「よう、陛下の相棒の息子。中々いい刺激になったってツラしてんな」
アルベルタさんと別れて、島内リニアでホテルのある中央区画に戻ってくると、駅のホームに佇んでいたセイカと鉢合わせた。
「まあね、新しい知り合いも増えたし。そっちはどうだったの?」
なんてことのない話を振ったつもりだった。
そもそもセイカの言っていた「野暮用」とやらがなんなのかもわからなかったし。
だから、返ってきた言葉に対して俺は、目を丸くするしかなかったのだ。
「……ああ。気をつけておけよ、陛下の相棒の息子。俺がこっちに来た理由と関わるようなやつは見つけられなかったが……この大会、どうにもきな臭ぇぞ」
「どういうこと? ボブとスティーブ……メキシコ代表のあいつらみたいにマナーが悪いのはいたけど……」
「わかんねえ、確証が持てないからな。確証が持てないことは言うもんじゃねえけどよ、とりあえずなにかが裏で動いてるのは間違いねえ」
セイカは、セーニャさんに気をつけろ、と言っていたアルベルタさんと同じような目をしていた。
なにかが裏で動いているだなんて、そんなファンタジーやホビーアニメじゃないんだから、とは思ったけど、セイカは嘘を言わない性格だ。
冗談は言うけど……それはともかく、この大会の裏でなにかが動いている、というのは、心に留めておく必要がありそうだ。
「そ、そんなことより明るい話しない? これから始まるセレモニーに皆はどんなお洋服で行くの? わたしはこの日のためにドレス仕立ててもらったんだ!」
俺たちの間に漂い始めた、不穏で張り詰めた空気を無理やり取り払うように、ミカさんがそんな言葉を投げかけてくる。
セレモニーにはドレスコードが規定されている。
礼服を持っていないファイターにはわざわざ協賛企業から支給されるほどに徹底されているぐらいには、ガチのそれだ。
「えっと……俺はそんなにいいの持ってないから、支給品のスーツで行くよ」
「あたしもレイと同じで支給品のドレス。ていうか、一般庶民にそこまでお金ないって……」
「……私は和装で行くわ」
「うんうん、皆それぞれでいい感じじゃんね! マシロちゃんの和服もきっと似合ってるんだろうなぁ……セイカちゃんはどうなの?」
俺たちの返答を聞いて、満足げな笑みを浮かべたミカさんは、どこかから取り出した肉まんを頬張っていたセイカに問いかけた。
「ん? 正装って鎧兜のことか? だとしたらまずいな、こっちには持ってきてねえ」
「どこの世界に鎧兜でパーティーに参加する人がいるんだよ……」
「んだよ、セレモニーって、夜会の話か? びっくりさせんなよ。だったら俺もそんな高けー服をわざわざ仕立ててもらってねえから支給品だ」
なにかとんでもない勘違いをしていたセイカは、ぼんやりとした顔でミカさんの問いに答えた。
大会出場に当たって、性別は女性で登録しているだろうから、セイカもドレスを着ることになるのか。
……そういえば、セイカも女の子なんだよな。たまに忘れそうになるけど。
「ふふん、安心してほしいじゃんね、今回のスーツやドレスはわたしの実家のグループ企業が提供してるものだから、データを元に、ファイターや関係者に似合う一着を仕立て上げてくれてるんだよ!」
「すご……そういえばミカさんもお金持ちだったね……」
「だからレイくんのスーツ姿、今からとっても楽しみなの! きっと素敵なんだろうなって確定してることだから!」
ミカさんはきゃー、と頬を桜色に染めた。
そこまで期待されるようなものじゃないとは思う。
でも、最低限の身だしなみぐらいは整えていかないと、ミカさんの実家にも失礼だろう。
そんなことをぼんやり頭の隅に浮かべて、駅のホームからエスカレーターで上がろうと歩き出したときだった。
「待て、陛下の相棒の息子」
「どうしたの、セイカ?」
「立ち聞きとは趣味が悪いじゃねーか、ツラ見せやがれ!」
駅のホームに並んでいるゴミ箱を指して、セイカは普段より幾分か険しい声を張り上げた。
つられて俺たちもゴミ箱へと視線が向いたけど、なにか特段異常があったようには見えない。
変わったことといえば、大会期間中ということで、テロとかそういうのを防ぐために蓋がされているぐらいだ。
「……この私の完璧な擬装を見破ったのは流石と言っておく。しかしここが戦場だったら声を張り上げた時点であなたはもう死んでいた。戦場でなかったことに感謝すべき。しゅこー、しゅこー」
「うわ、ゴミ箱が喋った!?」
「……落ち着いて、イオリくん。あれは多分被り物。よく見たらゴミ箱の数が一つ多かったわ」
「ああ、そうか……ありがとう、マシロちゃん」
ゴミ箱の数なんて、気にも留めなかったよ。
その自称に見合った「完璧な擬装」を解いて、有害・危険ゴミの箱に擬態していた何者かが立ち上がった。
まるでゴミ箱から足が生えたみたいで滑稽な絵面ではあったけど、セイカやマシロちゃんもよく見ないと気づかなかった辺り、その擬態能力は本物だ。
「てめーか、盗み聞きの犯人はよ。なにが目的だ? なんで俺たちを付け狙ってた?」
