Mercs' Frontline   作:発伝記

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・第13話のSeleneの装備の描写関係を修正しました。(ごつい銃抱えてて警戒が解けるわけがない)
・追記にも示しましたが、第20話の終盤の会話内容を修正しました。(第21話の話の内容にがっつり抵触)







補話/短編集 2

2065年2月17日

 

 

 

 

 

――Victorが女を連れてきた。

 

 

 

 

 

朝の空気に油と整備剤の匂いが混じっている日は、たいてい普通の仕事だ。

 

車か武器のどっちかが壊れただけ。

部品を替えて、金をもらう。

それで終わり。

 

けど、そこに火薬と真鍮の匂いが混じる日は、決まってろくでもない。

ましてそれが”あいつ”由来ならなおさらだ。

 

今、俺の目の前には、倉庫の在庫を赤字線まで削った原因がきれいに積み上がっていた。

箱の側面に貼られた札を、指先で軽く弾く。

 

旧規格榴弾。

メンテナンスツール一式。

冷却系モジュール。

その他装備諸々。

 

流通量は最底辺。

これをここまで揃えるのに、三つの倉庫と二つの仲介を噛ませてる。

 

まともな仕事じゃない。

つまり、客もまともじゃないってことだ。

 

不愛想で、必要以上に喋らない。

人も状況も信用しない。

 

合理でものを考えるくせ、その中身がたまに狂ってる。

俺も何度か、きれいに組んだ計算に爆弾を放り込まれたことがあった。

 

そんな奴だ。

 

そのとき、遠くでエンジン音が鳴った。

荒地を走ってきた車の音はだいたい分かる。

 

乾いた回転。

減速。

砂利を踏む振動。

 

ああ、来たな。

 

俺は箱の山から視線を外し、倉庫の入口まで歩いた。

錆びたシャッターの影に背を預け、腕を組む。

 

原因の顔を拝むには、ここがちょうどいい。

 

エンジンが止まる。

ドアが閉まる音。

 

足音が――二つ。

 

………二つ?

 

音が近づく。

通路の向こうから、二つの影が現れた。

 

最初に見えたのは、Victor。

それは予想通りだ。

 

問題は、その半歩後ろだ。

 

――今日の爆弾は、女の形をしていた。

 

淡い青の髪。

荒地じゃかなり珍しい。

 

表情は動かない。

瞳もほとんど揺れない。

顔立ちは妙に整っている。

 

思考が一瞬止まった。

 

女を連れてくる。

その発想が、まずあいつに似合わない。

 

顔には出さない。

出したらダメだ。

商売人ってのは、客に動揺を知られた時点で半分負けてる。

 

だから俺は、いつもの調子で口笛を吹いた。

 

「おいおい……仲間を作れとは言ったがよ……まさかお前が女を連れてくるとはな。荒地に花が咲く日が来るとは、こりゃ天変地異の前触れか?」

 

声は震えてない。

多分。

上手く言えたはずだ。

 

「戦術人形だ。」

 

……ああ。

そういえば、こいつはそういう奴だったわ。

 

 

 

 

 

その人形――いや、嬢ちゃんの名前はSeleneっていうらしい。

しかも、名付け親があいつだ。

 

今日帰ったら、花でも仕入れて植えてみるか。

今なら案外、逞しく育つかもしれねぇ。

 

ま、それは一旦置いといて。

俺は改めて、その嬢ちゃんを頭からつま先まで見つめた。

 

噂には聞いていた。

人工皮膚ってやつは、劣化さえしてなきゃ人間と見分けがつかないらしい。

実際、その通りなんだろう。

 

ただ、今の状態は良くない。

長いこと倉庫にでも放り込まれてたみてぇな、乾いたひびが残ってやがる。

 

その上に、また別の跡がある。

腕まわりの微妙な歪み。

袖口の焦げに、煤。

 

こっちはまだ新しい。

 

気がつくと、周りに人が集まっていた。

倉庫の連中だ。

 

無理もないか。

こんなもん、生で見るのは俺だって初めてだ。

 

「嬢ちゃん、それちょっと借りるぞ。」

 

俺は一人に目配せした。

そいつが頷いて銃を受け取った瞬間――。

 

「うおっ!?」

 

膝が一瞬沈む。

慌てて持ち直す。

 

