・Selene周りの関係描写を微調整しました(現時点では言い過ぎじゃね?となった細々とした地の文を削ったり取り換えたり)
・被弾以降の描写を修正しました(今までのは撃たれた感じが弱すぎた)
・主人公の内心から()を外して地の文に溶かしました(まだ巡回中、――に加える方がキャラに合う気がした)
・20話の三つ目の集落の境界距離を300メートルから1.2キロに修正しました(どう考えたって交戦距離)
あれから一週間、二人は整備域や巡回帯周辺で依頼をこなしてきた。
輸送、回収、短距離の護衛。
同じような依頼が、同じような場所で続く。
その度に受け、こなし、報酬を受け取る。
副司令からの連絡もない。
共有した情報がどう扱われているのかは分からない。
気にする必要もない。
あの一件だけで、特段何かが変わるわけでもなかった。
ただ――今回の依頼はその延長にあるようでいて、どこか手触りが違っていた。
装甲車の細かな揺れの中、Victorは受信履歴を呼び戻す。
指名依頼。
送り主の示す座標には、覚えがあった。
巡回帯を抜ける。
ほどなくして、件の集落が前方に姿を現した。
曖昧だった外郭が、少しずつ像を結ぶ。
変わらぬ土嚢と鉄板の防壁。
だが、その上下に控える人影は、明らかに減っていた。
上段と下段に二名ずつ。
以前なら埋まっていた位置が、今は空白に置き換わっている。
それでも、配置だけで機能は落ちていない。
余剰が削られていた。
車両が接近すると、下側の一人が片手を上げる。
車は自然に減速し、その位置で止めた。
二人で降車する。
頭上の気配が、一つ外れた。
銃口は向いていない。
完全に下ろされてもいない。
わざわざ仰ぐまでもなかった。
指定された位置は、射線が重なる殺し間だ。
空気は緩まず、数分が流れる。
内側から、足音が一つ近づいた。
入り口から人影が現れる。
代表だった。
代表の目がVictorを測り、次いでSeleneへ流れる。
銃器のあたりで一度止まり、何も言わずに外れた。
「挨拶は省く。ついてこい。」
代表は踵を返し、そのまま中へ入る。
VictorとSeleneは、わずかに間を置いて後に続いた。
通された先は、荒れ地の集落にしてはよく保たれていた。
通りも建物も崩れておらず、人の往来も途切れていない。
街と呼んでも遜色ない。
ただ、資材を運ぶ顔ぶれは、年寄りと女性に偏っていた。
荷の扱いに慣れがない。
普段の役割ではないことが、身振りに出ていた。
――中核になる労働力だけが、ごっそり消えている。
「見ての通りだ。男手は外に回してる。」
「……野盗か。」
「ああ。最近は特に酷い。」
代表は歩いたまま言う。
「だから、打って出た。見つけた奴から潰してる。」
通路の脇、簡素なボードに紙が貼られていた。
代表は通りざまに足を止め、その一角を手の甲で叩く。
荒い線の内側に、点と記号が密集している。
襲撃地点、目撃報告、潰した隠れ家。
書き込みの種類は違うが、どれも人間の足取りを追ったものだ。
Seleneは声を出さず、印の並びを追った。
その傍らで、代表は視線を横へずらす。
地図の端には、別枠の区域が切られていた。
範囲は広くないが、明確に隔てられている。
指先がそちらを示す。
「ここらの市街地に、鉄血の工場がある。」
Victorの目元が、微かに硬くなる。
「周辺に残党が徘徊してる。人手がない今、広がれば背中を噛まれる。だから、お前たちに掃除してもらいたい。」
別の話が来ると思っていた。
だが出てきたのは、鉄血だ。
「一応確認するが、依頼の相手は選んだのか。」
「……どういう意味だ?」
「俺たちは、副司令とつながりがあるように映っているはずだ。」
代表は意味を悟ったように息を抜く。
「なんだ。マグニに取り次げと言うとでも思ってたのか。」
「それはまだいい。」
Victorは一拍間を置いた。
目は代表に置いたまま、周辺の位置関係を測る。
Seleneが、気づかれない程度に体軸をずらした。
少しでも、動線の外側へ。
「こちらがここの情報を流す可能性は、考えなかったのか。」
空気が張る。
