「ネクタイは……こんな感じで十分かな」
普段は詰襟で学校に通っているから、ネットで調べた結び方を何度か実践する羽目になった。
とはいえ、行くのは厳格なドレスコードが定められたセレモニーだ。
ネクタイの結び方一つとっても、甘かったら即退場なんてことになるかもしれない。
「おー、いいんじゃねえか? ただ少し曲がってんぞ、気ぃつけろよ、陛下の相棒の息子」
「ありがとう、セイカ。なんで俺の部屋にいるのかはわかんないけど」
燃えるような赤が映えるドレスを纏ったセイカにネクタイを調節してもらいつつ、俺は苦笑した。
「別にいいじゃねえか、ブラジル代表の部屋ってここから遠いんだよ」
「そりゃブロックごとに部屋割りされてるからね……」
「これだとお前とかすーぱー娘に用があるとき不便だろ? だから部屋を借りることにしたんだよ。サヤエンドウの姐御にも承諾もらってる」
「姉さんは俺の扱いが軽すぎないかなあ!?」
せめて行くならカズサとかマシロちゃんの部屋に行きなよ、女の子同士なんだからさ。
セイカをそういう目で見るつもりはないし、セイカも俺をそういう目で見ていないから、俺の部屋なんだろうけどさ。
でも前提がおかしいだろ、前提が。
「細けーこと気にすんなよ、ハゲるぞ? それより肉まん娘から連絡来てんぞ」
「あっ、本当だ。なになに……『今レイくんの部屋の前にいます』……?」
文面を読んだときに、思わず脂汗が滲むのを感じた。
多分セイカが俺の部屋に居候しているのはまだ皆に伝わっていない。
そして、行動力の化身みたいなミカさんが俺の部屋の前にいる。
そこから導き出される答えは。
「お待たせ、レイくん! あなたのミカがドレス姿でやってきたよ! これってもう実質結婚!? 婚前式だよね!?」
えっ、ここからでも入れる保険があるんですか?
マスターキーでも持っているのか、俺の部屋のロックを解除して扉を開け放ったミカさんが、勢いよく乗り込んできた。
照れ照れと顔を赤らめているのは可愛らしかったけど、俺は反対に顔を青ざめさせることしかできなかった。
「……なんで、セイカちゃんが、レイくんの部屋にいるのかな?」
一転して、背筋が粟立つような冷気を感じる。
顔は笑っていたけど、ミカさんの目が全く笑っていない。
しかも俺はセイカにネクタイを直してもらっていた最中ということで。
「ん? ああ、肉まん娘たちには連絡してなかったな。ブラジル代表の部屋って遠いんだよ。だから居候させてもらうことになった」
「だから、の後が前の話と繋がってなくない? ずるい! わたしでさえ協賛企業特権でレイくんの近くの部屋に配置してもらったのとマスターキーもらったぐらいなのに!」
「おめーも十分ズルしてんじゃねーか」
「わたしのは正当な手続き踏んでるもん!」
「悪事に正当な手続きもなにもあるか、肉まん三個分からちょっと増えたみてーな乳しやがってよ」
すごい、また珍しくセイカが正論言ってる。
今日はセレモニーの会場に隕石でも降ってくるんじゃなかろうか。
ミカさんが、イタリア代表にしてはやけに早く俺の部屋まで辿り着いていた絡繰に戦慄しつつ、現実逃避をするように考えを逸らした。
「わーお、わかっちゃう? そうなの。実はね、バストサイズが上がってたから結構胸が入るかギリギリで……って話をわたしはレイくんとしたかったのー!」
「今からでもすりゃいいじゃねえかよ、俺は一足先に行ってるぜ、陛下の相棒の息子」
「えっ、うん……」
この場における全てを放棄して、セイカは一足先にセレモニーの会場へと向かっていった。
裾の長いドレスを着て、ハイヒールを履いているというのに、普段の粗暴な振る舞いからは想像できないぐらいたおやかに、セイカは歩き去っていく。
なんだかんだで上流階級なんだなあ、忘れそうになるというか忘れかけてたけど。
「それで、どうかな? レイくん。天使をイメージして特注の白で織ってもらったんだ」
セイカが去って、改めてミカさんを見ると、天使のイメージにそぐわない可愛さが、ドレスによって引き立てられていた。
動きやすいようにか、裾には大胆なスリットが入っていたけど、品がないというよりは上品なセクシーさを醸し出している。
胸元にあしらわれたフリル付きのリボンとその結び目に配された白い薔薇も、ミカさんによく似合っていた。
