「これが五つ星ホテルのガンプラ制作スイートルームか……気を抜いたらガンプラ作る前にベッドにダメにされそうだ」
チェックインを済ませた俺は、代表選手とその関係者に一部屋ずつ割り当てられるスイートルームのベッドに寝転んでいた。
人をダメにするクッションとか一時期めちゃくちゃ流行ったけど、あれに近い感触だ。
高級感が全身に伝わってくる寝具は、それだけで眠りを誘ってくるようで、間違いなく人をダメにする。
「でも、準備期間で予備パーツのブラッシュアップや他の選手の研究とかもやらなきゃいけないんだよね、寝てる場合じゃないや」
気合いで無理やりベッドから跳ね起きて、俺はとりあえずなにかするために作業台の椅子に腰を落ち着けた。
ヴェーガがどこまで通用するのかについてはまだ未知数だ。
予選のバトルロイヤル、本戦のトーナメントを勝ち抜くために必要なピースを埋めるためにも、新しい武装や機構を作ることも考えなきゃいけない。
でも、機体のペイロードを考えるとこれ以上武装を増やすのは悪手だ。
それに、RGシステムに次ぐ第四のシステムなんてものを作ったら、ガンプラそのものがプラフスキー粒子の負荷に耐えられず、爆発四散する危険性もある。
なにかをしなければいけないんだけど、なにをすればいいのかがわからない。
そんな風情に、漠然とした焦燥感だけが募っていたときだった。
「……イオリくん、いるかしら」
ノックの音と共に、マシロちゃんの声が聞こえてきた。
「ああうん、今開けるよ」
部屋の鍵を開けて扉を開くと、そこに立っていたのは、間違いなくマシロちゃんだった。
相変わらず表情の読めない顔をしている。
もしかして、敵情視察に来たとかそんな感じだろうか。
「……今、時間あるかしら」
「うん。なにかやらなきゃいけないとは思ってたんだけど、全然アイデアが浮かんでこなくてね」
「……そう。実は私もそうなの、それで」
マシロちゃんが気まずそうに俺から視線を逸らして呟いた、次の瞬間だった。
「いぇーい! レイくん、今お時間空いてるかな?」
「いや、マシロちゃんがいるしどう考えても空いてないと思うけど……」
「別にいいじゃねえか、人数が増えるだけだろ」
ミカさんとカズサとセイカの三人まで、俺の部屋に押しかけてくる。
一体なんの用なんだろうか。
特にミカさんとセイカはガンプラの調整とかしなくていいんだろうか、と心配になるけど、しなくてもいいという余裕の表れなのかもしれない。
「……」
マシロちゃんは微かに眉を顰めた。
なにか都合が悪いことでもあった……んだろうなあ。
話の途中に割って入られた形だし。
「えっと……ミカさん、カズサ、セイカ、ごめん。今、俺、マシロちゃんと話してて……」
「むぅ、レイくん! 一夫多妻は認めるけど浮気はダメだよ? ちゃんとわたしのこと、見てないと許さないよ?」
「話が第三宇宙速度ぐらいで斜め上に飛んでいったね……いや、立ち話でよければ聞くけど」
なぜか不機嫌そうに頬を膨らませてマシロちゃんと視線で火花を散らしているミカさんを宥めるように、俺は言った。
「うーん、立ち話じゃないから問題なんだけど……どうせなら、マシロちゃんも一緒に観光に行かない?」
「……観光?」
「うん。せっかく新静岡ギガフロートまで来たんだし、その記念的な?」
「……悠長ね。イタリア代表としての余裕といったところかしら?」
ミカさんは下唇に人差し指を添えて、小首を傾げる。
一方でマシロちゃんは露骨に不機嫌な顔で、ミカさんへと皮肉で返した。
確かに、観光するだけで貴重な準備期間を浪費するのは悠長だとは俺も思うけどさ。
「ううん? わたしたち、確かにバトルフィールドに上がれば敵同士だけど、今はただの女の子同士でしょ? それなら少しはお互いのこと知ってても、損はないじゃんね」
敵になる準備期間だというにもかかわらず、ミカさんは輝くような笑顔でマシロちゃんに持ちかける。
「……それは、そうかもしれないけど」
「まどろっこしいな、お前ら。ガンプラと世界大会のことばっか考えてると逆に本番でろくに力を発揮できねーって相場が決まってんだ。想像の中じゃ誰でも達人になれるからな」
溜息混じりに、肩を竦めながらセイカが諭すようにそう語った。
「……あなたは?」
「俺はセイカ。ブラジルってとこの代表。そこの陛下の相棒の息子ん家で寝泊まりさせてもらってる」
「……ね、寝泊ま……っ!?」
「んだよ、別にやましいことはなにもしてねーからな? 裸は見られたけどよ」
