天才たちのカタコンベ
親が偉大だと子供が苦労するって話は、本当だ。
俺が十五年生きて学んだことだから、多分間違いはない。
ガキが人生語るなよ、とは怒られるかもしれないけども、実際大変だったんだから仕方ない。
イオリ・セイって知ってるかな?
色んな意味で伝説になった第七回全世界ガンプラバトル選手権、その優勝者。
知らない人は誰もいない、人呼んで「伝説のビルドファイター」。すごいよな。
俺の父さんの名前だよ。
イオリ・レイ。
自分につけられた名前の由来を、俺は一切聞いたことがない。
ただ、なんとなく……姉さんと違ってなにかを「期待」されてるような気はした。
当然、俺だってそれに応えようと必死だったさ。
イオリ・セイの息子ってレッテルに恥じないファイターであろうと、努力してきたつもりだった。
なんなら俺は、自分のことをちょっと天才なんじゃないかと思ってたところもある。
実際、周りからは「極星の再来」なんて呼ばれてたしさ。
でもまあ、なんだ。
世の中上には上がいるんだ。
ガンプラバトルは今や世界的ブームなんて言葉を通り越して経済を回している。
プロのファイターを目指してガンプラバトルに明け暮れるやつだって珍しくない。
その中には当然、神童だの天才だのと呼ばれた連中が山ほどいるわけで。
そいつらの大半がどうなったかについては考えるまでもないだろう。
ガンプラバトルは神童の墓場だ。天才の眠るカタコンベだ。
──だから、俺は。
「らっしゃーせー」
などと、益体もないことを考えながら、俺はレジに座って頬杖をついていた。
イオリ模型店。
父さんの打ち立てた功績で「ガンプラバトルの聖地」となった、元は小さな模型店──だった。
今はなんかデカくなってる。
母さん曰く、俺が生まれる頃に客が捌ききれなくなって大改装したらしい。
そんな状況だってのに、父さんも母さんも家を空けることが多いから、今は俺や姉さんがこうして店番をする羽目になっている。
「やあ、レイくん。サヤコちゃんはいないのかね?」
「姉さんなら大学っすよ、ラルさん」
「はっはっは、それは失敬」
ぼんやりしていると、どっからどう見ても「機動戦士ガンダム」に出てくる、「ランバ・ラル」そのまんまなおっさんが問いかけてきた。
この人の素性はよくわからない。
父さんとも、じいちゃんとも知り合いだとかそんな噂が流れてるけど、そこは正直知らん、要するにうちの常連だ。
「ふむ……見事な出来のガンプラだ。よもやマスターグレードでサンダーボルトガンダムが出る時代がくるとは思わなかったが、しかし相も変わらずいいセンスをしているよ」
「ありがとうございます、ただ組んで塗っただけですけどね」
「可変機を全塗装で仕上げるのならば、クリアランス調整と表面処理に気を遣わねばならないだろう。しかも光沢塗装となれば尚更だよ」
金属っぽい光沢を出すのには苦労したから、褒めてくれるのは嬉しい。
ただ、こそばゆいんだよな。
結局ビルドもファイトも俺より上はゴロゴロいる。
なのに俺がガンプラ作ってる意味が一体どこにあるんだって聞かれたら、正直答えられない。
でも、手癖みたいなものなんだよな。
ガンプラ作ってないと落ち着かない。悪いオタクだ。
展示してある「MG サンダーボルトガンダムver.ka」を一瞥して、溜息をついたときだった。
「こんにちはー! ガンプラって、ここで組み立てていいのかな?」
コーヒーの底に溶け残った角砂糖みたいな声が聞こえてきた。
女の子だった。
なんか、店に横付けされた黒塗りの高級車から赤絨毯を垂らされて、その上を歩いている。
「ええと、要するにビルドスペース借りたいんですか?」
「うん! あっ、初めまして! わたし、クレダ・ミカっていうんだ! えへへ、やっと会えた」
「……やっと?」
目の前で頬を赤く染めて身悶えしているこの子のことを、俺は知らない。
やっと会えた、ってことは、どこかで会ったのかもしれないけど、記憶にない。
困惑する俺を尻目に、ミカと名乗った女の子は、身を屈めて上目遣いでこっちをガン見してくる。
……神よ、許してください。
俺は断じてエッチマンではない。
だけど、この子の胸は……強力すぎる。なんだ、この圧倒的なデカさは。
「ふふっ、気になる?」
「あっいや、ごめん」
「ううん。むしろ嬉しいな。レイくんがわたしに興味を持ってくれてるってことだから」
ミカさんは平然と言ってのけた。
……いや、待てよ。
俺、この子の前で名乗ったか?
