Mercs' Frontline   作:発伝記

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第19話 4月15日

装甲車の減速とともに、錆びた鉄骨の列が視界に入ってきた。

 

元は門だった場所に、仮設のバリケードが組まれている。

ドラム缶とワイヤーの、簡易的な封鎖。

脇には数字と色だけの札が結束バンドで固定され、風に鳴っていた。

 

上方では小型の監視ドローンが一つ、浮いている。

可動域は固定されている。

 

侵入検知ではなく、エリア管理。

見せるための存在だ。

 

ヤードは既に半分以上が片付いていた。

地面には切断屑が散り、轍の溝に金属粉が溜まっている。

奥ではコンテナフレームが山にされ、手前では解体済みの梁材が長さごとに並べられていた。

 

遅かったわけではない。

予定通りだ。

午前の前半は、別の班が入っていたのだろう。

 

Victorは指示された仮設ラインの脇へ寄せ、エンジンを落とした。

 

外に出ると、古い鉄材の鈍い匂いがした。

遅れて、劣化した被覆材の、甘くも苦くもない匂いが鼻に薄く重なる。

空気には、削り粉の粉っぽさが漂っていた。

 

遠くでグラインダーの高い音が続き、近くでは重機の低い唸りが途切れ途切れに響いている。

火花が散るたび、誰かが短く声を上げた。

鉄が床に落ちる音が、遅れて跳ね返る。

 

ヤード中央、仮設テーブルの脇にマグニの現場責任者が立っていた。

端末を片手に、作業ラインを一瞥する。

視線は作業員と資材の山を同じ速さでなぞっていく。

 

Victorたちを見ると、軽く顎を引いた。

 

「後半組だな。西側ラック列三段目から、青だけでいい。選別は済んでいる。回収量は端末に。基本給に加え、出来高は重量だ。」

 

それだけ言って、もう次の車両の方を見た。

 

Victorは西側を一度見る。

 

解体途中の支柱。

切断済みの梁材。

外されたケーブル束。

 

仕分け山は既にできていて、長尺材、板材、フレームで山が違う。

側面には簡易タグが差し込まれている。

 

整備域番号と、用途略号。

修繕用、補修材、外壁。

搬送先は決まっている。

 

やることは分かる。

Seleneに視線を送る。

Seleneは頷いた。

 

ラック列の端から入る。

青のペイントが飛沫のように残った部材だけを拾う。

 

ペイントが剥げた箇所もあるが、Seleneは躊躇なく指先でなぞる。

表面温度と反響差で合金を識別していく。

 

「再利用可能です。」

 

隣の班が一度迷った部材を、彼女は迷わない。

 

「……持っていく。」

 

Victorは短く返し、線を引き直す。

切断位置を一度で決め、余計な短冊を作らない。

 

長尺材を持ち上げる。

手袋越しに、日を吸った鉄のぬるさが残っていた。

持ち替えると、内側はまだ冷えている。

 

そのままローラーに乗せ、積載ラインへ流す。

二人で運ぶより速い。

 

隣の班が長尺材を、二度目の切断で短くしすぎる。

火花が跳ね、短冊が転がる。

 

舌打ちが一つ。

端材はそのまま山へ投げられた。

 

直後、一人が端末を覗き込む。

表示は増えている。

それで十分らしい。

 

少し離れた位置では、別の班が切断位置を測ってから作業に入っている。

手際は悪くない。

端末を見て、仲間たちと頷き合う。

 

Victorは一瞥だけ寄越し、何も言わずに次の材へ移った。

 

ケーブル束は絡みが酷い。

Seleneが根元を押さえ、Victorが必要な長さで切り分ける。

束ねる。

ワイヤーで締める。

 

Victorが次の切断位置を考える前に、Seleneの判定が先に出る。

作業が、半拍ずつ前に進んでいった。

 

途中、切断済みの配電盤の残骸が目に入る。

外箱だけが残り、内部のブレーカー群は抜かれていた。

 

ネジ穴の周りは新しく、切断面は均一だ。

銅の匂いがしない。

端子部だけが、正確に抜かれている。

 

専門班が先に入っている。

 

端末に重量を入力する。

数値は即時に中央へ同期される。

 

青の総量は既に登録されている。

誤差は、許容値を外れていなかった。

 

Seleneはその間、一度も手を止めない。

青のマーキングを確認し、材を弾き、次に移る。

思ったより、青の山は早く崩れた。

 

ラック列の青が尽きる頃、周囲の班が撤収の準備を始めた。

 

汗を拭う手袋の音。

ヘルメットをずらして息をつく男。

誰かが水筒を傾ける。

 

