Mercs' Frontline   作:発伝記

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第21話 4月22日

輸送車は、整備域の道路を進んでいた。

 

砕石と杭だけだった帯の上に、舗装と設備が重ねられている。

浅い排水溝と低い柵が、整えられた物流帯の輪郭を引いていた。

 

その範囲は、今も少しずつ外へ押し広げられている。

 

Victorは車体を脇道へ入れた。

 

先には低い倉庫が並んでいる。

その一つの前に、人影。

見慣れた顔だ。

 

片手に煙草を燻らせている。

こちらに気づくと、空いた手を軽く上げた。

 

「おう。相変わらず時間通りだな。」

 

Rezoだった。

 

輸送車を倉庫脇に寄せる。

エンジンを落とすと、冷却音が倉庫の壁に当たり、しばらく車体の奥へ返ってきた。

 

Victorはドアを開けて降りる。

空気は乾いている。

油と粉塵の匂いが、倉庫の影に溜まっていた。

 

Seleneも反対側から降りる。

 

Rezoは腕を組んだまま、二人を順に眺める。

Selene、Victor、もう一度Selene。

 

「……へえ。」

 

Victorは眉を寄せた。

 

「何だ。」

「いや? 別に?」

 

Rezoは顎をさすりながら、口の端で笑う。

 

「ただ、前よりも空気が美味いなと思ってよ。」

「気持ち悪い。」

 

Victorは倉庫の入り口へ歩き出す。

 

「ひでえな。久々に顔見た相手にそれかよ。」

 

Rezoは煙草を口から外し、足元に落とした。

靴底で押し潰し、火を消す。

 

そのまま倉庫に先回りし、ロックを外しながら続ける。

 

「でもまあ、お前が調子を戻したってんなら、わざわざ”外”の仕事を拾ってやる必要もなかったな。」

「仕事は仕事だ。」

 

シャッターが押し上げられた。

 

暗い倉庫の中。

木箱がいくつか、封緘されたまま積まれていた。

いずれの表面にも、電装品の扱いを示す記号がある。

 

Victorは箱を軽く叩く。

中身は動かない。

梱包は丁寧だ。

 

「相手は。」

「ほら、前に三人でえらい目に遭っただろ。そんときの取引相手とまだ続いててよ。」

「運び先。」

「南の交易拠点だ。」

 

Rezoはその箱を一瞥し、軽く顎を引いた。

 

「重さは大したことねえ。精密機器扱いだ。衝撃だけ気ぃつけてくれりゃいい。」

 

Victorは頷きだけで返す。

 

Seleneはすでに箱に手をかけていた。

封緘の状態を確認し、端末の表示を一巡させる。

 

「重量、いずれも誤差範囲内。固定に支障ありません。」

「仕事が早えな。」

 

Rezoが笑う。

 

「部下を呼ぶ手間が省けたぜ。」

 

二人で箱を持ち上げ、輸送車の後部へ運ぶ。

荷台の固定具が外され、空いたスペースが露出していた。

木箱を滑らせるように収める。

 

二つ目。

三つ目。

 

箱はすべて同じ寸法だった。

数は多くない。

 

「向こうも急いでるらしくてな。まとめて欲しいって話だ。」

「期限は。」

「結構な距離だからな。明日中までに着いてりゃ、文句は言わねえだろうよ。」

 

Rezoは倉庫の壁際に置いてあった端末を取り、何かを開く。

それをVictorに送信した。

 

簡易地図だった。

南方の地形に、いくつかの線と丸が記されている。

 

「俺の把握してる範囲だ。その辺までは、荷の出入りで確認してる。ただ、それより南は俺の管轄外だ。」

 

Victorは画面を一目見る。

 

「目安程度だな。」

「そういうこと。」

 

Rezoは肩をすくめる。

 

「だからまあ、好きに走れ。むしろ別ルート見つけたら書き足しといてくれや。あとで送ってくれると助かる。」

「分かった。」

 

Seleneが固定具を締める。

金属のロックが、鈍い音を立てた。

 

「固定完了。」

 

Victorは軽く頷いた。

 

荷台を閉じ、輸送車に乗り込む。

助手席の扉が閉まったところで、エンジンが点火した。

低い唸りが、倉庫の壁に当たっては戻ってくる。

 

ミラーを一瞥する。

倉庫の前で、Rezoが片手をひらりと振っていた。

 

ギアを入れる。

 

輸送車が倉庫を離れる。

Rezoの姿はすぐに小さくなり、倉庫の影に沈んだ。

 

