
感情は考慮に入れない。
逃避も、嫌悪も、評価に含めない。
純粋に、現状での最適解。
スクロールが止まる。
【区分:警戒支援/補給路維持】
【依頼元:マグニ・セキュリティ(補助契約)】
【内容:巡回補助/地域観測】
【危険度:低~中】
【距離:短】
【報酬:標準】
刹那。
ほんの、刹那だけ。
指先が硬くなる。
思考の余分を振りほどき、画面に触れる。
選択。
確定。
隣で、姿勢が変わる。
「よろしいのですか。」
視線は、画面のまま。
報酬が“標準”で済むのは、依頼主が支払いの筋を通す前提があるからだ。
巡回補助には、金額に載らない副産物もある。
地形、流通、勢力の手触り。
巡回帯の観測は、次の依頼選定そのものの負荷を下げる。
噂じゃない“現状”が拾えるなら、それだけで採算は合う。
条件“だけ”を見れば――他を選ぶ理由はない。
「ああ。」
それ以上は、言わない。
端末を閉じる。
外で風が、車体の装甲を撫でた。
エンジンをかける前。
キーに手を掛けたまま、Victorは止まる。
言葉を探す。
見つからない。
それでも、口を開く。
「……世話を掛けたな。」
言い慣れていない声音。
Victor自身も、どこか収まりの悪さを感じていた。
Seleneは俯きがちに口を開く。
「……いえ。」
息が混ざる。
「私は、隊長の……戦術資源として……最適解を選択したまでです。」
続けるでもなく、言い直すでもなく。
沈黙に戻った。
Victorは横を見る。
今度は、しっかりと。
昨日より長く。
Seleneの表情は、変わらない。
けれど、緊張が抜けていた。
それが、十分だった。
Victorは前を向き、キーを回す。
装甲車が震え、陰から身を乗り出す。
朝の光が荒野を押し上げていく。
地平線の向こうで、空の色が薄くほどけていた。
隠れ家は、すぐに背後の地形に沈む。
そこにあった痕跡は、数分もすれば風に消える。
発電機の代わりに、路面の起伏が車内に満ちる。
Victorは前を見る。
隣で、Seleneは外縁を監視している。
配置は同じ。
役割も同じ。
それでも。
昨日までとまったく同じではなかった。
進行方向。
北東、巡回帯。
車両は、一直線に荒野へ滑り出していった。
[2065-04-12-07:02]
区分:行動指針
状況:判断基準の整理
起因:直近行動における判断合理性逸脱の発生確認
改定項目:
・感情由来の忌避、嫌悪は判断基準に含めない
・過去事例による先入観は、現場観測より優先しない
・勢力評価と個別案件評価は分離する
・受諾/撤退判断は、現時点の条件のみで行う(戦力、補給、地形、時間)
運用方針:
・思想と作戦は混同しない
・不信は検証対象まで。結論理由には使わない
・同乗者の安全は、個人判断より優先
・判断遅延はリスクとして扱う
評価:暫定適用。要継続観察
巡回帯の外縁に差し掛かったところで、Victorは一段速度を落とした。
荒野の色は変わらない。
地面も、特別変わった様子はない。
轍はばらばらだ。
軽車両。
中量車両。
古いタイヤ痕と、新しい摩耗が重なっている。
路肩に低い金属杭が現れる。
簡易センサー。
塗料はまだ新しい。
設置間隔は揃っているが、地形に合わせて微妙に調整されている箇所もあった。
ここから先は、人の手が入っている。
地形の陰。
最初に視界へ入ったのは、統一規格の装甲車が数台。
同一の外装モジュール、アンテナ配置、塗装パターン――マグニだ。
その周囲に、改修車両が散っている。
古いフレーム。
増設装甲。
材質も固定方法も揃っていないが、整備状態は悪くない。
同業。
呼ばれて集まった顔ぶれ。
一見すれば、統一感はない。
だが、停車位置に射線の分担、死角の受け持ちまでもが噛み合っていた。
互いを知らない連中が、打ち合わせもなくここまで揃うはずがない。
配置に滲んでいるのは、共有された意図だ。
誰かが全体を見ていなければ、辿り着かない並びだった。
Victorは正面に入らない角度で車両を止める。
同時に、マグニ側の装甲車のドアが開いた。
一人降り、こちらに向かって歩を進める。
無駄肉のない顔つき。
精悍という印象だけが残る。
重心は前。
武器は下げていながら、いつでも戻せる位置に保持されていた。
Victorが先に降り、Seleneは半歩遅れて続く。
