Mercs' Frontline   作:発伝記

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第20話 4月18日

装甲車は前進を続ける。

 

路面の反発は一定。

サスペンションの上下幅も小さい。

 

砂の層は薄く、砕石が均等に混ざる。

圧縮された路面が、車体の下を滑っていた。

 

朝の低い光が、杭の影を長く引いている。

 

規格品。

上部の塗装はまだ新しい。

数は、以前よりも増えていた。

 

Victorはそれを横目に流す。

 

ここ最近、巡回帯を移動するたびに目に入る。

初めて見た頃のような違和感は、もうなかった。

目が慣れただけだ。

 

装甲車はさらに進む。

杭列は、途切れず続いていた。

 

前方の地形の陰に、車両の並びが見える。

 

数が多い。

塗装も配置も揃っている。

 

通信アンテナを展開した車両が一台。

整備用の資材を降ろしている車両が二台。

 

揃っているという事実だけで、ここが「場」として成立しているのが分かる。

 

周囲には天幕が二張。

間で仮設電源が回っている。

エンジンの鼓動とは別の音が、決まったリズムで混ざっていた。

 

巡回帯運用の、延長線上にある光景。

 

Victorはアクセルを戻す。

装甲車を、空いている区画に寄せた。

 

他の車両と向きを合わせる。

停止。

エンジンを落とす。

 

外では作業音が続いている。

誰もこちらを気にしていない。

認証は、既に通っていた。

 

装甲車の冷却音が、ゆっくり落ちていく。

 

巡回帯の境界にあたる前進拠点。

ここが、今回の集合地点だ。

 

Victorはドアを開け、地面に降りた。

 

排気の焦げが薄く漂い、熱気が足首の高さで滞っている。

ゴムと塗料の匂いが、まだ新しかった。

 

反対側でSeleneも降りる。

 

天幕の方へ向かう。

足元は均され、作業用の通路がはっきりと残っていた。

 

道中で数名が横切る。

資材を運んでいる者。

端末を見ながら歩く者。

 

視線は交わるが、引っかからない。

この場では、個人より先に手順がある。

 

その合間に、別の一団が見える。

武装、装備の揃え方に、佇まい。

現場慣れした連中だ。

 

視線が合う。

見覚えがあった。

以前、Rezoがダミーとして雇っていた傭兵たち。

 

言葉は交わさない。

傭兵たちは軽く会釈し、Victorも同じように返す。

 

この場にいる理由は、言葉にするまでもなかった。

 

視線が外れる。

傭兵たちは、そのまま別方向へ歩いていった。

 

Victorはそのまま歩みを進める。

 

天幕の影に、一人立っている。

こちらを見ているわけではない。

だが、到着は把握している。

 

Victorが距離を詰めると、顔を上げた。

 

「時間通りだな。Rowen。……一月ぶりか。」

 

――Voronin副司令。

 

Victorは軽く頷くだけに留める。

 

「今回の想定は。」

 

副司令の表情が一瞬和らぐ。

 

「話が早くて助かる。」

 

すぐに元へ戻り、境界の向こう側を示した。

 

「現行の巡回帯を、段階的に外へ広げる。」

 

端末を開く。

簡易表示が展開される。

 

「線を引く前の擦り合わせが、今回の主目的だ。押すつもりはない。」

 

Victorは表示を見下ろす。

 

既存巡回帯の外縁。

さらに外側に、小さな集落の点が散っていた。

点は点のままだが、線が近づけば意味が変わる。

 

「拡張予定域にかかる集落を回る。接触し、聞き取りで現状を拾う。」

 

新しい話ではない。

もとより組まれていた手順だろう。

 

「互いの輪郭を先に知る――巡回帯は一方的に引いても機能しない。線が折り合って、初めて成り立つものだ。」

 

作戦説明としては余分だが、言葉は頭に残った。

 

「武装は通常でいい。威圧は不要。ただし、出方は見る。軽くも見せるな。」

「予定は。」

「今日中に三箇所、順にだ。既に一度、顔は出している。今回は二巡目。いずれも性質が違う。」

 