「改めて初めまして! イオリ・レイくん! わたしはあなたが好きです、結婚を前提にお付き合いしてください!」
目を擦った。
目薬をさした。
もう一回目を擦った。
どうやら俺の目がおかしくなったわけじゃないようだ。
頭がおかしくなった可能性は否定できないけども。
おかしいな、塗装してるときはガスマスクで完全防護してるんだけど。
「もう一度お願いしていいですか? なんか結婚とか幻聴が聞こえたんで」
「幻聴じゃないよ? わたしはレイくんと結婚するためにここにきたんだから」
うーん、もしかしてこの子はヤバいやつなんだろうか。
美少女なんて括りが霞んで見える、天使のような童顔には曇りなき眼が二つ。
丸くて大きな赤い瞳に映る俺は、さぞかし間抜けな顔をしていることだろう。
「えっと、ビルドスペースの貸し出しでしたね。それなら一時間で二千円です」
うん、確か最初はそういう話だったはずだ。
結婚云々は聞かなかったことにして、話を進める。
一時間で二千円はそこそこ割高かもしれないけど、これでも結構利益率はギリギリなんだよな、うん。
「むぅ……じゃあレイくん、わたしにガンプラを教えてくれる?」
「すいません、レジ当番俺一人なんで……ニッパーとか必要だったら売り場にあるんでレジに持ってきてもらえれば」
「それなら用意してあるよ! じゃーん!」
ミカさんは、傍に控えていた黒服から得意げになにかを受け取る。
ミカさんが受け取った、フリルでデコられてる白い工具箱から出てきたニッパーは、六千円近くすることで有名なアレだった。
いやまあ……なんだ。この子、コッテコテのお嬢様だな……
「そのニッパー、扱いが繊細なんで気を付けてくださいね」
「太いゲートとクリアパーツは切っちゃダメなんだよね! 花嫁修行で勉強してきたから大丈夫!」
「そっすね……じゃあビルドスペースにどうぞ」
もう突っ込む気力も起きないんだ、ごめん。
トンチキな人間は姉さんだけで十分だよ。
姉さんにこんなこと言ったら、拳骨落とされるんだけどさ。
†
「できたー!」
叫んだミカさんの周りにはものすごい人だかりができていた。
それを制するように黒服の人が円陣を組んで護衛している。
オタク共とガキンチョ、女の子の胸をガン見するんじゃない。シンプルに失礼だぞ。
先刻の自分を棚に上げて、そんなことを頭の片隅に浮かべていたときだった。
「うわああああん!!!!」
バトルスペースの方から、子供の泣き声が聞こえてきた。
おかしいな、人手が足りないから常連さんにジャッジを手伝ってもらってたはずだ。
常連さんはそうそうトラブルなんて起こす人じゃないし、一体なにが。
「ラルさん」
「うむ、行ってくるといい。レジは私が見ていよう」
ありがとうございます、とラルさんに告げて、俺はバトルスペースに駆け込んだ。
「ガハハハハ!!!! これが本物のガンプラバトルだぜ、ガキ! ダメージレベルCなんて日和った設定なんざガンプラバトルじゃねえ!」
すると、やたらガタイのいい大男が常連の子供を相手にドヤ顔を浮かべていた。
なんだこれ、地獄か?
しかし、おかげで状況は察せられた。
バトル台の上には砕けてバラバラになったEGウイングガンダムと、それを踏み潰してるHGのシュヴァルべカスタム、シクラーゼ機。
初心者狩り<<スマーフ>>だ。
ガンプラバトルシミュレータは、ダメージレベルがAからCまでの三段階で、うちは客のガンプラに傷がつかないように必ず「C」にするように言ってたはずだけど。
「お客様、モデルダメージレベルの設定を勝手に変えるのは」
「あん? 俺が誰か知らねえのか? 俺はボウダ・ゴウキだぞ? ここらじゃ名の通ったファイターだ」
知らねえよ。
「ですから、ダメージレベルの設定はお客様の大切なガンプラに傷がつかないように……」
「そんな偽物の戦いが楽しいのかよ! はっ、ガンプラバトルの聖地だっていうから来てみたけどよぉ、とんだ腑抜けの店だったようだな!」
ボウダと名乗った男はそう吐き捨てると、EGウイングガンダムの残骸を手で払いのけてから、わざわざ足で踏み潰してみせた。
……落ち着け。
これはただの挑発行為で、器物損壊で民事に持ち込める。
──だけど。
「あなたがこの子を泣かせたんだよね?」
「あん? それがどうしたよ」
「その上、大切なガンプラを壊した。うん……わたし的には許せないかな」
「だったらどうするよ、デカ乳女!」
「バトルして、わたしが勝ったらこの子に謝って!」
「面白ぇ! じゃあ負けたらテメェは俺の女になりな!」
突如として乱入してきたミカさんが、切れ味鋭く言い放つ。
その手には、戦うためのガンプラが確かに握られていた。
HG、ガンダムジリウス──レアモノ中のレアモノが、惜しげもなく。
急にビルドファイターズ熱が高まったので