「落とすなよ。壊したらお前の給料、三か月分飛ぶからな。」

 

小さく笑いが漏れるのをよそに、改めて銃を見やる。

 

ごつい。

いや、ごついなんてもんじゃない。

 

でけぇ照準器。

おまけに榴弾発射機をそのままライフルにくっつけましたみたいなフォルム。

 

これって本当に歩兵用なのかよ。

 

……まあいい。

まずは採寸だな。

 

両肩に軽く指を当てる。

嬢ちゃんは微動だにしない。

 

「で、二人の馴れ初めは?」

 

幅を測る。

人工皮膚は思ったより柔らかい。

 

「私は、廃棄予定個体として輸送中でした。」

 

後ろで木箱が床を擦る音がする。

装備箱が引き寄せられていた。

 

「夜間野営時に襲撃が発生。当該状況において、自己判断で制圧に参加。対象を殲滅しました。」

 

メジャーを背中に回して胸囲を測る。

プレートのサイズはこの辺りか。

 

「輸送完了後、所有権の移譲が行われました。」

 

次は腰に回す。

 

「へえ。つまり拾われたわけか。」

 

最後に腕の長さをざっと測る。

 

「そのような理解で支障ありません。」

 

そういえば、この娘は"殲滅"したって言ったな。

"撃退"じゃない。

 

「ちなみに、襲撃相手は?」

「傭兵集団、十名規模。および、中規模のE.L.I.Ds群です。」

 

俺は思わず眉を上げた。

 

Victorも怪我した様子はなかったし、嬢ちゃんにも目立つ破損はない。

強いってのは本当らしいな。

 

「よし、サイズは大体掴めた。」

 

振り返ると、まだ何人かが様子を見ていた。

 

わざと声を低くする。

 

「おいお前ら、見せもんじゃねぇぞ。仕事に戻れ。」

「へいへい。」

 

誰かがぼやき、靴音がばらばらに散っていく。

すぐにまた、箱を動かす音と工具の音だけが残った。

 

俺は傍らの箱を開け、中身をざっと見渡す。

いくつか引っ張り出して、小脇に抱えた。

 

「ほら、これだ。」

 

嬢ちゃんに差し出しながら、積み上がった木箱を顎で示す。

 

「その裏で着替えな。汚れも落とせるように道具がもうある。」

 

木箱の陰に姿が消えるのを見送って、俺は壁にもたれかかる。

腕を組み、天井の鉄骨を見上げた。

 

「なあ、嬢ちゃん。」

「はい。」

 

木箱の向こうで、布と留め具の音がする。

装備を合わせているらしい。

 

「さっきあいつに聞いた。長期運用も視野に入れてるってな。つまり、しばらくは一緒に動く気らしい。」

「そのように認識しています。」

「で、だ。」

 

床の埃を靴先で払う。

 

「嬢ちゃんの方はどうなんだ?」

 

布擦れの音が一瞬止まる。

 

「質問の意図を確認します。」

「あいつの下で動くの、問題ねぇのかって話だ。長く使うなら、こっちも補給の算段が変わるんでね。」

 

短い沈黙。

 

「現時点では、運用継続の可否は未確定です。」

 

まあ、そう言うわな。

 

「ただし。」

 

布の音がまた動き出す。

 

「現管理主体による運用は、合理的であると判断しています。現段階で離脱要因は確認されていません。」

 

合理的、ね。

あいつにとっては、それ以上ない答えだ。

 

俺は苦笑した。

 

「じゃあまあ、商売としては問題なしだ。」

 

腕を組み直す。

木箱の向こうへ向けて、軽く顎を上げる。

 

「なら長い付き合いになるな。よろしく頼むぜ――Seleneの嬢ちゃん。」

「了解しました。」

 

やがて、着替えの音が途切れる。

 

靴底が床を踏む音。

一歩、二歩。

 

箱の陰から姿が現れた。

 

見た目良し。

サイズも問題なさそうだ。

 

まずインナー。

薄いコンプレッション素材を選んだ。

 

その上に小型のプレートキャリア。

守るのは胸だけ。

最低限の防護。

 

上着は軽いやつを一枚。

肩を落として羽織る形で、丈は腰骨に軽くかかる程度。

左右から輪郭を包むように垂らしてある。

 

