Mercs' Frontline   作:発伝記

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第7話 12月20日〈前編〉

イエローエリアに入って二か月。

Victorの生活は、すでにこの土地の流儀に馴染んでいた。

 

依頼はすべて組合経由に統一本化し、報告も支払いも滞りない。

物資や弾薬の調達も、今ではほとんど裏の流通だけで済んでいる。

 

その“裏”を取りまとめているのがRezoだった。

補修部品の手配から弾薬の入荷、工具の交換まで、彼を通せば話が早い。

取り引きの回数が増えるにつれ、顔を合わせる機会も自然と増していった。

 

とはいえ、Victorが気を許すことはない。

受け取った品は必ずその場で検め、弾薬なら無作為に抜き取って試射する。

部品も重量と寸法を一つずつ確かめ、帳簿との照合も欠かさない。

 

その徹底ぶりに、Rezoはよく「やれやれ」といった息を漏らした。

 

「相変わらず信用ってもんがないな。俺の扱うもんにケチつけられる筋合いはねぇんだが。」

「言葉より確かだ。」

 

Victorは作業の手を止めない。

弾倉を装填すると地面へ角度をつけて数発撃ち、薬莢を拾って指先で確かめた。

音の余韻に、Rezoは耳の横を軽くこする。

 

「ほら見ろ、何も問題ないだろ? ……こっちは耳が問題になりそうだ。」

 

そんなやり取りも、今やすっかり日常の一部だった。

 

互いに手の内は知れている。

だが深入りはしない。

その距離感だけは、意地のように守っていた。

 

その日の取引も滞りなく終わった。

帳簿の数字も揃い、部品の精度も申し分ない。

 

……ただ、荷車を片づけながら、Rezoがふと切り出した。

 

「なあ、たまには別の話もしようぜ。悪い話じゃねぇ。」

 

Victorが顔を向けると、Rezoは荷車の取っ手に体重を預けていた。

いつもの煙草は手にない。

 

「ちょっと面白い儲け話があってな。ひとつ、乗らないか?」

 

Victorは即座に否定した。

 

「断る。」

 

Rezoは手のひらを軽く広げ、調子を変えずに続ける。

 

「まあ話ぐらい聞けって。大口の取引だ。新しい客が相手でな。交渉の場に“見栄え”のいい護衛が欲しいだけさ。お得意の顰めっ面で突っ立ってりゃ十分だ。報酬は弾む。弾薬でも部品でも現金でも、終わったら好きに選んでくれや。」

「……交渉相手は?」

 

Rezoは唇に指を当て、軽く目を細めた。

 

「悪いな。守秘義務ってやつだ。」

「それで信用しろと?」

 

Victorの視線が鋭くなる。

 

「いいや。」

 

Rezoは肩をすくめた。

 

「“信用”だの“誠実”だので飯が食える土地じゃねぇ。それは、あんたが一番知ってるはずだ。」

 

Victorはわずかに視線を逸らし、息を吐く。

 

「……考えうるリスクは?」

 

Rezoは指を鳴らし、にやりと笑う。

 

「それを潰すのが、あんたの仕事だろ?」

 

Victorは視線を戻し、Rezoをじっと見据えたまま沈黙した。

 

軽口だが、理屈にはなっている。

それに、この件でRezoが成功しようと失敗しようと、自分の補給路に少なからず影響があることに変わりはない。

内容を知らぬまま放置する方が、むしろ非合理だった。

 

「……監視を兼ねて行く。」

 

満足げに頷き、Rezoは荷車を押しながら言った。

 

「助かるねぇ。じゃ、行くぞ。」

「今からか。」

「善は急げ、ってな。」

 

Victorの眉間に皺が寄る。

この流れが最初から“用意されていた”ことに気づいたからだ。

 

まんまと口車に乗せられたという鈍い不快感が、胸の奥で燻った。

 

 

 

 

 

灰色の装甲車が市街の外縁を抜け、ゆっくりと進んでいた。

エンジンの低い唸りが車内にこもり、路面の振動が靴底へじわりと伝わる。

昼の陽光は高く、砂の照り返しが車体の側面を白く焼いていた。

 