倉庫の並びを抜ける。

 

道路は舗装の継ぎ目が規則的に続き、タイヤはほとんど振動を拾わない。

補修の跡がところどころに残り、色の違う区画が帯のように延びていた。

 

脇では整備員が資材を運び、荷役車が倉庫の陰を横切る。

油圧の唸りと金属音が、この区画に満ちていた。

 

ときおり対向車が現れる。

整備車両、あるいは物資輸送。

 

速度は落とさない。

互いに進路を少しだけずらし、そのまま擦れ違う。

 

倉庫群を離れてもしばらく、その状態は続いた。

 

やがて建物が途切れ、外周道路に出た。

人影は減り、作業音も遠ざかる。

 

路面の舗装は次第に剝がれ、砕石が覗き始めていた。

両脇の柵も間隔を広げ、終には姿を消す。

 

サスペンションが石を拾い、ハンドルに細かな揺れが戻ってきた。

代わりに、規格杭が並び始める。

 

巡回帯に入った。

 

均された砕石路が続き、杭が単調に線を示す。

 

景色に大きな変化はない。

杭だけが一つ、また一つと後方へ流れていく。

 

やがて。

 

「巡回帯境界、通過。」

 

次の杭は現れない。

砕石はもう、均されていなかった。

土が露出し、轍が浅く刻まれている。

 

「Selene。」

「了解。同期します。」

 

Rezoの送ってきた簡易地図が表示される。

南へ伸びる細い線が、現在位置と重なっていた。

 

***

 

荒野はすぐに表情を見せた。

 

岩塊と段丘が点在し、枯れ木と低い草がまばらに残る。

地面は乾き、古い轍と亀裂が入り混じっていた。

 

輸送車が段差を越えるたび、車体が跳ねる。

 

南西へ向かったときは、気にも留めなかった。

だが、今は違う。

 

Victorは速度を少し落とした。

揺れの間隔を、無意識に数える。

 

Rezoの地図には、いくつかの印があった。

 

石塔。

崩れた通信柱。

そして、細い分岐。

 

完全に安全な道はない。

通過実績があるだけましだ。

 

熱を孕んだ空気が、地平の輪郭を歪ませる。

輸送車は乾いた大地の上を進み続けた。

 

***

 

出発から二時間近く経つ。

太陽の位置がわずかに変わっていた。

 

「三十メートル先、右です。」

 

Seleneが端末を見ながら言った。

 

Victorは前方を確認する。

轍が真っ直ぐと、二本伸びているのみ。

目を凝らしても、曲がる道など見つからない。

 

減速する。

 

二十。

 

十。

 

五。

 

迷わずハンドルを右に切った。

 

轍のない地面へ踏み込む。

車体が傾き、タイヤが土を噛む。

 

そのまま進む。

 

一度、後部から鈍い音が返った。

荷がわずかに揺れ、車体が横へ流れる。

 

反射的にハンドルを切り戻し、アクセルを抜いた。

回転だけが空を噛む。

 

半拍置き、ゆっくりと踏み直す。

揺れが少しずつ収まる。

 

ほどなく、地面に浅い轍が現れた。

車体を乗せると、再び安定する。

 

Rezoの線は、まだ続いていた。

 

***

 

土の色は徐々に薄れ、砂が地表を覆っていく。

轍は続かず、ところどころで途切れる。

 

植生は見えなくなった。

なだらかな起伏が連なる。

 

「ルートはここまでです。以降は既存の地図を代用します。」

 

Seleneが広げたのは、古い測量図だった。

地形の輪郭と要所の印、その余白には後から書き足された筆跡がいくつも残っている。

擦れて読めない部分も多い。

 

「……参考にはする。」

 

ここから先は、経験と感覚だ。

 

速度をさらに落とし、砂混じりの地面を慎重に進む。

熱気はまだ強いが、陽の差し方はじわじわと変わりつつあった。

 

***

 

砂が深くなる。

前方に轍はない。

 

ときおり、標識や通信塔の残骸だけが砂から突き出している。

どれも風下へ同じように傾いていた。

 

測量図を頼りに進路を合わせるが、現実はRezoの線ほど素直ではない。

砂丘は形を変え、地図にない窪地が口を開けていた。

 

その都度、乗り越えるか、回り込むかを判断し直す。

地図が示すのは、今ではなく“かつての正解”だった。

 

助手席では、Seleneが端末と紙面を行き来している。

視線は常に外へも向けられた。

 

確認と更新。

参照と補正。

警戒。

 