指先が、順に三点を追う。

 

「一つは、比較的肯定的。もう一つは、中立。内部で問題を抱えている様子がある。」

 

一拍。

 

「最後の一つは――不明。前回接触時は、門前で拒否された。」

 

Victorは表示から目を離さない。

 

「俺たちに、何を求めている。」

「以前と変わらん。現地の視点と、現場で上書きする判断だ。」

 

視線が副司令に向く。

 

「それだけか?」

 

副司令は僅かに口元を動かす。

肯定とも否定とも取れない、ごく短い反応だった。

 

「残りは”余白”だ。埋め方は任せる。」

 

Victorは表示へ視線を戻す。

その「余白」が、一番危険な領域でもある。

 

「交戦判断の基準は。」

「三つだ。直接攻撃。補給路への現実的な脅威。第三者への危害が発生、あるいは確実視された場合。それ以外は撃たん。」

「移動順は。」

「肯定寄りの地域からだ。ここから西、距離は短い。以降は向こうの出方次第だ。……他には?」

 

Victorは一度、Seleneを見やる。

Seleneは頷きで応えた。

 

「以上だ。」

 

 

 

 

 

車内ではすでに、準備が整っていた。

 

「通信リンク維持。車列共有正常。センサー異常なし。」

 

Seleneは端末表示を一巡させ、同期状態を固定する。

 

Victorは計器を一度なぞる。

警告なし。

出力は安定している。

 

前方では、副司令車がすでに始動していた。

排気の揺らぎが、地表の空気をわずかに歪める。

 

乗員は四名。

威圧にならず、だが崩れもしない数だ。

 

Victorはキーに手を掛けた。

エンジンが点火し、低い振動が車体に広がる。

 

同時に、前方の車両が動き出す。

Victorは、間を取って後ろについた。

 

前進拠点の区画を抜ける。

 

天幕に整備車両、仮設電源。

それらが背後へ流れていく。

 

杭列が途切れる。

路面の反発が、はっきりと変わる。

 

境界の先。

二台の車両は、そのまま西へ入った。

 

 

 

 

 

タイヤが拾う振動は、不揃いなままだった。

砕石の粒度も、踏み固め方も、場所ごとにばらつきがある。

 

マグニが来る以前は、これが当たり前だった。

Victorにとっては、むしろ長く見てきた側の景色だ。

 

やがて、地形の向こうに人工の輪郭が現れる。

低い建造物が並び、周囲は土と鉄板とコンクリ片が混じった、防壁とも呼べない外縁に囲まれていた。

 

副司令車が減速する。

Victorも、間隔を変えることなく合わせた。

 

外周に、人影がある。

見張りだ。

数は多くなくとも、立ち位置は理にかなっている。

 

車列が接近すると、その一人が内部へ合図を送る。

慌てず、急ぐ様子もない。

 

副司令車は、集落外縁から適度な距離で停止した。

Victorもその後方で止める。

 

外周の人影が、肩の角度だけを変える。

警戒は維持されていながら、銃口が向けられることはない。

 

副司令が先に降りる。

それを見て、Victorたちもドアを開けて地面に降りた。

 

装備はそのまま。

隠すでも誇示するでもない。

 

副司令側の乗員は車内に残り、周囲監視を続けている。

一名だけがドアを開けたまま、外周と集落の両方を視界に入れていた。

 

ほどなく、外縁の内側から三名が歩いてくる。

先頭の男が手を上げた。

 

「副司令殿。お早い到着ですね。」

 

声は落ち着いている。

武器は、背に回されていた。

 

副司令は軽く顎を引く。

 

「変わりはないか。」

「西側の井戸は掘り直しました。水回りの補修も一通り終わっています。配管の継ぎ目を固めれば、しばらくは持つでしょう。」

 

言葉によそよそしさはない。

へりくだりもない。

 

「そちらの方々は?」

 