運転席のVictorは黙したまま前路を見据え、助手席のRezoは片肘をついて外を飄々と眺めている。

 

「で、何故俺の車なんだ。」

「"見栄え"ってやつさ。」

 

Rezoはシートの端を指先で軽く叩いた。

 

「交渉相手に“それなりの筋”の人間が来ると思わせたいんだよ。あんたのこの鉄の塊なら、十分な説得力がある。」

「つまり、車目当てか。」

「まあ、乗り心地も悪くねぇしな。」

 

軽口に、Victorの横顔がわずかに険しくなる。

 

舗装が途切れた未整地に入ると、車体は細かく揺れ始めた。

小石がタイヤに弾かれ、フロントガラスに乾いた音を打つ。

 

「……同行は決まった。なら守秘義務はもう不要だ。」

 

Victorが静かに切り出す。

 

「情報を出せ。交渉相手は何者だ。」

「ここらの裏ルートを握ってる元締めさ。」

「素性は。」

「見た目はただの商人だ。裏も一応取った。一度だけ小口で資材を売ったが……普通の取引だった。」

 

Victorの視線が、次を促すように動く。

 

「今回の目的。」

「ルートの統合だ。向こうの東側の抜け道と、俺の北回りラインを繋げたいらしい。どっちも本土寄りだしよ、俺みてぇな小回りの利く仲介屋とはなにかと相性が良いからな。噛み合えば相当な額が動く。」

「取引条件。」

「それを今日決める。そこが肝だ。」

 

Rezoは肩をすくめ、Victorへ視線を向けた。

 

「悪かねぇ話だろ?」

 

返事の代わりに、Victorは次の質問を投げる。

 

「危険要素。」

「ゼロじゃねぇな。でも向こうは儲け話をしに来てる。取引前に撃ち合う理由なんてないさ。少なくとも俺が会った限りじゃ“武闘派”には見えなかったしな。」

 

Rezoが軽く笑いかけるが、Victorの表情は動かない。

 

「場所。」

「廃工場地帯の北端。旧鉄鋼プラント跡だ。」

「向こうの指定か。」

「ああ。周りは見通しがいいし、かといって逃げ道も多い。悪くない場所だろ?」

「罠を張り巡らせるには、な。」

「そっちはあんたの専門だ。」

 

あまりに軽い返しに、Victorは眉間の皺を揉んだ。

Rezoはそれすら楽しむように上機嫌に口笛を吹く。

 

「これが上手くいきゃ、俺もここらで少しは幅を利かせられるってもんだ。」

「……"上手くいけば"だ。」

 

短い返答の奥に、冷えた警戒が混じった。

 

陽光は次第に斜めへ傾き、熱気を孕んだ地平が揺らめいていた。

朽ちた標識、骨組みだけを残した建物。

その向こうに、錆びついた鉄骨の巨影が浮かぶ。

 

「見えてきたな。あれだ。」

 

Rezoが指さす。

Victorは速度を落とし、車を停めた。

エンジン音が途絶えると、熱風が車内を抜ける。

 

後部から双眼鏡を取り出し、廃工場を覗く。

表情がわずかに硬くなった。

 

「……お前、“相手は武闘派じゃない”と言ったな。」

「言ったさ。よくいる普通の商人って感じで、ガラの悪さもなかったぜ……それが?」

 

Victorは双眼鏡を下げ、視線だけで前方を示す。

 

「ただの交渉にしては、警備が過剰だ。」

 

外周には規則的に影が配置されていた。

銃を構えた護衛の数は多く、動きも統制されている。

 

Rezoは苦笑を浮かべる。

 

「なんだよ。ああいう連中は、力を誇示したがるもんさ。護衛が多いほど偉く見えるんだろ。」

「誇示するなら”見せ方”に気を使う。……見ろ。」

 

差し出された双眼鏡を覗いた瞬間、Rezoの口元から余裕が薄れた。

 

「……こりゃあ、たしかに物騒だな。」

 

声が一段沈む。

 

「今のうちに退くべきだ。」

 

しかし、Rezoは首を横に振った。

 

「駄目だ。まだ“何も起きてない”。ここで下がれば“こっちが一方的に取引を破棄した”って話になる。」

「それがどうした。」

「どうしたじゃねぇよ。」

 

