セイカと特訓してわかった俺の課題は三つだ。
一つ目は、ヴェーガの超高速機動の癖を完全に把握した上で制御し切ること。
二つ目は、出し惜しみをしないこと。
三つ目は、負けたときのための言い訳を作らないことだ。
一つ目は技術の問題だから、単純に試行回数がものをいう領域だ。
ヨノモリ部長へのリベンジマッチの日程は、決勝戦前日を予定しているから、まだある程度特訓する日程には余裕があった。
それまでに、セイカとの特訓で必ずヴェーガの手綱を完全に握ってみせよう。
「二つ目と三つ目は……心の問題だよなあ」
出し惜しみをするな、というのと負けたときの言い訳を作るな、というのはセイカから突きつけられた俺の課題だった。
違いはあれど、根幹的にはどっちも同じことだ。
俺は、恐れている。
またあの日みたいに、全力を──切れる手札の全部を切って、オウドにそれでも及ばないことを。
だから、最悪世界大会本戦まで温存しておくつもりだった「アレ」を切ってでも、ヨノモリ部長に勝たなければいけない。
それこそ、負けてもなに一つ言い訳をしないように、自ら退路を断って、背水の陣で臨まなければ、ヨノモリ部長にも、その先に待っているオウドにも、勝つことはできないのだから。
もちろん、切らなくて済むなら、切り札を温存しておくのは間違いじゃない。
だから、次善の策として俺は、ヴェーガに装備する新しい武装を製作していた。
簡単かつ強固な構造である二つの武器のミキシングによって作り出した、ガンプラの身の丈ほどもある大剣、「ギガンティックバスターソード」を。
「これでよし、あとはセイカとのスパーリングでこの剣がどこまで通用するかを……いや、付け焼き刃じゃなくするまで鍛え上げるんだ」
俺がギガンティックバスターソードを作ったのは、言い訳を作る「逃げ」のためじゃない。
あくまでも──悔しいけど、認めざるを得ない、「ヨノモリ部長やオウドへの勝算は低い」という事実と向き合ってのことだ。
より正確にいうなら、「長期戦になればなるほど俺とヨノモリ部長、そしてオウドとの実力差は浮き彫りになってくるだろう」という予測に基づくものでもある。
だから、狙うのであれば短期決戦。
可能であれば十分以内に、決着をつける。
そのための切り札がヴェーガには内蔵されていて、それを補強するために作ったのが、ギガンティックバスターソードだった。
「レイ。根を詰めるのもいいけれど、そろそろお風呂が沸く頃だよ。言っておくけど、風呂キャン界隈に入るのは姉として許さないからね」
工作スペースの扉越しに、姉さんの声が聞こえた。
誰が風呂キャン勢だ。
武器だから塗装はシンプルでトップコートも終わったし、ちょうど入ろうと思っていたところだったんだよ。
「わかってるって! それよりセイカは?」
「セイカちゃんなら、レイの部屋でゴロゴロしてるんじゃないかな? 私はあの子にもお風呂に入るよう伝えてくるよ」
「うん、お願いするよ。姉さん」
別にセイカが不潔だとかそういう意味じゃない。
ただ単に、日本人という生き物は毎日風呂なりシャワーを浴びていないと落ち着かない……というか周りの目が気になる生き物なのだ。
誰だって当たり前のことを欠かして批判に晒されたくないだろう。
それに、なにより風呂に入ると考えがさっぱりする。
瞑想にも似た機会をキャンセルするメリットは、どこにもないのだ。
あらかじめ工作スペースに持ち込んでいた着替え一式を持って、俺は浴室へと向かった。
「風呂はいいよね、リリンの生み出した文化的な云々……」
ぶつぶつとしょうもない独り言を呟きながら、シャツを脱いだそのときだった。
「おう、陛下の相棒の息子ー、邪魔するぜ」
「セイカ!」
「湯浴みの時間なんだろ? サヤエンドウの姐さんに言われた。だったらさっさと浴びちまおうぜ」
「そうだね、サヤエンドウじゃなくてサヤコだけど」
こいつは本当に人の名前を覚える気があるんだろうか。
近衛騎士だとか陛下だとか、よくわからないことも言ってるし。
ブラジルはいつから君主制の国になったんだろうか。
その割には、謎の言葉たちについて聞いても適当にお茶を濁されて終わる。
だから、謎は深まるばかりだ。
現実的な線は中二病だから、気にしないのが一番なんだろうけどさ。
「そんじゃあさっさと浴びちまうぞ。陛下も言ってたけど日本人ってのは贅沢なんだな。毎日あったけー湯を浴びられるんだから」
