世界へのきざはし
「さて、準備はできたね? レイ」
車の鍵を人差し指に通してくるくると回しながら、サヤコ姉さんが問いかけてきた。
「もちろんだよ。この日のために準備してきた予備パーツは全部ボックスにしまってある」
「ならばよし、それじゃあ行くとしようか。世界の舞台へ」
サヤコ姉さんが言った通り、第三十回ガンプラバトル世界選手権の予選で優勝した正賞として、俺には選手村も兼ねたホテルへの滞在権が用意されていた。
今までは竹屋旅館への旅行権が選手村とは別に、優勝者には与えられていた。
だけど、第七回ガンプラバトル世界選手権以降、竹屋旅館は「聖地」と化した影響で、捌ききれないほど大量の客が来るようになってから、こうなったらしい。
「ふふふ、グローリー・ベルモント・ロイヤルホテル。世界に名だたる五つ星のホテルにタダで泊まる権利が与えられるとは協賛企業も太っ腹だねぇ」
「五名まで、大会開催期間中は無期限で泊まれるって、夢のある話だよね。でもだからといって女の子三人を連れてくることはないと思うけど……」
既に車の前できゃいきゃいと四方山話に花を咲かせているミカさんとカズサ、そしてなんか当然のようにうちで寝泊まりしてるセイカの三人に視線を向ける。
一応これで、サヤコ姉さんも含めて五人だけど。
そもそもミカさんとセイカは代表選手なわけで、選手村への滞在権とか重複するんだろうか。
手続きで問題がなかったってことは、そういうことなんだろうけどさ。
「別にいいじゃないか、両手に花は男子が憧れるシチュエーションだろう?」
「両手に花って言われても……」
「隅におけない弟を持った姉からのサプライズさ。ありがたく受け取るといい」
そう言い残して、サヤコ姉さんは車へと向かっていく。
両手に花とはいうけど、ミカさんは俺を推してくれてるだけだし、カズサは幼馴染だし、セイカは……そもそもなんなんだろう。
とにかく、そんなに羨ましい話ってわけじゃないだろうに。
「おせーぞ陛下の相棒の息子ー、とっとと行くぞ」
「わかったよ、セイカ!」
セイカの催促に応じて、俺はありったけの予備パーツを詰め込んだクーラーボックスを抱えたまま、姉さんのミニバンに乗り込んでいった。
†
「ここが新静岡ギガフロート……」
カズサは窓の外に見える人工島を一瞥して、どこかそわそわした様子で呟いた。
ガンプラバトル世界選手権のためだけに用意されたこの人工島は、伝説の第七回世界大会にあやかるという意味も兼ねて新たに建造されたものだ。
今までは世界大会の会場を分散させる形でやっていたのが、新静岡ギガフロートができてからは一本化できたのも大きい……らしい。
「テーマパークにきたみてーな盛り上がり方だな、すーぱー娘」
「確かにテンションは上がってるけど……てかすーぱー娘って呼ぶのやめてよ……」
「? お前、すーぱーふみなの娘なんだろ?」
「言い方! 確かにそうだけど!」
困ったような顔をして、カズサは後部座席を独り占めして寝っ転がっているセイカに反駁した。
このノンデリ娘は母親の胎内にデリカシーという言葉を置き忘れてきたようだ。
直せと言って直るようなものじゃないから、俺は最近諦めている。
「まあなんでもいいじゃねーか。ここで俺たちは世界のガンプラと戦うんだからよ。武者震いがするってのも当然だ。そうだろ? 肉まん女」
「わたしは肉まん女って名前じゃないんだけど! でも……そうだね。百八十の国から選ばれた代表から、勝ち残れるのはただ一人」
ミカさんは物憂げな顔をして呟いた。
世界百八十の国から予選を勝ち抜いてきて選ばれたたった一人の代表が、さらに篩にかけられる。
世界大会というのは、そういう熾烈な世界なのだ。
「大丈夫だよ、ミカさん」
「レイくん……」