VictorとSeleneに視線が集まる。

好奇と警戒が、同量で混じっている。

 

「我々の協力者だ。」

「なるほど……立ち話もなんですから、どうぞ中へ。」

 

副司令は歩き出す。

隊員二名は外周へ残り、随伴の一名が同行する。

VictorとSeleneも続いた。

 

外縁の内側は、思っていたより整っている。

廃材は用途ごとに分けられ、仮設の屋根には新しい補修跡があった。

 

屋根材の継ぎ目には、色の違う板が混じっている。

継ぎ目の並びは揃っていた。

 

足元には踏み抜きがない。

踏み跡は重なり、生活動線がはっきりしていた。

 

副司令と代表が並ぶ。

 

「Michaelの家はどうだ。前回は老朽化が目立っていたが。」

「今はほとんど建て替えられています。いただいた補修具類も助かりました。」

「南側の勾配は。」

「助言通りに変えました。ただ、水が抜けすぎる場所は、こちらで石を足しました。」

 

副司令が足を止める。

井戸と外縁、その間隔を測るように視線を走らせた。

 

井戸からは湿りが流れ、外の乾きを鈍らせる。

周囲の土は締まっている。

石を足したであろう箇所だけ、色が一段濃かった。

 

「妥当な判断だな。」

 

後方では、随伴の隊員が半歩遅れて歩く。

副司令の死角を外さない位置を保ち、歩幅を微調整している。

 

Victorたちはさらに一歩遅れる。

通路の奥行きと、屋根の高さを測るように視線を巡らせていた。

 

窓の隙間。

半開きの扉。

屋根の縁。

人の気配が途切れない。

 

子どもが一人、物陰からこちらを覗いた。

すぐに大人が肩に手を置き、奥へ下がらせる。

 

目がある。

数は多くない。

 

Seleneが抑えて告げる。

 

「高所二。外縁寄り二。武装確認なし。」

 

測られている。

敵意は感じられなかった。

 

集落の中心部が見えてくる。

木材で組まれた長机に、日除け布。

簡易の会合スペースだ。

 

副司令たちが足を止めた。

 

「さて。前回の続きだ。」

 

端末に簡易表示を出した。

巡回帯の線が、集落外縁をかすめる。

 

代表がそれを見る。

 

「常駐は。」

「置かない。」

 

即答。

 

「税や徴発は。」

「ない。」

「巡回の頻度は。」

「週三。異常があれば増える。」

「傷病者が出た場合の搬送は。」

「必要なら繋ぐ。ただし主導はそちらだ。」

 

代表は一度、外周に目をやる。

 

「最近、近隣の夜は静かなものだと聞きます。巡回帯がこちらにも伸びれば、見張りも減らせますな。」

 

直後、副司令の目元がほんの一瞬だけ引き締まった。

 

「減らせる場面もあるだろう。だが、巡回は常にいるわけではない。」

 

視線が荒野を走る。

 

「見張りには、見張りの意味がある。」

「なるほど……」

 

代表は即答しない。

表示と外縁を見比べる。

 

やがてひとつ息を置き、頷いた。

 

「……わかりました。集落までの拡張、受け入れましょう。ただし内部の運営についてはこれまで通り、我々の裁量で。」

「それが良い。不足があった時は手を貸そう。」

 

会談は滞りなく終わった。

集落内の空気も緩む。

 

副司令は随伴隊員に目配せし、その場を離れる。

 

Victorは去り際、副司令の横顔を一瞥する。

表情は変わらない。

目元の硬さだけが、意識の奥に引っ掛かった。

 

車列は外縁を離れ、砂地へ出る。

路面の感触が戻る。

 

背後の集落は、次第に地形のうねりに沈んでいった。

 

 

 

 

 

無線は静かなまま。

エンジン音がしばらく続く。

 

遠くに、色の散った影が重なる。

 

積み重ねられた残骸の塊。

外縁の高さはばらばらだ。

仕切りの継ぎ目が歪んでいた。

 

