Mercs' Frontline   作:発伝記

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・Selene周りの関係描写を微調整しました(現時点では言い過ぎじゃね?となった細々とした地の文を削ったり取り換えたり)
・被弾以降の描写を修正しました(今までのは撃たれた感じが弱すぎた)
・主人公の内心から()を外して地の文に溶かしました(まだ巡回中、――に加える方がキャラに合う気がした)
・20話の三つ目の集落の境界距離を300メートルから1.2キロに修正しました(どう考えたって交戦距離)







第22話 4月29日〈前編〉

 

あれから一週間、二人は整備域や巡回帯周辺で依頼をこなしてきた。

 

輸送、回収、短距離の護衛。

同じような依頼が、同じような場所で続く。

その度に受け、こなし、報酬を受け取る。

 

副司令からの連絡もない。

共有した情報がどう扱われているのかは分からない。

気にする必要もない。

 

あの一件だけで、特段何かが変わるわけでもなかった。

 

ただ――今回の依頼はその延長にあるようでいて、どこか手触りが違っていた。

 

装甲車の細かな揺れの中、Victorは受信履歴を呼び戻す。

 

指名依頼。

送り主の示す座標には、覚えがあった。

 

巡回帯を抜ける。

 

ほどなくして、件の集落が前方に姿を現した。

曖昧だった外郭が、少しずつ像を結ぶ。

 

変わらぬ土嚢と鉄板の防壁。

だが、その上下に控える人影は、明らかに減っていた。

 

上段と下段に二名ずつ。

以前なら埋まっていた位置が、今は空白に置き換わっている。

 

それでも、配置だけで機能は落ちていない。

余剰が削られていた。

 

車両が接近すると、下側の一人が片手を上げる。

車は自然に減速し、その位置で止めた。

 

二人で降車する。

頭上の気配が、一つ外れた。

 

銃口は向いていない。

完全に下ろされてもいない。

 

わざわざ仰ぐまでもなかった。

指定された位置は、射線が重なる殺し間だ。

 

空気は緩まず、数分が流れる。

 

内側から、足音が一つ近づいた。

入り口から人影が現れる。

 

代表だった。

 

代表の目がVictorを測り、次いでSeleneへ流れる。

銃器のあたりで一度止まり、何も言わずに外れた。

 

「挨拶は省く。ついてこい。」

 

代表は踵を返し、そのまま中へ入る。

VictorとSeleneは、わずかに間を置いて後に続いた。

 

通された先は、荒れ地の集落にしてはよく保たれていた。

 

通りも建物も崩れておらず、人の往来も途切れていない。

街と呼んでも遜色ない。

 

ただ、資材を運ぶ顔ぶれは、年寄りと女性に偏っていた。

荷の扱いに慣れがない。

普段の役割ではないことが、身振りに出ていた。

 

――中核になる労働力だけが、ごっそり消えている。

 

「見ての通りだ。男手は外に回してる。」

「……野盗か。」

「ああ。最近は特に酷い。」

 

代表は歩いたまま言う。

 

「だから、打って出た。見つけた奴から潰してる。」

 

通路の脇、簡素なボードに紙が貼られていた。

代表は通りざまに足を止め、その一角を手の甲で叩く。

 

荒い線の内側に、点と記号が密集している。

襲撃地点、目撃報告、潰した隠れ家。

書き込みの種類は違うが、どれも人間の足取りを追ったものだ。

 

Seleneは声を出さず、印の並びを追った。

その傍らで、代表は視線を横へずらす。

 

地図の端には、別枠の区域が切られていた。

範囲は広くないが、明確に隔てられている。

 

指先がそちらを示す。

 

「ここらの市街地に、鉄血の工場がある。」

 

Victorの目元が、微かに硬くなる。

 

「周辺に残党が徘徊してる。人手がない今、広がれば背中を噛まれる。だから、お前たちに掃除してもらいたい。」

 

