Mercs' Frontline   作:発伝記

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第22話 4月29日〈後編〉

 

段を飛ばし、階下へ急ぐ。

 

広間を抜け、入口脇へ。

扉枠の陰に陣取った。

 

外の様子を窺う。

 

プラウラー、間隔維持。

スカウト、旋回中。

瓦礫に潜むリッパー……予定通りだ。

 

目を引き戻し、胸の動きを抑える。

Victorは無線を握った。

 

「始めろ。」

『了解。』

 

上階から、石を擦るような音が降ってくる。

やがて、途切れる。

 

空白。

 

――直後。

すぐ外で、重いものが地面を打った。

鈍い破砕音が、瞬く間に広がる。

 

通りの気配が変わった。

巡回の周期が外れ、衝撃の方へ偏っていく。

 

瓦礫帯の奥で固まっていた影までもが、連鎖するように蠢く。

待機していた敵が、揃って外へにじみ出た。

 

銃口の先に入る。

Victorはためらわずに銃声を置いた。

 

敵機が一つ、動力を失う。

狙点を次へ送る。

 

ほぼ同時に、上階の射撃音が通りへ重なった。

空の目が一つ消える。

 

間を置かず、点射。

地上でレンズが砕け散った。

巡回の端が切り崩される。

 

押し出すような低い射出音――爆ぜる。

 

通りの対岸から近づくまとまりが、内部から割れた。

破片と機体が混ざり、影の外形が失われる。

 

Victorは入口へ寄る個体だけを拾う。

地面を踏んだ一瞬へ弾を入れ、リッパーを転がす。

 

銃声、反響、遅れて炸裂。

騒音が層を増す。

 

ほどなく、南側の圧が抜けた。

遅れて現れる影もない。

 

無線が入る。

 

『東西、ともに接近。』

「規模。」

『いずれも小隊規模。東側にやや偏りがあります。』

 

……数が予測より膨らんでいる。

入口で両面は捌けない。

Seleneにも背負わせられない。

 

「北に反応は。」

「現状ありません。」

 

視線を外へ投げる。

瓦礫の間、残骸の壊れた脚部だけが、惰性で動いていた。

 

待っても主導権は戻らない。

 

「東を抑えろ。俺は西に出る。」

『了解。』

 

入口を捨て、瓦礫帯を跨ぐ。

 

二つ、三つと越えた先で、影の塊が視界を塞いだ。

 

外側を削ぐように数発入れる。

端の機体が落ち、塊が一瞬傾いた。

 

――正面では押し負ける。

 

弾を置きながら横へ流れる。

惹きつけるように光を散らし、路地へと滑り込んだ。

 

横幅が消え、火線は一本に近づく。

追手は縁で圧縮され、先頭だけが押し出された。

 

崩れた壁を支点にして、前の個体を仕留める。

胸部が抉れ、敵は前のめりに沈んだ。

 

続く個体がそれを踏み越えようとする。

踏み出した脚の関節を撃ち砕く。

 

機体は支点を抜かれ、体勢が崩れる。

倒れた機体が先の残骸に乗り上げ、足元がさらに詰まった。

 

その頭上を機影が通過する。

 

銃口を持ち上げ、翅をむしる。

機体は慣性のままにぶつかり、壁面に火花を咲かせた。

 

その間に地上機の圧が戻ってくる。

 

塊がひしめきながら迫る。

残骸を踏み越え、列が再び伸びた。

 

銃火が走る。

 

地面が叩かれ、砂と石片が吹く。

熱線のような感覚が、脇を抜けた。

 

Victorは吐きかけた息を飲み込む。

 

東から炸裂音が重なる。

三度、そして、短く区切られた連射。

 

――向こうでも始まった。

 

前進の勢いが、一瞬止まる。

 

その隙に瓦礫を捨て、後退する。

引きつけながら、角を折れた。

 

距離を一息に稼ぎ、壁際で弾倉を裏返す。

一拍もかからない。

 

角の向こうで影が追い付く。

出かかりの肩口を縫い留めた。

 

だが、前面は一向に薄くならない。

穴が開いてもすぐに埋まる。

 

東では、炸裂音が尾を引いている。

その間を詰めるように、銃声が止まらない。

 

塊はもう、そちらを見ない。

銃火が伸び、側壁の煉瓦を弾いた。

 

Victorは半身で受け流し、短く刻み返す。

胴を抜き、脚を折り、飛ぶ影を落とす。

 