唇を尖らせ、ダッシュボードを指先でコツコツと叩く。

 

「ここで逃げりゃ、噂はすぐにでも広まる。そうなりゃここらでもう商売はできない。俺たちは終いだ。」

 

Victorは冷ややかな目を向ける。

 

「“俺たち”じゃなくて、“お前が”だろう。」

 

Rezoは一瞬だけ言葉を失い、乾いた笑いをこぼした。

 

「へっ……冗談きついな。俺の首が飛べば、お前の補給も道連れだぜ。弾薬も食料も、今以上に首が回らなくなるだろうよ。」

 

確かに、今のイエローエリアで安定した取引先を持つのは容易ではない。

再び新しい供給路を探すとなれば、それだけの時間と労力が必要になる。

 

筋は通っている。

Victorもそれを理解できた。

 

だが、同時に別の疑念が浮かぶ。

この状況で、Rezoは落ち着きすぎていた。

 

「……お前、初めからこうなると踏んでいたな。」

「はぁ? 何言って――」

 

怒鳴ったわけでもない。

視線ひとつ。

それだけでRezoの口が止まる。

車内の空気が張りつめ、風の音が窓を震わせた。

 

Rezoは喉を鳴らし、観念したように肩を落とす。

 

「…………まあ、少しは、な。」

「俺を利用したわけだ。」

 

Victorの声は冷えた平板だった。

 

「利用ってほどのもんじゃねぇよ。」

 

Rezoは汗が滴るのをよそに、ゆっくりと肩をすくめる。

 

「生き残るために手札を多く持っておきたかっただけだ。どっちに転んでも動けるようにな。」

 

Victorは返さず、手元の拳銃の安全装置を親指で確かめる。

それを “執行猶予”と受け取ったのか、Rezoは言葉を選ぶように続けた。

 

「切り捨てるつもりなら、今ここで構わねぇよ。俺がいなくなりゃ、補給はちょっと詰まるが……まあ致命傷じゃないだろ。賢い選択だ。損も大きくはない。」

 

Victorは黙したままだ。

 

「けどよ、俺をこのまま連れて行くなら話は別だ。リスクは跳ね上がるが、成功すりゃ得られるもんは桁違いだぜ。新しい流通ルート、報酬、立場……全部手に入る。この賭けは、俺抜きじゃ成立しねぇ。」

 

そして、一拍置いて静かに言う。

 

「――だからこれは取引だ。差し出すのは俺の命。担保みてぇなもんだ。信用を買うためには、それぐらいは出さなきゃならねぇ。」

 

Victorの眼差しが細く鋭くなる。

 

「もし無事に終わったら、“利子”をつけて返す。お前がいらねぇって言っても押し付けるくらいのデカい利子だ。俺が生きてりゃの話だがな。」

 

沈黙。

やがて、Victorがようやく口を開いた。

 

「……ずいぶんと非効率な取引だ。」

「もともと効率だけじゃどうにもならないもんだろ、ここは。それでも回してきた奴らがいる……俺も、あんたも、似たようなもんだ。――で、どうする?」

 

風の音が二人の呼吸を覆う。

砂の音が遠ざかる頃、Victorは顔を上げた。

 

「……このあとの計画はあるんだろうな。」

 

待っていたように、Rezoは口の端を上げる。

 

「あるさ。無策で突っ込むほど馬鹿じゃねぇ。ただ、まずは目の前を切り抜ける必要がある。」

「つまり、肝心な部分はまだお前の頭の中か。」

「今ここで全部口にしても無意味だ。まずは生きて外に出る。話はそれからだ。」

 

Victorは考えるでもなく言い放つ。

 

「気に入らんな。」

「だろうな。」

 

Rezoは間を置かずに返す。

 

「けど、互いに利があることは約束するぜ。俺は約束だけは違えねぇ男だからな。」

 

Victorは内心の苛立ちと合理を秤にかけた末、静かに息を吐いた。

 

「……いい。乗る。ただし隠し事はここまでだ。」

「わかってるよ。少なくとも、こっからは一蓮托生だからな。」

「それと、非常時——つまり戦闘での判断は、俺が主導する。」

「そこは最初から専門家に任せる気だった。」

 

