シエンくんとスイランさんとやり取りを交わしたあとも、俺たちは露店巡りに勤しんでいた。
世界規模のお祭りだということもあって、食べ物類は売り切れだったりすることが多かった。
ただ、食べるばかりが露店巡りの楽しみじゃない。
「ねえ、見て見てレイくん! ガンプラ早撃ち大会だって!」
「本当だ。アトラクション系も充実してるんだね」
「……ええ。さっきも言ったけれど、これは他のスポーツで例えるならWBCやワールドカップに匹敵するもの。協賛企業の規模が桁外れなのもあって、それはもう色々とあるわ」
「本当だ、ガンプラ相撲大会やガンプラ型抜き大会なんてのもある……で、レイはどれに出るの?」
「うーん……早撃ちでもやってみるかな」
俺はリンゴ飴を片手に小首を傾げたカズサへと、答えを返した。
早撃ちをやってる屋台の景品に魅力があったとか、そういうわけじゃない。
でも、今の自分の反応速度を測ってみるのも悪くはないと、そう思っただけだった。
「早撃ちって、刀持ち込んでいいのかな? わたしのアルティールは射撃武器がないんだけど……」
「……刀を持ち込んだら別ゲーじゃない。素直に見学しておくのがいいわ」
「それもそうだねっ! レイくん、頑張ってー!」
ミカさんの声援を受けて、俺は前に親子連れがいる以外は、全くといっていいほど人が並んでいない早撃ちの列に並んだ。
レギュレーションは自分のガンプラを持ってきて、三分間でどれだけの的を撃ち落とせるか、と書いてある。
いたって普通の屋台だとは思うけど、それにしたって並んでいる人数が規模から考えて妙に少ない気がするな。
でも、そんなものなんだろうか。
アトラクションの人気なんてまちまちだし。
俺の考えすぎか──頭の中で、そう結論づけたときだった。
「うわああああん!」
「ははは、残念だったね坊や。副賞のガムだよ」
「ハヤト……三分間で百二十枚の的を撃ち抜くなんて無理だよ、ゲーム機は諦めよう、な?」
前に並んでいた親子のうち、ハヤトというらしい名前の子供が大声をあげて泣き叫ぶ。
お父さんは子供を宥めようと必死になっていたけど、どうしても景品のゲーム機が欲しいらしくて、ハヤトくんは全くその場を動こうとしなかった。
それ自体はお祭りによくある光景だといえばそうだ。だけど、お父さんの言葉に俺は一つの違和感を抱く。
「あの、すみません。三分で百二十枚の的を撃ち抜くって……」
「ん? ああ……こちらこそうちのハヤトがすみません。見ての通りです、この屋台の一等賞が最新のゲーム機なんですけどね、もらえる条件が三分で百二十枚以上の的を撃ち抜くことなんですよ」
ほとほと困り果てた様子で、ハヤトくんのお父さんは語った。
なるほど、道理で人が並んでいないわけだ。
お祭りの屋台なんてある程度ぼったくりだったり、一等の景品に辿り着くための当たりくじが仕込まれていなかったりなんてよくあることだけど、これは度を超している。
「三分で百二十枚……メイジンでもなければ難しいなんて次元じゃないですよ。この屋台、最初からゲーム機を取らせる気なんて」
「それはわかってます。けど、ハヤトがどうしてもって聞かないんです……」
ハヤトくんのお父さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
店主の怪しげな雰囲気を纏った男は、そんな俺たちを見てもなお、動じることなくニヤついた顔でタバコを吹かしていた。
……なんか、ムカついてきたな。
「やりますよ」
「えっ?」
「俺がそのゲーム機をとって、ハヤトくんにプレゼントします」
腰のガンプラホルダーに手を伸ばし、俺は手のひらに握り締めた五百円玉を店主に差し出した。
「やるのかい? 兄ちゃん」
「やれるだけやってみますよ」
「ははは! じゃあ頑張ってくれよ!」
店主のいかにもこっちを舐めたような笑い声にも腹が立ってくる。