それでも、勢いに押される。

次に身を入れる場所を、視界の端で探った。

 

――余白が足りない。

 

弾幕の薄れ目を縫い、飛び出す。

後ろに駆けながら面を掃く。

 

前輪部が飛び、単眼が砕ける。

二機が跪き、後ろがもつれた。

 

わずかに間が開く。

その隙に遮蔽の裏へ転がり込んだ。

 

弾倉を抜き、差し替えにかかる。

金属が噛み合った。

 

直後、無線。

 

『北側……接近開始。』

「……何? 規模は。」

『他と変わらず。ただ……機種構成が違います。ドラグーンと、ダイナーゲート、です。』

 

……機動型。

喉元まで出た悪態を飲む。

 

「排熱状況は。」

 

応答がない。

銃声と炸裂音だけが返る。

 

「Selene。排熱状況。」

 

無線越しに、叩きつけるような水音が漏れた。

 

『問題、ありません……東側……無力化。』

 

声の奥で、息が細く引っかかっている。

Victorはそれ以上訊かなった。

 

「持ちこたえろ。今から向かう。」

 

無線を切る。

 

塊が奥で密度を膨ませる。

距離は詰まりつつある。

 

Victorは一度だけ、遮蔽の中で息を吸った。

 

――出し惜しみはしない。

 

消耗品を一本掴み出す。

ピンを切り、宙をかすめるように投げ込んだ。

 

――閃光。

 

塊が歪む。

センサーを焼かれた個体を後続が踏み、流れが一瞬詰まった。

上空では制御を失った影が流れ、見当違いの壁へ突っ込む。

 

Victorは怯んだ塊へ弾を重ね、正面をこじ開けにいく。

同時に、片手はすでに次の筒を握っていた。

 

――再び、閃光。

 

持ち直しかけた塊が、互いに干渉して再びばらけた。

 

引き金は戻さない。

絶えず左右の端を叩き、歪みを押し広げる。

 

東で銃声が再開した。

間隔がやや鈍る。

 

炸裂音。

次が続かない。

 

……猶予はない。

 

弾倉を反転、三個目を転がす。

 

――読まれた。

 

先頭が顔を切り、後列が散開する。

直撃は外れ、効果が散った。

 

だが、道は空いた。

その隙間へ、踏み込む。

 

射線が交わり、一瞬揺らぐ。

撃てる角度で、火線が途切れた。

 

さらに腹へ潜り込み――抉る。

位置を切り替え、動き出しを挫く。

 

壊れた機体が足元に絡む。

構わず足で払い、後続の前に押し付けた。

 

転がった残骸が引っ掛かり、もつれが悪化する。

その連なりごと貫いた。

 

塊はもはや、機能を保てない。

 

だが――足りない。

弾倉が軽い。

替える時間もない。

 

――倒し切るか、弾が尽きるか。

 

一歩踏み込む。

引き金を絞り切った。

 

一体、二体、三体、四体――弾切れ。

間を置かず拳銃を引き抜く。

 

一機、二機――まだ、いる。

途中で数えるのをやめる。

 

単射。

単射。

単射。

 

最後の薬莢を吐き、スライドが開いた。

押し込めていた呼吸が戻る。

 

前方に立っている敵は、いなかった。

 

Victorは頬に走る熱に、そこで初めて気がついた。

拭わない。

身じろぐ残骸に目もくれず、弾倉を替える。

 

先ほどよりも間の伸びた銃声が、断続的に鳴っていた。

息も整えず、そのまま音の方へ駆け出した。

 

 

 

 

 

北側から押し寄せる敵群が見えた。

 

Victorは一瞥で全体を拾う。

 

ドラグーン――二脚機に跨る上体ユニット。

連装機関銃を据えたまま、跳躍するように場所を変える。

止まらぬ火点が塔の縁を削り、粉塵と石片を撒いていた。

 

その足元を、ダイナーゲートの群れが抜ける。

小型の四脚機。

瓦礫の隙間に躊躇がない。

夥しい数のセンサー光が、ひとつの生き物のように這っていた。

 

そのはるか上空では、スカウト数機がばらばらの高度変化で、塔からの射線を外し続けている。

 

まだ入口へ達した個体はいない。

だが、それも時間の問題だ。

 

群れの一部が、教会の軒下へ届きかけている。

 