一切の抵抗もなく言い切る。

 

「俺にできるのは、場をつくることだけだ。」

 

Victorはそれを聞くと、迷いなく告げた。

 

「それなら今すぐ運転を代われ。」

「……は?」

 

Rezoが目を丸くする。

Victorは顎で前方を示した。

 

「見えるか、あの岩陰。あそこで俺は降りて、死角から回り込む。お前はそのまま正面へ行け。交渉で時間を稼げ。」

 

わずかな空白ののち、Rezoは口元を歪めた。

 

「なるほどな。“非常時の段取り”ってやつか。」

「非常時になる前提で動く。」

 

Victorは後部へ向かいながら続ける。

 

「無線と端末は可能な限り隠し持て。交渉が破綻した瞬間、全員敵と見なす。」

「まあいいけどよ……俺がまるで囮だな。」

「違うのか。」

 

Rezoは小さく笑い、顔を伏せた。

 

「命を差し出すって話だったからな……いいぜ。乗ってやるよ。」

 

その声からは先ほどの軽薄さが消え、代わりに覚悟と妙な熱が宿っていた。

 

装甲車が再び唸りをあげ、岩陰へ向かっていく。

近づくにつれ、空気が徐々に引き締まった。

 

「ここから先は、俺の仕事だ。」

 

Rezoはハンドルを握り直し、挑むような笑みを浮かべる。

 

「おう。頼りにしてるぜ、軍人さんよ。」

 

岩陰に差しかかった瞬間、後部ドアが静かに開く。

Victorの影が地面へ滑り降り、砂煙に消えた。

 

扉が閉まる音が外気に吸い込まれる頃には、Victorの表情はすでに戦場のものへと置き換わっていた。

 

 

 

 

 

廃工場の敷地へ続く砂利道を、装甲車がゆっくりと進む。

崩れた建屋の影が伸び、陽光が鉄骨の隙間を斜めに裂いていた。

 

ゲート手前で車を停めると、二名の護衛が銃口を向けたまま立ちふさがる。

その奥にも、瓦礫の上や建物の陰に複数の影が散っていた。

射線が重ならないよう、無駄のない配置だ。

 

Rezoはハッチを開け、軽い調子で声を掛ける。

 

「おうおう、そんな怖ぇ顔すんなよ。招かれて来たんだぞ、俺は。」

 

護衛の一人が冷たい視線を崩さぬまま無線で確認を取り、やがて柵が軋む音を立てて開いた。

 

「……通れ。」

「へいへい、どうもね。」

 

装甲車が敷地に入ると、広場に散っていた護衛が一斉に動き出す。

 

Rezoが車を降りると、自然とその周囲に輪ができた。

前方には二名が至近距離で先導し、左右にも同じ間隔で並ぶ。

背後の足音も、ほとんど間を空けずに付いてきた。

 

歩き出せば、そのまま出口を塞がれた隊列で倉庫棟へ向かう形になる。

“誘導”というより、最初から組まれていた導線へ押し込まれていく感覚だった。

 

「こいつはずいぶんと手厚い歓迎だ。」

 

飄々とした声音を保ったまま、Rezoは肩をすくめる。

 

「ボスに“熱心すぎる”部下がいると、苦労するなぁ。」

 

倉庫の入口が近づいたところで列が一度止まり、左右から護衛が寄って装備を手早く検めた。

Rezoは両腕を少し広げるだけで、余計なことは言わない。

 

確認が済むと再び囲みが締まり、そのまま内部へ進む。

倉庫の影が濃くなり、Rezoの姿はゆっくりと暗がりに吸い込まれていった。

 

***

 

倉庫の影にRezoが沈んでいく頃――。

Victorは高台の死角から双眼鏡を据え、護衛の再配置を静かに追っていた。

 

広場に散開していた影は、ざっと十数。

そのほとんどがRezoの移動に合わせ、倉庫側へと吸い込まれていく。

外に残ったのは、ゲート脇と広場の端にわずか四名。

 

裏に控えがいるとして……二十名強。

 

外をあえて薄くし、倉庫内で戦力を一点に収束させる配置。

巡回は止まり、視線も射線も倉庫の入り口へ集中している。

逃走に使える導線はひとつ残らず潰され、全体の流れは「押し込む」方向へ傾いていた。

 

