「ほう、逃げずに覇者たるオレに立ち向かう選択をしたか。その挑戦は受けて立とう。賞賛に値するぞ、凡俗」
翌日、第三十回世界ガンプラバトル選手権の予選会場。
入場前に鉢合わせたオウドは、高そうな店のコーヒーを煽りながら、上から目線でそんな言葉を投げかけてきた。
相変わらずといえば相変わらずだ。だけど、もう俺は恐れないし惑わない。
「ああ。俺は……きみを倒すためにここにきた」
「フン……気に入らんな、その自信に満ちた瞳。まるで二年前に貴様と戦ったときを思い出す。もっとも、二年前はすぐに失望に変わったがな」
「そうだね、二年前の俺は確かにただの自信過剰なやつだった。でも」
「なるほど……だがその先はバトルで語れ、凡俗。口だけの言葉など、覇者たるオレは聞き飽きているのでな」
そう吐き捨てて、オウドはぐいっと煽ったコーヒーの紙カップを、持参していたゴミ袋に入れて口を縛る。
物言いは偉そうなのに、マナーとかはしっかりしてるんだよな、こいつ。
二年前もペットボトルのゴミ箱に空き缶を入れようとした参加者を咎めてたし。
覇者っていうのは、案外庶民派なのかもしれない。
「むぅ……ちゃんと紙カップ持ち帰ってる……でもでも! 勝つのはわたしのレイくんだからね! そこ覚えとくじゃんね!」
「ミカさん、気持ちはありがたいけど、それフラグだから……」
怒り心頭といった様子で去っていくオウドの背中に捨て台詞を投げつけたミカさんを宥めつつ、俺は苦笑した。
ミカさんが俺を推してくれてるからだっていうのはわかるけど、そういう言葉は敗北につながりかねないんだよな。
運気やジンクスの類だっていうのもわかっている。
でも、今回の戦いはそういう当てにならないものだってフル活用して戦わないと、とてもじゃないけど勝利をもぎ取れそうにないのだ。
「でも、レイ……あたしだって信じてるよ」
「カズサ……」
「サヤコさんも、セイカちゃんも。ううん、ここまでレイに関わってきた皆が信じてる。ここ一番の大番狂わせを。だから、行ってこい!」
「──ああ!」
そうだ。
俺には背負わなければいけないものがある。
それは決して、オウドが背負ってきたものと比べて見劣りするものじゃないはずだ。
「ちょっと待って、レイくん!」
「ミカさん?」
「ちゅっ」
ミカさんはバトルフィールドに赴こうとした俺を呼び止めて、頬にそっと口づけを落とした。
彼女のあたたかくて、柔らかい唇の感触が、頬を伝って心臓に落ちていくようだった。
多分、ミカさんにとってこれはスキンシップの類だということはわかってきた。だとしても──勝利の女神にキスをされて、奮い立たない男はいない。
「えへ。いってらっしゃい、レイくん!」
「ありがとう、ミカさん! きみに勝利を持って帰るよ!」
「えっ? そ、それって……も、もしかして、こ、こく、告は……」
「行ってくる!」
踵を返して、俺はアリーナの扉を勢いよく開け放った。
そこには既に、バトルスタンバイ状態で稼働しているガンプラバトルシミュレータと、赤コーナーに立っているオウドの姿があった。
腕を組んで、金色のジャケットを肩にかけている姿からは、相変わらず全てを下に見るような威圧感が漂っている。
だけど、負けるものか。
『それでは、第三十回世界ガンプラバトル選手権、関東ブロックの予選決勝戦を開始いたします! 選手向顔!』
アナウンサーの言葉に従って、俺とオウドは一歩前に踏み出た。
バトルシミュレータにGPベースをセット。
必然として、心臓がばくばくと高鳴っていく。
『赤コーナー、オウド・トモカズ選手!』
アナウンサーがオウドの名前を呼んだその瞬間に、まるで王の帰還を待ち侘びていた臣民のように、彼のファンがわあっと鬨の声を上げた。
その性格のせいで好き嫌いは真っ二つに分かれているものの、それでも覇者たらんと振る舞っているオウドの姿に心惹かれる人間もいるのだろう。
中にはもう「ここが終われば三連覇だ」なんて声をあげているファンもいた。いくらなんでも気が早すぎるよ、それは。
「静まれ、臣民ども! 覇者たるこのオレに応援の言葉など不要! 勝利は──覇者たるこのオレにとって、全て必然なのだ!」
『うおおおおお!!!!』
『オウド様、万歳!』
『我ら臣民、いつまでもその覇道にお供しますとも!!!!』
オウドが直接制止しても尚、歓声はやまない。
これが覇者か。これが、王者か。
ヨノモリ先輩とはまた違ったタイプの緊張が、脊髄を伝って脳にビリビリと突き刺さってくるのを感じた。
『青コーナー、イオリ・レイ選手!』
