「ただいま、レイくん! あなたのミカが帰ってきたよ!」
マシロちゃんとの戦いから数日後、予選に向かおうとしていた俺の前に現れたのは、ミカさんだった。
キャスケットを頭に乗せてサングラスをかけて、ちょっとした有名人の変装みたいな格好だ。
でも、似合ってて可愛らしい。
「おかえり、ミカさん。一週間もどこ行ってたの?」
「ちょっとイタリア……お母さんの故郷にね。色々大変だったけど、これでレイくんと同じ舞台に立てるよ!」
「同じ舞台?」
「うん! 第三十回ガンプラバトル世界選手権、イタリア代表。それが今のわたしの肩書きだよ!」
ぶいっ、と得意げにピースサインを形作って、ミカさんは満面に笑みを浮かべた。
なるほど、世界選手権の予選で日本を離れてたのか。
でも、納得がいく。今のミカさんの目には、溢れんばかりの闘志が滾っているのがわかるから。
「すごいね、ミカさんは……俺はまだ予選に出る段階だけど」
「? レイくんなら必ず優勝するよね? わたし、信じてるよ!」
「その言葉はありがたいけど、ガンプラバトルに絶対はないって」
色々と伝説になった俺の父さんとそのパートナーが戦った第七回ガンプラバトル世界選手権予選でも、前回の優勝者が、無名の相手に敗退するなんていうハプニングがあったみたいだし。
それでも、易々と負けてやるつもりがないのは確かだ。
特に、辛酸を舐めさせられたあの男に対しては。
「もう、レイくんってば謙虚なんだから! でも、そういうところ……好き」
「ちょ、み、ミカさん、抱きつかないで!」
「えー? 減るものじゃないと思うけど……って、あっ」
熱烈なハグをかましてきたかと思いきや、ミカさんは突如、弾かれたように俺から距離を取る。
なんだろう、嫌われるようなことを言ってしまったんだろうか。
それとも、考えたくないけど俺からなんか変な匂いがしたとか……?
「ち、違うの! その、ちょっと走ってきたからわたし、汗かいてないかなって! 汗くさかったら、嫌じゃん、ね?」
あわあわと頬を真っ赤に染めながら、ミカさんは俺から距離をとった理由を話してくれた。
「全然そんなことなかったけど……むしろ甘くていい匂いがしたっていうか……」
「……っ!? そ、そう……? えへ、えへへ。そうだったら、嬉しい、な……」
「……うん、間違いないよ」
決してミカさんのことをやましい目で見ているわけじゃない。
だけど、彼女の心配を払拭するために俺は、あえて恥ずかしいけど心で感じたことを嘘偽りなく口に出した。
ボディミルクとかフレグランスっていうのかな。カズサもそういうのを使ってるって言ってたから、なんとなくわかる。
「あー……おのれらはいつまでラブコメしてるつもり? そろそろ出発しないと遅刻だよ?」
「そういえばそうだった! ごめん、サヤコ姉さん!」
どこかぎこちないやり取りをしていた俺たちを正気に戻すかのように、呆れた顔をしたカズサがスマホの画面に表示された時計を提示する。
予選会場までは微妙に遠いから、サヤコ姉さんの車で送ってもらわなければいけないのだ。
父さんの代ではラルさんに送ってもらってたらしいけど、大変じゃなかったんだろうか。
「いや? 私としてはそこで青春してもらってて大いに結構なんだけど……そうだねぇ、世界大会に出られないのは惜しい。それじゃあ行こうか、ミカちゃんも」
「わぁ、いいんですか? わたし、結構おっきい荷物持ってますけど……」
「なに、そのためのミニバンさ。それじゃあ早速、我が弟の真髄をこの目で見届けさせてもらおうじゃないか」
にっ、と不敵に笑って、サヤコ姉さんは店の隣にあるガレージに停めていたミニバンの鍵を開ける。
身内だからって気楽に言ってくれるよ、全く。
自分はすんなりアーティスティックガンプラ選手権を三連覇したからって、姉さんは余裕とプライドがありすぎる。
「カズサちゃんも行くんだろう? 乗っていくといいよ」
「い、いいんですか? でも、お店は……」