「決勝は必ず俺とミカさんになるから。その上で……どっちが勝つか、真剣勝負だ」
「ふふっ、そうだね。レイくんに勝ってお嫁さんになるのは、わたしなんだから!」
「なんで勝利と嫁入りがセットになってるかはわからないけど……俺も負けるつもりはないよ」
ミカさんのガンダム・アルティールと、俺のガンダム・ヴェーガ。
同じガンダムジリウスをベースにした機体で雌雄を決する決勝戦というのは、なかなか悪くない。
だから、勝ち残らなければ。
「言うじゃねーか、レイ。ま、俺が鍛えてやったんだからそのぐらいはしてもらわねーとな」
「セイカは、優勝を目指さないの?」
「狙えるからそりゃ狙うぜ、でも、ま……色々あるってこった」
含みのある言い方をして、セイカは不敵に笑った。
それ以上聞いたところで答えてくれそうにないし、他人の事情に深入りするのも野暮というものだ。
だから俺は、手元のスマートフォンの画面に視線を映していた。
「マシロちゃんからロインが来てる。もう世界大会の選手村に到着したんだ」
「関西から静岡までのアクセスは劇的に改善されたとはいえ、気が早いねぇ」
サヤコ姉さんが、俺の呟きに対してどこか他人事のようにそう返す。
代表選手なんだから気が早いもなにもないと思うけど。
ただ、姉さんが言った通り各地から静岡までのアクセスは鉄道網の大規模整備によって劇的に改善されていた。
ひっそりと「静岡って微妙にアクセス悪いよね」と陰で言われていた時代は終わったのだ。
そんなことをぼんやり考えているうちに、ミニバンは新静岡大橋を渡って、新静岡ギガフロートに到着していた。
ガンプラバトル世界選手権のためだけに作られた人工島は、選手村も兼ねた巨大なホテルだけでなく、飲食店やコンビニ、病院、警察署、消防署も兼ね備えた、本当にガンプラバトルのためだけに作られたのか疑わしくなる様相だった。
「今日からここが俺たちの居場所か……」
「ま、予選で初っ端から三十二人まで篩にかけられるけどな」
「当然、勝ち残ってみせるよ」
「言うようになったじゃねーか、それでこそ陛下の相棒の息子だ」
セイカは、不敵に唇の端を吊り上げた。
主催がPPSEからヤジマ商事に代わり、そこからさらに時代の変遷を経たことで、今やガンプラバトル世界選手権は世界でも有数のスポーツ興業になっている。
同時に開催される学生の部の世界大会との並行を可能にしたことで、ルールの単純化と一本化が行われているのだ。
口ではああ言ったけど、そんな厳しい世界予選をどう立ち回るかについては、もう既に戦いは始まっているといってもいい。
駐車場に停めたミニバンから降りて、俺は猛者たちが集う魔窟でもある、滞在先の「グローリー・ベルモント・ロイヤルホテル」を見上げた。
そう、ここにいるファイターなら既に、世界でどう立ち回るのかを──予選を勝ち抜いてきたファイターの研究をしているのだ。
俺のガンダム・ヴェーガが、アブソーブシステムとディスチャージシステム、そして切り札として隠しておくつもりだったRGシステムを搭載していることも見抜かれていると考えていいだろう。
「頼れるのは自分の腕だけ、か」
ホテルの受付を済ませた途端に、ずしりとプレッシャーが背中にのしかかってくるのを感じた。
そう、ここから先で頼りにできるのは、自分の腕だけだ。
第四の隠し球や、突然便利な必殺技が生えてくることなんて、現実にはあり得ないのだから。
これが、世界を背負うということだ。
改めてこのプレッシャーをものともせずに、二連覇を果たしたオウドに敬意を払いたくなる。
それでも──勝つさ。
武者震いが訪れる。
そうだ、勝って前に進むことが、そのオウドや俺に負けたファイターに対する、最大の礼儀なのだから。
第二部開始