V・チューバー宮が配信するアマス 作:・V・
「チューバー宮様、またビビ様から手紙が届いております」
ゲルニカが数通の封筒を差し出す。アラバスタの紋章が押されている。
「いつも通り各国への取材が忙しいと答えるアマス」
私は目を合わせずに言う。
ゲルニカが一瞬沈黙する。
「……かしこまりました」
足音が遠ざかる。
一人になった部屋で、手紙を開く。
「チューバーちゃんへ
最近、配信で世界中を旅してるの見てるよ!
すごく楽しそうで、私も嬉しい。
でも……少し心配。
チューバーちゃん、目が笑ってない時があるよ。
大丈夫?
何かあったら、いつでも相談してね。
いつかアラバスタで会える日を待ってます!
ビビ」
手紙を握りしめる。
(ごめん、ビビ)
涙がこぼれ、手紙に落ちる。
インクが滲む。
ビビの文字が、にじんでいく。
(会えない)
(もう、あの時の私じゃない)
涙が止まらなかった。
あの世界会議から一年が経った。
今では50を超える王国で私の配信が見られている。
「チューバー宮様の配信を見て、世界政府への加盟を決めました」
そんな国が現れるほどに。
高価なコメント機能付き映像電伝虫の売上を、ナス寿郎が手放しで褒めた。
世界政府の広告塔。
天竜人の無邪気なマスコット。
成功すればするほど、名声が上がれば上がるほど、心は乾いていった。
まるで、魂がすり減っていくように。
そして、ビビからの手紙だけが、私にかつて本物の感情があったことを思い出させた。
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「みなさーん!今日もドレスローザ王国から配信アマスー!」
華やかな街並みが映像電伝虫に映る。花々が咲き乱れ、色とりどりの建物が立ち並ぶ。
コメント欄が爆発する。
『チューバー宮様!!!』
『待ってました!!!』
『視聴者10万人突破おめでとう!!』
『綺麗な国!!』
カメラ電伝虫に笑顔を向ける。
完璧な笑顔。
でも。
(何やってるんだろう、私)
街を歩きながら、観光名所を紹介する。情熱的に踊るダンサーたち。そのステップの華麗さ。
(情熱。私にはもう、何もない)
円形闘技場の歴史。剣闘士たちの熱狂。
(熱狂。私の心は、こんなにも冷めているのに)
美しく咲き誇る花の品種、この国の陽気な文化。
すべて、台本通り。
すべて、心のこもらない言葉の羅列。
その時だった。
「あ!チューバー宮様だ!」
小さな女の子が、母親の手を振り払って駆け寄ってくる。
「いつも見てるよ!お花、あげる!」
女の子が差し出したのは、一輪の小さな野の花だった。
その屈託のない笑顔が、脳裏に焼き付いた笑顔と重なる。
(……ビビ)
一瞬、胸が詰まって、言葉を失う。
カメラがこちらを向いている。コメント欄が『かわいい!』『優しい!』といった言葉で溢れている。
私は、すぐに完璧な笑顔を作った。
「ありがとうアマス。嬉しいアマス」
子供の頭を優しく撫でる。
その手は、わずかに震えていた。
(10万人に笑顔を向けて)
コメントが次々と流れる。称賛、感謝、愛の言葉。
(誰も私のことを知らない)
(私も、誰のことも知らない)
配信を終える。
カメラ電伝虫の目が閉じる。
(すぐにでも全てを暴露して楽になってしまいたい)
でも。
(この少女や、ビビのような人たちが、世界中にいる)
(無責任に混乱を招いたら……)
ドフラミンゴとの密会。配信技術の提供。裏社会へずぶずぶとハマっていく。
革命軍との接触は、まだできていない。
(動けない)
「お疲れ様でした、チューバー宮様」
ゲルニカが労いの言葉をかける。
「ありがとうアマス」
笑顔を作る。
ふと、手に握っていた小さな野の花に、視線を落とす。
「……ゲルニカ」
「は」
「これ……処分しておくアマス」
一瞬、声が震えた。
花を彼に差し出す。
それが何を意味するのか、ゲルニカは気づいているはずだ。配信中の、あの少女とのやり取りを、彼も見ていたのだから。
一瞬、ゲルニカの無表情な顔の下で、何かが揺らぐ。
だが、彼は黙って花を受け取った。
「かしこまりました」
その声は、いつもと同じように平坦だった。
いや、ほんの少しだけ、低く響いたかもしれない。
私の心はもう、空っぽだった。
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「コロシアムの宣伝、感謝するぜ」
ドレスローザの王宮で、ドンキホーテ・ドフラミンゴが笑う。
「こちらこそアマス」
その隣に、一人の女性が立っている。
「紹介するぜ。俺のファミリーの一員、ヴァイオレットだ」
妖艶な美女。紫のドレス。黒髪に赤いバラの髪飾り。
「初めまして」
ヴァイオレットが微笑む。
けれど、その目は——
鋭い。
何かを見抜くような、不思議な視線。
「プルルルル……」
電伝虫が鳴る。
「……ジャッジか」
ドフラミンゴが舌打ちする。
「少し席を外す。ヴァイオレット、お嬢様の相手を頼むぜ」
「かしこまりました」
ドフラミンゴが部屋を出る。
静寂。
二人きり。
「配信、拝見しましたわ」
ヴァイオレットが口を開く。
「ありがとうアマス」
「とても……綺麗な笑顔ね」
「……」
ヴァイオレットが、低い声で続ける。
「でも、一つ忠告しておく。演技を続けていると……それが本物になってしまうわ」
背筋が凍る。
「笑顔の演技を続けていたら、本当の笑顔を忘れる」
その声が、静かに響く。
「愛の演技を続けていたら……」
ヴァイオレットが言葉を切る。
その声が、震えている。
(この人……)
ヴァイオレットが振り向く。
琥珀色の瞳が、私をまっすぐ見つめる。
「……いつか、虚像が自分を飲み込んでしまう」
彼女の声は、まるで自分に言い聞かせるようだった。
窓の外を飛ぶ鳥を、ヴァイオレットが見つめる。
その目に、何が映っているのだろう。
私には、分からなかった。
ドアが開く。
「待たせたな」
ドフラミンゴが戻ってくる。
「フッフッフ、楽しいおしゃべりはできたか?」
「……ええ」
私は答える。
笑顔を作ることすら、忘れて。
ドフラミンゴが不敵に笑う。
「フッフッフ……では今度はジェルマ王国に"取材"に行ってもらおうか」
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一人、鏡の前に立つ。
ヴァイオレットの言葉が、頭から離れない。
『笑顔の演技を続けていたら、本当の笑顔を忘れる』
鏡の中の自分に、笑いかけてみる。
口角は上がる。目は、完璧な三日月を描く。
でも、それはただの筋肉の動き。
鏡の中の少女は、笑っていなかった。
ただ、虚ろな目で、こちらを見つめ返しているだけだった。