それらを、ほとんど同時に処理する。

いずれの動きも、淀みはなかった。

 

輸送車は南を進み続ける。

砂の大地で、エンジン音だけが妙に浮いていた。

 

 

 

 

 

次第に光は低くなり、地面の浅い起伏にも影が差し始める。

 

「Selene。」

「はい。」

「そろそろ止める。」

 

Seleneは測量図を一瞥する。

 

「了解。野営可能地点を選定します。」

 

紙面の印を指でなぞり、そのうちの一つを指す。

 

「進行一・五キロ。施設跡の記述があります。」

 

Victorは頷く。

ハンドルを切り、進路を合わせた。

 

それから間もなく、地平の先に施設跡らしき輪郭が浮かぶ。

 

近づくまでもなかった。

壁は外側へ倒れ、骨組みだけが晒されている。

風に削られた断面は丸く、崩落から長い時間が経っているのが分かった。

 

輸送車を減速させ、そのまま通り過ぎる。

 

他の候補も当たったが、使える場所はなかった。

露出した基礎だけが残るもの、地面の沈みとしてしか判別できない痕跡――いずれも、野営地にするには頼りなさすぎた。

 

Victorは一度、ブレーキを踏み込む。

 

「Selene。候補、残りは。」

「いずれも現在位置から離れています。」

 

Seleneは一拍置く。

 

「ただし、書き足しの印が一箇所、進路上にあります。」

 

Victorが横から覗き込んだ。

 

紙面には小さな丸だけが残っている。

添えられた文は、擦れて読めない。

 

何を示しているのかは分からない。

施設か、地形か、それとも単なる通過点か。

 

少なくとも、元の図よりは新しい。

 

「そこへ向かう。」

「了解。」

 

輸送車は進路を変えた。

 

しばらく走っても、目印らしきものは見当たらなかった。

地形も、特には変わらない。

 

丸が示した位置に辿り着く。

見渡しても、あるのは砂だけだった。

 

「……ここも空振りか。」

 

Victorは小さく息を吐き、ハンドルを切りかける。

 

「隊長。停めてください。」

 

ブレーキを踏む。

 

「どうした。」

 

Seleneはすでにドアを開けていた。

 

数歩進み、足を止める。

視線は地面に向いていた。

 

「何か見つけたのか。」

 

Victorもドアを開け、車外に出る。

そのままSeleneの隣まで歩み寄った。

 

「断定はできません。ただ、この付近。風紋が揃っていません。」

 

目を細める。

よく見れば、確かに砂の溜まりが不自然だ。

風の流れが一様ではない。

 

足で砂を払ってみる。

 

すぐに硬い感触が返った。

砂とは違う、確かな反発。

 

その場にしゃがみ、指先でさらに掘る。

 

薄く埋もれた金属板が現れた。

表面はくすみ、細かな傷が走っている。

 

取っ手を露出させ、手を掛ける。

 

金属が鈍く軋む音とともに、ハッチが持ち上がる。

暗い空間が口を開けた。

 

「人工構造です。地下構造の可能性が高いです。」

 

Victorは内部を見下ろす。

視界は闇に遮られ、奥までは見えない。

 

「使えるかは、入ってからだな。」

 

Seleneが腰から携行ライトを引き抜く。

スイッチが押され、細い白光が入り口の縁をなぞった。

 

「先行します。」

 

光を先に落とし、Seleneが身を乗り出す。

そのまま内部へ降りた。

 

足音が一度、短く響く。

 

「直下クリア。」

「了解。」

 

Victorも後に続く。

 

着地に合わせ、停滞していた空気が押し流される。

湿気はあるが、腐臭はない。

 

光を巡らせる。

 

崩落はない。

瓦礫も端に寄せれば足場になる程度だった。

 

奥に動く影もない。

数分の確認で、長く放置された空の地下壕だと分かった。

 

「クリア。安全を確認しました。」

「……ここにする。」

 

Seleneに内部の整備を任せ、Victorは地上へ戻る。

 

外は変わらず静かだ。

風が砂を撫で、ささやかな音を立てていた。

 

夕方の光が、低い角度で差し込んでいる。

影は、もう長く伸びていた。

 

輸送車へ戻る。

 

荷室を開け、積み荷の固定具合を見直す。

先ほどの揺れの影響か、緩みが出ていた。

手を掛け、締め直す。

 

封緘に異常はなかった。

 

周囲を改めて見渡す。

 

視界を遮るものはない。

地形は浅く、起伏も乏しい。

隠蔽には向かない。

 