袖はあるが、インナーも含めて肩は半ば露出。

やたらあいつが排熱にうるさかったからな。

ただ念のため、背面には軽めのプレートを一枚仕込んでおいた。

 

腰回りは弾薬ポーチとツール入れ。

細かい装備もいくつか追加。

上が軽い分、こっちで少し盛った。

 

下半身はさらに軽い。

太腿半ばまでの戦術パンツ。

ニーパッドは無し。

機動優先。

 

あとは小物だ。

手袋は指出しグローブ。

首元には薄いスカーフ。

 

アクセント――ついでに防塵。

この辺の荒地じゃ、どのみち必要になる。

見栄えも少し整えた。

 

「あの、これは……」

「悪くねぇ。よく似合ってるぜ。」

「いえ……そういうことではなく……」

 

嬢ちゃんは一瞬黙り込む。

袖の端を指先でつまみ、装備を確かめるように軽く引いた。

 

「この装飾は、必要なのでしょうか。戦術的効果が確認できません。」

 

……まったく。

誰に似てきてんだか。

 

俺はひとまず肩をすくめる。

 

「見た目も装備のうちってやつさ。」

 

手を伸ばす。

少し乱れていた髪を、指で整えた。

 

「これでよし。」

 

一歩下がって、もう一度眺める。

悪くない。

 

しかし改めて見ても整った顔だ。

ますますあいつが憎たらしいぜ。

 

「じゃ、行くぞ。隊長さんを待たせてる。」

 

二人で歩き出す。

 

倉庫の中を横切ると、作業中の奴らが何人か顔を上げた。

次の瞬間、手が止まる。

息を呑む音までする。

 

こりゃ、あいつの反応も見ものだな。

 

 

 

 

 

「無駄が多い。――装飾、色味、ライン。全部余計だ。」

 

まあ………

この子にしてこの親ありってか。

いや、逆だったかもしれねえ。

 

ここはひとつ、講義が必要だ。

 

それから俺は、見た目の重要性について耳が痛くなるほど説いてやった。

あいつは最後まで納得できねぇってツラしてたけど、まあ流石に伝わっただろ。

 

倉庫を出ていく二人の背中を、しばらく眺める。

 

Victorが前を歩く。

その半歩後ろに、嬢ちゃんがつく。

 

距離は一定。

歩幅も揃っている。

 

互いに視線は交わしていない。

会話もなさそうだ。

 

けど、妙に――形になっていた。

 

昨日拾ったばかりのはずなのに、

ずっと前からそうだったみたいに、並びが落ち着いていた。

 

「イエローエリアは、今までよりちょっとだけ――いや、だいぶ楽しくなるかもな。」

 

……助手席も、やっと埋まったみてぇだしな。

あとは、弾薬の注文が減らないことを祈るばかりだ。

 

それはそれとして。

 

やっぱりあいつ気に入らねえから、あとでこっそり値上げしてやる。

 

 

 

 

 

3月2日

 

 

『進行二キロ先、左へ浅い斜面、その先に砂礫帯。タイヤは殺さず、速度だけ吸ってくれる。あとは電波塔を目印に、左回りで迂回すれば無事に帰れる。それ以外のルートは保証できねえ、踏み外すなよ。』

 

無線の終わりを聞きながら、助手席で周囲を見渡す。

 

「――了解。できるだけこっちで引き受ける。……まあ、縁があれば、またどこかで。」

 

風を裂く音が走った。

車体の横で砂が弾ける。

 

周囲でも弾着が続く。

止む気配はない。

 

弾道はばらついている。

数だけは多い。

 

……面倒な役回りだ。

だが、金はもう貰っている。

 

周波数をひとつずらす。

 

「お前ら。前払い分は働くぞ。」

『あいよ、リーダー。』

 

前方でダミー輸送車が左へ振れた。

砂煙が大きく膨らむ。

 

隣でHarkがハンドルを切る。

車体が同じ軌道に乗った。

 

バックミラーを少しずらす。

追撃車の列が裂けていくのが見えた。

二台、三台――まだ食いつきが浅い。

 

「Doyle、ばら撒け。」

 

後部でLMGが火を噴く。

短い連射。

次いで、もう一段長い射撃。

 

後方で火花が散る。

追撃車の一台が大きく蛇行した。

 

車列がさらに割れる。

四台、五台――。

 

「よし。そのまま引っ張れ。」

 