でも、冷静にならなきゃいけない。
三分で百二十枚、一秒に一枚撃ち抜く前提でも、単純にロスが許容されるのは一分だけだ。
ガンプラバトルシミュレータにGPベースをセットして、俺はホルダーから取り出したヴェーガを起動させた。
ステージはジャブロー地下基地か。
薄暗いステージなのも嫌がらせに拍車をかけている。
「──ッ!」
的が現れたのを確認してから撃つのでは遅い。
現れる方向を事前にレーダーで確認して、的が現れたその瞬間に、撃ち抜く。
ジムを模したパネルが、ツインビルドマグナムから放たれた一撃で爆散する。
所要時間は一秒付近、いいペースだった。
「な、ななななッ……!?」
「すごーい! 僕のケルディムよりずっと早いや!」
店主は冷や汗を流し、いつの間にか泣き止んでいたハヤトくんは感嘆の声を上げた。
それでも、君の仇は討ってやったよ、というにはまだ早い。
この屋台の悪辣なところは、この極限の集中を三分間も持続させなければいけないことだ。
パネルを次々に撃ち抜きながら、俺はぎり、と奥歯を食い縛った。
最初の一分間は順調そのものだった。
だけど、二分目を過ぎてからは複数のパネルが同時に現れるという仕様も相まって、集中力がゴリゴリと削られていく。
何枚撃ち抜いたかを確認している余裕もない。
とにかく思考と反射を回し続けなければ。
無我夢中でレーダーとスクリーンを相互確認、俺は現れた的に頭の中で優先順位をつけて機械的にトリガーを引き続けた。
──それでも。
「いやあ、惜しかったねえ! でも、三分で百十八枚なんて快挙じゃないか! これ副賞のゲームソフトね、好きなの選びなよ」
「届かなかった……ごめんね、ハヤトくん。好きなソフトとかあったら選んでいいよ」
「ううん! すごかったよ、お兄ちゃん! じゃあエアレイダーをもらうね!」
「はは……プレイする本体はサンタさんにでもお願いするといいよ」
最大限に努力はしたけど、目標まであと二枚足りない、という結果で終わってしまった。
率直にいえば、めちゃくちゃ悔しい。
でも、集中力を使い果たした状態で二回目をやっても、無駄なことぐらいわかっている。
改めてこのレギュレーションの悪辣さを噛み締めていた、そのときだった。
「HAHAHA! よくやったな、ボーイ! だが落胆するにはまだ早い! 季節外れのサンタクロースが今、ここにきた!」
「あなたは……!」
よく通る大きな声が響き渡る。
振り返ると、そこにいたのは身長二メートルはあろうかという巨体に、ボディビルダーもかくやという筋肉が備わっている大男だった。
金髪をオールバックに撫でつけて、いかにも「マッチョ」というイメージを体現したような男だ。
でも、俺は知っている。
というか、この場にいて、彼を知らない人間の方が圧倒的に少数派だろう。
星条旗がプリントされたTシャツをその身に纏った、彼は。
「アメリカ代表、アレスマイト・マクダーネル……!」
五年連続でアメリカ代表に選ばれて、五年連続で準優勝の座を勝ち取ってきた名実ともにアメリカのヒーローが、不敵な笑みを浮かべながら、立っていた。
「HAHAHA、知っているぞ、ボーイ! キミはあのオウドの野郎を倒したゲコクジョー・ファイター……イオリ・レイくんだったな! キミの頑張りは私が見ていた! 本当によく頑張った! 素晴らしいガンプラの出来映えと早撃ちだったぜ! カウボーイにジョブチェンジできるんじゃないか?」
「そんな、恐縮です……でも、百二十枚には届かなくて」
「知っているとも。だからこそ、私がきた」
五百円玉を指で弾いて店主にキャッチさせると、アレスマイトさんは不敵な笑みを崩すことなく、バトルシミュレータの前に並んだ。
「あ、アメリカ代表……あんたもやってくんですかい?」
「もちろんさ、ミスター。それとも私が並んでいたことに不都合でもあったかね?」
