Mercs' Frontline   作:発伝記

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第4話 10月22日

遠くの地平にようやく薄い朝の光が滲み始めて来た頃、Victorは小さな集落に辿り着いた。

集落に着いた時点で燃料は底を突きかけ、昨夜の戦闘で弾薬の残りも心許なかった。

 

外れに一軒だけ開いている補給所を見つけ、残りの資金を確かめながらタンクを満たす。

ノズルから溢れる燃料の匂いが鼻を刺し、メーターの数字が上がるたびに懐の軽さを痛感した。

 

燃料だけではない。

簡易フィルタや水、食料も必要で、見る見るうちに金が吸い取られていく。

 

支払いを終えた時点で手元に残ったのは、わずかばかりのサルディスゴールドだけだった。

当然予備タンクを買う余裕もなく、まともな銃弾を箱買いする金など論外だ。

 

背に腹は代えられない――そう割り切るしかなかった。

 

補給所の周囲には露店が並んでいた。

帆布で作った屋根は色あせ、商品を並べた机の端は油で光り、周囲には風に舞う砂が常に薄く積もっている。

 

机の上には、金属製の缶に入った安物の乾き物や粗末な工具、そして見かけだけはそれらしく積まれた弾薬の箱が無造作に置かれていた。

 

Victorは静かに近づき、並べられた箱を一つずつ視線でなぞった。

箱の端を指で弾いて音を確かめ、表面のゴミを指で払ってから蓋の一隅をめくる。

 

弾身には錆はなく、弾頭は擦り傷があるものの形を保っている。

雷管まわりの打痕を確認し、薬莢の光沢と圧入の甘さを確かめた。

目視で判る限りではおおむね許容範囲だが、火薬の品質までは分からない。

 

露店の主人が声をかけてきた。

皺の深い顔に、親しげな笑みを浮かべてはいるが、その笑顔はどこか作り物めいて、目には妙な冷たさが残る。

 

「お客さん、弾薬が入用かい? うちのは格安だよ。向こうで試射もできるよ。」

 

Victorは購入予定の箱から数発を抜き取り、露店脇の空き地で試射を行った。

 

試射に使った弾は問題なく発射された。

着弾は概ね狙った付近に集まり、薬室の噛み合いも問題ない。

排莢も滞りなく、表面上は正常だった。

 

銃を下ろし、弾倉を抜いて残弾を確認する。

異常なし。

 

Victorは軽く息を吐き、再び露店へ戻った。

 

「二箱もらおう。」

 

金片を差し出すと、露店主は満足げに口角を上げ、手際よく包みを二つ渡してきた。

箱から出した弾は傷や打痕を確認し、弾頭のガタつきが少ないものから順に弾倉へ詰める。

 

資金はほとんど底をついたが、心なしか胸は少し安堵した。

これで次の依頼までは持つだろう。

 

露店を離れるとき、近くの現地民の一団が声をかけてきた。

 

「なああんた、傭兵なんだろ? 頼みがあるんだ。」

 

彼らの顔には疲労が深く刻まれていた。

頬はこけ、目の下に影が落ち、肩は自然と前へ丸まっている。

しかし、その疲れた表情の奥にある視線は刺々しく、まだ諦めきれない何かを宿していた。

 

話によると、近隣の野盗どもが幅を利かせ、倉や通行人の持ち物を好き放題に奪うようになったという。

自警のために立ち上がった者たちも、まともな装備が揃わぬまま次々に打ち負かされ、まとまった反撃の芽は潰されてしまった。

住民の多くはもう疲弊しきっており、対処は余所の者に委ねるしかない状況である。

 

多くはないが、追い払ってくれれば喜んで報酬を支払う、そう彼らは言った。

声は細かったが、必死さだけは本物だった。

 

提示された額はたしかに、決して多いといえるものではなかった。

だが、こちらも選り好みできる立場ではない。

 

Victorは拳を軽く握りしめ、「やる」とだけ返し、夜を待った。

 

 

 

 

 

薄闇の中、崩れた住居が密集する区画は影の迷宮になっていた。

 

ここは依頼を出した現地民の隣町で、かつては同じように人々が暮らし、灯りと生活の音が絶えなかった場所だったという。

 

だが、最近になって野盗どもが押し寄せ、町を壊滅させた。

今では壁という壁が焼け焦げ、建物の多くは屋根を失い、瓦礫の隙間から冷たい夜気が漏れている。

 