さきほどまでの生活音が、その場だけ遠のいた。
誰も動かない。
代表の呼気が、その膠着を破った。
「あいつがそんなやり方させるかよ。」
声音は笑いに近いが、軽くはない。
「俺も外向きにはああしたが、副司令個人は認めてる。気に入らないのは、その後ろだ。」
「……そうか。」
「それに、”ついてはいない”と言ったのはお前だろう、傭兵。」
言葉に嘘はない。
双方ともに。
この話は、そこまでで足りた。
Victorはポケットから地図を取り出す。
「鉄血の規模は。」
「外側は基本、雑魚だけだ。ただ最近は少し、動きが出てきてる。」
「数は。」
「数で見る話じゃない。出てくる分だけ見て潰せ。」
「……なら、範囲は。」
代表は紙の端に手を置き、指を滑らせる。
「この手前までだ。そこを越えなければ問題ない。深追いも必要ないだろう。」
言葉の節々が引っ掛かる。
どこか、噛み合っていない。
だが今は流し、頭の隅に留め置いた。
「分かった。」
手元の地図に線を引く。
それ以上、言葉は続かなかった。
振り返り、来た道を戻る。
代表は引き留めなかった。
住民の動きが、来た時よりも目につく。
手ぶらの者。
持つ力の足りない者。
忙しなさだけがあり、前へ進んでいる感じはない。
歩調を変えず、Victorは口を開いた。
「鉄血兵については把握しているか。」
「はい。」
外に出る。
肌に当たる空気は、砂を含んだまま冷えていた。
「試験運用時に実戦対象として接触しています。識別可能です。」
「そうか。」
車両に戻る。
扉の金具が二度鳴り、すぐに静まった。
エンジンが立ち上がる。
振動が足元から上がり、車体全体に広がる。
Seleneは端末を見つめている。
「図の野盗位置は、前回の受信データと一致していました。」
「副司令のか。」
「はい。偏りも含めて同一です。確度の上昇を確認しました。」
「……まだ、使えるな。」
車両は防壁を抜ける。
次第に内側の生活音が、砂の向こうに沈んでいった。
遠方の廃墟は、建物の骨格だけを並べ、その間に濃い陰を溜めていた。
装甲車は速度を落とし、市街地の縁に沿って進んだ。
距離を保ち、位置だけを切り替える。
Seleneは外へ目を走らせ、建物列の途切れを数えていた。
表通りの向こうに、移動する黒点が見える。
どれも姿を晒す時間は短い。
角を越えるたび、輪郭が断たれる。
「敵機巡回。間隔は安定しています。」
装甲車は面をずらしつつ、確認と移動を重ねる。
そのうち見える帯と抜けの濃淡が、地図に置ける程度には整理されてきた。
「南東側、視界断続的。監視圧低。進入経路として適しています。」
一度だけ、同じ区画を別角度から確認する。
「……採用。」
車体を低速で押し出した。
舗装の割れ目には砂が入り込み、路肩には崩れた外壁材と錆びた骨組みが積み上がっている。
Victorは前方を見据えたまま、遮る物の位置だけを記憶する。
通りは途切れず続いているが、奥へ進むほど、瓦礫が道幅を食っていた。
これ以上は、装甲車の腹を擦る。
「ここまでだ。」
装甲車を、路肩の崩落した壁と横倒しの廃車、その陰に滑り込ませる。
路上からは隠れ、俯瞰でも廃車と壁に紛れる。
仮に見つかっても、すぐには稼働車両と断定されない。
エンジンを落とす。
音が消える。
ドアをゆっくりと開け、降りる。
砂混じりの紙が、路面を掻くように流れていた。
Victorは一度、前方に目を凝らす。
表通りは抜けすぎていて、姿を隠す余地が足りない。
次いで脇に視線を流す。
「裏路地から進む。」
「了解。」
車両を後にし、裏路地に入った。
路地は狭く、崩れた壁が視線を細切れにしていた。
情報は減るが、撃たれもしない。
Victorが前。
Seleneが後方、死角を受け持つ角度。
互いの視界が重ならない位置で、互いの盲点を補いながら北上する。
煉瓦の縁、沈まない床、細かな砂。
一歩ごとに確認し、無駄なく進む。
瓦礫を一つ跨いだところで、Victorの足が止まった。
拳を掲げて固定する。
Seleneも即座に静止した。
間を置かず、路地の奥。
低い機影が一つ、路地の奥から這い出した。
