「きゃーっ! レイくん、おめでとう! とっても素敵だったよ!」
表彰式を終えてアリーナを出るなり、ミカさんが抱きついてきた。
「はは……ありがとう、ミカさん。ミカさんがいなかったら、俺はきっと……また諦めてた」
「そんなことないよ! レイくんは、何度だって立ち上がれる男の子だって、わたし、知ってるんだから!」
「そうだね……でも、ミカさんが俺の勝利の女神になってくれたことは確かだよ。ありがとう、ミカさん。俺のそばにいてくれて。ミカさんは俺の女神様だよ」
第三十回世界ガンプラバトル選手権予選、関東ブロック優勝──そう刻まれた副賞の盾を胸に抱いて、俺はミカさんへと言った。
あの応援が、いつも俺を推してくれていることが、孤独なバトルの場でどれほど心強かっただろうか。
そう考えると、少しは俺もミカさんの推し活に対して、胸を張ることができるようになったのかもしれない。
「えっあっ、そっ、そんな。め、女神だなんて……えへ、えへ。でもでも、レイくんのためならわたし、いくらでも頑張れるからね!」
「俺も、ミカさんのために、ミカさんに見合う男になるために、もっと頑張るよ」
だけど、慢心や油断は容易く人を破滅に導く。
いつも謙虚であれ、なんていうのは難しい話なのかもしれないけど、心のどこかに留めておかなければいけない話だ。
それに、因縁を乗り越えてオウドに勝ったとはいえ、まだ、俺の戦いは始まったばかりなのだから。
「そうだ、より励むことだ。イオリ・レイ」
「オウド……!」
今度は百円の缶コーヒーを片手に、オウドがやってきた。
会場内の自販機で買ったものだろうから仕方ないとはいえ、朝の高そうなコーヒーとの落差がすごい。
それはどうでもいいとして、オウドが今更、一体なんの用だろうか。
「まずは世界大会に出場する権利を勝ち取ったこと、見事であったぞ。賞賛に値する」
「……ありがとう。運任せではあったけどね。きみにスターダインスレイヴまで防がれるとは思っていなかった」
本来、RGシステムとビルドナックルは世界大会のために温存しようとしていた切り札中の切り札だった。
それでも、使わざるを得なかった。
そこまで俺を追い込んだ、スターダインスレイヴという切り札を切っても仕留めきれなかったオウドは、紛れもない強者だ。
「クハハハハ! 甘いな、イオリ・レイ! ガンプラバトルとは常に想像力がモノを言う世界! 『こんなはずじゃなかった』という言葉は想像力不足の証だぞ!」
「うん……そうだね。きみは強かった。後一歩なにかが違ってれば、世界への切符を掴んでいたのはきみだった。それは間違いない」
最後なんて、勝利の女神様にお祈りしてようやくそのお召しぼしをいただけたから、チャンスをもぎとれたようなものだ。
オウドは、ケーニヒリッターの左半身を失っても、正確にコックピットを貫けるだけの技量を持っている男であることに間違いはない。
動揺かなにかがあったのかもしれないけど、狙いが逸れたということは、運がよかったというだけの話でもあるのだ。
「愚か者め!」
「っ!?」
「運とは……言い換えるのならチャンスを掴み取る力! 貴様は掴み取ったのだ、絶望的な状況から勝利を! 謙虚であることと慇懃であることは別物だぞ、イオリ・レイ!」
それもそうか。
オウドが一喝してくれた通り、運も実力のうちだと、この勝利を誇って世界に臨まないと、敗北した彼に対しても失礼だ。
物言いはいつも上から目線だけど、こういう勝負に関する価値観だとかはシビアな男なんだよな。
「ありがとう。きみの分も背負って……俺は世界を獲るよ」
「それでよい」
飲み終えた空き缶をちゃんと缶のゴミ箱に入れて、オウドは鷹揚に頷いた。
「……きみは、どうするの?」
