「おい、ヘタレ野郎! 店員なら店員らしくジャッジをやれよ、それぐらいはできんだろ!?」
ミカさんと戦うことを決めたらしいボウダは、デカい声で俺を挑発してくる。
ジャッジか。
と、いっても勝ち負けはシステム側が判断してくれるから、ジャッジの役割は主にガンプラに不正がないかどうかを確かめるぐらいだ。
「お客様、現在当店は人員が不足しておりまして」
俺は淡々と答える。
ラルさんのことを信頼してないわけじゃない。
ただ、レジをいつまでも常連だからといって他人に任せておくのは、理屈として通らないだろう。
「なんだよ、ウワサ通り筋金入りのヘタレ野郎だったみてえだなぁ、イオリ・レイ……いや、『蒼星の再来』さんよぉ」
「──ッ」
知らないはずは、ないか。
「バトルやめたって聞いたからせっかく俺様が喝を入れにきたってのによぉ、本当にガッカリしたぜ。こんなヘタレの店なんざ畳んじまえ! 俺様は念願の彼女を手に入れて全国大会でも優勝するからよ!」
「……お客様、過剰なお言葉はカスタマーハラスメントに当たります、ご配慮願えると幸いです」
「事実を言ってるだけだろうが、ヘタレ野郎! わかったらとっととジャッジをしな!」
こいつ、どこの誰かは知らないけど、かなりつけ上がってるな。
ただ、事実という言葉に違いはないのが耳が痛い。
そうだ、俺は──ガンプラバトルから、逃げ出したんだ。
「レイくんはそんな男の子じゃないよ!」
俯いて、拳を握り締めていたときだった。
眦に涙を浮かべたミカさんが、ボウダの巨体を見据えて言い放つ。
やめてくれ、ミカさん。
どういうわけかはわからない。
ただ、他人のガンプラのことを思いやれるきみが優しいのはもうわかった。
だからこんな、くだらない諍いなんかに首を突っ込む必要なんてどこにもないんだ。
「レイくんは勇敢で」
そんなわけないだろ。
「ちょっぴり自信過剰なところもあるけどそこが素敵で」
ああ、俺は舞い上がっていたさ。
「でも、あの全国大会の決勝戦で、絶望的な戦いなのに、絶対に諦めなかった! 最後の最後まで、勝利を求めて戦ってたその背中に憧れたから……わたしは、レイくんが最推しなの!」
……なんだ、それで知ってるのか。
でも俺は、ミカさんに推される資格がある人間じゃない。
だって、結局はその決勝戦のあとに、諦めてしまったんだから。ガンプラバトルを。
「はぁ? じゃあどうして戦わねえんだよ、ミカちゃんとかいったなぁ……メロつくなら俺様にしておきな、なんせ俺様は、第三十回世界大会の覇者になる男なんだからよ!」
「やだ! だってあなた、不潔でモテなさそうだもん。女の子を誘うならちゃんとお風呂入ってよね、塗料の残りが爪についたままなんだから!」
「……こ、この女!」
「それに、わたしは負けないよ! レイくん、わたしからもお願い! 戦って!」
ミカさん一人でボウダに勝つのは、難しい。
いや、百パーセント無理だといってもいい。
ガンダムジリウスがいかに優れたキットで、ぱっと見、初心者が作ったにしてはよくできていても。
ボウダが使ってる、全塗装のシュヴァルべカスタムとはなにからなにまで出来が違いすぎる。
世界大会で優勝するとか抜かすだけあって、ボウダのガンプラはそれなりに丁寧に作られている以上、勝ち目はない。
それぐらい、ガンプラバトルにおいて「ガンプラの出来」というのは勝敗を分ける重要なファクターなんだ。
「帰ってきたら、なにやら面白いことをしているみたいじゃないか、レイ」
俺がどうミカさんを説得するかと考えあぐねていたところだった。
長い茶髪がエアコンの風に靡く。
どこか妖艶な仕草で首を傾げた女性が、ハロのワッペンがつけられたエプロンを纏って現れた。
「……姉さん」
「迷惑な客には問答無用で退店願うところだけど……ミカちゃんだったかな? きみの願いは受け止めた。この戦い、私が──イオリ・サヤコがジャッジを務めようじゃないか」
姉さんだ。
大学の講義はどうやら終わったらしい。
いや、そんなことはどうでもいい。止めろよ、止めてくれよ、そこは。店員として。
「なんだよ、姉ちゃんの方は話がわかるじゃねえか……俺様を侮辱した罪も含めて、本気で捻り潰してやる」
「ふふん! あなたなんかにわたしは負けないよ!」
ボウダとミカさんが乗り気なのにも頭を抱える。
ガンプラバトルなんて、そんな、矜持だとか誇りだとか、そんな大切なものをかけてまで挑むものじゃない。
世間は皆おかしいんだ。夢を見て、憧れに手を伸ばす行為を称賛するけど、皆その後のことなんか見て見ぬふりなんだぞ。
特にミカさん。
ミカさんは……この戦いに貞操がかかってるんだぞ。