車輪付きの四脚。
前面の単眼レンズが赤く光り、一定の間隔で角度を変える。
――プラウラー。
機体が路地の交差点で減速し、脚が止まった。
赤い光点が、路地の断面を舐め始める。
左。
正面。
右。
掃過の先端が、隠れた位置へ迫った。
二人はその場を動かない。
胸の上下を殺し、身体を壁と同化させる。
数秒が異様に引き延ばされる。
プラウラーは再び動き出し、通りの方へ進路を変える。
駆動音は極めて薄い。
機影は路地の外へ抜け、見えなくなった。
戻りの気配がないことを確かめてから、Victorは壁を離れる。
Seleneが音もなく続いた。
監視の穴を縫って移動する。
やがて壁の切れ目から、広い路面が見えた。
その先を覗こうとした瞬間、目前で影が横切る。
咄嗟に体を壁側へ逃がし、距離を取り直した。
代わりに周囲の建物を見繕う。
候補を絞り、右手の建物へ意識を向けた。
通りに接した二階建て。
壁はところどころ削れているが、崩れてはいない。
裏口側に、まだ通れる開口部があった。
Victorは銃口を路地側に置き、Seleneの確認を待つ。
Seleneが壁に軽く手を押し当てた。
次いで、内部を覗く。
Victorの肩に触れ、小さく頷いた。
建物に入る。
薄い光が、埃の中に伸びている。
倒れた什器が、壁際に長い黒を落としていた。
端に見える階段は、途中で手すりが外れている。
踊り場には、破片が吹き溜まりのように集まっていた。
踏み場を選びながら階段を上がる。
途中、段に足をかけたところで、踏板が体重を受けて音を返した。
二人の動きが消える。
……内外は沈黙したままだ。
そのまま上がる。
二階まで上がったところで、Victorは窓際の陰に寄った。
大通りを跨いだ先に、建物がさらに連なっている。
その区画の中央寄りに、一本だけ突き抜けた高さがあった。
他の建物と違い、屋根の線が重ならない。
細く、上へ伸びている。
周囲との間隔にも空きがあった。
あそこは、依頼で区切られた範囲の芯に寄っている。
上を取れば、周辺を一括で観測できる可能性がある。
確かめる価値はある。
視線を戻す。
辿り着くには、目下の大通りを横断する必要があった。
ただ――。
「プラウラー四機、スカウト二機。いずれも巡回中です。」
隣でSeleneが声を落とす。
大通りのプラウラー。
二機ずつ、間隔を空けて分かれている。
それぞれが崩落物の影を通り、隙間を検分していた。
片方が深く入る間、もう片方は外縁を押さえる。
探索方向はばらけている。
目の届かない瞬間が、周期的に生まれていた。
スカウト二機が、その穴を埋める。
各々が別の位置を取り、地上の二機に追従するように旋回している。
互いに逆方向。
通りの両端を分けるように動いていた。
地上が“点”で拾い、空が“面”で覆う。
道に出た瞬間、必ずどちらかに拾われる。
死角がない。
「先に空を潰す。」
「合わせます。」
スカウトの旋回は一定だが、完全には揃っていない。
片方が折り返すとき、もう一方はわずかに遅れる。
地上の巡回に引かれて、位相がずれていた。
それでも、近づく瞬間はある。
Seleneが狙点を置く。
Victorも窓枠の陰から、射撃姿勢を作った。
二つの軌道だけを追う。
しばらくして、一方が折り返しに入る。
もう一方が、遅れて軌道を合わせた。
――速度の落ちる点が重なった。
「……今。」
二発。
銃声はほとんど一つに聞こえた。
片方は上向きに暴れ、もう片方は横腹を裂かれて火を散らす。
旋回を保てず墜ちた残骸が、路面を跳ねて転がった。
下の機体が、異常に反応して進路を変える。
だが、発生源は割れていない。
一機が瓦礫の奥へ潜り、もう一機が外へ寄る。
残りの二機も動きが揃わず、間隔が崩れる。
「射線、見切れます。」
Victorは窓から離れる。
「移動だ。」
「了解。」
二人は階段を速やかに下りた。
そのまま裏口を抜け、路地へ回る――刹那、肩に短い制止が乗る。
その一触れで、Victorは足を止めた。
視線だけを後ろに送る。
Seleneが前方の側路を示していた。