必要分だけ荷物を取り出し、車体をシートで覆う。

上から砂を被せ、輪郭をぼかした。

完全には隠れない。

遠目には不自然な影として残る。

 

周囲に細いワイヤーを張る。

端には金属筒を結び、踏めば鳴るようにする。

警告にはなる。

だが、地下からでは間に合う保証がない。

 

いずれも、やらないよりはまし程度だ。

気休めにもならない。

 

一通り確認する。

 

これ以上やっても、大差はない。

 

Victorは荷物を抱え直し、振り返らずに地下へ降りる。

地上との繋がりは、薄い金属板一枚だけになった。

 

先ほどあった瓦礫は、すでに端へ寄せられている。

少し奥では、Seleneが動線を整えていた。

 

「展開位置、こちらで問題ありません。」

 

Victorは荷物を抱えたまま、Seleneの示す位置へ進む。

 

壁際、動線の外側。

一度だけ位置を見て、そのまま床に置く。

無駄な調整はしない。

 

Seleneはその場に膝をつき、銃を手に取る。

Victorは壁際に腰を下ろし、銃を膝に置いた。

 

分解に入る。

部品を一つずつ取り外し、状態を確認する。

問題がなければ、軽く拭って戻す。

わずかな誤差も、そのままにはしない。

 

武器はそれぞれ組み上がった。

 

弾倉を並べ、残数を確認する。

投げ物を手に取り、重さで数を合わせる。

不足はない。

 

ポーチを軽く叩き、配置を確かめる。

防具の留め具を指で押す。

緩みはない。

 

Seleneが顔を上げる。

 

「主要装備、異常なし。」

 

Victorは頷き、固形燃料と簡易バーナーを手に取った。

床の安定した位置に置き、火を入れる。

 

小さな炎が立ち上がる。

音はほとんどない。

 

携帯糧食を火に掛ける。

視線は一度だけ炎に落とし、そのまま外す。

 

その間に、Seleneは紙の地図を広げていた。

床の上で端を押さえ、ずれを整える。

 

Victorは、その横へ移動する。

 

「このまま南下だ。」

 

紙面の上で、指が輪郭をなぞる。

わずかに東へ逸れる。

 

「ただし、砂丘帯は極力避ける。」

 

Seleneは端末を操作し、現在位置を更新する。

いくつかの候補線が浮かび上がった。

その内の一つを指し示す。

 

「こちらのルートが最適かと。」

 

Victorは視線だけで続きを促す。

 

「分岐候補が多く、地形変化への対応余地があります。」

 

紙面を見直す。

 

「距離は延びるが、安全策として適だな。」

 

地図から視線を外す。

 

「その先は、地形次第だ。通れるなら維持、無理ならその都度切り替える。」

「了解。」

 

それで話は終わった。

Victorは立ち上がり、火の方へ戻る。

 

容器を手に取り、軽く振って中身の状態を確かめる。

熱は回っている。

封を切ると、微かに蒸気が立ち上った。

 

そのまま付属のスプーンで口に運ぶ。

 

隣では、Seleneが水筒を取り出していた。

 

キャップを外す。

一定量を傾け、正確に止める。

喉を通る音はほとんどしない。

 

Victorはほんの数秒、それを横目に見ていた。

 

「……そういえば。」

 

一度だけ、容器を傾ける。

 

「お前、食事はできるのか。」

 

Seleneは水筒を戻し、キャップを締める。

 

「専用モジュールがあれば可能です。今はありません。」

 

Victorは聞きながら、もう一口飲み込む。

 

「味は分かるのか。」

「味覚機能も未搭載です。」

「……そうか。」

 

容器の中で、熱がゆっくりと抜けていく。

さきほどより、湯気は弱くなっていた。

 

「隊長のそれは、どのような味ですか。」

 

手が、一瞬止まる。

 

「……美味くはない。」

「具体的には。」

 

Victorは視線を落とす。

容器の中身を見て、少し考える。

 

「塩気はあるが、妙に薄い。」

 

さらに一口。

ゆっくりと噛む。

 

「固形とも液体ともつかない。」

 

口の中に残る感触を、言葉にするように。

 

「食ってる感じがしない。」

「そう、ですか。」

 

一拍。

 

「……記録しました。」

 

それ以上、言葉は続かなかった。

 

Victorは残りを口に運ぶ。

噛む。

飲み込む。

 

塩気は薄い。

 

視線は落ちたまま、もう一口。

噛む。

飲み込む。

 

形はあるが、中身がない。

 

もう一口――。

 

