Mercs' Frontline   作:発伝記

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第24話 5月9日

 

「――俺だ。」

 

『情報は確認したか。』

 

「今見ている。」

 

『分かった。――結論から言おう。整備域内の組合依頼履歴と巡回帯の通行記録を洗ったが、貴様の見立てを裏付けるものは出なかった。』

 

「“該当機器の記録有り”、とあるが。」

 

『そうだ。しかし、貴様が送った型式と完全に一致するものは少ない。そもそもの品目が粗く、電装品、補修材、精密機器。その程度の分類で残っているものが大半だ。』

 

「裏流通での探りでも、結果は同じと。」

 

『こちらで接触可能な仲介筋にも当たらせた……好ましい手段ではなかったがな。最終的に野盗らしき人間へ渡った形跡はない。同一人物、同一集団、共通した仲介人にも繋がらん。通常の取引として追える範囲では、行き先が見えなかった。』

 

「空振りか。」

 

『市場の動きだけを見ればな。だが、入手経路としてはもう一つ残る。』

 

「略奪だな。」

 

『そうだ。そこで、品目ではなく便の行方を追い直した。以前、共同で制圧した野営地の周辺。報告に上がっていた南西の野営地。加えて、貴様が先日マップに追加した三点だ。通信機の確認地点として並べると、その周辺で電装品を含む便が途切れている事例が複数あった。』

 

「なら、野盗が持っていても不思議はない。」

 

『ああ。そこまでは説明がつく。――送った資料に入っているのは、そこまでだ。』

 

「まだあるのか。」

 

『ある。だが、ここからの話はまだ裏を取っていない。扱いには注意しろ。』

 

「……続けろ。」

 

『通信機の確認地点周辺で、野盗の活動時期を突き合わせたところ、妙な傾向があった。黒煙の目撃情報を境に被害が一度落ち、その後に電装品を含む便が切れる時期と前後して、全体の被害が戻り始めている。』

 

「件数は。」

 

『全体の数字としては小さい。だが、地域ごとに略奪の品目に偏りがあった。高額品ばかりでなく、その地域の維持に関わる物が妙に混じっている。ゆえに件数以上に影響は大きいはずだ。』

 

「確度は。」

 

『場所による。現場まで取れた地点もあれば、聞き取りや組合控えを追ってやっとの地点もある。先日の三点に至っては、こちらが直接触れるわけにもいかん。出入りの行商人と周縁の話を拾うのが限界だった。』

 

「……それでも、何かしらの作為は感じる、と。」

 

『読めはせんがな。通信機器が被害の変質に噛んでいるとは見るべきだろうが、問題はその先だ。通信機器を持った程度で、ここまで狙い目が変わるとは思えん。その後の立て直しまで削るような選び方だ。それに、黒煙との相関関係もまだ判らん。』

 

「上には上げるのか。」

 

『保留だ。今の話は仮集計に過ぎん。母数も足りなければ物証も無い。不用意に動けば残っている線まで切れかねん。』

 

「賢明だ。」

 

『こちらは引き続き、まだ記録の生きている便を注視しておく。追加があれば回そう。』

 

「こっちは。」

 

『貴様には貴様の都合もあろう。無理に追う必要はない。ただし、同じ線に触れた者が続けて狙われんとも限らん。動くなら、そのことを忘れるな。』

 

「わかっている――切る。」

 

『了解した――通信終了。』

 

 

 

 

 

午前の整備域では、荷と部品と人間が絶えず行き交っていた。

 

その流れの中を、一台の装甲車が進んでいく。

左右では補修中の外装板が吊られ、発電機の唸りに混じって工具の音が断続的に跳ねていた。

 

Victorは速度を落としたまま、前方の動線と人の配置を見ている。

助手席のSeleneは窓の外へ顔を向け、並ぶ部材と作業員の動きを追っていた。

 

やがて、補修資材の山に半ば隠れるようにして、一棟の仮設倉庫が見えてくる。

 

積み上げられた金属箱、部品取り用の車両外装、番号だけが残った旧式発電機。

脇には用途の違うケーブル束が乱雑に這わされていた。

 

だが、その乱雑さは見せかけに近い。

 

車両一台分の動線だけは綺麗に空けられ、奥の作業台には油紙と工具布が敷かれていた。何かを広げる準備だけは、先に整えられている。

 

出入口近くで荷を動かしていた数人が、車両の姿を認めて顔を上げる。

 