人影が先に目につく。

数が多い。

重なっている場所と、空いた場所がある。

 

副司令車の排気が、微かに緩む。

 

車列を視認した瞬間、銃を上げる者と下げたままの者が混在する。

構えた銃口は定まらない。

 

合図はない。

前に出る者が決まらない。

 

車列が止まると、内側から二つの塊が出てきた。

互いに距離を取っている。

 

副司令が降りる。

その足が地に着くより先に、片方の塊から男が一人、駆け寄ってきた。

大げさに両手を広げる。

 

「副司令殿! お待ちしておりました!」

 

距離を詰めすぎる。

車内で気配が動き、副司令の手がそれを制する。

 

男の表情が一瞬引きつるが、すぐに笑顔を貼り直した。

 

「巡回帯の件、我々は前向きです。外の状況も聞いております。ぜひ正式に――」

「勝手に決めるな!」

 

別の塊から怒号が飛ぶ。

 

「まだ話は終わっていない!」

「よそ者を入れるな!」

 

声が重なる。

言葉が噛み合わない。

 

副司令は足を止めたまま、動かない。

 

「順に聞こう。」

 

高くはないが、通る声。

それでも順番は守られない。

 

「巡回帯に入れば襲撃は減るんだろう?」

「そんな保証どこにある!」

 

Victorは内部へ視線を流す。

 

一方の区画は、新しい板が目立つ。

釘の跡が揃っている。

 

もう一方は古いまま。

割れた板が、打ち直されずに残っている。

 

Seleneが抑えて告げる。

 

「居住密度に偏り。生活動線、断絶傾向。」

 

ざわめきが増す。

両側とも声は荒い。

だが熱は混ざらず、中央に薄い空白が残った。

 

「副司令殿が保護してくれるはずだ!」

「何が保護だ! 信用できるか!」

 

乾いた砂が靴底で鳴り、舞い上がった粉が喉に張り付く。

言葉は前に出るが、足は互いの側へ踏み込まない。

 

応酬が続き、矛先が徐々に副司令に向いていった。

一人が一歩、前に出る。

 

「巡回帯を広げて、何をするつもりだ。」

 

男の視線が副司令を射抜く。

瞬きすらない。

 

「何を企んでいる。」

「違う! 副司令殿は我々を守ってくれる!」

 

初めの男が被せる。

 

「ねぇ、そうでしょう!? 副司令殿からもどうぞ言ってやってください。」

 

音が止まる。

視線が集まる。

 

Victorもまた、副司令を見た。

 

――どう出る。

 

誰かが重心を移す。

互いの呼気が重なり、行き場を失う。

 

副司令が、口を開いた。

 

「それは違う。」

 

声音は平坦だった。

 

「我々は、集落を保護しない。」

 

男の顔が強張る。

喉が鳴る音が、ひとつ落ちた。

 

「そんな……それじゃあ話が違うじゃないですか……」

 

副司令は微動だにしない。

周囲のざわめきだけが揺れている。

 

「勘違いをさせてしまったようなので、訂正しておこう。」

 

両側へ順に、目を向ける。

 

「巡回は、その外側の脅威を抑止するものだ。それ以上でも、以下でもない。」

 

返す声が出ない。

 

「内側の維持も支援はするが、主体はそちらにある。」

 

口を開きかけ、閉じる者もいる。

 

「判断や意見を取りまとめるのも、あくまでそちらの領分だ。」

 

数人が黙ったまま目を伏せ、別の数人はひそひそと話し合っていた。

副司令はそこで言葉を畳む。

 

「頃合いを見て、また出直そう。一度しっかり話し合ってくれ。結論は急がなくていい。」

 

踵を返す。

見送る者はいない。

 

間を置いて、再び言葉がぶつかり始める。

 

今度は、副司令を向いていなかった。

 

 

 

 

 

車列は荒れた路面を進む。

前方車両との距離は一定。

砂塵が尾を引いては、すぐに崩れる。

 