負けたらあんな男の彼女にされるんだぞ。
防犯カメラの映像は残ってる。
考え直して今からでも警察なり弁護士を呼んで出るべき場所に出てもらえばいい。
姉さんだって、なに考えてるんだよ。皆、皆おかしいんだ。
「この俺のファイヤーデスティニーガンダムで完膚なきまでに叩きのめしてやるぜ、わからせるのはそのあとだ」
「頑張ろうね、ジリウス!」
「いい心意気だ。では……両者のガンプラに不正はない、バトル開始だ!」
姉さんが手をかざすと同時に、バトルシステムが起動する。
古式ゆかしいGPベースをシステムの窪みにセットしたボウダとミカさんは、バトル台を挟んで向かい合った。
ファイヤーデスティニーガンダム。あれはハイネ専用デスティニー、それもクリアカラーをベースにしているな。
プラフスキー粒子活性のために組み込まれたクリアパーツの赤色が微妙に通常版と違う。
こいつ、口も態度も悪いけど、やっぱりバトルと工作の基本はしっかり抑えている。
対するミカさんのジリウスは、本当に素組みも素組みだ。デフォルトでクリアパーツを備えている分、プラフスキー粒子との親和性は高いけど、それだけだ。
『Beginning Plavsky Particle Dispenser』
『Field Name:Forest』
『Please, Set Your GUNPLA』
『Are you ready?』
システムがバトル開始を告げる。
いよいよもう、止められなくなってしまった。
俺は──なにをやっているんだろう。
†
「オラオラァ! さっきまでの威勢はどうしたよ、ミカちゃん!」
「っ、気安く女の子の名前を呼ばないでほしいじゃんね!」
始まってしまった戦いは、やはりというべきか、ボウダが圧倒的な優勢で進んでいた。
ミカさんの動きは、初心者とは思えないぐらいに洗練されている。
ただ、それだけだ。どうしても──ガンプラの性能差と、積み重ねていた経験の違いというアドバンテージは覆せない。
「このっ!」
ミカさんのジリウスが構えたビームライフルから、粒子の弾丸が発射される。
HGジリウスのライフルは、設定ではミドルレンジモードとロングレンジモードを切り替えられるけど、キットの仕様としてはロングレンジ固定だ。
その分威力は素組みにしては申し分ない、けど。
「はははは! 流石は最新のフェムテク装甲塗料だぜ! 素組みのガンプラごときのビームなんざ、弾き飛ばしちまう!」
「嘘、なんで!?」
ファイヤーパターンにカラーリングされたハイネ専用デスティニーのコックピットに、ビームは確かに着弾した。
だけど、吸収されるようにかき消されてしまう。
フェムテク装甲。劇場版ガンダムSEEDに出てくる敵勢力が使っている、ビームを無効化する装甲だ。
あのファイヤーデスティニーは、特質を再現した塗料で塗られているらしい。
「これでわかったろ? テメェが勝てる理由はどこにもねえんだ! さっさと諦めて俺の女になりやがれ!」
「っ、お断りだよ!」
「だったらじわじわとなぶり殺しにしてわからせてやるぜ! どっちが格上かってのをな!」
ボウダの宣言通り、そこからはもう見ていられなかった。
ミカさんはビームライフルを放棄して接近戦を挑んだけど、フェムテク装甲の弱点ともいえるビームサーベルに対してボウダは一撃も通すことなくいなしてみせた。
そして、両肩のビームブーメランを投擲してジリウスの左腕と右足を破壊する。
そこまでやる必要なんて、どこにもないだろ。
相手は初心者だぞ。
それに、姉さんだってなんで黙って見てるんだ。こんな迷惑客、追い出すのが筋だろう。
「く……っ……!」
「見上げた根性だなぁ、だがよ!」
ジリウスの残った右手を、投擲されたアロンダイトが抵抗する前に貫き、崖へと縫い付ける。
もう、終わりだ。
ゲームセットだ、ミカさん。屈辱かもしれないけど、ここはサレンダーして、あとは俺たち店員に──
「諦め、ない!」
ミカさんのコンソールには既にレッドアラートが瞬いているのに、それでも光の球をガチャガチャと動かして、抵抗を試みていた。
なんで。
なんでガンプラバトルでそこまでするんだ、他人のために。
他に賢いやり方なんて、いくらでもあるはずだろう。
ミカさんが優しいのは痛いほどわかった。
でも、誰かのためを思うなら、尚更──
「ここでわたしが諦めたら、作ったこの子にも、壊されちゃったあの子にも、なによりわたしが振り絞った勇気にも失礼だから! だから……諦めない!」
……ああ。
どうしてミカさんが俺なんかを推してくれていたのかはわからないけど。
この子は、好きなんだ。ガンプラを。