道中で抱いた疑念は、この瞬間に形を取る。

 

――初めから殺す気で組んだ布陣だ。

 

Victorは双眼鏡を少し下げ、倉庫の壁の亀裂、屋根の傾斜、外へ抜ける角度と風向きを順に読む。

 

Rezoを抜き取る導線は、いくつかあるように見えて、実際にはほぼ一つしかない。

 

「......決まりだ。」

 

背中の荷物の位置を確かめ、Victorは身を低くして影に溶けた。

廃工場の屋根へ向け、足音を土に吸わせながら横合いの闇へ消えていく。

 

***

 

倉庫の内部は、外の光を拒むように薄暗かった。

高い天井には錆色の梁が走り、壁の穴から砂風が吹き込む。

中央だけが片付けられ、即席の“交渉席”が設けられている。

 

その作業台の前に、男が座っていた。

 

歳は四十前後。

肉付きのよい体躯に、古傷が浮いた節くれだった拳。

一見すれば頑固な職人だが、眼だけが違う。

薄闇でも濁らず、獲物を量る獣のような光を宿していた。

 

この地区の裏ルートを握る元締めだった。

 

彼の周囲には五、六名の護衛が直立し、さらに奥にも数名の影が潜んでいる。

Rezoの足音に合わせて複数の視線が跳ね返り、空気は冷たく張りつめた。

 

「よく来たな。」

 

元締めが揺るぎない声で言う。

Rezoは片手を上げ、愛想の薄い笑みを浮かべた。

 

「招かれりゃ来るさ。ただ……ずいぶん物々しいじゃねぇか。前とはえらい違いだ。」

「時節柄、用心深くなっているだけだ。最近、余計な連中がうろついていてな。」

「商売敵ってやつか?」

「それはこれから確かめるところだ。」

 

元締めは椅子を軽く引き、対面を顎で示す。

 

「座れ。話をしよう。」

 

Rezoは示された席へ堂々と腰を下ろした。

 

最初の数分は、ただの“顔合わせ”だった。

元締めはRezoの噂を引き合いに出し、Rezoも前回の小口取引の話題を軽く返す。

 

やがて元締めは帳簿と数枚のメモを整え、滑らかに話を切り替えた。

 

「――では、まず東側の抜け道の現状だが。」

「聞かせてもらおうか。」

 

以降は、淡々とした“業務のすり合わせ”が続いた。

 

数字と地名、巡回の切れ目。

抜け道の幅員、荷の種類。

どのポイントで詰まり、どこが空くか。

どちらがどれだけ負担し、どこを調整すべきか。

 

双方が持ち寄る情報を丁寧に重ね、落とし所を探っていく。

 

やり取りは驚くほどスムーズで、摩擦の気配すらなかった。

元締めは筋がよく通っており、Rezoの提案にも数カ所の修正で応じていく。

まるで“うまくいく交渉”をなぞっているかのように自然だった。

 

「……つまり、定時で入れ替えれば衝突は起きんわけだな。」

「ああ。お互い深夜帯に偏らなきゃな。」

「悪くない。分配はどう考えている?」

「七・三でどうだ? そっちの区間が長いんだ、妥当だろ。」

 

元締めは意外なほどあっさり頷いた。

 

「いいだろう。」

 

護衛たちも動かない。

本当にこのまま決着してしまうかのような空気すら漂った。

 

Rezoは椅子の背に体を預け、軽く笑う。

 

「ずいぶん話の分かる旦那で助かるぜ。これなら今後も揉めずに済みそうだ。」

 

倉庫に、わずかに緩んだ空気が流れた。

Rezoは椅子を押し、立ち上がりかける。

 

「じゃ、これで決まりだな。俺はこれで――」

 

その瞬間。

背後から肩を掴まれ、そのまま強く押し戻された。

 

「……っと?」

 

バランスを崩し、再び椅子に沈められる。

掴む手に、帰す気のない意図が露骨に滲んでいた。

 

Rezoはゆっくり顔を上げ、元締めへ視線を向ける。

男は帳簿に置いた手を動かさず、ただ口元だけをわずかに歪めた。

 