誰も声は掛けてこない。

装甲、運転席、助手席、視線だけがなぞっていく。

そのうち一人が顎を動かすと、倉庫の奥へと消えた。

 

Victorはエンジンを切った。

 

「降りるぞ。」

「了解。」

 

Seleneは助手席の扉を開け、足元を確認してから地面に降りる。

扉を閉めるまでの間、Victorは目を離さなかった。

 

Victorも降りたところで、倉庫の奥から足音と擦過音が戻ってくる。

 

「よう、随分待たせちまったな。しばらく寂しかったろ?」

 

Rezoが片手に帳簿を持ちながら歩いてきた。

背後では低い台車に載せられた細長い輸送箱が、数人の男に引かれている。

 

「待っていたのは物だ。」

「可愛げのねえ返事だな。こっちはその物のために、だいぶ骨を折ったんだぞ。」

 

台車の車輪が、砂と金属片を噛んで鳴いた。

 

男たちは作業台の脇で足を止め、箱を慎重に下ろす。

側面には古い管理番号が残っていたが、封止材は新しいものに替えられていた。

 

「こいつが例の物だ。遅れた分だけ品は見た。」

 

Rezoは帳簿を脇に挟み、一箱の留め具を外す。

金具が跳ねる音のあと、蓋が持ち上がった。

 

緩衝材の中には、薄型の冷却補助モジュールが収められている。

外装には使用痕がある。

だが、端子まわりは磨かれ、接続部には保護材が噛ませてあった。

 

「性能は。」

「前より冷却が早くなった。条件が良けりゃ三割前後は縮むな。ただ、数字だけ見て勘違いすんなよ。」

 

Rezoは露出した保護材を指で軽く叩く。

 

「こいつは上限を上げる部品じゃねえ。熱が溜まったあと、戻りを少し早くするだけだ。熱くならなくなるわけじゃねえし、無茶が帳消しになるわけでもねえ。」

「分かっている。」

「分かってる奴の送ってきた履歴じゃなかったんだけどな。」

 

呆れたように眉を寄せた。

 

「一体全体、何をどう使ったらああなるんだよ。」

「――必要でした。」

 

場が止まる。

 

片方は顔を向けないまま、静かに視線だけを寄越した。

もう片方は、言いかけていた軽口を止めている。

 

Seleneだけが、いつもと変わらない顔をしていた。

 

「その一部は私の独断によるものです。隊長の運用判断のみを原因とする評価は不適切です。」

 

Rezoは目を瞬かせ、やがて半端に開いた口から息を漏らす。

間が悪そうに、首の後ろを掻いた。

 

「……そうかい。ま、俺が言うことでもねえか。どっちにしろ酷使しないに越したことはない。そこだけは覚えとけ。」

「ああ……。取り付けは。」

「ここでやる。」

 

Rezoは倉庫の奥を、帳簿の角で示す。

 

「お嬢ちゃん、あいつについていきな。」

 

仕切りの向こうから、作業服の人物が姿を現した。

 

髪は後ろで雑に束ね、片目に拡大レンズを掛けている。

年齢も性別も読みにくい。

袖口は折られ、手袋の指先だけが黒く汚れていた。

 

挨拶らしい挨拶はない。

 

「お前がやらないのか。」

「俺がやってもいいが、専門家にやらせた方が確実だ。細々した調整も要るしな。」

 

Rezoは開いた輸送箱の中身を一瞥し、肩をすくめる。

 

「車と銃ならまだしも、人形の整備まで俺が全部見るとなると、流石に過労で死ねる。――というわけで、最近そういうのを見られる奴を雇ったんだわ。」

 

そこで、からかうように口の端を上げた。

 

「そろそろ、そういう手合いの面倒を見る口が増えそうでな。主に約一名から。」

「元は取れるのか。」

「心配には及ばんさ、太客さんよ。」

 

Rezoは一度、作業服の人物へ顎を向ける。

 

「とにかく、腕は保証する。それ以外は、まあ……少なくとも悪いようにはしないだろうよ。」

 

Victorは一歩下がり、Seleneに進路を空けた。

 

「問題があれば止めろ。」

「了解しました。」

 

Seleneは頷き、作業服の人物へ歩き出す。

 

そこでようやく、相手の視線が動いた。

Seleneの整備箇所を拾うように、上から下まで滑っていく。

 

「こっち。」

 