容器は空になった。

 

Victorは片付けを済ませ、入口へ向かう。

傍にあった金属片を引き寄せ、ハッチの縁に噛ませた。

 

Seleneの方を振り返る。

 

「休め。」

「了解。」

 

Seleneはその場で姿勢を整え、動きを止めた。

 

Victorは壁際へ戻る。

入口から直接は見えない位置で、背を預けた。

 

舌先に、妙な感触が残っている。

振り払うように銃を抱えた。

 

目を閉じる。

 

地下壕の空気は、再び動かなくなった。

 

 

 

 

 

その夜、外で何かが動く音はついぞ聞こえなかった。

 

目を開ける。

湿り気と、淀んだ空気。

地下壕の内部に変化はない。

 

Victorは体を起こす。

銃は膝の上にあった。

 

Seleneはすでに起きている。

入口側に位置を取り、外部の気配を確認していた。

 

「異常なし。外部活動の兆候はありません。」

 

Victorは頷き、銃を肩に掛け直した。

 

金属片を除け、ハッチを押し上げる。

外の光が差し込む。

砂は昨夜と同じように広がっていた。

 

外へ出る。

足跡は、夜の風でほとんど消えていた。

 

車体の周囲を回る。

接触の形跡はない。

 

ワイヤーを外し、輸送車のシートを剥がす。

砂が流れ落ち、鈍い色の車体が露出した。

 

車体の下を覗き込む。

サスペンション、配線、燃料ライン。

視認できる範囲に異常はない。

 

荷室の固定具も変わっていなかった。

 

「走行可能状態、維持されています。」

 

Seleneが荷物を抱えて地上に出ていた。

 

ハッチを閉じる。

金属板が元の位置に収まり、砂の下へと沈む。

 

表面を軽く均す。

それで痕跡はほぼ消えた。

 

輸送車に乗り込む。

始動音が響く。

振動が手に馴染む。

 

Seleneが地図を展開する。

補正した線が、現在位置から南へ伸びていた。

 

「ルートは確認した通りだ。」

「了解。」

 

ギアを入れる。

輸送車は地下壕を後にした。

 

 

 

 

 

タイヤが沈み込み、押し出す。

砂は細かく、噛みは安定している。

 

Seleneは端末を見ながら、時折外へ視線を上げる。

Victorは前方を見たまま、ハンドルを微調整する。

 

砂と空と、遠い起伏だけが続く。

目印らしいものはなく、あるのは地形の微かな歪みと、昨日引き直した線だけだった。

 

時間が過ぎる。

影が短くなり、また伸び始める。

 

地図とのずれも、大きな障害も、思いの外ない。

このまま行けば、日没前には辿り着く。

そう判断できる状態が続いた。

 

バックミラーに視線を送る。

 

砂の上に、細い轍が伸びていた。

それもすぐに風に崩れ、輪郭を失っていく。

 

動く影はない。

 

「隊長。」

「どうした。」

 

Seleneは、やや西へ目を向けていた。

 

視線の先を追う。

 

地平線の一角。

空の色が、微かに濁っている。

それ以上は分からない。

 

「方位四十五度。距離、六キロ。異常熱源。」

 

視線を固定し、焦点を合わせる。

 

揺らぎが見えた。

細い線が、空へ伸びている。

 

――煙だった。

 

立ち上がりが高い。

黒煙が流されながらも形を保っている。

 

焚火とはわけが違った。

 

六キロ。

遠くはない。

 

「東、抜けられるか。」

「可能です。」

「迂回する。」

「了解。ルートを再補正します。」

 

輸送車の進路が東へずれる。

煙はやがて、視界の端から外れた。

 

その直後。

 

前方に違和感が走る。

進路上。

地平の一角。

 

「前方進路上、動体。距離、五百。」

 

Seleneの声が落ちる。

 

「数。」

「三名。武装あり。挙動、不安定。こちらには気づいていません。」

 

Victorは息を吐く。

 

「先に地の利を得る。」

 

近場の浅い窪みに車体を滑り込ませる。

二人は車外に出た。

 

「周囲。」

「他反応なし。現時点で単独と推定。」

 

Victorは頷く。

 

「進路に合わせて動け。離れすぎるな。」

「了解。」

 

Seleneが側面へ移動する。

Victorは輸送車の陰に位置を取った。

 

前方を注視する。

 

距離が詰まる。

輪郭がはっきりしてくる。

 

三人。

隊列も決まっていない。

互いを見ず、何度も背後だけを振り返っている。

 