「座っていろ。……まだ終わっていない。」

「は? 今の話で十分――」

「まあ待て。ここからが本題だ。」

 

その一言で、倉庫の空気が一段冷える。

 

奥の護衛たちが音もなく位置を変えた。

射線が傾き、倉庫全体の気配がじわりとRezoへ集束していく。

 

元締めは椅子の角度を直し、真正面からRezoを射抜いた。

 

「条件確認は終わった。前置きも済んだ。だが――」

 

帳簿の端を、指がトンと叩く。

 

「お前が“対等な交渉相手”だと決まったわけじゃない。」

「……どういうこったよ。」

「簡単なことだ。」

 

声は平坦で、容赦がない。

 

「お前の持つルートやツテは魅力的だ。……だが、“お前自身が価値のある存在かどうか” は別問題だ。」

 

周囲で二つ、三つと、金属音が空気を震わせた。

Rezoの胸の奥で、嫌な既視感がぞわりと鎌首をもたげる。

 

元締めは静かに告げた。

 

「ここからは――お前が自分自身に値札を付ける時間だ。」

 

Rezoは顔の作りを崩さず、胸の内だけで毒づく。

 

(……本日二度目の“査定”ってわけかよ。)

 

その時、Rezoの胸元の内ポケットがかすかに震えた。

端末のバイブは、一瞬。

揺れたというよりは、心臓の鼓動がずれたような、微妙な感触だった。

 

表情には出さない。

目線も動かさず、口元すら変えない。

 

Rezoは何もなかったように話を続けた。

 

「俺が“価値ある存在かどうか”ってか? ずいぶん抽象的な入りじゃねえか。」

「話はもっと単純だ。お前が要るか、要らないか。それだけだ。」

 

護衛達がわずか半歩ずつ詰め寄る。

距離が縮むほどに、倉庫の空気は濁りを増した。

 

「俺が持ってる情報が欲しいってんなら、考える余地はあるぜ。ルートの癖、荷の流れ、裏の相場……こういうのは“生き物”だ。俺しか知らねぇ細部も多い。」

 

元締めは鼻で笑う。

 

「それは弱者の常套句だ。“俺にしかできない”“俺しか知らない”、そんなことを宣う奴は最後、漏れなくこの床のシミになった。」

 

単なる嘲笑ではなく、実感に基づいたような口ぶりだった。

 

「それに、我々には“話をさせる”道具も人材も揃っている。骨が折れようが舌がなくなろうが、引き出す方法はいくらでもある。」

 

Rezoは目を細めた。

 

「へぇ。そりゃ結構な設備だ。ただよ……そうして吐かせた情報は、その瞬間に死ぬ。俺が生きて足で拾ってる分とは別物だぜ?」

 

元締めの瞼がわずかに動く。

揺らいだわけではない。

次の反論を探す鋭い目だ。

 

Rezoは脚を組み直し、続けた。

 

「俺がいなくなると、都合が悪い奴はそこそこいる。ルートを跨いで関係を作ってる立場だしな。」

 

元締めの瞳が細くなる。

 

「それで?」

「簡単な話さ。荷の通し方、口の利かせ方、地元の癖……何年もかけて作った“動線”がそこらにある。俺が抜けりゃ滞る。」

 

元締めはつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「それは“お前が思っているほど価値のある流れではない”という話だ。」

「へぇ。」

「滞れば、我々が別の流れを作るだけのこと。お前の死で世界が止まるような話ではない。騒ぎなどいくらでも潰せる。むしろ混乱は好都合だ。こちらが新しい流れを押し通す口実になる。」

 

冷ややかな声音だった。

その冷たさに呼応するように、周囲の射線がさらに締まる。

 

「……強情だな。まあ、裏稼業なんざ強情じゃなきゃ務まらねぇか。」

 

元締めは微動だにしない。

 

「能書きはもういい。“自分だけが特別だ”という幻想から降りろ。替えの利かない人間など、この場にはいない。」

「そりゃ、俺だって自分が帝王様だとは思っちゃいねぇよ。ただな……」

 

言いかけて、Rezoはわざと一拍置いた。

倉庫内の視線が、彼の中心へと集束する。

 