相手の男は距離を詰めない。
声を張らずに届く距離で止まる。
「巡回補助の協力部隊か。」
「そうだ。」
男の視線が順に流れる。
Victor。
Selene。
装甲車。
最後に、手元の端末。
「確認した。全員揃い次第、役を振る。それまで待機。問題があれば、俺に。」
それだけで、この場を背負っているのが誰かは明白になった。
「了解。状況は。」
男は即答する。
「大規模接触なし。補給路への直接接近は減少傾向。小規模反応が散発。現在はその対処が主だ。」
「把握した。」
Victorは車列の外縁を目だけでなぞる。
「……あそこに停めればいいか。」
問いではなく、確認。
男は一瞬目を細め、頷いた。
車両が所定の位置に収まると、動きはいったん止まった。
それぞれが自分の持ち場で待機に入る。
端末を覗く者、周囲をなぞる者、車体に背を預ける者。
配置は、崩れない。
ただ、時間だけが粛々と進んだ。
砂煙が、少し離れた方向に立つ。
一台。
続けて、もう一台。
後続だ。
ほどなく、先ほどの男が周囲を一巡し、声を張った。
「全員揃ったので、これより班を分ける。」
マグニ側の班が順に示され、各班に協力者が均等に割り当てられていく。
火力。
機動。
観測。
誰かの指示を待つでもなく、呼ばれた者たちが動き出す。
協力者同士を固めることはしない。
用途ごとに、噛み合うように配置されていった。
確認は最小限で、言葉少なに進む。
Victorは、観測班に配属された。
Seleneも同じ班に入る。
班が確定したところで、再び声が上がった。
「各班で最終確認。細部は班で詰めろ。」
呼び止める者はいない。
各班が、それぞれの単位で動き始める。
Victorの属する班にも、数名の協力者が入っていた。
Seleneは自然に、Victorの一歩後ろへ入る。
観測班のマグニ隊員が、短く挙手する。
「俺がここの班長だ。出る前に、最低限だけ合わせる。」
班長は端末を軽く叩き、簡易表示を展開する。
「この班は外縁寄りを担当する。補給路への直接接近は少ない。だが、全体で流れを読む必要がある。」
画面を指でなぞる。
「反応については深追いしない。押し返すか泳がせ、あとは火力と機動班に回す。」
視線が班全体をなぞり、協力者たちのところで止まる。
「センサー情報は端末に共有しておく。感触は各自で拾ってくれ。」
班長は端末を閉じる。
「……以上だ。動く。」
合図から間もなく、順番にエンジンが目を覚ます。
低く、揃いすぎない音が荒野に広がった。
観測班の車両が外縁に回る。
火力と機動は内側。
隊列は詰めず、だが間も空けすぎない。
先頭車両が動き出し、それに遅れず、車列全体が滑り出した。
砂が、控えめに巻き上がる。
巡回が始まった。
外縁側の地形は、なだらかだ。
遮蔽は少なく、視界は良好。
Victorは地平線を追わない。
近景――地面寄りを中心に見る。
Seleneが、その先を補うように読んでいた。
センサー表示に突出はない。
拾うべきなのは値ではなく、遷移。
数分。
異常として切り出せる変化は出なかった。
Seleneが、表示を一段拡大する。
「地表振動、微弱。周期、一定。」
Victorは前を見たまま返す。
「位置。」
「右前方、三百。移動速度、低。」
同時に、班長の無線が開く。
『観測、右前方三百。既設ログと照合入る。隊形は維持。』
火力班も機動班も、何も言わない。
車列の“密度”が、微かに変わるのみ。
前方のマグニ車両が、センサー感度を一段引き上げた。
既設センサーのログが呼び出され、現在値と重ねられる。
Victorは速度を変えず、車体のラインを外へ寄せた。
確認の邪魔をしない範囲で、“見え方”をずらす。
直後、波形が瞬間的に位相を外した。
Seleneが低く報告する。
「……反応あり。こちらの挙動に対する追従が確認できます。」
挙動は途切れず、だが増勢もない。
距離は維持されている。
接近の兆候も、離脱の兆候も見えない。
無線が再び開く。
『観測、追尾継続。予定通り進行。対象は泳がせる。』
車列は速度を変えずに進む。
表示に新しいレイヤが重なり、Seleneが分解する。
「……振動源、分離。二、ないし三。」
前方のマグニ車両が、即座に補足する。
『熱源、複数視認。』
判定ログが更新される。