別の話が来ると思っていた。

だが出てきたのは、鉄血だ。

 

「一応確認するが、依頼の相手は選んだのか。」

「……どういう意味だ?」

「俺たちは、副司令とつながりがあるように映っているはずだ。」

 

代表は意味を悟ったように息を抜く。

 

「なんだ。マグニに取り次げと言うとでも思ってたのか。」

「それはまだいい。」

 

Victorは一拍間を置いた。

目は代表に置いたまま、周辺の位置関係を測る。

 

Seleneが、気づかれない程度に体軸をずらした。

少しでも、動線の外側へ。

 

「こちらがここの情報を流す可能性は、考えなかったのか。」

 

空気が張る。

さきほどまでの生活音が、その場だけ遠のいた。

誰も動かない。

 

代表の呼気が、その膠着を破った。

 

「あいつがそんなやり方させるかよ。」

 

声音は笑いに近いが、軽くはない。

 

「俺も外向きにはああしたが、副司令個人は認めてる。気に入らないのは、その後ろだ。」

「……そうか。」

「それに、”ついてはいない”と言ったのはお前だろう、傭兵。」

 

言葉に嘘はない。

双方ともに。

この話は、そこまでで足りた。

 

Victorはポケットから地図を取り出す。

 

「鉄血の規模は。」

「外側は基本、雑魚だけだ。ただ最近は少し、動きが出てきてる。」

「数は。」

「数で見る話じゃない。出てくる分だけ見て潰せ。」

「……なら、範囲は。」

 

代表は紙の端に手を置き、指を滑らせる。

 

「この手前までだ。そこを越えなければ問題ない。深追いも必要ないだろう。」

 

言葉の節々が引っ掛かる。

どこか、噛み合っていない。

だが今は流し、頭の隅に留め置いた。

 

「分かった。」

 

手元の地図に線を引く。

それ以上、言葉は続かなかった。

 

振り返り、来た道を戻る。

代表は引き留めなかった。

 

住民の動きが、来た時よりも目につく。

 

手ぶらの者。

持つ力の足りない者。

忙しなさだけがあり、前へ進んでいる感じはない。

 

歩調を変えず、Victorは口を開いた。

 

「鉄血兵については把握しているか。」

「はい。」

 

外に出る。

肌に当たる空気は、砂を含んだまま冷えていた。

 

「試験運用時に実戦対象として接触しています。識別可能です。」

「そうか。」

 

車両に戻る。

扉の金具が二度鳴り、すぐに静まった。

 

エンジンが立ち上がる。

振動が足元から上がり、車体全体に広がる。

 

Seleneは端末を見つめている。

 

「図の野盗位置は、前回の受信データと一致していました。」

「副司令のか。」

「はい。偏りも含めて同一です。確度の上昇を確認しました。」

「……まだ、使えるな。」

 

車両は防壁を抜ける。

次第に内側の生活音が、砂の向こうに沈んでいった。

 

 

 

 

 

遠方の廃墟は、建物の骨格だけを並べ、その間に濃い陰を溜めていた。

 

装甲車は速度を落とし、市街地の縁に沿って進んだ。

距離を保ち、位置だけを切り替える。

 

Seleneは外へ目を走らせ、建物列の途切れを数えていた。

 

表通りの向こうに、移動する黒点が見える。

どれも姿を晒す時間は短い。

角を越えるたび、輪郭が断たれる。

 

「敵機巡回。間隔は安定しています。」

 

装甲車は面をずらしつつ、確認と移動を重ねる。

そのうち見える帯と抜けの濃淡が、地図に置ける程度には整理されてきた。

 

「南東側、視界断続的。監視圧低。進入経路として適しています。」

 

一度だけ、同じ区画を別角度から確認する。

 

「……採用。」

 

車体を低速で押し出した。

舗装の割れ目には砂が入り込み、路肩には崩れた外壁材と錆びた骨組みが積み上がっている。

 