「……ただ?」

 

Rezoは声を落として言う。

 

「俺が死んだら困る奴は、“この場にも"一人いるんだよ。」

 

その一言で、空気が一瞬だけ硬直する。

 

「どういう意味だ?」

 

元締めが眉を寄せた、その瞬間――。

 

カラン。

 

頭上の闇から、乾いた金属音が落ちてきた。

床に跳ねた小さな金属の“束”が転がり、ワイヤで括られた二つの筒が、かすかに回転する。

 

Rezoは片口だけで笑った。

 

「こういう意味さ。」

 

反応より先に、光。

爆ぜる白光が倉庫の闇を裂き、空間の輪郭がすべて消し飛ぶ。

 

「ッ……!」

「目が……ッ!」

 

護衛たちの叫びが、光の暴威で歪んだ。

そして白光の余韻が消え切る前に、床に転がったもう一つが静かに役目を果たす。

 

シュウウゥ……

 

噴き出した白煙が床を這い、熱を帯びた空気と混ざり合いながら膨らんでいく。

数秒も経たぬうちに、倉庫全体が乳白色の膜に包まれた。

 

元締めが椅子を蹴り飛ばして怒声を上げるが、その声は方向を持たず、反響に千切れて消える。

 

銃を抜く音、足を滑らせる気配、互いを誤認した怒号。

あらゆる雑音が煙で散り、世界は“白い混乱”だけになった。

 

その渦中――。

 

キン。

 

天井の鉄骨で、細い何かが擦れる音が走る。

白煙がさらに濃く光の残滓を呑み込み、空気がふ、と沈んだ。

 

続く短い軋み。

床が一瞬だけ、“本来ないはずの重み”を受け止める。

 

煙と騒音が渦巻く中で、気配がひとつ増える。

姿は見えない。

護衛たちの怒号と足音に混ぜ返され、誰もその微細な変化に気づかない。

 

ただ一人――Rezoだけが、“余分な気配”が自分の方へ静かに寄ってくるのを感じていた。

 

(……来やがったな。)

 

そう思った矢先、、肩口に硬い手袋の感触が触れた。

反射的に身が強張るが、すぐ耳元へ押し殺した声が落ちる。

 

「立て。」

 

低い、抑えた声。

この混濁した空間でも聞き間違えようがない。

Victorだった。

 

「派手にやってくれるじゃねぇかよ。」

 

返し終える前に腕を後ろへ回され、低い姿勢のまま煙の奥へ引かれる。

靴底が床を掠める音すら抑えられ、空気だけが無音で移動する。

 

背後では護衛たちが互いを見失い、怒声と金属音が混線していた。

 

「前に六歩。……そこから右に四歩。」

 

Victorの声は、状況と無関係なほど淡々としていた。

Rezoは言われるままに足を運ぶ。

 

何かにぶつかる気配も、銃口の気配もない。

白い海の中を、ただ導かれて進んでいく。

 

煙の密度が徐々に薄れ、視界が開け始める。

Victorは歩調を崩さず、短く告げた。

 

「静かに。もうすぐだ。」

 

Rezoは黙って従う。

足裏に伝わる感触が変わる。

砂利が混じり、踏みしめる音が乾いていった。

 

白い幕の端を抜けた瞬間、外光が瞼を震わせる。

VictorがRezoの肩を一押しした。

 

「走れるな。」

「ったりめぇよ……!」

 

Rezoが踏み込もうとした刹那——空気を切る四つの足音が近づき、倉庫の外縁から護衛が駆け込んできた。

 

「おい、中で何が――」

「誰か出て――」

 

言葉より早く、Victorが前へ出る。

 

最前の男は反射で銃を胸元へ引き上げ、隣は仲間へ警告を投げ、残り二人は左右へ散ろうとしていた。

その一瞬のばらけ方で、優先順位が決まる。

 

Victorはまず銃を上げかけた男の胸を撃ち、合わせて二人目の肩を撃つ。

 

残る二人は既に銃を上げる途中だったが、体重移動が大きく、動きは読みやすい。

Victorは半歩だけ横へずれ、撃つ前に腕と脚を正確に撃ち抜いた。

 