進路はややずれている。

そのまま通り過ぎる可能性もあった。

 

Victorは動かない。

ただ、待つ。

 

三人の軌道は逸れていく。

そのまま交差せず、外れるはずだった。

 

――一人の動きが止まる。

視線が上がってから、戻らない。

 

Victorはその先を追う。

 

輸送車だ。

上部が隠しきれていない。

 

――気づかれた。

 

舌打ちを噛み殺して照準を向ける。

 

「動くな。」

 

三人が一瞬硬直する。

 

直後、一人が反射的に銃を上げ――。

 

破裂音。

 

横合いから銃が弾かれる。

金属片が散り、砂に落ちた。

 

「待て、待て!」

 

別の男が銃を放り、両手を上げる。

残りも即座に続いた。

 

「撃つな……!」

 

Victorは銃口を下げない。

 

「そのまま。」

 

短く告げる。

 

「何者だ。」

 

三人が顔を見合わせる。

息を乱しながら、言葉を探す。

 

「……傭兵だ。」

 

先に口を開いた男の声に、一人が遅れて頷いた。

西を見ていたもう一人も、慌てて言葉を重ねる。

 

「そ、そうだ、傭兵だ……!」

 

視線が何度も、そちらへ戻りかける。

 

「護衛の帰りで――」

 

言いかけたところで、最初の男が横目で制した。

残りは口を閉ざす。

 

「何があった。」

「襲われた……! 野営地が――」

「どこだ。」

 

被せる。

男が一瞬詰まった。

 

「……西、だ。あの煙の――」

「何にやられた。」

 

男の目が揺れる。

 

「分からねえ……! 見えなかった……!」

 

残りの二人が必死に頷く。

 

「音はした……! 爆発と、銃声……それだけで――」

「数は。」

「見てない……」

 

嘘ではない。

ただ、引っかかる。

 

「俺たちに、どうしてほしい。」

「連れていってくれ、どこでもいい……!」

「よくはないだろう。」

 

視線で男たちを射抜く。

 

「依頼は。目的地は。」

 

沈黙。

誰も答えない。

三人の視線が噛み合わずにいた。

 

「今は……繋ぎだ。」

 

一人がようやく絞り出す。

 

「繋ぎで、わざわざ野営か。集落にも寄らずに。」

「それは……」

 

俯いたまま、誰も言葉を出せない。

 

「もういい。十分だ。」

 

三人が顔を上げる。

 

「失せろ。」

「そんな……! それじゃあ俺たち――」

「失せろ。二度も言わせるな。」

 

引き金に掛けられた指を見て、三人は頷くしかなかった。

一歩、二歩と後退る。

やがて背を向け、走り出した。

 

Victorはしばらく照準を向けたまま、その背を見送った。

銃を下ろす。

 

「Selene。戻るぞ。」

『……了解。』

 

輸送車に戻り、ドアを閉める。

遅れて助手席のドアが開いた。

 

「保護は、不要だったのでしょうか。」

「ああ。」

 

Victorは前を見たまま答える。

 

「傭兵なら依頼か守秘義務、どちらかで答えられる。繋ぎでも、行き先は出る。」

 

エンジンを回し、ギアを入れる。

 

「そのどちらでもなかった。」

「では……」

「さしずめ、野盗の類だ。」

 

輸送車が進路に戻った。

 

「……了解しました。」

 

ミラー越しに、三人がいた方を見やる。

砂に刻まれた足跡は崩れ、もう見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

煙が地平の向こうに消えてから、さらにしばらく走った。

陽は傾いていたが、日没まではまだ間がある。

 

前方に、柵と倉庫の影が浮かぶ。

近づくにつれ、それが目当ての交易拠点だとはっきりした。

 

輸送車は減速し、そのまま入り口前で止まる。

すぐに柵の内側から、人影が近づいてきた。

 

「……荷か。」

 

Victorは頷く。

 

「精密機器だ。扱いは分かるな。」

「ああ。」

 

車を降り、作業員と荷室へ回る。

Seleneが固定具を外すのに合わせ、木箱を引き出し始めた。

 

箱を一つ、荷台に乗せる。

砂が沈む。

 

「来ていたか。」

 

Victorは振り向く。

Rezoの取引相手の男だった。

 

歩み寄りながら、顔が一度、助手席へ向く。

傷はない。

何も言わず、向き直った。

 

「道中、問題は。」

「特には。」

 

Victorは次の箱に手を掛ける。

 

「煙は見たが。」

「……やっぱりか。」

 

男は小さく息を吐く。

 

