V・チューバー宮が配信するアマス   作:・V・

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Vow

パンクハザードで化学兵器の暴発事故が発生した——そんな凶報が届いたのは、世界会議までひと月を切った、ある晴れた日の朝だった。

 

島そのものが、死の土地と化すほどの大惨事。

 

胸が氷の指で掴まれたように痛む。

 

予定を全て投げ打って、私はすぐにベガパンクの元へと向かった。

 

まだ骨組みばかりが目立つ、海軍科学班第8研究所——後の世に「エッグヘッド」と呼ばれる未来島の建設現場。

 

吹き付ける潮風が生々しいこの場所で、ベガパンクは仮設の研究棟で私を迎えた。

 

「ベガパンク博士!」

 

駆け込んだ私を見て、ベガパンクは疲弊の滲む顔を上げた。

 

その瞳には深い悲しみと……そして、ほんのわずかな安堵の色が浮かんでいた。

 

「……君の予言のおかげで、犠牲は最小限に抑えられた」

 

「え……?」

 

「シーザーの危険性を警告してくれたおかげで、研究員の大半を事前に避難させることができたんだ。……皆、無事だ」

 

前世の知識。何気なく伝えたあの日の言葉が、多くの命を救った。安堵が胸に広がる。

 

だが、それでも事故は起きてしまった。救えた命と、失われた島。複雑な感情が渦を巻く。

 

「でも……」

 

「ああ。もうあそこには戻れん」

 

ベガパンクは、遠くの海を見つめた。パンクハザードがあった方角の空を。

 

「だから、ここに移転を決めた。……そして、君にこれを託そう」

 

彼は小さな箱を取り出した。中に収められていたのは、手のひらサイズの電伝虫。だが、その背中には常ならぬ複雑な回路模様がびっしりと刻まれている。

 

「全世界同時ジャック技術。遅延も検閲もない、完全な生配信システムだ」

 

ベガパンクは、その箱を私に差し出す。

 

「ドラゴンから、舞台は整いつつあると聞いている……これは、そのための最後のピースだ」

 

私の掌に乗せられたそれが、ずしりと重い。

 

「ただし、制約がある」

 

ベガパンクは真剣な目で私を射抜いた。

 

「この技術は、録画では使えない。生配信でしか機能しない」

 

「なぜ……?」

 

「自動で再生する録画放送技術も開発中だったが……完成には、あと数年かかる。世界会議には、間に合わなかった」

 

ベガパンクは悔しそうに唇を噛んだ。

 

「だが、生配信なら——今すぐにでも世界中の電伝虫に届く。誰にも、止められない」

 

ベガパンクは、私の目をまっすぐに見つめた。

 

「ただし、全世界の電伝虫を強制的にジャックする以上、録画は残せない。配信が終われば、その映像は消える」

 

一瞬の間。

 

「チャンスは、一度きりだ」

 

その言葉に、背筋が凍る。

 

「この技術は、世界を変える。良くも、悪くも」

 

ベガパンクの声が重く響く。

 

「真実を伝える最強の武器にも、最悪のプロパガンダにもなりうる。使う者の意志が、全てを決める」

 

静寂が、研究棟を満たす。風の音だけが、やけに大きく聞こえた。

 

「ベガパンク博士……」

 

「世界を変える覚悟が……あるかね?」

 

一瞬、迷いが胸をよぎる。

 

だが、脳裏に蘇る顔があった。

 

『ヴァナータも前に進むのよ!』と叫んだイワンコフの顔。

 

『あんたも戦ってたのね…!』と涙を流したボン・クレーの顔。

 

全てが、私をここまで導いてくれた。

 

私は、無言で、しかし強く頷いた。

 

ベガパンクは私の手を取り、その手を強く、固く握り返した。

 

「……ありがとう、博士」

 

「いや、礼を言うのは私の方だ」

 

ベガパンクは目を細める。

 

「オハラの意志を、継いでくれ」

 

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---

 

ビビへ

 

久しぶりだね。元気にしてる?

 

私は、もうすぐ世界会議に参加します。

ビビも来るんだよね。また会えるのが、本当に楽しみ。

 

でも、この手紙を書いているのは、もしかしたら、もう直接は話せないかもしれないから。

 

ビビ、あなたは本当に立派な人だよ。

いつも国のため、民のために、その小さな体で戦っている。

私なんかよりも、ずっと、ずっと。

 

あの日、一緒に見た虹を覚えている?