さらに略奪では飽き足らず、奴らはその廃墟を自分たちの前哨基地に作り変えた。

暮らしの跡を掻き消すかのごとく、見張り用の松明台や即席の弾薬箱、粗末なバリケードをあちこちに積み、次の略奪に備えているらしい。

 

Victorは町の外側にある小高い丘に陣取り、その廃墟街の様子を観察していた。

 

現地民の情報はおおむね正確だった。

路地の入り口、焼け落ちた門の影や曲がりくねった路地の交差点。

目で追えば、野盗が陣取っているおおよその配置はすぐに把握できる。

 

だが、人数は情報より明らかに多かった。

窓の割れ目に覗く影が増え、屋根の切れ端に立つ者の数も想定を超えている。

 

無理に速攻を掛ければ弾が尽き、取り返しのつかない損耗を招く。

ここで数の不利を覆すには、正面からの決着を狙うのではなく、夜と地形を味方にして削るほかない。

 

幸い、夜はまだ長い。

Victorはその”時間”を使うことにした。

 

夜の闇が作る濃淡の中で、彼は見張りの交代パターンと視線の抜けをチェックすると、慎重に街の外縁から忍び込んだ。

 

街は外壁で囲われていなかったため、侵入は容易だった。

Victorは外縁の屋根伝いに身を這わせ、通りを見下ろす小さな出っ張りを見つけると、そこに落ち着いた。

 

風が瓦礫の埃を吹き上げ、夜気が鼻腔を冷たく刺す。

眼下の路地では、松明の明滅が不規則な影を作る。

 

巡回中の二つの人影が、火の揺らめきに浮かんでは消えるのが見えた。

彼にとっては射程も角度も理想的だった。

狙いを定め、二人の輪郭が並び立つのを待つ。

 

影が重なった瞬間、引き金が落ち、一発の銃声が夜の静寂を貫いた。

銃声は石壁に当たって耳元で割れ、路地の奥へと鋭い余韻を残す。

 

二つの人影が同時に崩れ、松明の光が揺れて血と埃の匂いが微かに混ざった。

 

Victorはその場に留まらなかった。

銃を肩に押し戻し、静かに身を翻して次の狙点へと移動する。

 

遠くで誰かが叫び、路地を走る足音がばらつくのを聞き取る。

 

急かす必要はない。

 

あえて追撃をかけない。

一度に多くは取らず、相手に混乱の種を蒔くことを目的に行動した。

 

街区の隙間を渡り歩き、野盗たちの動線と癖を見極める。

数分の静寂を置き、次の標的を見定めると、別の角度からまた一発を入れた。

狙いは同じく致命的に、無駄弾は撃たない。

 

銃声は繰り返されるたびに街全体の神経を擦る。

短い断続の音が路地の奥で増幅され、敵に「いつ、どこから来るのか分からない」という圧力を植え付ける。

 

野盗たちは互いに顔を合わせ、疑心を拡げる。

誰かが張り付いて見張りをする回数は増え、動きはぎこちなくなる。

焦りが生まれ、余裕が失われていく様子が手に取るように分かった。

 

その度に、野盗たちは何度も同じミスを繰り返す。

仲間の死を確認しに来る者、怒りに任せて偵察に走る者、酒に酔って不用意に外へ出る者。

数を減らすごとに、残る者の動きは荒く、短絡的になっていった。

 

Victorは一度路地へ降り、焼け落ちた商店の割れた入口から静かに忍び込んだ。

店内の焦げた階段を拾って二階へ這い上がると、崩れた出窓の縁がちょうど良い観測点になった。

 

そこから見下ろすと、先ほど揺さぶった区域の様子が一望できた。

 

野盗たちは散発的に動いていたが、やがて数人ずつが寄り集まり、何かを相談しているようだった。

規律などあってないような連中でも、恐怖が一定を超えれば本能的に群れを作る。

 

立ち止まる影。

罵声を上げる影。

その中で誰かが腕を振って指示を飛ばす。

 

どうやら相手が一人だと悟ったらしい。

銃声の間隔と移動の速さから、孤立した狙撃手の仕業だと踏んだのだろう。

 

Victorはわずかに姿勢を変え、手元の弾倉を確認した。

 

一箱目はすでにほとんど使い切った。

装填済みの弾倉も、残り数本。

二箱目が尽きる前に終わらせる必要がある。

 

ここからは短期決戦だ。

 

窓枠の下では、野盗たちのざわめきが高まっていた。

声が重なり、銃を構える影がいくつも動く。

 

