『決まったー! 第三十回ガンプラバトル世界選手権予選、関東ブロック準々決勝の勝者は、青コーナー、イオリ・レイくんです!』
実況の叫びが、バトルシステムと共に俺の勝利を告げる。
今のところ、俺は概ね問題なく予選を勝ち進んでいた。
それでも、決勝まで進むのが全く安泰かと聞かれて首を縦に振るなら、それは嘘になる。
「二回戦も三回戦も、手強い相手だった……やっぱり、操縦の腕もだけどプラフスキー粒子に対する理解も進んでる。たった一年離れてるだけで、こんなにブランクを感じるなんて」
プラフスキー粒子は、ある程度までなら不可能を可能にする。
そもそも動かないはずのガンプラを動かせている時点で摩訶不思議な物質なのは確定しているようなものだ。
だけど、伝説の第七回世界選手権で名を馳せた「アーリージーニアス」こと、ニルス・ニールセン──今はヤジマ・ニルスだ──博士が研究を重ねた結果、ガンプラ分野における理解と成果の応用は凄まじいことになっていた。
「二回戦の相手はアシムレイト、三回戦の相手は元キットのクリアカラーを活かしつつ剛性を強化した粒子のフル活用型……はぁ、世界の壁は大きいな」
「お疲れ様! レイっ」
「うわ、冷たっ……!? って、カズサ!?」
一人で壁にもたれかかって溜息をついていると、突然首筋に冷たいものが当たる感触があった。
なんだと思って振り向いてみると、そこには子供の頃のようにイタズラっぽい笑顔を浮かべて、スポーツドリンクを俺の首筋に当てているカズサがいた。
子供じゃあるまいし、しょうもないことを。
「ふふん、驚いた? でも、いくらなんでも重く考えすぎだって。レイ、疲れてるでしょ?」
はいこれ、と、カズサはスポーツドリンクを差し出してきた。
「差し入れありがとう。考えすぎだっていうけど、考えておくに越したことはないよ。たった一年、離れてただけでこうなんだから」
「それでも準決勝まで進めてるんだから、そこは認めてあげてもいいんじゃない? あたしはあんまりファイターの才能ないから、アレだけどさ」
「そんなことないよ、ありがとう」
カズサは一対一の戦いは苦手としているけど、チーム戦ではまとめ役として、指揮官として戦場を俯瞰しながら戦う才能はある。
ただ、店を手伝ってもらってるからガンプラバトル部に所属する余裕がないだけで。
そこは、幼馴染としてありがたいけど、申し訳なくも思っていた。
「あはは……正面切って言われると、ちょっと照れるな……」
「でも、頑張らなきゃいけないのは事実だからさ。世界を目指すなら──」
「ほう、まだ世界を目指す気でいたのか、凡俗」
聞こえてきた声に、思わず目を見開く。
振り返れば、そこに立っていたのは身長百九十センチにも達しようかというぐらいの大柄な男だった。
おまけに金髪をツンツンに逆立てて、攻撃的な印象を振りまいている。
間違いない。
こいつは。
こいつは、俺が負けた、俺の──
「オウド・トモカズ……!」
「覇者たるオレの名をその身に刻んでいたか、小娘。そこの凡俗は震え上がって我が名を唱えることもできんようだがな」
オウド・トモカズ。
俺の心を一度へし折った相手にして、第二十八回ガンプラバトル世界選手権と、第二十九回ガンプラバトル世界選手権の優勝者だ。
未だ、三代目メイジン・カワグチしか達成していない殿堂入りの条件である、「世界選手権三連覇」に最も近い男でもある。
「貴様が戦いに戻ったと聞いてわざわざ足を運んでやったが……どうやらその価値はなかったようだな」
「……」
傲慢な言い草だ。
だけどそれは、事実だった。
目を見ればわかる。こいつは、オウドは、「強さ」の次元が違う。
「前回と前々回の優勝者だからって、いくらなんでも舐めた口ききすぎでしょ! レイは新しいガンプラも完成させてもう一度立ち上がった! あんただって、捻り潰してやるんだから!」