弾幕が吐かれ続ける。

弾道は荒野を横に薙ぎ、接近を許さない。

 

「Ralph、砂礫帯までは。」

『まだ少しある。しばらく開けたままだ。』

 

つくづく面倒だ。

 

「弾帯替える。」

「Mika、カバー。」

「りょうかい。」

 

LMGが止まる。

その隙間を埋めるように、ARが短く唸った。

 

だが、弾幕は薄い。

一台が、その隙を嗅ぎ取ったように前へ出た。

 

距離が一気に詰まる。

 

外板を叩く衝撃。

弾片が跳ね、車体の縁を擦った。

 

「おっと。危ない。」

 

Mikaが顔を引っ込めた。

 

射線を取れない。

反撃が一拍遅れる。

 

「Ethan、やれるか。」

 

前方の輸送車。

ルーフハッチが開いた。

 

乾いた一発。

続いて、もう一発。

 

一台のフロントガラスが砕ける。

制御を失ったまま、地形の陰に沈んだ。

 

『一台沈黙。』

 

ミラー越しに、残りの車列がわずかにばらける。

体勢を立て直している。

 

「いいぞ。少し間ができた。……Ralph、斜面はもうすぐか。」

『見えてる。あと二百。』

 

後部からDoyleの声。

 

「弾帯替えた。」

「まだ撃つな。」

 

LMGは黙したまま。

エンジン音と弾着の音だけが続く。

 

様子を見ていた車列が、再び寄り集まってくる。

撃ちながら距離を詰めるつもりらしい。

 

前方で輸送車が斜面へ滑り込んだ。

砂礫帯だ。

速度が一段落ちる。

 

こちらも続く。

揺れの感触が変わる。

 

減速に合わせ、後ろの車体が大きくなる。

 

「来てるぞ。」

「まだだ。撃たせておけ。」

 

弾がフレームを鳴らす。

遅れて車内に跳弾の音が響いた。

 

弾着が徐々に厚くなっていく。

 

背後でエンジン音が近づく。

ミラー越しに、運転席の影がはっきり見えた。

 

Harkが舌打ちする。

 

「近いぞ。」

「……射撃準備。」

 

窓を開ける、ピンを抜く。

砂礫の上に、手榴弾を転がした。

 

数秒。

 

爆発。

地表が弾ける。

小石が雨のように降る。

 

先頭の車がブレーキを踏み、車列が大きく乱れた。

 

「今だ――掃射。」

 

LMGが先に吠える。

ARが続く。

合間にDMRが二発入る。

 

視界の向こうで二台が逸れる。

片方を次の車が避けきれない。

 

金属音。

車体が横へ跳ね、砂煙を巻き上げた。

 

「三台止まった!」

 

Mikaが叫ぶ。

 

「残り一台。」

「いい。引き離せ。」

 

前方で輸送車がそのまま速度を上げていく。

 

Harkがアクセルを踏み込む。

 

路面が戻る。

車体の振動が急に軽くなる。

 

バックミラーの中で、追撃車は小さくなっていた。

 

「撒いたか。」

「電波塔までだ。油断するな。」

 

荒野の道が、また一本に戻る。

追ってくる気配はない。

 

しばらく走ってから口を開く。

 

「……Ralph、電波塔は。」

『ああ、見えた。』

「了解。」

 

バックミラーから目を離した。

 

「契約分は済んだな。」

 

 

 

 

 

電波塔は、古い送信施設の残骸だった。

鉄骨の塔だけが残っている。

基礎のコンクリートは半分崩れ、周囲には砕石が広がっていた。

 

車両を塔の陰に寄せる。

 

「Ethan。」

『了解。』

 

EthanはDMRを肩に掛け、塔の基部を回り込む。

岩場を一段上がった。

 

数分後、無線が入る。

 

『周囲クリア。動きなし。』

「了解。」

 

エンジンを落とした。

静かになる。

 

各々車両を降りていく。

 

端末を開く。

Rezoから渡されたルート情報を確認する。

 

追撃の可能性がある分岐。

砂礫帯の出口。

 

さっき通ってきた通りだった。

 

次の補給路までの距離……

 

「問題なし。」

 

端末を閉じる。

その頃には、車の周りで作業が始まっていた。

 

Harkが車体の弾痕を指でなぞる。

 