まだ動いている班もいるが、もう“急ぎ”の様子はない。

午前の仕事が終わる空気だ。

 

「割当分、完了です。」

 

仮設テーブルの方では、責任者が端末に何かを入力していた。

 

数秒後、手持ちの端末が短く振動する。

Victorは表示を一瞥する。

 

基本給、出来高、管理費控除。

端数は切り上げ処理。

計算は速い。

 

責任者は一度だけ視線を上げた。

 

Victorは小さく息を吐く。

仕事は滞りなく終わった。

 

「帰るか。」

 

ヤードを出た時点で、まだ昼前だった。

 

 

 

 

 

地形の陰に沿うように、倉庫が沈んでいた。

外壁は一部崩れ、シャッターは半分だけ歪んだまま開いている。

放棄された資材庫。

 

装甲車を、建物の側面の影に沿わせて停める。

車体の前半分だけが、影に入る。

 

外に出る。

周囲を一度流す。

 

風。

金属の鳴り。

動くものはない。

 

扉を押す前に、空を見上げる。

日はまだ高かった。

 

扉を開けた途端、内部の空気がわずかに動く。

床には薄く埃が乗っている。

だが、物の配置は変わっていない。

 

空気は温い。

外の熱が、ゆっくりと中へ滲んでいる。

 

床の埃には、前回の足跡がそのまま残っていた。

上から落ちた粉が、その縁をわずかに埋める。

 

Seleneが先に一歩踏み込む。

視線が、壁際の棚、作業机、奥の通路へと順に流れる。

 

「異常はありません。」

 

Victorは頷いた。

 

扉を閉めるとその場で装備を降ろし、簡易点検を済ませる。

ボルトの緩みに給弾機構の作動、光学系の曇り。

 

点検は短時間で終わる。

不具合は、ない。

手を入れる余地もない。

 

精密分解を伴った整備は、つい先日済ませたばかりだ。

今はやれることも、やるべきことも、ほとんど残っていなかった。

 

装甲車も同じだ。

油圧、履帯、冷却系。

異常は見つからず、確認はすぐに終わった。

 

Victorは椅子に腰を下ろし、端末を開く。

通知はない。

 

依頼一覧を流す。

今日の分は、早めに終わっている。

無理に受ける理由もない。

手頃なものも、見当たらない。

 

[2065-04-15-12:28]

区分:任務

状況:依頼任務「資材回収作業」完了

依頼人:PMC部隊「マグニ・セキュリティ」(組合経由)

実施場所:整備域指定ヤード

経過:2065-04-15

09:25 整備域外縁到着

09:28 仮設受付にて割当確認。西側ラック列三段目(青識別材)回収開始

11:14 割当重量到達

11:20 最終確認・端末同期。精算完了

11:24 現地離脱

結果:報酬受領済(基本給+重量出来高制)

損耗:なし

備考:資材は用途別に事前選別済み。高価値部材は専門班が先行回収。工程は端末同期管理。

 

――保存。

 

画面を閉じる。

 

工具箱の留め具に手を伸ばす。

一度開け、また閉める。

 

何が入っているかは分かっていた。

確認の必要はない。

 

視線が壁際の棚へ流れる。

次に、床。

天井。

戻る。

 

Seleneは既に点検を終えていた。

壁際に、待機状態で立っている。

 

Victorは椅子に深く座り直す。

背もたれが微かに軋む。

 

それきり、音がない。

 

目を閉じる。

横になれば、眠れる。

訓練で、そうできるようにはなっている。

 

だが、今は違う。

視界の暗転すら長く感じた。

すぐに、開けてしまう。

 

端末を再び開く。

依頼一覧は変わらない。

画面を戻す。

 

連絡先。

組合。

マグニ。

仲介業者。

 

その下に、Rezoの名前がある。

指先が、画面に触れかける。

止まる。

 

「………」

 

通話履歴の最終日時が表示されている。

通話時間は短い。

更新はない。

 

画面を閉じる。

もう一度開く。

スクロールする。

連絡先は、すぐに終わる。

 

必要なものだけ、残っている。

それで困ることはない。

 

静かだ。

時間だけが余る。

 

悪くない。

……悪くないはずだ。

 

「隊長。」

 

声が掛かる。

 

「どうされましたか。」

 

振り向くと、Seleneがこちらを見ていた。

視線はVictorの手元へ落ちている。

 

指先が肘掛けを叩いていたことに、初めて気づく。

 

「……なんでもない。」

 

Seleneは、Victorを見つめたまま沈黙する。

 

