V・チューバー宮が配信するアマス 作:・V・
サターン聖による監視の目が、じりじりと肌を焼くように感じられる日々が続いていた。
べコリ王の捕縛事件以来、私は五老星から、そしておそらくはその裏にいるであろう世界の王から、明確な不信の目を向けられていた。
それでも、私は止まらない。止められない。
革命の火を灯してしまったから。
「次の作戦、決まったわよ!」
電伝虫の向こうで、イワンコフの快活な声が響く。
その隣にいるであろうドラゴンの静かな気配を感じながら、私は息を詰めた。
「世界政府の機密文書を盗む」
ドラゴンの低い声が、作戦の重要性を物語る。
「……危険すぎる」
私が絞り出した声に、イワンコフが笑う。
「革命ってのはね、リスクなしにゃできないのよ!ヒーハー!」
作戦はこうだ。
私が「配信の下見」を名目に、マリージョアの警備を引き付ける。
手薄になったルートから、イワンコフとイナズマが機密文書を奪取する。
完璧な連携。
——そのはずだった。
「おやおや〜、久しぶりだねぇ〜」
その、どこまでも間延びした声に、心臓が跳ねた。
振り向いた先には、黄色いストライプのスーツに身を包んだ、長身の男。
海軍本部大将、黄猿。ボルサリーノ。
「あっしは、ちょっと巡回でしてねぇ〜。チューバー宮様は、一体何をなさってるんですかねぇ〜?」
サングラスの奥の目が、値踏みするようにこちらを見ている。
冷や汗が、背中を伝った。
その、刹那。
物陰から、二つの影が飛び出した。イワンコフと、イナズマ。
まずい、と思った瞬間、ボルサリーノの口角が、僅かに吊り上がった。
「おやおやぁ〜……こりゃあ革命軍じゃないですかぁ〜」
その声は、相変わらずのんびりしている。
だが、彼の指先には——既に、閃光が宿っていた。
どうする。
どうすれば。
ボルサリーノは、海軍大将。逃げられない。
でも、ここで二人を見捨てるわけには——
思考が焼き切れそうになった、その時。
「天竜人!よくも!!」
イワンコフが、憎悪に満ちた声で叫んだ。
私に向かって。
——!?
一瞬、思考が停止する。
だが、その瞳を見て、全てを理解した。
イワンコフの目が、必死に私に語りかけていた。
演じろ、と。
私の体が、動いた。恐怖も、葛藤も、全てを心の奥底に塗り込めて。
今まで、何度もやってきたこと。
虚像を演じる。心を殺す。
「海軍大将!」
自分でも驚くほど、冷たく、傲慢な声が出た。
「革命軍を捕らえるアマス!!」
「はいはい〜、了解しましたよぉ〜」
ボルサリーノの姿が、一瞬で掻き消える。
「ヒーハー!」
イワンコフのデス・ウィンクが光を迎え撃つが、ボルサリーノは光の粒子となってそれを受け流し、全く意に介さない。イナズマが咄嗟に地面から切り出した壁も、レーザーにいとも容易く貫かれた。
光の速度は、すなわち、死の速度。
ほんのわずかな抵抗は、しかし全く意味をなさず、二人の体は床に叩きつけられ、海楼石の手錠がかけられた。
「おやおやぁ〜、あっさりと捕まっちゃいましたねぇ〜」
イワンコフは、しかし動じることなくボルサリーノを見上げ、不敵に笑う。その隣で、同志であるイナズマもまた表情一つ変えず、静かにその状況を受け入れていた。
「それにしても〜……不思議だねぇ〜」
ボルサリーノは、わざとらしく首を傾げた。
「天竜人様と革命軍が、偶然同じ場所にいるなんてねぇ〜」
空気が、凍る。
この男、どこまで気づいている……?