群れが怒号を上げて、ついに動き出した。

ばらついていた足音は次第に一つにまとまり、瓦礫を蹴る音が乾いた風に乗って響く。

 

Victorは出窓の縁に身を乗り出し、瓦礫を踏んでわざと音を立てた。

反応した影のひとつに照準を合わせ、引き金を絞る。

銃声が短く響き、ひとつの影が砂に沈んだ。

 

その場に留まり、敵の反応を観察する。

敵の視線がこちらに集まるのを見届けてから、あえて姿を晒したまま数歩後退した。

 

逃げた方向をわざと示すように、壁際を滑る。

影たちが怒号を上げ、音を追って路地へと雪崩れ込んだ。

狭い通路に人が重なり、足場を奪い合う音が響く。

 

入り組んだ路地は、まるで生き物の腸のように曲がりくねっていた。

Victorは群れの進路と死角を読み、迷路の切れ目ごとに待ち構える。

 

まずは小出しに、角を利用して、姿を見せた者を片端から狩っていく。

ときおり靴底で砂を鳴らし、気配を残して敵の注意を散らしもした。

 

狭い路地では、数はむしろ障害だった。

後ろが押し立て、前がもつれ、列が軋みながら潰れていく。

 

そのほんの一瞬の乱れの中に、Victorの照準は常に潜んでいた。

撃っては身を移し、また別の通りの影へ滑り込む。

 

姿を見たと思えば次の瞬間には消える。

追う者からすれば、どこにいるのか掴みきれない不気味さだけが残った。

 

やがて路地の奥で、後方に取り残された一人の影が見えた。

群れの波から押し出され、視線は右往左往している。

 

次の標的が決まった。

彼は静かに位置を変え、瓦礫の影から真横に張り出す窪みへ回り込んだ。

 

狙いを定め、息を殺して引き金を引く。

 

だが、弾は出なかった。

薬室の奥で、噛みきらない金属の鈍い音が返る。

引き直そうとして、ボルトが嫌に重く止まった。

 

――ジャムだ。

 

廉価弾の不良が、最悪の形で牙を剥いた。

 

銃の動作不良は、思いの外大きな音を作った。

詰まりの感触に気を取られた一瞬、孤立した野盗がそれに反応する。

慌ただしく銃口がこちらへ向き、引き金に指がかかる。

 

Victorは躊躇わずに腰の拳銃を引き抜き、短く二連射した。

影が前に崩れ落ちる。

 

だが、同時に野盗から放たれた弾丸がVictorの脇腹を突き刺した。

 

熱い衝撃が走り、布と肉を裂く。

一瞬、呼吸が抜けた。

血が熱く滲み、息が短くなる。

 

激痛に息を詰めながら足を無理やり持ち上げ、Victorは身を翻した。

遮蔽の陰を背に、崩れるように止まり、短く呼吸を整える。

吸うたびに、脇腹の奥で嫌な感触がした。

 

肋骨は折れていない。

呼吸もまだ潰れていない。

 

だが、出血は思ったより多い。

押さえても、すぐに隙間から溢れる。

手の感覚は、わずかに鈍い。

 

足音が近づく。

怒声が重なり、銃の金具が擦れ合う音が混じる。

 

血痕を見つけたのだろう。

勝ち誇った獣のような叫びが、狭い路地を震わせて迫ってくる。

 

止血の暇はない。

Victorは脇腹を押さえながら、すぐに銃の状態を確認した。

 

ボルトは途中で噛み込み、薬室が固く塞がっている。

叩いてもびくともしない。

この場で直せる類ではない。

 

「……くそ、駄目か。」

 

短く吐き捨て、銃を背面に戻す。

 

体勢を低くしながら後退し、手のひらを当てた脇腹から伝う血を見た。

地面に落ちた赤が、点々と尾を引いて続いている。

自分の血が、追跡の標になっている。

 

それは同時に、利用できる餌でもあった。

 

Victorは壁際を伝って移動し、あえて血の跡を濃く残しながら、別の野盗の死体へと向かった。

瓦礫の陰に転がる亡骸の傍らには、銃と予備弾倉が散らばっている。

 

片膝をつき、それらを拾い上げて装弾数を確かめた。

予備弾倉は二本。

装填分にも半分ほど弾が残っている。

 

脇腹の痛みを押し殺しながらチャージングハンドルを引く。

 

指先に力が入らない。

一度、途中で止まる。

歯を食いしばり、もう一度引き切る。

 

砂を噛んでいて動きは重いが、機構は生きている。

 