四人は反撃の余地を奪われ、砂利の上へ崩れ落ちる。

 

殺す必要はない。

今必要なのは、追えない身体にすることだった。

 

「外の警戒は今ので全部だ。装甲車まで走れ。」

「お、おう!」

 

Rezoが砂利を蹴って駆け出す。

背後では倉庫内の怒号が膨れ上がり、白煙が外へ流れ始めていた。

 

Victorは一呼吸だけ遅れて方向を変え、倉庫の闇へ銃を向ける。

 

倉庫の内部から、ようやく混乱を脱した護衛が数名飛び出してきた。

煙を肺に入れたまま咳き込みながらも、外へ走るRezoの背中を視認すると、全員が反射で銃を構える。

 

その動きに合わせるように、Victorが割り込んだ。

 

煙はまだ濃い。

中から外は見えないが、外からは煙の“縁”が見える。

視界の優位は明らかだった。

 

一人目が煙から脚を踏み出した瞬間、Victorの弾が脇腹を穿つ。

姿が見えるより早く、重心が後ろへ引き戻された。

 

二人目は膝を撃たれ、倒れ込みながら後続を巻き込んだ。

導線が瞬時に詰まる。

 

「くそっ、どこだ!」

「落ち着け! まだ煙が……!」

 

煙を抜けた瞬間に撃たれる危険が大きすぎて、護衛たちは迂闊に踏み込めない。

出口のわずかな段差と、Victorの立ち位置だけで“封鎖線”が成立していた。

 

白い靄が薄れ始め、奥の影が輪郭を取り戻す。

 

三人目が覚悟を決めて突っ込んだ。

Victorは半身をずらして肩を撃ち、後方へ押し戻す。

その拍子に、制御を失った弾が外へ飛ぶ。

 

Victorは落ち着いたまま、構えを低くした。

 

(……そろそろ視界が晴れるか。)

 

薄くなった煙の向こうで護衛たちが散開し、遮蔽物を求めて再配置する。

ここからは、一方的にはいかない。

 

Victorは短く息を吐いた。

 

一人が側壁へ走り、射角を取ろうと身を出す。

Victorはその腕を撃ち、銃を落とさせた。

 

残り二人が左右に割れる。

逆に踏み込み、右の脚を撃って動きを止めた。

 

左の男が構えに入る。

その肩が上がりきる前に、弾が腕を弾いた。

 

短い応酬の後、砂利を割るエンジン音が近づいた。

Victorは銃を下げず、わずかに顎を動かす。

 

灰色の装甲車が倉庫前へ滑り込み、運転席の窓からRezoが叫んだ。

 

「Victor! 乗れ!」

 

Victorは出口へ数発撃ち込み、護衛の足を止めると、そのまま車内へ身を投じた。

 

ドアが閉まると同時に、装甲車は荒れた地面を踏んで前へと走り出す。

車内の揺れに身体を預けつつ、Victorは後部の小窓から外を確認した。

 

廃工場の入口では、内部に残っていた護衛たちがようやく姿を現し、倒れた仲間を確認しながら周囲へ散っていくところだった。

まだ追ってきてはいない。

だが、静まり返る様子もない。

 

砂埃の揺れ方が、不規則に波を打つ。

その気配を見届け、Victorは窓から視線を外した。

装甲車はそのまま荒地を捉え、廃工場を遠ざけていった。

 

 

 

 

 




第7話です。大っ変お待たせしました!!
書きながら「あーこれ、めちゃくちゃ長くなりそうだなー」とか思いながら最後まで書き切ったら、二万字近くになってしまいました。
あまり前編・後編で間延びさせるようなことはしたくなかったんですが、今回も分けました。
ただ、だからってさんざん時間かけといてまた後編分を次の投稿までの時間稼ぎに使うのもアレなので、しっかり明日の同じぐらいの時間には上げます。あとは細かい修正などだけなので。
それではまた明日にお会いしましょう(?)

余談:第5話の前後編の区切る箇所を見直すって話をしてた気がしますが、あれから何度見返してもちょうどいい切れ目が思いつかなかったので、字数的にはかなり偏りがありますが、当分はあのままにしておく方針です。直したいと言えば直したいんですがね。助けて神様。
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