「......思ったより増えたな。」

「もともとボロなんだから困りゃしねえよ。」

 

隣でMikaが言い放つ。

 

「ああん?」

「またやってるよ......」

 

Ethanは二人を尻目に、銃の手入れをする。

Doyleは弾帯を箱に戻していた。

 

Ralphが輸送車のタイヤを蹴る。

 

「砂礫帯で少し削れたな。」

「帰るまで持てばいい。」

 

横から食糧と携帯ストーブを取り出す。

 

Ralphが振り返った。

 

「そうだな。……Kane、ここで少し様子を見るんだろ。」

「そのつもりだ。」

「お前の勘はなんて言ってる。」

「……追ってくるなら、そろそろ影が出る頃だ。」

 

塔の陰から荒野を見渡す。

 

「来ないなら、来ないでいい。」

「ずいぶん気楽だな。」

「今回は、奴らもそこまで馬鹿じゃない。」

 

Ralphは一度、眉を動かした。

 

「それも勘か。」

「勘だ。」

 

ストーブを傍らに置く。

火を入れる。

 

小さな炎が灯った。

 

簡単な湯を沸かす。

夜気の中に、かすかな熱が広がる。

 

ほどなく、自然と輪ができていった。

缶やカップが一つ、二つと並ぶ。

 

しばらくは誰も喋らない。

ストーブの控えめな燃焼音が続く。

 

やがて、Mikaが口を開いた。

 

「最近、荒事が多すぎやしねぇか?」

「野盗か。」

「そうそう。増えすぎなんだよ。」

 

Doyleが湯をカップに注ぐ。

湯気が顔の前を流れた。

 

「Rezoの奴も言っていたが、本土から流れてきた分だろう。」

 

Ethanが鼻で笑う。

 

「銃があれば無敵って思ってる勘違い連中か。」

 

昼間の連中を思い返す。

 

あの追い方には、どこか妙な粘りがあった。

偶然かもしれない。

ただ、少しだけ引っかかる。

 

視線を上げると、Ralphがこちらを見ていた。

 

何も言わない。

火の様子を見ているふりをしている。

 

カップを口に運び、考えを流すことにした。

 

Mikaが肩を回し、首を鳴らす。

 

「それでも今日みてぇに食いつきゃ厄介だ。……ま、二人だけであっちに残った連中に比べりゃ、こっちはまだ楽か。」

 

Harkが空を見上げる。

鉄塔の骨組みが夜空を切っていた。

 

「なあ。あいつら、生き残ったと思うか?」

 

カップを持つ手が、いくつか宙で止まる。

 

「Rezoならまず切り抜けるだろ。」

「じゃあ、二人組の方は。」

「さあな。」

 

Doyleが肩をすくめる。

 

「少なくともRezoは、俺たちよりもあの二人を本命に雇った。」

「けど、二人だけだろ。」

 

Mikaが笑いながら、缶の蓋を指で弾く。

金属の音が、やけに大きく聞こえた。

輪の空気が少しだけ緩む。

 

――暇つぶしにはちょうどいい。

 

「なら、賭けでもするか。」

「お、いいねぇ。」

 

Mikaが指を立てる。

 

「二人とも死ぬ方に二十。」

 

Ethanが指を一本足す。

 

「片割れが死ぬ方に三十。」

「乗った。」

「俺も。」

 

DoyleとHarkが続いた。

 

――二人。

普通なら長くは保たない数だ。

それでも、無線の向こうに崩れる気配はなかった。

 

カップを口元まで運ぶ。

一口飲んでから、言葉を置いた。

 

「全員生存に、五十。」

 

一瞬、輪がざわめく。

 

「はっ。リーダーはお優しいこって。んで、Ralphの爺さんは?」

 

Ralphは火に手をかざしたまま言った。

 

「俺もKaneに乗った。」

「おいおい、揃って夢見がちだな。」

 

湯気がまた一つ立ち上る。

誰も異論はない。

 

「これで成立だな。」

 

Mikaが缶を掲げて立つ。

 

「覚えとけよ。両方くたばってたら俺の一人勝ちだぜ。」

 

遠くで風が鉄塔を鳴らす。

荒野の夜は静かだった。

 

 

 

 

 

一月半――。

 

前進拠点の中を歩く。

朝の作業音があちこちで鳴っている。

 