先は空白に見えた。
音はなく、気配も薄い。
Victorは足元の石を取り、壁面に投げた。
軽い反響が、狭い通路で跳ね返る。
直後、機体が角の向こうから躍り出た。
リッパー。
三体。
Seleneの初弾が先に走る。
先頭の頭部がグラスごと破裂し、大きく仰け反りながら沈んだ。
Victorは間合いをずらし、その横を抜ける二体目へ放つ。
弾は側面装甲を割り、内部にめり込む。
バランスを失った機体が横滑りし、壁へ激突した。
最後の一体が踏み込む。
Seleneの次弾が遅れず入る。
胸のあたりが裂け、機体から力が抜けた。
Victorが数歩進む。
壁に叩きつけられた機体は死に切らず、手足を痙攣させていた。
銃口を下げ、一発。
動きが止まった。
発砲は四度。
通路に乾いた余韻が貼り付く。
Victorはすぐに銃口と目を、リッパーの出所へ向ける。
側路の途中、崩落した壁の一部に、身を入れられる裂け目があった。
奥まってはいないが、視線が切れる。
迷いなく指先で示す。
Seleneが即座に動いた。
Victorも瓦礫を見繕い、残骸の影に身体を沈める。
射撃地点から離れた位置で、気配を殺した。
注意は大通り側に残す。
ほどなく奥から、二つの形が近づいてきた。
プラウラーが探るように進入してくる。
レンズが残骸の端を追い、止まっては次へ移る。
他の追従がないことを確かめ、Victorが引き金を絞った。
レンズを抜かれた機体が、前のめりに崩れる。
続けてSelene。
二機目の前部フレームが砕け、回るように倒れた。
次の反応を待つ。
風に押された砂が鳴る。
遠くの金属が軋む。
それだけだった。
……遅い。
数が合わない。
まだ最低二機は残っている。
なのに、後続がこちらへ流れてこない。
遮蔽から身体を離す。
Seleneも側路から出てきた。
Victorは先ほどの場所へ戻るつもりで足を向け――止まる。
もう一度だけ、耳に意識を向ける。
変わりはない。
それでも、指示は迂回だった。
Seleneが遅れなく頷く。
二人は来た経路を戻らず、裏路地をつないで進路を変えた。
一つ、二つと角を折れる。
路地の終端で、広い通りに接する。
Victorは姿勢を低くしたまま、隙間から顔を出した。
――いた。
瓦礫帯の窪み。
影の中に収まり、こちらを追わずに伏せていた。
センサーは、音源側へ据えられている。
読みは外れていない。
今なら側面を取れている。
撃てる角度だ。
だが、“今やるべきこと”ではない。
二人は顔を見合わせ、路面を渡り始めた。
Victorは前方の穴を押さえる。
Seleneは空と背中を受け持つ。
互いの視界を重ねず、抜けだけを埋める。
踏む場所を選び、靴音を消す。
銃は構えたまま。
撃つ準備はしているが、指はまだ外している。
反対側の陰に行き着く。
Victorは足を止めず、半身だけを返す。
プラウラーは同じ場所で止まっていた。
二人は再び路地を通る。
基本は変わらない。
確認と移動を交互に刻む。
その繰り返しだ。
いくつか路地を跨いだところで、建物の並びが不揃いになる。
目標の上部が、廃墟の列の向こうに出ていた。
遠目には、単に高い建物にしか見えなかった。
距離が縮まり、建物の性格が見えてくる。
縦に伸びる、尖った塔身。
その根元に、塔を抱えるように本棟が広がっている。
壁面には縦に細い窓が並び、欠けた縁取りが、かつての意匠を示していた。
背の高い玄関口。
扉は片側だけが残り、もう一枚は蝶番ごと失われている。
周囲にはその破片が散っていた。
――教会。
近隣の構造物は、ほとんどが骨組みだけになっていた。
周囲が崩れているせいで、例の建物だけが際立っている。
外装が荒れながらも、基部は健在だった。
――使える。
問題は、そこへ至るまでだ。
Victorは外周を目で辿る。
予想通り、周辺は敵機が押さえていた。
……少ない。
今回は明らかに数が不足だ。
プラウラーは三機。
スカウトは一機。
それ以上に、監視の穴が大きすぎる。
地上機とスカウトの監視が連動していない。
にもかかわらず、巡回の動きに焦りがない。