対して、俺に浴びせられる歓声は少なかった。
観客の九割は、既にオウドが勝つと決め込んでいるからだろう。
無理もない話だ。世界大会二連覇の絶対王者と、ぽっと出の俺じゃあ、かけられる期待も、その重みも全然違ってくる。
──それでも。
『きゃー! キリッとした顔のレイくんも格好いいー! 絶対に勝ってね、わたしのレイくん!』
『その痛うちわいつ作ったの……? まあいいけど、気合い入れていきなさいよ、レイ!』
『ふふふ、勝つさ、我が弟は! いけ、レイ! オウドをここで倒して就職難民にしてしまえ!』
『私怨じゃねーか、それ。ま、勝つだろ、俺が鍛えてやったんだし、なによりあいつは陛下の相棒の息子なんだからよ』
俺にも、確かに応援してくれる人がいる。
たとえ少なくたって、オウドに向けられた大歓声の中では逆風だって、そんなのは関係ない。
俺は、俺が背負っているもののために、その応援に応えるためだけに、全力で戦うから。
『Beginning Plavsky Particle Dispenser』
『Field Name:Space』
『Battle Damage Level Set to "B"』
『Please, Set Your GUNPLA』
『Are you ready?』
言われなくたって、準備はとっくにできてるさ。
バトルシステムの案内に従って、俺は腰のガンプラホルダーから取り出したガンダム・ヴェーガをGPベースにセットした。
立ち向かう相手の、オウドのガンプラは二年前と変わらない、トーリスリッターをベースに、ホワイトライダーをミキシングしてオリジナルの回転槍を持たせた金色のガンプラだ。
「イオリ・レイ! ガンダム・ヴェーガ!」
「オウド・トモカズ! ケーニヒリッター!」
『行きます!』
お決まりの口上を唱えて、俺たちはガンプラをカタパルトから発進させた。
戦いのフィールドは、宇宙。
ただし、ヨノモリ先輩と戦った暗礁宙域ではなく、「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」で、決戦の舞台になった宇宙要塞、メサイア周辺を模したものだ。
「さて……どこまでできるようになったかを見せてみよ、凡俗!」
「──来る!」
オウドのケーニヒリッターが持っている回転槍には二つの形態がある。
一つは、実体刃のドリルランス。
二年前はこの形態を突破することで精一杯だったのを、悔しいけどよく覚えている。
そして、あいつが本気を出したとき、槍の先端は強烈な回転と共に撃ち出される──
「ドリルダインスレイヴだ。凡俗たる貴様にも虫けら程度の勇気があると認めてやった、覇者からの餞別──受け取るがいい!」
そう、ドリル状に回転を加えられた上で撃ち出されるダインスレイヴ。
あれを避け切ることも受け切ることもできずに、二年前の戦いで、俺とガンダム・ソロモンは敗れたのだ。
だけど、今の俺とヴェーガなら。
「フェザーエクステンション、粒子共鳴! プラフスキー粒子充填率百パーセント! いくぞ、ヴェーガ!」
ウイングスラスターから光の翼を展開して、今の段階で出せる最大戦速でドリルダインスレイヴが着弾するよりも早く、機体を急上昇させた。
さっきまで俺がいたところを、射出された槍の先端が猛烈な速度で通り抜けていく。
紙一重のところだった。相変わらず油断も隙もないやつだと、心の中で小さく舌打ちする。
「ほう! プラフスキー粒子を扱えるようになったか! クハハハハ! だが、覇者たるオレの前では小細工にすぎないことを教えてやろう、凡俗!」
「それはどうかな! ドリルランスを早々に切り捨てたのは失策だよ、オウド!」
「ほざけ! ならば我が『王笏』から放たれるメガ粒子砲の一撃に焼かれて消えるがいい、凡俗!」
その言葉と攻撃を待っていた。
やつの「王笏」と名付けられた武装は、実体槍とダインスレイヴ、そしてメガ粒子砲とビームランスの二つの顔を併せ持つ武装だ。
換装は一方通行という弱点はあれど、放たれるドリルダインスレイヴが強力すぎるから、ビームランス形態のことはほとんどのファイターが知らない。
それでも、「ビーム」というだけで、ヴェーガには必ず有利に働く。
これはヴェーガがアブソーブシステムを搭載しているからこそ、確信を持って言えることだった。
飛来した閃光は、機体を呑み込んで余りあるほど大きなものだったけれど。
「アブソーブクリスタルシールド、展開! プラフスキー粒子充填率……百二十パーセント!」
「クハハハハ! なるほど、愉快だ! 父の技を受け継いだということか!」
