「レイくん、ヴェーガの損傷は大丈夫なの?」
戦いのあと、バトル台から回収した本体とバックパックに視線を落として、ミカさんが問いかけてきた。
「ああうん、ダメージレベルがBだったからこのくらいならなんとかなる範疇かな。できれば模型部の設備を貸してくれるとありがたいんだけど……」
「……それなら、お安いご用です。皆……好きに模型制作に取り組んでいますので……」
「かすみん先輩」
未だ本名が謎のかすみん先輩はそれだけ告げると、自席に戻ってシャーマン戦車のスケールモデルにウェザリング塗装をし始めた。
いい人、なんだろうなあ。
よく見れば、模型部の部員たちは全員目がギラギラと光っている。
パーツ一つのエッジ出しや平面出し、そして表面処理の一つ一つにまで手を抜かない、といった目をしている。
中にはお喋りに興じている生徒たちもいたけど、その内容は全て模型が中心だった。
ここは、ガンプラバトル部とはまた違うベクトルで「模型」と向き合う場所なんだろうな。
「クリアパーツに傷がついてるけど、これぐらいならコンパウンドで……カズサも、パワードジムを修理しなくて大丈夫?」
「あたしは急ぎじゃないから、家に帰ってからでも大丈夫。レイは一刻を争うんでしょ? 手伝うから貸して」
「あっ! カズサちゃん、ずるーい! わたしもレイくんのお手伝いするもん!」
「はは……ありがとう、二人とも。それじゃあミカさんには塗装が剥がれたところのリタッチを頼もうかな。白の調合比率は──」
ミカさんには俺がこだわっている「金属感のある白」のレシピを教えて、リペアを手伝ってもらう。
カズサと俺は、模型部の備品からクロスとコンパウンドを頂戴して、バックパックから分解したフェザーエクステンションを磨いていく。
この分なら、十五分前後といったところだろうか。
「うむ。流石だな、イオリ。世界大会からはダメージレベルがAに跳ね上がり、インターバルも短くなる。損傷に対しての適切かつ迅速な修理技術もまた、ガンプラバトルには必須の技術だ」
「ありがとう、アクノくん。ダメージレベルがBだったからこれぐらいで済んだけど……もしAだったら、今日は家に帰ってたところだよ」
世界大会を見据えて、ヴェーガはある程度分解が効く構造にしてある。
強度や完成度を高めるために接着剤を使う、というのも一つの選択肢ではあるけれど、アクノくんが言った通り、世界レベルではリペア速度も求められる。
三代目メイジン・カワグチやカルロス・カイザー、そして父さんことイオリ・セイのような化け物ビルダーでもなければ、フルスクラッチレベルのガンプラを使うのはリスクが高い──それが今の共通認識だった。
「はい、レイくん。全部言われた通りの比率で優しくリタッチしたからねっ」
「ありがとう、ミカさん。それに、カズサも」
「とりあえずは模型部の部長と戦ってからでしょ、気を引き締めなさいよ」
「はは……敵わないな、カズサには」
ミカさんからは塗装が剥がれていたのをリタッチし終えたパーツを、カズサからは磨きが終わったクリアパーツを受け取って、俺はガンダム・ヴェーガに組み込んだ。
「これでよし、と……それじゃあ改めて、ココちゃん。部長のとこまで案内してくれるかな?」
「はぁーい♡ でもぉ、ココから一つだけお願いがあるんですけどぉ……」
「聞ける範囲でよければ聞くよ、どんなお願い?」
「えっとぉ……部長のどんな姿を見ても、幻滅しないでくださいね……?」
俺たちの傍で「リリス」をリペアしつつ、わざわざ待機してくれていたココちゃんは、困ったような笑顔を浮かべた。
幻滅するもなにも、実像を見たことがないからどうもこうもないと思うんだけど、それぐらいなにかしらヤバい人なんだろうか。
気難しいのは聞いてたけど、難儀な人だ。