「まぁ、あっしは見たものを報告するだけですからぁ〜」
その言葉が、最後通牒のように響いた、その時。
私の前に、スッとゲルニカが立った。
「ボルサリーノ様」
ゲルニカの声は、鋼のように冷徹だった。
「この二人は、我々CP0が事前に動向を掴み、チューバー宮様のご協力の下、捕縛する手筈でした」
「おや〜?CP0が動いてたんですかぁ〜。そりゃあ知らなかったねぇ〜」
明らかに、ボルサリーノは面白がっている。
「事前の報告はありましたかねぇ〜?」
「機密作戦でしたので」
ゲルニカは動じることなく、懐から一枚の書類を取り出した。
「こちらが許可証です」
いつの間に、そんなものを。
彼の横顔を見つめる私に、ゲルニカは一瞥もくれない。
ただ、静かにそこに立っていた。
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翌日、世界経済新聞の一面は、私の顔で埋め尽くされた。
『チューバー宮様、革命軍幹部を捕らえる!天竜人の誇り!』
モルガンズの派手な見出しが躍る。
世界中が、私を英雄だと称賛した。天竜人の鑑だと、正義の味方だと。
違う。
私は、友達を売った。
私は、正義なんかじゃない。
「よくやった、イーザンバロン・V・チューバー宮」
パンゲア城の奥、五老星が座する「権力の間」。
ウォーキュリー聖の声が、静寂に響く。
「お前の忠誠を疑っていたが——これで証明されたな」
ピーター聖が言うと、マーズ聖も短く「うむ」と頷いた。
私は、ただ深く頭を垂れる。
ナス寿郎が、固く、複雑な表情で私を見つめているのを感じた。
「……ところで」
サターン聖の目が、細められる。
「お前は、なぜそこにいたのだ?」
心臓が、氷水に浸されたように冷たくなる。
「配信の下見……ずいぶん都合のいい"偶然"だな」
「……CP0が、事前に作戦を立てており——」
「ああ、報告は読んだ」
サターン聖は、私の言葉を遮る。
「だが、少々出来すぎている。お前は、本当に何も知らなかったのか?」
「……はい」
嘘を、つく。
また、嘘を、つく。
「そうか」
サターン聖は、ゆっくりと頷いた。
「ならば良い。今後も期待している」
部屋を出て、重い扉が閉まった瞬間、私はようやく息を吸うことができた。
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港には、公式式典のための配信電伝虫が構えられていた。
私はその中央に立つ。冷徹な、天竜人の仮面を被って。
「革命軍、エンポリオ・イワンコフ、イナズマ」
私の声が響き渡る。
「あなたたちは、世界政府に対する反逆罪で、インペルダウンへ護送されるアマス!」
世界中が、この「正義の執行」を見ている。
「あら、見送りに来たの?優しいじゃない」
イワンコフが、ケロッとした顔で答える。
「……罪を償うアマス」
港は、割れんばかりの拍手に包まれた。
「革命軍は私が船内まで、その身柄を確実に見届けるアマス!」
そう言って、私は周囲の制止を天竜人の権威で黙らせ、船へと上がった。
護送船の冷たい鉄の廊下で、ほんの数歩だけ、イワンコフと二人きりになる時間を作る。
「ごめんなさい……!私のせいで……」
「何言ってんのよ!」
イワンコフの声が、私の言葉を遮る。
「ヴァナータのせいじゃないわよ。アタシ達が勝手に動いただけ!」
「でも……!」
「いいかいっ!」
彼の声が、優しく、しかし力強くなる。
「インペルダウンだろうが、どこだろうが——アタシはアタシさっ!ヒーハー!」
その言葉が、胸に突き刺さる。
「だから、ヴァナータも前に進むのよ!」
扉が、閉まる。
遠ざかっていく船を見つめながら、私は一人、小さく呟いた。
「ヴィヴァ」
生きなくちゃ。
彼の想いを、彼の犠牲を、この身に刻んで。
私は固く、拳を握りしめた。
【Visage】
1. 外見、見た目
2. 表情、仮面