ゴミ箱部分の外装を折り畳んで現れたのは、ガスマスクを着けた赤毛の女の子だった。
セイカは今にも殴りかからんばかりの勢いで厳戒態勢を敷いていたけど、それを意に介した様子もない。
そういう意味ではゴミ箱に擬態していた子も、場慣れしているのだろう。やってることはめちゃくちゃ変だけど。
「別にあなたたちを付け狙っていたわけじゃない、私はただ人混みが好きじゃないだけ。事実、三時間前は屋台のあるエリアで別な擬装をしていた」
「なんだそりゃ、言い訳にしちゃあ雑すぎんぞ」
「えっ、三時間もここでゴミ箱のコスプレしてたのこの子……?」
厳戒態勢を解かないセイカに対して、カズサはまるで信じられないものを見たかのようにがくりと肩を落とした。
どっちの気持ちもわかる。
三時間もこんなところでゴミ箱に擬態していたなんて、正気でやっているならなにか目的があるとしか思えないし、そうでないなら正気を疑うしかないからだ。
「別にあなたたちの話にもこれといった興味はない……私は孤独を好む女。わ・た・し・は、孤高の女」
「孤高の女はガスマスク被ってゴミ箱のコスプレなんざしねえよ」
「すごい、セイカが珍しく正論言ってる……」
この変な子を前にしては、さしものセイカも真面目にならざるを得ないのだろう。
呑気にツッコミを入れていたけど、よくよく考えたら結構まずい事態だった。
セイカとゴミ箱ちゃん(仮)の間には、一触即発の空気が漂っている。
このままでは喧嘩になりかねない──俺とミカさん、カズサが顔を見合わせてセイカを嗜めようとした、まさにその瞬間だった。
「あ、あああああの、あのっ、あのっ!!!!」
お手洗いから戻ってきたのか、ハンカチで手を拭いていたマスクをつけた癖っ毛の女の子が、裏返らせた声を張り上げる。
「あん? なんだよ猫背女」
「セイカは初対面の相手にも容赦しないね……」
「え、えへ、えへ……ね、猫背女です……」
「なんで嬉しそうにしてるの……?」
猫背女、と呼ばれてなぜか少し嬉しそうな顔をしていたその子は、はっ、と気づいたように目を見開くと、またわたわたと忙しなく身振り手振りを交えて話し出す。
「あっ、あのあのあのその、あの、わ、わた、わたたたた……し、わたし、その、も、モニモニモニモニ……モニカ……ゆ、ゆゆゆゆゆゆユーティライネンっ!!!! ですっ!!!!」
「モニモニモニモニ……? んだよまどろっこしい名前してんな、結局なにが言いてえんだ猫背女」
「あっあえあああああっ、はい!!!! その、わ、わわわわわたしはフィンランド代表で、し、しししししシズちゃんはわ、わわわわわ悪い子じゃなくてぇ……っ!」
多分だけど、モニカ・ユーティライネンと名乗った女の子はガスマスクの女の子を指して、涙目でそう語った。
どうやらゴミ箱に擬態していたあの子の名前は、シズ、というらしい。
悪い子じゃない、というのは確かなのかもしれないけど。
「しゅこー、しゅこー、ユーティン、私を庇ってくれるとはとてもいい女。私は無実の罪を着せられようとしていたところだった」
「つ、つつつつつつ罪!? し、ししししシズちゃん、な、ななななななにを……」
「なにって、ゴミ箱に三時間ほど擬態していただけだけど?」
「なろう系主人公みたいな返しやめてね」
ゴミ箱に三時間も擬態しているのは異常行動だよ。
「面白いジョークだ、イオリ・レイ。予選で殺すのは最後にしてやる。しゅこーしゅこー」
「予選、ってことは、きみも?」
「そう。私はミスミ・N・レナート・シズ。コードネームは『・N・』」
「なんて?」
「強いて読むなら『ンェネ』……ふっ」
「だからなんて?」
ガスマスクを外して現れたあどけない美貌に小さく笑みを浮かべながら、シズちゃんは得意げに鼻を鳴らした。
どうしよう。
悪い子じゃないのはわかったけど、予想以上に変な子だった。いや、ゴミ箱に三時間も擬態してる時点で十分すぎるほど変だけど。
「……レナート、と、いうことは、あなたは」
「そう。私はアルゼンチン代表。セリオ・レナートの娘……覚えておくといい。行こうユーティン、ここは人が多すぎる」
「……え、ええええああああっ、は、っ、ははははははいっ……で、でも、ユハニちゃんが……」
知らない名前がまた出てきた。
俺とミカさん、そしてカズサはもはや突っ込む気力すら失って、どうしたものかと途方に暮れる他になかった。
モニカさんとシズちゃんはそのユハニというらしい人の到着を待たずに、どこかへ行くようだった。
というか、シズちゃんが一方的にモニカさんの手を引っ張って去っていっただけだけど。
「んだよあいつら、意味わかんねーな。まあ、悪党じゃなさそうだけどよ」
「そうだね……」
セイカも大概意味のわからない部類に入ると思うけど、あの二人は度を越していた。
それはともかく、セレモニーに参加する前から、どっと疲れが押し寄せてくる。
この分だと、セレモニーでもなにか一波乱ありそうな予感がしてならなかった。
実質ハロウィン回