高い光の下で、砂は色を薄くしている。

タイヤが浮いた小石を弾き、細かな衝撃がハンドルに返った。

 

Victorは計器を一瞥する。

針は動かない。

 

「周辺、動体反応なし。熱源検出せず。」

「了解。」

 

無線が入る。

 

『Rowen。』

「聞いている。」

 

無線はすぐには続かない。

小さなノイズが、一度走る。

 

『先の件について、どう思う。』

 

タイヤが路面の凹みを拾う。

応答がやや遅れた。

 

「……何に対してだ。」

「集落の反応について。」

「俺に聞くのか。」

「一意見としてだ。」

 

Victorは窓の外へ視線を送る。

逆光の照り返しが揺れ、地表の輪郭が滲んでいた。

 

「内部が割れていた。依存したい側と、距離を置きたい側。」

『ほう。』

「補修の偏りに、生活圏の分断。今日できた亀裂じゃない。」

 

理由は見えない。

あれがすべてとも思えない。

 

ただ――。

 

「依存側は、マグニを内政の梃子にしようとしていた。」

 

無線は割り込まず、続きを待つ。

 

「巡回を受け入れれば、反対側は強く出られなくなると踏んでいた。マグニの存在を盾にして、発言権を固めるつもりだった。」

 

車体の揺れが続く。

 

『我々は、どう扱うべきだったと思う。――ああいう“割れ”を。』

 

一つ、簡単な道はあった。

 

依存側は既に傾いている。

それを抱き込み、線を引き直す。

反発を退け、恩恵を積み、成果を示し続ける。

そうすれば、いずれ反対側も現実に染まる。

 

それが機能する場面は、何度も見てきた。

 

しかしそれは、今日の副司令の選択になかった。

 

「俺は為政者じゃない。」

『……そうか。』

 

通信の向こうで、息がひとつ漏れる。

笑ったのかもしれない。

 

『参考になった。』

 

無線が閉じる。

再びエンジン音が車内を満たす。

 

前方の地形は、すでに形を変えつつあった。

 

 

 

 

 

砂塵が薄くなり、風向きが変わる。

車列はそのまま進み、地形の陰が新しい影に置き換わっていく。

 

遠くに人工物が現れる。

背が高い。

 

土嚢を芯に、鉄板を重ねている。

継ぎ目は粗いが、隙間はなかった。

 

根元には、見張りが複数。

外壁の上端からも影が覗く。

 

車列が接近したところで、銃口が一斉に向けられた。

 

『各員、車内で待機。』

 

車列が止まり次第、副司令がドアを開ける。

単身、両手を上げながらゆっくりと地面に降りた。

 

銃口が追う。

 

数歩。

 

「そこで止まれ。」

 

影の位置が定まる。

反射光がフロントガラスをかすめ、副司令の背中を一瞬白く浮かせた。

 

Victorは車内から全体を見ている。

 

外縁上部に四。地上に三。

うち二は交差角を取り、死角を潰している。

 

間隔は均等。

構えは低く、角度が揃っている。

 

見張りの一人が、口を開いた。

 

「またお前たちか。用件は。」

「巡回帯の件で、代表と話がしたい。」

 

奥で影が一つ消えた。

周囲の銃口は動かない。

 

副司令は、両手を下ろさずにいる。

 

ほどなく、奥から足音が近づいてきた。

若い男が現れる。

 

歩幅に逡巡がない。

銃は肩にかけたまま。

 

副司令の前に立つ。

 

「巡回帯は不要だと伝えたはずだ。」

「承知している。」

「ならなぜ来た。」

「線が近づく前に、確認を。」

 

男が軽く肩を揺らす。

 

「近づく? 侵食の間違いだろ。」

「解釈はそちらの自由だ。」

 

視線が副司令の肩越しに流れる。

 

「そこの連中は。」

「協力者だ。他意はない。」

 

顎で示す。

 

「降ろせ。」

「私の指揮下にはない。」

 

銃口は揃ったまま。

空気が硬くなる。

 

数秒。

 