声は思いの外高い。

それ以上の説明はなく、作業服の人物は奥の仕切りへ戻っていった。

 

「よろしくお願いします。」

 

Seleneは一礼し、その後を追う。

 

腕は保証する、とRezoは言った。

それでもVictorは、仕切りが二人を隠すまでその場を動かなかった。

 

「どいつもこいつも、心配ならそう言やいいのによ。」

「……必要な確認だ。」

「便利な言葉だな。」

 

Rezoは、台車に残っていた箱を指で示す。

 

「それと、補充品だ。一つはお前、もう一つはお嬢ちゃん用。あっちは調整が終わったら渡してくれや。」

 

Victorは手前の箱を開けた。

 

予備弾倉、弾薬、投擲物。

整備済みの予備拳銃が一挺。

中身は布と仕切りで固定され、移動中に遊ばないよう詰められていた。

 

「前に送ってきたリストの分だ。弾のロットは少しマシなのを見繕った。遅れた分の詫びみたいなもんだ。」

「値は。」

「変えてねえ。そこまでが埋め合わせだ。」

 

Victorは拳銃を手に取り、重量を確かめる。

 

スライドをわずかに引き、薬室を見る。

外装に目立つ仕上げはないが、噛み合わせは悪くない。

弾倉のばねも、箱の中で遊ばないよう一本ずつ布に巻かれていた。

 

箱に戻し、蓋を閉じる。

 

「Seleneの方は。」

「二十ミリと通常弾の補充。随分食ったみたいだからな。ついでに診断端末も入れといた。距離は短けぇが、一回同期させりゃ逐一状態が拾える。毎度診断器を押し当てるよりはマシだろ。安くねぇから壊すなよ。」

 

Rezoは帳簿を懐にしまい、代わりに煙草を取り出した。

まだ火のつかないまま、指の間で転がされている。

 

「他に足りないもんは。」

「今はない。」

「ならいいが。必要なら早めに言えよ。今回みたいに、こっちも毎度都合良く掴めるわけじゃねぇ。」

 

Victorは閉じた箱から手を離した。

 

「南の商人から連絡は。」

「まだだ。」

 

Rezoは間を置いて煙草を咥える。

カチリという音とともに、紙巻の先が赤くなった。

 

「馴染みも信用も積んでねえが、まめな奴ではあった。普段なら、俺の方が『もっとこまめに返せ』って小言を食らってたくらいだ。」

 

煙を吸い込み、吐き出す。

 

「この調子じゃ、どこかでくたばってるかもな。」

 

言葉の割に、口調は軽かった。

 

「今更ここらで驚くようなことでもねえしな。――ただ、今回はちっとばかし痛手だ。」

 

声音が一段落ちる。

 

「おかげで南のルート開拓が振り出しだ。またツテを一から探さなきゃなんねぇ。」

 

Rezoはそう毒づきながら、煙草を指先で揺らした。

 

足元の鉄板に散った灰から、細い煙がしばらく上がっている。

 

「――Rezo。」

「なんだ?」

「南の商人に送らせた電装品だが。あれに近い物は、お前の方でもまだ扱っているのか。」

 

Rezoは煙草を咥えたまま、Victorを横目で見た。

 

「なんだよ。大したもんでもねえのに、今更欲しくなったのか?」

「答えろ。」

 

Rezoは笑みを引っ込める。

軽口で流すには、Victorの声が平坦すぎた。

 

「……別に、数はそう多くねえよ。買う奴も限られるからな。ただ、今も抱えてはいる。」

「そうか……」

 

Rezoはそこでようやく、煙草を口元から外した。

 

「急にどうしたんだよ。何かあったのか?」

 

Victorは黙っている。

 

口にするには、まだ形がない。

とはいえ、黙って済ませるほど無縁でもなかった。

 

「南の商人の件がもし、単独の事案ではないとしたら。……同じ手で切られた線の一つだとしたら。」

 

RezoはVictorに顔を向け、口笛をひとつ鳴らした。

 

「何を言い出すかと思ったら。とうとう陰謀論に目覚めちまったか?」

「可能性の話だ。」

「……やけにもったいぶるじゃねえか。話してみろよ。」

 

Victorはすぐには続けなかった。

視線だけを、倉庫の出入口へ巡らせる。

 

Rezoはそれを見て肩をすくめた。

 

「お前ら、しばらく休憩だ。適当に時間潰してこい。」

 