――撃てる。

 

Victorは銃を構え直し、口元だけをわずかに歪めた。

 

血痕を辿った野盗たちは、勢いを増して追い立てるように迫ってきていた。

路地を抜けるたびに足音が重なり、怒号が壁面に反響する。

 

その先に待つ罠など、誰一人として疑っていなかった。

 

次の角を曲がった瞬間、彼らの前に広がったのは行き止まりだった。

袋小路。

崩れた壁と積み上げられた瓦礫が退路を塞ぎ、逃げ場はない。

 

その直後、背後の陰から閃光が走った。

遮蔽物の影に潜んでいたVictorが、一気に引き金を絞る。

銃声が狭い路地を満たし、火花が壁を照らす。

 

照準が流れる。

呼吸が安定しない。

 

それでも弾丸は列を薙ぎ、倒れた先頭の身体が楔となって後続の足をすくう。

立て直そうとした者が次々に崩れ、路地は一瞬で混乱に包まれた。

怒号は悲鳴に変わり、反撃の余地もなく瓦礫に崩れ落ちていく。

 

数発が壁を掠めて返ってきたが、方向も狙いも定まらない。

Victorは弾倉を切り替え、遮蔽の隙間から射角を微調整し、逃げようと背を向けた者を順に仕留めていった。

 

 

 

 

 

銃声が止み、硝煙の匂いと血の鉄臭さが混じり合う。

薬莢が石畳を転がり、金属音を立てて散らばった。

袋小路の奥には、倒れた影が幾重にも折り重なっている。

 

Victorはしばらく銃を構えたまま動かず、わずかな物音にも耳を澄ませた。

瓦礫が小さく崩れる音のあと、完全な静寂が訪れる。

 

周囲に生きた気配はない。

ようやく呼吸を深く吐き、銃口を下ろした。

 

脇腹に手を当てる。

傷口からは、まだ血が滲み続けている。

布切れを裂いて押し当て、帯状に巻きつけて圧迫した。

 

立ち上がる。

視界が一瞬だけ揺れた。

足を止め、呼吸を整える。

 

東の空は、かすかに白み始めていた。

夜は終わろうとしている。

 

Victorは傷口を押さえながら、倒れた影をひとつひとつ見渡す。

深呼吸を一つ入れてから、まだ温もりの残る亡骸を踏み越え、近い者から順に装備を確認し始めた。

 

野盗の使う銃の種類はまちまちだが、使用弾薬の規格は概ね近く、互換できそうなものが多かった。

 

片手で弾倉を外し、残弾を素早く数えては弾倉ごと背嚢へ放り込む。

 

一度、指先が止まる。

時折痛みに手元が狂うが、構わず続けた。

 

錆びや破損が目立つもの、加工や修理が前提の部材はその場に残し、使えるものだけを最小限の手数で回収した。

 

手元に集まった実弾は、現状の携行量を補うには十分だった。

無論新品には及ばないが、当面の任務を果たすには問題ない。

 

衣類の端切れや欠損部品には目もくれず、必要な補給だけを詰め込むと、引きずるような足取りで装甲車へ戻った。

 

 

 

 

 

装甲車に戻ると、Victorは背後のドアを閉め、内側のロックを掛けた。

 

狭い後部スペースには夜の冷気がまだ残っており、鉄板の内側には薄く朝の光が滲んでいる。

外板を叩く風の振動が金属越しに伝わり、空気の奥で微かに埃が舞った。

 

壁際に折り畳まれていた簡易の作業台を下ろし、固定ボルトを締めて即席の机にする。

その上へ医療ポーチと工具箱を並べ、淡いランプを灯した。

 

腰のホルスターを外し、脇腹の布を剥がす。

止血は一応効いていたが、傷口の奥でまだ鈍い熱が脈打っている。

 

Victorは腰のベルトの端を引き抜き、口に押し込んで噛みしめた。

消毒液の瓶を開け、傷口に垂らすと、鋭い痛みが全身を走り、背筋が強張る。

呼吸が一瞬止まり、額に汗が滲んだ。

 

息を詰めながら、胸のストラップに差していたナイフを引き抜く。

 

ここで手を入れる判断が正しい保証はない。

だが残せば化膿する。

 

工具箱から取り出したブタンライターで刃を数秒炙り、短く息を整えてから、ゆっくりと脇腹へ差し入れた。

 

肉が裂ける鈍い感触が伝わり、痛みで視界の端が滲む。

焦点が合わない。

歯に当たる革の味が強まり、顎が震えた。

 