「ブラジルでは違うの?」
「ブラジル……あー、どうだったかな。覚えてねえや。ま、俺のいたとこじゃ珍しい方だってことだ……よっと!」
言うなり、セイカは勢いよくシャツと上着をセットで脱ぎ放った。
多分このとき、俺は宇宙を背景にした猫のような顔をしていたと思う。
だって、いや、その、違うんだ。あまりにも、理解を超えていたから。
全くないに等しいけど、微かに膨らみ、つん、ととんがって上を向いている桜色の乳首は、間違いなく女性のものだった。
なにを言っているのかわからないと思うけど、俺もなにが起きているのかわからなかった。
続いて、セイカがジーンズとボクサーパンツを脱ぎ捨てたことで露わになった下腹部には、男であればついているのが当たり前のモノがついていない。
「な、な、なななななっ……」
「ん? どうしたよ、陛下の相棒の息子」
「どうしたもこうしたもないよ! セイカ! きみ、女の子だったの!?」
「ん? ああ。言ってなかったか?」
「聞いてないよ!」
「怒鳴んなようっせーな、俺も聞かれてねーよ」
そのハスキーな声と、中性的な外見と体つきから、喋り方で完全に判断してしまっていた。
いや、違うんだ。これは事故なんだ。
例えるならジェットストリームアタックの最中に突っ込んでブリッジを粉砕されたミデア輸送機みたいなものなんだ。
「じゃ、じゃあ先に浴びてきてよセイカ! その間俺はヴェーガの調整してるから……」
「なんだ? 急にしおらしくなりやがって。ははーん、わかった。お前も男だってことだな。俺で一発ヤっとくか? 自信はあるぜ」
「女の子が、冗談でもそういうことを言うもんじゃないよ! とにかく俺は一度部屋に戻らせてもらうから!」
女の子の全裸を見てしまったのは、サヤコ姉さんと風呂に入っていた子供の頃以来だ。
同年代の女性に限っていえば、セイカが初めてということになる。
……初めてがこんな場当たり的正面衝突事故のようなものでいいのか、我ながら悲しくなってくるけど。
「変なやつだな、騎士に男も女も関係ねーってのに」
去り行く俺の背中にかけられた一言も、理解を超越していた。
百歩譲って騎士には男女の区別がない職業だとしても、だ。
倫理というものがあるだろう。倫理が。
†
明くる土曜日。
と、いう話を包み隠さず俺はミカさんとカズサに打ち明けた上で地面に頭を擦り付けて土下座していた。
ヨノモリ部長へのリベンジマッチ当日だったけど、どうしても謝らずにはいられなかったのだ。
「本当にごめんなさい、俺はどうしようもない人間です、エッチマンの誹りも甘んじて受け入れます」
「裸見られた程度で別に減るもんじゃねーだろ、なんで土下座してんだお前?」
ついてきたセイカは本気で理解できない、といった風に小首を傾げていた。
だけどその反応が一般的ではないということは、顔を真っ赤にしているカズサを見ればわかる。
ミカさんに至っては、頬を膨らませてぷるぷると小刻みに震えていた。
「……レイに変な友達ができたってサヤコさんから聞いたときは耳を疑ったけど、本当みたいだね」
「変とはなんだ変とは、俺はアーリナ・フォン・セイカ・ライザー。由緒正しい王国の近衛騎士だよ」
「あー……近衛騎士でもなんでもいいけど……女の子が男の子に裸を見られるのは、この国じゃ異常事態なんだよね……」
呆れた様子で、カズサは肩を落とした。
「よくわかんねーやつらだな、日本人ってのは。それよりお前の顔、どっかで見たことあるんだが……ああ! そうだ! 前に王女殿下が見たって言ってたすーぱーふみな? に似てんだ!」
「唐突に人のお母さんのガチ黒歴史掘り返すのもやめて?」
「そんなわけでよろしくな、すーぱー娘。陛下の相棒の息子とはここ数日で何百戦もやったから、きっと見違えてるはずだぜ」
「レイ、どうしよう。この子人の話聞いてない」
それはそう。
地面に頭を擦り付けたまま、俺は心の底で何度も何度も、ヘッドバンギングのように頷いていた。
セイカは話を聞かないんだ。
「むぅ……むぅぅぅぅ! レイくんの初めての女の子になるのはわたしだったのに! ずるい!」
長らく押し黙っていたミカさんが口を開いたかと思いきや、その内容は予想の遥か斜め上をいくものだった。
ずるいとか、そういう問題じゃないのでは?