ロックの外れる音が、はっきりと響く。

ドアが押し開かれた。

靴底が砂を擦る。

 

反対側でも、Seleneの手がドアにかかる。

視線を合わせる。

手が離れた。

 

Victorは歩き出す。

両手は上げない。

武器にも触れない。

 

照り返しが強い。

銃口の半数が向き直る。

 

砂のずれる音が、数歩だけ続いた。

 

「そこまでだ。」

 

男の目が、Victorの肩から腰へ落ちる。

そのまま装備の縁をなぞり、足元で止まった。

 

「傭兵。なぜそちらにつく。」

「ついてはいない。」

 

副司令は口を挟まない。

 

「契約だ。」

「契約なら、どちらにも立つのか。」

「条件次第だ。」

 

男の眉が動く。

 

「覚えておこう。」

 

片足が、副司令の側へ踏み替えられる。

 

「確認だったな。」

「そうだ。」

「こっちは干渉を望まない。」

「それはこちらも同じだ。」

 

男は鼻先で息を吐く。

 

「なら勝手にしろ。外で何をしていようが関係のないことだ。」

「境界は。」

「弾が届かない範囲だ。いちいち細かく決めてられるか。」

 

副司令が外周を見渡す。

砂地の起伏が、視線の届く範囲を途切れさせていた。

 

「では、集落から半径一・二キロメートル。それを境に、互いに立ち入らないと記録しておく。」

 

笑いにもならない音が漏れる。

 

「立ち入るも何も、こっちは端からそうだ。決め事にするのはそっちの都合だろ。――まあいい。用が済んだのなら、早く立ち去れ。」

「承知した。協力に感謝する。」

 

副司令が踵を返す。

向けられた銃口は下がらない。

 

Victorも車内へ戻った。

 

「どうされました。」

「いや……」

 

エンジンをかける。

 

踵を返したときの、副司令の横顔が脳裏をよぎる。

 

結果として、巡回帯は集落を避ける形になる。

半径一・二キロ分の抜け。

地図上では、明確な断絶だ。

 

――副司令の口元が、ほんのわずかに緩んでいた。

 

車列が動き出す。

 

背後で声は上がらない。

銃口と視線だけが、最後まで追っていた。

 

 

 

 

 

前進拠点の輪郭が、夕陽の角度でわずかに色を変えていた。

 

仮設天幕の一つが畳まれ、代わりに新しい資材が積まれている。

運用は止まっていない。

今日の一巡も、その流れの一部に過ぎない。

 

エンジンを落とす。

外では、すでに次の作業が動いている。

 

副司令は端末を開き、随伴隊員と短く言葉を交わす。

 

「第一、受諾。第二、保留。第三、境界確認済み。記録反映。」

 

隊員が頷き、表示を更新する。

 

地図上で線が重ねられる。

その内の一点の周囲に、半径一・二の空白が刻まれた。

 

Victorはそれをちらと見ただけで、何も言わない。

 

「本日の任務は以上だ。」

 

簡潔な締め。

 

報酬は妥当。

交戦なし、付帯警戒含む。

 

Victorは確認し、端末を通して受領する。

 

「完了。」

 

契約はここで切れる。

空の色は薄く、境が曖昧になり始めていた。

排気の焦げが、朝と変わらず空気に張り付く。

 

Victorは車へ向かう。

 

「Rowen。」

 

背後から呼ばれる。

驚きはない。

振り返る。

 

副司令は距離を詰めない。

声も抑えている。

 

その傍らで、Seleneが車体の陰から位置を変えた。

副司令と外周、両方が視界に入る角度。

 

「以前、野盗の動きについて思い当たる節があると言っていたな。」

 

任務が建前だとは思わない。

だが、それだけで終わるとも思っていなかった。

 

冒頭に置かれた言葉が、遅れて形を持つ。

“余白”。

 

「確証はないとも言った。」

「所感で構わん。こちらも同じ手触りを感じているかもしれん。」

 