ミーハーな客なんかじゃなく、ガンプラに、「愛」をもってうちの門を叩いてくれたんだ。
きっとそれは、俺なんかに、結婚を申し込んでくれたことも同じで。
父さんが言ってた。
ガンプラバトルに必要なのは、「愛」と、「勇気」だって。
その言葉を聞いた当時は、正直、「愛」はともかく「勇気」の部分が理解できなかった。
お腹が減った誰かに、自分の顔を食べさせて回るヒーローみたいだなって思ってたけどさ。
「──よく頑張ったね、ミカさん」
「レイ、くん?」
「ごめん。ぼーっとしててさ。これはバトルじゃない、店員として対処させてもらうよ」
「なんだぁ? ようやく喋ったと思ったら無効試合の宣言なんて、流石はヘタレ野郎だな! イオリ・セイの名が泣いてるぜ!」
「ああ」
父さんの名前に、これまで何度泥を塗ってきたことか。
父さんの名前に、これまでどれだけあぐらをかいてきたか。
今はそれが痛いぐらいわかる。だから。
「この試合は、今から俺が預かる」
GPベースをセットして、腰のホルダーで眠っていた半壊状態のガンプラを叩き起こす。
ガンダム・バエルとガンダム・キマリスヴィダールをミキシングした、俺の愛機──「ガンダム・ソロモン」を。
かつて一緒に戦った、相棒を。
「は、はははは! わ、笑わせんじゃねえよ! そんな片足と片手がもげて全身ヒビだらけのガンプラでこの俺様とバトルだと? バカじゃねえのか? だがいいぜ、許してやる。だったらこっちも条件がある!」
「なんでも言っていい」
「俺様が勝ったら──テメェの姉ちゃんももらっていくぜ! 両手に花だなぁ! 人生始まったぜ!」
バックパックは片翼が欠けて、フィールドに落着した時点で残った左足の関節に尋常じゃない負荷がかかる。
我ながら、よくこんな状態で戦おうと思ったな。
思わず笑いが込み上げてくる。
「なにニヤニヤしてんだオラァ! 冥土の土産に見せてやる、分身ってのは……こうやるんだァ!」
へえ。
ボウダのファイヤーデスティニーが展開している光の翼から放出されたプラフスキー粒子が、寸分違わない分身を作り出す。
驚いたな、ここまで完成度を高めてるとは思わなかった。
それでも。
「お前の失敗は三つある」
「あん? 遺言は……それだけかよぉ!」
「一つ、他人の大切なガンプラを踏み砕いたこと」
「なっ──!?」
跳躍。
左足関節がモロっと砕けたが気にしない。
分身も含めて無数のファイヤーデスティニーが投擲したブーメランを残ったスラスターだけで捌いて、距離を詰める。
「バカが! 接近戦でデスティニーに挑むなんてのは、バカのやることなんだよ!」
「二つ、この場にいる多くの人間に対して侮辱とも取れる暴言を吐いたこと」
先制して繰り出してきたパルマ・フィオキーナをあえて顔面で受け止める。
鉄血のオルフェンズに出てくるナノラミネートアーマーは、ビーム兵器に対して高い耐性を持つ。
ボウダはそれを再現した塗料で塗ってあるソロモンの頭を握り砕こうとしているが、易々とは砕けないはずだ。
「三つ、わざわざフェムテク装甲塗料を使ってることを宣言してくれたことだ。こいつは……お前の勉強代だ!」
「こ、こいつ……! 俺様の攻撃をあえて受け止めて隙を作り出しやがったのか!?」
「追記事項として、悪質なクレーマーには例外なくご退店願っております。以上」
俺はソロモンの右手に残されたバエル・ソードをファイヤーデスティニーのコックピットに付き入れて、爆散させる。
「そ、そんなバカなああああっ!!!!」
ボウダは信じられないものを見たような目で叫んだけど、これが現実だ。
あんなやつにも、少なからずガンダムやガンプラへの愛があることだろうから、多くは語らない。
だけど、強いことは別に偉いことでもなんでもないんだよ。
『Battle Ended!』
それをわかるんだよ、と背を向けたところで、バトルシステムが俺の勝利を高らかに告げた。
「……っ、レイくん……っ! 怖かったよぅ……!」
「ありがとう、ミカさん。ついでに姉さんも」
半泣きで抱きついてきたミカさんから香った甘い匂いに眩みそうになりながらも、俺はその体を受け止めた。
「ふふん、ようやく目が覚めたようだねぇ。事後処理は私がやっておくから、今は休むといい」
「……お客様への謝罪と弁償とついでにボウダの出禁、頼むよ」
「ああ、もちろんだよ。それと、レイ」
「なに、姉さん」
「おかえり」
これを狙ってたなら、姉さんも人が悪い。
俺は小さくただいま、と返す。
そして、手のひらに握ったかつての相棒へ、栄光の残滓へ、感謝を込めてホルダーにしまいこんだ。
じゃんね