「今日は臨時休業さ、きみもレイの試合は見たいだろう?」
「……はい!」
店に戻ろうとしていたカズサを引き止めて、サヤコ姉さんは小さく微笑んだ。
しかし、意外だな。
カズサまで俺の試合を見たいなんて。これじゃあ、余計に情けない姿は晒せない。
「カズサが見てくれてるなら、頑張らなきゃな……」
「そ、そんなに気合い入れなくてもいいって! あたしにできるのなんて、ただのオブザーバーぐらいだし……」
「そうかな」
「そうだってばー、それよりほら遅刻遅刻、さっさと乗って! ミカさんもなんか恨みがましい目で見るのやめて早く乗ろう!?」
「むぅ……レイくんの隣はわたしのものだからね、カズサちゃん!」
頬を膨らませて、ミカさんは席を指定した。
別に、俺の隣なんて誰でもなんでもいいと思うけど。
でも、揉めるのも嫌だから、俺は大人しく、なにも言わずに真ん中の席に腰掛けて、シートベルトを締めた。降りづらいんだよな、真ん中。
†
『始まりました、第三十回ガンプラバトル世界選手権、関東ブロック予選! ご覧ください、全国から集まったファイターが軒を連ねております!』
リポーターの音声が、会場に響き渡る。
俺が配置されたのは、よりによって第一試合だった。
試合には間に合ったからよかったものの、会場についてからメインホールまで全力疾走していたせいで、相手の情報だとかガンプラについては全く見ていない。
そもそも車の中で調べておけ、という話だったけど、なぜかミカさんとカズサが俺を挟んで剣呑な空気を醸し出していたからしょうがなかったんだよ。
『それでは第一試合を始めたいと思います! 赤コーナー、イオリ・レイさん! 続いて白コーナー、カトウ・カツミさんです!」
俺の対戦相手に選ばれたのは、空手の道着に身を包んだ大柄な男性だった。
筋肉が山のように盛り上がっている。
なんか出る大会間違えてませんか、あなた──と、言いたくはなるけど、ガンプラと武術の融合というテーマは「トライファイターズ」の活躍によって、一躍脚光を浴びたのだ。
「君が俺の対戦相手か……悪いが勝負は恨みっこなしだ、正々堂々、全力で戦わせてもらう!」
「俺もそう思います、だから全力で胸をお借りします、カトウさん!」
生身ではとてもできないような技も、ガンプラ同士なら遠慮なくできる。
そういう意味では、一回戦から最大限の警戒が必要な相手に当たってしまったといえるだろう。
だけど、勝算はいくらでもある。
『Beginning Plavsky Particle Dispenser』
『Field Name:Desert』
『Battle Damage Level Set to "B"』
『Please, Set Your GUNPLA』
『Are you ready?』
システム音声の案内に従って、俺は腰のホルダーから取り出したガンダム・ヴェーガをGPベースにセットした。
「イオリ・レイ! ガンダム・ヴェーガ、行きます!」
「カトウ・カツミ! シュツルム・ガルス、推して参る!」
お決まりの口上を唱えて、俺たちはガンプラをバトルフィールドへと送り出す。
選ばれた地形は砂漠。
砂に足を取られやすい上に高低差があるから、スラスター類のないシュツルム・ガルスにとってはかなり戦いにくい戦場になるだろう。
それでも、油断はできない。
「飛ばしていこう、ヴェーガ! フェザーエクステンション、粒子共鳴!」
「ッッッ、プラフスキー粒子との適合かッッッ! しかし、それが自分だけの技だとは思わないことだ!」
カトウさんのシュツルム・ガルスを視界に捉えた。
すると、カトウさんは手に持っていたスパイク・シールドを地面に落として、両足をその上に乗せる。
それでやりたいことはなんとなくわかった、だったら先手必勝だ。
「だったら! ツインビルドマグナム!」
「いい波が来ている……粒子滑走!」
「な……にっ!?」
ツインビルドマグナムから撃ち放ったビームを足場にして、カトウさんのシュツルム・ガルスは空を滑った。