Victorは前方を見据えたまま、遮る物の位置だけを記憶する。

 

通りは途切れず続いているが、奥へ進むほど、瓦礫が道幅を食っていた。

これ以上は、装甲車の腹を擦る。

 

「ここまでだ。」

 

装甲車を、路肩の崩落した壁と横倒しの廃車、その陰に滑り込ませる。

路上からは隠れ、俯瞰でも廃車と壁に紛れる。

仮に見つかっても、すぐには稼働車両と断定されない。

 

エンジンを落とす。

音が消える。

 

ドアをゆっくりと開け、降りる。

砂混じりの紙が、路面を掻くように流れていた。

 

Victorは一度、前方に目を凝らす。

表通りは抜けすぎていて、姿を隠す余地が足りない。

 

次いで脇に視線を流す。

 

「裏路地から進む。」

「了解。」

 

車両を後にし、裏路地に入った。

 

路地は狭く、崩れた壁が視線を細切れにしていた。

情報は減るが、撃たれもしない。

 

Victorが前。

Seleneが後方、死角を受け持つ角度。

互いの視界が重ならない位置で、互いの盲点を補いながら北上する。

 

煉瓦の縁、沈まない床、細かな砂。

一歩ごとに確認し、無駄なく進む。

 

瓦礫を一つ跨いだところで、Victorの足が止まった。

拳を掲げて固定する。

 

Seleneも即座に静止した。

 

間を置かず、路地の奥。

低い機影が一つ、路地の奥から這い出した。

 

車輪付きの四脚。

前面の単眼レンズが赤く光り、一定の間隔で角度を変える。

 

――プラウラー。

 

機体が路地の交差点で減速し、脚が止まった。

赤い光点が、路地の断面を舐め始める。

 

左。

正面。

右。

 

掃過の先端が、隠れた位置へ迫った。

 

二人はその場を動かない。

胸の上下を殺し、身体を壁と同化させる。

 

数秒が異様に引き延ばされる。

 

プラウラーは再び動き出し、通りの方へ進路を変える。

駆動音は極めて薄い。

 

機影は路地の外へ抜け、見えなくなった。

 

戻りの気配がないことを確かめてから、Victorは壁を離れる。

Seleneが音もなく続いた。

 

監視の穴を縫って移動する。

 

やがて壁の切れ目から、広い路面が見えた。

 

その先を覗こうとした瞬間、目前で影が横切る。

咄嗟に体を壁側へ逃がし、距離を取り直した。

 

代わりに周囲の建物を見繕う。

候補を絞り、右手の建物へ意識を向けた。

 

通りに接した二階建て。

壁はところどころ削れているが、崩れてはいない。

裏口側に、まだ通れる開口部があった。

 

Victorは銃口を路地側に置き、Seleneの確認を待つ。

Seleneが壁に軽く手を押し当てた。

 

次いで、内部を覗く。

Victorの肩に触れ、小さく頷いた。

 

建物に入る。

 

薄い光が、埃の中に伸びている。

倒れた什器が、壁際に長い黒を落としていた。

 

端に見える階段は、途中で手すりが外れている。

踊り場には、破片が吹き溜まりのように集まっていた。

 

踏み場を選びながら階段を上がる。

 

途中、段に足をかけたところで、踏板が体重を受けて音を返した。

二人の動きが消える。

 

……内外は沈黙したままだ。

 

そのまま上がる。

 

二階まで上がったところで、Victorは窓際の陰に寄った。

 

大通りを跨いだ先に、建物がさらに連なっている。

その区画の中央寄りに、一本だけ突き抜けた高さがあった。

 

他の建物と違い、屋根の線が重ならない。

細く、上へ伸びている。

周囲との間隔にも空きがあった。

 

あそこは、依頼で区切られた範囲の芯に寄っている。

上を取れば、周辺を一括で観測できる可能性がある。

 