「へ、へへ……ありませんとも。さあさあ、十分に楽しんでってください」
揉み手をしながらそうは言っていたものの、店主の笑顔は明らかに引き攣っていた。
だらだらと冷や汗を流しているその姿には、ざまあ見ろと思わずにはいられなかった。
ただ、問題はこの鬼畜なレギュレーションをいくらアレスマイトさんでもクリアできるかどうかだ。
「しかし、そうだな……本戦前にライバルに手の内を明かしてしまうことも私は厭わないが、少しハンデを設けよう。私はこのザクで参戦させてもらう!」
腰のガンプラホルダーから、新しくリメイクされた方のHGUCザクⅡを取り出して、アレスマイトさんはGPベースと共に筐体へとセットする。
「へ、へっ……驚かせやがって。ただ組んで塗っただけのザクじゃあ、アメリカ代表といえど……!」
「果たしてそうかな? 結果はその目で確かめてみるといい、ミスター!」
店主の言葉通り、アレスマイトさんが取り出したザクは、いかにも説明書通りに組んで色を塗りました、という感じのものだった。
ただ、見る人間が見れば、あれが「ただ組んで塗っただけ」じゃないことはすぐにわかる。
恐らく、ザクマシンガンの銃身やバーニアは金属パーツに置き換えられているし、動力パイプも同様だ。
それに、盾やスパイクアーマーも面出しやシャープ化が完璧だ。
ちらりと見ただけだけど、盾の裏にあるトラスフレームも作り込まれている。
間違いない。
あれは、「本気」で作ったザクだ。
それを証明するように、アレスマイトさんが挙げた戦果は凄まじいものだった。
「ぜ、全滅……? 三分で、百八十枚の的が……?」
「HAHAHA! いい練習になったよ、ミスター! さあ、ボーイ。受け取るといい。早めにやってきたサンタさんからのプレゼントだ」
アレスマイトさんは呆然としている店主を尻目に、景品のゲーム機を手に取り、ハヤトくんへと手渡した。
凄まじい、の一言だった。
あの集中力が三分間続いたこともそうだし、特段早撃ちに向いているわけでもない、普通のザクマシンガンで的を全滅させたなんて。
「ありがとう、サンタのおじさん!」
「HAHAHA! ちょっと違うな、私はまだ……お兄さんだ!」
「うん! サンタのお兄さん!」
「すみません、マクダーネル選手……うちの息子のためにわざわざこんな……」
「おお、そうだ! ならばその箱を少し貸してくれないか、ミスター?」
ぺこぺこと頭を下げるハヤトくんのお父さんからゲーム機の箱を受け取ると、アレスマイトさんは懐から取り出した油性ペンで、そこにサインを書き記した。
「私としたことが、ファンサービスを忘れていたよ! 失敬!」
「そ、そんな……ハヤト、このゲーム機は我が家の宝にするぞ!」
「うん、お父さん! そうだ、お兄ちゃんもサイン書いてよ!」
ただただ呆然としていた俺に、ハヤトくんはエアレイダーの箱を差し出してくる。
アレスマイトさんと比べたら、大した成果なんて挙げられなかったのに。
自分が日本という国を背負ってこの場に立っていることが、少し恥ずかしくなってくるぐらいには「格」の差を見せつけられたというのに。
──それでも、嬉しかった。
「えっと……アレスマイトさん」
「ペンかね? さあ受け取りたまえ、ボーイ。そのゲームソフトはキミが勝ち取ったトロフィーなのだから、私と比較する必要などない! ゲーム機とソフトが揃って、彼も喜んでいることだろう!」
「……ありがとうございます」
豪快に笑ったアレスマイトさんには、まだ色んな意味で敵わないな、と、そう思った。
エアレイダーの箱にサインを書きながら、小さく苦笑する。
でも、必ずこの大会中に追いついてみせる。追い越してみせる。
決意を固めて、俺はサイン入りのゲーム機とソフトを手に去っていくハヤトくんたちと、アレスマイトさんの背中を見送っていた。
君は完璧で究極のヒーロー