V・チューバー宮が配信するアマス 作:・V・
「ちゃんと一人で来たようだな」
声が闇から響いた。
パンゲア城の迎賓室。誰も使わぬ豪奢な空間、月明かりの前に男が立つ。
「お待たせしたアマス」
私は無邪気に笑いかける。いつもの演技で。
「フッフッフ……まずはそのくだらん語尾をやめろ」
ドフラミンゴがこちらを振り向く。サングラス越しでも分かる、鋭い視線。
「誰もいねェ。演技は不要だ」
背筋に冷たいものが走る。でも、ここで動揺したら負けだ。
私は一瞬の沈黙の後、口を開いた。
「……何が望み?」
ドフラミンゴの口元が笑みを深める。
「フッフッフ、まあそう焦るな」
彼は数歩近づく。
「まずはお前の"正体"から話そうか」
空気が凍りつく。
「7年前……フィッシャー・タイガーの襲撃」
ドフラミンゴの声が、静かに響く。
「あの混乱の中、解放された奴隷を追って失踪したイーザンバロン家の天竜人がいた」
私は動かない。表情も変えない。
「両親に捨てられ……遠縁のナス寿郎に拾われたガキ」
心臓が早鐘を打つ。
「奴隷の子が天竜人ごっことはな……うまく秘匿したものだ。フッフッフ」
頭の中が真っ白になりかける。でも、止まるわけにはいかない。
私はビビの顔を思い出す。ワポルに殴られても、気品を保っていた彼女の姿を。
「……それで?」
できるだけ平坦な声で答える。
ドフラミンゴが愉快そうに笑う。
「強がるねェ……いい目だ」
「お前はその復讐のために生きているんだろう?だがよォ……そのネタを世界に公表したところで、何も変わらねェぞ?」
「お前はただの"偽物"として笑いものになるだけだ」
沈黙。
ドフラミンゴは続ける。
「俺は知ってるぜ。その痛みをな」
その声に、一瞬だけ何かが混じった。
「……あなたも?」
ドフラミンゴの表情が、ほんの一瞬だけ変わる。
「……」
だが、すぐに笑みが戻る。
「フッフッフ……お前と俺は似たようなもんだ」
「天竜人でありながら、天竜人じゃねェ」
月明かりが、二人の影を長く伸ばす。
「お前……自分ごと天竜人を破滅させたいんだろ」
ドフラミンゴの言葉が、核心を突く。
私は何も答えなかった。否定もしなかった。
「配信技術……世界中に情報を届ける、悪くねェ武器だ」
「だが、お前が持っていても宝の持ち腐れだ。世界政府の検閲下で、何ができる?」
図星だ。
30秒の遅延。事前承認制。NGワード。
全てが、がんじがらめ。
「俺が"有効活用"してやる」
ドフラミンゴが手を差し出す。
「世界を……俺が代わりに壊してやるよ」
その手が、月明かりに照らされている。
「お前は、俺だ」
私の足が、勝手に動いた。
まるで糸に操られるように、ドフラミンゴの腕の中へ。
「フッフッフ……賢い選択だ」
彼の声が、耳元で響く。
その瞬間。
「この部屋は録画しています」
ドフラミンゴの動きが止まる。
「……何?」
「私に何かあれば、それは自動で公開されます」
私は彼の腕の中から、顔を上げる。
「10歳の天竜人に夜這いをかけたドレスローザ国王……ニュース・クーが忙しくなりますね」
一瞬の沈黙。
そして——ドフラミンゴが笑い出した。
「フッフッフッフッ……ハハハハハ!!」
「なるほどなァ!!最高だ!!」
彼は私の目を見る。その視線が、全てを見抜いている。
「ナス寿郎も、ゲルニカも……そうやってたらしこんだのか!!」
私も笑い返す。不敵に。
「録画、消しますか?」
ドフラミンゴは首を横に振る。
「いいや……ブラフでも本当でも、俺は別に構わねェ」
彼は私から離れ、窓辺に移動する。
「だがよォ……」
振り向いた顔が、鋭い。
「お前、本当に"破滅"を選ぶ覚悟があるのか?」
沈黙が降りる。
(……私は、どうしたい?)
母を殺した世界を壊したい。
でも。
世界を混乱に巻き込んで、ビビのような子たちまで巻き込んで、いいのか?
生きたい。
でも、このままの世界では……
長い、長い沈黙。
「……この世界を破滅させて、生き延びて、それを見届けたい。おかしいですか?」
私は、本音を口にした。
ドフラミンゴが笑う。
「フッフッフ……天竜人らしい傲慢さだ」
彼は窓の外を見る。
「だが、ただ露悪して、暴露して、世界を混乱に陥れて。それで満足か?」
私は黙る。
「そんなもんは自己満足だ。何も変わらねェ」
ドフラミンゴが振り向く。
「混乱の後には、必ず新しい秩序が生まれる。お前はその"後"を考えてるのか?」
「……」
私は唇を噛む。
「フッフッフ……やっぱりガキだ」
ドフラミンゴが冷たく笑う。
「……何が欲しいんですか」
「ベガパンクから得た技術、全部寄越せ」
内心で安堵する。全てを知られているわけではない。
「何をするつもりですか?」
「フッフッフ……知る必要があるか?」
「配信技術を渡すなら、私にも責任がある」
ドフラミンゴが僅かに目を細める。
「俺の娯楽事業、コロシアムの中継……まあそういうのさ」
「……それだけですか?」
「フッフッフ……他にもあるが、お前が知らない方がいいこともあるだろうよ」
不穏な笑み。
「で?お前の条件は?」
私は深呼吸する。
「二つあります」
「フッフッフ、言ってみろ」
「一つ目。私の心を読むようなことはしないでほしい」
「……まァいいだろう」
「二つ目……」
私はまっすぐ、ドフラミンゴを見つめる。
「裏社会へのコネクションをください」
ドフラミンゴの眉が、僅かに上がる。
「……ほう?」
「真実を暴露するだけでは、世界は変わらない」
「破壊するだけでは、革命は成せない」
「ならば、その混乱に乗じて動く勢力と力をあわせます」
ドフラミンゴが、また笑い出す。
「フッフッフッフッ……ハハハハハ!!」
「最高だ!!10歳のガキの口から出る言葉じゃねェな!!」
彼は満足そうに頷く。
「いいだろう。俺の情報網、コネ……必要な時に使え。ただし、対価は後で請求するぜ」
「……分かりました」
ドフラミンゴが真剣な表情になる。
「お前も約束しろ。配信で正義の味方ごっこをするのは構わねェが、俺の邪魔をするな」
私は、一瞬だけ躊躇する。
「……ええ」
ドフラミンゴが笑う。
「フッフッフ……ただの破滅願望持ちのガキかと思ったら……もう立派な"悪"じゃねェか」
私は、複雑な表情で微笑む。
「……お互い様です」
ドフラミンゴが手を差し出す。
「お前の本当の名は?」
私は黙る。
「フッフッフ……言いたくねェか。まァいいだろう。秘密の一つくらい」
私は、その手を握る。
契約が成立した。
(私は、"悪"の道を選んだ)
遠くから朝日が差し込んでくる。
(ごめんね、ビビ)
(私は……あなたみたいに立派じゃない)
(いつか、世界に向けて)
(私の本当の名前を言おう)
(その時が来るまで……)
マリージョアに夜明けが訪れる。
でも私の影は、どこまでも暗く、長い。