確かめる価値はある。

 

視線を戻す。

辿り着くには、目下の大通りを横断する必要があった。

 

ただ――。

 

「プラウラー四機、スカウト二機。いずれも巡回中です。」

 

隣でSeleneが声を落とす。

 

大通りのプラウラー。

二機ずつ、間隔を空けて分かれている。

 

それぞれが崩落物の影を通り、隙間を検分していた。

片方が深く入る間、もう片方は外縁を押さえる。

 

探索方向はばらけている。

目の届かない瞬間が、周期的に生まれていた。

 

スカウト二機が、その穴を埋める。

各々が別の位置を取り、地上の二機に追従するように旋回している。

 

互いに逆方向。

通りの両端を分けるように動いていた。

 

地上が“点”で拾い、空が“面”で覆う。

道に出た瞬間、必ずどちらかに拾われる。

死角がない。

 

「先に空を潰す。」

「合わせます。」

 

スカウトの旋回は一定だが、完全には揃っていない。

片方が折り返すとき、もう一方はわずかに遅れる。

地上の巡回に引かれて、位相がずれていた。

 

それでも、近づく瞬間はある。

 

Seleneが狙点を置く。

Victorも窓枠の陰から、射撃姿勢を作った。

 

二つの軌道だけを追う。

 

しばらくして、一方が折り返しに入る。

もう一方が、遅れて軌道を合わせた。

 

――速度の落ちる点が重なった。

 

「……今。」

 

二発。

銃声はほとんど一つに聞こえた。

 

片方は上向きに暴れ、もう片方は横腹を裂かれて火を散らす。

旋回を保てず墜ちた残骸が、路面を跳ねて転がった。

 

下の機体が、異常に反応して進路を変える。

だが、発生源は割れていない。

 

一機が瓦礫の奥へ潜り、もう一機が外へ寄る。

残りの二機も動きが揃わず、間隔が崩れる。

 

「射線、見切れます。」

 

Victorは窓から離れる。

 

「移動だ。」

「了解。」

 

二人は階段を速やかに下りた。

 

そのまま裏口を抜け、路地へ回る――刹那、肩に短い制止が乗る。

その一触れで、Victorは足を止めた。

 

視線だけを後ろに送る。

Seleneが前方の側路を示していた。

 

先は空白に見えた。

音はなく、気配も薄い。

 

Victorは足元の石を取り、壁面に投げた。

軽い反響が、狭い通路で跳ね返る。

 

直後、機体が角の向こうから躍り出た。

 

リッパー。

三体。

 

Seleneの初弾が先に走る。

先頭の頭部がグラスごと破裂し、大きく仰け反りながら沈んだ。

 

Victorは間合いをずらし、その横を抜ける二体目へ放つ。

弾は側面装甲を割り、内部にめり込む。

バランスを失った機体が横滑りし、壁へ激突した。

 

最後の一体が踏み込む。

Seleneの次弾が遅れず入る。

胸のあたりが裂け、機体から力が抜けた。

 

Victorが数歩進む。

壁に叩きつけられた機体は死に切らず、手足を痙攣させていた。

 

銃口を下げ、一発。

動きが止まった。

 

発砲は四度。

通路に乾いた余韻が貼り付く。

 

Victorはすぐに銃口と目を、リッパーの出所へ向ける。

 

側路の途中、崩落した壁の一部に、身を入れられる裂け目があった。

奥まってはいないが、視線が切れる。

 

迷いなく指先で示す。

Seleneが即座に動いた。

 

Victorも瓦礫を見繕い、残骸の影に身体を沈める。

射撃地点から離れた位置で、気配を殺した。

注意は大通り側に残す。

 

ほどなく奥から、二つの形が近づいてきた。

 

プラウラーが探るように進入してくる。

レンズが残骸の端を追い、止まっては次へ移る。

 