『規模、小。』
対象は、進行に対して相対位置を保ち続ける。
『人為挙動、確度上昇。』
判断が下りる。
『機動、準備。座標、送る。』
Victorは前を見たまま口を開く。
「進言。詰めるなら前方二百、段丘ラインから。初動の死角に使える。」
無線が一度、静まる。
班長が即座に拾った。
『機動、進路補正。了解。』
間を置かず。
『確保優先。抵抗時のみ制圧。』
『了解。』
機動班の車両が半数、段丘の陰に差し掛かったところで隊列を外れる。
進路だけが地形に吸われるように消えた。
観測班と火力班は、そのまま進む。
段丘を抜ける。
視界が開けたところで、外縁の反応がはっきりと動きを変えた。
反転。
一気に離脱方向へ振れる。
車両の数が減っていることに気づいたのだろう。
だが、遅い。
段丘の裏側から、機動班が出る。
射線の通らない位置、逃げ道だけを潰す角度で。
「……接触。」
振動が急激に散る。
『確保、三名。抵抗、軽微。後送に回る。』
『了解。機動、後送後、事情聴取。』
『了解。』
『巡回、続行。』
確保までの判断。
投入の速さ。
詰め方と引き際。
どれも過不足がない。
車列は速度を変えない。
段丘の向こうで起きた出来事は、すでに処理の終わった工程として流される。
外縁観測は続く。
補給路確認。
既設センサーのログ回収。
無線は静かだが、途切れているわけではない。
必要な情報だけが、必要な粒度で流れ続ける。
『機動、後送完了。聴取は現地班に委任、合流する。』
『了解。』
手順確認のやり取りは、最後まで発生しない。
それぞれが、次に何をすべきかをすでに理解していた。
Victorは前を見たまま、その流れを追う。
誰か一人の腕ではない。
班単位でもない。
――統制が、末端まで通っている。
軍でも、ここまで揃っていない部隊はあった。
機動班が合流するころには、巡回は既に後半に入っていた。
隊列も、配置も、速度も、そのまま保たれる。
Seleneが再び一つ、反応を拾う。
「……左外縁、五百。移動、低速。」
距離はある。
規模も小さい。
挙動は、先ほどと近い。
『観測、捕捉。警戒維持。』
一拍も置かず、続く。
『追尾は不要。進路、維持。』
それだけ。
機動班も火力班も、配置を変えない。
反応はしばらく一定距離を維持したまま並走すると、やがて地形の陰に沈んだ。
以降、大きな変化は出ない。
補給路の状態は安定。
既設センサーのログも異常を示さずに、巡回は予定通り終了した。
車列が集結地点に戻るころには、空の色が傾いていた。
エンジン音が一台、また一台と落ちていく。
完全には静まらない。
どこかでまだ、誰かの動く音が残っている。
『巡回ログ、送る。』
端末が開かれる。
同期は問題なく通る。
修正を求める表示も出ない。
「受領。」
続いて報酬の仮確定が表示される。
Victorは一度だけ目を通し、閉じる。
隣で、Seleneの同期も終わる。
「……完了。」
「了解。」
各班で解散が掛かる。
人の流れがほどける。
誰も長居はしようとしない。
次の行き先は、それぞれもう決まっていた。
Victorは車両の側面から手を離し、Seleneを一度見やって歩き出した。
Seleneは小さく頷き、その場に残る。
班長は端末を片手に、報告をまとめていた。
画面の項目をいくつか走査し、必要な欄を埋めていく。
送信ログを確認してから、Victorに視線を上げた。
「最近、動きは。」
班長は肩の力を抜く。
「変わらん。減りはしたが、消えてはいない。ただ、上の働きかけのおかげで前よりは読みやすくなった。」
「そうか。」
Victorは、空に目を逃がして言う。
「……さっきの判断だが。」
班長は表情を変えない。
「なぜ、二度目は追わなかった。」
遠くでエンジン音が一つ鳴る。
「あの先は巡回帯の外、未整備域だ。今回は、そこまでしてやる任務じゃなかった。それに――」
言い差し、続ける。
「下手に追い散らすと、不確定要素が増える。補給路沿いの移動と、接触する可能性があると判断した。」
「……理解した。」
班長は端末に視線を落とし、少しだけ口元を緩めた。
「ちょうどいい。小隊長がお呼びだ。今来れるか。」
端末を軽く持ち上げ、画面を示す。
「Selene。」
名前だけで通じる。
Seleneは頷き、無言で後ろに付いた。