Victorは先頭へ楔を打ち込み、そのまま弾道を横へ薙いだ。

群れが短く波打つ。

 

その隙に身を乗り出し、姿を晒す。

 

反応は早い。

群れの半数がこちらを向いた。

 

――だが、まだだ。

 

筒を取り出し、高く投げる。

放物線を描き、進路の直上へ。

 

――閃光。

 

鋭い破裂音が、空間を切り裂く。

反応した個体が一斉に動きを切り、優先順位が崩れる。

 

その判断の空白に、銃弾を差し込んだ。

 

いくつものセンサーが、一斉にこちらを捉える。

入口へ向かっていた流れが、ようやく引き剥がされた。

 

身を翻し、無線を握る。

 

「あとはこっちで引き受ける。お前は下がって休め。」

『……ですが、まだ――』

「休んでいろ。」

 

言葉を被せ、切る。

 

直後、火線が叩き込まれた。

 

ドラグーンの連射が瓦礫を削り、足元を弾く。

 

開けた位置だ。

通せる分だけ、通される。

 

とはいえ、路地には引けない。

ここを空ければ抑えが効かず、すぐに入口へ回られる。

 

Victorは撃ちながら南へ下がった。

瓦礫帯を使い、正面幅を削る。

 

だが、ダイナーゲートは意に介さない。

小さな機体が帯を縫い、間合いに無理やり頭をねじ込んできた。

 

踏みかえて応射する。

センサーを割り、胴を貫き、跳びかかる個体をはたいていく。

 

それでも処理が追い付かない。

 

一匹を落とした直後、別の影が横から飛ぶ。

半身を逃がすも、前脚が肩口を掠めた。

 

熱い痛みが走る。

 

すれ違いざまに銃身を引き下げ、放つ。

背面が裂け、回転しながら地面に突っ込んだ。

 

その瞬間、スカウトが射界をすり抜けた。

銃口を振り抜き、引き金に――ドラグーンの火線が割り込む。

 

弾幕を吐きながら、一体が崩落物を蹴る。

もう一体が、別の角度から同じように駆ける。

射線が交差し、切っていた撃角が潰された。

 

遮蔽が欠け、石片が視界を横切る。

顔を出せる時間がない。

 

その間にも、敵群が間合いを潰しに来る。

脇から回り込む個体が増えていた。

 

閃光は使い切った。

残るのは煙幕だけだ。

 

円筒を三つ引き抜き、扇状に投げ分けた。

 

すぐには変わらない。

接近は止まらず、弾幕も落ちない。

 

煙が濃くなるより早く、一機が頭上から滑り込んだ。

迎撃の間もなく至近へ潜る。

 

プレート越しに衝撃。

肺が詰まる。

 

仰け反りながらも拳銃を抜きざま撃つ。

 

一発。

掠める。

 

もう一発。

翼部を叩き、軌道を逸らした。

 

直後、斜めに弾幕が刺さる。

 

金属が弾け、手の中から銃が消える。

衝撃が指を痺れさせ、感覚が一瞬飛んだ。

 

――来る。

 

Victorは体勢も戻しきらないまま、主武器を引き寄せた。

構える余裕もなく、そのまま撃ち払う。

 

先頭を叩く。

脇を抜ける二匹を留め、食い下がる。

入口が近づく。

 

――上。

 

銃口を振る。

落とす。

 

――正面が詰まる。

 

優先順位が一瞬揺らぐ。

判断が回らない。

 

その時、ようやく煙が前面を覆った。

集団の輪郭が、飲み込まれる。

 

Victorは弾倉を反転させ、瓦礫を支えに構え直した。

 

中は追わない。

白煙の出口と、教会口だけに意識を置く。

 

最初に出てきたダイナーゲートは、反応が遅れた。

その遅れを、刺す。

 

一匹。

また一匹。

 

後方からの銃火は濃いが、精度は落ちている。

狙いの外れた弾が味方の背に当たり、残骸が進路を塞ぎ始める。

 

そこで初めて、圧が揺らいだ。

 

乗り上げたドラグーンの脚が、残骸を噛む。

加速が乗らず、体勢が崩れる。

上体が振り落とされ、後続に踏み潰された。

 

スカウトが煙を低く突っ切る。

狙いすまして撃ち墜とす。

転がり落ちた機体が積み上がり、さらに足並みを乱れさせた。

 

立て直す間は与えない。

広がりかけた線を押し戻すように、外縁から撃ち捨てていく。

 