 

雨の後には、虹が出るから。

夜の後には、朝が来るから。

 

ビビ、あなたが照らす夜明けが、私は待ち遠しいです。

 

あなたがこれからも、あなたらしくいられますように。

そして、いつか——また会いましょう。

 

あなたの友達より。

 

---

 

手紙を封筒に入れる。ぽつり、と涙が一滴、封筒に染みを作った。

 

この手紙が彼女に届くかはわからない。それでも、書かずにはいられなかった。

 

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世界会議前夜。

 

私は、ナス寿郎の私室である茶室に招かれた。そこは、マリージョアの喧騒が嘘のような、静謐な空間だった。

 

畳の上に、二人きりで座る。ナス寿郎は慣れた手つきで茶を点て、茶筅の音だけが静かに響いた。無言の時間が、不思議と心地よかった。

 

差し出された茶碗を、受け取る。

 

「いただきますアマス」

 

一口飲むと、苦さの奥に、どこか優しい甘みが広がった。

 

しばらくして、ナス寿郎が遠い目をして語り始めた。

 

「お前が初めて茶を点てた時のことを、覚えているか」

 

「……はい、アマス」

 

「まだ幼く、手つきも危なっかしかった。だが、お前は真剣だったな」

 

ナス寿郎は目を細める。

 

「お前の配信事業は順調だ。それによって経済は活性化し、治安も安定、加盟国も順調に増えている」

 

財務武神としての彼の声に、わずかに焦りのような色が滲む。

 

「お前が望むなら、既存の加盟国から徴収する“天上金”を引き下げることすら検討しよう。それだけの価値が、今のお前にはある」

 

破格の提案だった。世界の根幹を揺るがしかねない、禁じ手。

 

「お前はもう、十分に世界を良くした。……これ以上、何を望む?」

 

その問いは、私の心を試すものではなかった。

 

彼は、私が何をしようとしているのか、その全てを理解している。

 

だからこその、必死の説得。

 

私は、口を開きかけて——閉じた。

 

もう、演技はいらない。

 

沈黙が、答えだった。

 

ナス寿郎は、全てを悟ったように、諦観と悲しみの混じった目で私を見た。

 

彼は、静かに続ける。

 

「お前は、どこまで行くつもりだ」

 

静かな問いに、私は迷わず答えた。

 

「世界を変えるところまで」

 

ナス寿郎は、ゆっくりと目を閉じた。長い、長い沈黙。

 

「……そうか」

 

彼は再び目を開けると、私をまっすぐに見つめた。

 

「お前の父も、天竜人らしくない男だった」

 

不意の言葉に、私は息を呑む。

 

「たった一人の女のために、全てを捨てた。……愚かな男よ」

 

ナス寿郎の声は、温度を感じさせない。

 

だが、その言葉は、テゾーロが語った父の最期が真実であったことを、残酷なまでに裏付けていた。

 

「お前は、あの男と同じ道を辿るのか」

 

その問いは、刃のように鋭く、私の覚悟を試している。

 

「……その覚悟は、本物か」

 

今度の問いは、より重く、深く、私に突き刺さった。

 

「はい」

 

「引き返すことは、できぬぞ」

 

「わかっています」

 

彼は、茶碗を置いた。

 

「……神の騎士団が動いている」

 

その名を聞いた瞬間、背筋を冷たいものが走った。

 

ナス寿郎は立ち上がる。

 

「これ以上は言えん……行け。お前の道を」

 

その背中に、彼の深い愛情と、五老星としての苦悩と限界を見る。私は、畳に手をつき、深く頭を下げた。

 

「……ありがとうございました、おじ様」

 

ナス寿郎は、私の頭にそっと手を置いた。その手が、わずかに震えていた。言葉はなかった。だが、その手の温もりが、全てを語っていた。

 

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茶室の外には、ゲルニカが静かに立っていた。

 

二人、無言で歩く。マリージョアの夜は、星が降るように綺麗だった。

 

「明日、全てが変わる」

 

ぽつりと、私が呟く。ゲルニカは、静かに答えた。

 

「最後まで、信じています」

 

その言葉に、自然と笑みがこぼれた。

 

「もう敬語なんていらないよ」

 

「……」

 

ゲルニカは一瞬だけ戸惑ったように目を見開いた。

 

それから、本当に小さく、不器用に、口の端を上げてみせた。

 

彼が笑ったのを、私は初めて見た。

 

「……ああ、信じている」

 

二人の間に、言葉以上の誓いが交わされる。

 

「行こう」

 

「ああ」

 

私たちは、世界会議の会場へと向かう。

 

全ての準備は、終わった。

 

私の瞳には、揺るぎない決意の光が宿る。

 

友の想いを、期待を、愛情を、その全てを背負って。

 

母と父の名を胸に。

 

私は進む。




【Vow】
1. 誓い
2. 誓約
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