オウドが抱いていた世界大会三連覇という夢と、四代目メイジン・カワグチを継ぐという夢は、事実上潰えたといってもいい。
俺が断ち切った、ともいえる。
だからその分、背負っていかなければいけない。
でも、これから先にオウドが一体どんな道を歩んでいくのかが少しだけ気になって、つい問いかけずにはいられなかった。
「クハハハハ! そうか、心配しているのか、貴様は!」
「いや……まあ、そうだけど」
「ならば……その憂いは無用なものだ! イオリ・レイ! 覇者たるこのオレ──否、凡なるこのオレは、決して四代目メイジンになるという夢を諦めたりはしない! そのためにまずは、この身一つで武者修行に出ようと考えている!」
「む、武者修行?」
「うむ! 世界のガンプラをこの目でしかと見て、世界中の名だたるファイターと戦って、凡なるオレはいつか覇道に返り咲く! よって、気遣いは不要だ! クハハハハ!」
しれっと一人称が覇者たる、から凡なる、に変わっている。
極端な自認の変化だなあ。
だけど、オウドらしいといえばオウドらしい。
あとはその上から目線な物言いをなんとかすれば、四代目に選ばれてもおかしくはないと思うんだけど、そこはもう仕方のない領分ということだろう。
俺にできることといえば、彼の、最大のライバルの旅路に、祝福があることを祈ることぐらいだ。
そしていつか、また──また、ガンプラバトルの舞台での再会を願うこともか。
「負けるなよ。勝つのだ、イオリ・レイ。貴様は凡なるこのオレを破ったのだ。ふっ……今ならゴウタ・ネルの気持ちがわかるな」
「ゴウタ……?」
どこかで聞いたような名前だったけど、思い出せない。
でも、オウドが名前を呼んでいるということは、間違いなく凄まじいファイターなのだろう。
それに、威圧感のある名前──さぞかし剛毅で、屈強な大男に違いないだろう。
「未熟なるものだけが、未来を待つものだけが持つ可能性という光を、その蕾が花開く瞬間を、しかと見せてもらったぞ。これ以上言葉は不要だ、イオリ・レイ──貴様の物語は、今ここから始まるのだ」
「ああ……ありがとう。きみも、その……武者修行の旅で、風邪とか引かないようにね」
「クハハハハ! 凡なるこのオレを気遣うか! だが心配は不要! 凡なるこのオレは生まれてこの方、一度も風邪など引いたことはないのだからな!」
見た目通りの健康体だった。
くるりと踵を返して、オウドは会場を去っていく。
その背中に哀愁だとか悲哀は全くない。
一回戦で戦ったカトウさんのように、いつか必ずこの舞台に帰ってくるという、強い意志が感じられる、力強い背中だった。
ガンプラバトルは、所詮遊びに過ぎない。
いつだってやめられるし、こだわることが馬鹿馬鹿しいと思う瞬間なんていくらでもある。
それでも、ガンプラが──ガンプラバトルが大好きだから、俺たちは戻ってこらずにはいられないのだ、この戦いの世界に。
「次は世界大会だね、レイくん」
「ああ……ミカさんとも、ようやく戦える」
「ふふっ。負けないよ、わたしは! 絶対にレイくんに勝って、レイくんのお嫁さんになるんだから!」
相変わらず斜め上の目標で、少し苦笑してしまう。
それでも、ミカさんはその夢を胸にしてイタリア代表の座を掴み取ったファイターなのだ。
きっと、この先にはオウドとの戦いにも勝るとも劣らない激戦が待ち受けていることだろう。
そういう意味では、オウドが言った通り、俺の物語は、俺の戦いは、ようやくスタートラインに立ったばかりなのだ。
だから、ここから始まる。
ここに立った俺を追い越して、追い抜き去って、その遙か先へと、想像もできない場所へと羽ばたき、超えていく。
俺を縛り付けていた、過去という手綱は、もう振り解かれたのだから。
これにて第一部完結です。でもレイくんの戦いはもう少しだけ続くんじゃ