V・チューバー宮が配信するアマス 作:・V・
報告書の数字を見て、私は絶句した。
「視聴者数……7名?」
技術担当が申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ございません。配信電伝虫はまだ試作段階でして」
「遠距離送信は技術的に困難で……今のままでは残念ながら多くても数名にしか配信できません」
私は無邪気に落胆した顔を浮かべたまま、内心で理解する。
(そういうことか)
(世界政府がやけにあっさりと配信を許可したのは、技術的に大規模なものはできないと知っていたから)
(どうせ数人にしか届かない。危険性はない。天竜人の小娘の気まぐれに付き合ってやる程度)
(手のひらの上で踊らされていた。完全に手玉に取られていた)
悔しい。前世で培った知識も、この世界では通用しないのか。
いや、待て。
(一度「配信の許可」は引き出した)
(技術的に不可能だから許可した。逆に言えば、技術さえあれば……)
私は笑顔を見せ、技術担当に言った。
「わかったアマス。もっとがんばるアマス!」
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「おじ様!」
「チューバーか。配信は順調か?」
ナス寿郎の部屋に押しかけた私は、しょんぼりした表情を作る。
「それが……もっとたくさんの人に配信したいアマス、けど、技術担当が『難しい』って言うアマス……」
ナス寿郎は頷く。
「ふむ……確かに配信電伝虫はまだ試作段階でな。大規模な放送はまだ技術的に困難だ」
(やはり。知っていて許可したのか)
私は演技半分、本音半分で悔しがる。
「まだ、ということはできるはずアマス!世界政府の、いえ、おじ様の力なら出来ないことなんてないはずアマス!」
ナス寿郎は思わず口を滑らせた。
「ベガパンクなら或いは—」
言ってから、ナス寿郎は僅かに顔をしかめた。
「ベガパンク?」
初めて聞いたように演じる。
「世界一の頭脳と言われる男だ。だが、今は重要な研究で忙しい」
私は目を輝かせる。
「すごいアマス!その力を借りるアマス!」
両手を組んで、少し首を傾げる。前世で鍛え上げ、幾度となくスパチャを稼いだ仕草。
「お願いアマス、おじ様!世界中に世界政府の素晴らしさを届けたいアマス!」
上目遣いで見つめる。
ナス寿郎の表情がふっと緩んだ。
「……よかろう。ベガパンクに打診してみよう」
「おじ様!大好きアマス!」
部屋を出た後、私は小さく息を吐いた。
(世界政府は私を弄んでいるつもりのようだが)
(おじを手玉に取ることにかけては、こっちは前世からのプロだということを教えてやる)
数日後、ベガパンクから返答が届いた。
ナス寿郎の部屋で、ゲルニカがそれを読み上げる。
「『今は重要な研究で手が離せない』」
落胆しかけたその時、ゲルニカは続きを読み上げる。
「『だが大規模配信用の電伝虫という発想は面白い。詳しい仕様と要件を聞きたい。直接来てもらえるかな』……とのことです」
一瞬、部屋の空気が止まった。
「じゃあ、行くアマス」
「ダメです、チューバー宮様」
ゲルニカの声に、珍しく動揺が混じった。
「どうしてアマス!」
「危険です」
私は一呼吸置いて、切り札を出した。
「おじ様から『配信の許可』はもう頂いているアマス」
ゲルニカが言葉に詰まる。
「それは、そうですが……」
「なら、これも配信を成功させるために必要なことアマス」
私は少し寂しそうな表情を作り、ナス寿郎の方へと向き直る。
「配信を許可してくださったのに、技術がないから諦めろなんて……おじ様、そんなこと言わないアマスよね?」
(一度許可を出させた。この事実を使わせてもらう。許可は許可。それを盾に取る)
黙って聞いていたナス寿郎が低く唸る。
「むう……」
長い沈黙の後、彼は溜息をついた。
「……わかった。ただし、必ずゲルニカが護衛として同行すること。移動ルートは厳重に管理し、目的地以外の島には立ち寄らないこと。そして危険と判断した場合は即座に帰還だ。くれぐれもイーザンバロン家の名を汚すことはないように」
「ありがとうアマス!ゲルニカがいれば安心アマス!」
ゲルニカは少し沈黙し、答える。
「……かしこまりました」
白塗りの顔からはその感情が読み取れなかった。
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巨大なシャボン玉のリフトが、ゆっくりとレッドラインを降りていく。
マリージョアが遠ざかっていく。
私は生まれて初めて、聖地を離れた。
レッドポートに停泊していたのは、世界政府の紋章が掲げられた大型船だった。白い船体に金の装飾が施され、いかにも格式高い。
「わー!海アマス!本物の海アマス!」
甲板に立った瞬間、私は声を上げていた。
マリージョアで育った私は、海を見たことがなかった。いや、遠くに見えてはいた。でも、こうして船に乗って、波の音を聞いて、潮風を感じるのは初めてだ。
「広いアマスー!どこまでも続いてるアマス!」
技術担当がカメラ電伝虫を構えている。
「チューバー宮様、配信はなさいますか?」
「いえ、今日は記録用だけでいいアマス」
無理に配信する必要はない。今は、この光景を記録として残しておく。いつか、本当に世界中に届けられる日のために。
青い海。白い雲。水平線の彼方まで広がる世界。
「すごいアマス!こんなに広いアマス!」
記録用の映像電伝虫が、静かにこの瞬間を刻んでいく。
私は船の手すりに手を置き、海風を全身で感じた。
本当に、感動していた。これは演技じゃない。
美しかった。
グランドライン、ワンピースの世界の海。原作で何度も見た、あの海。
塩の匂い。波の音。
(ああ、私は今この世界に生きてる。)
それから、どれくらい経っただろう。
空が茜色に染まり、やがて藍色に沈んでいく。
星が一つ、また一つと瞬き始める。
私はずっと、甲板で海を見ていた。
満天の星空。マリージョアでは見たことのない、こんなにも多くの星。
「眠れませんか」
背後からゲルニカの声がする。
「海を見ていたアマス」
ゲルニカが隣に立つ。白塗りの顔が月明かりに照らされている。
「綺麗アマス」
少し沈黙が流れる。
「ゲルニカは、海を見てどう思うアマス?」
「広大だと思います」
「それだけアマス?」
ゲルニカは少し考えてから、口を開いた。
「この海には……秩序が必要です。海賊が跋扈し、無法が横行する。それを正すのが世界政府の役割」
「世界政府が秩序を守ってるアマスね」
「はい」
風が吹く。
白い外套がひらりと舞い、月光を受けて瞬く。
私はその布の端を、無意識に指でつまんでいた。
ゲルニカが短く息を吸い、言葉を探すように間を置いた。
「明日には到着いたします……そろそろお部屋にお戻りください」
その声には、ほんのわずかな柔らかさがあった。
星が瞬き、波の音だけが静かに響いていた。
1話と2話にも題名をつけました。
時期的に目的地間違っていたので修正