「……う、うん。とっても似合ってると思う」
「本当に? それだけ?」
「……と、とっても……なんていうか、可愛いっていうか目のやり場に困るっていうか……」
「……わーお」
頭でああだこうだ言っていても、結局のところ本能に人間は抗えないように設計されているのだ。
認めるよ。セクシーすぎるよ、あんまりにもエロいよ、ミカさん。
サイズアップした胸がぎちぎちに詰められててこぼれそうになってるとことか、思春期男子には刺激が強すぎるよ。
「ご、ごめん。ミカさん」
「ううん、いいよ。わたしでそういう気持ちになってくれたってことだよね? だったら……とっても嬉しいなっ!」
「ミカさん……」
「だからちゃんとエスコートしてね、レイくん? わたしが空まで飛んで行っちゃわないように」
楚々と微笑んで差し伸べられた、白手袋に覆われた右手を取らないという選択肢は、存在しなかった。
ちゃんとミカさんの騎士役を務められるかは不安だけど。
こんなにも丁寧に、大胆にアプローチされたのなら、応えないのは誠実じゃない。
だから、死ぬ気でやるんだ。
†
「おっと。また会ったな、ボーイ」
セレモニーが始まるまでのパーティータイムとして設けられた時間で、俺が最初に出会ったのはアレスマイトさんだった。
「アレスマイトさん!」
「いかにもこの私だ。しかしボーイ、キミも隅に置けないな。今回はプリンセスを守るナイトになっているとは」
「そ、そんな……いや、確かに俺はミカさんのエスコートを任されましたけど」
「HAHAHA! いいじゃないか、リトルナイト! しかし、アルベルタはどこに行ったんだい? まだザクのバリエーションとその素晴らしさの半分も語っていないというのに」
アレスマイトさんはアルベルタさんの姿を探して、人でごった返しているパーティー会場を一望した。
ザクのバリエーションを解説込みで語ってたら、冗談抜きに一日が潰れてしまう。
そう考えると、多くのガンダムファンと交流したいアルベルタさんとは微妙に方針が合わなかったのかもしれない。
「好きなんですね、ザクのこと。射的屋で見たザクIIも、とても丁寧に作り込まれてました」
「そうとも。ザクは確かにガンダムの『敵』……『やられ役』としての運命を課されたモビルスーツかもしれない。だが、しかしだ! ガンダムが大地に立ったそのとき、ザクもそこにいた! そして大量生産品という設定はファンたちのミリタリー・ソウルをくすぐって、今に続くガンプラ文化の祖ともいえるMSVという動きを作り上げた! そう、ワンオフのガンダムではなしえなかった……大量生産とその発展はまさしく、我が祖国を切り拓いたフロンティア・ソウルをくすぐる! 故に私は、ザクを愛する……ガンダムの隣に立つ者として、いつかガンダムを倒すものとして、な……」
オタク特有の早口で、アレスマイトさんはザクの素晴らしさ、その断片を熱弁してくれた。
本当にザクのことが好きで、愛しているからこそ出てくる言葉なんだなあ。
感銘を受ける反面、アルベルタさんの気持ちも少しわかってしまったのが、玉に瑕だけど。
「ボーイ」
「は、はい!」
「プリンセスの手を決して離すんじゃあないぞ? 私は世界の舞台で待つ、本戦でキミと戦えることを楽しみにしているよ」
五年連続ファイナリストとしての余裕と威厳が感じられる言葉だった。
国を背負って立つというのは、そういうことだ。
自信を持ち、堂々と。オウドほど極端じゃないにしろ、少しでも臆していたらすぐに舐められる、と、アレスマイトさんは暗に示してくれたのだろう。
だから、俺も背筋を伸ばして。
「ミカさん、なにか飲みたいものとかある?」
「えっ? うーん……なら、そうかな。ノンアルコールカクテル、レイくんのお好みで一つ選んでもらえるかな?」
「わかったよ、俺のチョイスでよければ。一緒に行こう、ミカさん」
「えっえっ、急にどうしたの、レイくん!?」
困惑するミカさんを少し強引に連れ出して、俺は周囲から向けられる冷やかしのような視線を跳ね返すように堂々と、胸を張って歩いた。
そうだ、誰にもなにも文句は言わせない。
俺は、日本代表で。今は、ミカさんの騎士だから。
体調不良から帰ってきました