「最近、野盗の野営地がよく燃える。」

 

最後の箱が下ろされた。

作業員が荷台を引き継ぎ、脇に寄せる。

 

「マグニとかいう連中だって話もあるが、真偽に興味はない。野盗が減るのは結構だ。」

 

箱の封が切られていく。

 

「ただ、そういう連中は決まって流れを変える。こっちは荷が通ればそれでいい。余計な旗は、できれば見たくない。」

 

男はそれ以上言わず、箱の方へ向かう。

中身を確認し始めた。

 

「……どうだか。」

 

マグニではない。

少なくとも、副司令なら違うやり方を取る。

 

そう思った直後だった。

 

「隊長。」

「何だ。」

 

Seleneが荷室から回り込んでくる。

隣で声を落とした。

 

「梱包の中身は、通信機器です。」

「……それが?」

「以前、掃討済みの野営地で確認した機材と同型です。」

 

布をめくったときの感触が、遅れて浮かぶ。

 

「確かか。」

「はい。間違いありません。」

 

Victorは男の横へ歩み寄る。

開いた箱を見下ろした。

 

一度蓋をしたはずの点が、断りもなく繋がる。

再び、押し込めようとして――やめた。

 

男はちょうど、中身の状態を確認し終えたところだった。

問題なし、とでも言うように軽く頷く。

 

「報酬は振り込みで良いな。」

「問題ない。」

 

男が端末を操作する。

Victorも端末を取り出し、画面を更新した。

 

「……確かに。」

「次も頼む。」

 

男が肩の力を抜き、踵を返そうとする。

 

「ところで。」

 

Victorの声が引き止めた。

 

「中身は通信機器だったが。最近多いのか。」

 

男はすぐには答えない。

Victorを見る。

 

「……ああ、まあな。」

 

視線が徐々に細くなった。

 

「Rezoからは、無駄話をしない人間だと聞いていたが。」

 

Victorは表情を変えない。

懐から小さな袋を取り出す。

 

「俺にとっては無駄じゃない。」

 

男は袋を見る。

 

「儲けを前にした人間に、それは効かんぞ。」

「保険はいつでも必要だ。」

 

鼻で笑った。

 

「よく回る口だな。Rezoの入れ知恵か。」

「関係ない。」

「……まあ、いい。」

 

袋を受け取り、重さを確かめる。

作業員の方を見た。

 

「おい。そこは任せる。運んでおけ。」

 

作業員が頷く。

 

「こっちだ。」

 

男は倉庫の陰へ歩き出した。

 

Victorは一歩遅れてつく。

Seleneも無言で続いた。

 

倉庫の陰は、風が弱い。

積まれた資材が視線を遮り、外の音も少し遠くなる。

 

暗がりに入ったところで、男は足を止めた。

近くの木箱に腰を下ろし、脚を組む。

 

「……それで。何が知りたい。」

「相手の素性。特徴。些細なことでも構わない。」

「知らん。」

 

男はそこで、一度黙った。

Victorは急かさない。

 

「……いや、正確には、掴み切れん。取引相手が毎回違う上に、発注も一貫していない。食料や弾薬に次いでで混ざっている。」

「傾向は。それでもまとめて運ばせたのには、理由があるんだろう。」

 

男はVictorを見ながら、鼻で息を抜いた。

 

「発注品に通信機器が加わった時期は近い。それに、型も揃っている。特別、高性能なわけでもないのにな。」

 

腰掛けている箱を叩く。

 

「だから、こうして抱えておく。」

 

男は箱から手を離す。

 

「知っていることは、それくらいだ。」

「……十分だ。」

 

Victorが踵を返し、Seleneが続く。

背後から声が掛かった。

 

「一応、忠告しておく。」

 

足を止める。

 

「そういう流れを追い始めると、荷より先に首が飛ぶ。運び屋のままでいたければ、俺のように甘い蜜だけ啜って、あとは忘れろ。」

 

傍らでSeleneが見上げている。

 

「今に始まった話じゃない。」

「分かっている。」

 

振り向かずに、歩き出した。

 

 

 

 

 

[2065-04-23-17:24]

区分:任務

状況:輸送任務「精密機器搬送」完了

依頼人:Rezo(組合経由)