男たちは顔を見合わせることもなく動いた。

台車が引かれ、空箱が持ち上げられ、足音が散っていく。

 

残ったのは二人と、閉じられた補充品の箱だけだった。

人の気配が遠のいたのを確認して、Victorはようやく口を開く。

 

「以前、輸送した電装品についてだが――」

 

Victorが話し終える頃には、煙草の火は根元の近くまで迫っていた。

Rezoはそれを手元に残したまま、吸い直しも灰を落としもしない。

 

「中身はとりあえず分かった。――で、誰とそこまで洗った?」

 

Victorは否定しない。

答えもしなかった。

 

「言えねえ筋か……。ま、それだけ高く付くってことだろ。」

 

Rezoは煙草を摘まみ、地面に落とす。

靴底でゆっくりと揉み消した。

 

「ひとまず仮にその話が本当だとして、俺はその線上にいる。お前は、そこへ首を突っ込もうとしてる。そういうことだな。」

「まだ決めていない。」

 

倉庫の奥で、工具の音が一度鳴った。

そちらを見ることもなく、口元だけに笑みが浮かぶ。

 

「へぇ。いつも答えが出てから言い出すお前にしちゃ、随分珍しい返事だ。」

「いずれにしても、情報があるに越したことはない。お前の見立てが聞きたい。」

 

Rezoは悪戯っぽく片眉を上げた。

 

「俺はただのしがない一商人だぜ?」

「商人にしか見えない視点もあるはずだ。」

 

靴底の下で、潰れた煙草の煙が完全に消える。

それを確認するように視線を落としてから、Rezoは再び帳簿を取り出した。

 

「まあ、あるにはあるけどよ。……さっきの話じゃ、“通信機の行き先が読めねえ”ってんだよな。」

「そうだ。」

「それがまずおかしい。」

 

無人になった倉庫周りを見渡す。

積まれた箱と、床に残った車輪跡だけが目に入った。

 

「需要がある物には普通、終着点がある。誰かが欲しがって、誰かが買って、誰かが使う。そうじゃなきゃ、物は流れねえ。」

 

帳簿の頁が、親指の下で数枚滑っていく。

 

「本体を一つ買って終わり、なんて商売でもねえ。使い込めば、端子だの電源だの修理だの、必ず次の注文が出る。そうなりゃ、どんなに細くてもルートは固まるもんだ。」

 

箱の隙間を、埃っぽい風が抜けてきた。

 

「けど、今回のそれはどこにも落ち着かねえ。表じゃ買い手だけ見せて、実際に使う奴の顔は見えねぇまま。挙句にゃ、途中でぷつりと切れやがる。商売として見りゃ、気持ちが悪い。」

 

頁を捲る手が止まる。

 

「そんな訳アリのブツを抱えたがる奴なんていねえ。なのに物は流れ続ける。……ここまでくると、品で儲けるための流れって感じじゃねえ。流れを作ること自体に、意味があるように見えるね。」

「……誰が、何のために。」

「さあな。今のはただの商人の勘さ。その手の専門は――」

 

仕切りの奥で、金具の外れる音がした。

 

Rezoは言葉を切る。

Victorも振り返った。

 

Seleneが姿を現す。

見たところ、入る前と変わった様子はなかった。

 

「状態は。」

「接続は正常です。新規冷却補助モジュールの認識も完了しました。通常動作への干渉はありませんが、初回運用時は熱推移の確認が必要です。」

「だとよ。見た目じゃ全然分かんねぇな。」

 

Rezoが横から覗き込むように言った。

 

「内蔵式なので、外観上の変化は最小です。」

「問題が出たらすぐに申告しろ。」

「了解。」

 

そこで会話が切れた。

 

Rezoは開きかけていた帳簿へ視線を落としたまま、続きを飲み込んでいる。

Victorも先を急がなかった。

 

Seleneは二人の間に残った沈黙を見て、少しの間を置く。

 

「会話中でしたか。」

「まあな。暗くて、儲からない話さ。」

 

Rezoは帳簿を閉じ、懐に押し込んだ。

 

「とにかく、俺の方でもツテを辿ってみる。その話が当たりなら、こっちにも火の粉が飛びかねねえ。何か引っかかれば、連絡するさ。」

「分かった。……用心しろ。」

 

一拍置いて、Rezoがわざとらしく目を丸くする。

 