夜間哨戒任務を終え、帰路に就くところだった。

 

「Mika。」

「………」

「Mika。」

「……なんだよ。」

 

Mikaは目を合わせようとしない。

 

「あとで二十な。」

「ちくしょう。」

 

後ろで笑いが漏れた。

 

「お前らも三十、忘れるなよ。」

「くそ。」

「うるせえ。」

 

悪態が続く。

 

「結局リーダーと爺の二人勝ちかよ。」

「……さてね。」

 

ちらりと視線を流す。

もう二人の姿はない。

 

「次に備えるぞ。」

 

 

 

 

 

4月11日

 

 

倉庫の前には、朝から人が集まっていた。

 

並んでいる、というほど整ってはいない。

互いの距離は曖昧で、立つ位置にも遠慮がない。

 

しかし、怒声はない。

睨み合いに近い視線は残っているものの、誰も一線を越えないでいた。

 

ここは、前回の巡回報告に上がっていた集落だ。

揉め事が一件。

巡回が入って対処している。

 

当事者の分離。

荷の整理。

裁定の保留。

 

報告で見た限りでは、初動は妥当だった。

だが、それで収まる類の揉め事でもない。

 

視線を上げる。

倉庫の壁に、紙が打ち付けられていた。

 

風に煽られても破れないよう、四隅をきちんと留めてある。

薄い板材を下敷きにして、簡潔な文面だけが並んでいた。

 

巡回のものではない。

手つきが違う。

 

上から順に目を走らせる。

 

 

物資受取に関する取り決め

 

一、受取は世帯ごと。

一、一度に持ち出せる量は、定めた上限まで。

一、受取は一日一回。

一、上限内での配分は各自で決めてよい。

一、横取り、割込み、口論を起こした場合、その日の受取分を一部減らして全体へ回す。

一、同様の行為が続いた場合、以後の受取上限を下げる。

一、その場で判断できないものは持ち越しとし、翌日まで保留する。

 

当面はこの内容で運用する。

不都合が出た場合のみ、後で見直す。

 

 

署名はない。

筆跡の癖も、意図的に消してある。

 

細部は粗い。

分配の正しさを保証するものでもない。

不満を消すこともできないだろう。

 

だが少なくとも、この場は回っているようだった。

 

紙から視線を外し、近くにいた住民へ向き直る。

 

「これは、誰が決めたものだ?」

「さあ。気が付いたら貼ってありました。」

「では、誰が貼ったかは分かるか。」

 

住民は少し考え、倉庫の脇を顎で示す。

 

「紙を打ったのはたしか……あいつでしたね。」

 

そこにいた男が振り向く。

名前は確か――Tomas。

 

Tomasは呼ばれて、少し困った顔をした。

 

「いや、俺が決めたわけじゃ。」

「分かっている。貼っただけだろう。」

 

Tomasは肩をすくめる。

 

「……まあ、そんなとこです。」

 

周囲を見回す。

声を落としてから、付け加えた。

 

「ここだけの話なんですが。巡回の連中が帰ったあと、依頼で二人組が来ましてね。」

 

一拍。

 

「男の方が決めて、女の方……いや、人形だったか。そっちはずっと周りを見てました。人の動きとか、立つ場所とか。」

「二人は、どれくらい居た。」

「長くはありません。倉庫を見て、大枠を決めたら投げて……あとは少し、片付けを。必要なことだけ済ませて、すぐ行きましたよ。」

「名前は。」

 

Tomasは首を振る。

 

「聞いてませんね。向こうも名乗らなかったし、登録名までいちいち確認しなかったもんで。」

「そうか。」

 

ここで確認すべきことは、もう残っていない。

 

「協力に感謝する。」

 

Tomasはほっとしたように頷いた。

 

車両へ戻る前に、広場の方を振り返る。

 

倉庫の前には、まだ人が集まっていた。

先ほど見た様子と、大きくは変わらない。

 

荷を抱えたまま足を止める者。

受取の順を気にして、倉庫口を何度も見る者。

数を数えるふりをして、隣の手元を盗み見る者もいる。

 

互いに距離は近い。

それでも、押し合いにはならない。

 

しばらく人の動きを眺める。

 

それから、数歩下がった。

視界が少し広がる。

 

人だかりの中に、柵が一本立っていた。

歪んでいた支柱を打ち直したものだろう。

 