経過:2065-04-22~2065-04-23

10:00 現地到着。積載開始

10:12 積載完了。輸送開始

11:25 巡回帯境界通過

16:34 中間地点にて野営判断。地下構造物を利用し一泊

06:32 行動再開

10:47 西方約6kmに黒煙を確認

10:53 進路上にて武装人員3名と接触。武装解除・尋問実施後、追放

15:26 南方交易拠点到着

15:41 荷下ろし完了、検品異常なし

15:46 報酬受領、契約完了

結果:報酬受領済

損耗:なし

弾薬消費:最小

備考:黒煙事象について、現地では「野盗野営地の焼却活動」との噂あり。ただし焼却主体は不明。接触した武装人員は傭兵を自称するも、整合性欠如により偽装または野盗と判断。輸送品は通信機器。過去に掃討済み野営地で確認した機材と同型を確認。流通面では、通信機器の発注主体が不特定かつ分散。同一規格機材の継続流入を確認。組織的運用の可能性あり(確証なし)。

 

>本件については過去任務を参照しつつ、限定的協力対象と――

 

 

表示されたままの入力欄が、一定の間隔で点滅している。

 

画面を切り替える。

連絡先一覧を開く。

 

目的の名前の上で、指が止まった。

触れないまま、宙に留まっている。

 

一度繋げば、この件は切り離せなくなる。

 

「隊長?」

 

隣から声が落ちた。

 

「……さっきの件、だが。」

 

Seleneがわずかに身を寄せる。

表示された画面を一目で追い、すぐに姿勢を戻した。

 

「関連性は未確定です。ただし、無視した場合のリスクは評価できません。」

 

Seleneは視線を下げる。

 

「……判断は、隊長に委ねます。」

 

返事はない。

無音の時間が伸びていく。

 

指が、動いた。

名前を押し、文面を入力する。

 

――送信。

 

呼気が、静かにほどけた。

 

応答はすぐには来ない。

表示されたままの画面を、しばらく見つめていた。

 

着信。

 

『――私だ。』

 

姿勢を正し、応じる。

 

「送った通りだ。」

『確認した。内容は興味深い。』

 

一度、間が開く。

 

『型番を照合した。以前に貴様らと制圧した野営地で回収したものとも一致している。』

 

ごく短いノイズが走った。

 

『ただ、二箇所では系統だった動きと断じるには足りん。部隊を動かす理由にもならん。』

「承知している。」

『……とはいえ、無視もできん。』

 

無線越しに、操作音が漏れる。

 

『こちらで把握している範囲を送る。外縁だけだが、目安にはなるだろう。』

 

Victorは表示に目を通す。

Seleneの視線が横から差し込んだ。

 

「受領した。」

『以降も該当する通信機器を確認した場合は、その図に印を加えてくれ。こちらでも同様に更新する。』

 

無線が一瞬静まる。

 

『加えて、物流の傾向もこちらで洗う。重なれば、何か見えるはずだ。』

「了解した。」

『何か判明次第、連絡する。引き続き、頼んだ。』

 

通信はそこで切れた。

 

画面に残った受信記録を、Victorはすぐには閉じなかった。

 

画面を戻す。

点滅していた入力欄に、指を落とした。

 

 

>本件については過去任務を参照しつつ、限定的協力対象と情報共有。動向の観察継続に併せ、物流傾向についても注視。

 

 

文面を見返す。

一度だけ、視線を隣へ流す。

 

確定入力。

 

――保存。

 

Seleneはすでに、端末との同期を終えていた。

 

「記録更新、完了。進路も再設定済みです。」

 

エンジンが応じる。

岩陰に寄せていた車体が、動き出す。

砂がタイヤの下で崩れた。

 

やることまでは変わらない。

――まだ、そのはずだ。

 

傾いた陽が、砂の起伏に長い影を落としている。

荒野は行きと同じ顔で広がっていた。

ただ、辿るべき線は、もはや一つではなかった。

 

 

 

 

 




お待たせしました。21話です。
今回は読み返す度に粗が見つかるわ移動パートが長すぎて半分以上削るわでそれはもう難産でしたね。
場面が小分けになっているのはその名残です。
改行で空けるほどの切れ目が見つからず。

おまけに、20話時点でやらかしたのを直した経緯もあります。
20話前バージョンだと今回の通信機器のくだりの一部が会話にぶっこんでありましたが、あれで進めちゃうと因果というか、推測の段階がやや飛ぶので、21話まで延ばしたという次第です。
つまりはエゴです。はい......

余談
やはり引きこもりに対して外の世界は非情というもので、式のためにたった一日出張っただけで今は鼻水だらだらです。
汚染区域というか、砂漠化地帯であれば花粉症も気にしなくて済むものなんですかね。
まあそれどころじゃないんですけども。

そろそろドルフロイベントも触らねば。
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