「おいおい、俺の心配までしてくれるのかよ。こりゃ明日は雪でも降るな。」

「必要な忠告だ。」

「へいへい。肝に銘じときますよ、隊長さん。」

 

踵を返す背に、Victorは何も返さない。

Seleneは二人を見比べ、小さく首を傾げていた。

 

「話は車内で共有する。」

「了解しました。」

 

Rezoの姿が倉庫に消えたところで、Victorは補充品の箱を車両へ積み込み、運転席へ向かった。

Seleneは一瞬だけ仕切りの奥を振り返り、助手席に乗り込む。

 

エンジンがかかる。

装甲車はRezoの倉庫を離れ、荷と人の流れの隙間へと滑り込んだ。

 

 

 

 

 

整備域の外周を抜けてから、しばらく走った。

 

巡回帯の規格杭が、後方へ流れていく。

背後の喧騒は、既に遠くなってから久しい。

 

荷室では固定された補充品の箱が、車体の揺れに合わせて鈍く軋んでいた。

 

「隊長。」

「なんだ。」

「Rezo氏に話した時点で、本件は追跡候補に入ったと見なしてよいですか。」

 

Victorは前方を見据えたまま、速度を少し落とした。

タイヤが浅い窪みを越え、背後の軋みが大きくなる。

 

「これから考える。」

「……了解しました。隊長の判断に従います。」

 

それきり、車内は静かになった。

装甲車は轍に沿って進む。

 

杭は次第に途切れ、ミラー越しに地形の向こうへ隠れていく。

代わりに、色褪せた標識や用途の分からない金属片が視界の端を掠めた。

 

古い舗装はほとんど剥がれ、道も細り始める。

ところどころで、路盤の砕けた層が現れていた。

 

さらに進むと、作業場らしき跡地が見えてくる。

 

右手には低い土盛り。

脇では歪んだ金網が倒れ、端から折れた支柱が覗く。

 

左手には、風化したコンクリート基礎。

その奥では、空のケーブルリールが横倒しになっていた。

 

「ここらで良いだろう。」

 

Victorは車両を停め、エンジンを待機状態へ落とした。

先に降りる。

風が、足元の砂を低く流していた。

 

扉を閉め、周囲を改めて見渡す。

 

人影はない。

見通しも悪くない。

 

車両の後方へ回りながら、Seleneに声をかけた。

 

「動きだけ見る。弾は抜いておけ。」

「了解。」

 

助手席の扉が開いた。

Seleneが地面に降り、装備へ手を伸ばす。

 

その間に、Victorは後部扉を開けた。

 

荷室の箱から、診断端末を取り出す。

外装には細かい擦り傷があり、角も少し削れている。

画面は、触れるとすぐに点いた。

 

背後で金属が微かに鳴る。

 

「弾倉、取り外し。薬室、空。」

 

Victorは端末を起動したまま振り返った。

 

「同期はできるか。」

「可能です。」

 

Seleneは端末の近くへ手首を寄せる。

間もなく画面に接続表示が点った。

 

Victorは熱推移の欄を呼び出し、扉を閉めた。

端末を片手に一歩下がる。

 

「その位置から始める。土盛りを遮蔽。リールを仮標的。」

「了解しました。運用試験を開始します。」

 

Seleneは車両の脇から前へ出た。

 

土盛りの手前で姿勢を沈め、半身だけを外へ出す。

銃口がリールを捉えた。

 

撃発。

 

乾いた機構音が、一つ跳ねる。

 

「そのまま保持。」

 

Seleneは照準を残した。

撃発の後も、銃口はリールの縁から逃げない。

 

Victorは端末を見下ろした。

モジュールの認識は維持されている。

 

「基礎の左端へ移動。再捕捉後、反対側へ切り返せ。」

 

Seleneは土盛りを離れ、斜めに駆けた。

基礎の手前で片膝を落とし、滑り込みながらリールを拾う。

 

撃発。

 

次の瞬間には、基礎の反対側へ身体を移していた。

 

「金網の支柱。上端、下端。」

 

反転。

照準。

撃発。

 

二度目の機構音が鳴るまで、ほとんど間はなかった。

体軸も崩れていない。

 

「リールへ移動。土盛りの縁を制圧想定。」

 

靴底が地表を削る。

リールの脇に身を寄せるなり、立位のまま銃口が縁を舐めた。

 

撃発。

照準を送る。

撃発。

送る。

撃発。

 