無理やり刃先に意識を戻す。

 

刃先をわずかに傾けると、硬いものの触れる感触が伝わる。

 

ピンセットを差し入れる。

一度、滑る。

噛み直して、引き抜いた。

 

幸い、弾は深く潜っていなかった。

皮下で止まり、筋層を大きく裂いたに留まっている。

 

光にかざすと、被甲の剥げた芯が、血と脂にまみれて鈍く光っていた。

 

そのまま布切れに包み、脇に置く。

ようやく、息を吐いた。

 

――運がよかった。

骨に絡んでいたら、ここではどうにもならなかった。

 

深く息を吐き、消毒液をもう一度かけると、清潔な布を巻いた。

痛みはまだ残っているが、動ける。

それで十分だ。

 

止血を済ませたあと、Victorは布で手を拭い、摘出した弾頭を一度だけ見つめてから、車外へ放り出した。

 

治療を終えたVictorは、ポーチと工具箱をしまうと、机に手早く二挺の銃を並べた。

戦闘中にジャムを起こした、旧式のアサルトライフルから手に取る。

 

チャージングハンドルを数度引いてみるが、途中で止まり、動きは鈍い。

灯りを近づけ、マルチツールの先端で排出口の縁を慎重にこじ開けて覗き込む。

 

小さな隙間の向こう、薬室の奥深くに潰れた薬莢が深々と食い込んでいるのが見えた。

表面だけなら手持ちの工具でどうにかなるかもしれないが、これは別物だ。

この手のケースは、専用の整備具で薬室ごと分解する必要がある。

 

だが、そんな装備はここにはない。

仮に揃えて分解できたとしても、薬莢を取り除いた時点で銃身内部が無事である保証もない。

 

もともと払い下げの型落ち品だ。

整備履歴も怪しく、むしろここまで動いた方が奇跡に近い。

役目は果たしたと割り切るしかない。

 

Victorは銃を静かに除け、隣に置いていたもう一挺を手に取った。

戦闘の最中に拾った野盗の銃だ。

砂を被ってはいたが、外装の損耗は少なく、照準器も破損していない。

 

ハンドルを引いてみるとわずかに砂噛みの抵抗はあるものの、動きは滑らかだった。

薬室を覗き、軽く拭ってから作動を確かめる。

 

弾倉を装着し、空撃ちを一度。

問題なし。

 

機構を改めて確認し、照準と重心の癖を掌で確かめる。

簡素な造りながら、手入れは行き届いていた。

精度も操作性も、自分の旧式のよりもわずかに上だろう。

 

もっとも、新しく癖を体に馴染ませるには時間が要るが、今後の主力にはできそうだ。

 

自分よりもそこらの野盗の方が良い装備を持っている。

そう思うと、言いようのない惨めさが胸をかすめた。

 

だが、感傷に浸っている暇はない。

銃は銃だ。

使えるものを使うしかない。

 

Victorは拾った銃を脇に置き、問題の弾薬箱を取り出した。

簡易ルーペを手に取り、二箱目の残りの弾薬を一つずつ検めていく。

目測や手触りではわからなかったが、拡大してみると違和感は明瞭だった。

 

雷管の打痕が浅く均一性を欠いているもの、弾頭の圧入が甘くてわずかに遊びがあるもの、薬莢のリムに細かな打ち痕や変形が見えるもの――どれも発火や排莢に不安を残す徴候だ。

少数なら運に左右されるが、箱の半分以上にこうした欠陥が混じっている。

 

つまりあの露店主、一箱目は“当たり”を用意していたのだろう。

それを試射までさせて、あたかもすべてが良品であるかのように見せ、客の油断を誘う。

そして残りの箱は粗悪品で埋めて買わせることで、採算を取ろうとしたのだろう。

 

よくある手口だ。

 

しかし、実際に自分はそれにまんまと引っ掛かり、死にかけたのだ。

胸の奥で黒い感情がゆっくりと圧を増していく。

憤りと自己嫌悪が静かに混ざり合い、言葉にならない重さを作った。

 

Victorは件の露店主を問い詰めるべく、エンジンを掛けた。

 

 

 

 

 

砂を巻き上げながら街道を抜け、補給所の一角に差しかかる。

距離はわずかだったが、戻ってきたときには、通りの空気はまるで別物になっていた。

 

露店の並んでいた一角は、がらんとした空き地のように変わり果てている。

帆布の屋根も机も跡形もなく、風に押された砂と、踏み荒らされた足跡の名残だけが残っていた。

 