「クハハハハ! ほざくな、小娘! ならば、はっきり教えておいてやろう。無理だ」
「なんでそんなこと……!」
「見ていればわかる。プラフスキー粒子の応用などという小手先の技術に翻弄されているようでは、ファイターとしてあまりにも未熟。アシムレイトもクリアパーツの活用も、全ては通過点にすぎぬ。それに苦戦しているようでは、世界を目指すなど戯言よ」
オウドの言っていることは、めちゃくちゃだけど正しい。
本当に強いファイターは、粒子の応用やアシムレイトといった新しく生み出された技術を吸収し、活用することもする。
だけど、それを上から圧倒的な操縦技量で捻り潰すのだ。
その証拠に、殿堂入りを果たした三代目メイジン・カワグチの愛機となった「アメイジングストライクフリーダムガンダム」は粒子の応用こそしていても、クリアパーツの活用やアシムレイトといった技術は切り捨てている。
「なにも言い返せぬか、凡俗。貴様は恐らく準決勝には勝つことだろう。だが、決勝で覇者たるオレと戦ったとて、二年前の再現になるだけよ。ならば潔く棄権せよ、またガンプラから離れたくなければな」
オウドは、ただ思い上がりや傲慢な気質から上から目線の発言を繰り返しているわけじゃなかった。
こいつは明らかに「見て」いる。
全てを見た上で咀嚼して、自分の中で言語化することでそれを強さにつなげている、地味だけど一番努力と苦労が必要な道を進んでいる男なのだ。
──それでも。
「……俺は、きみに勝つためにここにきた」
「ほう? そのガンダム・ヴェーガという凡俗を絵に描いたようなガンプラで我がケーニヒリッターを打ち倒せると?」
「……今は、無理だ」
「クハハハハ! わかっておるではないか! だがこの第三十回ガンプラバトル世界選手権を手にして、覇者たるオレは殿堂入りと四代目メイジン・カワグチの名を襲名する! 貴様如き凡俗が戦う機会は、未来にはないぞ!」
そうだ。
今、この予選でこいつに勝たなければ、オウドを倒さなければ、リベンジの機会は恐らく一生やってこない。
だけど、準決勝と、その先にある決勝戦までは、まだ、少しだけど時間がある。
──だったら。
「わかってる! だから、この準決勝と決勝までの期間で俺は自分を鍛え上げてきみに勝つ! 俺にだって、負けられない理由があるんだ!」
「ほう! ほざくか! ならば許可する。王たるオレに示せ、貴様の理由とやらを!」
オウドは腕を組んで、高笑いを上げた。
今、こいつにはなにを言っても届かないだろう。
全ては、負け犬の遠吠えなのだから。
だとしても、俺は。
俺には、絶対に世界を目指さなければいけない理由ができたんだ。
バカにされたっていい、それを今、きみに聞かせてやる。
「俺は……ミカさんに推されているんだ!」
「……なにを言っている?」
「ミカさんは、ただの負け犬だった俺のことを推してくれた! ガンプラの楽しさを、ガンプラバトルの楽しさをもう一度教えてくれた! だから……彼女と世界大会でバトルするために、俺は絶対に負けない!」
止まっていた時計を動かしてくれた、いつも天使のようでいながら、ちょっと小悪魔なところもある女の子の笑顔を思い浮かべて、俺はオウドに向けて啖呵を切った。
「……理解できぬな。ふん、だがいいだろう。貴様にも矜持が蘇ったのならば、再び我が前に立ちはだかることを許可しよう。決勝にて待つぞ、その言葉が……嘘でないことを証明してみせよ、凡俗」
「ああ! 俺は絶対に負けてやらないからな!」
踵を返して去っていく、オウドの背中に向けて、俺は全力で吠えた。
今は惨めでみっともない遠吠えだとしても、この言葉を、この二週間できみの喉元に届く牙持つ咆哮に変えてみせる。
ミカさんだけじゃない。世界で待っているマシロちゃんや、俺を支えてくれているカズサに恥じない俺になるためにも。
絶対に、オウドにだけは負けられないんだ。
ライバルくん登場