音が等間隔に刻まれていく。

 

「裏、炸裂弾想定。」

 

銃口が外側へと逸れる。

奥へ通す角度。

 

撃発。

 

すぐに反対へ返す。

 

撃発。

 

「負荷は。」

「微増。許容範囲内です。」

 

端末の表示も同じだった。

 

「次は連続で見る。基礎まで走れ。」

「了解。」

 

返答と同時に、礫が弾かれた。

 

Victorは端末と見比べながら、次の指示を重ねる。

 

「基礎両端を捕捉。」

 

向かう途中で、銃口が左右へ振れた。

 

撃発。

撃発。

 

「リールへ。」

 

基礎へ入り切る前に、足音が向きを変える。

 

「支柱中央。」

 

向かう途中で、上体だけが側面へ開いた。

旋回に沿って射線が流れ、走りざまに支柱を拾う。

 

撃発。

 

「土盛りへ。」

 

外周を掠めた弧が、そのまま大きく膨らんでいった。

 

「リール上端。」

 

踏み込みが砂を噛む。

前進の勢いを残して、身体が地面を離れた。

 

回転の途中で射線がリールに重なり――撃発。

 

接地の時には、軌道はもう戻っていた。

 

「支柱を押さえろ。炸裂想定。」

 

土盛りへの進路が、そのまま脇へずれる。

周辺の空間ごと削るように、立て続けに撃発が刻まれていく。

 

その線を追って、次の一歩が支柱の根元に収まった。

 

表示に警告はない。

熱の線は端で持ち上がり始めていた。

 

「逆順に回れ。指定ごとに捕捉。」

「了解。」

 

Victorは画面から目を離さない。

 

「基礎上端。」

 

撃発。

 

「リール左右、炸裂。」

 

一拍置いて、撃発、撃発。

 

熱の線が、もう一段だけ上がった。

 

――曳光弾。

 

「基礎下端。」

 

撃発。

 

――黒煙。

 

「土盛り左、右、左。」

 

撃発が重なる。

 

――通信機器。

 

「支柱上下、炸裂。」

 

一つ。

角度を変えて、もう一つ。

 

――途切れた便。

 

指示。

即応。

撃発。

位置を取る。

 

手順の切れ目に、別の単語が沈まず残る。

 

「土盛り中心。基礎左右から交互に。」

 

――追うべきか。

 

相手の輪郭は見えない。

 

撃発。

 

偶然と意図の境も、まだ見えない。

 

撃発。

 

踏み込み方を誤れば、戻れる余地を失う。

 

「リールまで移動。裏を抑えつつ進入。」

 

かといって、手を離したところで消える話ではない。

自分が認知していようがいまいが、現象は勝手に進む。

 

撃発が二度、三度。

熱の線が揺らぎを増す。

 

自分が動けば変えられる。

そう考えるのも思い上がりだ。

 

だが、動かなければ、選べもしない。

 

「基礎に戻れ。」

 

思考は同じ場所を往復する。

 

追うには確証が足りない。

退くには、切り捨てる根拠が足りない。

 

「支柱まで転換。」

 

ならば、備えにいくしかあるまい。

ただ待っているだけでは届かない。

 

「到達次第、土盛り下。」

 

足りなければ補う。

見えなければ位置取りを変える。

 

異常が形を取った時、選べる手を残すために。

 

――撃発。

 

「そこまででいい。戻ってこい。」

「了解。」

 

Seleneが踵を返す。

 

返答は平静だった。

肩の上下も少なく、足取りに淀みも見えない。

それでも発話の間隔と姿勢の戻りに、試験前にはなかった余白が混じっていた。

 

Victorは表示の熱推移へ視線を戻す。

 

上がっていた線が、ゆっくりと下がっていた。

急激ではない。

だが、戻りはたしかに以前より短い。

 

Seleneが車両の脇まで戻る頃には、線は許容範囲の内側へ収まり始めていた。

 

「状態は。」

「通常動作への干渉なし。冷却戻りは改善しています。」

「連続運用は。」

「推奨しません。」

「だろうな。」

 

Victorは記録を保存し、診断端末を荷室へ戻した。

 

車両に乗り込む。

反対の扉も閉まると、外の風音が一段遠のいた。

 

Victorはエンジンを戻す前に、前を向いたまま口を開く。

 

「例の件は、追うことにする。」

「了解しました。」

 