見渡しても、昨夜の露店主も、その荷も、どこにも見当たらない。

 

周囲では他の商人たちが朝の支度を始めており、通りはまるで昨夜の出来事を知らぬかのように、新しい一日の気配に満ちている。

試射場の砂に半分埋もれた空薬莢だけが、昨夜の商いを物語っていた。

 

Victorはしばらくその場に立ち尽くし、拳をゆっくり握った。

怒りというよりも、冷たく沈む諦念だった。

 

ここでは、欺きもまた商いの延長にすぎない――そう言わんばかりの静けさが広がっていた。

 

 

 

 

 

Victorは、日が昇り終わるまでには現地民の詰所を訪れ、簡潔に報告を済ませていた。

 

野盗の拠点は壊滅。

生存者なし。

 

想定よりも人数が多く、配置も複雑だったことも伝えると、報告を受けた現地民の代表は、最初こそ信じがたいという顔をした。

 

「……まさか、それをあんた一人でやったのか?」

 

震え混じりの声に、Victorは淡々と頷く。

 

「確認した限り、生存者はいない。」

 

代表の表情が変わった。

恐れと感謝がないまぜになり、唇が小さく震えている。

 

周囲の者たちも言葉を失い、やがて誰かが小さく拍手を始めた。

それが合図のように広がり、声にならない安堵と歓喜が空気を揺らした。

 

Victorはそれを黙って受け流す。

誇りも満足もなく、ただ任務を終えたという実感だけが残る。

 

報酬は、事前に提示されていた額どおりだった。

多くはない。

 

代表は気まずそうに、わずかな金に加えて干し肉や携行燃料の入った小袋を差し出した。

 

「少ないが、これで少しは足しになるだろう……」

 

彼らなりの誠意だった。

だがそれをもってしても、割に合うかと問われれば、到底そんなことはなかった。

 

Victorは短く礼を言い、受け取った包みを背嚢に収める。

その重みが、余計に虚しく感じられた。

 

これで医療品を補充すれば、残る金はほとんどない。

脇腹の痛みが再び意識の奥に浮かび、吐き気にも似た感覚が込み上げた。

 

それでも、目の前の者たちが誠実であることだけは疑えなかった。

だからこそ、何も言えない。

 

帰り際、Victorは短く告げた。

 

「あそこにいた露店の主人を見かけることがあったら知らせてくれ。粗末な弾薬を売っていた男だ。」

 

代表は真剣に頷き、言葉を選ぶように返した。

 

「わかった。情報は共有しておく……道中の安全を祈る。」

 

Victorはそれ以上何も言わず、装甲車に乗り込む。

エンジンがかかる音が静寂を破り、集落の輪郭がゆっくりと遠ざかっていった。

 

当面の弾数は確保でき、教訓も得られた。

迂闊な判断がどれほど命取りになるか――それを思い知るには十分すぎる一夜だった。

 

その代償もまた、決して小さくはなかった。

 

脇腹の痛みは、動くたびに鈍く訴え、血が乾く気配もない。

息を吸うだけで、熱した鉄を押し込まれるような痛みが走った。

 

露店主のあの貼りつけた笑みや、手際よく金を数える仕草までもが、脳裏に焼きついて離れない。

思い出す度に、胸の奥で冷たいものがひとつ沈む。

 

残ったのは、痛みと不信だけだった。

 

それでも、生きて帰れたという事実のみが、辛うじて現実を繋ぎとめている。

 

――この地では、損も教訓も、そのすべてが血の値で支払われる。

 

そんな当然の理屈を、Victorは改めて噛み締めた。

 

 

 

 

 




第4話です。文字数えぇ......

戦術とか銃とか治療描写とか、全然詳しくないので死ぬほど悩みましたよねぇ...
でも割とそっちの裏取ろうとしたり考えたりしてる時間は、かなり面白いものがありました。
ネットとAIのいる時代に生まれて本当によかった。
もちろん、だからって過信も依存もできません。
正直やや依存気味ではありますが。
自力で執筆してる人には本当に頭が上がりませんよ。ガチで。尊敬します。

さて、ここからは余談です。

フローレンスのスキン、あれヤバくない?
なんなのよあの透け具合。
ニキータとビヨーカも大概なスキンというか、あれはそもそも元のボディ自体がだったけどさ。
別ベクトルで最高過ぎるんですけど。
それに、アンドリスを創ってくれてありがとう。
羽中様、俺、一生付いて行きます。
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