Victorは班長に向き直る。
「……行く。」
三人は、そのまま集結地点の奥へ向かった。
少し離れた位置で、巡回開始時に全体をまとめていた男が、別の隊員と言葉を交わしていた。
近づく気配に気づき、話を切る。
「お連れしました。」
視線がVictorとSeleneを往復し、男――小隊長は頷く。
「ご苦労。下がっていい。」
「了解。」
班長はその場で敬礼し、持ち場に戻る。
三人だけが残った。
小隊長は、VictorとSeleneを改めて見る。
「報告は受け取っている。加えて、巡回前の動向についても加味させてもらった。」
視線を外さず続ける。
「こちらの意図を汲み取った動きだった。その上で余計な突出もなければ、消極的でもない。」
息を継ぐ。
「そういった人材には、こちらから声を掛けておく方針だ。今後も依頼を回すために、名前を上に一報入れても構わんか。」
Victorは条件を並べる。
利は明確だ。
巡回帯の周辺情報。
次に繋がる接点。
良条件の継続受注。
それでも、判断が引っかかる。
原因も、分かっている。
思考に余分が残る中――視界の端に、Seleneが入る。
「……邪魔にならない範囲なら。」
「了解した。」
小隊長は端末を開き、手早く何かを送る。
操作を終えると、視線をVictorに寄せた。
「確認は通った。名前が上で引っかかったが……副司令と面識があったのか。」
Victorはすぐには答えない。
風が頬を切る。
「一度だけだ。」
小隊長は、それ以上は踏み込まない。
「そうか。」
端末を腰に戻す。
「向こうも名前は認識している。必要があれば、いずれ声が掛かるだろう。」
先のことは、先で決まる。
それだけの話だ。
「今日のところは、以上だ。協力に感謝する。」
解散の言い方ではない。
だが、意味は同じだった。
Victorは頷き、踵を返す。
Seleneも、静かに続く。
背後では、すでに次の報告が動き始めていた。
車両に戻る。
エンジンを掛ける前、Victorは助手席を一度だけ目視する。
――問題ない。
キーを回す。
装甲車が動き出す。
Victorは前を見る。
隣で、Seleneは外縁を監視している。
風も、地形も、遠くの地平も。
荒野は先ほどまでと変わっていない。
ただ――見方は変わりつつある。
装甲車はそのまま巡回帯を離れ、同じ景色の中へと戻っていった。
[2065-04-12-18:36]
区分:任務
状況:依頼任務「巡回帯外縁監視」完了
依頼人:PMC部隊「マグニ・セキュリティ」(組合経由)
共同実施:マグニ・セキュリティ巡回小隊
経過:2065-04-12
13:55 巡回帯外縁、集結地点到着
14:02 協力部隊集合完了、班分け実施。
14:10 巡回開始
15:06 右前方約300mにて微弱地表振動を捕捉
15:16 対象確保(3名)。巡回継続
16:11 左外縁遠距離反応確認。追尾不要と判断、巡回優先
17:42 巡回終了、集結地点帰投
18:05 巡回ログ同期・報告完了
結果:報酬受領済
損耗:なし
備考:当該巡回は、巡回帯外縁における抑止・監視を主目的としたもの。小規模接触は確認されたが、攻勢規模への拡大は見られず。確保対象は巡回帯外縁での監視行動を実施していた斥候であると推定。巡回部隊は班単位での判断共有および即応展開能力が高く、末端行動レベルまで統制が浸透していることを確認。当該PMCより今後の依頼回送に関する非公式打診あり。関係は限定的協力を維持する方針。
はい。お久しぶりです。
遅くなって申し訳ありません。
ここ最近一行描写毎の消費カロリーが倍増して燃え尽きかけましたが、私は元気です。
進めるごとの矛盾チェック箇所が多くてキツイのよ......
とはいえ書きたいパートはまだまだ先なのでね、それをモチベにしつつ、遅くなっても続けていきたい所存です。
余談
そういえば最近ですね、某終末宅配ゲーがプレステに発売されたんですがね、わりとこの世界観としても通ずるものがあってえらくドハマりしてるんですけども、今イベもサクラの宅配ですか。いやね、100式遂に来ましたね。非っ常に嬉しい限り。ただ、件の宅配ゲーも中国産だった気がするんですよねぇ......おや? すごい偶然。
このまま反逆小隊も実装されてくれれば泣きます。