「はだ……っ!? は、はははは破廉恥よ、イオリくん! あなた、私がいない間にそんなことしてたの!?」
セイカが入ってくるとどうにも話がややこしくなる。
いや、確かに事実なんだけどさ。
事実なんだけどこう、なんか他に色々あるだろう。言い方とか。
「誤解だって! それに、本題はそっちじゃないでしょ、セイカ!」
「ああ、そうだな。まあ要するに気を抜けるときに抜けるやつが戦場じゃ一番つえーんだ。少しは休めって話だよ」
「最初からそれだけ言えばよかったんじゃ……?」
傍観に徹していたカズサがそんなことを呟かずにはいられなかったぐらい、回りくどい話だった。
特に俺の家で寝泊まりしてる話とかいらなかっただろ、どう考えても。
でも、セイカの言うことにも一理ある。
オンオフを切り替えられないと、気疲れしてベストパフォーマンスを発揮できないって、本にも書いてあった気がするし。
「俺は野暮用があるから別行動になるけどよ、肉まん女とすーぱー娘は連れてってやってもいいんじゃねーか?」
「確かに……えっと、マシロちゃんがそれでいいなら」
「……わかったわ。私も、カズサと会うのは久しぶりだもの。息抜きと考えて割り切るわ」
もっと嫌な顔をされるかと思っていたけど、マシロちゃんはすんなりとセイカの提案を受け入れてくれた。
これでミカさんとカズサ、マシロちゃんの三人を連れて息抜きか。
女の子に囲まれて羨ましいとか、この場に姉さんがいたら茶化してくるんだろうけど、気疲れしないかが心配だった。
†
「わーお、露店もいっぱい並んでるんだね! 流石は世界ガンプラバトル選手権!」
ホテルから島内リニアで一駅くらいの区画に立ち並んでいる露店の数々を見て、ミカさんが感嘆の言葉を漏らす。
「……当たり前よ。今やガンプラバトルは野球やサッカーとカテゴリが同じなのだから」
「そうなんだね! わたし、ガンプラを知ったのはレイくんの戦いを見てからだから、そこまでは想像つかなかったなあ」
「……その短期間でイタリア代表に? いえ……前例はいくらでもあるわね。失礼」
「そんなことないよ! あっ、カズサちゃん! なんか食べる?」
「うーん、そうだなぁ……なるべくカロリー低めなものとかないかな……」
意外にも、マシロちゃんはミカさんに対して打ち解けるのが早かった。
ミカさんのコミュ力が高いともいうけど、多分、悪い子じゃないとわかってくれたんだろう。
そういう意味では、マシロちゃんの理解力の高さにも感謝だった。
「それなら玉こんにゃくとかどうかな、カズサ」
「確かにこんにゃくならカロリーそんなに高くないかなー、ありがと。レイ」
「ん、じゃあ俺が買ってくるよ。ミカさんとマシロちゃんも食べるよね?」
「おねがーい!」
「……ええ、お願いするわ」
二人からの返事を確認して、俺は玉こんにゃくを売っている屋台へと駆け出した。
『すみません、玉こんにゃくください!』
……でも、誰かとタイミングが被ったようだった。
思わず隣を見ると、そこには俺よりも間違いなく年下であろう、線の細い男の子が緊張した面持ちで立っていた。
服装はいかにもこれから夜会に繰り出します、といった風情の燕尾服に蝶ネクタイを締めていたけど、なんだか服を着ているというより、服に着られているような印象がある。
でも、Tシャツ一枚にジーンズとかいうファッションセンスの欠片もない俺よりマシか。
ミカさんは白いワンピースにケープを羽織った楚々とした格好をしてるし、カズサも半袖のジャケットにホットパンツ、マシロちゃんはチュニックにスカートという、皆気合いの入った服を着ている。
俺も支給された正装に着替えてくればよかったのかな、と、ぼんやりそんなことを考えていると。
「あの、すみません! 注文タイミングが被ったみたいで……よければ、お先にどうぞ!」
燕尾服の少年が、丁寧に腰を折って頭を下げてくる。
「いや、そこまで気を遣わなくても……それに、玉こんにゃくなら在庫が」
「ごめんねぇ、お客さん。残り二つしかないんだよぉ」
フォローを入れようとした途端に、店主のおばちゃんが残酷な現実を告げてくる。
それにしたって、残り二つか。
俺たちは四人組だし、それなら彼に譲ってあげた方がいいだろう。
「わかりました。えっと……それならきみに譲るよ。俺たちは四人だから」
「いいんですか!? ありがとうございます! これでスイランさんも喜びます!」
少年はまるで、家に帰ってきた主人を出迎える子犬のような笑顔で、丁寧に腰を折って頭を下げた。
「そのスイランさんって人、大事な人なんだね」