流れは止まらず、だが、揃わない。

まとまりが徐々に千切れていった。

 

だが、煙幕の効き目が薄れつつある。

弾倉を指で弾き、残りを測る。

 

……次の波は受けきれない。

 

後退する。

陰へ身を寄せ、弾倉に指がかかる。

 

そのとき、上空の機影が一斉に旋回した。

反対方向へ上昇する。

 

――動きが、妙に振り切れていた。

 

弾倉を替える間も惜しみ、反射で銃口を跳ね上げる。

 

狙いを取るより先に、地上の線が、急に息を吹き返した。

 

これまでの鈍りが嘘のように、残党が一息に再加速する。

 

弾幕が噛み付き、銃口を押し下げた。

 

回避も足並みも捨てた、雑な突貫。

だが、今はそれが一番まずい。

 

遮蔽に釘付けにされ、逃げ場がない。

 

残った筒を投げ込む。

着弾前に、噛み砕かれた。

煙幕は形を作れずに散る。

 

「……くそ。」

 

使える手札は尽きた。

 

遠目に映るスカウトは、そのまま高度を稼いでいく。

建物の屋上の縁の向こうへ、今にも姿を消そうとしていた。

 

弾幕がさらに厚みを帯びる。

 

顔を上げることすらままならない。

身を寄せる面が、目に見えて痩せていた。

 

弾道の発射音。

遮蔽が削れる音。

脚が瓦礫を踏み砕く音。

 

全ての音が近づく。

 

いっそ、こちらから出るか。

撃たれる前に肉薄すれば、あるいは。

 

そう思った矢先だった。

 

ヒュッ――。

 

いや、違う。

“今、聞こえるはずがない”。

 

なのに次に伝わったのは、遅れて叩きつけられる衝撃だった。

一拍置いて、空気が敗れる。

 

そして、続けざまに銃声。

金属が立て続けに穿たれる音。

 

弾幕が、消えた。

 

Victorは数秒置き、遮蔽から顔を出す。

 

残党は、すでに跡形もなく擦り潰されていた。

 

さらに一発。

 

遠方の空が白み、衝撃が後から届く。

屋上の縁で、砕けたスカウトの破片が散った。

 

『全、機……無力、化………』

 

Victorは射線の先を辿る。

 

塔の柱に、Seleneがもたれかかっている。

今にも崩れ落ちそうな姿のまま、辛うじて立っていた。

 

 

 

 

 

塔に上がり、一歩目で足が固まった。

想定より――深刻だ。

 

“立っている”のではなく、“倒れていない”だけだ。

重心は完全に柱に預けられている。

肩が細かく震え続けている。

吸えているのか疑うほど、呼吸も細い。

 

触れれば、そのまま崩れる。

そう分かる程度には、限界だった。

 

Seleneがこちらに気づき、ぎこちなく振り向く。

瞳は向いているが、意識が追いついていなかった。

 

こちらへ踏み出そうとするが、足がついてこない。

組み替えがもつれ、体が縁へ傾く。

 

Victorは反射で踏み込む。

 

腕を掴んだ瞬間、掌に熱が食い込んだ。

人工皮膚の奥から、灼けるように伝わってくる。

 

足元には、空の水筒が転がっていた。

 

「休んでいろと言ったろう。」

「……す……みません……」

「いや……いい。」

 

上体を支え、背に回す。

背負った箇所から、熱がじわりと移った。

 

「正直、助かった。」

 

以前ほど軽くは感じない。

重量そのものより、支えのなさが重かった。

 

ずれた重心を背負い直し、姿勢を作る。

そのまま踵を返しかけ――ふと、スカウトが向かおうとしていた方角に目をやった。

 

北側、工場跡。

さきほどまで、閉ざされていたはずの建物。

 

――門が、開いていた。

 

内部は見えない。

影だけが、そこにある。

 

風もないのに、口元を歪めたように揺れていた。

 

Victorはそれ以上見なかった。

任務は終わっている。

 

向きを戻し、今度こそ段差に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

往路を逆に辿っていく。

 

周囲は静まり返っていた。

瓦礫の影も路地の奥も、警戒に触れるものはない。

 

先の戦闘で、一帯の敵を引き寄せていたらしい。

鈍い靴音だけが続いた。

 

しばらく進んだところで、Victorが口を開いた。

 

「これで、三度目か。」

「……何が、でしょうか。」

 

