「いやあ、それでね。思ったんだ、この機動新世紀ガンダムXという作品の知名度はもっと高まるべきだと、世界中のガンダムファンもガロードとティファの紡ぐ純愛を見れば、きっと心打たれるはずだって! そこで僕は旅に出ることを決めたんだ、もっと世界中のガンダムファンと話し合いたい、バトルがしたい、友達になりたい! 君もそう思うだろう、イオリくん?」
オタク特有の早口で、アルベルタさんは捲し立てた。
好きなことに、特にガンダムについて話し始めると早口になるのが俺たちの欠点だ。
でも、その気持ちはわかる。痛いほどわかる。
「わかりますよ、アルベルタさん。俺も推しの作品は鉄血のオルフェンズなんですけど、なかなかわかってもらえないことが多くて……!」
「そうだったのか! オルガと三日月たちが辿った道は悲劇だったかもしれないが、彼らの燃えるような生き様に心打たれたファンはきっと世界中にいるはずさ! でも……」
「でも?」
「君のガンプラ、バエルのウイングは組み込んであるけれど、ベースとなったのはガンダムジリウスだ。ガンダムエイトも読んでいたのかい?」
別に痛くはないけど結構グサッとくるところを突かれたな。
確かにガンダムエイトは俺も読んでるし、ジリウスという機体に思い入れだってある。
でも、俺があえてガンダム・ソロモンの魂をヴェーガに引き継がせたのには、もっと別な理由があった。
「えっと……恥ずかしいんですけど、俺がジリウスをベースにしたのは、ミカさんの影響なんです」
「わたしの?」
さっきから異世界人の会話を見るような目で俺たちを観察することに徹していたミカさんが、小首を傾げた。
「うん。あの日……初めてきみと出会った日、素組みのジリウスでボウダに立ち向かったきみの勇気に、俺も心打たれたから。なんか、直接言うと恥ずかしくて、今までは黙ってたけど……」
「そうだったんだ……えへ。嬉しいな。わたしがレイくんを推してるように、レイくんがわたしを思ってくれてる……こ、これってもしかして相思相愛!? きゃーっ!」
耳まで真っ赤になって、ミカさんはてれてれと小さな手のひらで頬を抑えた。
俯くその姿も可愛いと思うけど、相思相愛……なんだろうか。
俺はあくまでミカさんを、なにか……神聖視しているとか、そういう感じな気がするけど。
「ははは、君たちは本当に深く思い合っているんだね。まるでガロードとティファを見ているようだよ!」
「俺はガロードみたいないい男じゃないですよ、アルベルタさん」
「そんなことはないさ。お互いを常に気遣っているという意味では、フロスト兄弟も近いかな? 君とイタリア代表……クレダさんの間にはそういうものがある」
やっていたことはともかくとして、アルベルタさんが言う通り、フロスト兄弟もお互いを想って行動していたのは確かだ。
そういう絆が、俺とミカさんの間にある。
なんだかニュータイプみたいな言い方ではあったけど、そう考えると、少し嬉しくなるのも、また確かなことだった。
「わたしもレイくんのためなら世界だって滅ぼしちゃうよ!」
「やめんか、巻き込まれるあたしたちが傍迷惑なんだから」
「……そうね。盲目的になるのはよくないことよ」
「えー? そっかなぁ……」
カズサとマシロちゃんに宥められたミカさんは納得いかなそうに頬を膨らませていたけど、俺なんかのために世界が滅ぼされたら本当に困る。
新作のガンダムとガンプラだって、ガンプラバトルだって楽しみで仕方ないんだから。
そういう意味では、この世界に生まれてこられたことに感謝しなければいけないのかもしれない。
ぼんやりとそんなことを頭の片隅に浮かべつつ、アトラクションが立ち並ぶ屋台を見て回っていたときだった。
「きゃっ……!」
「あっ、ごめんなさい!」
周りを見られていなかった。
誰かにぶつかってしまったことで、ころころと蓋の閉まったペットボトル飲料が芝生の上を転がっていく。
それを追いかけて、取ろうとしたら。
「あっ……」
「うわ、ごめんなさい!」
またも知らない人と指先が触れ合ってしまう。
顔をあげて見てみると、紫がかった髪を腰の辺りまで伸ばしてウェーブをかけた、赤い瞳の女の子が目を丸くしていた。
ベルナデットさんとなんだか近しい雰囲気を──貴族的な所作を感じさせる佇まいだったけど、ドレスの裾に芝生が触れることも厭わず、その子はペットボトル飲料を拾い上げようとしていた。
「ご、ごめんなさい。わたくしともあろう者が、はしたないことを」
