ガンダムビルドファイターズ A/B   作:守次 奏

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オタジャーノンに花束を

 放課後、アクノくんに案内される形で辿り着いた模型部の部室は、異様な静けさに包まれていた。

 ドア越しに耳をそば立てても、聞こえてくる音がない。

 多分、コンプレッサーや換気扇の音が聞こえないように防音仕様になっているのだろう。

 

「なんか不気味だなあ……」

「その感想は間違っていないな、イオリ。俺もここまでは辿り着けたが、模型部の扉を潜れる人間はほんの僅からしい」

「どんな部活だよ……」

 

 秘密主義にも程があるだろ。

 もしくは作品作りをそこまで邪魔されたくないとか。

 どっちにしたって、難儀な部活だ。

 

「? ここまで来たなら、普通に声をかければ入れてくれるんじゃないかな? すみませーん、中等部三年A組のクレダ・ミカですけどぉ」

「クレダさん、模型部において、女子がそんなに声を張り上げるものではない!」

「?」

 

 アクノくんはミカさんがドアを叩きながら少し大きめな声を出したことを咎めた。

 だけど、そんなにまずいことなんだろうか。

 もしかしたら、お喋りの類は一切禁止とか、そういう厳格なルールが敷かれているんだろうか。

 

 でも、それならわざわざ「女子が」なんて枕詞をつけないか。

 一体どういう理屈なのか。

 謎が謎を呼ぶ部活すぎるよ、模型部。

 

「はぁーい♡ 女子の来訪なら大歓迎、模型部はいつでも貴女を待ってます──って、なんだ、男子も一緒かぁ」

 

 がらり、とドアが開いて、キャラメルマキアートの後味みたいな声が聞こえてきた。

 ドアを開けた後頭部の女子生徒は、俺の顔を見るなり、少しだけ残念そうな顔をした。

 なにか悪いことでもしたのかと思ったけど、そもそもこの人と俺は接点がない。

 

「あー、ごめんね? 気を悪くさせるつもりはないんだけど、うちって変わり者が多いからぁ、気軽に模型談義できる女子に飢えてるのよね♡」

「……そ、そうですか」

「目が泳いでるんですけど、レイ」

「そんなことないよ!」

 

 ジトッとした目で、カズサに睨まれた。

 でも、しょうがないだろ。

 このいかにも陽キャでカースト上位の一軍ギャル、みたいな人種と、人生で俺は一度も関わったことがないのだから。

 

「まあでもねー、せっかく来てくれたんだからお茶ぐらいは出してあげたいとこだけどぉ……バトル部のアクノくん、君がいるのはちょーっといただけないかな♡」

「承知していますよ、スズキ先輩。だが模型部に用があるのは俺ではなく、俺の友達だ。俺だけが帰れと言われたら、帰る準備はできています」

「わお♡ すっごい潔い覚悟♡ なるほどねぇ……見た感じ、ウチらに用があるのはそこの少年かな?」

 

 スズキと呼ばれた先輩は、目をすっ、とほそめて俺の視線を掴み取った。

 なんだか意味ありげな視線に、身体が本能的な逃走を選択したくなる。

 それでも、逃げちゃダメだ。絶対、模型部の部長に特訓してもらうために、俺はここにいるんだから。

 

「はい。俺……イオリ・レイっていいます! スズキ先輩! 模型部の部長さんと、会わせてください!」

「レイダ、でいいよ♡ でも、んーん……そっかぁ、部長に用事かぁ……そうなると、こっちもすんなり通すわけにはいかなくなってきちゃうのよねぇ」

 

 スズキ先輩改め、レイダ先輩は少し複雑そうな表情を浮かべて、手に持っていたフラペチーノを啜った。

 今まではレイダ先輩のインパクトに全てを持って行かれて印象に残ってなかったけど、開け放たれた扉から聞こえてくる声は朗らかなものだ。

 皆、気軽に雑談をしながら模型を作っていたりする、ゆるい雰囲気の部活なのだろう。

 

 それなのに、どうしてここまで徹底した秘密主義を貫くんだろうか。

 部長が気難しい人らしいから仕方ないのかもしれないけど、それにしたって異常すぎる。

 でも、それは今は後回しでもいい。とにかく、部長に会わせてもらわなければ全ては始まらないのだから。

 

「レイダせんぱぁーい、誰とそんな立ち話してるんですかぁ? ココも混ぜてくださいよぉ♡」

 

 氷砂糖で漬け込まれた瓶の底みたいな匂いがした。

 今度は中等部の後輩と思しき、ミカさんよりも若干色の濃い桜色の髪をツインテールにまとめた女子が、レイダ先輩の肩に細い顎を乗せて、言った。

 なんだろう、模型部って思ったよりも陽キャ女子の巣窟だったりするんだろうか?