「違う! これは……俺が考えて組み込んだ、俺なりのアブソーブシステムだ! それを今から見せてやる! プラフスキーパワーゲート、ディスチャージ!」
手足のラジエーターフィンを展開する。
そして、ガンプラから発生した星形のエフェクトを潜り抜けて、プラフスキー粒子を纏ったヴェーガは、目にも止まらぬ速度で加速していく。
セイカと何百戦もやって、ようやく制御できるようになった速度だ。
「ふむ……速いな」
「一撃で片をつける! ギガンティックバスターソードで!」
「ほざけ凡俗!」
リアアーマーを外してマウントしていたギガンティックバスターソードの封印を解いて、俺は全力でオウドに一撃を叩き込むべく斬り込んだ。
でも、それすらも想定の範疇だったというように、「王笏」からビームランスを展開したオウドは、押されながらも渾身の一撃を容易く受け止めた。
強い。ヨノモリ先輩がもし、急造じゃないガンプラで戦っていたなら、あの戦いの結末は百八十度変わっていただろうと、そう思わせる強さがあった。
「クハハハハ! 多少はできるようになったな! それでこそだ! 覇者たるオレの期待を……裏切るなよ、凡俗!」
「舐めるなぁッ!」
すぐに切り返して、ディスチャージが持続している間にもう一撃を叩き込む。
完全に死角をとって、反応速度を超えた一撃を叩き込むことで勝利を強引にもぎ取る──それが、俺の立てた戦略だった。
しかし、それも素人の浅知恵だとばかりに、オウドは「王笏」でギガンティックバスターソードの一撃を打ち返していく。
「どうした凡俗! 先ほどまでの威勢がないぞ!」
「くっ……特殊なシステムもなにも使ってないのにこのパワー……! 流石は世界王者……!」
「クハハハハ! 特殊な力に頼るなど、所詮は実力で上に立てぬ者が最後に縋りつく手段にすぎん! 凡俗、貴様が覇者たるオレに再戦するのなら、必ずこの手を使ってくると読んでいたぞ!」
「なにを!」
「ならば、証拠を見せてやろう! 唸れ、『王笏』! 我が敵を穿ち、貫け!」
ケーニヒリッターが構えている「王笏」の基部が回転し、展開しているビーム刃にD.O.O.D.S効果を与えた。
そして、今度はギガンティックバスターソードを押し返してくる。
こっちは二段階プラフスキー粒子を解放しているのに、相手はシステムに頼らずこれだ。
圧倒的なパワーと才能だ。世界を二連覇しただけのことはある。
昔の俺ならきっとこの段階で絶望していたことだろうけど、今の俺は諦めない。決して絶望しない。
ヨノモリ先輩が一度──第二十七回大会で世界王者になっているということは、オウドは一度敗れているということになる。
だったら、希望はあるはずだ。
俺は切り返すようにヴェーガを宙返りさせて、再びプラフスキーパワーゲートを展開した。
今度は機体の正面に。なにも、加速するだけがプラフスキーパワーゲートの使い方じゃない。
「だったら、これでっ!」
「む……!?」
そして、俺はギガンティックバスターソードを躊躇なく、プラフスキーパワーゲートの中に全力で放り投げた。
ヴェーガに積まれたプラフスキー粒子の吸収機構であるアブソーブシステムと、放出機構であるディスチャージシステムには、「粒子を纏った物体を加速させる」効果がある。
つまり、ただ投擲しただけのギガンティックバスターソードも、ゲートの中を潜ってしまえば、ダインスレイヴに匹敵する一撃になるということだった。
「俺は……きみの傲慢を打ち砕く! このスターダインスレイヴで!」
「クハハハハ……! 意趣返しとは粋なことをするな、凡俗……!」
「いっけええええ!!!!」
スターダインスレイヴの一撃は、今度こそオウドの反応速度を超えて、ケーニヒリッターに肉薄した。
だけど、オウドはその笑みを崩していない。
まさか、この期に及んで秘策があるというのだろうか。
「覇者の威光を見よ!」
マイティストライクフリーダムから移植してきたプラウドディフェンダーの翼を展開して、オウドは超高圧放電を吐き出した。
それが切り札というわけか。
ケーニヒリッターから放たれた雷と、プラフスキー粒子を纏って巨大な光の矢と化したギガンティックバスターソードがぶつかり合い、相剋する。
「まだだ、ヴェーガ! プラフスキー粒子、ディスチャージ! 粒子出力百五十パーセント、全部持ってけええええっ!!!!」
手のひらに装備しているパルマ・フィオキーナから純粋なプラフスキー粒子のエネルギーを撃ち放って、俺は投擲したスターダインスレイヴを更に加速させた。