「いや……俺の方こそごめん。気づかなくて」
「いえ、いいのです。申し遅れました、わたくしはクリスティーナ・アシュフォード。此度の大会ではイギリス代表を務めております」
ペットボトル飲料を拾い上げた、クリスティーナと名乗った女の子は白いドレスの裾を摘み上げて、優雅に一礼した。
「えっと、俺はイオリ・レイ。日本の関東ブロック代表だよ」
「まあ、日本の……! わたくし、今大会が代表として出場するのは初めてなのです。かねてより憧れていたガンプラの聖地の代表選手とこうしてめぐり逢えたのも、神の思し召しなのかもしれませんわね」
ふっ、クリスティーナちゃんはエレガントな笑みを浮かべてそう言った。
神の思し召し……信仰とかとは無縁だけど、こうしていろんな国の代表と出会ってるのは、確かに、ただの偶然じゃ片付けられない気がする。
それに、もしかしたら。
「なんだなんだー? クリス、イオリ・レイに惚れちゃったの? イオリ・レイも罪な男だなあ。既に彼女が三人もいるのに!」
「俺はまだ誰とも付き合ってないよ!?」
「そ、そのようなことはございません! セーニャさん、人をからかうのはよくないことですわよ?」
「ちぇー、つまんないの」
セーニャと呼ばれた若白髪をボブカットにまとめ、車椅子に乗っている女の子は、口ではそう言いながらもにこやかに笑っていた。
おそらく、さっきぶつかってしまった相手がセーニャさんなのだろう。
よく見ると、ロングスカートの裾から微かに見える彼女の両脚は、無骨な金属でできていた。
「えっと……セーニャさん、でいいんですよね。さっきはごめんなさい、気づかずぶつかってしまって」
「あはは! 大丈夫大丈夫、全然気にしてないよ! 私も名乗った方がいいのかな? セーニャ。セーニャ・カリーニナ・アレクサンドロフ。昔はバレリーナ目指してて、今はこんなナリだけど、元気にロシア代表やってるよ!」
にっ、と人好きのする笑みを浮かべて、セーニャさんは名乗りを上げた。
ロシア代表。
また代表選手とめぐり逢うだなんて、本当に作為的なものを感じずにはいられない。
でも、クリスティーナちゃんもセーニャさんも、ボブとスティーブみたいなやつらじゃなくてよかった。
その巡り合わせには、心の底から感謝している。
特にセーニャさんの明るさは、尊敬するに値するものだった。
両脚が義足というハンデを抱えていても、ガンプラバトルには関係ないとはいえ、ここまできっと大変だなんて言葉じゃ済まされない道を辿ってきたのだろうから。
「それじゃあクリス、悪いけど車椅子押してくれるかな? 自分でやってもいいんだけど、人がこう多いと、ね?」
「承知いたしましたわ!」
「ふへへ、いい友達に恵まれたなあ、私は。それじゃあ夜のセレモニーでも、予選でもよろしくね! イオリ・レイ! クレダ・ミカ! アルベルタ・ロートシルト!」
勢いよくぶんぶんと手を左右に振りながら、セーニャさんはクリスティーナちゃんに車椅子を押されながら去っていった。
ミカさんたちも手を振り返していて、和やかな雰囲気だ。
こういう交流だったら大歓迎なんだけどなあ、と、俺もどこかふわふわしていたことを考えていたら。
「……彼女には気をつけた方がいいよ、イオリくん」
「えっ? 彼女って……セーニャさんのことですか?」
「ああ。彼女、目が全く笑っていなかった」
アルベルタさんは、まるでヒグマかオオカミと立ち会って、見逃されたときのように戦慄しながら俺に言い含めた。
目が、笑っていなかった?
終始にこやかだったし、言動にもおかしなところはどこにもなかったと思うけど。
「えっと、セーニャさんになにか変なとこでもあったんですか?」
「……いや、僕の思い違いかもしれない。ごめん。でも、記憶の隅には留めておいた方がいいと思う」
アルベルタさんは、去っていったセーニャさんの背中を、怪物を見るような目で見つめていた。
不穏だな。
アルベルタさんがわざわざ他人を不躾に疑うような性格じゃないのは、話してわかったことだ。
だから、俺は彼のことを信じたい。
でも、彼を信じるのなら、セーニャさんは。
もしかして──クリスティーナちゃんと話していたときでさえも、目が笑っていなかったということになるのだろうか?
だとしたら、どうして。
心の中に大きなモヤモヤと謎を残しながら、俺は陽が沈みかけてきた空を仰いだ。
そろそろ、開会前のセレモニーが始まる時間が近づいてきたようだった。
オタク特有の早口