音声は掠れ、普段の均一さを欠いている。

だが、体表の熱は少しずつ下がっていた。

 

Victorは前を見たまま答える。

 

「お前に、命を拾われた回数だ。」

「……そう、でしょうか……」

 

言葉は続かない。

 

ほどなく先に、隠しておいた装甲車が見えてきた。

近づき、扉を開ける。

後部座席に回そうと、身体をずらしたそのとき。

 

「助手席で……お願いします……」

 

ほとんど息に近い声だった。

Victorは一瞬、手を止める。

 

「後ろでいい。寝ていろ。」

「いえ……」

 

Seleneが、無理に体を起こそうとする。

その拍子に支えが緩み、身体が下へ流れた。

 

Victorはすぐに腕を回し、落ちる前に受け止める。

 

「……こちらで……」

 

意思が変わらないと見て、嘆息した。

 

「せめて、銃は下ろせ。」

 

Seleneの銃から、ようやく握りがほどける。

銃が指から離れ、膝上へ傾いた。

 

Victorがそれを受け取る。

そのまま後部へ押し込んだ。

 

その間に、Seleneの重心がずれる。

 

向きを変え、助手席へ持ち上げる。

力の抜けた身体が、座席に沈み込んだ。

 

ベルトを引き、閉める。

 

運転席へ回り込み、キーを回す。

駆動系が目を覚ました。

 

そのまま帰投する。

 

陽はすでに傾いている。

外には、風に動くもの以外なかった。

 

 

 

 

 

集落に着く頃には、光は沈みかけていた。

 

入口に近づき、以前と同じ位置で車両を止める。

 

「歩けるか。」

「問題ありません。」

 

Seleneの声は落ち着いている。

先ほどまでの消耗は、もう表に出ていない。

 

二人で降りる。

足運びはわずかに不安定だが、支障をきたすほどではなかった。

 

見張りがこちらを認める。

やり取りはない。

門がそのまま開かれた。

 

内部に入る。

 

行き交う人の流れが違っていた。

男手がある。

 

資材を運ぶ者。

壁にもたれ、言葉を交わす者。

子どもの背を軽く押す手。

 

人々は、急場の役割から日常へ戻っていた。

 

Victorは足を止めず、その間を抜ける。

 

奥の開けた一角、その脇にある建物の中に、代表の姿があった。

扉は開け放たれている。

内部は半ば集会場のような造りだった。

 

近づくと、代表がこちらに気づく。

 

「終わったか。」

「ああ。」

 

代表はそれ以上問わない。

詳細は不要、という顔だった。

 

「そっちの首尾は。」

「多少はてこずったが、当面は落ち着くだろう。」

「そうか。」

 

代表は懐から端末を取り出した。

報酬の処理に入り、数字だけがやり取りされる。

 

それで終わりになるはずだった。

Victorは受領後も立ち去らない。

 

「まだ、何かあるのか。」

「一つだけ。」

 

代表を真っ直ぐ見据える。

 

「どこまで知っていた。」

「……何がだ。」

 

代表の表情から緩さが消える。

 

「工場跡の勢力について。」

「ああ……見たのか。」

 

口から、諦めに近い息が漏れた。

 

「“越えなければ問題ない”と、言ったはずだが。」

「越えていない。向こうから寄ってきた。」

 

短い沈黙が挟まる。

 

「……そう来たか。」

「それに、“数で見る話じゃない”だと? 結果として、中隊規模とやり合う羽目になった。」

「別に嘘はついてない。普通は小分けで削るものだからな。もとより数える意味がない。」

 

代表の口の端が上がる。

 

「さてはお前、際どい場所で派手にやっただろ。運が悪かったな。」

「運で済む話か。」

 

Victorの声音が落ちる。

 

「予見ぐらいはしていたのだろう。」

 

視線が流れ、代表がその先を追う。

Seleneの抱える銃があった。

 

「……たしかに、可能性としては考えていた。……かなり低い見積もりでだが。」

 

顔を戻す。

 

「俺とてお前たちを死地に送ったつもりはない。安全圏で手ぬるい仕事をやるつもりもなかったがな。」

 

二人を見比べる。

 

「現に、お前たちはこうして生きてるだろ。」

「結果で帳尻を合わせるな。」

 

代表が小さく息を吐いた。

 