他の追従がないことを確かめ、Victorが引き金を絞った。

レンズを抜かれた機体が、前のめりに崩れる。

 

続けてSelene。

二機目の前部フレームが砕け、回るように倒れた。

 

次の反応を待つ。

 

風に押された砂が鳴る。

 

遠くの金属が軋む。

 

それだけだった。

 

……遅い。

 

数が合わない。

まだ最低二機は残っている。

なのに、後続がこちらへ流れてこない。

 

遮蔽から身体を離す。

Seleneも側路から出てきた。

 

Victorは先ほどの場所へ戻るつもりで足を向け――止まる。

 

もう一度だけ、耳に意識を向ける。

変わりはない。

 

それでも、指示は迂回だった。

Seleneが遅れなく頷く。

 

二人は来た経路を戻らず、裏路地をつないで進路を変えた。

一つ、二つと角を折れる。

 

路地の終端で、広い通りに接する。

Victorは姿勢を低くしたまま、隙間から顔を出した。

 

――いた。

 

瓦礫帯の窪み。

影の中に収まり、こちらを追わずに伏せていた。

 

センサーは、音源側へ据えられている。

 

読みは外れていない。

今なら側面を取れている。

撃てる角度だ。

 

だが、“今やるべきこと”ではない。

 

二人は顔を見合わせ、路面を渡り始めた。

 

Victorは前方の穴を押さえる。

Seleneは空と背中を受け持つ。

互いの視界を重ねず、抜けだけを埋める。

 

踏む場所を選び、靴音を消す。

 

銃は構えたまま。

撃つ準備はしているが、指はまだ外している。

 

反対側の陰に行き着く。

 

Victorは足を止めず、半身だけを返す。

プラウラーは同じ場所で止まっていた。

 

 

 

 

 

二人は再び路地を通る。

 

基本は変わらない。

確認と移動を交互に刻む。

その繰り返しだ。

 

いくつか路地を跨いだところで、建物の並びが不揃いになる。

目標の上部が、廃墟の列の向こうに出ていた。

 

遠目には、単に高い建物にしか見えなかった。

距離が縮まり、建物の性格が見えてくる。

 

縦に伸びる、尖った塔身。

その根元に、塔を抱えるように本棟が広がっている。

壁面には縦に細い窓が並び、欠けた縁取りが、かつての意匠を示していた。

 

背の高い玄関口。

扉は片側だけが残り、もう一枚は蝶番ごと失われている。

周囲にはその破片が散っていた。

 

――教会。

 

近隣の構造物は、ほとんどが骨組みだけになっていた。

周囲が崩れているせいで、例の建物だけが際立っている。

外装が荒れながらも、基部は健在だった。

 

――使える。

問題は、そこへ至るまでだ。

 

Victorは外周を目で辿る。

予想通り、周辺は敵機が押さえていた。

 

……少ない。

今回は明らかに数が不足だ。

 

プラウラーは三機。

スカウトは一機。

 

それ以上に、監視の穴が大きすぎる。

地上機とスカウトの監視が連動していない。

 

にもかかわらず、巡回の動きに焦りがない。

 

……いや。

Victorは巡回から視線を移す。

 

周辺には、半端に崩れた瓦礫が帯のように積み上がっていた。

切れ目もあれば、乗り越えられる高さもある。

身を伏せられる窪みも多い。

 

――監視の粗さは罠だ。

 

空白には別の目がいる。

見えている数は当てにならない。

 

VictorはSeleneに視線を送る。

自身の目元に二本指を当て、正面の瓦礫帯へと振った。

 

Seleneが頷く。

立ち位置をずらし、角度を確保した。

 

Victorはひびの入った煉瓦片を拾い上げる。

 

一投。

巡回線の穴へ向けて。

 

欠片が音を立てて砕ける。

 

遅れて、反応。

瓦礫の裂け目で、反射が返った。

Seleneが指を四本立てる。

そのまま掌を返し、この場を起点に右へ。

指先は弧を描いて入口へと結ぶ。

 

