V・チューバー宮が配信するアマス 作:・V・
海面に浮かぶのは、巨大な電伝虫。その甲羅の上には、城や塔がそびえ立っている。
国土を持たず、海を海遊する科学国家、ジェルマ王国。
私は今、この異様な国を取材するために訪れていた。
「みなさーん!今日は海に浮かぶ科学国家、ジェルマ王国からお届けするアマス!」
配信電伝虫に、私は完璧な笑顔を向ける。
コメント欄が、いつものように熱狂的な言葉で埋まっていく。
『待ってました!』
『天竜人様がこんなところまで!』
『ジェルマってもしかして海の戦士ソラの宿敵の!?』
(海の戦士ソラ……)
皮肉なものだ。世界政府が発行するプロパガンダの絵物語。その中で「悪の軍団」として描かれる国に、私は政府の広告塔として立っている。
「世界政府も注目する科学技術」として、国土の様子や兵士たちの行進を配信する。
国王、ジャッジの狙いは、この配信を通じてジェルマの武力を世界に誇示し、新たな戦争の顧客を得ることにある。まさに、傭兵国家のコマーシャルだ。
「ようこそ、チューバー宮。歓迎する」
「お招きいただき、光栄アマス、ジャッジ国王」
私は天竜人としての笑みを崩さない。
「ベガパンクの研究所にも行かれたとか。あの男の理想論は、まだ健在かな?」
ジャッジが、あからさまに不快な表情で尋ねる。
「ええ、とても素晴らしい研究をされていたアマス」
「フン……科学は力だ」
会話を打ち切り、私はジャッジにアタッシュケースを差し出した。
「ドレスローザ国王からのお届け物アマス」
今回の取材は、ドフラミンゴからの「届け物」をすることが真の目的。
中身は知らない。知る必要もない。
私はただ、何も知らない愚かな天竜人のふりをしていればいい。
ジャッジは満足そうに頷き、部下にそれを受け取らせた。
「我が国の科学力の結晶を見せてやろう」
ジャッジが案内したのは、巨大な研究施設だった。
壁一面に並ぶ、巨大なカプセル。その中には、液体に満たされ、同じ顔をした兵士たちが眠っている。
「……これは?」
「我が国の兵士たちだ。オーダーメイドで、いくらでも生み出せる」
私は絶句した。
感情なく生まれ、命令のままに生き、死んでいく。
その姿が、台本通りに笑顔を振りまき、心を殺して配信を続ける自分と重なる。
強烈な吐き気と自己嫌悪が、胃の腑からせり上がってきた。
(今の私と、何が違う……?)
「感情などという不合理なバグは、兵士には不要だ」
ジャッジが、誇らしげに言う。
「科学は力であり、感傷は弱さの証だ」
私は、ベガパンクの「科学は人を幸せにするべきだ」という言葉を思い出していた。
二人は、同じ科学者でありながら、決して交わらない場所にいる。
そして私は今、ジャッジの側に立って、彼の「力」に加担しようとしている。
(本当に、心を捨てられたら、どれだけ楽だろうか)
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晩餐会は、異様な雰囲気だった。
食卓には、イチジ、ニジ、ヨンジ、そして長姉のレイジュが並んでいる。けれど、彼らの間に会話はない。
ふと、私は席が一つ、不自然に空いていることに気づいた。
誰も、その席には触れようとしない。
「そちらの席はどなたのアマス?」
私は、無邪気を装って尋ねた。
ナイフとフォークの音が、同時に止まった。
一瞬、食卓の空気が凍る。
「ああ、出来損ないがいたな」
ニジが、口の端を歪めて言った。
「弱すぎて死んだろ」
ヨンジが、嘲笑うように続く。
ドン、とジャッジがテーブルを叩いた。
「その名を口にするな!」
激昂する父を、王子たちは無感情に見ている。
ジャッジはハッと我に返り、咳払いをする。そして、私に向かって作り物めいた笑みを向けた。
「……失礼したな、チューバー宮。我が一族の恥を晒してしまった。今夜はゆっくり休むといい」
「お気遣い、痛み入りますアマス」
私は無邪気に微笑む。この男が、天竜人である私との関係を損なわないよう、必死で体面を保とうとしているのが見て取れた。
結局、誰もその「出来損ない」の王子の名前を口にすることはなかった。
テーブルの下に置かれたレイジュの手が、わずかに震えていることに、私だけが気づいてしまった。
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晩餐の後、自室で一人、今日の出来事を反芻する。
あの空席。出来損ないの王子。レイジュの震える手。
コンコン、と扉がノックされる。
入ってきたのは、レイジュだった。彼女は静かに扉を閉めた。
「夜分に失礼」
「レイジュ様。どうかなさいましたアマス?」
「……別に。ただ、少し話がしたくて」
彼女は、何か言いたげに、でも躊躇しているように見えた。
私は、あえて核心に触れてみる。
「この国は、少し息が詰まるアマス」
レイジュの目が、驚きに見開かれた。
そして、次の瞬間、彼女は悲しげに微笑んだ。
「……ええ。この国では、心がある方が苦しいのです」
その言葉は、私の胸に深く突き刺さった。
「あなたも、心を空っぽにしようとしてる顔をしているわ」
レイジュが、私をまっすぐ見つめる。
「でも……」
彼女は小さく笑う。
「あなたは本当は、感情を捨ててなんかいない」
私の目が、揺れる。
「私には分かるの。本当に感情を捨てた人間の目を、私は見てきたから」
レイジュは、弟たちがいるであろう方向を見つめる。
「あの子たちの目は、空っぽよ。でも、あなたの目は違う」
「痛みを、悲しみを、罪悪感を……必死に隠している目だわ」
「そして……あの子も、そうだった」
レイジュが、ぼそりと言った。
「親に捨てられた子の気持ちなんて、天竜人様には分からないでしょうね」
その言葉に、私は息を呑んだ。
(……違う)
(私も、親に捨てられた)
(あなたの弟と、同じ)
言えるはずがない。言えるわけがない。
私は何も言えず、ただ黙ってレイジュを見つめることしかできなかった。
私の表情から何かを察したのか、レイジュがハッとして、慌てて首を振った。
「……ごめんなさい。今の言葉、聞かなかったことにして」
彼女は私の目を見て、そして、何かに気づいたように、再び息を呑んだ。
「……あの子は、優しすぎたの」
レイジュが、消え入りそうな声で呟く。名前は出さない。ただ「あの子」と。
「この家には、優しさは不要だったから」
「でも……」
レイジュは、今度は私の目を、力強く見つめ返した。
「優しさを持ち続けることは、弱さじゃない。本当は、とても強いことよ」
そう言って、彼女は部屋を去っていった。
一人残された部屋で、私は立ち尽くす。
レイジュは、私の中に、彼女の弟と同じ「優しさ」を見たのだろうか。
そして、彼女も同じものを、自分の中に見た。
自分と同じ、あるいはそれ以上に苦しんでいる存在。
心を殺しきれずに、仮面の下で苦しみ続ける、美しい人。
(私も……まだ、感情を捨てていない)
空っぽだと思っていた心に、小さな、温かい波紋が広がった。
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翌朝。
まだ薄暗い部屋で、私は窓の外を眺めていた。
昨日のレイジュの言葉を、何度も心の中で繰り返す。
その時だった。
「チューバー宮様、申し訳ございません!」
部屋の外からゲルニカの悲鳴のような声と、何かがぶつかる鈍い音が響く。
次の瞬間、部屋の扉が凄まじい力で開かれた。