人は自然と、その内側へ寄っていく。

 

倉庫口の前には荷が寄せられている。

通路を塞いでいたものを、脇へ動かした形だ。

 

倉庫口から柵の脇を抜け、広場の縁へと通じている。

人の流れは、その一本に集まっていた。

 

もう一度だけ、人の動きを追う。

 

荷を抱えた者が立ち止まる。

後ろの者が距離を取る。

倉庫口へ視線が集まる。

 

――成る程。

 

動線が絞られていた。

 

大がかりな処置ではない。

規律を浸透させる類のものでもない。

 

だが、揉めればすぐ誰かの目に留まる。

原因もまた、その場に晒される。

 

紙の条文が何を見るべきかを示し、動線がその視線を自然と集める。

 

この場を破綻させない抑止としては、十分だ。

 

その手触りを、頭の片隅に留める。

 

視線を戻す。

前を見る。

何も言わず、歩き出した。

 

 

 

 

 

その日の巡回を終えた頃には、日がすでに落ちかけていた。

 

前進拠点の天幕の中で、端末を開く。

今日回った集落の記録を順に整理する。

 

巡回班のログ、住民側の聞き取り、補給状況。

大きな問題はない。

いくつかの数値だけを修正して、記録を閉じる。

 

次の報告が同期される。

巡回補助任務のログだった。

 

端末の画面を軽くスクロールする。

 

車列編成。

接触地点。

反応規模。

処理結果。

 

どれも想定の範囲内だ。

 

途中で、手が止まる。

 

報告の末尾に、協力者の評価記録があった。

名前を確認する。

 

ほんのわずかに眉が上がる。

 

朝に回った集落を思い出す。

外壁に打ち付けられた紙。

人の流れ。

男と、人形。

 

「……ああ、彼らか。」

 

その呟きを、すぐ近くにいた隊員が拾った。

 

「副司令。どうされましたか。」

 

姿勢を整え、向き直る。

 

「Ivanか。以前、一度だけ協働で動いた傭兵がいてな。」

 

Ivanは少し考え、思い当たったように頷く。

 

「あの野営地の件ですか。」

「覚えていたか。」

「ええ。依頼の齟齬で、現地の傭兵が二名入ったと記憶しております。」

「今届いた報告も、彼らだ。」

 

端末に記された所見を、そのまま口にする。

 

「行動時の現場判断、良好。補助戦力としての柔軟性あり。相互連携、ともに安定――以前と同じだ。」

 

Ivanは端末の画面を覗き込み、名前を確認した。

 

「……なるほど。」

 

一瞬、沈黙が落ちる。

 

「副司令は、よく見ておられますね。」

「そうだろうか。……いや、そうかもしれんな。」

 

短く息を吐く。

 

「ただ、あくまで実務上での話だ。」

 

それだけ言って報告に返信を打ち込み、スクロールした。

 

「名前を回しておく。次に機会があれば、こちらから声を掛けよう。」

「了解しました。」

 

外では、まだ誰かが装備を動かしている。

夜の風が、天幕の布を揺らした。

 

端末に、新しい項目を追加する。

 

名前。

Victor Rowen。

Selene。

 

確認を一度挟み、記録を保存した。

 

 

 

 

 




はい。補話です。前回が第10話の後でキリが良かったからという安直な理由で今回お出ししました。

無印、とうとう最終章が来たようですね。
自分が無印をやり直す頃には、すでにやってないストーリーが期間外に消し飛んでたので全部常設待ちです。
今のうちにスキップでやるだけやってから見返すのでもいいかもしれない。
大陸の方ではサ終してるとか聞いた気がするんですけど、日本版はどうなるんだろうか。
なんだか怖くなってきたな......

追記
二時間前にアーマードコアの動画が上がってると思ったら、ドルフロ2でした。
ふぁっ!?
いやね、AK-15を心待ちにしていたので嬉しくて嬉しくて語彙が足らないんですけども。
パイルバンカーまじかよ。

追記の追加
副司令パートの隊員に名前を追加しました。
特に深い意味はないです。
ただ、副司令視点で隊員を名前で認識してないのはいかがなものかとなったので。(集落の男も然り、ただ最初の住人については認識としても一瞬だけの登場なので名無しということで)
追記って便利ね。次話の前書きに持ち越ししなくて済む。
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