Victorは頷き、再び煉瓦を拾った。

巡回の重なる拍に合わせ、遠方へ放つ。

 

煉瓦は二度跳ね、音が続いた。

 

複数の単眼が、同じ方向へ振れる。

やや遅れて、上空の影も吸い寄せられた。

 

瓦礫の向こうに動きは見えない。

光点だけが、微かにずれる。

 

二人は合図もなしに動いた。

右へ大きく回り、影から影へと滑り込む。

 

足元を吟味する時間はない。

瓦礫を踏み抜かない限界で、最速の経路を取る。

 

背後で、敵の目が戻り始める。

だが、遅い。

 

教会が目前に迫った。

間を空けずに入口を抜ける。

 

途端に靴音が柔らかく消える。

床に敷かれた絨毯が、音を吸っていた。

 

礼拝堂は、ほぼ原形を保っていた。

長椅子は規則正しく並び、そこだけが過去に取り残されている。

 

奥に祭壇が見える。

掛けられた白布は黄ばみ、布地の白さをなくしていた。

蝋は残っているが、灯された気配はない。

 

左手には、懺悔室。

扉は半開きで止まり、内側は暗い。

 

敵影はない。

Seleneも反応を見せなかった。

 

右手の壁際に、階段。

石段は螺旋を描いて上がり、先は暗がりに消えている。

 

二人は距離を崩さず歩を進め、段差に足を掛けた。

 

石は摩耗している。

時折、砂が靴底で小さく擦れる。

 

段を刻むにつれ光量が落ち、石に返る音が目立った。

踊り場を一つ抜け、さらに先へ。

 

やがて、頭上に外光の筋が差し込んでくる。

 

最後の段を越える。

狭さが解け、鐘楼の内側に出た。

 

中央には、鐘が倒れたまま残っていた。

台座ごと外れ、石床へ半ばめり込んでいる。

 

それを尻目に、外側を一巡する。

 

視界は広い。

直下の屋根と四方の柱こそ邪魔になるが、それ以外に遮るものは少ない。

 

もっとも、建物の縁に近い部分は足元の真下が見えなかった。

北西側は特に、塔の根元と屋根の張り出しが重なっている。

構造の偏りが、そのまま見下ろしの死角を作っていた。

 

景色を切り分ける。

巡回の動線と、地形の欠け。

 

南側、入口付近の区画は、表だけで見れば薄い。

通りを中心に機体は散っているが、密度そのものは高くなかった。

 

東西にも反応はある。

だが、連なる骨組みが視野を切り、全貌までは見えない。

拾えるのは、途切れ途切れの機影だけだった。

 

北側。

奥に、ひときわ大きな施設があった。

造りからして工場だ。

 

窓も門も、いずれも固く閉ざされている。

出入りの様子はない。

監視に引っかかるものもなかった。

 

一帯にすら動きはなく、流れから浮いている。

今は対象から外す。

 

「南から崩す。東西の処理は、敵の再配置次第だ。初動の炙りには……あれがいい。」

 

指先が、鐘を示した。

 

「お前はここで目を残せ。下は俺が……出力は任せる。」

「了解。」

 

Victorは一度、足元に装備を下ろす。

弾倉を取り出し、上下を反転させて対にした。

 

テープで固定する。

指先で押し、ずれないことを確かめる。

 

そのまま取り出しやすい位置へ収めた。

 

足元に水筒を置き、踵を返す。

Seleneはそれを一瞥するだけだった。

 

 

 

 

 




お久しぶりです。生きてます。
まっじでクソお待たせしました。
とにかく自分で設定した約束時間に間に合って良かった。
あれ、前編だけ? と思ったあなた、ご安心ください。文字数的に切っただけなので、後編は今日中に上がります。
あとがき書く時間あるのだろうか。ではまた後編で。
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