「はい! あっ、俺、リュウ・シエンっていいます! 一応香港代表で!」
「香港代表!? すごいね……」
シエンと名乗った少年の言葉に、俺は思わずそう返してしまったけど、よくよく考えたら今このギガフロートには百八十人の世界代表がいるのだ。
エンカウントしない確率の方が多分低い。
でも、俺よりも年下で世界大会の舞台に立つなんて、そこは間違いなくすごいことだ。
きっと、ものすごい努力を重ねてきたのだろう。
「そんなことないです! 俺がここまで勝ち上がってこれたのは、アストレイとスイランさんのおかげで……」
「シエン、なにをライバルと話し込んでいるのですか」
凛とした声が、それを制止するように響いたのは、シエンくんが腰のガンプラホルダーに手を伸ばそうとした瞬間だった。
声のした方を見ると、光の加減によっては瑠璃色に見えなくもない黒髪に、翡翠色の綺麗な瞳をした女の子がいる。
黒いチャイナドレスに半ズボンという格好に、頭の両脇にお団子を作った髪型も含めて、いかにも「それっぽい」出で立ちだ。
「ライバル? スイランさん、それってどういう……」
「その少年はイオリ・レイ。あのオウド・トモカズを破った日本の関東ブロック代表です。他のファイターと交流することは禁じませんが、自らの手の内を明かすのは策としていいとは言えませんよ」
スイランさん、と呼ばれた少女は扇子を開いて口元を覆いながら、シエンくんに釘を刺した。
あどけない顔立ちを見るに、歳はきっとシエンくんと同じぐらいなのに、恐ろしく堂に入った振る舞いだ。
一目で、上流階級だとわかる。
「わーお。レイくんのことを知ってるってことは、もしかしてわたしたちも?」
俺の帰りが遅くて待ちきれなかったのか、ミカさんたちもやってくると、スイランさんは扇子を閉じて、すっと細い手を伸ばした。
「存じております。イタリア代表、クレダ・ミカ。日本の関西ブロック代表、ヤサカ・マシロ。もう一人は、申し訳ございませんが」
「あはは……あたしはただのレイの幼馴染だから……」
「イオリ・レイの関係者でしたか。とんだ失礼を。お詫びいたします」
「いいってそんな!」
カズサに小さく頭を下げると、スイランさんは手元のスマホを何度か操作して、納得がいったように小さく頷く。
「ふむ……カミキ・カズサ。チーム『トライファイターズ』を牽引したカミキ・セカイと、チームを支えてきたホシノ・フミナの娘、ですか。記憶しておきましょう」
「あはは……なんでそんなことがすぐ調べられるのかは聞かないでおくけど、ありがとね……」
「大したことはありません、こと情報化社会においては。ところでシエン、いくら食べてもお腹に栄養が行かない魔法の食べ物とはどれのことですか」
スマホを半ズボンのポケットにしまったスイランさんは、その間に店主のおばちゃんから玉こんにゃくを受け取っていたシエンくんに催促した。
「あっはい、これです! 他の方から聞いたので、本当かどうかはわかりませんが!」
「ふむ……あむっ……」
シエンくんから玉こんにゃくの串を受け取ったスイランさんは、小さな口でカラシの塗ってある面から齧りついた。
注意しようにも全ては遅かった。
スイランさんの鉄面皮が真っ赤に染まり、身悶えする。
「け、けほっ、けほっ! か、辛いです! なんですかこれは!?」
「あー……玉こんにゃくは普通、一口で食べるものなんですよ……」
分けて食べるにしても、普通はカラシの塗ってあるところは避けるはずだ。
でも、きっと日本に来て日が浅いのだろう。
それに、玉こんにゃくは割とマイナーな食べ物だし。
「そんな情報を秘匿しているとは……イオリ・レイ。あなたもぼんやりしているようで強かなファイターのようですね。あのオウドを下したことといい、油断なりません。ですが勉強になりました。行きましょう、シエン」
「は、はい! スイランさん!」
「ジャオ商会の次期当主たる私が大口を開けるなどというはしたない行いをするわけにはいきません。この玉こんにゃくはあなたに譲ります」
「は、はい! ありがたくいただきますね、スイランさん!」
「……むぅ」
スイランさんとシエンくんの二人組は、屋台を去っていった。
さりげなく手をしっかりと、指を絡めて繋いでいる辺り、とても仲がいいのだろう。
まるで、嵐のような邂逅だった。
気疲れしなかったかと聞かれて首を横に振れば嘘になるけど、なんだか胸の奥が疼くような感覚が湧いてきたことも、否定できなかった。
戦士たちの邂逅その1