発電機の周期音が続く。

薄暮で空気が冷え始め、熱が足元から抜けていた。

 

「私の見立てでは、野盗の背後に指揮系統がある。それも、手練れの。」

 

Victorはすぐに答えない。

端末の画面が自動消灯し、周囲の光だけが残る。

 

「動きからして――軍、あるいはそれに準ずる組織。……可能性の話だ。」

「やはりな。道理で既視感があった。」

 

遠方で誰かが点呼を取る声が上がる。

 

「問題はその広がり方だ。装備の補修癖が、離れた集団で一致していた。他にも同じ癖が別地点で浮き出ている。」

 

Victorの記憶が重なる。

 

Rezoの補給路での襲撃。

南西で潰した野営地。

 

装備の扱いが、同じだった。

練度の誤差も、経過で説明がつく。

 

「巡回帯に組み込まれる前の東。それと......南西で見た。」

 

Seleneが静かに補足する。

 

「いずれも戦術的整合性を確認。散発的事象としては、均質性が高すぎます。」

 

どちらも続けない。

音の周期が二巡目に入る。

 

「一度、行動範囲の傾向を測る。何かあれば、声をかよう。」

「買い被りすぎだ。」

「過ぎた謙遜は反感を買うぞ。」

 

隊員が一度足を止め、すぐ持ち場へ戻る。

 

「以前の報告分。それに今回の見立て。十分だ。」

 

Victorが何か言いかける前に、副司令が続ける。

 

「無理強いはせん。」

「……記憶しておく。」

「それでいい。」

 

Victorが車へ戻る。

Seleneは周囲を流し見てから助手席に収まった。

ドアを閉める音が、薄暮に吸われる。

 

装甲車は前進拠点を離れた。

規格杭が、車窓の外を一直線に流れていく。

 

杭列は朝より伸びている。

線は帯となり、地面に根を下ろし始めていた。

 

だが――背後では、別の線がつながりつつある。

 

地図には載らない。

まだ、誰も引いたとは宣言していない線だった。

 

 

 

 

 

[2065-04-18-19:41]

区分:任務

状況:巡回補助任務「巡回帯拡張・集落接触」完了

依頼人:PMC部隊「マグニ・セキュリティ」(Sergei Voronin 副司令指名)

共同実施:マグニ・セキュリティ前進拠点運用部隊

経過:2065-04-18

07:50 巡回帯前進拠点到着

08:00 車列編成、移動開始

08:42 第一集落到着

08:50 当該集落代表者と会談

09:08 巡回帯外縁の段階的接続を受諾。現地離脱

10:42 第二集落到着

10:50 副司令判断により、協議保留のまま撤収

13:03 第三集落到着

13:10 代表者と境界協議。

13:15 巡回帯の介入拒否を再確認後、離脱

16:58 前進拠点帰投

17:16 報酬受領。契約完了

17:18 副司令より追加聴取

17:29 拠点離脱

結果:報酬受領済

損耗:なし

備考:拡張は一方的進出ではなく、接触を通じた擦り合わせを主目的として実施。野盗側の練度均質化範囲については継続監視対象。マグニ・セキュリティ副司令との関係は限定的協力を維持。

 

 

 

 

 




はい。苦手パート第一です。
なぜ苦手か。政治は門外漢だからです。
とはいえ、先の話はこうした類の物事がけっこう継続的に出ます。ぐぎぎぎぎ。

そういえば、最近擬音系とか全くないですよね。
まあまずはそこじゃないだろって問題もまだまだありますが。

余談
三月三日になっちまいました。
一部の人間にとっては運命の分水嶺です。
かくいう私も例に漏れず。吐きそう。本当に気が気でない。

次回は生きてたら補話かな。

追記
終盤の会話おもっきしやらかしてたので修正しました。
21話に回すはずだったものなのでかなり致命的で手遅れかもしれませんが、それ以前の内容はお忘れいただければ。
まじで申し訳ないです。

追記の追記
なんとか生き残ることができました。
これで晴れて社会人。晴れて?
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