ただ、口を聞く権利が今のところ俺には存在していないので黙っておくけど。
「なんだよ肉まん三個分みてーな乳しやがって、湯浴みするのにずるいもなにもねえだろ肉まん女」
「肉まん……っ!? 違うよ! わたしが怒ってるのはレイくんにあなたが裸を見せたところ!」
「別にいいだろ、減るもんじゃないし……お前の乳見てたら腹減ってきたわ、そこのコンビニで肉まん買ってくる」
「セクハラ!」
……セイカが女の子で本当によかった。
男だったら、社会的に抹殺されていてもおかしくないレベルでデリカシーがない。
顔を真っ赤にしたミカさんは、土下座を続けたまま時折ちらりと様子を伺っていた俺の元にしずしずと歩み寄ってきた。怖い。
「わたしはね、レイくんのことならなんだって許せちゃうし許しちゃうと思ってたの」
「はい」
「でもね、今回のはね、ちょーっと一線超えちゃってるじゃんね? だから、レイくん。顔上げて」
「……はい」
俺は笑顔のミカさんに従う形で顔を上げた。
そのニコニコした顔が今は修羅の形相に見えて仕方ないんですが。
と、言ったら言ったで余計な怒りを買うから、黙っておくけどさ。
「ちゅーっ……! んむっ、れるっ……」
「!?!?!?!?」
突如として唇が塞がれたと思ったら、舌でこじ開けられた。
俺は、なにをしたんだ。
いや、なにをされたんだ。
「……っぷはっ、これで上書きできたかな? できてないよね。罰としてレイくんには今度わたしと一緒にお風呂に入ってもらいます」
「……その、セイカとは一緒に風呂には入ってなくて」
「大丈夫。ちゃんと、その……水着、着るから……ダメ、かな?」
「……」
「……」
俺とミカさんはただ顔を赤くして黙り込むしかなかった。
なにを言っても恥ずかしくなるからだ。
ここで頷かなかったらお前は男としてどうかと思う、とこの場にアクノくんがいたら言ってたんだろうけどさ。
「言ってて恥ずかしくなるぐらいならやめんか! こっちまで恥ずかしくなってくるから!」
ばしーん、とカズサに頭を叩かれたことで、大分正気に戻ることができた。
ありがたい。
ミカさんはまだ耳まで赤くして身悶えしているけど、そのうち治るだろう。
「おーっす、肉まん買ってきたわ。それじゃあアケモリってやつにお礼参りといこうぜ、レイ!」
「あ、ああ! そのためにわざわざヨノモリ先輩には土曜日空けてもらったんだから!」
こういうとき、セイカの空気の読めなさは逆に役立った。
話題を強引に転換して肉まんを頬張るセイカに心の中で礼を言う。
でも、よく考えたらこいつが全ての元凶なんだよな。
複雑な気持ちを胸の内側に抱えつつも、俺たちは聖鳳学園に向けて歩き出した。
こいつらラブコメしたんだ!