追及はこない。

沈黙が、思いの外長い。

 

やがて、扉の方へ視線が移った。

 

「周辺状況を確認してみてはいかがでしょうか。本日分の活動時間に余裕があります。」

 

淡々とした提案だった。

 

Victorは端末を置いて立ち上がる。

 

「……そうだな。」

 

扉へ向かう。

Seleneが続く。

 

外に出ると、光はまだ高い位置にあった。

熱は落ちていない。

 

装甲車の影が、短く地面に貼り付いている。

倉庫の影も、ほとんど伸びていない。

 

空は白く、色が薄い。

雲はない。

 

時間は進んでいるはずだ。

けれど、それを示すものは何もなかった。

 

Victorは運転席に乗り込む。

Seleneは助手席へ収まる。

 

ドアが閉まる音が、倉庫の壁で返る。

 

エンジンを掛ける。

低い振動が、車体を満たす。

 

「周囲を一周する。」

 

それだけ言う。

Seleneは小さく頷いた。

 

車体が影から抜ける。

装甲車は倉庫を離れ、日射に向けて進み出した。

 

 

 

 

 

「北西三百、動体反応なし。熱源検出されず。」

「……了解。」

 

間を置かず、次の走査へ移る。

 

緩やかな起伏。

舗装のない道。

露出した骨組みの影。

 

視界に動きはない。

 

Victorは計器に目を落とす。

燃料残量に問題はない。

 

装甲車は進み続ける。

 

「南東、二百。振動なし。微弱反応。風起因と推定。」

 

Seleneの平坦な報告が続く。

 

Victorは「了解」とだけ返す。

あるいは、返さない時もある。

どちらでも、変わらない。

 

観測の名目で、周囲をもう一度なぞる。

 

緩やかな起伏。

舗装のない道。

露出した骨組みの影。

 

どれも、さきほどと変わらない。

 

変わり映えのない景色。

今さら新鮮さはなかった。

 

計器の針は、一定の速度で進んでいる。

それだけは正確だ。

 

言葉少なに走行が続く。

 

前方に、小高い丘が浮かび上がる。

地形の中で、唯一高さを持つ。

周囲を一望する分には、使える。

 

Victorは速度を落とす。

数秒、走行を続ける。

 

「あそこから見る。」

 

Seleneは頷いた。

 

手前で止める。

エンジンを落とすと、風の音が戻ってくる。

 

砂が靴底で崩れる。

乾いた音が、斜面を落ちる。

 

二人で上る。

会話はない。

 

日差しがほぼ真上から落ちる。

影は足元に張り付いたままだ。

 

縁に立つ。

荒野が広がる。

 

地表はひび割れ、ところどころに黒ずんだ鉄骨が突き出している。

遠く、廃棄された車両の残骸。

そのさらに先に、半ば沈んだ建造物の影。

 

視界は取れている。

見通せる。

それだけだ。

 

日射が砂を焼く。

地表から熱が立ち上り、空間が揺らいだ錯覚を受ける。

 

特筆すべき変化はない。

危険も、動きも、意味も。

 

風が地面を撫でる。

砂が、薄く均される。

 

ふと、隣の気配を意識する。

 

Seleneは同じように立ち、地平線をなぞっている。

瞳の動きは一定。

焦点は遠方に固定されたまま、補正を繰り返している。

 

同じ景色を見ているのか。

それとも、別のものを見ているのか。

 

横顔からは読み取れない。

何を考えているのかも、分からない。

 

――いや。

知ろうとしたことが、あっただろうか。

 

視線を、いったん地平線へ戻す。

 

「……何が見える。」

 

問いは、静かに落ちた。

 

Seleneは視線を動かさない。

 

「視界内に動体反応なし。熱源検出、地表のみ。廃車両残骸三。建造物基礎部の露出を確認。崩落進行度は、前回観測時と大差ありません。」

 

淡々とした列挙。

報告に淀みはない。

 

Victorは、Seleneを見ながら問いを重ねる。

 

「どう思う。」

 

Seleneが、Victorに向き直る。

無機質な瞳と、視線が合った。

 

「ご質問の意図を捉えかねます。」

「景色としてだ。感慨でも印象でも、なんでもいい。」

 

呼吸が一つ分、落ちる。

 

「見て、どう思う。」

 

沈黙。

 

Seleneの瞳が、もう一度地平線をなぞる。

観測速度は変わらない。

 

指先が動く。

 

腰のあたり。

装備の縁を探るように、無意識に触れている。

 

癖。

 

以前にも、見たことがあったかもしれない。

気に留めなかっただけだ。

 