「部長ー、魔剤府天満宮に埋もれてないで起きてくださぁーい! もー、せっかく顔面偏差値バリ高なのに、もったいないですってばぁー!」
先に、少しだけ離れた窓際に置かれた席に向かったココちゃんが少しだけ声のボリュームを上げた。
彼女が言った通り、部長さんの机には見事な魔剤府天満宮──大量のエナドリの空き缶を積み上げた現代アートが出来上がっていた。
模型部の制作の一環かと思ってスルーしてたけど、あれはもしかして天然で形成されたやつなのだろうか。
「う゛、うぅ……なんで今日あの子は休みなのよ……四徹明けと合わさって頭がおかしくなりそう……う゛ぅ、ママ……せんぱい……サクラちゃん……」
凛と透き通った、サイダーを思わせる声が微かに聞こえてくる。
エナドリの缶を大量に積み上げた机から蠢くように身悶えして這い上がった模型部の部長さんは、重たげな瞼を擦ってそんなことを宣った。
なんだか譫言のようで、見てるこっちもハラハラするなあ。いくらなんでも四徹明けって。
「部長ー、さーちゃん先輩は風邪引いて休んでますよぅ、現実を直視してくださぁい」
「イヤッイヤッ、イヤーッ! うぅ、私を包んでくれる母性のない人生なんて……サクラちゃんは私のママになってくれるかもしれない女子なのよ……!」
なんか小さくて可愛いやつみたいな叫び声を上げて、部長さんはこの世の終わりみたいなことを宣い続ける。
……この人、なんだか赤い彗星みたいなカテゴリに入れてもよさそうな気がしてきた。
確かにココちゃんが「幻滅しないでほしい」と前置きするだけのことはある……と、じとっと濁った目で、部長さんの机の後ろにある作品棚へと視線を逸らした瞬間だった。
そこに燦然と輝いていたのは、恐らく歴代の模型部が打ち立ててきたレガシーだ。
その中でも、一際光を放つものがあった。
第二十七回世界ガンプラバトル選手権優勝──ヨノモリ・レイ。
恐らくは部長の名が刻まれた、世界を手にしたトロフィーだった。
なるほど、アクノくんがオウドに匹敵する逸材と言ったのも頷ける。
なぜなら、この人は──ヨノモリ部長は、俺の推測が正しければ、一度、オウドを討ち倒しているからだ。
「ワガママ言わないでくださいよぅ、部長! お客さんが来てるんですよ!」
「それなら、いつも通り貴女たちがあしらえばいいじゃない……」
「ココたちがあしらわれたからお客さんが来てるんですってばぁ!」
「イヤッイヤッ、イヤーッ! 私は四徹フルスクラッチで精神が限界なのよ、そんな状態で対人コミュニケーションまでやれとかどんな拷問よ!?」
「……えっと、ヨノモリ部長」
このままじゃ埒が明かないと判断して、俺はイヤイヤ期と化しているヨノモリ部長に声をかけた。
「……こほん。なにかしら」
「その……俺と、ガンプラバトルをしてほしいんです。あっ、俺はイオリ・レイっていって……」
「知ってるわ、イオリ・セイさんの息子さんでしょう? それで、ガンプラバトルね……まあいいわ、さっき作ってたガンプラがあるから、それでよければ戦うわ」
さっきまでなんか小さくて可愛いやつと化していたのが信じられないぐらいキリッとした態度で、ヨノモリ部長は俺の提案に応じてくれた。
隈が濃く浮かんでいる空色の瞳は、恐ろしいほどに凪いでいる。
多分、俺なんか眼中にもない──用事の範疇にも入らないといったところだろうか。
流石は、元世界王者だ。
それでも。
「乗り気じゃないみたいですね。だったら、その気にさせてみせますよ」
「言ったわね。今の私は少し機嫌が悪いの。手加減なら……してあげられないわよ」
視線を交わしたことで、戦いの合意は成立した。
俺とヨノモリ部長は再び部室の入り口側に置かれたバトルシステムに向けて歩き出す。
急造のガンプラが相手とはいえ、世界を手にしたその実力、オウドを下したその力を、見せてもらおうじゃないか。
部長、現る