 

「あー……盛り上がってるとこ申し訳ないんですけど、レイダ先輩。なんで部長に会えないかだけ教えてくれます?」

「ココのことガン無視!? ひどくないです!?」

「無視してるとかじゃなくて、このままじゃ埒が開かないからだけど……」

 

 カズサの正論パンチに、ココと名乗っていた後輩はぎゃふん、とひっくり返った。

 そうだ、カズサがいてくれてよかった。

 こういうときにカズサの俯瞰力は頼りになるのだから。

 

「ごめんねー、ココちゃんもよしよし、悪い子じゃないのよ。じゃあ手短に答えだけ言うと……ウチら、ミーハーはお断りなの」

「ミーハー?」

「そうですそうです! ほらぁ、ココたちってめっちゃ顔とスタイルがいいじゃないですかぁ」

「いや自己肯定感高……事実だけど……」

「そういうわけでぇ、出会い目的で入部しようとしてくる不埒な男子をシャットアウトしよう! っていうのが先代から続く部長の方針なの♡ どうしてもここを通りたいなら──」

 

 レイダ先輩はちらり、と部室の隅に置かれていたものに視線を移す。

 そこにあったのは、ガンプラバトルシミュレータだった。

 バトルシミュレータがガンプラバトル部だけじゃなく、模型部にもあるなんて話は聞いてなかったけど、それなら話が早い。

 

「むぅ、レイくんはわたし一筋だから浮気なんかしたりしないもん! そうだよね、レイくん!」

「ああうん、えっと……まだ俺たち、付き合ってるわけじゃ」

「漫才はいいから、さっさとバトルの準備しなさいよ、レイ!」

 

 頬を膨らませて詰め寄ってくるミカさんに、なぜか機嫌が悪そうなカズサに挟まれた俺の胃は、キリキリと悲鳴を上げていた。

 俺はただ、模型部の部長に会いに来ただけだというのに、どうしてこんな目に。

 そうこうしている間にも、模型部員たちが、バトルシミュレータを入り口付近に移動させていて、退路は完全に塞がれていた。

 

 でも、上等だ。

 ここで負ければ、どの道、世界では通用しない。

 部長があのオウドに匹敵する存在なのだとしたら、最初の関門くらいは無傷で切り抜けてみせないと、示しがつかない。

 

「編成はどうする? 俺たちは四人、見たところそちらは二人しかいないようだが……」

「もちろんルールは3on3のチーム戦でぇす♡ じゃあー♡ アクノ先輩にはココたちのジャッジをお願いしてもいいですかぁー?」

 

 あざとい上目遣いでアクノくんを見上げて、ココちゃんはその体にしなだれかかる。

 ダメだ、アクノくん。

 乗るな、それは罠だ、こっちの戦力を確実に一枚削ごうっていう見え透いたハニートラップだ。

 

「……イオリ」

「……あ、アクノくん」

「すまんが俺は……力になれなさそうだ……」

「やったぁ♡ アクノ先輩、尊敬しますぅ♡」

「こうなると思ってたよちくしょう!」

「大丈夫! わたしがついてるから、レイくんは絶対に負けないよ!」

「あー、あたしがバトルする流れかー……早々に死んだらごめんね、レイ」

 

 結局、こっちのチーム編成は俺とミカさんとカズサの三人になった。

 でも、相手の方はどうなるんだろう。

 まさか、ハンデとして一枚落ちの状態で戦うとか、そんなことはしないだろうし。

 

「ねぇー、かすみん、手ぇ空いてるぅー?」

「……空いていますよ、バトルですね」

「さっすがぁ! 今度なんか奢るね♡」

「……いえ……私も静かな時間を邪魔されたくはないので……」

 

 どうやら、もう一人、関門になるレベルの実力を持った人はいたようだ。

 かすみん、と呼ばれた先輩は長い前髪の下で青い目を光らせ、ゆらりと立ち上がった。

 これで、役者は揃ったというわけだ。

 

「それじゃあー、始めよっか♡ 部長に会えるかどうかを賭けた──本気のガンプラバトルってやつを」

 

 レイダ先輩の言葉と共に、バトルシステムからプラフスキー粒子の蒼い光が瞬いた。




花束(ハニートラップ、美人局)
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