風が二人の間を横切る。

 

「……現時点で、特筆すべき変化はありません。感慨を抱く要素は、確認できませんでした。」

 

合理的な結論。

指先は止まっていた。

 

「そうか。」

 

Victorは鼻から息を抜いた。

視線を戻し、しばらく荒野を眺め続ける。

 

ひび割れた地表。

突き出た黒ずみの鉄骨。

廃棄車両の残骸。

 

直射が照りつける。

風が抜ける。

砂が流れる。

 

沈んだ建造物の影の隙間に、動きが映る。

目を凝らすが、何もいない。

 

「――今度、街にでも行くか。」

 

不意に、言葉がこぼれた。

 

Seleneが拾う。

 

「補給ですか?」

「いや……」

 

続きが出てこない。

理由を組み立てる。

うまく繋がらない。

 

「なんとなくだ。」

 

言葉が落ちてから、間がひらく。

その響きが、自分のものに馴染まなかった。

 

視線を荒野に逃がす。

遠方では、鉄骨の縁が白く光っていた。

 

「……合理性に欠けます。」

 

視界の端で、Seleneを捉える。

 

「嫌か。」

「いえ……」

 

横顔は変わらない。

指先が、再び装備の縁をかすめる。

 

Victorは黙って、その先に意識を置いていた。

 

やがて、動きが止まる。

 

「お供させていただきます。」

「……そうか。」

 

もう一度だけ、荒野を見渡す。

地表、鉄骨、廃車両、建造物。

 

「戻るぞ。」

「はい。」

 

踵を返す。

いつの間に、風は弱まっていた。

 

二人で斜面を下り始める。

音の抜けた空気が、足元を満たす。

 

砂が崩れる。

乾いた音の隙間で、微かな金属音が混じった。

 

銃や装備のものとは、少し違う。

 

Seleneは歩調を変えない。

Victorも振り向かない。

 

掌に収まるほどの小さな重みが、装備のどこかでわずかに揺れていた。

 

 

 

 

 

地形の陰に沿うように、倉庫が沈んでいた。

倉庫の影が、正午とは角度を変えている。

シャッターの歪みが、床に細い線を描いていた。

 

装甲車を、建物の側面に沿わせて停める。

車体はほとんど影の中に収まった。

 

外に出る。

周囲を一度流す。

 

風は止んでいる。

影だけがゆっくりと伸びていた。

 

扉を押す前に、空を見上げる。

日差しは傾き始めていた。

 

扉を開けた途端、内部の空気が入れ替わる。

床の埃はそのままだ。

 

空気はわずかに冷えている。

昼の熱はもう、奥に押しやられていた。

 

埃の上に、足跡は増えていない。

上から落ちた粉で、縁は埋まっていた。

 

Seleneが先に踏み込む。

視線が順に流れる。

 

「異常はありません。」

 

Victorは頷く。

装備を降ろし、装甲車へ戻る。

 

エンジンルームを開ける。

残熱がまだある。

 

履帯の張りを確認。

油圧値、冷却系統。

異常なし。

 

倉庫内へ戻る。

 

椅子に腰を下ろし、端末を開く。

通知はない。

 

依頼一覧を流さず、そのまま閉じる。

今度は開き直さない。

表示を切り、机に伏せた。

 

工具箱に手を伸ばす。

確認の必要はない。

開かずそのまま、端へ寄せる。

 

外では光が、ゆっくりと色を落としていた。

 

静かだ。

それでいい。

 

Seleneは壁際で待機している。

姿勢は変わらない。

 

Victorは一瞥だけ送り、机に向き直った。

 

椅子にもたれ、目を閉じる。

暗転は、長くない。

 

すぐに意識は落ちていった。

 

 

 

 

 




はい。間を空けておいてこの内容でお出しするのはなかなか気が引けますが、これ以上は蛇足になりそうだったのでこのような形となりました。申し訳ない。
テイストは補話寄りかな?補話は別途用意しますが。
次話がねぇ......個人的にめちゃくちゃ苦手な部類の内容なのでね、その結果、今話と順番を入れ替えたという経緯があります。
なので次話はもう途中までやってるので、今回ほど空くことはないでしょう。そう願う。

余談
泣いた。
反逆小隊遂に来ましたよ。無印時代にビジュがぶっ刺さった面子。
というか、多現菌さんのがマジで良いんですよ。
双連乱数のスーツ姿が一番好きですね。今回2にも出たということで、もう全額捧げても悔いはない。

そういえば前話のときに100式に触れたばかりだった気がしますが。
本当にペース戻さないとヤバい。
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