……いや。
Victorは巡回から視線を移す。
周辺には、半端に崩れた瓦礫が帯のように積み上がっていた。
切れ目もあれば、乗り越えられる高さもある。
身を伏せられる窪みも多い。
――監視の粗さは罠だ。
空白には別の目がいる。
見えている数は当てにならない。
VictorはSeleneに視線を送る。
自身の目元に二本指を当て、正面の瓦礫帯へと振った。
Seleneが頷く。
立ち位置をずらし、角度を確保した。
Victorはひびの入った煉瓦片を拾い上げる。
一投。
巡回線の穴へ向けて。
欠片が音を立てて砕ける。
遅れて、反応。
瓦礫の裂け目で、反射が返った。
Seleneが指を四本立てる。
そのまま掌を返し、この場を起点に右へ。
指先は弧を描いて入口へと結ぶ。
Victorは頷き、再び煉瓦を拾った。
巡回の重なる拍に合わせ、遠方へ放つ。
煉瓦は二度跳ね、音が続いた。
複数の単眼が、同じ方向へ振れる。
やや遅れて、上空の影も吸い寄せられた。
瓦礫の向こうに動きは見えない。
光点だけが、微かにずれる。
二人は合図もなしに動いた。
右へ大きく回り、影から影へと滑り込む。
足元を吟味する時間はない。
瓦礫を踏み抜かない限界で、最速の経路を取る。
背後で、敵の目が戻り始める。
だが、遅い。
教会が目前に迫った。
間を空けずに入口を抜ける。
途端に靴音が柔らかく消える。
床に敷かれた絨毯が、音を吸っていた。
礼拝堂は、ほぼ原形を保っていた。
長椅子は規則正しく並び、そこだけが過去に取り残されている。
奥に祭壇が見える。
掛けられた白布は黄ばみ、布地の白さをなくしていた。
蝋は残っているが、灯された気配はない。
左手には、懺悔室。
扉は半開きで止まり、内側は暗い。
敵影はない。
Seleneも反応を見せなかった。
右手の壁際に、階段。
石段は螺旋を描いて上がり、先は暗がりに消えている。
二人は距離を崩さず歩を進め、段差に足を掛けた。
石は摩耗している。
時折、砂が靴底で小さく擦れる。
段を刻むにつれ光量が落ち、石に返る音が目立った。
踊り場を一つ抜け、さらに先へ。
やがて、頭上に外光の筋が差し込んでくる。
最後の段を越える。
狭さが解け、鐘楼の内側に出た。
中央には、鐘が倒れたまま残っていた。
台座ごと外れ、石床へ半ばめり込んでいる。
それを尻目に、外側を一巡する。
視界は広い。
直下の屋根と四方の柱こそ邪魔になるが、それ以外に遮るものは少ない。
もっとも、建物の縁に近い部分は足元の真下が見えなかった。
北西側は特に、塔の根元と屋根の張り出しが重なっている。
構造の偏りが、そのまま見下ろしの死角を作っていた。
景色を切り分ける。
巡回の動線と、地形の欠け。
南側、入口付近の区画は、表だけで見れば薄い。
通りを中心に機体は散っているが、密度そのものは高くなかった。
東西にも反応はある。
だが、連なる骨組みが視野を切り、全貌までは見えない。
拾えるのは、途切れ途切れの機影だけだった。
北側。
奥に、ひときわ大きな施設があった。
造りからして工場だ。
窓も門も、いずれも固く閉ざされている。
出入りの様子はない。
監視に引っかかるものもなかった。
一帯にすら動きはなく、流れから浮いている。
今は対象から外す。
「南から崩す。東西の処理は、敵の再配置次第だ。初動の炙りには……あれがいい。」
指先が、鐘を示した。
「お前はここで目を残せ。下は俺が……出力は任せる。」
「了解。」
Victorは一度、足元に装備を下ろす。
弾倉を取り出し、上下を反転させて対にした。
テープで固定する。
指先で押し、ずれないことを確かめる。
そのまま取り出しやすい位置へ収めた。
足元に水筒を置き、踵を返す。
Seleneはそれを一瞥するだけだった。
お久しぶりです。生きてます。
まっじでクソお待たせしました。
とにかく自分で設定した約束時間に間に合って良かった。
あれ、前編だけ? と思ったあなた、ご安心ください。文字数的に切っただけなので、後編は今日中に上がります。
あとがき書く時間あるのだろうか。ではまた後編で。