「言いたいことは分かるが、全部を抱える気はない。……ただ、想定外が起きたのも事実だ。代わりに一つだけ、要求に応じてやろう。」

「――その前に、工場のあれは何だ。」

「……要求は、それで良いんだな。」

「良いわけないだろう。」

 

場の温度が下がった。

 

「そう欲張るな。」

「筋を通せ。」

 

互いに視線が鋭くなる。

 

数秒。

 

代表が先に目を逸らした。

 

「まあ、いい。」

 

肩をすくめる。

 

「今回だけは特別だ。勘定には入れない。」

 

端末を仕舞い、机を指で軽く叩いた。

 

「内部には本隊がいる。今回お前たちが当たったのは、その前哨みたいなもんだ。周りで何かがあると出てくる。」

 

Victorは顎を引き、続きを促す。

 

「そこから先は段階だ。騒げば騒ぐほど、奥から出てきて面倒だ。」

「なら、なぜ潰さない。」

 

代表は鼻で笑った。

 

「やろうとしたことはある。帰ってきたのは半分だ。」

 

天井を一度見上げる。

 

「……割に合わない。あそこは魔境だ。」

 

目線を戻す。

 

「それに――」

 

顎先で外を示した。

鉄血のいた市街地。

 

「結果だけ見れば、今の方が都合が良い。」

 

Victorが眉を動かす。

 

「野盗も、E.L.I.Dsも、あそこには近寄らない。外側だけ抑えておけば、来る方向は絞れる。」

 

代表は一歩だけ位置をずらした。

視線が人々の往来をなぞる。

 

「……この集落が、まだ残ってる理由の一つだ。」

 

代表は向き直った。

場の張りが少しだけ解ける。

 

「それで、要求の方は。」

「野盗の情報だ。」

「……それでいいのか?」

 

代表の顔に、訝しげな色が滲む。

 

「いや、待て……なるほど……」

 

理解したような笑みが浮いた。

 

「いいだろう、答えてやるよ。何が知りたい。」

「今日、当たった連中だ。特徴は。」

「……ずぶの素人じゃない。少なくとも戦い方を知ってる。前までの連中とは、わけが違った。」

「前とは、いつの話だ。」

 

代表は、考えるように腕を組む。

 

「はっきりとした境目はない。ただ――一回、妙に静かになった時期があった。」

「……静かに?」

「ああ。出てこなくなった。代わりに、焼け跡だけが残るようになった。」

「黒煙……」

 

代表が二の腕を軽く叩いた。

 

「ああ、そうだな。黒煙だ。あちこちで上がってた。その時は、ただの潰し合いだと思ってたがな。」

 

一度、言葉を切る。

 

「その後だ。戻ってきた奴らが、別物になってた。」

 

腕を下ろし、机の上をなぞっていく。

 

「装備も揃い始めた。バラだったもんが、同じような構成に寄ってきてる。」

「通信機は、見たか。」

 

机の縁で、指が止まった。

 

「……見た。」

「場所は。」

「地図を貸せ。」

 

Victorは地図を取り出し、机の上に広げた。

紙端を押さえる指に、力がこもる。

 

代表が身を乗り出す。

視線が紙面に落とされた。

 

「ここだ。」

 

指先が一点を叩く。

 

「それと、前に見た分も足すなら――こうなる。」

 

間を置かずに別の座標へと滑った。

 

Victorは二つの点を見下ろす。

 

どちらも巡回帯から距離はある。

安全圏からは外れているが、完全な奥地でもなかった。

 

「他に訊きたいことは?」

「......以上だ。」

「そうか。……これであいつも喜ぶか?」

「……誰のことだ。」

 

代表は答えず、肩を揺らすだけだった。

 

Victorは地図を畳み、懐にしまい込む。

会話の終わりが、言葉より先に場を満たした。

 

背を向ける。

Seleneが半歩遅れて続いた。

 

「傭兵。これだけは覚えておけ。」

 

背後から、何気ない調子で投げられる。

Victorは足を止めない。

 

「お前たちが“傭兵でいる限り”、またいつでも声は掛かる。」

「......次からは組合を通せ。」

 

二人はそのまま外へ出る。

背後で、扉が閉まる音が小さく響いた。

 

門を抜け、車に戻る。

 

Victorは運転席に着くなり、端末を取り出す。

以前のデータを手繰り寄せ、印を付け足した。

 

「……どう見る。」

 

端末を隣に差し出す。

Seleneはそれを受け取り、視線を画面に落とした。

 