「クッ……押されているだと!? ぐおおおおっ!」
超高圧放電に咎められていたギガンティックバスターソードはその勢いを取り戻し、今度はその稲妻を引き裂いて、ケーニヒリッターの左半身を貫いた。
まだだ。
これだけやっても、システムがバトルエンドの判定を下してないということは、トドメには足りなかったということだ。
「粒子残量、二十パーセント……やれるか!?」
「クッ、クハハハハ! 面白い! 面白いぞ凡俗! これほど心躍る戦いをしたのはいつ以来だ!? ゴウタ・ネルと戦ったときか!? それとも、アレスマイト・マクダーネルと戦ったときか!? あるいはヨノモリ・レイに敗れたときか!? いいだろう……貴様の名を我が記憶に刻むことを許す! そして、まだ覇者たるオレは……死んでいないぞ! イオリ・レイ!」
「諦めが悪い……!」
「覇者たるものが諦念などするか!」
もう、ヴェーガには攻撃手段がビームサーベルぐらいしか残っていない。
対して、オウドのケーニヒリッターは左半身を失ってこそいるものの、「王笏」は健在で、エネルギーも有り余っている。
状態だけ見ればこっちが有利に見えるけど、状況的には完全に不利だった。
「受けよ、『王笏』の一撃を!」
「くっ……それでも!」
「クハハハハ! 貴様は先ほどの曲芸でプラフスキー粒子をほとんど使い果たしていると見た! そんな状態では、我が一撃は受け止められんな!」
オウドの言葉通りだった。
ビームランスを受け止めようとした右手が、持っていたビームサーベルごと貫かれる。
考えなければいけない。残り二十パーセントの粒子残量で、なにができるんだ。
考えて考えて、限界を超えたその先にしか勝利はない。
フェザーエクステンションの粒子共鳴は、実質的に一度きりしか使えない曲芸のようなものだ。
プラフスキーパワーゲートも、光の翼も展開できない今、俺にできることは。
「次の一撃で終わりにしてやろう、イオリ・レイ! 覇者たるオレをここまで追い込んだことを……誇りに思うがいい!」
オウドが全力をもって繰り出す、次の攻撃を俺は受け止められない。
事実上、詰んだも同然だった。
やつの言う通りなのか。この敗北を思い出にして舞台を去れと、そういうことなのか。
『頑張って! もう頑張ってるけど、いっぱいいっぱい頑張って! わたしの、大好きな──レイくん!』
ミカさんの声が聞こえた。
不思議だ。
絶体絶命の状況なのに、一瞬で波立っていた心が凪いでいる。
応援で奇跡を生むなんて、ソウルドライブでも積んでないとできない芸当だけどさ。
それでも、こんな負け確定の状況でも、ミカさんは変わらず俺のことを推し続けてくれている。
だったら、負けるにしたってもっとマシな負け方が──いや、違う! 勝ち目は、あるんだ!
「プラフスキー粒子、全集中……!」
「受けよ、イオリ・レイ!」
「ああ……受けてやる!」
「なにっ!?」
「ケーニヒリッターは左半身を失って推力が偏っている! そんな状態で、まともに槍の狙いがつけられるものか! さっきだって、こっちのコックピットを狙ったんだよな! だったら!」
それはほとんど、運任せだった。
作戦とも呼べない作戦。
オウドの狙いが、「コックピットを外してくれるように祈る」。
……我ながら馬鹿馬鹿しいけど、この可能性に全てを託すしか、もうできることは残されていないんだ。
あとは頼んだよ、神様。
いや……俺の勝利の女神様、ミカさん!
「クッ……外したか!」
「当たり前だ! 今日の勝利の女神は……俺の頬にキスしてくれたんだからな! そして、これが俺の答えだああああっ!!!!」
「まさか、頭部を刺し貫かれることを狙って──」
「左腕に残りの粒子残量を全部ぶち込んだ……出し惜しみはもうしない! 受け取れ! RGシステム部分発動! 二十パーセント……ビルドナックルだ!!!!」
蒼い、プラフスキー粒子の燐光を纏ったヴェーガの左拳が、ケーニヒリッターのコックピットを、今度こそ穿ち貫いた。
【Battle Ended!】
システム音声が戦いの終わりを告げた途端に、会場は地鳴りのようなどよめきに包まれた。
その中でも掻き消されず、確かに聞こえてくる声がある。
まるで、天使が告げる福音のように。
『きゃー! わたしのレイくん! 大好きだよーっ!!!!』
ありがとう、ミカさん。
きみがいなければ、きっと俺は勝てなかった。
応援の、祝福の言葉をしかと胸に刻むように目を閉じて、自分の胸板にそっと右手を当て、俺は、俺の、俺だけの勝利の女神様に祈るのだった。
女神(きみ)は俺だけにキスをする