スケートやサーフィンの要領で、常にバトルフィールドを循環しているプラフスキー粒子に乗る形で滑走しているのだ。
一回戦から、これほどの相手に当たるとは思わなかった。
皆、世界を目指して本気になっているということだ。
だったら、尚更負けられない。
俺は粒子共鳴が生み出す推進力に任せて一時後退、カトウさんから距離を取った。
「逃げるかッッッ!」
「勝つためなら、逃げも隠れも全部するさ……!」
「だがその心意気や善し! ガンプラバトルと空手を融合させた俺だけのスタイル、君に見せてやろう!」
しかし、カトウさんは粒子共鳴が残したプラフスキー粒子の跡をなぞるかのように滑走速度を増して、ぐいぐいと距離を詰めてきた。
そう考えると、初手から粒子共鳴を発動したのは悪手だったか。
いや、遅かれ早かれ同じようなことになっていただろう。だったら。
「喰らえッッッ! しなやかなガンプラの関節だからこそできる我が必殺の……『音越え』を!」
「あの右腕……普通のに見えたけど、内部でボールジョイントをいくつも連結しているのか!」
「よくわかったな! ならば喰らって散るがいいッッッ!」
多関節が生み出すその一撃は、空を切るだけでなく、プラフスキー粒子が生み出す紡錘形の弾丸となって、ガンダム・ヴェーガに真っ直ぐ迫ってきた。
避けきれない。
ヴェーガの機動力をもってしても、あの一撃はあまりにも「速すぎる」。
──なら。
「……押し、返す……っ!」
「なんとッッッ!?」
俺はツインビルドマグナムを最大出力で撃ち放って、飛んできたプラフスキー粒子の弾丸にかち合わせた。
逃げられないなら、迎え撃てばいい。
それに、状況と技量を組み合わせた逃げられない攻撃が飛んでくることなんて──申し訳ないけど、世界大会なら日常茶飯事だろう。
シュツルム・ガルスが放った「音越え」と、俺が撃ち放ったツインビルドマグナムの最大出力がぶつかり合って相殺する。
正直に言えば、めちゃくちゃ驚いた。
カトウさんはビームマグナムに匹敵する一撃を徒手空拳によって生み出したのだから。でも。
「ならば、我が二度目の『音越え』! 決して生身では放てぬこの技を、喰らうがいい!」
「だったら俺は、『音越え』を超える! 光に迫れ、ヴェーガ!」
カトウさんが二度目の『音越え』を放つ構えを見せた刹那、俺はツインビルドマグナムを投棄して、腰からビームサーベルを引き抜いた。
そして、スラスターを全開にして突撃する。
これで喰らえばそれまでだ、喰らうよりも早く、技が出るよりも早く。
「──喰らいつけ、ヴェーガ!」
「なんとッッッ!? この少年……『光』となったか……!」
果たして、俺の目論見は成功していた。
カトウさんが「音越え」を放つよりも僅かに先を制して、ビームサーベルをコックピットに突き立てていたのだから。
『Battle Ended!』
システム音声が戦いの終わりを告げる。
俺の、勝ちだった。
スタンドから響いてくる大歓声が懐かしく、心を落ち着かせる間もなく滾らせる。その中には、当然。
「きゃー! 流石わたしのレイくん! 大好きー!」
「やめなさいよ、大勢の人がいる前で……でも、よくやったよ、レイ!」
「我が弟ながらやるじゃあないか」
俺を応援してくれた人たちの声も混ざっている。
その声に、今回は応えられた。
それがただただ、嬉しくて。
「やるな、少年」
「カトウさん……」
「俺もまだまだ未熟だった。音を越えただけで喜んでいたのだから。次は……光をも越えて君にリベンジしよう。だから、その曇りなき眼で、前に進め。我が願いも託したぞ!」
「……はいっ!」
誰かに勝つということは、誰かを負かせることだ。
それでも、こうして、想いは受け継がれ、背中に積み重なっていく。
綺麗事かもしれないけど、これが──これこそが、ガンプラバトルの真髄であり、楽しさの一つなんだと、俺は心で理解していた。
復活ッッッ、イオリ・レイ復活ッッッ