「野盗の挙動については、従来の散発的な行動から、一定規模の集団行動への移行が確認できます。」

 

表示をなぞるように瞳が動く。

 

「今回の証言を踏まえると、その過程で既存勢力が異なる実態へ置き換わっている可能性があります。」

「……勢力の上書きか。」

 

Seleneは頷いた。

 

「ただしその前提に立つ場合、最終的に――」

 

言いかけた先を止めるように、首を振る。

 

「……現時点では、活動傾向の時系列整理を優先するべきです。」

「……そうだな。」

 

Seleneは端末を返す。

Victorはそれを受け取り、表示を閉じた。

 

低い光が、窓を通して差し込む。

伸びた影が、装備や座席の形を柔らかく崩していた。

 

エンジンが静かに立ち上がる。

駆動音だけを残し、車両は夕闇の中へと消えていった。

 

 

[2065-04-29-21:36]

区分:任務

状況:依頼任務「旧市街地・鉄血残党掃討」完了

依頼人:現地集落代表(組合外・指名依頼)

経過:2065-04-29

13:00 対象集落到着

13:07 集落代表より依頼内容聴取。旧市街地内の鉄血残党掃討を受諾

13:47 対象市街地外周到着。周辺観測開始

14:21 南東側より装甲車を隠蔽配置。徒歩進入開始

15:02 大通りにて鉄血兵巡回と交戦、無力化

15:36 教会跡を高所観測兼火点として選定。当方は地上制圧を担当

15:46 掃討開始

15:49 南側制圧完了。東西の分担迎撃へ移行

15:57 西側鉄血群を無力化

16:06 北側鉄血群を無力化。掃討完了

16:58 装甲車へ帰還。対象集落へ移動

17:30 集落帰着

17:36 代表へ完了報告。報酬受領

17:45 代表より鉄血工場跡および野盗情報を聴取

18:04 現地離脱

結果:報酬受領済

損耗:中度

人員:肩部浅創。擦過傷複数

Selene: 連続高負荷により熱処理限界を超過。一時行動不能。現在回復、恒久的障害は軽微

弾薬消費:極大。規定携行量の約八割を消費。拳銃一挺破損

消耗品: 閃光手榴弾×4、発煙手榴弾×4

備考:対象市街地にて、外周掃討範囲内においては鉄血主戦力を無力化。北側工場跡内部に本隊相当の残存勢力が存在する模様。当該工場跡は現地集落により既知の危険域とされ、現時点では深部制圧対象外。集落代表より、野盗側の変化について追加情報を取得。黒煙発生時期を境に、野盗装備・行動・通信機材の統一化が進行した可能性あり。既存野盗集団が別勢力により上書き・再編されている可能性あり。継続観測を要する。なお、地図上に追記した通信機確認地点については、限定協力対象の確認を待つ。また、Seleneの高負荷運用に伴う熱処理能力に不足を確認。冷却補助モジュールの調達を優先事項とする。

 

 

 

 

 




はい。あとがきです。
本当にもう、大変お待たせしました。
なんなら存在を忘れられていてもおかしくないぐらい空きましたが、元気です。

いやね、社会舐めてました。こんな急激に環境って変われるものなんですね。
今まで当たり前のようにあった時間がこうも簡単に削られるとは夢にも思いませんでしたよ。

そんなことは置いといて。

今回もなかなか曲者でした。
やりたいことを詰め込み過ぎて一話が二話分になりましたからね。
ちょっと後半からブラッシュアップを巻いていたので、従来よりも節々で粗が見つかるかもしれません。
展開の矛盾には気を付けましたが、似たような言い回しの多用とかがががが......そこは追って直します。

せっかくのGWです。あと一話ぐらいはこの期間中に飛ばしておきたいですね。
奮って続けていこうと思います。

追記(編集済み):後半のグリッド周りの件なんですが、今出すと先の展開がいろいろと破綻しそうだったので削除しました。矛盾に気をつけといてこれかよって感じです。20話でもやらかしたばかりなのにすみません。ただ、事情としては本来もっと先に出すべき情報を先に出しちゃったというものなので、もう読んじまったよという方も、無理に忘れる必要はないです。ノイズになってしまったら大変申し訳ありません。

追記の追記:かなりかかりましたが、現状思いつく範囲での修正が終わりました。別話でも今だからこそ気になる箇所はありますが、ひとまずここから前に進みます。
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