返答は早い。

 

「関連情報を拾っておけ。」

「既に抽出済みです。確認と整理が必要です。」

 

一瞬、間が開いた。

VictorはSeleneに顔を向ける。

 

「……いつやった。」

「道中です。」

「決めていなかったはずだが。」

「隊長なら、保留はしても破棄はしないと判断しました。」

 

Seleneの表情は変わらない。

ただ、視線だけが真っ直ぐだった。

 

「……後で見る。」

「了解しました。」

 

Victorは前を向き直り、エンジンを戻した。

車体が小刻みに震える。

 

装甲車は来た道には戻らず、荒れた路面を南へ進み始めた。

 

 

 

 

 

[2065-05-09-16:09]

区分:調査記録

件名:継続調査概要

概要:

野盗関連事案について、過去任務および共有情報をもとに継続観測事項として整理。

以下、各項目ごとに分けて記録する。

 

一、練度変化

 

複数地点で、野盗の行動手順、配置、装備構成に類似傾向あり。

練度においては個人単位での突出ではなく、集団全体の均一化が見られる。

 

単なる経験蓄積では説明しにくく、軍務、またはそれに準ずる経験者による関与が疑われる。

ただし、指導者の正体、人数、現場同行の有無は未確認。

 

二、通信機器

 

複数の野盗関連地点及び周辺で、同系統の通信機器を確認。補修痕や後付け部品に差異があるも、筐体形状、アンテナ基部、基礎設計に共通性あり。

一方で同一運用系統に属するかは未確定。

 

通信機器の存在は野盗の変質に一定以上関与している可能性があるが、単体で略奪傾向の転換まで説明するには現状不足。

 

三、黒煙事象

 

巡回帯外一部地域で、黒煙または焼け跡の目撃情報あり。

南方輸送中にも遠方で黒煙を目視し、その方向から離脱したと思われる武装人員と接触している。

当該人員は傭兵を自称したが、身分および行動説明に不整合あり。

 

また、黒煙目撃時期と野盗活動の一時的な沈静化に関する証言が一部で重なる。

周辺では武装集団の衝突、または拠点放棄に類する事態が発生していた可能性あり。

黒煙発生主体についてはマグニによる治安活動との噂があるが、裏付けはなく確度低。

 

当該期間中に既存勢力の離散、吸収、上書きが発生した可能性が示唆される(Selene所見)。

 

四、外部共有情報

 

市場流通の範囲では、通信機器が野盗へ直接渡った裏付けは確認できず、同一発注者、同一集団、共通仲介人への収束も見られない。

一方、通信機確認地点の周辺では、電装品を含む便が途絶した事例が複数ある(外部協力者共有)。

したがって野盗の入手経路としては、略奪ないし途絶した便を介した取得が有力である。

 

また、黒煙目撃情報を境に全体被害が一度落ち、その後、便の途絶時期と前後して被害が戻り始めている。

以降の略奪対象には高額品のみでなく、地域維持に関わる補充必須品も含まれているとのこと(外部協力者共有)。

 

市場上の終点が不明瞭であるにもかかわらず、関連機材の流通が継続している点については、通常需要以外の恣意性が疑われる(Rezo所見)。

 

五、補記

 

当該三項目は独立事象として扱うには不自然な重なりを示す。

ただし、因果関係を示す直接証拠は未取得。

現段階では相関候補として保持する。

 

当面は音信不通となった南方取引先の所在、および最後に確認された取引地点周辺の状況変化を優先確認対象とする。

 

 

 

 

 




忘れられてそうな頃にお久しぶりです。生きてます。
毎度ながらな気もしますが、今回はなかなか確認する側の頭が痛くなってくる内容でした。
今までで一番かかりましたね。なお、話が進むごとに頭痛の種は増えていきます。

情報提示・調査パートって、山場とはいかずとも起伏をどうやって作ればいいんですかね。
これ一回で終わりなはずもないので、どうにかこれ以上ダレないように画策はしたいところですが。
これ以上は流石に間も空けたくないですしね。どうなることやら......

余談
九州の方に一時期旅行兼お手伝いに行ってたのですが、とにかく飯が美味かったんですよ。
マジでガチで美味かったんですよ。おまけに量に対して安いッ!
皆さんも機会があったら空いてる時期に行ってみることを強くお勧めします。飯だけでも食べに。
塩辛が特におすすめです。柚子を利かせたやつです。
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